ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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今回、長い上に説明っぽくなってます……。

あと……この人のこれもキャラ崩壊なのかな……?
口調よく知らないので、それっぽく書いただけになってます。


第13話 ナツメの『闇』・後編

【2024年6月17日】

 

 ……気分のいい仕事じゃなかった。

 仕方ないことだと割り切って臨んだし、覚悟もそもそもできていた。そもそも、あんな連中のために、僕らが気を悪くする、心を痛める義理もない。

 

 とはいえ……殺人ギルドのレッドプレイヤー相手とはいえ、命を奪ったことに対する罪悪感やら後ろめたさみたいなのは、平和な社会を生きている日本人には、ちょっと非日常というか……耐え難いものがあるのは確かだろう。

 

 キリト君や、アスナさんといった、僕以外の参加者も、同じような感じだったし。

 

 やり遂げたにも関わらず、気が晴れない……やな仕事だ、ホント。

 

 

 

 先日決行された、『笑う棺桶(ラフィンコフィン)』の討伐戦。

 

 攻略組のプレイヤーを主体にして編成された討伐隊により、最早これ以上野放しにできなくなった、SAO最悪の殺人集団を、捕縛もしくは討伐するための戦い。

 

 デスゲーム開始から間もないうちから、2層で起こったという『強化詐欺事件』や、クォーターポイントである第25層のボス戦において、当時の『アインクラッド解放軍』の主力部隊が壊滅的な打撃を受けた件、さらには……記憶に新しい、グリセルダさんの暗殺未遂事件など、様々な事件の裏に彼らの、あるいはそのメンバーの影があった。

 

 本来、ゲームクリアのために協力し合わなければいけないであろうところを、あるいはそうでなくても、極力互いに不利益になるようなことはしないようにしなければならないところを……このろくでなし共は、攻略組も中層以下も関係なしに足を引っ張りまくってきた。

 

 ひたすら凶悪で迷惑で悪質で、害悪だった。

 だから、もう放置しておくことはできないと攻略組の複数ギルドは結論付けた。

 

 そうして決行された、トッププレイヤー集団による討伐戦に……当初、僕は参加メンバーとして数えられていなかった。

 

 しかし、決行前日、それに参加する予定だった前線ギルドの1つが、最悪のタイミングで、そのラフコフの標的にされ、半壊させられる事件が起きた。

 死者も出ており、残されたメンバーの心の傷も小さくなかった。

 

 その残されたメンバーのカウンセリングに『急患』ってことで僕が呼ばれたんだが……ある程度落ち着かせることはできたものの、討伐隊参加は難しいだろうという判断を下した。

 いつだったかと同じ、ドクターストップだ。

 

 しかし、残ったメンバーだけ……すなわち、減った人数で決行するには、戦力に不安がある。

 

 急きょ、いくつかのギルドから追加で人員をかき集めたものの、まだ足りない、という状況だった。

 

 精鋭ぞろいとはいえ、相手も実力はさるもの。所持する武器やアイテムも要注意だし、中には攻略組のプレイヤーに迫る実力を持つ者もいると聞く。

 

 何より……連中は『躊躇わない』。

 それに対して、こっちは、命を奪ってしまうという点から、攻めきれないことも十分に考えられる。……この差は大きい。

 

 いざって時に、迷いなく武器を振りぬけるか否かでは、自分と味方の生存率が大きく違ってくるのだ……それが、決して自慢できるようなことではないのだとしも。

 

 だからこそ……僕も立候補した。

 

 周囲からは驚きの声が上がったし、キリト君をはじめとする数名は、僕のことを……例の『暗殺未遂事件』のことや、その際に垣間見た僕の裏の顔をを考えてだろう、必死で止めてくれた。

 その気持ちは嬉しかったけど……実際、僕が行くのが一番犠牲者を減らせそうだと思ったから。

 

 最終的に、実力自体はアスナさん他数名の証言で保障されていたということもあり、僕も討伐隊のメンバーに加えられ……翌日、作戦は決行された。

 

