執筆動機は、「擬人化っていいよね」です。
「終点」
背景に連なる荘厳な景色とは裏腹に、闘いの舞台となるステージの構造は、平面の床だけと至ってシンプル。己の実力がより顕著に表れるステージとしてファイターや観客達に知られている。
そんな終点のステージだが、今そのステージの上に立っているのは、ファイターではなかった。
紫色の人型をした生物。その正体は、マスターハンドが創造した「大乱闘システム」の機能の一つが生み出した、訓練用の「ザコ敵」である。
そのザコ敵達は、機能上認識した「敵」に向かって、各々跳躍して攻撃を仕掛けようとするも...
上空から勢いよく振り下ろされた「巨大な左手」によって、五人のザコ敵が一気に吹き飛ばされていった。
落下してザコ敵が消える度に、間髪入れずに歪んだ空間から次々とザコ敵が補充されていく。
だが、宙に浮かぶ巨大な左手は、それらが地に足をつけるより早く…勢いよく振り払われた手の一撃で、為す術もなくどんどん脱落していく。
軽くて吹っ飛ばされやすいザコ敵を相手にするには、明らかにオーバーパワーな力。
ザコ敵からの殺意を一身に受ける巨大な左手は、それに対して全力であった。
「…クソがぁっ!!」
突如、左手が吠えた。
どこにあるかも分からない声帯機能から放たれたその声は、非常な勢いを持って空気を震わす。
左手は、掌に多量に生成された多量の爆弾を、乱暴に地面に叩きつけた。
それによって発生した爆発の連鎖は、次々と生み出されるザコ敵10人近くを一息に脱落させていた。
しかしいくら脱落しようが、生み出されるザコ敵に際限はないかのように途切れない。
「…………チッ」
突如、左手から舌打ちのような声が漏れたと思った途端、左手の乱暴とも言える攻勢が止まった。
時間が止まったかのように静止する左手を、新たに生み出されたザコ敵が一気に襲いかかる。
「…下らねえ。…何やってんだ、俺は…」
連続で繰り出されるザコ敵の攻撃……人間に例えるのならば「5歳児に叩かれる程度の力」を受けつつ、左手…もとい、破壊欲の化身である「クレイジーハンド」はボヤいた。
クレイジーハンドは、キーラとダーズの事件以降…正確には『しょげきった気力が回復した以降』に、時折激しい苛立ちを感じることがあった。
最初、その苛立ちが何からくるものなのかさっぱり分からなかったが、暫く考えているうちに頭の中に思い浮かんだ存在、それこそが原因だと自己解決した。
『混沌と闇の化身 ダーズ』の存在である。
苛立っている際、自身が記憶するどの存在を思い出しても苛立ちは消えなかった代わりに、あのダーズの姿を思い浮かべた途端、自身の中に燻る苛立ちが急激に沸騰していく感覚があったのだ。
なぜダーズに対して苛立つのか、その理由もクレイジーハンドにとっては明白であった。『ダーズとの戦いにおける敗北』である。
クレイジーハンドにとって、『敗北』というのは苦い記憶であった。
ファイター達を相手にして敗北することは何度もあったが、あれはクレイジー自身「戦い」というより「遊び」として捉えており、ファイター達に言って信用してもらえるかはともかく、本気を出している訳ではなかった。
タブー率いる亜空軍との決戦の際、クレイジーハンドはタブー及び操られていたマスターハンドの力によって、層の厚い亜空間に幽閉されており、クレイジーハンドの持つ破壊の力を持ってしても、突破は非常に困難であった。
しかし、破壊の力で微かに開けた通路から、クレイジーハンドの独断によって招待されていたファイター「ソニック」を送り込むことで、タブーに一泡吹かせてやっていた。そのため、それほどクレイジーハンドの心に蟠りを残すほどの出来事ではなかった。
しかし、ダーズとの戦いは…クレイジーハンドにとって、言い訳も逃避もできないほど…完全なる『敗北』であった。
クレイジーハンドの破壊の力を直に当てれば、ダーズといえどタダで済むはずはないのだが…ダーズが纏い、操る『闇』が厄介であった。
際限なく湧き出る『闇』に破壊の力が間に合わず…侵食していく『闇』に自らの身体を侵され、身動きの取れない「スピリット」と化してしまったのだ。
マスターハンド、クレイジーハンドの両手は、彼らのホームグラウンドである「中央世界」でのみ、全力で戦える。それ以外の世界においては、双方とも総合的な戦闘力は半分以下に凋落する。この事実を踏まえれば、「クレイジーハンドがダーズに負けてしまったのも全力を出せなかったから仕方ない」と擁護することもできるだろう。
だが、クレイジーハンドはそうした言い訳を自分自身に課すことはできなかった。
なぜなら、そもそもクレイジーハンドがダーズに襲われるハメになったのは、いたずらをする自分を叱ったマスターハンドに逆ギレして、感情のままに中央世界から出て行ったことが発端だったからだ。
それを追ったマスターハンドは、ダーズと対抗する光の化身「キーラ」によってクレイジーハンドと同じように捕らえられ、そこからキーラによる世界掌握の事件が起こったのだ。全ての発端は、紛れもなくクレイジーハンド自身であった。
全てが解決した後になって…クレイジーハンド自身に時折襲いかかる感情の正体は…ダーズによって敗北した上に、戦闘のための駒を生み出すための土台となってしまったことによる、無力な自分への苛立ち。
そして、クレイジーハンド自身は気づいていない感情……自らの行動で、世界が堕とされてしまったという失態による…強い、自責の念であった。
以前であれば、寮や城にいるファイター達にいたずらして怒らせるのが数少ないクレイジーの楽しみであったが、いくらやってもまともに気が晴れない。
この間は数名のファイターの頭に花を咲かせ、怒ったファイター達と遊んで(戦って)みたものの、楽しいはずの遊びの最中でも、隙あらば苛立ちが燻ってくる。
さらに同日に起きた「ワライダケ昼食混入事件」も、本来のクレイジーであれば面白がって笑い転げるような出来事であったはずなのに、クレイジーはほとんど上の空であり、それを見たマスターハンドはなぜか目に見えて落ち込んでいた。
そして今。この場で行われているのは『エンドレス組手』と呼ばれる、無限に湧き出るザコ敵と体力尽きるまで戦い続ける機能。一部のファイターから『ドM向け修行モード』と言われるものであった。
だがクレイジーはドMではなく、かと言って修行のためではなく、ただ燻る苛立ちをぶつけるための相手として、ザコ敵を選んでいたた。最初はサンドバック君を相手にしていたのだが、やはり自分に攻撃を仕掛けてくる相手の方が八つ当たりに適していると考え、他のファイターに見られないよう注意しながら、本来ファイター専用であるトレーニングモードを使用していたのであった。
だが、五分もしないうちにクレイジーハンドの気持ちは冷めてしまっていた。
(…バカバカしくなってきたぜ。『破壊欲の化身』である俺が、一体何をしている?)
