ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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今年最後の更新になります。
皆さん今年、まだ二週間足らずですが、『青纏』をご愛読いただきありがとうございました。

…その最後の一回にちょっと遊びすぎた気がしますが…
その割に一部説教ちっくだったり…

ともあれ、どうぞ


第16話 誰がここまでやれと言った

【2024年6月27日】

 

 何かまたキリト君の周囲に女性が増えた……のは彼ら彼女らの問題であるからいいとしよう。

 最悪刺されてもそれはキリト君の自業自得だということで。本気のソードスキルがクリーンヒットでもしない限りは、彼のレベルなら、HPが多少削れるだけで大丈夫だろう。

 

 それはさておいて、

 

 ……なんかまたアスナさんというか、『閃光』の副団長さんに目つけられてしまったっぽい。

 

 理由はわかっている。こないだ雪山に行った時に、あまりにお目当ての品がドロップしないもんだからムキになって武器を変えまくって戦ってたわけだが……それを見られてたのが原因だ。

 

 見られてたも何も一緒に戦ってたわけなので、当然と言えば当然、むしろこれこそ自業自得だってもんだが……正直、そこまで注目されるとは思ってなかったんだよ。

 

 だってまさか、武器全種類扱えるくらいで、そんな目をつけられるとは思わないじゃんか。

 

 前にも言ったと思うが、僕のこの戦闘技能は、膨大な反復練習の末に手に入れたものだ。

 

 武器の使い方はもちろん、それを使った立ち回り、ソードスキルの扱い、その他色々。

 どれもこれも、遡ること1年と数か月前……はじまりの町周辺で、2ヶ月近い時間をかけて、色々な意味で武器の熟練度を上げまくって手に入れた技能だ。

 

 そして、それ以降も最低限の反復練習は欠かしていないので、結果として僕は、一部のエクストラ武器を除く全種類の武器を実戦で通用するレベルで使えるまでになっている。

 

 ただし、あくまでそれは『プレイヤースキルに限って言えば』だが。

 

 このSAOの世界では、スキルは使えば使うほど成長し、強力になっていく。

 だがそもそも、スキルは一部の例外を除き、あらかじめ『スキルスロット』にセットしておいたスキル以外は使えない。そして使えない以上、成長もしない。

 

 それどころか、一度スキルスロットからセットしていたスキルを外してしまうと、その熟練度はリセットされてしまう。当然、それまで使えた『ソードスキル』なんかも全部だ。片手剣然り細剣然り、それらはスロットにセットして成長させることで、順次スキルを覚えていく仕組みだから。

 

 そして、個々のスキルをスロットに入れているもの以外は、スキルを成長させていない以上、ソードスキルは使えない。ただ装備して振り回せるだけだ。

 僕の状態は、まさにコレである。使えても、使いこなせているとは言えない状態。

 

 いくら万能でも、火力の伴わない攻撃しかできない以上、アバター育成としては間違いということになってしまうんだろう。ソードスキルは、この世界における戦闘の要だし。

 

 それでも……昔からこういう性格なんだ、僕。

 

 以前やっていた某ハンティングアクションゲームでも、武器全種類練習して、全種類最前線で使えるレベルのものを作って、その日の気分で使って暴れてたし。

 選択肢が目の前にあるのに、どれかに絞ってどれかを捨てるってことが嫌いというかね。

 

 それにこの世界には、武器種関係なく使える『共通スキル』や、本来想定されていないはずの、システムの穴をついた『システム外スキル』なんてものもある。それらを上手く使えば、それこそ階層ボスを相手にするんでもない限り、ソードスキルなしでもある程度戦える。

 

 ちなみに、全部使えるとは言ったが……得意不得意はさすがにある。

 

 一番得意なのは、『片手剣+盾』の組み合わせだ。これが一番安定して、どんな相手にも通用する戦い方ができる。常にスキルスロットに入れているから、熟練度も既にコンプリート済みだ。

