ダークソウル 契約編
そもそも私に抵抗なんて出来なかったではないか。
鼻腔にじんわりと広がる血の鉄臭さを感じながら彼女は投げ込まれた穴の底でぼんやりと考えた。
彼女が街を歩いていたところ、いきなり背後から何か大きな固い物で後頭部を殴られた。
・・・多分。
駄目だ、記憶が曖昧だ。大きなショックを与えられるとその時の記憶が飛ぶというのは本当だったのか・・・
いや、風景の記憶はある。石畳を歩きながら足元を見ていた視界が急に暗く狭まり、石畳が視界に迫ってきた。
うん、覚えている。
わー、顔からいっちゃうなー
彼女は黒く染まり薄れていく意識の中で考え、両手を出すことも叶わず石畳に頭部から倒れ込む。その衝撃に視界が真っ黒になり意識を手離した。
周りで人の怒声が聞こえたような気がするが何を言っていたのかは分からない。
それからどれ程時間が過ぎたのか・・・
うっすらと彼女の意識が戻り始めたときは既に細い腕を後手に回され手首を固いロープの様な物で纏めて縛られ、足首も同様にグルグル巻きにされていた。
???
徐々に覚醒していく意識が現実に追い付かず、混乱していた彼女ではあるが、妙な浮遊感は感じることが出来た。
あー、抱え上げられて左右にブラブラ振られているから・・・
彼女の華奢な身体は足と肩をそれぞれ誰かに持たれて左右に揺らされている。
彼女はまだはっきりとしない意識の中、姉と二人で馬車の荷台に小麦粉袋を乗せ上げるとき、こうやって小麦粉袋の端を掴んで左右にブラブラ振ってから勢いをつけて小麦粉袋を荷台に投げ上げたなぁ・・・と思い出す。
小麦粉袋?
今は私が振られてる?
なんで?
彼女の疑問は次の瞬間に解消される。彼女の身体を左右にブラブラ揺らしていた手が一斉に離されると、彼女の身体は揺らされていた遠心力で軽く山なりに飛び、当然それから落下し始める。
急速な落下感と同調して彼女の意識は急速に覚醒していくが身体は動かない。
投げ捨てられた?!
彼女の頭の中に、落下死、飛び降り、グチャグチャ、痛い等の単語が止めどなく溢れ点滅し息が出来なくなる。
と、すぐに彼女の肩口から地面に落ちる衝撃があり身体はドサリとうつ伏せに地に横たわる。
引っ掛かった・・・?違う・・・ここが底だ・・・穴に投げ込まれたんだ・・・そんなに深くなかった?
彼女は首が上手く動かなかったので血に霞む視線をゆっくり回して自分の状況を把握した。
手足を縛られて穴に投げ込まれた自分の未来はなるべく考えないようにしておこうと考える。そして意外に冷静な自分にビックリしていた。
多分、背後から殴られて、意識を失わされて、手足を縛られて、穴に投げ落とされて・・・
彼女は切れ切れの記憶を繋ぎ合わせて、今自分に降りかかっている危機を把握していく。
それと同時に少しだけ身体の力が戻り始めた彼女は後ろに回された両腕に力を入れてみる。
右腕に全く力が入らない、感覚としては右腕がもげたかの様だ。残る左腕だけで力を込めると手首を縛る固い縄のきつさだけは良く分かった。
両足はそもそも力を込めることが出来なかったが足首が固く縛り付けられているのは感触で分かった。
駄目だ、身体が使い物にならなくなっている・・・
横向きになった首はピクリとも動かず、地面に接する左目は厚い肉を張り付けられたようで多分酷く腫れ上がっていると想像できた。
薄く開けられた右目で上方を見てみると彼女を穴に投げ込んだ者の足が辛うじて見えた。
だいたい、深さ3メートルってところか・・・
両手両足は大分傷んでいる、折れている箇所もいくつかあるだろう、そもそも両手足首が縛られて動かせない、身体に力が入らない、痛みを感じていないのは救いだけど、この穴の深さから今の状態で這い出すのは困難、ってか無理。
着ていた聖女のローブは破れてはいない様だが見える範囲では泥で汚れていた。勿論ナイフなんて隠し持っていない。
彼女はどんどんと情報を増やして上書きしていくが全く光明が見えてこない。
あー・・・これは詰んだなぁー