(こいつらをただ吹っ飛ばし続けるのが俺の『欲』か? 俺は自分自身の存在に忠実になってるか?)
(……考えるまでもねえことじゃねえか。らしくねえぜ。全く)
ザコ敵の攻撃を受け続け、そろそろ痛みらしい痛みを感じてきたクレイジーも、未だ強いマッサージ程度にしか思えていないため、それに気を取られることなくぼーっと考え込んでいた。
(マスターのやつに頼んで………ダメだな。今の俺には『欲』がねえんだ)
一瞬クレイジーの脳裏に浮かんだ案は、かつてよくやっていたこと。即ち、クレイジーが破壊欲を抑えられなくなった時、マスターハンドに複雑で頑丈な造形物を創造してもらい、それをクレイジーが破壊する。昔の中央世界の住民にとって、一種のイベントのような感じで公開されていたものだ。今は『大乱闘』というもっと素晴らしいイベントがあるので、今となっては見世物にするほどのものではないのだが。
クレイジーハンドは、今回もマスターハンドに頼んで破壊用の造形物を作ってもらおうとしたのだが、それを脳内のうちで却下したのは、破壊欲の化身であるはずの自分に、『破壊欲』が欠け落ちていると自覚したからだ。
人間で例えるなら、『スランプ』と言える事態。キーラとダーズの事件が、未だクレイジーハンドにとって尾を引いていたのだ。
今回の『スランプ』は明確な原因があったが、本来『スランプ』とは原因がなくても突如としてやってくるものでもある。
実は、クレイジーハンドにとってこのような『スランプ』に陥るのは初めてではなかった。それどころか、かつてマスターハンドにも『スランプ』になったことがある。
そんな時に、両手が考え出した解決策というものが、存在した。
(……数百年ぶりだが、やってみっか)
クレイジーハンドは纏わりついて攻撃を続けるザコ敵を一気に振り払うと、するっと回転してこのステージから離脱した。
スマッシュブラザーズに所属するファイターにとって、関連深い施設といえば、大まかに二つに分かれる。
一つは『城』 大乱闘の開催場所…正確には、大乱闘のステージへと転送する転送装置がある場所である。この他にも、大食堂や大浴場。内部には各ファイターの世界資料が存在する図書館も存在する。両手が出入りする関係上、全体的に大きく作られている。
二つ目は、城に併設する形で作られた『寮』 ファイター達の睡眠の場であり、プライベートな私室が与えられている。城に比べれば小さいものの、食堂と浴場もあるため、乱闘をせずゴロゴロしたい場合にはここに籠っていることもできる。
この城と寮の背後地帯には森があり、さらにその森深く進んでいけば様々な自然地帯が広がっており、街方面とは裏腹に、多種多様な野生生物の暮らす場所となっている。
この森に、一人の『人物』が突如降り立った。
「……よっと」
何もない空間から、ふわりと不自然で柔らかい風が吹いたかと思えば、そこにはもうその『人物』がいた。
その青年は、ちょっと癖のある黒髪であった。右目は黒い眼帯に覆われていて、露わになっている左目の瞳は充血の類ではなく、まるでルビーの宝石のように赤く染まっていた。
比較的裾が短めの、シンプルな黒いローブを着ているその背丈は、人間の成人男性並みの背丈はあった。
そして、一番の特徴。ローブのせいで少々分かりにくいものの…彼には、右腕が存在してなかった。
そんな彼が、非常にゆっくりとした動作で、左腕を目の前に掲げた。
白い手袋に覆われた左手が、彼の目の前でゆっくりと指を折り曲げする様子を見つつ…
「…久しぶりすぎて、感覚がほとんどねえな……ま、ゆっくり待つしかねえか」
彼…クレイジーハンドは、小さく呟いた。
まさに片手で数えるくらいしか使用経験がない、クレイジーハンドの『人型形態』こそが、今森に立っている青年の正体であった。
かつてクレイジーハンドがスランプを起こし、何を破壊する気力も起きないとなった際に、マスターハンドがクレイジーハンドのために創造した人間の体である。
マスターハンド曰く、「私も時折創造の気力が湧かない時がある。そんな時には、単なる人間としてこの世界の人々と触れ合うことでいい気分転換になり、そのうち気力が戻ってくる」とのこと。
何もかも論理的に云々言いたがるマスターハンドにしては、非常に曖昧な論だなとクレイジーハンドは思ったものだ。だが、意外にも半信半疑で試してみたクレイジーハンドの感想は「悪くない」であった。単なる左手の形をした化身よりも、人間としての存在の方が周辺から様々な刺激を受けることができて、それでいて新鮮であった。ちなみに、想像以上に早く人の体に適応したクレイジーハンドであったが、右手の感覚だけはどうしても慣れなかったために彼の人型形態には右腕が存在しない。
今回のスランプに対しても、人型形態による気分転換で解消を図ろうとしているクレイジーであったが、今回ばかりは明確に注意しなくてはならないことがあった。
それは「ファイター達に気づかれないこと」であった。
一番大きな理由としてまず挙げられるのは「この人間形態の際は、クレイジーハンドの力が一切使えない」ことであった。破壊の力はもちろんのこと、爆弾を生み出したりエネルギーの指鉄砲も打つことはできない。
クレイジーは普段から色んなファイターにいたずらして恨みを買ってる分、報復に対して敏感であった。今無力な人間と化している自分の正体が知られた暁には、日頃の恨みと過激派ファイターから何されるか分かったもんじゃない。
だが幸いにも、スマッシュブラザーズが初めて結成されてから今日まで、クレイジーがこの形態になったことは一度もない。つまり、ファイター達は基本的にこの姿がクレイジーだとは分からないということである。
