どうやら俺の黒歴史を美少女達に握られたらしい

Google先生でも分からないことはある

　初めて彼のギターを聞いた時、私が感じたのは、音だけでは表現出来ない『何か』だった。

　防音室のドアの隙間から漏れた、僅かな音だったけれど。その微かな音だけで、私を惹き付けるには十分だった。

　あの場には先客もいた。彼の音を受け取った時の感覚は、私たちだけしかわからない杞憂ではなかったのだろう。音楽人を引き寄せる『何か』を、彼は握っていた。

　Roseliaを組む前の私だったら、間違いなくメンバーに加えていた。

　けれど、何故だろう。私は、今のメンバーを崩したくなかった。Roseliaを崩したくなかったと言った方が、正しいのかもしれない。

　彼が私に適応しないという訳ではないだろう。彼ほどの腕前を持つギタリストなら、場に合わせた演奏をするくらい、造作もない。

　バンドは絶対に5人で無ければならないものなんかじゃない。

　おかしい。

　音楽に変な私情を持ち込むなんて、私らしくない。私が音楽をする理由なんて、あの舞台に立つためだけに存在しているのに。

　それでも、私情は押し殺した。バンドに勧誘する為だけに彼をエントランスに呼び出し、彼を二人目のギタリストとして、Roseliaに迎える。

　先程の先客も着いてきたけど、まぁいいわ。

　私の目的は変わらない。ただ彼をスカウトする。それだけ。

　だった。それすら叶わなかった。

　気がつけば、私は彼をコーチに勧誘していた。たまたま転がり込んできた彼の弱みを利用して、Roseliaのコーチに据えた。

　何故、彼をメンバーとして誘わなかったのか。いえ、誘えなかったのかはわからない。

　……過ぎたことは仕方がない。こうなった以上、彼を利用し、私たちのレベルを高みに繋げる。

　音に惚れたはずの彼に対して、適正もわからないコーチ業を求めるだなんて、随分な賭けに出たと自分でも思う。ただ、彼は私の期待通りだった。彼と出会い、Roseliaは変わっている。私の周りが、変わっていくのが分かる。

　このままいけば、私たちは、彼にある『何か』を掴める。

　そしてあの舞台に立つ。頂点へ。

　私はその為だけに歌ってきたのだから。もう少し。あと、少し。

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「少し、付き合って欲しいのだけど」

　興味本意。

　思い返してみれば、私は彼のギターの音を知らない。あの時、ドア越しの音漏れでしか聞いたことしかなかった。

　当然。だから、気になった。

　彼のギターを、今のRoseliaに加えると、一体どうなるのだろう。

　そもそも、シャルルという曲をカバーしようと決めたのだって、彼が今まで弾いている楽曲がボーカロイドばかりだったから。

　彼がよく弾くジャンル。彼が惹かれたジャンル。そのジャンルの曲を聞けば、私の中の音楽が何か変わるかも知れない。そんな淡い期待も端に抱いた選曲。

　その日、部屋に入った時、彼がシャルルを弾いていた時は少し驚いたけれど……少しだけ嬉しかったのかもしれない。彼の惹かれる楽曲を、見事に当てて見せた。

「……良い音」

　少しだけ考える様に、ギターに語り掛ける。彼のその目が、いつもと全く違うのには少し驚いた。どの分野にも一定数いる、潜在的なスイッチの切り替えの概念が存在する人間。確信した。彼は、上の存在だ。

　あこの3コールから、私の歌声と燐子のキーボードで曲が始まる。

　彼のギターが歌いだした瞬間、私は彼の出す音に眼を奪われた。

　何度も練習を重ねたように、呼吸と歌声だけが意識をせずに最高のコンディションを見せつけている中。私だけではない。リサやあこ、燐子達も意識は彼に向けられていた。

　楽器なんて譜面通り弾くだけ。一定のラインを越えれば、後はボーカリスト次第。ずっとそう思っていたのに、彼のギターは私の考えを否定した。

「────────」

　彼のギターは、まるでシャルルという曲を体現するように歌っていた。やはり、歌っていたのだ。

　単調なカッティングから、呼吸が聞こえる。ピックと弦がぶつかる生音から、生気があふれ出ている。楽器が喜んでいる。

　体全体で、まるで音楽に乗り込んでいるように足元は遊んでいる。手元は自由に、音を掴んでいる。

　ねぇ、何が違うのかしら。

　彼にあって私たちにないもの。私の真横で、まざまざと彼は見せつける。手の届くところで踊っている。笑っている。なのに、何故届く気がしないの？　

　自分にないものが、理解出来ない。この自分の未熟さが歯痒い。頂点を手に入れるために、私は努力してきたのに。私に届かなくて、彼は届く。

　何故。

　何故、私は今、楽しいと感じているんだろう。

　わからない。

　彼にあって私にはない『何か』、とは。

　一体。

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「少し、付き合って欲しいのだけど」

　友希那の言葉に、アタシは驚いた。

　紗夜に一歩も引かずに、自分の言いたいことを言って見せた彼に対して、興味が湧いたのか、試してみたかったのか。真意は不確かだが、ともかく、友希那がそういったことを言うのは珍しかった。

　そもそも、友希那が彼に対して抱いているであろう、興味という感情は凄まじいものがあった。うん、わかる。あの目は、何かを探っている時の目だって。いつもよりも、フィルターを一枚剥がした、そんな目だ。