 ソードスキルも使えて、総合的な火力では一番なわけだし、メイン武器と言っていいだろう。

 

 次点で『刀』だな。『片手剣』以外では唯一、僕が『常に』スロットに入れているスキルだ。

 僕の個人的な見解として、火力と攻撃速度、取り回しの軽さが一番バランス取れてる気がする。

 

 逆に……極端に苦手な武器はない。敵や場所によってやりやすいかどうかはあるだろうものの、使うだけならいつでも一線で戦えるだけの熟練度(システム的にではない方)は持っている。

 

 ……さて、だいぶ話がわき道にそれてしまったけど、そんなわけで……たしかに僕は、全種類の武器を『使える』。しかし、『使いこなせる』わけじゃない。言うなれば器用貧乏だ。

 

 だがアスナさん曰く、確かに階層ボスとかを相手にするなら、それは役に立つとは言えないだろう。技術はあるとはいえ、火力の伴わない、戦力にならないスキルなんて使わせられない。

 

 しかし、それ以外に出番を絞れば……もっと言えば、圏外や迷宮区の通常POPのMobを相手にする程度であれば、十分に戦力になりうるだろう、とのこと。

 

 そういった所謂『ザコ敵』を倒すのに、そこまで高い火力は絶対必要なわけではない。

 加えて、僕は敵の急所に正確に攻撃を当てるのが得意だ。自分で言うのも何だが、毎度当たり前のようにクリティカル判定をたたき出すため、その点で火力不足は補って余りある。

 

 ゆえに、単なる狩りや、パーティ単位でのレベル上げであれば、僕のこの器用貧乏スキルは十分に実用的と言える。アスナさんが着目したのは、むしろそのへんのようだ。

 

 状況に応じて、あるいはパーティメンバーに合わせて、使う武器も攻防の立ち回りも変幻自在。

 短剣で手数を重視した連続攻撃を放つことも、槍で中衛から前衛を支援することも、メイスや両手斧で防御の上から力で押し切ることもでき……戦闘中にその役割を変えることすらできる。

 

 確実に戦術の幅を広げるであろう、ずば抜けた汎用性。

 器用貧乏などとんでもない。あなたは恐らく、このSAOで唯一の『オールラウンダー』だ。

 

 ……そう、聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらいに褒めてくれた。

 

 攻略において重要視されるのは、何もボス戦だけではない。

 そこに至るまでのマッピング等についても……要求される労力の種類などが違うため、一概に比較はできないが、とても大切だ。通常の圏外フィールドか、迷宮区かを問わず。

 

 どんな敵が出るか、どんな地形になっているか、どんなトラップがあるか。

 全く未知のところを進むのだから、先に述べた敵との相性などを含め、様々な問題にその場で対応しつつ進まなければならないという意味では、こちらも十分に重労働の部類である。

 第70層を超え、下層よりも範囲は狭いがどんどん敵も強くなってきている最近は特に。

 

 また、フィールドには敵や罠ばかりでなく、プレイヤーに有益なスポットやイベントが隠されている場合もある。素材アイテムが採取できたり、経験値効率のいい狩場があったり、極端なものでは、エクストラスキルを取得できるクエストや、それに関わるNPCが配置されていたり。

 

 この先戦いがより一層厳しくなっていくであろうことを考えれば、そういったものの解析・情報共有にも俄然力を入れる必要がある。時には他のギルドや、アルゴさんのような情報屋と連携して進めていく必要も出てくるだろう。

 

 平時の探索から、そういったイベント等の際の対応に至るまで、1人いるだけでその場でとれる選択肢が大きく増えるであろう『オールラウンダー』は、この先の『攻略』にぜひ欲しい……と、アスナさんは一度は諦めた勧誘をここに来て再度ヒートアップさせてきたのである。

 