唯一この姿を知る例外は、秘書と言っても謙遜ないくらいの長い時間、マスターハンドとクレイジーハンドに共にいたファイター、「Mr.ゲーム&ウォッチ」くらいであろう。あと、この姿を創造してくれたマスターハンド本人である。
ただ、Mr.ゲーム&ウォッチはクレイジーの正体を知ると同時に、この姿がいわゆる「お忍び」の為であることも知っている。気遣いのできるあのファイターのこと、万が一見かけることがあっても、おいそれと他のファイターに自身の正体を話したりはするまい、というのがクレイジーの考えと信頼であった。
マスターハンドに関しても抜かりはない。彼は今、城の自室に籠って何をやっているかといえば、次にこの世界へ招待するファイターの選出である。ただでさえ無数に存在する世界からファイターを選出する作業は、マスターと言えど骨であろう。無論何日にも渡って少しずつ行われる作業であるが、一度没頭すれば八時間近くマスターの自由が拘束される。
要するに、基本的にはファイター達にはバレる理由はない。おまけに、大半のファイターは城で大乱闘中だ。ほぼ気兼ねなく行動できると言っていいだろう。
(だが、どこからボロが出るか分からねえ。テレパシー使いのファイターは今日は全員試合メンバーに入ってるはずだが...他のファイターに対しても油断は禁物...ってな)
極めて慎重に現状確認をしたクレイジーは、左手の動きを止めると今度は慎重に右足を動かして...踏み出した。しかしそれでも微かに体がぐらつく。
(...さすがに数百年ぶりの人間形態ともなると、まともに動くことすらムズイな)
(ま、時間はたっぷりあんだ。このまま普通の動きができるようになるまで.....)
クレイジーの思考は、そこで途切れた。全く予期できなかった衝撃が、上から降ってきたからだ。
当然、数百年ぶりの人間の体であったクレイジーが、まともに受け身を取れるはずもなく…うつ伏せにぶっ倒れることになった。
一体何なんだとクレイジーが脳内で憤っていると、口から文句が出るより早く衝撃を与えてきた人物…もとい、クレイジーの上から落ちてきて、今もクレイジーの背中に乗っかっている人物が、口を開いた。
「くっそ...足滑らせちまった...ってうおっ!? だ、誰だお前!」
...こっちのセリフだ!
クレイジーハンドは脳内で突っ込んだ。ただし、この声には聞き覚えがある。聞き覚えはあるが...マスターのように、声だけの情報で咄嗟に何者かが即座に分かるほどクレイジーハンドは頭の回転がいいわけではない。ただ、ファイターの誰かであることは間違いない。
足を滑らせたということは、クレイジーの近くの木の上にでもいたのだろうか。まさか転移した先の森の木の上にファイターが潜んでいようとは、クレイジーも予測できなかった。
背中に落ちてきたそのファイターは、クレイジーの背中から降りると目の前に回り込んでこちらの顔をじっと見た。そこでようやく、クレイジーもそのファイターの正体を知った。
「...見ねえ顔だな。お前、こんな所で何を...?」
「...それより、俺を起こしてくれ」
「は?」
「一人で起きれねえから、俺の体を起こしてくれって言ったんだ!」
恥ずかしさ半分、苛立ち半分でクレイジーは叫んだ。そのファイターは大声に一瞬怯んだように見えたのちは、「何なんだよ...」と呟いた。
背中から思いっきり追突されて、何なんだと言いたいのはクレイジーも同じであった。だが、事情を知らないあのファイターが当惑するのも仕方ないことである。事実としては、数百年ぶりの人の体を使うクレイジーには、うつ伏せの状態から立ち上がることすら困難を極めるのだ。
そのファイターはブツブツ言いながらもクレイジーを起こそうとして...ごく自然に、右手を引っ張って起こそうとするものの、目的の腕が無い為に「?」となったところでクレイジーが慌てて補足した。
「あっ、いや俺右腕ねえから! こっちの左手引っ張って起こしてくれ!」
「...右腕がないって...ホント、何なんだお前」
呆れたような声を出したファイターの正しい手助けによって、クレイジーはようやく立ち上がる事に成功した。
背中についた土や草を左腕のみでパタパタと払うクレイジーに対して、そのファイターは相変わらず怪訝そうな顔で訪ねてくる。
「で、お前は一体誰で、何であんなところに居たんだ?」
「......人の背中にぶつかっておいて随分な物言いじゃねえか、ブラピ」
「なあっ!?」
目の前のファイター、ブラピ…ブラックピットは酷く驚愕した顔をした。
クレイジーハンドはその反応に少し違和感を覚えた後…「しまった」と思った。あまりにもブラックピットを「ブラピ」という本人が嫌うあだ名で呼んで面白がる行為に慣れていたため、今の場面でもとっさに口に出してしまった。だが、今のクレイジーハンドはただの人間なのだ。初対面のはずのブラックピットをあだ名で呼ぶ行為は明らかにミスである。
目の前のブラックピットは驚きの感情が過ぎ去ると…突如鬼気迫る表情になったかと思えば、クレイジーの胸ぐらに掴みかかった。
「お…おいお前! どこでその名前を聞きやがった!?」
「おうっ…こら、やめろ…しゃべ、れねえ、から…」
仮にもファイターの膂力で掴みかかられ、普通の人間に身をやつしているクレイジーの息は一時止まってしまった。
人間形態であったからこそ、「息が止まって苦しむ」という経験もある意味新鮮なものであった。
(…まあダーズの野郎の闇にやられるよりか、マシな方だな)
一旦ブラックピットの手から解放されたクレイジーは、今即興で思いついた嘘を使って乗り切ることにした。
「…いつもあんたの試合、見てるからな。観客の間じゃ、有名なあだ名だ」
「〜〜〜〜〜っっっ!!??」
ブラックピットの顔が、一気に沸騰した。
クレイジーは今の言葉でさりげなく自分に対する情報を二つ盛り込んだ。
一つは「いつも試合を見ている」
