ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

11 / 81
第11話 ヘッドハンティング? よろしい戦争だ

 【2024年3月13日】

 

 先日の突発的なフィールドボスには、『クリスタル無効化領域』ということもあって、少し焦ったものの……問題なく乗り越えることができたということで、まずは安心している。

 

 というか僕、堅実に守るくらいのことしかしてないからな……『パリング』と『ウェポンバッシュ』で敵の攻撃を出頭で潰して防いでる間に、キリト君とアスナさんが片づけちゃった印象だ。

 

 いや、マジであの2人何なの。

 何あのでたらめな火力。そしてコンビネーション。あっという間に終わったよ。

 

 キリト君はまあ、わかる。結構長いこと付き合いあるし、類稀なる戦闘センスや反応速度、そして……たしか、どっかの階層ボスのLAボーナスだったはずの魔剣『エリュシデータ』から繰り出されるすさまじい攻撃の頼もしさはよく知ってる。

 ソロで攻略が基本のキリト君だけど……最近、素材集めの時なんかは、僕を誘うことも多いし。

 

 しかし、アスナさんまであんな……いや、攻略組のトッププレイヤーの1人なわけだし、強いのは当然知ってたけど……あれほどとは思わなかった。うん。

 

 典型的なヒットアンドアウェイタイプの攻撃だったけど……速い。そして鋭い。

 蝶のように舞い、蜂のように刺す……っていう言葉そのまんまだったように感じる。

 

 パワーはキリト君の方が上だろうけど、スピードはアスナさんの方が上だった。

 まさしく矢のような速度で一気に距離を詰め……細剣で貫く。

 

 いや、ただ貫くだけじゃなく、時には斬りつけたり、相手の攻撃を切り払ったりもするし、単発じゃなくて連続で突きを放つことも……特に、ソードスキルと思しき、光を纏った剣による連続攻撃は、機銃か何かかと思うくらいの迫力だった。

 何、かえってわかりにくい? ごめんね説明下手で。

 

 そしてしつこいようだけど、それら全てがはっやいんだよ。ホントに。

 よくあんなに早く動いて、足がもつれたり、攻撃ポイントがずれたりしないもんだ。

 

 そしておまけに……気のせいかね? なんか彼女、キリト君との連携にいやに慣れてない?

 

 聞いた話だと、ずっと前……それこそ、この『SAO』が始まってまだ間もない頃に、チーム組んで戦ってた時期があるらしい。

 

 多分……僕がまだ、『始まりの町』近郊で青猪を相手にひたすら訓練してた頃だな。

 

 でも……本当にそれだけかね?

 そんな、まだ互いに戦闘スタイルも確立してないであろう、言ってしまえば『未熟』だった時期の経験だけで、あれだけ見事に息の合った攻撃ができるものかと聞かれると……

 

 まるで、どちらかがどちらかを――おそらくは、アスナさんがキリト君を――意識して合わせているというか、その戦い方を研究してるからできているかのような……いや、意識したって簡単にはできないであろうレベルの連携してるんだけどさ、すでに。

 

 ……まあ、だからって何が悪いわけでも、正確な解答が僕の中に思い浮かんでるわけでもない。

 予想ならできなくはないけど……それもやめよう。下世話というか、マナー違反だ。

 

 ともあれ、彼女はまさしく、『閃光』の二つ名に恥じない特一級の剣士だった。

 あの強さと華麗さなら、そりゃ人気が出るのも当然といったところだろうか。あくまで中層のプレイヤーでしかない僕が、この目で見る機会に恵まれたのは幸運だったと言えるだろう。

 いい思い出になった。

 

 

 ……で、そのアスナさんが……何でまた僕のところに、訪ねてくるのかと。

 

 

 いやまあ、理由自体はちゃんと、というか先に聞いてたんだけどね?