 懇切丁寧に説明された今でも、僕の技能がそこまで大きいものか、こんな風に気合を入れて勧誘するほどのものなのか……っていうのは、やっぱりいまいちわからない。

 

 けど、第20層あたりで『血盟騎士団』が結成されてからこっち、ずっと攻略に携わり、一時は『攻略の鬼』とまで呼ばれたアスナさんであるから、攻略における僕が知らない苦労なんかも色々と経験してきたんだろうし、そのあたりに裏打ちされた評価、ないし価値観なのかもしれないな。

 

 それに……この間の『反省会』を含め、色々とアスナさんと関わることも増え、以前より距離が縮まって親しくなれているという自覚もある。その分、気安く……っていう言葉を使っていいものかわからないが、余所余所しさや遠慮のいらない間柄になれたんじゃないかな、と。

 

 それ自体は僕も嬉しいし、喜ぶべきことなんだろうけど……それも手伝って、アスナさんが僕を誘いやすくなってるんじゃないかな、心情的に。

 

 以前までのアスナさんが、『他社の社員をヘッドハンティングして引き抜こうとする競合他社』のような感じだったのに対して、今のアスナさんは、『実力はあるのに帰宅部で宝の持ち腐れ状態の同級生を部活に引っ張り出そうとしている友人』って感じのそれに思える。

 

 『あなたの力が必要です、私達のところに来てもらえませんか?』から、『君なら絶対やればできるよ、やりもしないのに決めつけないで一緒にがんばろう!』に変わった感じ。

 

 え、具体例出してもわかりにくい? ごめん。

 

 ともあれ、こうしてアスナさんは再び僕を勧誘するようになった。

 今日は大人しく引き下がったけど、アレはあきらめた様子はないな……以前と同様、強引にはならないように、しかし粘り強く本気で誘い続けていくつもりと見た。

 

 以前、中層以下のギルドが(僕も知らないところで)一致団結して僕を守ったのを忘れたわけじゃないだろうに、それでもまたこうし始めたってことは、それだけの価値を僕に見出してくれた、ということなのかね? 嬉しいようなめんどくさいような。

 

 ……しかし残念ながら、ひょっとしたら中層以下からの掣肘を覚悟のうえで始めたのかもしれない彼女の勧誘は、恐らく実を結ぶことはないだろう。以前と同じ理由で。

 

 この展開……またしてもすでに、グリセルダさんに予測されていたのだから。

 

 

【2024年6月28日】

 

 どうしてこうなった。

 

 

【2024年6月29日】

 

 昨日はあんまりにも驚いて疲れてしまって(精神的に)日記もろくにかけないままベッドにダイブしてしまったが……とりあえず昨日あったことを記録しておこう。

 

 簡単に言えば、再びグリセルダさんの妨害工作……を兼ねた、中層以下の勢力をまとめるためのプランが発動した。

 

 しかし今回は、攻略ギルドへの掣肘を主軸にしたものではなく、あくまで僕のような『中層以下の勢力にとっての希望』とも呼べる立ち位置のプレイヤーを中心に、各組織の再編を進めるというのが主目的だった。

 攻略組への掣肘はそのついで、みたいな。

 

 ……それはいいんだが、その規模が予想をだいぶ超えていた。

 というか、『それはひょっとしてギャグで言っているのか?』ってレベルのことが起きた。

 

 

 

 『アインクラッド総合病院』って何だよ。

 僕がそこの病院長って何だよ。

 

 

 

 前々からちょくちょく出てきていた、僕の手伝いをしたい、っていうプレイヤーの皆さんを取り込む形で規模を拡大させ、さらにその事業内容に『カウンセリング』や『ポーション類作成・販売』、『薬調合用の素材取引』、医療行為?として、呪い等の『特殊な状態異常の解除』、さらには『健康に関する相談室』の開設、『健康管理系セミナーの開催』、さらにそれに関わる『健康食堂』の開設といった、プレイヤーの健康管理に関わるあらゆる業務を集中させた総合医療機関。