二つ目は「観客の間」というキーワード。
動揺したブラックピットの頭でも、この二つの情報から推測できる目の前の人物の正体は一つ。
すなわち「いつもスマッシュブラザーズの試合を見に来ている街の観客」という答えだ。
それに加えて「観客の間でブラピという名称が流行っている」という情報を与えれば、クレイジーがブラピという言葉を口走ってしまったフォローもできるし、既に観客の間で有名になっているとあればブラックピットも目の前のクレイジーを責めたところでどうしようもないことを理解できただろう。
…何から何まで口からでまかせではあるものの、上手い具合に整合性の取れた言い訳だとクレイジーは自分を褒めた。
だが、自分が心底嫌がるあだ名が既に一般の人に周知されているという衝撃の事実(嘘)を知らされたブラックピットは、数歩後ろによろめいて頭を抑えると…
「…やっぱり
そう呟くや否や、勢いよくクレイジーに背を向けて歩き去っていく…前にクルリと振り向き直してクレイジーに指を突きつけた。
「お前! 言っとくが俺はそのあだ名が大っ嫌いだからな! 連中にも伝えろ! 二度とその名を使うな、とな!」
「おー」
「ちゃんと返事!」
「…….はい」
ファイターの言う通りにするのは癪な気もしなくもなかったが、今はとにかくファイターとは関わりたくなかったために、ここは素直に徹することにしたクレイジー。
背中からでもわかるくらい不機嫌なオーラを纏っていくブラックピットの姿が見えなくなってから、クレイジーもゆっくりと歩みを再開した。
森を抜け、城を迂回して街に辿りつく頃には、クレイジーの人間としての動きも違和感のないものへとなっていた。
(…街に来るのも、ホント久しぶりだが……)
(変わんねえな…ほとんどの建物に、見覚えがあるぜ)
クレイジーに見覚えがあるということは、その店は数百年に渡って変わらず運営しているということであるが、そのような店が今も多々存在していた。中央世界の住人は他世界に比べて平均寿命が長いのも要因の一つかもしれない。
何よりクレイジーにとってありがたいのは、この中央世界には多種多様な種族が存在するために、多少見慣れない服装の隻腕人間であっても、然程注目を集めないということである。
普通の人間姿に近いMii一族がこの世界では一番多いが、パックマンのような一頭身の種族もいる。
白いボディのロボットや、または独特の電子音を響かせて歩くMr.ゲーム&ウォッチの一族…通称「平面族」ともすれ違う。
(……さて)
(あの店は…まだ、あるか?)
脳裏に浮かぶ微かな記憶を頼りに、クレイジーが歩いていくと…その店は案外早く見つかった。
「いらっしゃいませー」
その店に入ると、Mii族の店員が出迎えてくる。
未だ比較的空いているのか、そのまま四人がけの席に案内されたクレイジーは、慣れた手つきで端のメニューを左手でとって眺めた。
そう、ここは至って普通のファミレスであった。クレイジーの目的は、もちろん食事である。数百年ぶりの。
普段から栄養補給を必要としないクレイジーにとって、食事というのは人間形態時限定の娯楽に他ならない。それも『破壊』の代替わりとなる娯楽として。そして、街にはそれなりに数があるファミレスの中でクレイジーがこの店を選んだ理由は一つ。
「お待たせしましたー。『激辛カレー・レベル大乱闘』です」
これである。
人間のクレイジーが好む食べ物といえば、「辛いもの」であった。とは言っても、辛いものが美味しいというよりも舌や喉に感じる刺激を好んでいるといった理由であるが。
クレイジーが頼んだのは、大乱闘のアイテムとして出てくる「激辛カレー」…並みの辛さを追求したと言われる、ここの看板メニューの一角だ。流石に口から火が出る訳ではないが、その辛さは大乱闘の名前を冠してるだけあって相当なものである。あれほどの辛さを再現しようとなると、見た目はもはや「赤い沼地にご飯が沈んでいるもの」と形容するのが正しいくらいである。
クレイジーは目の前の沼を前にして、慎重にゆっくりと左手のスプーンを使って沼をすくい上げて口に運ぶ。
(んん…悪かねえな。この刺激と痛み……ちょいと気持ち盛り上がってきたぜ)
クレイジーにとって、この食事は「戦い」と同義であるのだ。自分の体を攻撃してくる辛さと痛さ。そして攻撃に耐えつつそのカレーを口にして飲み込み消し去る。普段ファイター達との遊びとはまた違う斬新な戦いであった。
とはいえ、肉体はいたって普通の人間。辛さに耐性がある訳ではないために、時折こぼす勢いで水を飲んだり、激しく咳き込んだりしてしまう。その上食べる動作もまだ慣れてはいないために、食事速度は一般客よりはるかに遅い。
傍目から見れば驚異のカレーに悪戦苦闘しているようにしか見えない、しかし本人は心底楽しんでいるという不思議な様子のクレイジーに対し、パックマンの一族と思わしき一頭身の店員が近づいてきた。
「お客様〜。すいませんが、当店の混雑のため相席をお願いしてもよろしいですか〜?」
「ゲッホ…ん、ああ…別にいいぞ」
店員の声によって一人の戦いの世界から一旦離れたクレイジーが辺りを見渡すと、なるほど店内が騒がしくなっている。クレイジーの戦いの最中で、このファミレスはピークを迎えていたようだ。
相席とはいっても、目の前に誰がいようが関係ない。どうせこの激辛カレーとクレイジーの二人っきりの戦いになるのだから。
そう、思っていた。
「お洒落な店ですね、ここ」
「ええ。そして、ここに知る人ぞ知る、美味しくてヘルシーなメニューの組み合わせがあるんですよ」
「ほう、それは楽しみだね」
店員に案内され、こちらの席に向かってくる三人の『ファイター』を見た瞬間、クレイジーは激しく咳き込んだ。
無論、カレーの辛さのせいではなく、驚きによって。
(…どんな偶然だよ、全く…!)