　ただ、相も変わらず、少し言葉足らずなような。

「友希那～、言葉が足りてないよ～。 リードギターとして1回合わせに入って欲しい……で合ってるかな？」

　間違ってたらどうしようかと少しドキドキしてたけど、間違っていないようで一安心。

　アタシはこのバンドの中でも一番下手だ。

　当たり前だよね。紗夜とあこは普段から努力をし続けている。友希那と燐子は、気が付いたらもう持っていた。アタシは……まだ、足りてはいない。

　友希那が彼をコーチとして迎え入れた。恐らく彼に一番世話になっているのは、まぎれもなくアタシだろう。自分でもわかる。変わっている。一日一日立つごとに、みんなの背中が近づいている。そんな気がして。

　彼の背中を見るのは初めてだろうか。細くも太くも無い、標準体型。ネックを握る手には力も入っていない。友希那を近くに置いているのに、緊張を微塵も感じない。

「────────」

　初めて、目の前で聴いた。彼のギターは、凄いという言葉で片づけるにはあまりにもな物だった。

　愛斗が音を出した瞬間、みんなびっくりして愛斗の方を見てさ。目を奪われたって言うのは、きっとこのことを言うんだろうって。おかしいよね。楽器弾いてるのに、耳じゃなくて目を奪われるなんて。

　友希那や紗夜の驚いた顔なんて、レア物だよね。きっと、アタシも凄いびっくりしたような表情をしていたんだろうけどさ～。

　でも、アタシが一番びっくりしたのは、友希那が凄い楽しそうに歌っていたって言うコト。

　ちっちゃい時以来かもしれない、楽しそうに歌う友希那の顔。多分本人は顔に出てるって気がついてないだろうけど。何年も見ていなかった。また見れるだなんて、思っていなかった。

　アタシの力では見れなかったものが、愛斗のギターによって顔を出したって言うのは……悔しくなかったと言えば、きっと嘘になってしまうんだろう。

　ううん。アタシの事なんてどうでもいい。そんなことよりも、友希那が楽しそうに歌ってた。その事実が、アタシは何よりも嬉しかったのかな。

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「ちょっと付き合って欲しいのだけど」

　湊さんのその言葉に、心臓が跳ねたのが分かった。

　他人と自分を重ねるなんて、自分自身難儀なことをしていると自覚はある。それでも、私と湊さんは少しだけ似ている。だから、その言葉の意図が、私には理解出来た。

　コーチではなく、ギタリストである浅尾愛斗の実力を知りたい。

　それがどういう意味をあらわすのか。それを察せないような性格ではない。

　自分のギターの演奏に自信がない訳ではない。自信の有無じゃない。ない訳ではないという、その言葉通り。私は、ここにいる誰よりも努力をしたという言い方に変えるのなら、私はそれに自信があると胸を張って言えるだろう。

　ただ、彼を目の前にして、今はまだ自分自身のギターに自信があると言えない。そんな無力な自分が、憎い。

　今日、彼にリズムギターに専念したらどうかと提案された時は、苛立ちを覚えた。らしくない。あくまでも、バンド全体を見た時のアドバイスなはずなのに。まるで、慰安の私に対して、役不足を突き付けられたような気がしたのが。

「────うん……」

　音出しの軽いワンフレーズだけでもわかってしまう。音の粒。際立ち。鳴り。ノイズの少なさ。

　技術面だけでも、私は彼にまだ届かない。それを理解できるだけ恵まれているのか、事実を突きつけられて辛いのか。きっと、前者だ。

　あの日、ドア越しでほんの数秒しか聞けなかったが、それも私の胸には突き刺さった。私には持っていない『何か』を持っているのは、あの子のほどの感性を持っていない私でもわかってしまった。

　やはり、悔しさが滲む。

　私にはギターしかないのに、貴方はギターも、ベースも、ドラムも、キーボードも弾ける。

　全てを高水準にこなす彼の姿を、どうしてだろう。何もかも違う、あの子と重ねてしまう。関係はないとわかっているのに、私の心は焦りを覚えている。

　ギターを握るその後ろ姿なんて見たこともないのに。見ようとも思わないのに。私の頭では重なっている。

　嗚呼、きっとここで私は捉えるべきなのだろう。

　貴方たちと、私の違いを。貴方にあって、私にないものを。君にあって、私の欲しい『何か』を

「────────」

　そして、彼のギターは音を奏でていた。

　オリジナルになぞった音ではない、彼自身のオリジナル。

　忠実に遊び心を。魅せ場を求める様に飛び跳ね、一挙手一投足余すことなく、全てに目を奪われる。

　音楽という言葉をそっくりそのまま当てはまるのなら、きっと彼に似合うかもしれない。シャルルという曲の世界観に、私たちをギターひとつで引き込んでいた。

　完敗。

　わかっていた。悔しいけど、そう言わざるを得なかった。競うつもりなど、最初からあったのかすらわからない。

　それなのに、それなのに何故か私は楽しんでいた。

　ギターしかない私が、ギターを弾くということで完敗した。負けた相手とのセッションを、私は楽しんでいた。

　そうよね。貴方は、貴方しか知らない世界を知っている。

　譜面だけでは、きっと届かない世界を知っている。

　その背中の表側では、何が見えているの？

　今はまだ、良い。わからなくても良い。でも、私はここでは終わらない。

　貴方にあって、私にない『何か』。それを掴めば、私はもっともっと上のレベルに行ける。貴方の後姿から得た、たった一つの大事な道しるべ。

　確信した。それがあれば、私とRoseliaは頂点に行ける。そして、私は。

　その為に、私はここにいるんだから。