ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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第14話 反省会だヨ! 全員集合!

【2024年6月18日】

 

 『ラフコフ討伐戦』から3日が経ったが……意外にも、僕の周囲に特に変化は起きていない。

 正直、よかったはよかったものの……意外というか、拍子抜けというか。

 

 てっきり……あんだけ暴れたのだから、以前までとは打って変わって極悪人扱いされるくらいは覚悟してたんだけどな。

 

 人間、普段いいことしてる人が突然悪いことすると、過剰に反応することが多いし。『あいつ実はいい人のふりしてとんでもない悪人だったんだ!』って感じで。ちなみに逆もよくある。

 

 討伐戦で、僕が何人ものラフコフメンバーを『処分』したのは、別に口留めも何もしなかったので、普通にそのまま広まっている。

 

 いや、僕はしなかったけど、アスナさんやキリト君を中心に『無暗に広めないように』という働きかけがあったので、そんな大々的に広まったわけじゃないが……人の口に戸は立てられない、という言葉の通り、そういう話は漏れるものだ。

 

 具体的に何人殺したとか、最深部で切ったあの啖呵(という名の罵詈雑言)とか、その辺はさすがに広まってないようだが……少なくとも、僕がラフコフ討伐戦において、容赦なく何人もHP全損に追い込んだという事実は、普通に広まっていた。

 

 だから……まあ、愉快なことにはならないだろうと、半ば覚悟はしていた。

 

 かつて『ビーター』と呼ばれたキリト君がそうだったように、多くのプレイヤーに後ろ指さされて拒絶されるようになってもおかしくなかったし……そんな人間の世話になるなんてごめんだろうから、その時は潔く『ナツメ医院』も畳もうと思っていた。

 もともと、成り行きで始めた仕事が発端になったものだし。……やりがいはあったけどね。

 

 心残りというか、気になることがあるとすれば……今まで僕が面倒見た患者さん達が、ショックで症状をぶり返したりとか、そういうことがないかどうかだけ……かな。

 こんなこと考えるのも、おこがましいのかもしれないが。

 

 そもそも、僕自身の価値観というか、ものの考え方が……『犯罪者』あるいはそれに準ずる者に限定されるとはいえ、明確に一般的なそれから外れていることはよく理解しているつもりだ。

 

 だから、いくら能力や実績があっても――これ自体自画自賛に聞こえるな――こんな危険な思想やら思考回路を持つ人間に、近づきたがる人なんていない。拒絶され、孤独になって当然。

 あいつらに言い放ったように、それもまた『自業自得』……そう思っていた。

 

 

 

 ……だというのに、なぜ僕は……グリセルダさん主催の『ラフコフ討伐戦合同反省会』なる催し……というか、ホームパーティーに招待され、そこでご馳走を飲み食いなぞしているのだろうか?

 

 

 

 今日の昼、サチさんから『招待状』と書かれた手紙を受け取り、時間通りにグリセルダさんのプレイヤーホームを訪れたところ、そのままこのパーティーが始まった。

 

 来ていたのは僕の他に、キリト君にアスナさん、クラインさんやクラディールさんといった『討伐戦』参加メンバーに加え、サチさんやヨルコさんを始めとした『月夜の黒猫団』や『黄金林檎』のメンバーに、キリト君が呼んだらしいシリカちゃん、アスナさんの知り合いだというリズベットさん(初対面)といった面々が参加していた。もちろん家主であるグリセルダさん夫妻もいる。

 

 しかも、何か……皆、和気あいあいと楽しそうに世間話をしながら飲み食いしている。

 

 特に、アスナさんとかシリカちゃん、リズベットさんがいるあたり。サチさん……はどっちかというとまきこまれてタジタジしてる印象だが(あの中で一番年上じゃなかったか?)、笑顔いっぱい、華やかでいい雰囲気の空間が形作られていた。

 

 キリト君は、クラインさんやケイタ君といった悪友的なメンバーと一緒にいたり、アスナさんといい雰囲気になっていたり、それを見て他のメンツからからかわれていたりとせわしない。

 

 僕は僕で、クラディールさんやグリムロックさん、クラインさん(キリト君がアスナさんと話し始めて居場所がなくなったらしい)と、酒飲みながら雑談したりしてた。

 

 ……うん、まあ、普通に楽しい時間を過ごせたと思う。嘘偽りもなく。

 

 ただ、ちょっと気になったのは……パーティーの最中、『反省会』と銘打っておきながら、全くと言っていいほど『討伐戦』の話は出てこず、この前こんな大変なことがあって苦労したとか、この休みを利用して何をしよう、といった、全然関係ないことばかり話している。