クレイジーは、スプーンを持ったままの左手で頭を押さえた。
店の端から子供用の高椅子を二つ引っ張ってきているのは…私服姿の白い肌の女性。中央世界出身ファイター、『Wii Fit トレーナー』
そして、そんなトレーナーに礼を言いつつ椅子に登り、机に体を合わせる身長の低い二人のファイター…ホコタテ星人の「オリマー」とコッパイ星人の「アルフ」。大乱闘においては、ピクミンという生物を率いて戦う異色のファイターだ。今はピクミンを引き連れていないようだが。
クレイジーとしては、この三人にはあまり関わりがない。三人とも穏やかな性格がゆえに煽ったりイタズラしたりしても、怒って向かってくるタイプではない。つまり、からかい甲斐がないのだ。
関わりがない点で考えれば他のファイターよりまだマシとはいえるが、どちらにせよこの姿でファイターと相見えること自体よくないことだ。億が一にも正体がバレるようなことがあっては気分転換も台無しだ。
ただ、今の所はたかだか相席になった程度の関係に過ぎない。下手に絡んだりすることさえなければ…
「あら! あなたの食べているモノって…ひょっとして噂の『大乱闘激辛カレー』ではありませんか?」
「…そうだが」
話しかけくんな! と心のうちでクレイジーは舌打ちをした。この女性トレーナーは、様々な人をトレーニングで導いてきた実績があるだけに、初対面の人にも物怖じせず話しかけてくるタイプらしい。トレーナーの反応を見て、オリマーが興味深けに尋ねる。
「なんだい、それは?」
「これはですね。ほら、大乱闘に『激辛カレー』ってアイテムがあるじゃないですか。あれの辛さを再現してみたっていうメニューらしいです」
「それはまた…なかなか物好きですね…」
若干引いている目つきのアルフが、クレイジーの食べているカレーを見つめている。が、自分でもちょっと失礼かと感じたのか「あっ すいません」と頭を下げて謝罪する。
クレイジーは仏頂面のまま左手のスプーンでカレーを何回か勢いよく口に運び…やっぱりむせる。その様子をみた三人のファイターは目を見開いて驚くが、三人が何をするよりも早く水をがぶ飲みする。右腕が使えないために、どうも忙しない様子となってしまう。
「あらあら、早食いはよくありませんよ。あまり噛まずに飲み込むと、消化系に大きな負担がかかってしまうので…」
「…大きな、お世話だ。こっちは…今戦いの最中だ。邪魔すんじゃねえ」
憮然と言い放って再びカレーに手をつけるクレイジーを見て、三人のファイターは無言で顔を見合わせる。「食事の戦い」という新たな概念を前にして、驚きに加えて微かな尊重の念を抱いた。もっとも、クレイジーが早食いする理由は、早く目の前のファイター達から去りたいのも大きな理由なのだが。
メニューを開いて件のカレーを見つけたオリマーが、ポツリと呟いた。
「うーむ…怖いもの見たさだが、少し興味が出てくるな。頼んでしまおうか…」
「だ、ダメですよ! 今日はお腹周りの脂肪を落とすためのヘルシーメニューの組み合わせを紹介する話じゃないですか!」
「流石に…この戦いに参戦するのは、ちょっと無謀かもしれません…」
オリマーを諌める二人の様子を一瞥しつつも、クレイジーは黙々と自らの戦いを続けていた。
(ったく、興が削がれちまった……)
店から出たクレイジーは、顔を顰めて街を歩く。
あの後、ファイター三人組に話しかけられることこそなかったが、戦いへの集中が最初に途切れた時点で、もはや戦いというより作業じみてきてしまったのが、クレイジーにとってマイナスであった。
(……ダメだ。まだ破壊する気力が起きねえ)
(以前は、飯さえ食えば少しはマシになったはずなんだがな…)
(やっぱファイター共のせいか…くそっ)
クレイジーに苛立ちが募る。一瞬だけ、ファイター共を破壊してやりたい衝動が湧いてくるが、その衝動は頭を振ってすぐに追い出した。
苛立ち紛れの破壊など、クレイジーが真に冠する破壊欲ではない。苛立ちだろうと何だろうと、自らの感情を理由に破壊するのは破壊欲の化身としての行動原理に合致しない。苛立ちを紛らわすために破壊するのではなく、破壊を望むがゆえの破壊でなくてはならない。もし破壊に理由を求めるとすれば、より破壊を円滑に執行するための破壊と、破壊を妨げるものを排除するための破壊のみである。
もっとも、「破壊を望む」という段階に至れていないからこその気分転換中なのだが…その結果、苛立ちが増すようになってしまっては本末転倒というもの。
(……やっぱ、人の集まるところは危険だ。何が来るんだかわかりゃしねえ)
(…なら、次はあそこで……昼寝でもすっか?)