 結果は、成功と言っていいものだった。

 敵の首魁である『PoH』を含む数名を取り逃がしてしまったが、二大幹部である『ジョニー・ブラック』や『赤眼のザザ』、その他十数名のラフコフメンバーを捕獲し、黒鉄宮の監獄に投獄。

 

 そして、それよりも多く……20名以上のラフコフメンバーを、その場で『討伐』した。

 

 当然、という言葉を使ってもいいかはわからないが……討伐隊側にも死者は出た。

 その数8名。決して小さくはない数字だ。単純に競り負けて殺された者もいれば、不意打ちでやられた者もいる。事前の懸念通り……HP全損間際のラフコフメンバーに、降参するよう説得して……しかし、攻めきれなかったことで返り討ちにあった者もいた。

 

 ……それでも、不謹慎を承知で言うが、比較的犠牲は少なく抑えられた方だと思っている。

 

 見える範囲でだが、僕やキリト君達が随分助けたし……殺られる前に殺ったりもしたから。

 

 結果として……ラフコフを手にかけることになった攻略組メンバーのほとんどは、仕方がなかったとはいえ、罪悪感にその後しばらく苦しむことになった。

 キリト君を含む……複数人殺すことになった人は、特に。

 

 ……その場で僕が、ある程度カウンセリングで応急処置?はしたものの……果たして効果があったかどうか。

 

 傷が大きすぎたのもそうだけど……何より、その時のカウンセリング自体に、果たして説得力?的なものがあったかどうか、された側の視点で考えると微妙だっただろうしな。

 

 ……何せ、カウンセリングした当の本人である僕が……一番多く殺してたんだから。

 9人という、ダントツの数を手にかけてたにも拘らず……しれっとしていて、罪悪感でこたえた様子もなく、平然と他人のケアをしているんだから……あの時ばかりは、異様に見えただろう。

 

 何人か、カウンセリング自体を遠慮した人もいたし。

 ……まあ、それも当然の反応だから、僕から何も言えることはないが。

 

 自分で言うのも何だけど……僕も、レッドプレイヤーに負けず劣らずの怪物だな。

 とっくの昔に自覚してたし、諦めてるし、吹っ切ったんはずなんだけど……ああいう目を向けられると、否応なしに自分が異端だと実感させられるね。

 ……それを気にする神経自体がマヒしてるのを……果たして、幸運だったと捉えていいものか。

 

 実際、あいつらを殺したことに、僕自身が罪悪感を持つ義理なんてないから……深層心理でどうかはともかくとして、意識している限りでは、ホントに僕は微塵も気にしてないからな。

 

 ……あの男、PoHが指摘した通り……人の道、少なくとも正道からは外れている。

 そう言っても過言じゃない……どころか、大いにその通りだろう、うん。

 

 討伐戦の後、各ギルドは今回の作戦の精神的な負担が大きかったことを重要視し、療養のため、一時攻略を中断して一斉に休暇を取った。この先数日は、攻略組のプレイヤー達も、思い思いに羽を伸ばしてゆっくりする日々を送るだろう。

 

 もしかしたら、そんな日々の中で、徐々に不安感や罪悪感に苛まれてくるプレイヤーが出るかもしれない。そのために、今日から数日は『ナツメ医院』は連続で営業する予定だ。

 以前の『繁忙期』に比べれば、この程度余裕で対応できるし。

 

 ……まあ、あの日のことを知っていてなお僕に相談しようというプレイヤーがいればだけど、さ。

 

 

☆☆☆

 

 

「Wow……こいつはたまげたな。正直、ここまで早く、それもほとんど一方的に追い込まれるとは思ってなかった」

 

「その割には余裕じゃねーかよ、あぁ!? この野郎!」

 

「もうここまでよ……観念しなさい、PoH!」

 

 場所は、殺人ギルド『笑う棺桶(ラフィンコフィン)』のアジト。

 その最深部にて、攻略組の精鋭プレイヤー数名と、3幹部を含む数名のラフコフメンバーが、今まさに殺し合いの最中にあった。

 

