どうやら俺の黒歴史を美少女達に握られたらしい   作:as☆know

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音楽は時に人にとんでもない行動をさせる

「次はマーくんの番だよ!」

「おう」

 

 

 大人しく首を曲げて頭を撫でられてた彩が、ぴょんと頭を上げて言う。

 それをぶっきらぼうに返し、今だにドヤ顔の彩とハイタッチを交わす。

 ほんとやってくれるじゃねぇか。流石はプロだよ。気合い入っちゃうぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 ステージに上がりギターをアンプに繋ぎ音を出す。もちろんチューニングは完璧。事前に準備しておいたに決まってんだろ。

 メンバーもパスパレのライブとこの異様に熱い会場の雰囲気に触発されたらしく、1秒でも早く楽器を弾きたい、叩きたいと即行で準備をすませる。

 ほんといいメンバーだよ。俺含めてみんな死ぬほど楽器が好きだというのがひしひし感じられる。

 

 ステージ上に光が灯る。

 馬越と柳田が音出しを済ませ、マイク前にスタンバイしたのを見て、俺もマイクに口を近づける。

 

 

『拝啓ドッペルゲンガー』

 

 

 硬っ苦しいメンバー紹介とかは後でいい。

 とにかく今は、早くギターを弾きたい。歌を叫びたい。

 

 この気持ちを、このステージにぶつけたい。

 

 俺が曲名を言い切る前に土井のドラムが曲を始める合図になる3カウントを開始する。

 3カウント目が鳴り終わるが早くドラムが乱雑、かつ正確にスネアとバスを刻む。

 それと同時に前に出ている俺達3人はネックと首をおおきく振り下ろし、体にライブの開始のゴングを大きく響かせる。

 ジャズマスターを掻き鳴らし、乱れた髪を治すことも無くゆらゆらとマイクの前に立ち、声をぶつける。

 

 

『「どうもこんにちは 君の分身です」 なんの冗談か目を擦ってみる』

 

『影は二つ伸びて そして幕は上がる』

 

 

 Aメロは俺が歌い、Bメロは馬越に任せる。

 ツインボーカルってやつだ。こうすれば俺が演奏に集中しやすくなって楽器隊のクオリティが上がる。

 過程はどうでもいいんだ。結局は結果だろ?

 

 

『ねぇこんなことより大事なことがあるんだよ いいだろ』

 

 

 首を振って、音を経つ。

 もうお前はいらない。次はこっちだろ? こっちを取れよ。なぁ?

 

 

『含み笑いで救済者(メサイア)は言う』

 

 

 とにかく早いブリッジミュートとそこに交じるビブラートを正確にかましながら自分の中にある熱を無心で音と声にして見えない何かにぶつける。

 

 

『拝啓』

 

『ドッペルゲンガー 君は 君は誰?』

 

『嗚呼 混濁と交差して 僕は誰?』

 

 

 

 考えてたら追いつかねぇ、音を体で感じろ。

 この熱を全てエネルギーに変えろ。

 奪われたんなら奪えばいいだろ? 今度はお前の番だからさ。

 お前は一体誰だ? 知らねぇよ。それはテメェらが勝手に決めろよ。

 

 何も考えずに感情だけで体を動かす。

 ギターを掻き鳴らし声をマイクにぶつける。

 

 今この瞬間が苦しいほど楽しい。

 

 

「ッは!」

 

 

 ギターソロとは名ばかりのツインギターでの暴力的な早弾きと歪ませた音のオンパレード。

 音に惹かれるがまま体を動かし、自分のありとあらゆる神経を指先だけに集中。感覚を研ぎ澄ませる。

 

 そうすれば後は考えなくても体が勝手に動く。

 俺の体に染み付いた感覚がお前がやりたいことはこうだろ?と全てオート進行で勝手に進めてくれる。最高だよ。完璧ですよ神。伊達に16年間共に過ごしてきていない。

 Cメロとギターソロが終わると手元を見ていた顔を強引に振り上げ、またマイクに声をぶつける。

 