恐怖や怒りにまで精神が追い付かない彼女にドサリと土が降り掛かり始める。彼女を地中に埋めようとする土が降り注ぐ。断続的にだが次々と彼女に落とされていく土塊のスピードから複数人が作業をしているようだった。
埋められるのかぁ・・・息が出来なくて苦しいのかなぁ、苦しいだろうな・・・
顔に掛けられた土が右目に入り込み、唯一の視界を奪われた彼女は逃れようのない未来を思う事にする。
原因について、彼女は恐らくは母親の思想に敵対する組織の行動だと思い至っているが母親を恨む気にはなれなかった。
母親は信念の人だったから、仕方がないと諦めの気持ちもある。
せめて、大好きだった母親と大好きだったクラーグお姉ちゃんの事を考えていようと彼女は鼻腔に入り込んでくる土を感じながら思った。
ここで意味なくもがいたり、抗う姿を相手に見せるのは相手を喜ばすだけの様な気がしたので、彼女は一切動かないようにした。
まぁ、そもそもが動けないんだけどね。
土が身体を覆ってピクリとも動けなくなり、満足に空気を吸い込むことも出来なっても、案外すぐには死なないものだなと彼女は考える。じわじわと身体にのし掛かる土の重みが増していき、彼女は全く身動きが取れなくなる。
口内は唇を閉じていたので土が入りきらず、その隙間からゆっくり空気を吸い込み求めていた。ほんの少しだが空気は吸えていた。
それでも確実に死は彼女を包み込もうとしつつあった。
やっぱり悔しいなぁ・・・
閉じていた瞳に涙が浮かんできてしまう。抗い様のない死に、自分をこんな目に遇わせた奴達に怒りがフツフツと沸いてきてしまう。
『悔しかろう』
薄れいく彼女の意識に嗄れた男か女かも分からない声が割り込み響く。
彼女は幻聴を疑い、土の中ではあったが、もうすぐ命を終わらせられるところであったが、心を落ち着かせて澄ませてみる。
『悔しかろう、助けが必要か?』
彼女は自分の死ぬ間際の幻聴だという思いを捨てきれぬままで答える。思考を言葉として伝える。
助けてくれるの?
『助けよう、お前が望めば』
あなたは?
『お前達がデーモンと呼ぶ忌み嫌われたもの、の様なもの』
・・・見返りは?
『いらない。お前がデーモンの様なものに屈して命を長らえたという事実が快絶』
お母さんの事と関係あるのかな、私はあまり関係ないよ?
『知っている』
ふーん
彼女は内心で助けを求め泣き叫んで絶叫する自分を押して殺して平静に心の言葉を紡ぐ。不思議と平静を装えば心は平静になっていくようだった。矜持すら感じ始める。
助けるって、ここから掘り出してくれるの?
『願え、デーモンの様なものに、ここから出たいと、身体の傷を癒したいと』
ガクンと彼女の意識が一気に薄れ始める。あまり時間が無いようである。死はもうそこまで来ているようだった。
それじゃあ・・・さ、・・・
断続的になっていく意識の中で彼女は思考を続けていく。
蜘蛛姫は不死人がいない時、自らの蜘蛛の脚に寄り掛かって眠るときがあった。
自分の身体を抱き締めるようにして蜘蛛はスゥスゥと静かな寝息を立てる。俯いている為、蜘蛛姫の白く輝く白髪が幸せそうな顔にかかる。
「むにゃむにゃ・・・もう、食べれないわよ・・・」
一応、デフォな寝言を呟く蜘蛛姫。そんな蜘蛛姫の、彼女の深く閉ざされた深層意識には遠い昔、まだ人間だった頃の意識の欠片が鈍く輝き、時折蠢いていた。
そんな蜘蛛姫を訪れた不死人が眺める。
不死人「うわ・・・こいつ白眼剥いて寝てる、うわー、女の子の白眼寝顔、引くわー」
蜘蛛姫「・・・ふがっ・・・」
不死人「・・・よだれが垂れてる・・・ないわー・・・」
蜘蛛姫「・・・えへへ・・・」
不死人「・・・まぁ、幸せそうな寝顔ではあるか・・・って、おーい起きてよー、遊ぼうぜー」
蜘蛛姫「むにゃむにゃ、あと5分・・・」
不死人「デフォ過ぎる寝言?!」
土の中で彼女は願った。
・・・アンタ、私の・・・ツレになりなさい・・・それで・・・助けて・・・それで、一人に・・・しないで・・・下さい・・・この願いは・・・忘れさせて・・・何も知らないままで、アンタと・・・友達・・・に・・・
彼女はデーモンの様なものの笑い声を聞いたような気がした。
勝手な創作ですので・・・