 と言いつつ、人数の面では明らかに討伐隊が有利。

 さらに、ここに来るまで死者が続出した戦闘で……彼らは覚悟を固めていた。殺らなければ殺られる、と。

 

 ……その大部分は、精神が興奮状態で、罪悪感や忌避感が一時的にマヒしているだけだと、PoHは見抜いていたが。

 

 猛攻撃で敵を圧倒しているキリトや、全体に的確に指示を出しつつ自分も戦うアスナ、仲間を守るため一歩も引かずに刀を振るうクラインといったメンバーを見て、PoHが鼻を鳴らすようにして笑って放ったのが……冒頭の一言である。

 

 そしてその後、PoHはアスナの降伏勧告をさらりと無視し……この場におけるただ一人の例外……一時的に罪悪感がマヒしているのではなく、そもそも罪悪感を放り捨てている唯一の討伐隊メンバーに目を向けた。

 

「Hmm……なるほどなぁ……やはり、一番おっかねえのは、『黒の剣士』でも『閃光』でもなく……あんただったみてえだな。『ドクター』さんよ」

 

 視線の先で、また1人、自分の部下であるラフコフメンバーを、一切躊躇いのない急所への一撃を打ち込み、HPを全損させ死に至らしめるナツメを見て、言った。

 

「……お前らは、『クロ』だ」

 

 目の前で死んだのは自分の部下だというのに、怒りも悲しみもせず、それどころか面白そうに……こらえきれない様子で笑みを浮かべている。

 その悍ましさに、ナツメ以外の討伐隊の面々は、背筋にうすら寒いものを感じていた。

 

 しかし同時に、『ナツメが一番怖い』という部分だけには……ある程度ではあるが、その場にいた討伐隊のほぼ全員が賛同していた。

 

 彼らは当初、ナツメがこの討伐隊に加わることに……実力はともかく、不安を抱かずにはいられなかった。

 『カウンセリング』により数多のプレイヤーの心を癒してきたナツメに、このような、殺人すら手段の一つとして考えなければならない過酷な任務を任せていいのか、任せられるのかと。

 

 しかし、ふたを開けてみれば……むしろ、自分達などよりもよほどためらいなく、ナツメは刃を振り下ろしていく。降伏勧告に応じなかった者、こちらを殺すつもりでかかってきた者……すべからく、躊躇なく、ポリゴン片にして始末していった。

 

 その高い戦闘能力、卓越したプレイヤースキルは……確かに頼りになった。

 この戦いで彼に命を救われたプレイヤーは、10人でも足りないだろう。

 

 それでも、今まで知らないどころか考えもしなかった、ナツメの予想外すぎる一面を目の当たりにして、ショックを受けるプレイヤーは多かった。

 

 そんな中で、ナツメ同様に平然とこの状況を見ることができているPoHは、さらにまた1人……討伐隊を道連れにして死のうと突貫した部下を、無表情で切り捨てたナツメを見て、ひゅう、と口笛を鳴らす。

 

 その音に反応したのか、ナツメが……キリトが『あの目』と呼ぶ、感情のこもっていない、ゴミを見るような冷たい目をPoHに向けた。

 

「やるもんだねえ……平和ボケした日本人(ジャップ)の中に、こんな戦場帰りみてえなことができる奴がいるとは……正直俺も予想外だったぜ。素直に称賛させてもらう」

 

 ぱちぱちぱち、と拍手するPoHに対し、ナツメは特に何の反応も返さない。

 ただ、冷たい視線を向けるだけで……その場で動かず、様子をうかがっているように見えた。

 

 それに構わず、PoHは話し続ける。

 視界の端にいる、アスナやクライン、キリトからの奇襲は、常に警戒し続けながらだが。

 

「そこの黒の剣士サマは、殺すたびに自分の方が死にそうな顔になってたっつーのにな。さすがと言うか何というか……今まで何度かうちのメンバーが殺そうとしてたってのに、その都度返り討ちにしてただけのことはある。腕も、それを何とも思わない精神性も……立派に化け物だ」

 