 律儀と言うか礼儀正しいというか……彼女、ちゃんとキリト君を通して僕にアポイント取った上で、日時と場所まできちっと決めて、お土産の菓子折まで持って訪ねて来たし。

 

 NPCメイドの菓子だけど……僕が好きな種類なのは、偶然じゃなさそうだな。

 どうやって調べたのかは知らないけど、随分細やかなところまで気の利く娘だ。

 

 そしてその、訪問の理由だが……簡単に言えば、『ヘッドハンティング』だった。

 僕を引き抜きに来たそうだ。『攻略組』に……願わくば『血盟騎士団』に

 

 彼女曰く、先日初めて僕の戦闘を目にしたが……明らかに、その能力は攻略組の、それもトッププレイヤーのレベルにあると言っていいものだったという。

 

 あれだけ強力で、しかも攻撃頻度も高く、3方向から同時に繰り出されすらするボスの攻撃を、たった1人で完璧に防げるようなタンカーは、『攻略組』全体を見ても1人しかいないと。

 

 その1人ってのはおたくの団長さんですねわかります。

 姿はともかく、戦ってるところは見たことないから詳しくは知らないが、防御型らしいし。

 

 いや、ちょっと大げさでしょそんな……そんな、アインクラッド最強とか言われてる『聖騎士』さんと並ばせるような評価されても、こっちが恐縮するわ。

 あの人、ハーフポイントのフロアボス相手に、短時間とはいえ1人で戦ったんでしょ? そんなんできないって僕……あっという間に死ぬから。

 

 そう正直に言ったら、そんなことはない、って、余計に力を入れて反論された。

 

 僕も知っていることだが、片手剣や細剣、片手棍(メイス)などと合わせて装備できる『盾』は、敵の攻撃を受け止めて、あるいは弾いたり受け流して防ぐことができる防御手段であるが……それは、攻撃のダメージをゼロにしてくれるわけでは決してない。

 大部分は削られるとはいえ、多少のダメージは届いて、HPを削ってしまうのだ。

 

 これを最小限にするため、敵の攻撃を弾く反撃技『パリング』を行ったり、攻撃に合わせたタイミングで防御した時に適用される『ジャストガード』なる判定を上手く使い、システム上の数値とはいえ、衝撃を極力抑えることが重要になる。

 そうすれば、HPへの貫通ダメージを抑えられるし、盾自体の耐久力の摩耗も抑えられる。

 

 しかし、ヒースクリフさんの保有する『ユニークスキル』である『神聖剣』は、この盾での防御に大幅な補正効果があり、仮に正面からまともに防御しようとも、貫通ダメージや盾への負担といったものをほぼゼロにまで抑えてしまえるのだそうだ。

 アスナさん曰く、彼の鉄壁の防御はこのスキルに由来するところが大きいらしい。

 

 もちろん、プレイヤー個人のスキルの高さもあるし、それだって他のプレイヤーとは一線を画すレベルだそうだけど。

 

 で……アスナさんやキリト君(おい、君もか)の見立てでは、ステータスや装備はともかく、僕のプレイヤースキル自体は、ヒースクリフさんに匹敵するものだと思う、とのこと。

 

 むしろ、『神聖剣』の恩恵なしであれだけの防御能力を発揮すること自体、驚異的なプレイヤースキルを持っている証拠だとのこと。なんかもうこっちが恐縮するくらいに褒められてしまった。

 

 あと何か、戦い方自体ヒースクリフさんに似てる、とも言われたけど、まあそれはいい。

 

 で、そんな力を持っている(ということにしておこう)僕を、このまま中層でくすぶらせているのは、どう考えてももったいない、という考えに行き着いたらしい。

 

 そもそもからして、キリト君に付き合って前線のエリアで戦っていけるだけの実力を持っているのだから、ぜひ『攻略組』……すなわち最前線に活動の場を移し、その能力をアインクラッド攻略のために、このデスゲームから全プレイヤーを解放するために使ってほしい、とのこと。

 

 そして願わくば、自分達のギルド『血盟騎士団』に所属してもらいたい、とも。

 もし加入してもらえるなら、自分の権限でできる限りのバックアップをさせてもらう、と。

 

 真剣に頼んでくる彼女に対して……僕は、さして考える時間をかけることもなく、返答した。

 

 『断る』と。

 

 ……実のところ、この問題は既に、色んな人からもう何度も問いかけられたことだ。

 

 アスナさんの隣に座り、『やっぱりか』みたいな表情になっているキリト君を筆頭に、その反対側に座っているクラディールさん(アスナさんの付き添いで来たらしい)、『黄金林檎』のグリセルダさんや『月夜の黒猫団』のケイタ君……ああ、あとアルゴさんにも言われたことあるな。

 

 けどそのたびに一貫して――答える早さには違いはあったと思うが――僕の答えはNoだった。

 

 

