ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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第12話 ナツメの『闇』・前編

Side.キリト

 

 あの事件が起こったのは……2月も終わりに近づいた、ある日のことだった。

 

 その日、グリセルダさんの元に、1通のメッセージが届いた。

 内容は……完全に脅迫状だったが。

 

 メッセージ自体は本文なしの白紙……いわゆる『空メール』みたいなものだったが、録音クリスタルが同封されていて、その中身が問題だった。

 

 お前の仲間をこちらで誘拐した。

 助けたければ、今から言う場所に、今すぐ、1人で来い。

 誰かに話したり、指定の時間までにこなければ、仲間を殺す。

 

 そういうメッセージの込められた録音クリスタルを、ご丁寧に、誘拐した仲間……ヨルコさんを差出人にして、フレンドメッセージでグリセルダさんに送り届けたのだ。

 ……恐怖におびえる、ヨルコさんの声も、聞こえるように一緒に入れて。

 

 ヨルコさんというのは、今言った通り、グリセルダさんの仲間で……『黄金林檎』の最初期からのメンバーの1人だ。柔らかな雰囲気で優しい女性だけど、ここぞという時にはしたたかで、行動力のある女性だったと記憶している。

 

 後から明らかになったことだが……ヨルコさんは、その日、少人数のパーティで採取のために圏外に出ていたところを襲われ……誘拐されたそうだ。

 悪名高い、かの殺人ギルド……『笑う棺桶(ラフィンコフィン)』によって。

 

 そして、そのメッセージを聞いたグリセルダさんは……要求通り、1人でその場所に向かった。

 他人に相談することもできなかった。脅されていたからというのもあるが……ちょうどその時、グリセルダさんは1人で行動していて、周りに誰も知り合いがいなかったのだ。

 

 そして、もし自分が今、どこかから観察されていれば……メッセージを送ったり、誰かに接触して伝言を残すような、それらしい素振りを見せただけで、約束違反だと思われる可能性がある。

 頭が切れるがゆえに、そこに気づいてしまった彼女は、単身動くしかなかった。

 

 それが、誘拐犯たちが……グリセルダさんを本命のターゲットとして、どっちみち2人とも殺すために仕組んだことだとも知らないで。

 

 これも後から明らかになったんだが、ラフコフの連中の狙いは、グリセルダさんを殺すことよりも、その事実によって、彼女がまとめている『中層以下』に波紋を広げることだった。

 

 攻略組のトップが血盟騎士団団長・ヒースクリフであり、彼らの尊敬と希望を一身に集めているのと同様に、中層以下のギルドにとってのそういう存在の1人が、グリセルダさんなのだ。

 

 それゆえに、彼女を失えば、彼女を尊敬し、心の支えにしている者達は失意のどん底に落ちるだろう……そういう下卑た企みのために、2人の命は危険にさらされた。

 

 もちろん、2人をいたぶって殺すこと自体も楽しみの内だったんだろうが。

 

 その企みは、グリセルダさんの仲間思いな性格もあいまって、上手くいきかけていたが……最終的には失敗している。俺とナツメ、そして……彼女の夫である、グリムロックさんの活躍によって。

 まあ活躍と言っても、きっかけは偶然だったんだが。

 

 このSAOには『結婚システム』というものがある。

 その仕組みは少し変わっていて、システム上で『結婚』したプレイヤー同士は、そのステータスが相互に閲覧できるようになり、さらに所持金とストレージが共有化される。

 

 ステータス情報が相手に筒抜けになってしまうのに加え、互いのアイテムや所持金を勝手に使用することすらできるようになってしまうわけだ。万一のことを考えると、どうしてもデメリットの方に目が行ってしまうため、あまり人気のある機能ではない。

 

 こんなの、普通のゲームでも気後れする人が多いだろうシステムだ。デスゲームと化したこのSAOで、そこまで他人を信頼するのは簡単じゃないということだろう。

 実際俺は、グリセルダさん達以外で『結婚』しているプレイヤーなんぞ知らないしな。

 

 ……どこぞの副団長さまは、隠しごとも一切できなくなる、お互いが本当に信頼し合っていなければ成立しないシステムであり、逆にロマンチックで夢のあるシステムだ、と評していたが。