 だが、と続ける。

 

「じかに見てわかったが、ちと予想と違った点があるな……ドクター、お前さんは……」

 

 と、Pohが言いかけた瞬間、ナツメの背後、物陰に隠れていたラフコフメンバーが、武器である曲刀を掲げて襲い掛かり……しかし何もできずに、振り向き様にソードスキルを一閃させたナツメに切り倒された。

 

 幸いと言っていいのか、HP全損にまでは至らなかったものの、その男は完全にバランスを崩して落下、無防備に転がったところを、他の攻略組メンバーに生け捕りにされた。

 

 それを見送りながら、ナツメはPoHに向き直る。

 

「随分雑な不意打ちですね。キリト君達の知覚をかいくぐる隠蔽スキルは大したものですが……潜伏の大本になるプレイヤーの隠れ方がおざなりでしたよ。殺気も漏れてましたし」

 

「勘違いするな……あんな雑な奇襲、俺が指示するかよ。ま、教える気もなかったがな。にしても……やっぱりお前さん、他の連中とは明らかに違うな。殺し慣れてる」

 

「そりゃまあ……誰かさん達が頻繁に狙ってきましたからね。僕自身も、仲間も。そのたびに返り討ちにしてれば……」

 

「そうじゃねえよ。単に……というか、そんなゲーム内での経験じゃ説明つかねえくらいに『命を奪う』ことに慣れてるな、って意味だ」

 

「おいPoH! テメェさっきから何わけわかんねえこと言ってやがる!? テキトーぶっこいてこっちを惑わそうなんざ考えても、そうはいかねえぞ!?」

 

 しびれを切らしたクラインが、刀を構えなおしながら叫ぶも、PoHはため息をついて呆れたような視線を向けるだけで、何も気にした様子はない。

 切りかかろうにも、その周囲に複数の団員と、幹部2人が控えており、攻略組と言えども、その一角にはうかつに手を出せない、踏み込めない状態だった。

 

「こらえ性のねえ黄色猿(イエローモンキー)だ……まあいい、そんなに聞きたきゃはっきり言ってやる。ドクター・ナツメ……お前、現実世界でも人の命を奪った経験があるな?」

 

「「「!?」」」

 

 PoHの爆弾発言に、キリトら討伐隊の面々はもちろん、ラフコフメンバー達すら驚きを隠せない。

 

 ここにいるプレイヤー達は皆――ごく一部に例外はあるが――日本という平和な国で普通に暮らしていた一般人だ。それこそ、ラフコフのメンバー達すらも……歪んだ嗜好を滲ませてレッドギルドなどというものを形作りはしたものの、元をたどれば一般人だ。

 

 当然、リアルにいた頃から『殺人』などという、非日常極まりない単語に縁のある生活を送っていたものなどいない。

 ゆえに今の話は、善良な攻略組だろうがレッドプレイヤーだろうが、関係なく衝撃的だった。

 

 そしてそんな中、言われた当人であるナツメはというと……

 

(……何で……何で何も言い返さないんだ、ナツメ!?)

 

 キリトが見る先で、ナツメは一言も言葉を発することなく……気のせいか、少しだけ辛そうな表情になっていた。

 

 そして、最初にその沈黙を破ったのは……PoH。

 それも、先程の話に続けるような形で……しかし、発したのは『いや』という否定の言葉。

 

「この言い方は正確じゃねえな……Sorryドクター、ちっと意地悪だったか」

 

「……別に。間違ったことは言われていませんしね」

 

 その言葉に、再びその場に驚愕が走るが、気にせずPoHは、くくくっ、と笑って続ける。

 

「そう露悪的に言いなさんな、俺の方から訂正させてもらうさ。あんたは人の命を……『見限る』『切り捨てる』『割り切る』ことに慣れてるんだ」

 

「………………」

 