 

 

『拝啓ドッペルゲンガー 君は 君は誰?』

 

『嗚呼 混濁と交差して 僕は誰?』

 

 

 歌うのではなく、歌の中の感情を叫ぶ(唄う)と言った方が俺には合ってるかもしれない。

 

 歌から心を汲み取り、それを音に乗せる国語と心理学の授業。

 筆者の気持ちなんか筆者にしかわからないけど、読み手には勝手に解釈する権利が有る。

 

 

『もう止まらない 戻れない』

 

『どうもこんにちは』

 

 

 だったら俺らは(読み手)は俺らが思うように勝手に歌う(叫ぶ)だけだ。

 

 シャウトをする技術なんか必要ねぇ。

 俺らの解釈で感じるままでいい。

 何も考えずに感情だけを歌に乗せて、声を枯らし、叫ぶ。

 来いよテメェら。勝手に聞いて、勝手に飛びつけ。騒げ。歌え。

 その熱量が、俺たちの風になる。

 

 

 

『『『君の』』』

 

 

 

 ドラム、ギター、キーボード、ベース。

 それぞれがそれぞれに意図的に合わせようとしなくても寸分狂わずに自然と無音状態から音が合わさる。

 

 意図的にやるよりも遥かに正確に、一体感と自らを鼓舞するようなそれぞれの一振りがバンド全体のサウンドに計り知れない迫力を産む。

 

 

『拝啓ドッペルゲンガー それは それは僕』

 

 

 バンドはメンバーの息が合わないと成り立たない?当たり前だろ。

 

 

『蝕まれた存在に 世界が気付こうが』

 

 

 けど、その上で個人技のぶつかり合いをさせたらとんでもないのが生まれるのも事実だ。

 

 それぞれが己の色を持ってたら各々が暴れても曲は壊れないで新しい色と破壊力を産む。俺達のバンドはそれが出来るだけの技量も技術もある。

 

 

『もう鳴り止まない 醒め止まない』

 

『奇跡の輪廻が』

 

 

 スタジオミュージシャンとして一流のプロの技を近くで見てきたからこそ学べたこと。圧倒的な個性もカバーしなくても周りがさらに強ければ勝手にバランスは良くなる。

 無理に足並みを揃える必要性なんかない。

 その先のゴールだけ置いておけば無理にゴールに向かわせようとしなくてもそれぞれの足並みなんか勝手に揃う。ゴールに行くしかないんだから当たり前だろ。

 

 

『狂った世界を染め上げるさ』

 

 

 それも自分自身を力を信じてやれば、個人の力がより大きくなる。

 弱いやつがチームを組んで強くなるより、弱いやつが強くなってからチームを組んだ方がより強いに決まってる。

 足並みなんて勝手に揃う。

 音楽はそれを簡単に揃えてくれるだけの力を持っている。

 

 

 

『上手くやれよ』

 

『『『ルンパッパ』』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……凄い」

 

 ステージに上がった彼はいつもいつも、私を癒してくれるオーラを捨て、目を据わらせながら鬼気迫るような雰囲気を纏って歌っていた。

 

 かっこいいという感情よりも先に、歌手として、ボーカルとして、称賛の言葉が口に出てくる。

 本気で歌を歌い、ギターを奏でる彼の姿は紛れもなく。歌に魂を売ったバンドマンだった。

 

 胸がドクンドクンと心拍を上げている。

 私が恋している彼はこんなにも凄い。

 強制的にそれを再確認させられた事にこれ以上ない喜びが溢れてくる。

 

 

「私も……頑張らなくちゃ」

「私達も、でしょ?」

「パスパレは5人でパスパレッスよ!」

「マナトさんから感じられる覇気、あれこそまさにブシドーです!」

「うんうん!るんって来るよね!」

 

 もっともっとpastel*palettesは大きくなるんだ! マーくんたちのバンドに負けないくらいもっともっと!

 だから私達ももっともーっと!頑張ってマーくん達みたいに……!