 

 ……まあ個人の感想はおいといて、問題はこの『ストレージの共有』という機能だ。

 

 結婚している以上、グリセルダさんの持ち物を、夫であるグリムロックさんも、自由に見ることも使うこともできるわけなんだが……グリムロックさんがふと、見慣れないアイテムが夫婦共有のストレージに入っていることに気づいた。

 グリセルダさんが慌てて突っ込んだままになっていた、録音クリスタルが。

 

 自分に見覚えがない以上、グリセルダさんがいれたのだろうが、今日はそんなものを買う予定もなければ、受け取る用事もなかったはず。気になったグリムロックさんは、それを取り出して聞いてみて……事情を把握して真っ青になった。

 

 クリスタルの音声で指定されていた時間までもう残り僅か。メッセージで知り合いに助けを求めていては間に合わなくなる。ゆえに、その時たまたま一緒にいた俺とナツメに、グリムロックさんは、グリセルダさんの救出を懇願した。

 

 即決でそれを了承した俺たちは、呼び出し場所に急行した。

 

 そこで見たのは……ロープで縛られ、ダガーを突き付けられているヨルコさんが、やめて、助けて、と泣き叫ぶ前で……いくつもの逆棘のついた悪趣味なデザインの槍で、グリセルダさんが串刺しにされ、うつぶせで地面に縫い付けられている光景。

 

 そしてその周りで、げらげらと下品な声を上げて笑っている、ラフコフのメンバー……4名。

 

 その槍『ギルティソーン』には、貫通ダメージ……すなわち『毒』や『流血』といった状態異常と同じように、刺さっている間中継続してダメージを与える特殊効果があるようだった。

 痛みはないだろうが、目の前で徐々にHPが減り、それだけ死に近づいていく様子が見えるというのは、2人にとってどれだけの恐怖だったか。

 

 そんな快楽殺人の現場に殴り込み……不意打ちでヨルコさんを救出し、グリセルダさんも槍を抜いて助け出し……結果として、誰1人死なせずにこの一件を収束させることができた。

 

 

 

 ……ただし……『味方は』だが。

 

 

 

 問題は実はここからで……実はラフコフの連中、『クリスタル無効化領域』を選んでグリセルダさんを呼び出していたのだ。

 おかげで、転移結晶による脱出ができなかった。

 

 その上……かなり危ないところまで行っている2人のHPを、すぐには回復させることもできない。回復結晶と違って、ポーションによる回復は徐々に進むため、時間がかかる。

 

 恐らく、何かの拍子に逃げられそうになっても、その前に殺してしまうつもりだったのだろう。いたぶれないのは残念だが、逃げられるよりは、とか考えたか……全く、無駄に周到な。

 

 1発か2発、攻撃が被弾するだけでも危ない2人をかばいながら逃げるのは難しい。そう悟った俺とナツメは、ポーションで2人の体力が回復するのを待つ間、わざと部屋の隅に寄って全力で守りを固めることにしたのだが……当然その間、あざ笑うようにラフコフは攻撃を仕掛けてくる。

 

 俺とナツメは、隙をつかれて2人を攻撃されることを恐れ、深追いして攻撃することができない。それを見越して、挑発するように、バカにするように言いたい放題言いながら。

 それでも俺たちは動けない、相手がどれだけ隙だらけに見えても、こっちがそれ以上の隙をさらしてしまうわけにはいかないから、このまま耐えるしかない……

 

 ……そう、誰もが思っていた。俺も、グリセルダさんとヨルコさんも……ラフコフも。

 

 

「…………お前らは……『クロ』だ(ぼそっ)」

 

 

 …………ただ1人、ナツメを除いて。

 

 

 ラフコフのうち1人だけが、笑いながら大きくこちらに踏み込んできて、おちょくるように剣を突き出してきた時だった。

 

 その瞬間、ナツメは盾で攻撃を受け流すと同時に……一瞬にして、そいつの両足を切り裂いて『部位欠損』状態にした。

 

 当然のようにバランスを崩して倒れるラフコフに、ナツメは素早く近づき……近づきながら、一瞬で装備を変更していた。最も火力のある武器カテゴリーである、『両手斧』に。

 