 それが『アインクラッド総合病院』だそうだ。

 

 このたび、僕がそこの院長に就任した。してた。

 正式稼働はまだ先だが、この人事は決定だそうだ。

 

 前半のカウンセリングとかポーション云々はともかく、後半に出て来た『健康管理』だの『セミナー』だのは何なんだ、と思った人も多いだろう。

 

 あくまでこの世界の僕らの体はアバター。病気にかかったり、ケガをしたりするわけじゃない。

 ここで言われているのは、あくまで『現実の体に関わる健康管理知識』のセミナーだ。

 

 例えば、採るべき栄養素のバランスとか、普段の食生活で気をつけなきゃいけないこととか。

 

 この世界では、そんなもん考えなくても、何かしら食べて腹さえ膨れれば活動に支障はない。極端な話、3食全部、はじまりの町で1コルで買えるパサパサの黒パンと水でも問題ないわけだ。

 

 そこまで極端じゃないにしても、金に余裕のないプレイヤーは、安くて腹持ちのいい、味も悪くないもので毎食空腹をごまかすように食べている場合が多い。

 

 逆に、金に余裕のあるプレイヤーは、好物ばかり食べていたりもする。3食ステーキだとか、パスタなんかの炭水化物だけとか。スイーツだけという強者もいるそうだ。

 

 繰り返すが、この世界にいるうちはそれでもいいだろう。モチベーションにもなるし。

 

 が、忘れてはいけないことがある。

 僕らはいずれ、この世界を出て現実の世界に帰るのだと。そのために今を戦っているのだと。

 

 その現実世界に戻った後のことを考えると……この2年間で歪んでしまった、そのへんの常識や価値観を、徐々に修正していかなきゃいけないという懸念が、以前から出されていた。

 

 3食ステーキ……に限らずとも、好物オンリーだった人が、向こうに帰った途端、栄養バランスをきちんと意識した食事を、自炊にせよ店売りにせよ、取れるようになるだろうかと考えると……やっぱり不安なものがあるわけだ。

 あるいは、栄養バランスの概念すら忘れている、ということすらありうる。

 

 コレ、全然何も大げさな話じゃなくて……栄養素を区分する『3つの色』――小学校で習う知識――を始め、その他、食や栄養学に関する正しい、基礎的な知識すら思い出せなくなった人が結構いるらしい。情報ソースはサチさん。

 

 そんなもん気にかけていられる状況じゃなかったんだし、それを一概に『おかしい』なんて言うことはできないだろう。でも、少しずつでもそういう知識を思い出す、あるいは学びなおしていく必要もあるんじゃないかと思ったわけだ。

 

 そうして有志が集って、正しい知識を教える『セミナー』が企画されたというわけだ。

 内容は、せいぜい小学校とか中学校の家庭科で習うような基本的なことのおさらいだ。ごく簡単なカルチャー教室みたいなもんだと思えばいい。

 及ばずながら、僕も医者の立場と知識でそれをお手伝いさせてもらうことになっている。

 

 そしてそれと連動して、病院内には『健康食堂』なる食事スペースも作られた。

 

 ここは、毎日ではないが、定期的に中層以下の『料理』スキル持ちのプレイヤーの皆さんが集まって開店する食堂で、普通のレストランのような一品ものの料理ではなく、栄養バランスを意識した素材・組み合わせの定食メニューのみがお品書きに載っている。

 

 ここで料理を食べつつ、現実世界における『バランスの取れた食事』『カロリーを取りすぎないこと』などの大切さを意識し、思い出すきっかけになれば、という思いが込められている。

 

 なお、マナーの一環として、きちんと残さず食べるというものも設定されている。

 お残しは許しまへんで、というのは、食堂で主任をやってくれているおばちゃんの決め台詞だ。……はて、どっかで聞いたことがあるような気もするが。

 