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 言葉が出なかった。まさに圧巻のステージ。

 ステージでギターを弾きながら歌っているあいつが、いつもCiRCLEで一人で暴れ回って黒歴史を作り続けているあいつと同一人物とはどう考えても思えなかった。

 

 Roseliaを最初に見た時と全く同じ感覚が体を駆け巡る。客席から見ているだけで体がビリビリくる。ゾクゾクくる。

 胸の奥からギターを弾きたい。あのステージに上がりたいという欲が溢れ出てくる。

 場数なら愛斗達よりも私たちやRoseliaの方が上のはず。

 

 けどあいつの歌声からは場数や経験を全く感じさせない何かを感じる。

 曲を演奏するのではなく歌をぶつける。

 Roseliaとは何か違う感覚。

 

 

「凄いな……」

「……悔しいけど、あたし達が目指すのはあいつなのかもしれない」

「無理しなくていーんじゃなーい?私達には私達の音楽があると思うよ〜?」

「凄いね……いつもと全然違う……」

「私達もっ!負けてらんないよ!」

 

 

 今日ばっかりはひまりの言う通りかもしれない。こんな近くに越えるべき存在がいた。

 

 いいじゃん。燃えるよ。

 私たちも負けてらんない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……流石ね」

 

 

 元々彼をコーチにしたのは彼のギターの実力を買ってのことだった。

 

 ……けど、歌の才能まであるとは思っていなかった。

 歌唱力は正直、中の上くらい。

 それでもここまで観客を引きつける要因……。彼の特筆すべきは歌に感情を乗せる力。特にその中でも表現力に関して彼はずば抜けている。

 

 感受性豊かな彼の性格(厨二病)が歌声やそのスタイルにも影響しているのだろう。

 その表現力が彼の歌唱力を本当のレベルにバフを掛けて大きく引きあげ、聞き手を自分達の世界へ引き込んでいる。

 自分の思いを歌に乗せる。

 私も勿論やっていたつもりだったけど、やっぱり上には上がいるみたいね。

 私もまだまだ、ここから上へ行ける。

 

 

「……えぇ。流石は愛斗さんです」

「伊達にRoseliaのコーチしてないよねー☆」

「まー兄かっこいい!」

「私もあぁやって……」

「Roseliaは、まだまだ咲き誇れる」

 

 

 彼らを見てそう感じた。確証はないけど、私達は。Roseliaはこれくらいで満足するほど驕ってはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『1曲目、拝啓ドッペルゲンガーでした。ありがとうございました。Black Historyですよろしくお願いします』

 

 

 観客席からの冷めやらぬ大歓声も、身体をかけずり廻る興奮も収まらない状態を抑えながら、初っ端からフルボルテージで盛り上がってくれた観客に対するお礼とバンドメンバーの紹介をする。

 

 にしてもマジですごい歓声だ。普段行ってるライブ会場よりも学校の体育館の方が余裕ででかいから当たり前といえば当たり前なのかもしれないが、ここにいる観客はただの学生である。

 熱が凄すぎるわ。みんな普段からライブ通ってるんかってレベルだもん。

 

 

『えー……取り敢えず、まだまだ沢山やりたいんで、2曲目行きます』

 

 

『命に嫌われている』

 

 

 新庄がキーボードに手をかけ、綺麗なメロディを奏でていく。

 

 命に嫌われている。

 Roselia解散未遂騒動の時に俺がメンヘラ発揮して耳コピした思い出の曲だ。

 この曲はギターやキーボードのプレースキルで魅せるのでは無く歌詞()を聞かせる曲だ。

 正直、俺は蘭や友希那さんのような生粋のボーカルではないから表現力ぶっぱ勝負になるこの曲を歌うかどうかめちゃくちゃ迷った。

 

 けど歌いたいから歌うしかねぇよな!