クレイジーが次に足を向けたのは、街の東の方であった。
木々が立ち並び、草が生い茂る森。ただし、この森は城の後方に存在する森とはまた別である。
街から東にだいぶ歩いた先、さらにその外れにある比較的小さな森である。マスターの創造とは別に自生した自然の一つだ。
森に入る道中で、人影が見られなくなった事実に内心ガッツポーズを繰り出していた。数百年前の気分転換の際も、この森には人が皆無だった。それが今も同じであることに安堵したのだ。一人でのんびりと休むには、やはり人里離れた自然の中が一番である。
今クレイジーが目指しているのは、森の中にある昼寝スポット。柔らかな石と草が並ぶ天然のベッドが存在する場所。ひょっとしたら月日が経って荒れてるかもしれないが、その時はその時。木にもたれかかってぼんやりするだけでもいい。とにかくスランプの時は、人間形態で時が過ぎるのを待つのが一番なのだ。
だが…クレイジーは森に入ってしばらくすると、ある異変に気付いた。
(…なんだ? この音)
(明らかに鳥やら動物やらの声じゃねえぞ…誰かの声、それも複数人か? …しかも爆発音みてえなのまで)
空気が澄む森林の中で、クレイジーは頭痛を覚えて頭を押さえた。一人でのんびりしたくてこんな辺境の森まで来たのに、まさかこんな騒がしい声がしてくる場所になっていたとは。やはり数百年も経つと静かな聖域も人の手によって開拓されてしまうものだろうか。
どうしようか。クレイジーの脳内には、一瞬引き返すという選択肢が思い浮かんだ。しかしさっきから一々自分の休暇が邪魔されているのがどうしても気に食わない。ここまで来て引き下がるなど、敗北感が拭えない。何、騒動の声から離れて歩けば、関わらずに済むだろう。これ以上俺の休暇に乱入者がやってくるなど許さない。クレイジーは口を引き締めた。
そんなクレイジーが、騒動から離れるために歩く方向を調整しようとした時だった。クレイジーが「それ」を見つけたのは。
「…何だこりゃ」
思わず口に出してしまった。遠目では最初変な形をした植物だと思っていたが、近づいてみると明らかに人工物であった。三脚で立てられ、網のような部品がついた謎の物体であった。上部が回転し、時折リズミカルな音楽が鳴っている。
間近で観察したクレイジーが、何をどうするかの判断を下すより早く、コトが起こった。
「ええっ!? 嘘!? きゃー!」
「あ!?」
突如、甲高い女性の声がした。しかも、空から。
クレイジーが咄嗟に上に視線を向けたが、時すでに遅し。
上空から勢いよく飛んできた『ファイター』の蹴りを食らうハメとなったクレイジーは、千年近い生涯で初めての『気絶』を体験することとなった。
元々、昼寝をしようとこの森に来たクレイジーの目的は半分達成されることとなったが、昼寝と気絶は大いに異なるものだとクレイジーは学ぶこととなった。寝起きは最悪。頭と体の節々が痛む。全く昼寝とは大違いだ。
「あっ…目、覚ました?」
クレイジーが目を開けると、目の前にはとある『ファイター』の顔。オレンジ色の髪を持つように見えて、その実『ゲソ』という器官を持つ特異な生物。『インクリング』だ。左腕だけで体をゆっくりと起こしたクレイジーが辺りを見渡すと、同じインクリング族と思しき三人のファイターが駆け寄ってくる。
「…どうだ? 調子は」
そのうちの一人、髑髏が書かれた黒い布…いわゆる「スカルマスク」を口元に巻いている男性のインクリングが声をかけてきた。
「…最悪だ。まさか突然空から勢いよく蹴りをかまされるとはな」
「ああああああ! ほんとーっにゴメンなさい! まさかビーコンの下に人がいるなんて思わなくてー!」
顔面蒼白になって何度も何度も頭を下げるオレンジ色のゲソのインクリング。謝られてもクレイジーのイライラは晴れない。まさかこんな形でまたファイター共と関わり合いになろうとは。今すぐ去りたい気持ちでいっぱいだが、未だ体が怠くてまともに動かない。
「ていうかリーダー…何であんなところにビーコン置いてたの?」
「…ギクッ」
紫色のスケボーヘルメットをつけた男のインクリングが呟くと、「リーダー」と呼ばれたオレンジゲソのインクリングが、大袈裟な動きで動揺する。
すると赤と白の帽子をかぶった、ピンク色のゲソの女の子がリーダーに詰め寄る。
「ちょっとリーダー! まさか、ステージの外にこっそりビーコン置いて奇襲する気だったの!?」
「う、ううう…だってさー、別にステージ外にビーコン置いちゃいけないルールなんてないしー」
「ダメに決まってるでしょ! 練習しようって時まで悪知恵働かせてんじゃないわよもう!」
「…落ち着け、二人とも」
スカルマスクのインクリングが、リーダーとピンクの間に入って落ち着かせる。その間クレイジーはイライラを募らせたまま、動かない体でイカ同士の会話を聞かざるを得なかった。
そんな中、スケボーメットのインクリングがクレイジーの方を向いて話しかけてきた。
「で、あなたは誰で、ここで何を?」
「俺はただの街の住人だ。ここで何を……っていうのは俺が言いたいセリフだ。ここは俺以外の人が寄り付くような場所じゃなかったはずだが? 」
「え…ここってひょっとして、あなたが何か使う場所だったの?」
クレイジーの言葉を聞いて、リーダーのインクリングが驚きの感情が含まれた疑問を呈する。クレイジーはまあな、と答えるついでに脳内で(数百年前からな)と付け加えた。
そんなクレイジーの言葉を聞いて、スカルマスクと赤白帽子の二人のインクリングが説明をする。
「あのね。私達インクリングは…故郷では『ナワバリバトル』っていう競技…みたいなのをやるのが本業なんだけど…ここじゃ、大乱闘はできても…ナワバリバトルができないのよ」
「それをあの巨大な右手…マスターハンド、だったか。とにかくそいつに相談したら、ここに臨時のナワバリバトルステージを作ってくれたんだ。バトルに必要なリスポーン地点とかもな。だから今日は試しの2on2をやりに来てたんだが」
…
まさかファイターのみならず、マスターハンドまで俺の休暇を邪魔するか、何の因果だ、とクレイジーは苦虫を噛み潰したような顔になった。無論、事情を知らないマスターハンドに悪気はないのだが。
上体を起こしている状態で辺りを見渡して見ると、確かに森の中には不自然と言えるコンクリートの床が広がっている。
