ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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第10話 黒の剣、白の閃光、青の盾(五七五)

 ある夜。ある宿屋。

 とある事情でここに宿泊している彼……ナツメは、ベッドの上で寝息を立てていた。

 

 いびきもかかず、傍目から見ても気持ちよく熟睡しているとわかる、彼の傍に、ベッドの横のなのもない空間に……突然、青色の光の渦が現れる。

 

 それは、『回廊結晶』という、空間をつなぐアイテムを使ったことによるもので……今の状況は簡単に言えば、ナツメが眠る宿の部屋が、どこか別の場所と瞬間移動できるゲートでつながれたことを意味していた。

 

 そして、その中から……フード付きのマントで顔を隠した、怪しい二人組が現れる。

 

 彼らの頭の上に掲げられているカーソルは……どちらも、『犯罪者』を表すオレンジ色だった。

 

「お~やおや、気持ちよさそうにおねんねしてんなぁ……」

 

「まあ、かえってよかったんじゃね? 死ぬ瞬間の恐怖を味わわないで済むんだしよ」

 

「わざと起こしてそのツラ拝むのもいいと思わねえ?」

 

「それもそうだな……けど、やるならきちんと縛ってからだ」

 

 2人の間に交わされる会話は……およそ常識をわきまえているものならば、耳を疑う、あるいは耳を塞ぎたくなるようなおぞましいものだった。

 

 このSAOの世界は、ゲーム内での死亡が現実の死につながるデスゲームである。

 

 ゆえに、どんな理由であれ、HP全損という事態は、あらゆるプレイヤーが全力で避けるべき事柄であるのだが……そんな世界においてなお、PK……すなわち、『プレイヤーキル』、殺人に興じるプレイヤーは存在していた。

 

 さらには、そんな集団の集まりであるギルドすらも、どこかにひそかに結成されていた。

 

 この2人も同様であり……巧妙に仕組まれたトリックによって、安全地帯のはずの、鍵のかかった宿屋の部屋に侵入し、こうしてそこに寝ているナツメを、これから殺害しようとしている。

 

 彼らの言動と行動、そして、装備に刻印されている、殺人ギルド『笑う棺桶(ラフィンコフィン)』の一員であることを示す紋様が、それを物語っていた。

 

「よっ、と……そっちちゃんと持てよ?」

 

「お前こそな。ひひっ、楽しみだな……おい、HPが赤色になったらこいつ起こそうぜ? どんな顔するんだろうな~」

 

「この時間の『ひだまりの森』はまず誰もこねえからな、ゆっくり楽しめるってもんだ。ヘッド達も来りゃよかったのによぉ……今話題の『ドクター』が無残に死ぬ瞬間なんて、最高じゃねえか」

 

 2人は、眠っていて無防備なナツメの体を抱え上げ、2人がかりで回廊結晶の向こう側へと運んでいく。部屋の中に……不気味で不吉な静寂が戻ってきた。

 

 回廊結晶は、数十人単位での移動が可能なアイテムだ。使用後しばらくはゲートが維持されており、その間であれば、つながっている2つの場所を自由に行き来することが可能である。

 もっとも、2人にしてみればナツメを連れ出した時点で、用済みも同然だったのだが。

 

 そして、その数十秒後。

 もう少しで消えるであろう、光の渦の向こうから……1人が戻ってきた。

 

 疲れたような、呆れたような表情になっている……ナツメが、ただ1人。

 その手には……サバイバルナイフを思わせる形状の、鋭く光る短剣が握られていた。

 

「……あー……わかっちゃいたけど、平和ボケしてるな。いやまあ、普通に日本で暮らしてる分には、別にそれでよかったんだろうけど」

 

 その声からは、今しがた彼が『何を』してきたか、感じ取ることはできない。

 やったことに対して、あまりにもその声は、態度は……普段通りだった。

 

「はぁ…………寝よっ」

 

 そして彼は、ナイフをストレージにしまうと、先程までと同じようにベッドに横になり、同じ安らかな寝顔で、同じように規則正しい寝息を立て始め……そのまま朝までぐっすり眠るのだった。

 

 

☆☆☆

 

 

【2024年3月10日】

 