 歌いたい欲には逆らうべからず。それバンドマン界隈で1番言われてるから。

 

 

『僕らは命に嫌われている』

 

『価値観もエゴも押し付けて いつも誰かを殺したい歌を』

 

『簡単に電波で流した』

 

 

 俺が叫ぶように乱暴に歌う横で、馬越が綺麗にハモリを入れてカバーしてくる。

 

 バンドの醍醐味だよな。ハモリは絶対に入れた方がいい。かっけーし、気持ちいい。

 ただ馬越のやつめちゃくちゃ歌上手いからお前がボーカルやればいいと思うんだよな。提案したら嫌って一喝されたけど。

 俺かてボーカルなんて嫌やわ!恥ずかしい!

 

 本家ではヴァイオリンの部分で奏でられているメロディを俺達はエレキでカバーする。

 その事への違和感を少なくする為、本家よりロックに、それで居ながら本家に敬意を評してオシャレなイメージは崩さずにアレンジする。

 

 音楽ってすげぇよな。ある程度決まったコードを音の高さ変えたりパターンとかリズム変えるだけでこんなに色んな曲が出来るんだもんな。

 音楽ってすげぇよ。音を楽しむって書いて音楽って読むって言った人まじ天才卍。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……えー。あっという間でほんとにもう10分くらい経ってるのが信じられないんですけど……本当に楽しませて貰ってます。ありがとうございます』

 

 

 命に嫌われているで少し落ち着いた雰囲気の中、ステージ前に押し付けてるみんなが拍手を送ってくれる。

 なんか泣きそうになる。泣いてらんないから泣かないけど。

 

 

『俺達の前に出てきてくれてこの場を盛り上げてくれたパスパレ……。それからいつも世話になってる人たちに。特に深い意味なんて無いですけど、俺達がこれをやりたいんで、この曲を送ります』

 

 

 

『シャルル』

 

 

 

 一つ、フッと空に向けて一息吐く。

 目を閉じ、息を整え、ギターにピックをかける。

 

 今胸を駆けずり回っているこの感情は何なのだろうか。

 緊張?胸の高ぶり?

 いいや違う。

 

 やけに心が落ち着いている。

 これが俗に言うゾーンと言うやつなのかもしれない。

 

 

『さよならはあなたから言った』

 

『それなのに 頬を濡らしてしまうの』

 

 

 弾き語りのように、声とギターを同期させる。

 声の出番が終わると同時に単音を鳴らしていたジャズマスターを一気に歪ませ、曲全体に追い風を吹かせる。

 

 

『そうやって昨日の事も消してしまうなら』

 

『もういいよ』

 

 自然と口角があがり、体もどんどん動く。

 音楽は気持ちを高揚させ、変化させる特殊な能力を持っている。

 なんだか今、俺たちのライブを見ている人達に向けてこう言いたい気分になっているのもそういうことなのだろうか。

 

 目を閉じて、少し口角を上げて、マイク(観客)に告げる。

 

『笑って』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冷めやらぬ大歓声と鳴り止まないアンコールの声を背に受けながら舞台袖に引き上げる。

 

 こういうの一回やってみたかったんだよなぁ……。またひとつバンドマンの夢あるある。文化祭でみんなを熱狂させるという夢が叶った。やったぜ。

 興奮しきって火照った体の熱は一向に冷めず、まだまだやれると俺に訴えかけてくる。

 

 ただ、流石に疲れた。

 3曲ぶっ通して勢いだけでやり切ったからな。なかなかロックだろ?(適当)

 やけに乾いた喉を潤したくて、はいっ!と渡されたペットボトルの麦茶をグイッと喉に流し込む。

 

 

「……っはぁ、うめぇ! ありがと」

「どういたしまして! すっごかったよ! マーくんの歌!」

「よせやい! 照れるわ。それに、まだアンコールが残ってる」

 

 

 少し濡れた唇を袖でグッと拭い、受け取ったペットボトルを彩に返す。

 そのペットボトル俺のじゃないんだけど誰のなんだろうか。

 俺が飲んでたのは烏龍茶だったからな。麦茶飲んでたのは確か彩……。

 

 ……やめとこう。考えたらダメな気がする。

 核心の1歩手前まで行ったけど無理やり飛び降りて引き返す。

 俺は何も気付いていない。いいね?