 実際、好物だけ食べて残りはいらない、という食べ方をされないためにも割と重要なルールだ。

 

 とまあ、こんな感じで、『アインクラッド総合病院』には、色々な面からのプレイヤーの健康管理を目的とした、様々な機能が集約されている。特に、今まで目を向けられることが少なかった、『クリア後のことを考えた活動』は、中層以下のみならず、攻略組の人たちの一部にも好意的に、感心をもって受け入れられている。

 

 ……毎度、だいぶ話が遠回りになってしまうが……これでわかっただろうか。僕が何を言いたいのか。

 

 そんな施設のトップに就任した僕は、とても勧誘できる状態ではなくなったということだ。

 ここに再び、アスナさんの勧誘プロジェクトは頓挫させられることとなった。

 

 けど、今回はそこまで落ち込みはしていなかったな。

 

 暇がある時なら、誘えば僕は結構手伝ってくれる、って分かってるだろうから。

 ひょっとしたら、『応じてくれればラッキー』くらいのものだったのかもしれないし。

 

 さて、ここで話を話を終えてもいいんだけども……ついでなので、もうちょっと追加で記録しておこうと思う。この度立ち上がった、『アインクラッド総合病院』以外の組織についても。

 

 アインクラッド攻略も大詰めになりつつある点、その後の、リアル世界への復帰という点を意識して……この度中層に、『総合病院』以外に、2つの組織が立ちあげられている。

 

 1つは、『ACTO』。略さずに言うと『Aincrad Central Trade Office』。

 訳すと……『アインクラッド中央通商機関』。

 

 その名の通り、アインクラッドにおける物の流通を促進・管理するための機関である。

 

 と言っても、この組織は別に、商人プレイヤーをひとまとめにした巨大組織を作ろうとか、そういう感じのものではない。

 

 リズベットさんやエギルさんを見ればわかるように、今までソロできちんと商売を成立させ、店を回してきた人はいくらでもいるし、そういう人たちに無理に連携・統合を呼び掛けても、かえってやりづらくなるだろう。

 

 ただ、そういう個人経営の拠点を構えた店ではやりづらい取引がある。

 それは……『層』をまたいだ取引、およびその関係の構築と維持だ。

 

 例えば、エギルさんの店。自らも『攻略組』に所属し、現在は50層に店を構えている彼の商店は、買取から特注まで何でもござれの、いわゆる『何でも屋』にあたる商売だ。最前線で必要になるようなものだって、金と時間次第で大体そろう、頼れる店である。

 

 しかし、その店を利用するのは、ある程度上の層の攻略に対応した実力を持つプレイヤーだ。

 店がある50層付近……40層前後くらいまでなら、客層の範囲内だろう。買取だけなら、もうちょっと下行けるかもだが。

 

 物凄く極端な話、時に数十万、数百万コル単位の取引すら成立させる、最前線の攻略組御用達の店で、ほとんど戦闘能力を持たない、第1層かそこらでの狩りがせいぜいなプレイヤーが買い物をできるかと言われれば……そりゃ無理だろう。というか、しようとも思わないだろうし。

 

 それに、より下の階層には、その階層に合った取引をする店があるだろう。階層ごと、需要に見合った取引を行う店が。

 しかしその店も同様に、あまりに上、あるいは下の階層とは客層が違い、店同士の取引もない。

 

 こんな感じで、商人プレイヤーの店というのは、その店の立地やプレイヤーの実力によってある程度客層が纏まっており、それ以外の層とは独立した形になっている場合が多い。

 

 『ACTO』の主な役割は、その間に立つことだ。

 要するに、上層(攻略組)・中層・下層の間に流通を作る。金と物の流れを作り、保つ。それがこの組織の主たる目標である。

 

 これまでは、下層は下層で、上層は上層で、独立した形で経済が回っていた。

 別にそれで何ら問題はなかったし、ゲームシステム上ある程度そういうのは仕方ないことだろう。上の方の層でドロップするアイテムやコルは、その難易度に見合ったものになってるんだし。