 

 いや、それが悪いとは言わないけど……なら普通に食事会でよかったんじゃないかな、とか思ってしまっていた。

 

 ……ちなみに今、宴もたけなわ、って感じの時間帯になっており……飲みすぎ、あるいは騒ぎすぎで眠ってしまったプレイヤーも出てきている状態だ。最初からこうなることも織り込み済みだったらしく、手早くグリセルダさんが毛布を掛けてソファに寝かせたりしていた。

 

 僕は今、それを手伝った後、一人テラスで涼みながらこれを書いているところで―――

 

 

 ☆☆☆

 

 

「それ、日記だよな? 俺と狩りしてた時も時々書いてた奴。まだ続けてるのか」

 

 テラスに座って、日記帳にペンを走らせていたナツメは……今ちょうど部屋から出て来たところと思しきキリトからそう声をかけられ、伏せていた目を上げた。

 

「おや、キリト君。ええ、もうすっかり習慣ですよ……毎日忘れずってわけじゃありませんがね」

 

 ぱたん、とそれを閉じて、ストレージに収納し、ナツメはキリトに向き直った。

 

 2人とも部屋着で、やや肌寒そうに見えるが、先程までの部屋の熱気を考えると、むしろ涼むことができてちょうどいい、といった風にも見える。

 

「お加減は大丈夫ですか? クラインさん達に随分絡まれてお酒も飲んでいたようですが」

 

「この世界の酒は、味や喉ごしは酒でも、実際に酔っぱらうわけじゃないからな。人によっては……クラインやシリカなんかは、雰囲気やら何やらですっかり酔いつぶれてたみたいだけどさ」

 

「なるほど……僕はリアルでも割とお酒には強いので、その辺の判別は付きづらいんですよね」

 

「……なんか、何度聞いてもそのへん、違和感あるんだよな……。ナツメって確かに、落ち着いてて大人な雰囲気あるけど……見た目とか、せいぜい俺より3つ4つ年上って感じにしか見えないからさ。酒も飲める歳どころか、俺より一回りも年上だって知った時は驚いたよ」

 

「あっはっは、つい口が滑ってリアル情報しゃべっちゃった時ですね。ま、童顔に見られるのは今に始まったことじゃないので、慣れてますけど、正直」

 

 軽口の話を二言三言交わし、不意に会話が途切れ……2人は、何を言うでもなく見つめ合っていた。

 

 ……2人の名誉のために言っておくと、決して『変な雰囲気』になっているわけではなく……むしろ、そこまで張り詰めたものではないとはいえ、妙な『緊張感』のようなものが漂っていた。

 しかし同時に、相手をいたわるような思いやりのようなものも、視線に乗っている……妙な無言の時間。

 

 数秒間の沈黙の後、先に口を開いたのは、キリトだった。

 

「気になってるんだろ? このパーティーが何だったのか」

 

「正直に言えばそうですね。まあ、パーティーの最中は、何やら言わない方がよさそうだったので、便乗する形で僕も普通に楽しんでいましたが」

 

「ああ、それでいい。それでよかったんだよ、ナツメ」

 

 こくり、と頷きながら言うキリト。どことなく安心したような、満足したような空気に……いったいどういう意味なのかと、ナツメは不思議そうにした。

 

「昨日一昨日、『血盟騎士団』を始めとした他のギルドでも、『討伐戦』の慰労会みたいなのがあちこちで開かれてたみたいなんだよな。今回の戦いで死んだプレイヤーへの弔いと……あとはまあ、参加者へのケアというか……言い方ちょっと悪いけど……傷のなめ合い、的な?」

 

「無理もないでしょう……あれだけのことがあった後だ。精神の安定を図るためには妥当な方法ですよ。声に出して泣いてもよし、酒におぼれてもよし……個人の割り切りの問題ですからね」

 

「ああ、俺もそう思った。だからさ、今回グリセルダさんにこの『反省会』に誘われた時、同じような感じになるんだろうな、って思ってたんだけど……実際は知っての通り、何の関係もない話ばっかりしてただろ? 普通のホームパーティーみたいに、飲んで騒いで楽しく、って感じで」

 

「そうですね……」

 

「俺も、普通に楽しんでたんだけど……途中、どうしても気になってさ、リズやシリカにこっそり聞いてみたんだ。アスナと一緒に。そしたら……もともとこの『反省会』は、『討伐戦』と全然関係ない話をして盛り上がるための、ただの飲み会だ、って聞かされた」