 キリト君に誘われ、迷宮区の探索に同行していた僕は、安全地帯で休憩していた時にうたた寝をして……ちょいと変な夢を見て、微妙な目覚めを迎えた。

 いや、別に悪夢にうなされたとかいうわけじゃないんだけど……夢くらいもうちょっとましなもん見せてくれてもいいんじゃないかなと。

 

 同時に、キリト君には『安全地帯とはいえ迷宮区でうたた寝とか思い切ったことするな』とか言われた。いや、君が寝てもいいって言ったんじゃん。

 まあ、不用心だったとは思うけど……何かあれば即起きる自信あったし。

 

 僕、熟睡しててもちょっとしたことで目覚ますからね。

 

 それはさておき、キリト君のお目当てである素材……武器の強化に使うらしいそれを、ひたすらモンスターを狩り、ドロップさせてを繰り返し、必要数が集まるのを待っていると……どこか遠くから、悲鳴みたいなのが聞こえて来た。それも複数だ。

 

 同時にそれを聞き取った僕とキリト君は、嫌な予感がして、その悲鳴の方に向かってみた。

 

 そしてそこで……半壊状態になっているパーティが2つ、巨大なモンスターから逃げながら戦っている光景に出くわした。

 

 彼らの服装というか、装備にはすごく見覚えがあった。

 白地に赤いラインやら装飾があちこちに入った装備……このアインクラッドにおいて、最前線をひた走る攻略組の中でも最強と言われているギルド『血盟騎士団』のものだ。

 

 そしてさらに驚いたことに、そのギルドでもとくに有名なプレイヤーの1人が、その中にいた。

 

 100人が100人、美少女であると評するであろう、目を奪われるほどの凛とした美貌。

 さらりと長く伸びた明るいブラウンの髪に、気の強そうな目が特徴的だ。

 手にしている細剣を振るい、臆すことなく敵に立ち向かっている、その女性……間違いない。

 

 血盟騎士団副団長……『閃光』のアスナ。

 

 直接見るのは初めて……ってことはない。遠目からなら、何度か見たことがある。

 が、戦っている場面を見るのは初めてだ。なるほど……聞きしに勝る細剣さばき、見事な立ち回りだ……素人目にも、隙のなさ、攻撃の鋭さがよくわかる。さすがはトッププレイヤーの1人。

 

 そんな彼女らが今戦っているのは……僕が入手している情報の中にはないモンスターだ。

 ……つか、えらい見た目のモンスターと戦ってるな。いかにも強そうな……えーと、カーソルを合わせて、名前が……『トライヘッドドラゴン』?

 

 名前の通り、3つ首の龍。手足や翼はないが、凶悪なほどに鋭い牙、太い胴体、そこから伸びる尻尾(こっちも3本ある)、どれも凶器と呼べるものだ。

 

 状況を見るに……細かい事情やこうなった経緯はさすがにわからんものの、どうやら撤退戦を繰り広げている最中らしい。しかし、見た目に反してと言うべきか、予想以上に敵の足が速く、バックステップや後ろを気にしながらじゃ中々引き離せないらしい。

 

 加えて、ドラゴンらしくブレスによる遠距離攻撃があり、離れて逃げようとする奴から狙われる……というか、ブレス系は範囲攻撃なので、その射線上にいる奴全部巻き込まれる。

 

 そして、3つの首がそれぞれ別のタゲを取って攻撃するらしく、散らばって逃げても逃げ切れる気がしない。最悪、3つの首が全部遠距離のブレスを放つなんて悪夢すら考えられる。

 

 さらには、時々通常POPのザコモンスターが現れて攻撃してくるため、追いかけてくるボス以外にも常に周囲を警戒していしなきゃいけない。

 

 とどめに……ここ、クリスタル無効化空間になっていて、結晶系アイテムが使えない。

 即時HP回復効果のある回復結晶も、緊急脱出用の転移結晶もだ。

 

 ……悪意を感じる組み合わせだな。

 恐らくあれは、フィールドボスに分類できるネームドモンスターの類だと思うが……どっちかっていうと、環境と合わせてデストラップそのものって言った方がしっくりくる。

 

 このままだと、10以上いる血盟騎士団のメンバー達は……全滅はないと思うが、果たして何割が生き延びれるやら。

 

 隣にいるキリト君を見ると、強い意志を感じる目つきでこちらを見返しつつ、こくりと頷いた。

 りょーかい、助けるのね。

 まあ、敵でもないのに見捨てるって選択肢は……ないか。

 

 ……見た感じ、僕ら2人……にプラスして、あの副団長さんを戦力として計算できるなら、十分余裕持って対処できそうだし?