 理由は単純。僕には、中層のソロプレイヤー『ドクター』としての立場があるからだ。

 

 そりゃ、四六時中『カウンセリング』をしているわけじゃないし……そもそも今は、病院の営業自体、急患を除けば基本3日に1回だ。自由に使える時間はそれ相応にある……というか、実際に自由に使ってるし。こないだ、キリト君と狩りに行ってた時みたいに。

 

 ただ、明確に『攻略組』に所属するとなれば、今までとは比べ物にならないくらいに忙しくなる上、様々なしがらみなんかに捕らわれることになるだろう。

 

 一度戦力として組み込まれれば、それ以降、何かあった際の動員メンバー、あるいはその候補として常に僕の名前は候補に挙がることとなる。

 

 というか、アスナさんが行ってたように『トップクラスのタンク』として評価されるなら、なおさらというか、頻繁に戦闘……探索・ボス戦・レベル上げに駆り出されるだろう。

 組織に所属している以上、その要請を断ることは難しくなる。

 

 そうなれば、まず間違いなく、今の『ドクター』として、3日に1回とはいえ、カウンセリングの窓口を開いて、悩めるプレイヤーの相談を聞いてそれに対処……という仕事は出来なくなる。

 攻略組に所属しておいて、こっちの仕事を優先していい、なんてことはないだろうから。

 

 加えて、対応の平等性にも難ありだ。僕は今まで、ソロでどのギルドにも所属していないことを理由として、色々な人の相談に乗ってきた。

 

 その中には、攻略組のプレイヤーもいた。

 血盟騎士団、聖龍連合、その他色々、中小のギルドも……皆、平等にカウンセリングしてきた。

 

 たまに、恋愛相談とか、失恋で傷心だっつって来た人もいたが。…赤い鎧装束の刀使いの人だったな。

 

 どこか1つに所属すれば、それも難しくなるだろう。口では平等にするということはできても、どこかに所属しているという事実だけで、組織間の事情・しがらみにとらわれる。そのせいでこの仕事に支障が出るようなことは避けたい。

 

 それに、自画自賛になりそうだが……正直に言って、中層以下における僕のネームバリューないし影響力というのはそれなりに大きい。僕が所属したところに何らかの偏った感情――それが肯定的なものであれ、否定的なものであれ――が向けられるようになるのも困る。

 

 極端な例だが、僕が所属したギルドを、中層以下の生産系のギルドが優遇して、その他との関わりをおざなりにしたり……とか。

 逆に、僕が世話している患者が、僕が今までの『ドクター』ではいられなくなってしまうことを、その組織に引き抜かれたせいだと言って、その組織に悪感情を向けたりする……とか。

 

 ……繰り返すが、割と真面目にありうる。自画自賛だけども。

 そのくらい、中層以下に、『ナツメ先生にはお世話になった』『役に立てるなら喜んで何でもする』というような人、多いんだよね……程度に差はあれど。

 

 僕が『攻略組』という立場にシフトするだけでも、そういうのの片鱗がどこかで起こりそうだという気配はある。だから、今の立場から僕は……下手に動けない。動きたくない。

 

 もし僕が、どこかのギルドに所属、あるいは攻略組にその名を連ねることが可能になるとすれば……そういった懸念全てを解決できるような状況をまず作らなければならないのだ。

 ……我ながら妙な出世?の仕方をしてしまったもんである。

 

 ともあれ、そう説明すると、アスナさんも……まあ、色々と考えることはあったようだけども、ひとまず納得して帰ってくれた。

 

 『気が変わったらいつでも連絡ください』と、言い残して。

 そのために一応、フレンド登録もした。

 

 もっとも……完全に諦めた様子じゃなかったな。

 

 彼女は『閃光』とは別に、『攻略の鬼』という名でも呼ばれている(ってキリト君が言ってた)。

 

 血盟騎士団自体の方針に『強引な勧誘は禁止』というのがあるらしく、そこまで強硬な手法は取らないだろうとは思われるが……これからも継続して、何かきっかけがあれば勧誘は受けるだろう。自分で言うのもなんだが……僕の実力が攻略に有用なのは事実として証明されたのだし。

 

 それどころか……『血盟騎士団』が動き出したってことで、他のギルドからの勧誘合戦みたいなものに発展する可能性もあるな……あー、面倒ごとの予感。

 