「最初俺はあんたを、うちのギルドにもいるような、罪を罪とも思わず、人殺しに何のためらいもない性根の持ち主だと思っていたが……今日あんたの戦いを見ていて、そうじゃねえと気づいた。あんたは、殺人という行為自体にはきちんと罪の意識を持っている。その上で殺してる。あんたが見限ってんのは……俺たちレッドの方だ。良識を持ちながら、『殺人は罪だが、殺人犯は殺すべき』……そう割り切って、ためらいなく俺達を殺すために動いている。動けている」

 

 ナツメは何も言わず、PoHの、まるで推理するような言葉を黙って聞いている。

 

 その周囲のプレイヤー達も同様だった。これがPoHの、時間稼ぎか何かの詭弁であれば危ないところだろうが……固唾をのんでその先の言葉を待っていた。それほどに、この話は全てのプレイヤーにとって気になる者だったし、無視することは難しかった。

 

「『良識を持つ』『命を奪う罪を犯す』……矛盾するこの2つの事柄を両立させるのは言うほど簡単じゃねえ。少なくとも、今の平和ボケした日本っていう国の連中にはな。だが、これまで手に入ったあんたに関する情報をより合わせると……これかっていう予想が1つ、俺の中で出来上がった。要は……その『命を奪う』行為自体が、日本の法律で認められているものであればよかったのさ」

 

「はぁ!? 何言ってやがる!? 合法的な殺人なんてあるわけねえだろ!?」

 

 怒鳴ったクラインの言葉に、プレイヤーのほとんどは同じ考えを抱く。

 しかし、何人かは……そうでもない、と、別な考えを、個々に頭の中に描いていた。

 

 困惑が深まる中、PoHは『シー……』と、ダガーを持っていない方の手で、口元に指を当てる『静かに』のジェスチャーをすると共に言い、クラインを黙らせた。

 そしてその手で、ぴっと指を3本立てた形を作った。

 

「それが、あるんだよ。少なくとも、一般的に知られているものに……3つは、な」

 

「3つ……!?」

 

「1つ目……正当防衛。たとえば、殺されそうになったから、自らの命を守るために相手を殺したなどの場合、認められれば罪には問われない。良心の呵責なんかはともかく、法律的にはな」

 

 言いながら、指を一本折りたたむ。残り2つ。

 

「2つ目、死刑の執行。ま、コレが罪に問われてちゃ、死刑制度自体成立しねえもんな」

 

 もっともこれは極端な例だが……と付け加えて、PoHは2本目の指を折りたたんだ。

 

「そして3つ目……これはどっちかっていうと、『殺人』とは言えねえんだよな。あえて言うなら、さっき言った通り……『切り捨て』あるいは『見殺し』か。俺としては、コレが本命だな」

 

「切り捨て……? 見殺し……?」

 

「ドクター・ナツメ。あんた……リアルの職業も医者だな? それも恐らくは……大事故や災害時医療、あるいはそれに準ずる現場で……『トリアージ』を経験している」

 

「トリアージ……っ!?」

 

「!? 知ってるのか、アスナ!?」

 

 PoHの言葉に、ナツメはわずかに眉を顰め……同時に、はっとしたように声を上げるアスナ。

 それを聞いてキリトが問いかけ、周囲にいるプレイヤー達も視線を集中させる。

 

「う、うん、一応。ドラマとか本で見ただけだけど……確か、救急現場とかで、患者の治療や搬送の順番を決めるために行われる識別作業のことだよ」

 

「Oh、知ってたか、博識だなお嬢さん……その通り、要するに、にっちもさっちもいかねえような緊急かつ極限の医療現場で、患者の治療、あるいは命そのものに優先順位をつけるのさ」

 

 アスナの言葉を補足するように、PoHは話し続ける。

 

「大事故や大災害のような現場においては、交通の便の不通やインフラの寸断といった非常事態が併発することがままあり、その際、救命活動に使用する車両・設備・物品といったものが十分には手に入らない場合が多くある。そういう場面で1つでも多くの命を救うためには、医療行為を可能な限り効率的に行うことが重要となる……その手段の1つが『トリアージ』だ」

 

「全ての命を救うという医療の基本原則から外れるため、決して良くは思われていない制度……」

 

Exactly(そのとおり)。だが現実問題として、それが必要になる場面はある……その際に使われるのが、緑、黄色、赤、そして黒の4色に色分けされた紙製のタグだ。そいつを、患者の症状の深刻さに応じて、紐で首から掛けたり、服に結びつけたりして、値段表示みてえにすぐわかるようにしとくのさ。んで当然、その色分けは飾りじゃなく……それぞれ意味があるんだがな?」

 

(……黒……?)