 

 と、いうわけで……出撃。

 

 

 ☆☆☆

 

 

Side.アスナ

 

 

 その日、私は『血盟騎士団』のワンパーティを率いて、穴場とされている区域でレベル上げにいそしんでいた。

 

 ここのモンスターは、視界に入ると襲い掛かってくる好戦的(アクティブ)型で、攻撃力もHPもそこそこ高いため、実力の足りないプレイヤーだと苦戦する相手だが、動きが遅く、群れることもほぼないため、複数人で連携して一気にかかればさほど苦労せず倒せる。

 

 加えてリポップ……再出現も早いので、準備さえしっかりできていれば、レベル上げには理想的な環境なのだ。

 そのため、血盟騎士団はここの情報を公開せず秘匿し、団員のレベル上げに利用している。

 

 『軍』みたいに封鎖しようとまではしていないので、そのうち自然に知れ渡りはするだろうが……それまでには皆、十分にレベル上げを済ませることができるだろうという見通しだった。

 

 しかし、今回はそれが裏目に出た。

 

 まさかここに……未発見のフィールドボスがいるとは、

 そしてここが、そのボスの出現によって局所的に『クリスタル無効化領域』が発生するという罠がしかけられた場所だったとは……思いもしなかった。

 

 私達はこいつに出くわし、準備不足に加え、レベル上げ目的で編成していた未熟なパーティでは荷が重いと判断、即座に撤退しようとしたものの……転移結晶が使えず、足で走って逃げることになった。

 

 それでも、クリスタル無効化領域か、このボスの行動範囲のどちらかさえ抜ければどうにかなると思い、必死で逃げていたものの……またしても想定外の事態が起こった。

 同じ『血盟騎士団』の別なパーティが私達を見つけ、救助のために駆け寄ってきたのだ。

 

 『来ちゃダメ!』と叫んだものの、時すでに遅く……想像以上に強力かつ苛烈なボスの攻撃と、クリスタル無効化領域に驚いて、あっという間に救助に来たパーティは大混乱に。

 ミイラ取りがミイラになっただけでなく、その混乱は私達のパーティをも巻き込んで……さっきまでより状況が悪化してしまった。

 

 このままじゃ全滅しかねない。しかし、こんな連携も何もない状態では……全員で逃げるのは無理だと言える。ならば……

 

 ……逃げられる者だけでも、逃がすべきかもしれない。

 小を捨ててでも、大を生かすべきかもしれない。

 

 ……平然とではないにせよ、こんな思考ができるようになってしまった自分が嫌になる。

 

 この間も、フィールドボス攻略の会議の場で……ボスを村の中に誘い込み、NPCが襲われ、殺されている間に攻撃する、なんていう提案をして……キリト君に怒られたっけ。

 

 ……正直、言ってるこっちもつらかったんだけどね。

 あんな作戦を立てるのも……それで、キリト君にあんな、責めるような風な目を向けられてしまうのも。

 

 何よりも攻略の効率を重視し、『攻略の鬼』なんて呼ばれるようになって……私、随分と現実からかけ離れたところにきちゃったなあ……なんて、自嘲気味に笑っていた時だった。

 

「アスナ、無事か!?」

 

「っ……!? キリト君!」

 

 後ろからすさまじい速さで、私を追い抜く形で現れ……襲い掛かってきた3つの首のうちの1つを、剣の一閃ではじき返した……黒い影。

 

 まさに今しがた、脳裏にその姿を浮かべたところだった彼――キリト君が、目の前に現れて……不覚にもドキッとさせられてしまった。

 ちょ、ちょっとタイミングが……よかったような悪かったような!?