 

 

「ふいーっ……。っしゃ!行くか」

「うん!行こっ!」

 

 

 大きく一息つくと、自らの腰を叩きもっかいスイッチを入れ直す。

 

 体は火照ったままだからな。

 いつでも行ける状態だったし、もうバッチコイだ。

 彩の背中をポンと叩き、数秒先にステージに向かったうちのメンバーやパスパレの面々に続くように送り出す。

 

 今回、ジャズマスターくんは俺じゃなくて、ドラムの土井に渡してある。

 流石にドラムセットは2つも用意できなかったからな。

 土井はギターもある程度そつなく弾けるし、クオリティに関しては問題は無い。

 心配要素があるとすれば、ギター無しの状況に俺が耐えきれるかどうか。

 まぁやって見なくちゃわからない。

 もうステージに俺も上がっちゃったし。

 

 ステージは照明もつかずにまだ真っ暗だ。

 アンコールは俺がほぼ予備動作なし始める予定だ。

 どんな感じかと言うと一番最初に拝啓ドッペルゲンガーやったような感じでやるゾ。

 要するに予備動作なしで一気にバーン!と来るやつだ。

 あれほんますこ。びっくりするけど一気にテンション上がるんだよな。

 

 

「大丈夫?」

「おう」

「行くね」

 

 

 彩と軽く目を合わせた後、声も交わす。

 

 ギター無しでステージの上に立つのは実は初めてだったりする。ライブ以外なら学芸会とかあったんだけどな。

 マジで落ち着かねぇ。

 彩の大丈夫? に対して素っ気なく返したけど本当は3時間くらい待って欲しい。

 ギターないと心細いわ、ほんとに。

 手持ち無沙汰すぎる。なんか孤独感強いし。助けてジャズマスちゃん。

 まぁ待ってても仕方ない。

 彩としっかりタイミングを合わせて曲名をコールする。

 

 

 

『『メルト』』

 

 

 

 千聖さんと馬越のダブルベースでイントロを開始する。

 技術的には馬越の方が断然上なので馬越がリードベース、千聖さんがリズムベースになる。

 本当はそんなのないと思うけど。

 たまにメロディを弾いてる変態ベーシストいるだろ?馬越がその役目な。

 

 続いてコーラスが入ってきて俺達もいつでも歌えると完全受け身耐性になる。

 まぁ1番を歌うのは彩なんだけどな。

 

 

『朝 目が覚めて』

 

『真っ先に思い浮かぶ』

 

『君のこと』

 

 

 歌詞を一言一言丁寧に紡いで順調に滑り出す。

 語りかけるように。一言、一言。

 

 

『思い切って 前髪を切った』

 

『「どうしたの?」って聞かれたくて』

 

 

 舞台袖から見る彩と隣で見る彩ってこんなにも違うもんなんだな。

 なんだかキラキラしてるわ。舞台袖から見るよりも明るく、輝いてみえる。

 なんか香澄みたいな事言ってるな俺。知能指数下がってるヤバいヤバい……。

 

 

『ピンクのスカート お花の髪飾り』

 

『刺して出かけるの』

 

 

 やっぱり彩もちゃんとアイドルやってんだなぁ。

 Bメロも難なく歌い上げ、その中でも身振り手振りで観客を煽っていく姿を見ると改めてプロだと感じさせる。

 何回俺は彩をプロだと痛感してるんだよ。普段からそういう目で彩を見てないからそれの弊害だわ完全に。

 

 

『今日の 私は』

 

『かわいいのよ!』

 

 

 観客に指を指しながらドヤ顔アイドルポーズでウィンクする。

 あぁ。今の可愛いの部分めちゃくちゃ可愛い(可愛い)

 

 

『メルト 溶けてしまいそう』

 

『好きだなんて 絶対に言えない……』

 

『だけど』

 

 