 

 そこまで聞いて、キリトはあることを思い出した。

 先程も、そして……よく思い出してみれば、あの『グリセルダ暗殺未遂事件』の際も……ナツメが、聞こえるか聞こえないかくらいの声で、独り言のように言っていた言葉を。

 

 ―――お前らは……『クロ』だ。

 

(クロ……黒? まさかあれって、推理小説とか刑事ドラマでよくある、犯人とか、疑わしいとかいう意味じゃなく……)

 

「緑色は『治療保留』……負傷はしていても症状が軽いため、基本的に処置は最も後回しとなる。黄色は『治療待機』……治療すべきだが今すぐ命にかかわるようなものではなく、緊急性は薄い。赤は『最優先治療』……命に関わる重篤な状態のため、最優先で処置すべき。そして黒は……」

 

 そこでPoHは言葉を切って、ニヤニヤと笑いながらナツメに目をやる。

 しばしの沈黙の後……

 

「黒のタグは……『治療不要』。死亡、あるいは、直ちに処置しても救命が不可能であると判断されるカテゴリー。そのため、当該識別者に対する医療行為そのものを放棄するという判断。要は……『無駄だとわかって使う薬がもったいないから見殺しにする』ということです」

 

 平坦な口調で、ナツメはそう言った。

 

 その言葉に、そこにいたプレイヤー達ほぼ全員が、それが意味することを悟った。

 

「……ナツメ……お前は、それを……」

 

「ははははっはは! やっぱりか……あんたは大を活かすために小を切り捨てた……医者でありながら、患者を見殺しにする非情な判断を下した経験があったわけだ! 極限的状況下に限定された例外措置! 事後の検死で法的正当性が認められれば罪には問われないとは聞いてたが……」

 

 こらえきれなかったように、一気に感情が決壊したように笑いだすPoH。

 

「そしてさっきのセリフ! お前はまた『判別』したわけだ! なるほどなあ……俺らは『黒』か! 大のために切り捨てられる小! 大部分の善良なプレイヤーを何事もなく生活させるために、殺害すらやむなし、むしろ殺害すべきと判断した、可哀そうな犠牲…………ッ!?」

 

 その瞬間、矢のように飛来したナイフが、とっさにかわしたPoHの横を素通りして背後に抜けていった。

 

 それを投擲したナツメは、彼には珍しい、苛立ちと怒り、そして憎悪を感じる目つきになっていて……それを隠すこともなく、よけられたことに『ちっ』と舌打ちした。

 

「何を的外れなことを……。大のために云々はともかく、可哀そうな犠牲とはまた……自分達を過大評価しすぎてるんじゃないですか? あなた達、自分達がそんな上等な存在だとでも?」

 

 加えて、常のナツメからは想像もできないような、皮肉で、辛辣で、遠慮も容赦もない責めの句が、次々とその口から飛び出してくる。

 周囲の者達は、唖然としてそれを見ていた。

 

「お察しいただいた通りですよ……詳しくは省きますが、僕の罪悪感、とりわけ殺人系統の行為におけるそれは、あの一件以来、ちょっとばかり狂ってましてね……殺した、あるいは見殺しにした相手が、どうあっても助からなかった者や、助ける価値もなかった者といった『黒』のカテゴリーである場合に限り、極端に精神的な負担が少なくなる、あるいは全く無くなってしまうんですよ」

 

「Oh……イラついてるねえ、ドクター。しかし都合のいいというか、便利な精神構造だな……そこにいる黒の剣士殿にちょっぴり分けてやればいいんじゃねえか? 多分そこのボウヤ、向こう数日眠れなくなるんじゃねえか? 色々思い出しちまってよ」