 

 い、いや、今は正直助かる。キリト君ほどのレベルのプレイヤーがいれば、撤退にしろ、このまま討伐するにしろ、光明が……なんて考えていたところで、私は気づいた。

 この場に駆けつけてくれたらしいプレイヤーが……彼1人ではなかったことに。

 

「っと……さて、間に合ったのかそうでないのか……確認は後回しにしますか。どうします、キリト君? 撤退戦の殿か……あるいは、このまま討伐しますか?」

 

「えっと……そうだな、正直俺もちょっと状況はわかってないし……アスナ?」

 

「えっ? ええと……」

 

 キリト君と一緒に現れたのは、見覚えのないプレイヤーだった。

 

 精悍な顔立ちで、まだ若そう……20代前半くらいかな? 全体的に、青と白を基調とした、ロングコートタイプの装備を身に着けている。かなりの品質……おそらく、攻略組と遜色ないそれだ。

 

 武器は片手剣と、左手に大きめのカイトシールド。

 装備から察するに……前衛のタンクか何か?

 

 顔に見覚えは……あるような、ないような……

 いや、でも、キリト君――『ビーター』『黒の剣士』と交流があって、かつ、噂レベルだけど、かなりの高レベルプレイヤーだと言われてる人となると……あっ、もしかして。

 

「撤退は……統制を回復させる時間も隙もありませんから不可能です。一番確実なのは……可能であれば、動けるメンバーの総力で、ここでこのボスを討伐することね」

 

「だそうだ……ナツメ、悪いがタンク頼む! アスナ、俺と2人でアタッカーだ、ナツメが抑えてくれている間に、速攻でこいつを倒す」

 

「了解!」

 

「わかったわ、キリト君!」

 

 名前を聞いて確信した。

 通称『ドクター』……アインクラッド全体でその名を知られている男性で、デスゲームで荒んだプレイヤー達の心を、命を、幾度となく救ってきたと言われているプレイヤーだ。

 

 また、中層プレイヤーでありながら、時に最前線付近の狩場に姿を現したり、キリト君と交流を持っている数少ないプレイヤーであるなど、謎な部分も多い人でもある。

 

 私も、直接見るのは……多分、初めてだ。

 ……遠目で見たことならあるかもだけど、何か用があったりできちんと会って見たことはない。

 

 デスゲーム開始直後あたりならともかく、この人が『ドクター』として本格的に有名になってからは……私、落ちこんでる暇もないくらい、前だけ向いてがむしゃらに走ってきたから、『カウンセリング』のお世話になることはなかったし。

 

 その本人が、今、目の前にいる。

 まさか……初対面の場が、こんな迷宮区の中……戦闘の場になるとは思わなかったけど。

 

 さっきの話の通りのポジションに移動しながら、私は、隣にいるキリト君に、小声で訪ねた。

 

「ね、ねえキリト君、こんな時に悪いんだけど……あの人、大丈夫なの? あのドラゴン、攻略組でも少数じゃろくに手出しできないくらいには強いんだけど……1人でタンクって……」

 

 常に敵の攻撃にさらされるタンク役は、相応の防御力と技量を必要とする。そして、頭数も。

 1人で相手の攻撃全てを受け斬るなんてこと、土台無理だからだ。うちの団長みたいに、『ユニークスキル』によって反則級の能力でも手にしていない限り。

 

 団長の『神聖剣』は、ハーフポイントである50層のボスを相手取ってなお、短時間とはいえ1人でその攻撃を抑え込むだけの圧倒的な防御力を持っていた。けど、それを持たない……こういう言い方は失礼かもしれないけど、一介のプレイヤーでしかない彼に、それができるのか。

 いくら、フロアボスよりは数段下に位置するフィールドボスとはいえ……

 

 そんな懸念を込めてキリト君にそう聞いたんだけど、彼は、『何だそんなことか』とでも言いたそうな目をして、あっさりとこう言った。

 

「それなら問題ないさ。あいつ多分、装備やスキルはともかく…………技量だけなら多分、お宅の団長さんレベルだぜ?」

 

 

 

 その言葉が、誇張でも何でもなかったということを、私はすぐに目の当たりにすることとなった。

 

 巧い。この一言に尽きる。

 