 ……まあ、来たら来たで、1つ1つ地道に説明して断る、を続けていけばいいか。今までもそうしてたわけだし……うん。

 

 

 

 …………と、思っていたんだが、この数日後、事態は予想外の方向に向かっていくことになるということを……僕はまだ知らなかった。

 

 

 

追記:

 

 そういや、こないだ助けた『血盟騎士団』のパーティの中に、以前カウンセリングで話を聞いてアドバイスをしてあげた、ユナさんとノーチラス君がいた。

 

 ノーチラス君、軽度とはいえ『フルダイブ不適合』なんだがら無茶すんなって言ったろ。

 

 ユナさんも、歌でバフかける『チャント』のスキルは、敵のタゲが集中して危険だからってさあ。しかも、皆を逃がすために囮になるために使おうとするとは何事だ。

 それで君が死んだりしてみろ、助けられた人トラウマ確定だぞそれ。

 

 とりあえず、ノーチラス君には医者として『ドクターストップ』を出した上で……しかしいまいち守りそうにないので、今日来てもらったついでにアスナさんに診断書出しといた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

Side.キリト

 

「どうしてこうなったの……」

 

 ここは、第50層主街区『アルゲード』。

 そこにある、俺のホーム。

 

 今、俺の目の前には……常の凛々しさがどこにも見当たらない、血盟騎士団副団長様の姿がある。テーブルに突っ伏して、ぐてーっと脱力している姿が。

 

 こんな姿、初めて見る……わけでもないが、相当に珍しい。

 少なくとも、公的な場……って言ったら変な言い方かもしれないが、血盟騎士団の団員が他にいる場所では、まず見せない姿だ。完全なプライベート仕様ってことなんだろう。

 

 それを、俺の前で見せてくれている程度には信頼されていると思うと、悪い気はしないものの……それはともかく、アスナがこうなっている理由についてだ。

 

 ちょっと前の話になるが、俺は、迷宮区でピンチに陥っている、血盟騎士団の2パーティに遭遇し、助太刀する形でフィールドボスを討伐した。

 

 それ自体は、犠牲者も出なかったしよかったんだが……その際、俺と同行していたナツメに、というかその実力に、アスナが目をつけたのだ。

 

 元々アスナは、『攻略の鬼』と呼ばれることもあるくらいに、SAOの攻略に積極的で、そのためならある程度手段を択ばないところすらある気質だ。

 ……最初からそんな感じだったわけじゃなく、『血盟騎士団』の副団長として、最前線をひた走る中で、そういう風に研ぎ澄まされてきた、って感じだったが。

 

 ……かつて彼女を、『ビーター』である俺に関わらせないため、突き放すようなことを言って別れたままだった俺が原因になってるようなところもある。それは申し訳ないと思うんだが……。

 

 で、そのアスナは、ナツメの力が今後の攻略を進める上で非常に有益であると判断し、攻略組、ないしは血盟騎士団に勧誘していた。

 

 まあ、正直いつかこんな日は来るんじゃないかと思ってた。

 俺自身かつて『攻略組に加わらないのか?』と聞いたこともあるから知っているし、気持ちもわかるんだが……ナツメのプレイヤースキルはそれほど高い。最前線をひた走るプレイヤーに加わってもらえれば、この鉄の城の攻略が一層加速するであろうことは疑いようもない。

 

 アスナもそう思って……相当本気で勧誘、というか説得するつもりだったようだ。

 ただ勧誘するのみならず……菓子折りなんか用意するわ、俺を通して丁寧にアポ取るわ、果ては事前に血盟騎士団の幹部会で承認を取り、ある程度とはいえ、通常の加入よりも好条件で迎え入れる下準備までしていたようなのだ。もし『血盟騎士団』に入るなら、だが。

 

 しかし、かつて俺が聞かされたのと同じ言葉で断られていた。

 

 その後も粘り強くアスナは説得し、それをナツメは邪険にはせず、真剣に相手をして聞いていたものの……決して首を縦には振らなかったのだ。

 

 その場ではアスナは、一度は退散したものの……今後も説得を続けていくつもりなのは明らかだった。そのくらいしつこくじゃなきゃ、『攻略の鬼』なんて呼ばれないだろうし。

 

「……ねえキリト君、何その目は? 今何か失礼なこと考えてない?」

 