 

 だが、これ以上進みすぎると、上層と下層の間に、現実世界で言う『南北問題』に近い状態を作り出しかねない状況にあるのだ。

 生活レベルの差は別世界とまで呼ばれるような感じになり、交流はほとんどなくなり、プレイヤー間に軋轢が生じ始め、閉鎖的になったそのコミュニティ内部で様々な問題が起こる。

 

 少しでもそれを緩和するために、層を超えて物と金の流れを作り出すのが、『ACTO』の目的だ。

 

 具体的には……例えば、上層で使う中層の素材を、それを取り扱っている中層の商店に発注して買い取ったり……あるいは、中層で活躍しているギルドに依頼して集めてもらい、対価としてコルを支払ったりすることで、物と金の流れを作る。

 

 どんな形でもいい、層を超えた商取引の場を作ることで、層ごとに経済的に孤立した状態を極力つくらないようにするわけだ。

 

 実際、需要はあると思う。キリト君やアスナさんがソースの情報だけど、上層のイベントやクエスト、あるいは武器の製造や強化に、中層、あるいはそれ以下の『え、今更?』というような素材が必要になることが時々あるそうだ。

 もちろんそんなもん『今更』持っておらず、わざわざ時間を割いて取りに行かなきゃいけない。

 

 キリト君が『月夜の黒猫団』と知り合ったきっかけがまさにそんな感じだったらしいし。装備の強化に必要な素材の採取に下層に来たら、彼らがモンスターに囲まれて青ざめてたそうで。

 

 そんな時に、コルさえ払えば自分の時間を割くことなく、中層以下のプレイヤーに素材集めの代行を頼んだり、あるいは今ある在庫をさっと買ってパッと目的を達成したり、なんてことができれば、それは双方にとって有益だろう。

 

 また逆に、より上層の素材や物資、武具なんかを下層のプレイヤーに回し、下層の戦力や生活水準を向上させる、というのも考えられている。

 

 やることは簡単。上層のプレイヤーが、もう使わなくなってしまった素材や武具を安く買い取り、下層のプレイヤーに安く売る。これだけだ。

 

 エギルさんがよく言ってるな。『安く仕入れて安く売るのがうちのモットー』だって。

 それを、層をまたいでやろうっていう試みである。特定の層の中で売り買いが完結していることが多い個人の商店では、なかなかやりづらい取引方法だろう。

 やるだけならともかく、継続して大規模にってなるとね。

 

 身の丈に合っていない性能の武具を手に入れて調子に乗るバカが出ないかとか、リアルでも忌避される『転売ヤー』が出ないかとか、心配な点はあるけど……後者はともかく、前者は自己責任でお願いします。武具が多少優秀になっても、慎重さと謙虚さは持っていようね。

 

 そうやって、上層と下層のプレイヤー達の間に起こる問題を未然に防ぎ、同時に中層以下のプレイヤー達の戦力や生活水準、そしてモチベーションを引き上げる。

 そしていずれは、そうして構築した上下のつながりを、上層の攻略組を支援する強力なバックアップ役としても活用する……というのが、『ACTO』の目的である。

 

 この団体には、『黄金林檎』のサブリーダーであるグリムロックさんを始めとした、流通や会計の管理に明るい多くのプレイヤーが協力しており、さらにエギルさんやアルゴさんも『相談役』という立場で協力しているそうだ。これは期待できそうである。

 

 なお、この団体の意思決定は合議制なので、強権を持つような明確なトップはいないが、代表としてグリムロックさんがその名前を記している。

 

 

 そして、今回立ち上がったもう1つの組織について。

 その名も『アインクラッド教育委員会』。

 

 もうちょっとマシな名前なかったのか、と正直思ったものの……活動内容自体はまともであり、この先絶対に必要だろう、と思えるようなものだった。

 

