長い一日。
そんな表現がぴたりと合う。そんな日だった。
女仙はこまごまとした用事を片付けながら、ぼんやりと振り返った。
やはり、あの男は王ではなかった。
陣宇はただ、死にたかったのだろう。その男に、『生きよ』という言葉はいかに響いたのであろうか。
あの男は、仙籍から外れることが許されなければ、永遠にも近い時を生き続けなければならないだろう。もちろん、仙とて死なない訳ではないが、並みの人のようにもろい命ではない。
このたび、陣宇は自ら命を絶つことを許されぬ枷を負った。それは男には罰であり、呪いであり。いつ赦され、解けるか、定かではない。
周囲の者が去っても、彼は去ることはない。ただ、ひとりそこに残される。傷は癒えることなく、ただ腐り爛れ、ただひとり。
生き地獄。
だが、生きねばならない。
そして、と、女仙は思う。
女仙も同じ道の上にいるのだ。
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―― あの男は、赦されるためにここへ来たのだ
麒麟はそう思った。
自分は、あの男を赦せたのだろうか。
『生きる』ことが、赦しになったのだろうか。
だいたい自分はあの男を赦すような、そんな存在であったのだろうか。
陣宇は、本当に赦されたかったのだろうか。
本当に赦されたかったのは、自分なのかもしれない。
自分は赦されるのだろうか。
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陣宇が去った蓬廬宮は、再び静寂の中に落ちた。
ただ風が通り抜けていく。
いや、風は白い花びらを運んできた。
「あれ」
女仙は目を細めた。
はらはらと降り散る花は、白く、白く床を埋めていく。
まるで総ての朽ち荒むものが、白く輝くものに塗り替えられていくようだった。
麒麟は微笑む。
―― 蓬廬宮に降る雪は……
「よい香りだこと」
麒麟の心に女仙の言葉が重なる。
時が、ゆっくりと流れていく。
ひとこと、声を出せば壊れてしまいそうな淡い世界を眺めながら、女仙はこのまま花の中に麒麟が溶けていってしまうのではないかと思った。
花びらはただ、蓬廬宮に音も無く降り積もっていく。
花は散り、時はめぐり、また花は咲くだろう。けれどそれは、散った花と同じ花ではない。
来年の春、ここで花を眺めるのはこの麒麟ではないかもしれない。
女仙は思う。
自分はその時、やはり女仙であるのだと。
「御簾を下ろしましょうか」
女仙はそっと声をかけた。麒麟は小さく首を振った。
「では、もうしばらくこのままにしておきましょう」
風はやわらかく、暖かい。麒麟にも障りはないだろう。女仙は、麒麟の上掛けをそっと直した。
「……」
声にならぬ麒麟の声が、『ありがとう』と女仙の心に響きかけてくる。
「少し、お休みなさいませ」
白く散る花びらは、麒麟の上に降り積もっていく。
総ての朽ち荒むものが、白く輝くものに塗り替えられていく。
そうして麒麟を隠していく そうして麒麟を消していく。
花は咲くことを躊躇うだろうか。
花は散ることを嘆くだろうか。
花は、来年咲く花を羨むだろうか。
花は咲き、花は散り、やがて実を結ぶ。
花は花 実は実 人は人 麒麟は麒麟 来年の花は、今年の花ではない。
それでも 願いの枝に 希望は実を結ぶだろう。
『 蓬廬宮に降る雪は ~『天涯』蓬山編~ 』 了