 と、何かを悟ったのか、ジト目でこっちを見返してくるアスナ。鋭いなおい……。

 

「別に? ただ、やっぱりというか、ナツメの勧誘にはガチだったんだな、って思っただけだよ」

 

「……そりゃそうよ。あれだけの腕……絶対攻略に参加してほしいと思うじゃない」

 

 すねたように口をとがらせて言うアスナ。

 まるで子供みたいな、かわいらしい印象を抱く仕草だが……実際言ってることはその通りだ。

 

 ナツメというプレイヤーの特異性は、常に最適なタイミングで最適なアクションを起こすことにより、最善の結果を出すという……その『正確さ』あるいは『精密さ』だと思う。

 

 こないだの戦いでは終始防御に徹していたものの、ナツメは仮に攻撃すれば、針の穴のような隙を正確について急所を攻撃し、高確率でクリティカル判定を叩き出す。

 それにより、本来自分のステータスから期待できる以上の火力を常に発揮する。

 

 防御に関しては目にした通りだ。『パリング』や『ウェポンバッシュ』、『ジャストガード』により、防ぎ、受け流し、弾き、怯ませ……こちらもステータス以上の鉄壁の防御力を発揮する。

 

 純粋な技量によって、ステータスを超えた働きができるというプレイヤーは、攻略組には珍しくはないが……ナツメはその点が他のプレイヤーより明らかに飛びぬけている。

 ほんのわずかな隙間さえあれば、そこを確実について、攻撃に防御に確実に成功させてみせる。

 

 ……そうだな、ちょうどいい表現を見つけた。

 

 ナツメにとっては、確率1%も99%も、0%じゃないという点で同じなんだ。

 

 システム上、あるいは理屈の上でできることなら、あいつにはできる。

 出来る可能性がある、って意味じゃなくて、あいつはやる。成功させる。

 

 そりゃ、相手が不規則に動くだとか、そもそもシステム上ランダムに確率が設定されているとかいう、ナツメ自身のスキルでどうにもならない部分があれば別だろうが……逆に、ナツメ自身の努力とか能力でどうにかできる部分なら、あいつはほぼ間違いなく100%という数字を引っ張り出す。

 

 ナツメ自身は、膨大な反復練習の末に身に着けた努力の結果だと言っていたが、個人的には才能も入ってると思う。それだけナツメの動きは……まるで機械かと思うほど正確で精密だ。

 

「その話を聞いて、余計にナツメ先生が前線メンバーに欲しくなってきたわ……」

 

「けど無理なんだろ?」

 

「うん……。あーもう、ホントにどうしてこうなったのよ……まさか、ナツメ先生以外が横槍入れてくるとは思わないじゃない」

 

「うん……俺も正直予想外だった。いや、それ自体は知ってはいたけど……ナツメ、マジで中層以下の連中から信頼されて、慕われてるんだなー、って思った」

 

 いつの間にか話がずれちまったけど、どうしてアスナがナツメの勧誘を諦めなきゃならなくなったのか……っていう理由だが、今言った通り、横槍が入ったのだ。

 

 それも、ナツメすら予想していなかったところから。

 

 ……俺もまさか、中層以下の中小規模のギルドや、その系列の団体、アイテム取引のプレイヤー店舗なんかが……こぞって今回の件でナツメをかばいだすとは思わなかった。

 いや、正確には……思わなかったわけじゃないが、予想していたより規模がだいぶ大きかった。

 

 ナツメが『ドクター』として、カウンセリングや辻ポーションで救って来たプレイヤーは、中層及びそれ以下に多い。何を隠そう、俺もその1人だし。

 

 彼らは、個人のレベルや実力、攻略への貢献度では、前線プレイヤーには遠く及ばないものの、前線を支えるその働きは無視できないものがあるのだ。

 

 武器防具、その他消耗品を作ってくれる生産職のプレイヤー、アルゴのように情報を提供してくれるプレイヤー、組織立って治安維持に務めてくれるプレイヤーに、中層以下の問題を率先して解決してくれるプレイヤー……その他様々いる。

 

 そしてその筆頭とも言えるのが、グリセルダさんがリーダーを務める『黄金林檎』や、サチたち『月夜の黒猫団』だったりするのだ。

 

 俺たち攻略組が、攻略『だけ』に集中できるように、彼らは見えないところで確かに頑張ってくれているのだ。俺たちは攻略以外の部分で、確かに彼らに助けられている。

 