 その目的は、大きく分けて2つ。

 

 1つは、『年少のプレイヤーに対する教育機会の提供』だ。

 

 『はじまりの町』でサーシャさんが教会を使ってやっている孤児院。あそこに入っている子供達は、本来であれば学校に通って色々と勉強し、知識を身に着けていくはずだった年齢である。

 

 それが、デスゲームに閉じ込められたことで、実に2年近くもの間、そういった勉強の機会を奪われている。現実世界に戻った後のことを考えると、これは放置したくない問題だ……と、何人かのプレイヤーは考えた。

 

 そこで以前から、そういった年少のプレイヤーに、ごく簡単な小学校レベルの教育を施す、塾みたいな活動を細々とやっていたらしいんだが、それを、有志を大々的に集めて、大規模かつ継続的に行おう、というのが『教育委員会』の取り組みである。

 

 ただ何もせず、圏内でクリアされる日を震えながら待つという生活を良しとせず……力が無いなら無いなりに、クリアした後のために少しでもできることをする、させてやるのだ。

 未来ある子供たちに対して、失った成長の機会を少しでも取り戻してやるために。

 

 教材と呼べるものはほぼ皆無なので、簡単な読み書きや計算、あとは理科や社会科の知識分野、英会話、それに道徳くらいしか教えられないらしいが、それでも大切なことだろう。

 

 現実世界では嫌いだった勉強でも、進んでやっている、どころか楽しそうに学んでいる子も多いらしい。うん、いいことだ。

 

 そして、もう1つの目的。

 それは、SAO内における『モラルハザード発生の防止』及び『戦う力を持たない未成年・低レベルのプレイヤーの保護』である。

 

 これまでSAOでは、モンスターやシステムではなく、プレイヤーにより引き起こされた様々な問題が、幾度も大きな混乱を引き起こしてきた。

 

 レッドやオレンジの横行、第一層で見られた弱い者いじめ、その他、力を持つ者が持たざる者を見下してないがしろにしたり、逆に持たざる者が持つ者をねたんで嫌がらせや反発に出たり……様々な形で、人と人の問題が起こってきた。

 

 その中には、ここが『ゲームの中』であり、現実ではないということから、倫理的なタガが外れてモラル逸脱へのハードルが下がってしまったことが原因であるものも少なくはなかった。

 

 シリカちゃんを守った時に戦った『タイタンズハンド』とか、まさにそうだったな。『ここでPKを行っても、現実で実際に殺すのはナーヴギアだ』だの『現実で実際に人が死ぬなんて証拠はない』だの言ってあいつら好き勝手……いかんいかん、いらんことまで思い出すな。

 

 そう言ったことが起こらないように目を光らせ、何か起こった時に対処、あるいは方々に協力を呼び掛けてアインクラッド全体で問題を共有する……それが『アインクラッド教育委員会』である。

 教育委員会っていうより、警察機構に近い気がする。

 

 今まで、下層を中心にそういった治安維持を担って来た『アインクラッド解放軍』とも連携しており、ギルドマスターのシンカーさん、サブリーダーのキバオウさんとも話をつけて、概ね好意的に受け止められているとのことだ。

 

 互助的にアインクラッド全体を監視して問題を防止する仕組みは、『軍』の負担軽減にもつながるし、目が光っているとわかれば問題発生自体が規模縮小する可能性も考えられるから。

 

 ただ、『教育委員会』が監視する対象には『軍』そのものも含まれている。

 規模が大きくなりすぎた『軍』は、末端の構成員がさっき言ったような『弱い者いじめ』に走るケースも出てきているらしく、そういうことがないようにだ。

 

 問題行動を発見した場合は、必要であれば捕縛するなりなんなりして、『軍』上層部へしかるべき対応・処罰などを要請できる、という形になっている。『弱者を守るべき軍がそんなことをするようでは本末転倒。その時は遠慮しなくていいし、こちらも協力する』と、シンカーさん、キバオウさん両名から同意も出ているそうだ。