 たった1人で壁役を引き受けていながら、そのたたずまいにはいささかの揺らぎもない。ほとんどその場から動かず、『トライヘッドドラゴン』の攻撃を一手に引き受け……適切なヘイト管理により、そのまま他の、倒れている、あるいは動けない団員達に攻撃を向けさせない。

 

 たまにヘイトがぶれる時があっても……それは主に、攻撃している私とキリト君くらいだ。

 それも、ヘイト蓄積が大きいとされるソードスキルを使ってすぐに引き戻してしまう。

 

 結果、ほとんどの時間、彼……ナツメさんは、3つ首の攻撃を1人で受け続けることになったのだけど、さっきも言った通り、この人、防御に反撃にとにかく巧い。

 

 1つの首の攻撃を盾で防御あるいは受け流し、別な首の攻撃を剣で弾いて防御し、残る首の攻撃はひらりと回避、あるいは他の首を障害物にして阻害、なんていうことを平然とやる。

 

 うちの団長は、なまじ防御力が鉄壁であるだけに、盾で正面から防いでしまう場面が多く、その技巧を見る機会は少ない――少ないだけで、その技術がすさまじいのは皆知ってるが――だけに、防御のみならず回避、受け流し、そして反撃といった技術をこれでもかと組み合わせた立ち回りは、見ていて芸術性すら感じさせるものだった。

 

 特に驚異的なのは、その集中力と、動作の正確性だろう。

 

 パリング、受け流し、回避……これらをただの一度も失敗することなく、敵の攻撃に対して、絶妙なタイミングで繰り出してダメージを無効化、あるいは最小限に抑える。

 

 1つ1つ、言うは簡単な動作だ。

 というか、むしろできて当然の『基本的』な技能と言ってもいい。錬度や精密さはともかく。

 

 しかし……その繰り出す位置の正確さ、タイミングの見切りが人間離れしている。常に最も効果的な位置で、効果的な時に受けとめている……まるで機械みたいな正確さだ。

 

 そしてそれを、決して短くはない戦闘時間の間、全くぶれさせることなく維持している。

 

 それでも、団長ほどの防御力がない以上、ダメージを0に抑えることはできず、徐々にそれが蓄積していくので……時折、スイッチで私とキリト君が回避タンクを引き受け、その間にポーションで回復してまたスイッチ……というのを繰り返していた。

 

 ……その使ってるポーションがやたら高性能っぽかったのも気になったけど、まあいいわ。

 

 けどそれでも、戦況の安定性は、さっきまでとは雲泥の差だった。すごく戦いやすい。

 防御をほぼ全部ナツメさんに任せ、私とキリト君は、不意のタゲ変更にだけ警戒しつつ、敵の急所に向けてソードスキルを叩き込んでいくだけでよかった。

 

 十数分後、キリト君の最後の一太刀を受けて、『トライヘッドドラゴン』は、その体をポリゴン片にして砕け散った。

 犠牲者は……0。およそ考えうる限り、最良の結果と言えた。

 

 敵が砕け散った光景に、うちの団員達がほっと胸をなでおろし、一部は抱き合って喜びさえする中……私は、キリト君にお礼を言いながら……少し離れたところに立っている、今回の立役者(盾だけに、とか言わないように)に目を向けていた。

 

 うちの団員……と、なぜか一緒にいる、吟遊詩人風の格好をした女の人の2人組に話しかけてる。顔見知りなのかしら? ……何か、『前にも言った』とか『ドクターストップ』とか聞こえる気がするけど……。

 

 よくわからないけれど……今回の戦いで、まず間違いなくはっきりしたことが1つある。

 

 彼……『ドクター』ことナツメさんの実力について。

 

 中層プレイヤーでありながら、攻略組に匹敵? なんて不正確な噂だったのだろう。

 

 そんなもんじゃない。あれは……明らかに、トッププレイヤーの領域だ。

 

 途中経過が一切不明だから、どうやってあれほどの技量を身に着けたのかはわからないけど……何にせよ、彼は中層なんかでくすぶっていていい人材じゃない。

 

 放っておいていいわけがない……勿体なさすぎる!

 

 私はこの時、勝利の余韻を味わいつつも……あることを心に決めていた。

 

 

 

 


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