 そしてそれを、一瞬の躊躇もなく……急所である頭部に、ソードスキルの光を纏わせて振り下ろした。

 

 この時、あまりに突然の反撃に……理解が追いつかなかったのだろう。ラフコフのそいつの表情は、最後まで何が起こったかわからないというような、戸惑いのそれのままだった。

 その表情のまま……HPの全てが吹き飛ばされ、ポリゴン片になってこの世から退場した。

 

 それは、俺やグリセルダさん達、そして他のラフコフメンバー達も同じだった。

 

 今、何が起こったのかわからない。理解が追いつかない。

 ナツメが……守ることしかできないと思っていた、ラフコフからすれば『獲物』の範疇を出ないはずだった存在が、いとも簡単に、レッドとはいえ、同じプレイヤーを手にかけた。

 HPを全損すれば……現実でも死ぬ世界だと、わかっているにも関わらず。

 

 あのナツメが。

 自分達を含む、多くのプレイヤーの心を救い、癒してきたナツメが。

 誰よりも優しく、慈悲深いと思っていたあのナツメが……

 

 ……何のためらいもなく、目の前で1人の人間の命を吹き飛ばした光景が信じられなかった。

 

 そして、そんな俺達の硬直は……ここにおいても、ただ1人、氷の冷静さと集中力を維持し続けていたナツメにとって、『隙』以外の何物でもなかった。

 

 防御を俺1人に任せる形で、ナツメは残る3人のラフコフめがけて突貫し……内、反応できなかった2人の脚部を、最初の1人と同じように切断。

 

 かろうじて後ろに跳んでかわした、残りの1人は、『く、来るな!』と叫びながら、無茶苦茶に剣を振り回していたが……それに対してナツメは、目を疑う反撃手段に出た。

 

 今しがた斬り倒した2人のうちの1人の髪をつかんで、その体を持ち上げ……投げつけた。

 

 投擲武器として使われた名も知らぬラフコフは、その仲間が振り回していた剣にダイブする形となり、串刺しになりながら、そいつを巻き込んで2人そろって転倒した。

 

 そしてそこに……さっきと同じように、両手斧を振り下ろすナツメ。

 さっき同じように、ポリゴン片となって消えるラフコフの2人。

 

 そして、ナツメは斧を手にしたままこっちを振り向いて……そこで初めて、俺達は豹変した後のナツメの顔を、正面から目にした。

 

 ……あの目だった。

 俺が、かつてPK未遂事件の時や、シリカの護衛で『タイタンズハンド』と相対した時に見た……あの、ゴミを見るような冷たい目。

 

 それが、今現在地面に這いつくばっている、最後の1人にも向けられていた。

 

 いつものナツメとはあまりに印象の違う姿に……しかし、初めて見たわけではなかったためか、俺は他の2人よりも一瞬早く復活できた。

 

 ……だから何ができたわけでもなかったが。

 

 『おい、待てナツメ!』と俺は静止する声をかけようとして……しかし、言い終わる前に、ナツメは行動し終えていた。

 

 地面に転がるラフコフの背中を踏みつけて逃走を封じ、その首筋めがけて……斧を振り下ろしていた。

 まるで、処刑人が罪人を打ち首にでもするように。

 

 その結果は、言うまでもない。

 先に同じことをされた3人と、同じだ。

 

 その時、一瞬の間に聞こえたやり取りは……未だに耳に残っている。

 

 

 

『お、おいやめろ……こ、この人殺し野郎!』

 

『黙れ、この人でなし』

 

 

 

 殺人ギルドのレッドプレイヤーとはいえ、おそらくは本物の感情……恐怖のこもった命乞いだっただろう声に対して、ナツメの返答には、ほとんど何の感情も感じられなかった。

 

 あの瞬間だけは……俺は、目の前にいる男が、本当に自分の知っているナツメなのかわからなくなった。

 

 グリムロックさんから依頼を受けて、ここに来るまでずっと一緒だったんだから、別人であるはずがないのに……どうしても、そんな風に思えてしまったのだ。

 

 

 