 彩がサビを歌い上げる中でコーラスすらまだ入れられないのが憎い。

 出番まだだからなぁ……。なんでこんなアレンジにしたのか。早く歌いたくなってくる。

 

 

『メルト 目も合わせられない』

 

『恋に恋なんてしないわ 私』

 

 

 にしても出番まで手持ち無沙汰である。

 いつもならこういう時もギターに意識を向けてるから、やけに緊張する。視線が気になる。

 

 

『だって君のことが』

 

 

 胸の前にマイクを持って、下を向く。

 伴奏が爆音で鳴ってるはずなのに、急に静かに感じる。

 

 

『好きなの』

 

 

 彩の口から発せられたその言葉に、胸がチクリと針を刺す。

 

 嘘でしょ?心臓病?

 てかそんなこと言ってる場合じゃない。

 もう俺の出番だ。なんだかんだ特等席で彩の歌を聴いてたらあっという間だった。緊張とかしてたけどあっという間だった。

 とにかく彩の顔に泥を塗ることは出来ない。

 物理的に彩の顔に泥を塗ることなら躊躇なく行けるけど。

 

 

『天気予報が ウソをついた』

 

『土砂降りの雨が降る』

 

 

 左手に持ってたマイクを右手に持ち替えて、顔の前に垂直に構える。

 イメージするのはレコーディングとかで使う、あのマイクスタンド。

 まぁなんとなくこれが一番落ち着くからこのスタイルにしてるだけなんですけどね初見さん。

 歌う時の鉄則は最初の音を強く。

 軽く気合を入れて、歌詞に魂を吹き込む。

 

 

『本当はそこらで コンビニの傘でも買えたけど』

 

『ためいき 気付いた』

 

『もしかして』

 

 

 通常版メルトよりキーを2つ下げて歌う。

 なんの為にバンドをふたつも組み合わせた特注のバンドを組んだと思ってんだ。

 

 パスパレ側では彩が歌う原キー、黒歴史側では俺が歌う元キーから+2のキーで演奏してしまえば最初から違和感なくキーを変えられる。だって初めから演奏自体は変わってないもん。

 

 厳密にはちょっとだけ変えているんだけどな。

 地味にアレンジ苦労したよ。2つのバンドを利用するなんてそうそうないし。作業量も単純に2倍だったからな。

 ハモりも考えたしデュエットソングも大変だなと実感する。

 ただ普段やらない作業だから普段の2倍楽しかった。

 

 

『「しょうがないから入ってやる」とかね』

 

『耳まで赤いのバレたかな?』

 

『恋に落ちる音がする』

 

 

 AメロもBメロも順調。

 サビ前のタイミングから馬越がハモってくる。この瞬間がたまらなく好きだ。

 メルトはメロディが変わる間がとにかく短いのでサビ前に一瞬で息を吸い込みフルスロットルにする。

 

 

『メルト 息が苦しくて』

 

『君に触れた左手が 震える』

 

 

 メルトと思いっきり目を瞑りながら叫ぶ。左手を前に出して、何かを掴もうとする。

 

 まるで何かに背中を押されるような感覚になり目を瞑りながらも一気に気持ちが高揚する。

 まるで薬でも決め込んだみてぇだ。

 

 

『熱い鼓動 はんぶんこの傘』

 

『手を伸ばせば届く距離 どうしよう……』

 

 

 どうやら俺はギターを持たなくても曲を歌う時はある程度暴れるらしい。

 何も持たないフリーの左手を色んなところに振ったり胸の前に手を置いたりする。

 アドレナリン全開で興奮してる今だから出来る特権だ。

 

 

『思いよ届け 君に』

 

 

 ロングトーン。後ろから彩が追いかけてくるのがわかる。

 曲ももう終盤だ。

 

 

『お願い 時間を止まれ』

 

『『泣きそうなの(泣きそうだよ)』』

 

『でも嬉しくて』

 

 

 彩と追い、追われ、息を合わせてハモリながらこの瞬間を一気に駆け抜ける。

 

 