ますます険しい顔になったクレイジーを見て、オロオロしながらリーダーのオレンジ色のインクリングが気まずそうに問いかける。
「あの…さっきはホントーにゴメンね…何か、私にできることがあれば…」
「…ふん。何も………………いや」
何もあるもんかと答えようとしたクレイジーだが、その脳内に一つ、選択肢が思い浮かんだ。
だが、最初はその選択肢を振り払おうとした。その選択肢はファイターに頼るような、クレイジーのプライドに関わるような行動であったからだ。
だが、クレイジーはここで見方を変えてみる。
(…ファイターに頼るんじゃねえ。ファイター共を利用してやるのさ)
(そうだ…散々俺の休暇を邪魔しやがった仕返しに、一般人のフリをして、ファイター共を俺のスランプ脱出のために利用してやる)
クレイジーは地に座って、上体を起こした体勢のまま、四人のインクリング達を一瞥した。
「それじゃあ……ちっとばかし、話をしようじゃねえか」
「…へえー。敵に負けて、スランプにねえ」
「…….そうだ」
クレイジーは、彼らに事情を話した。もちろん、肝心なところはちゃんとぼかした上で。何の勝負に負けたのかも言ってないし、どういう敵かということも内緒だ。
やっていることは完全にお悩み相談なのだが、クレイジーとしてはあくまで「このファイター共を利用してやっている」スタンスである。
スランプという言葉を聞いたリーダーのインクリングは、ムムムと腕を組んで唸った。
「スランプ、スランプかぁー。私はまだ未経験だなー」
「そうね。スランプってスゴウデの人が苦悩の末になるもんだしね。リーダーじゃあね」
「ちょっとヤコちゃんそれってどーゆー意味!?」
赤白帽子のヤコ、と呼ばれるインクリングの皮肉っぽい声に、リーダーが噛みつく。
やいのやいのと騒ぐ二人の女の子とは別に、スカルマスクのインクリングがクレイジーに尋ねる。
「…その敵とやらに、リベンジはできないのか?」
「それができりゃ、苦労はしねえんだがな……もう、倒されちまったよ。俺以外の奴らに、な」
クレイジーは、思わず目をそらして遠くの方を見つめた。スケボーメットのインクリングが「ふーん」と声を漏らす。
「僕らでいうと、ライバルチームを他の無名のチームに倒されたみたいなもんか。それは確かにモヤモヤするかもね」
「そうよ! もしもブルーチームが私達以外のチームにやられるようなことあったら、許さないんだから!」
「…急に何の話だ?」
突然会話に割り込んできたリーダーのインクリングに対して、怪訝な声をだすクレイジー。そこで先ほどヤコ、と呼ばれていた赤白の帽子のインクリングが補足する。
「えっとね。ブルーチームってのは、一応私たちのライバルチーム…リーダーが勝手に言ってるだけな気もするけど。この世界にも来てるんだけどね。ほら、試合で見たことない? 私たち以外のインクリング。青いゲソのボーイとか、ヒーローっぽい格好のガールとか…」
「あー...いたかもなあ」
ヒーローっぽいだのとかいうのは分からんが、確かマスターハンドが招待したインクリングは八人いたはずだ。全員の顔と名前が一致するほど覚えているわけではないのだが、この他にも四人のインクリングがいたのは確かだ。
スケボーメットのインクリングが、顎をさすりながら言葉を漏らす。
「実際どうなんだろうね。ブルーチームって引くくらい強いから、あんまり他チームに負けるとこ考えられないなあ」
「だから許さないんだってば! 私達のチーム以外に負けるだなんて! それはライバルチームたる私達への侮辱なんだから!」
「…どういうことだ?」
クレイジーは、本気で分からない様子で首を傾げる。それを見たリーダーのガールが、逆に何が分からないのかと言った様子で答える。
「だってさ! 私達に勝っておきながら、他のチームに負けるってことはさ! 私達がその他のチームより弱いってことになっちゃうじゃない! 勝つっていうのはさ! その試合に負けたチームの名前を背負うってことなんだよ! 責任があって重いことなんだよ!」
「リ、リーダーが何か深いことを言ってる…?」
何やらぽかんとしてるヤコのインクリングは放っておいて、クレイジーは今リーダーによって繰り広げられた論を自らの脳内で逡巡する。
確かに、俺はダーズに負けた。そして、俺が負けたダーズをファイター共が倒したと言うことは、この俺が、ファイターより、弱い…?
「なるほどなあ…そりゃあ確かに、許せねえなあ」
クレイジーの苦々しい呟きに、勢いよくリーダーが賛同する。
「でしょ!! もしね! ブルーチームが本当にそんなことになろうものなら…しばきにいくしかないよ!」
「しばきにって…リーダー。ひょっとして物理的に?」
「そんなわけないでしょ! 私達とのバトルで根性叩き直してやるのよ!」
「…今まででも一回も勝ててないのに、か?」
「ぐ、ぐぬう…スカル君、それは言わないでよぉ」
スカルマスクのインクリングの指摘に、リーダーはかすかに涙目になる。しかしその涙を振り払ってリーダーが力説する。
「いや! 大丈夫よ! いいこと? あのブルーチームがどこぞの馬の骨ともしれぬチームに負けるなんてことがあったとしたら! それはブルーチームが腑抜けになってしまった証拠なんだから! そう言う時こそ、私達ライバルチームが喝を入れてあげなきゃ!」
「うーん、言ってることは分からなくもないこともないかもしれない…というか、結局ブルーチームは私たちのことライバルと見てくれてるのかしらね…」
「………ん、おーい、大丈夫?」
力説するリーダーとそれを聞いて考えを張り巡らすヤコ。そして「大丈夫?」と声をかけるのはスケボーメットのインクリング。誰に声をかけているかといえば、ぼーっとした表情で思考を張り巡らせていたクレイジーである。
今までのインクリングの話は、どうせ参考にならないと思っていた。確かにダーズの敗北によってクレイジーの弱さが露呈してしまったというのは許すべかざることであるし、ダーズをしばきたいという気持ちも大いに共感できるものであった。
だが、ダーズはもういない。リベンジどころか、根性叩き直したり喝を入れたりすることもできない。
ライバルチームとは違って、ファイター達が倒してしまったダーズとは、もう二度と相対することはない。
そう、思っていた。
だが、クレイジーの脳内に、ふと浮かんだ疑問。
本当に、キーラとダーズは、もういないのか?