 

 その言葉にきょとんとするナツメに、キリトは苦笑しながら説明を続ける。

 

「曰く……ただ慰めたり、酒に逃げさせるだけなら簡単だけど、結局『討伐戦』で自分達が負った心の傷をどうにかできるのは、自分自身にしかできない。最終的には、自分で折り合いをつけるというか……飲み込んで、乗り越えるしかない。それは……ナツメのカウンセリングを受けたとしても同じことだ。だったらいっそ……それは任せて、他のことで励まそう、と考えたんだとさ」

 

「他のこと?」

 

「ああ、簡単に言えば……『さっさといつもの日常に帰って来なさい』ってことらしい」

 

 アスナの友人であり、彼女の紹介で知り合ったリズベットの口調をまねるようにして――実際に彼女の口からそう言われたらしい――キリトは言った。思い出して……嬉しそうに笑いながら。

 

「ナツメも俺も、あの戦いで……1人と言わず、殺しただろ? アスナやクラインも同じでさ……俺達そろって、罪悪感ですげー参ってたんだ。あの場面じゃ仕方なかったと思うし、そうしなきゃもっとこっちの犠牲が増えてたかもしれない……けど、どうしても割り切れなくて……討伐戦が終わってからもずっと気が重くて、いつもの生活になんか全然戻れてなかったんだよ」

 

 キリトだけではない。アスナもクラインも、自分が人を手にかけてしまった、あるいは、直接的でなくとも、それを容認したという事実に、その罪悪感に苦しみ……怖くなっていた。

 

 特にアスナなどは、そんな自分に、今まで仲良くしてくれた友人……リズベットやサチとこれからも付き合う資格があるのだろうか、血盟騎士団の副団長などという立場にいていいのだろうか、と……繰り返し自問していた。いてはいけない、消えるべきではないのか、とすら思った。

 

 かつてβテスター達をかばい、1人孤独な『ビーター』の道を選んだキリトは、種類は違えどこんなにも苦しい思いをしていたのか、と愕然とし、涙すら流したという。

 

 そして、そんなアスナの苦悩を知ったリズベットは……シリカやグリセルダに相談し、今回の『反省会』を企画した。

 その内容……反省会でありながら、反省すべき『討伐戦』に一切触れないという趣旨に、彼女なりの、アスナ達への思いを込めて。

 

 曰く、

 

『あんた達が人を殺したことに対しては、あたし達は何も言わない。励ますことはできるし、何かして力になりたいとも思うけど……結局、それはあんた達が自分で自分の心に整理をつけることでしか、どうにもならないことだから。もう頑張ってる奴に対して、頑張ってとは言わないわ』

 

『けど、これだけは覚えといて。あたし達は、あんた達に今回何があって、何をしたんだとしても……あんた達を避けるつもりも、あんた達の友達や仲間をやめるつもりも全ッ然ないから』

 

『だから、こんな自分はもう~……とか、的外れなこといいなさんな。あんたもキリトも、他の皆も……ちゃんとここに帰る場所はあるし、あたし達皆、そこであんた達のことを待ってるわ』

 

『あんた達が皆、こうして無事に帰ってきてくれた、それだけで十分よ。私もシリカもサチも、今までと何も変わらない、皆で笑って泣いて、時々キリトやクラインをからかって遊んで……えーと、とにかくいつも通りよ、皆、あんた達と元通りの日常の中で過ごせるようになるのを待ってる』

 

『この『反省会』は、その前祝い兼決意表明みたいなもんよ。どんなことがあろうと、あたし達はずっとアスナ達の友達だよ。あんた達が守ってくれた幸せな日常は、変わらずここにあって、あたしたちがそこで待っててあげる。だからいつか、戻っておいで……ってね!』

 

 過去を振り返るのも、それを乗り越えるのも、本人達に任せよう。

 その代り、その背中は押してあげよう。手を伸ばすなら、その手を取ろう。

 そして……帰ってくる場所を守っていよう。

 

 辛い経験を乗り越えて、元通りの日常を歩めるようになったなら、また一緒に、皆で笑おう。

 いつでも、ずっと、待ってるから。

 

 そんな、『普段の日常』を守る気持ちが……あの、『反省しない反省会』にはこめられていた。

 

「もちろん……お前に対してもそうだってさ、ナツメ。その後でグリセルダさんが言ってたよ」

 