 

『『死んじゃいそうだ!(死んでしまうわ!)』』

 

 

 

 彩とのハモリながらの渾身のロングトーン。

 

 ここでしっかり決めて楽器隊に主役を渡す。

 今回は原曲通りのキーボードソロだけではなく馬越のベースソロ、日菜さんのギターソロ、新庄のキーボードソロ、麻弥さんのドラムソロを同時に行う。もはやソロじゃねぇなこれ。

 

 片方の楽器が地を固めることで出来る2バンド一緒にやる特権だ。ドラムはひとつだけどそこは麻弥さんの腕でカバーしてもらう。

 活かせるとこは嫌という程生かして鳥肌だらけにして、むしろ観客共を鳥にしてやろうかという確固たる信念でやる。

 

 命名、鳥にして大空に羽ばたかせてやろうか。

 長ぇしだせぇ。

 各パート同時ソロが終わりラスサビに入る前に気合を入れる。

 てか、同時ソロってもはやソロじゃねぇな。なんでこういう無駄なところに気がつくのかね。

 

 まぁいい。もうこの楽しい時間も終わりに近づくんだ。

 目を合わせなくても、彩の姿を背中で感じる。今なら、あいつのことが分かるのかもな。

 大きく息を吸う。胸いっぱいに。大きく。二人で。

 

 

 

『『メルト 駅に着いちゃうよ(着いてしまう……)』』

 

『『もう会えない 近くて 遠いよ』』

 

 

 

 チラッと右側を見ると、彩も同じことを考えてたのこちらを向いてこくりと頷く。

 そうだな。曲の最後は華々しく豪快に散るべきだ。

 

 

『『だから メルト』』

 

 

 フーっと息を吐き、もう一度息を吸うと同時に、下げていたマイクを口元まで持ってくる。

 今までのサビと同じくらい声を張り、ここに全てをかける。

 

 

 

 

『『手を繋いで(手を繋いで) 歩きたい!(歩きたい!)』』

 

 

 

 

 マイクを構え、声をぶつけたまま、自然と体が右を向く、左手が何も考えてないのに、勝手に彩の方に伸びていく。

 すると、全く同じタイミングで彩がこっちに体を向けて、右手を差し出している。

 

 

『『もうバイバイ しなくちゃいけないの?』』

 

 

 相変わらず嫌になるほど俺達は考えてることがわかったりするらしい。ほんと、いらない機能だよ。

 

 

 

『『今すぐ(今すぐ) 君を抱きしめたい!(わたしを抱きしめて!)』』

 

 

 

 恥ずかしげもなくお互い向き合って、とんでもない胸きゅん歌詞を歌う。

 なんでだろうな。曲に入り切ってるのか恥ずかしくもなんともない。

 なにか自分の中から溢れ出てくる不思議な感覚に酔いしれながら、最後の一言を添える。

 

 

 

『『……なんてな(……好きだよ)』』

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 三校合同文化祭を締めたこのライブは、いろんな意味で伝説のライブになった。

 その後、俺はクラスメイトや他クラスのやつから鬼の質問祭を喰らうことになりバイクで逃走。

 学校ではアイドル相手にタラシする男という不名誉な称号を得た。ふざけんな畜生。

 

 ちゃっかり最終日のライブの音源をすべて録音、録画していた事務所が色々編集をしっかりして概要欄に※付き合ってませんとご丁寧に解説してあるメルトをYou〇ubeに投稿。

 Twitterでもバズり1週間で100万回再生とかいうアホみたいな事をやってのけ。

 ネットでは「公開イチャラブ」「ダイナミック告白」「リア充の頂点」「ピンクの子が可愛すぎる」「さっさと付き合え」と散々な言われようでパスパレの知名度は一気に飛躍。ついでに俺の知名度も飛躍した。理不尽。

過去のお話の書き方が地雷なので、展開は変えずに描写とか加筆修正したいんです。

  • 今のが好きなので書き直しておk
  • 昔のが好きなので書き直したらアカン

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