 その後、俺達はグリムロックさん達が待っている『黄金林檎』のホームに2人を届け……そこでそのまま解散した。

 

 そして後日……ナツメ以外のメンバーで(グリムロックも含む)集まって話し合い……あの時あったことには、これ以降、ナツメから何か言ってこない限りは触れない、という結論を出した。

 

 殺さなければ殺されていた……というほどではないとはいえ、一歩間違えれば殺されていた状況だったのは事実。あの場にいたのは、それを十分やりうる連中だった。

 

 だからといって問答無用で、捕縛も何も度外視して命を奪うのはやりすぎでは……とももちろん考えたが、グリセルダさんとヨルコさんは、助けられた身で厚かましいことは言わない、という結論を下したそうだ。

 

 もし俺たちが来なければ、確実に自分達は死んでいただろうから、と。

 自分達を助けるためにそうしたのなら、責任は自分達にもある、と。

 

 それにはグリムロックも、自分も同じく、依頼した責任がある、と追従した。

 

 ……加えて、その時に、もしかしたら、っていう可能性の1つとして、グリセルダさんがふと呟くように言った言葉を……そこからの会話を、俺は忘れられないでいる。

 

 

『……私たちのせい、なのかしら?』

 

『……彼が、人を殺めてしまったことが、かい?』

 

『そ、それなら私のせいです! 私が失敗して、奴らに捕まるようなことになってしまったことが、そもそもの……』

 

『いいえ、違うのヨルコ。私が言っているのは……彼の『カウンセリング』のことよ。……ここにいる面々は、ヨルコ以外全員、彼のお世話になったわけだけど……』

 

『……はぁ……?』

 

『彼は思えば、『ドクター』の存在が噂され始めた頃……SAO開始直後から今に至るまで、およそ1年半もの間、人々の心を支えて来たと言っていいわ。けどそれは同時に……それだけの長い間、彼は、時に自殺やPKといった凶行にすらつながりかねないほどの、人々の心の闇と向き合い、それにさらされ続けていたということ……』

 

『…………』

 

『それを……そんなのを、たった1人で1年半も続けて……人々の苦しみや悲しみ、絶望や苦悩を一身に受け止め続けて……彼自身は、無事でいられたのかしら……?』

 

『…………っ!』

 

『……そん、な……』

 

 

 俺は絶句して、グリセルダさんはうつむいて、グリムロックは頭を抱え、ヨルコさんは目に涙をためていた。

 

 この話題については……結局、それ以上を話すことができなかったっけな。

 

 実態を確かめようがないってのもあるが……俺達がナツメに救われた裏で、ナツメ自身は誰にも救ってもらえないままだったんじゃないか、1人で苦しんでたんじゃないか。

 そんなことも知らずに放っておいて……俺達はとんだ恩知らずだったんじゃないか、って……そう考えるのが怖かったのもある、かも。

 

 また、それらとは全く別に……ナツメという個人の、SAOすら関係ないどこかに、何らかの事情があったんじゃないか、という疑念もあった。

 

 あの時の、あのナツメの豹変具合は明らかに異常だ。

 まるで、何か変なスイッチが入って、人格が変わったのではないかとすら思えた。……突拍子もない話なのは承知した上で。

 

 もしかすると、人には言えないリアルの事情や過去があるのかもしれないし……それを、自分たちが詮索していいのかもわからない。

 

 殺人という行為があった以上、それでも踏み込んで調べるべきなのかもしれないが……俺達にはできなかった。

 

 ……実は一度、既に俺から聞いてみていた。

 

 何で殺したか……なんて聞き方するべきじゃないと思ったから、『どうして迷わずあんなことができたんだ』とか『お前は平気だったのか』とか……なるべく遠回しに、刺激しないように、あの時ナツメに何が起こったのか聞こうとした。

 

 ナツメは、しばらく沈黙した後……『ちょっと言いたくない』とだけ返した。

 少しだけ、つらそうな表情で。

 

 俺達は、それを受け入れて……それ以上の詮索をしていない。

 

 だから未だに俺も、グリセルダさん達も……ナツメ個人の詳しい事情を知ることはできていないし、それを調べようともしていない。

 