 

「確かに。可能ならばそうしたいところですがね……彼は1人で背負いすぎるきらいがありますから、多少開き直るくらいがちょうどいいのでは、と正直思いますし」

 

 ですが、とナツメは続ける。

 

「あなた達のその、まるで自分達が死んだことや、これから死ぬことが『痛ましい出来事』であるかのようなその物言いは……うーん……価値観が変わったりしたせいかも知れませんが、やはり僕には理解できませんね。単にゴミを捨てるようなものなのに、誰も彼もオーバーな……って感じで」

 

「Oh……ひでえ物言いだな? 命を救う医者のセリフとは思えねえや」

 

「そうですかね? 僕としては実に医者らしいことを言っていると思いますが……ああ、こう言えば違和感ありませんか? SAOという『体』に巣食った病巣の切除、あるいはウイルスの殺菌消毒とでも。……もうこのへんで無駄話はおしまいにしますか……実のところ殺人云々はともかく、人の過去を無遠慮に掘り返された挙句踏み荒らされて、割と僕今、機嫌が悪いですし……」

 

 ナツメはそう言いながら、ひゅん、と、空を切る音を鳴らし……手にした片手剣の切っ先を、まっすぐPoHに向くようにして構える。

 

「とりあえずお前らは殺す。更正の余地がないから殺す。攻略の邪魔になるから殺す。人に迷惑をかけるから殺す。人を殺したから殺す。現実世界に戻すべきじゃないと思うから殺す。お前達の命を他者の安全より優先させるとかありえないから殺す。その他諸々の理由で殺す。僕らが正義かは正直どうでもいいが、悪いのは確実にお前らだ。死ぬのは自業自得だ。恨むなら自分を恨め。お前らの命に価値はない。ぱさぱさの黒パンが買える1コルの価値もない。暇つぶしの話し相手になるNPC1人分の価値もない。多少なりとも経験値がもらえるザコ敵1体分の価値もない。お前らは罪そのものだ、存在が罪だ、生きていることが罪だ、呼吸することが罪だ、見ても聞いても話しても歩いても寝ても覚めても全てが罪だ。何もしないことで人の役に立てる。死んで初めて社会に貢献できるんだ。人の世の営みの中に絶対的に不要な異物である自分の立場をよく理解した上で……」

 

 普段とはまるで真逆。

 

 疲れた心を救い上げるようにして『カウンセリング』を行い、今まで何十人、何百人ものプレイヤー達を救って来たナツメの口から、機関銃のように吐き出されたのは……それらの患者にかけてやっていたのとは真逆の、相手の全てを否定し、貶める、罵詈雑言の嵐だった。

 

 人間扱いする気すらない、一片の価値も認めず突き放す、過剰で苛烈な物言いが、唖然として何も言えないレッドプレイヤー達に向けて放たれ……

 

 

 

「お前らは『黒』だ。アインクラッド100層攻略を妨げる障害物だ。ゆえに助ける価値なし、見殺しにされるべき存在。さっさと処分してさっさと忘れてやる。罪悪感も抱かず食欲もなくならず、日常生活に問題なくすぐ復帰してやる。安心してもしなくてもいいから……迅速に、死ね」

 

 

 

 その日、殺人ギルド『笑う棺桶(ラフィンコフィン)』は壊滅した。

 

 構成メンバーのうち、幹部2名を含む十数名を確保し、監獄に幽閉。

 首魁であるPoHを含む数名が戦線を離脱、逃亡中。

 それ以外のメンバーは全て、戦闘中に死亡。

 

 討伐隊にも死亡者多数なるも、10名には満たず。

 

 そして……参加した者のごく一部しか知らない、最深部での出来事は秘匿され……数字などの情報だけが、情報屋が発行する広報誌に掲載され、皆で共有されることとなった。

 

 

 

 




感想欄で展開を見抜いていた人がいてびびる。
お、お見事です…

POHさん、解説キャラになる。
頭いいっぽいので働いてもらいました。
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