「……君たちと違って、罪悪感なんてものをほとんど抱いていない僕みたいな奴にも、ですか?」

 

「ああ。お前の場合……罪悪感はなくても、その分疎外感が強そうだからな……特に、自分を客観的に見た場合の、勝手な自己分析的な面で。多分だけど……思ってただろ? もう『ドクター』を続けられないかもとか、皆に拒絶されても仕方ないとか」

 

「…………」

 

「生意気な言い方になるけどさ……俺もそうだったよ。『ビーター』になって、勝手に全部背負った悲劇のヒーローになったつもりでいて、勝手に閉じこもって心を閉ざして……ずっとこのまま1人なんだ、って。……本当はそんなことなかったんだ、って気づけたのは……ずいぶん後になってからだった。アスナやクライン、リズにシリカ……周りの皆が笑いかけてくれて、手を差し伸べてくれて……ようやく、俺は1人じゃない、1人じゃなくていいんだ……って気づけたんだ」

 

「……それはよかったですね。おかしな言い方ですが……君の友人の1人として、喜ばしい話だ」

 

「何言ってんだよ、その筆頭がお前だろうに」

 

 呆れたような調子でナツメに言うキリト。

 

 その脳裏には、かつて2層で初めてナツメに出会った時の……気が付けばNPCメイドの食事処で世間話に花を咲かせていた、あの時のことが思い出されていた。

 

「偉そうに言うけどさ、ナツメ……お前も同じだよ。お前はもしかしたら、今回のことで、自分はもう何もかも失って、皆離れていって、1人になるんだ……みたいに考えてたかもしれない。実際俺も……あんな戦い方をするナツメは、正直ちょっと怖かったし、その考え方に対して、ちょっと頷けないような部分もいくつもあるしな」

 

 けど、と続ける。

 

「だからって、今まで俺たちが付き合って来たナツメが嘘だったわけでも、いなくなったわけでもない。人間誰だって、あまり知られてない意外な面の1つや2つあるもんさ。俺だってそういう奴、身近に何人も知ってるしな。だから……気にしないとは言わないまでも、俺たちは受け入れられるよ。『それもナツメなんだ』って。あの場にいた全員、皆そう思ってる。今日、あの場で一番今後が心配されたの、俺とナツメだったらしいからな……何を隠そう、俺も心配してた」

 

「……客に心配させてしまうようじゃ、『ドクター』ないし『カウンセラー』としてお恥ずかしい限りですね」

 

「あいつらや俺たちはそれでいいと、そうしたいと思ってるんだって。……なんか、いつも相談に乗ってくれてるナツメに俺がこう言うこと言うの、新鮮だけどさ……俺たち皆、これからもナツメとは仲間だと思ってるから。たとえ過去に何があって、ちょっと過激な部分があっても、ナツメはナツメだよ……それに変わりはない。だから、俺達皆、変わらず待ってるから……また前みたいに、どうでもいいことで皆して騒いでバカやれるような日常に戻って、それを続けていこうぜ」

 

 そう言ってにかっと笑うキリト。

 その、本物の喜びの感情の中に、ほんの少しだけ強がりが混ざった笑顔を見たナツメは……胸のあたりにつかえていた『何か』がすとんと外れてくれたのを感じいていた。

 

 そして……はぁ、とため息をつくと、イスに深く腰掛けて、夜空を見上げる。

 

 リアルの世界、都会のコンクリートジャングルの中ではもう見ることができない、見事な星空。データの産物であることはわかっていても、ナツメはその光景を見て癒される……振りをして、今のキリトの嬉しい言葉に、どうにも顔が緩むのを隠していた。

 

 もっとも……キリトには気付かれていたようだが。

 

 

 

 そのしばらく後、いくつかの雑談を経て、先に部屋の中に帰っていったキリトを見送り……ナツメは、もう1つため息をついた。

 

 しかし、そのため息には……別段、負の感情が乗っているというわけでもない。

 いかにも、『ひと息ついた』という程度に感じられるものだった。

 

「元とはいえ、カウンセリングの患者に逆に励まされるとは……けど、悪い気分じゃない、かな。にしても……自然にああいうセリフが出てくるから、女の子次々引っ掛けるんだろうなあ、彼は。自覚は全然なさそうだけど……ふふっ、ある意味将来が楽しみだ」

 

 そう言ってナツメは、すっかり冷めてしまった酔い覚ましのお茶を一息に飲み干し、キリト同様部屋に戻っていった。

 

 明日からまた、元通りの日々に戻るために。

 

 

 

 


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