 気にならない、怖くないわけじゃあない。

 あれだけの豹変を見せられて……普段身近にいる人間に、あんな一面があったことを知って……『そんなこともある』で納得できる人間はいないだろう。少なくとも俺は知らない。

 

 それでも、今まで俺たちが接してきた、確かに知っている『ナツメ』という人間を信じてみようと思って……今は、何も聞かないことにしたのだ。

 

 ……願わくば、いつか事情を知りたいと、話してほしいとは思っているが。

 

 そういう結論について、グリセルダさんからナツメに話したそうだが……その時ナツメは、気のせいじゃなければ、少し寂しそうな、しかしほっとしたような表情になっていたとのことだ。

 

 そして俺達はそれ以降、ナツメとはそれまで通りの付き合いをしてきた。

 

 さすがに、あの後しばらくは多少ぎこちない付き合い方になってしまったし、ヨルコさんなんかは未だにちょっとナツメのことを苦手にしているような、距離感を測りかねているような雰囲気があるが……まあ、さすがに無理ないしな。

 

 

 

 さて、随分遠回りになってしまったが……今回の勧誘の一件について、俺たちが隠していた、もう1つの反対理由についての話に戻ろう。

 

 単に……ナツメにこれ以上負担をかけさせるのはまずいんじゃないかと思ったのだ。

 

 もし、ナツメのあの『闇』が、彼自身のつらい過去か何かから来ているのだとすれば……今のところ、そのトリガーは『オレンジプレイヤー』だと俺は見ているが、他に何がきっかけになって、アレが出てくるか、あるいは、あの症状が悪化する原因になったりするかわからない。

 

 人の心は複雑なもので、1つの感情や記憶が刺激されると、それが別な記憶や感情に伝播することがある。何かのきっかけで普段奥底に眠っている感情が爆発し、表に出てくることがある。

 

 そう、以前ナツメ自身が言っていた。

 このSAOというデスゲームの中で、『カウンセリング』を行う上で気を付けていることについて……俺たちに雑談の中で話してくれた知識だ。

 

 人の悩みを聞く上で、そういったトリガーになりうる禁句に気を使って話を進めたり、逆にわざとそこを刺激して本音をぶちまけさせたり……といった形で使うと言っていた。

 

 ……そういうトリガーが、ナツメにもあってもおかしくない。そう思った。

 

 最前線を走る過酷さゆえに、『攻略組』は、中層以下のギルドや団体よりも、しがらみやら何やらが多い。ストレスに感じるような場面も、けっこう頻繁に訪れる。

 

 手柄を巡って他のギルドとけん制し合ったり、逆に何らかの失敗の責任を巡っていさかいが起きたり……個人的なものや、細かいところを挙げていけばきりがない。

 最近では、『軍』の連中が攻略組への復帰を狙って色々関わってきそうな気配すらあるし……。

 

 雑に言えば、人の欲望や悪意がわかりやすく表に出てきている領域だ。

 

 そんなとこに、何か、精神的な特大の爆弾を抱えていると思しきナツメを所属させたくない。

 何がきっかけになって何が起こるかわからない。

 

 カウンセリングによって、間接的に多くの負の感情に触れるナツメだが、彼自身に『直接的』にそういったものが向けられるようになればどうなるか。

 

 最前線に跋扈する嫉妬やら悪意、欲望は……今現在、ナツメがああなるトリガーであると見ている『オレンジプレイヤー』の放つそれに類似している部分がなくもないんじゃないか。

 

 そんな風に、考え始めると次々に不安に思えてきてしまった。

 

 だからせめて、ナツメが抱える『闇』……その正体がわかるまでは、どうにかこれ以上の負担を極力ナツメには与えないようにしたい。

 それが……今回、グリセルダさん達がナツメを守った、裏の理由だ。

 

 

 

 しかし、その数か月後……そんな彼女達の気遣いが水の泡となり、逆に、不安の方が的中してしまう事件が起きる。

 

 そのことをまだ、俺も、グリセルダさんも……もちろんナツメも……誰も知らない。

 

 

 

 殺人ギルド『笑う棺桶(ラフィンコフィン)』討伐戦……その、およそ3ヶ月前のことだった。

 

 


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