 

 もし、こういうバカをやった末端構成員を不当に庇ったり、軍の権威を盾に『教育委員会』にまで横柄な態度で脅してくるようなことがあれば……今度は、『教育委員会』が連携している『攻略組』や、中層の有力ギルドが出張ってくることになっている。

 

 下層以下の問題は、前線にとっても……直接の影響は少ないとはいえ、放置して大火になる前に火種を潰しておきたいものなので、『血盟騎士団』や『聖龍連合』、『風林火山』といった攻略組や、『黄金林檎』や『月夜の黒猫団』を始めとした中層ギルドの多くが協力を表明している。

 

 もっとも、実際にそんなことになったら、それこそ大きな亀裂が入りかねないので、そうはなってほしくないもんだが。

 あくまで現場に自制を求める脅しのためだ。いわゆる『抜かない伝家の宝刀』って奴である。

 

 そんな『アインクラッド教育委員会』だが、その執行役員メンバーの大多数は、リアルでも教育の現場に携わったことのある者が務めるらしい。特に、子供たちへの指導は、リアルで教員だったり、大学受験のために勉強していて知識量が多い人がやる場合が多いそうだ。

 

 そして、そのトップである『教育長』には、あのクラディールさんが就任した。

 

 何を隠そう彼、僕の所に『カウンセリング』に訪れたあの日、第一層でのあの一件を経て以来、積極的に今言ったような活動に取り組んでいた、先駆けとも言える人なのだ。

 

 一応『血盟騎士団』所属なので、その合間の活動ではあるけども。

 

 ゆえに、小さい子や、その保護者的な立場にいるプレイヤーからのあの人への支持は大きい。

 小さい子に色々と知識を教え、保護者を支えて一緒に悩み、考え、時には実力行使で横暴なことをするゴロツキ共を撃退する。あの人攻略組だから、武力も十分すぎるほどあるしね。

 

 年少のプレイヤーの中には、彼のことを『クラディール先生』と呼ぶ者も少なくないそうだ。学校の先生的な意味で、親しみを込めて。

 

 ……僕もよく『ナツメ先生』って呼ばれるけど。医者的な意味で。

 

 一時ストレスを抱え込んで不安定になっていたけど、本当は気遣いもできる優しい人なんだよな、と、しみじみ思った。

 酒の席で『この世界はモンスターペアレントがいなくて助かる』なんて、ちょっと反応に困る冗談を言ってきたりもしたけど……アレ、リアルの愚痴か何かだったんだろうか?

 

 とまあ、そんな感じで、

 

『アインクラッド総合病院』 院長:ナツメ

『アインクラッド中央通商機関(通称ACTO)』 代表:グリムロック

『アインクラッド教育委員会』 教育長:クラディール

 

 中層における三大勢力と後に呼ばれる(かもしれない)3つが、このたび発足しました。まる。

 

 ……いや、いいことなのはわかるけど……一気にぶっ飛びすぎだろうという感想を抱かざるを得なかった僕は、何か間違っているだろうか。

 

 

 

追記:

 

 

 

 それにしても、だ。

 

 『健康食堂』や『栄養教育』のくだりや、教育の機会を提供する、っていう『教育委員会』の理念のあたりで特に思ったんだけども。

 

 こうして見ると……このゲームは、本当に多くのものを僕らから、そして何の罪もない子供たちから、抵抗も許さず無慈悲に奪っていったんだな……。

 

 もう何度考えたかもわからないことだけど……仮にこの事件の裏に、僕の知らないどんな事情が、理由が隠されていたところで……僕は、茅場晶彦という人物を、欠片も許せる気がしない。

 

 

 

 




この作品のクラディールさんはどこへ行こうとしているのか…

どうぞ皆さんよいお年を。

来年も拙作をよろしくお願いいたします。
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