 そんな中層以下の組織の大部分が、今回、ナツメを攻略組に引き抜こうとする動きが出て来たのに反応して、無視できないレベルの反発を露わにした。

 

 ……もっとも、これはアスナ達『血盟騎士団』に対してだけじゃないんだが。

 

 『血盟騎士団』がナツメ獲得に動き出したのを知って……『聖龍連合』を筆頭とした攻略組の他のギルドや、『軍』までもが動き出そうとしていたのである。アスナ同様、本腰を入れて。

 

 大~中規模のギルドで動かなかったのは……クライン達『風林火山』とか、ごく一部だ。

 

 自分達の心を救ってくれた恩人が、中層以下のプレイヤー達にとっての英雄が、ここを去ってしまうかもしれないという危機感を彼らは覚えた。

 あるいは、不本意な転属を迫られつつあるという状況への義憤を覚えた。

 

 そして誰が言いだしたのか……『今こそ、かつて我々を助けてくれた彼に恩を返す時だ』と。

 

 中層以下のプレイヤーや団体、その特に目立ったところが一致団結し、彼を擁護する姿勢を表明した。彼が自分で言い出した、あるいは自分で納得して参加することになったならまだしも、不当な圧力、あるいはそれに準ずる強引な手段で引き抜きを試みれば、我々が黙っていないと。

 

 その規模と本気度を理解した際は、俺やアスナ、その他のギルドの交渉担当者達はもちろん……ナツメ本人すら唖然としてたっけな。

 自分が持ってる中層以下への影響力を、自分でも正確に把握してなかったらしい。

 

 結果、起こりうる混乱に対してリターンの大きさと確実性が見合っていないという結論に達し、攻略組はそろってこの件をあきらめた。

 正確には、形だけ勧誘して、ナツメが同じように断って、そこで話が終わった。

 

 ……こういう顛末に落ち着いてしまったというそれが、アスナがここでたれている理由だ。

 

「……仕方ないわ、切り替えていくしかない。幸い、新たな戦力の勧誘に失敗したっていうだけで、既存の戦力に何か損耗があったわけじゃないもの、いままで通りやっていくしかないか。懸念していた中層以下のギルドとの確執も、ナツメ先生本人の口添えでほぼ何事もなく収まったし」

 

「それで、気持ちの切り替えのためにここに愚痴を言いに来たってとこか? まあ、ソロで暇な俺でよけりゃいくらでも付き合うけどな……何なら何か、茶菓子でも食べてくか? 店売りの日持ちするやつしかないけど……あ、一応酒もある。エギルにもらった奴」

 

「いいわよそんな……気持ちはありがたく受け取るけど……っていうかお酒なんて薦めないでよ。未成年だし……よ、酔わせて何かする気?」

 

「違うって! しないから何も! 気晴らしになればと思っただけで……」

 

「………………しないの?」

 

「………………えっ?」

 

「………………」

 

「………………」

 

 最後何か微妙な空気になったけど、とりあえずその数分後、軽く雑談してアスナは帰った。

 

 ……ちょっと残念そうだったように見えたのは……俺の煩悩とか願望が原因だろうか?

 

 

 

 

 

 それと、アスナには話さなかったけど……俺はこの件において、彼女より少しだけ早く、中層以下のギルド他の動きをつかんでいた。

 いや、正確に言えば……教えられていたのだ。

 

 今回の大規模同盟を主導した発起人である、グリセルダさんから。

 

 中層以下のギルドでトップに位置すると言っていい『黄金林檎』のリーダーであり、彼女とその旦那さんもまた、ナツメを恩人として、そして現在は仲間として慕い、信頼している。

 

 その彼女が、直接の繋がりがあるなしに関わらず、協力してくれそうなギルドに声をかけ、そのリーダーシップでまとめて束ねて、ナツメを守ったのである。

 

 ……しかし、その理由は……実は、公表されているものだけではない。

 もう1つ、ナツメにごく近い者しか知らない、思い浮かびもしないであろう理由がある。

 

 そのことを俺は、数日前、グリセルダさんから聞かされて知った。

 というか、思い出した。俺も関わった……ある出来事を。

 

 

 

 俺達が、ナツメの抱える『闇』を知るきっかけになった……『グリセルダさん暗殺未遂事件』を。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。