クレイジーは、実はキーラとダーズが倒されたその瞬間を見てはいない。
キーラとダーズが大量に生み出していたファイター及び両手のコピー体の破壊作業を続けていたからだ。
だが、倒されたその両化身の様子は一度詳しく聞いたことがある。
ボロボロの体となった両化身は海に墜落した後、まるで本来あるべき光と闇に戻るかのように、一つの球体に収縮したかと思うと、そこからまるで石を水面に落としたかのように波動が広がり…まるで天高く登る川のようにたくさんのスピリット達が解放された、と。
つまりは、ファイター達は確実にキーラとダーズを消し去るようなトドメはさしていないということだ。
そして何より気になるのが、両化身を撃破した瞬間に、少なくともマスターハンドは立ち会っていたはずという事実である。
海に沈みゆくキーラとダーズを見て、マスターハンドはどういう行動をとったのか?
トドメを刺したのか? いや、奴らを消し去るつもりでトドメを刺すつもりなら、クレイジーの破壊の力を使う方が確実だ。マスターが本気で消し去るつもりなら、あの性格だ。必ず確実な方法をとる。
だが、クレイジーはマスターにそのようなことを頼まれた覚えはない。
ならば放っておいた? いや、仮にも世界を手中に収めようとした連中だ。マスターが放っておくなんてそれこそ考えにくい。何かしらの行動はとっているはずだ。
では、マスターは…一体何をした?
そうクレイジーが考えたとき、とある可能性が一つ、思い浮かんだ。
「……いい話が聞けたぜ」
「…え?」
クレイジーはそう呟くと、ゆっくりと立ち上がった。
そして、インクリング達がクレイジーに視線を集めた瞬間、この静かな森には明らかに不自然な風が吹いた。
突然の風にインクリング達が目を細めて視界が狭まった時…まるでコマ送りのように一瞬で、眼帯をした隻腕の人間…クレイジーハンドは、その場から姿を消した。
「え? あ、あれ? あの人は?」
「…消えた、な」
「まじ? え? あの人、魔法使いか何か?」
「...かもね。まあ、あの個性豊かすぎるファイターの人達見てる身としては、あんまり驚けないけどね」
インクリングのファイター達は、各々顔を見合わせた。
大乱闘の施設がある城の地下には、『秘蔵庫』という部屋がある。ただし、部屋というよりはその名の通り倉庫とよべる場所である。
そこに、クレイジーハンドはいた。さっきまでの人間形態ではなく、その名の通り、巨大な左手の姿である。
クレイジーがここに入るのは、正真正銘はじめてだ。というより、長い時の中でここに入ったことのある人物は、マスターハンドのみであった。
ファイター達は、存在すら知らないだろう。地下に行く道は一応封鎖されているし、テレポートを使えるようなファイター達も、わざわざ地下に侵入する必要性を感じることはなかった。
もっとも、それはクレイジーも同じく、必要性など今まで皆無だと思っていた。
今日までは。
クレイジーは、奥へ奥へと浮遊しながら進んでいく。
そして、クレイジーの目的のものは、すぐに見つかった。
「…ビンゴ」
クレイジーは、人間形態であったら会心の笑みを浮かべていたであろう様子で、手をパッと開いた。
クレイジーの目の前にあるのは、縦長の透明な円柱型ケース。それも二つ。
一見すると単なるガラスのように見えるが、破壊の化身であるクレイジーは感じていた。この一見簡易そうに見えるガラスケースには、視認できないものも含めてあらゆる結界を防御機構が張り巡らされていて、クレイジーといえど破壊には手間取るレベルのものであることを。
それほど厳重に隔離されている二つの存在。…それは紛れもなく『スピリット』であった。
「…何をしている? クレイジー」
クレイジーハンドは、突如秘蔵庫に響いてきた創造欲の化身の声に、驚くことはなかった。
何百年近く共にいた経験から、気配を察することは容易であったからだ。
当の化身の声は、咎める響きは毛頭なく、単純な疑問の感情のみで構成されていた。
そんな疑問に答えるクレイジーの声も、存外落ち着き払っていた。
「…答え合わせに来たのさ。俺の推測の、な」
「ほう」
マスターハンドは、興味深そうな声を出した。だが、その推測と答えがどういうものなのかは、問わなかった。
クレイジーが見ている二つの存在を確認しただけで、充分だったからだ。
「なあ、マスター。…やるなら、とっととやっちまったらどうだ?」
「…君らしくないな。クレイジー。遠回りな言い方は似合わないと思うが」
「何だ。たまにはマスターっぽく謎めいて喋ろうと思ったのによ、悪いか?」
「私の真似か? …そうか、私の真似か。……いいな」
「何喜んでんだよ。気持ちわりいな」
指を不自然に動かすマスターハンドを見て、喜びの感情を感じ取ったクレイジーは、少し距離をとって引く。
なぜクレイジーがマスターの真似をすることが嬉しいのか、その事情を知らないクレイジーは心中疑問を抱きながら、言い直した。
「…なんか気持ち悪いから、やっぱり俺らしく、簡潔に言うとするか」
「…とっとと復活させちまおうぜってことだ。
光と闇。
二つのスピリットが、秘蔵倉内の微かな照明を反射して、少しだけ光った。