Side.キリト
「えー、それでは皆様、飲み物は行きわたりましたでしょうか。僭越ながら私クラディールが乾杯の音頭を取らせていただきます。さる2022年11月6日よりこちら、アインクラッドの攻略も凡そ4分の3が終了し……」
「長いってクラディールさん!」
「堅い、堅いから! ほらパーティーパーティー!」
「早く食わせろーぃ!」
「じゃあ私が代わりに! 皆お疲れー、かんぱーい!!」
「「「かんぱーい!!」」」
「………………」
クラディールが試みた、社会人の飲み会の作法(なんだろうか?)はあっさりと飛ばされ、ノリのいい『月夜の黒猫団』の面々と、横から乾杯の挨拶をかっさらったストレアによって、S級食材だらけのホームパーティーは幕を開けた。
大人グループが若干苦笑気味で始まったけども……食べ始めてみれば、そんな空気はどこかに吹っ飛んでしまった。
それだけ、皆でわいわい騒いで飲み食いするのは楽しかった。
こんだけの人数が一堂に会してわいわいやる機会なんてのも、中々ないしな。
何より……やはり、料理が美味かったのだ。
アスナとグリセルダさんという、2人の料理スキルコンプリート者によって作られた料理の数々は、俺達に忘れられない最高の夜を、至福のひと時をプレゼントしてくれた……。
『ホーンフロッグのナゲット』は……1口サイズにまとめて揚げられたその衣に歯を突き立てれば、一体どこにこんな量の肉汁が入っていたのかというくらいに、口の中が肉の旨味と脂で満たされる。しかし決してしつこくなく、付け合わせのレタスやオニオン、手作りのソースとすごくよく絡んで、固形物だというのに舌でも喉でも美味しい一品だった。
お次は『ラグー・ラビットのシチュー』。じっくりコトコト煮込まれた極上のウサギ肉は、噛むと口の中でほどけるように崩れる。しかもその旨味はシチューのホワイトソースにも溶けだしており、普通にすくって飲んでも、パンをひたして食べても、一緒に入っている野菜を食べても舌を楽しませてくれて……胃袋の中に納まれば、そこからじんわりと、体の芯から温めてくれる。
『エレファントホンマグロ』はカルパッチョにされていて、肉厚だが身の引き締まって、脂がのっているがあっさりとしていて……言ってることが微妙に滅茶苦茶なのは自分でもよくわかってるんだが、そうとしか表現できない自分の語彙力が恨めしい。噛めば噛むほど味がしみだしてきて、酸味と辛味の効いたソースとの相性が抜群、絶妙である。
メインディッシュに据えられたのは『ヒドゥンバイソンの肉』……から作られた数々の料理だ。とにかく量が多いので、ステーキにハンバーグ、チンジャオロースにローストビーフ、しぐれ煮に牛丼、カツレツに肉じゃが、すき焼きにバーベキュー……エトセトラ。これでもかってくらいに肉尽くしで、そしてどれも極上の美味。食べても食べても減らない気がするが、いくらでも食べられる気がするので問題ない。テーブルマナーも何もなく、食べ盛りの俺達は思いっきり掻き込んだ。
デザートがまた豪華だ。『ハロウィンゴールド』はパンプキンパイに姿を変え、オレンジ色の巨大な円形のパイが香ばしい匂いを放って鎮座している。口に入れれば、サクサクとしたパイ生地の感触の後に、ねっとりとした舌触りととろけるような自然の甘味がじんわり舌の上に広がる。2種類の食感のハーモニーが、噛むのですら楽しく思えてきてしまうほどの美味だった。
もう1つの『シャボンフルーツ』は、そのまま食べても美味だった。まるで、ゼリーのように瑞々しくて柔らかい果肉は、噛み砕けば甘酸っぱい炭酸のような果汁がしみだしてくる。それだけでも極上だったと言えたが、アスナのアイデアでシャーベットにされたものを食べた時には、もう……俺を含む何人かが、感激のあまり叫んでしまったほどである。
そして恐ろしいことに……今紹介したこれらは、S級食材の数々を使った料理の中の、ほんの一部に過ぎない。
『ヒドゥンバイソンの肉』と同様に、そもそもの量が多かったものについては、グリセルダさんとアスナのアイデアにより、2品目、3品目が用意され、形を変えて鎮座している。
『ハロウィンゴールド』はパンプキンパイの他にも、シチュー(2品目)やグラタンに。
『シャボンフルーツ』は果汁100%のジュース。大人連中はそれを使ったカクテルやジュース割にして飲んでたし、絞った後の果肉は刻んでサラダに混ぜて味のアクセントに。
『エレファントホンマグロ』は特に大きいから、刺身、炙り焼き、包み焼き、天ぷら……それこそ『ヒドゥンバイソン』に負けず劣らずのバリエーションで姿を変えている。
皆、日頃の探索や仕事の疲れを癒すため……なんていう建前やら何やらすらすっかり忘れ去り、思う存分飲んで、食べて、騒いで……デスゲームの中という状況を、今だけは微塵も意識することなく、最高の時間を過ごしたのだった。
☆☆☆
今現在、日付が変わってもまだ騒いでるんだが……途中から、大人連中が本格的に酒盛りに移行したあたりから、空気が怪しくなってきたんだっけな。
エギルが気合出して、箱単位で仕入れた酒を持ち込んだ上、ナツメとクラディールはモンスタードロップだという酒、それぞれ洋酒と日本酒を持ち込んだ。
酒のドロップ品なんて俺、出たことないんだが……20歳以上のプレイヤー限定とかか?
で、グリムロックさんが持ち込んだ酒はなんと自家製。すげーな。
でもコレ、密造……いやいや、この世界酒税法とかないし、セーフだろ。
せっかくだから無礼講で行こうってことで、俺達未成年プレイヤーにもその酒が振舞われることになって……しかも周到にも、このへんお堅いクラディールに散々飲ませて判断力を奪った上で持ち出したので、そのまま止める者もなく、全員参加の酒盛りに移行したわけだ。
酒と言っても、このSAO―――ゲームの世界において、アルコールは確かに嗜好品として存在はするが、本当に酔っぱらうものではない。
味や喉越しなんかは忠実に再現されているものの、それまでだ。
噂では、その場の雰囲気とか、味や喉越しから脳が錯覚を起こした結果として、軽い酩酊感とかを味わうことはあるみたいだが……まあ、大丈夫だろう。所詮は錯覚だし。
少し寂しい言い方をするけど、そもそもデータ上でのことだ。今だけの経験だと思って、せいぜい楽しむことにしよう。
……なんて軽く考えて油断した結果がこのざまだ。
(やべえ……収集つかねえ、どうするコレ)
はしゃぎすぎた。
調子に乗って色々やりすぎた。
羽目を外しすぎた。
表現方法は色々と思いつくが、この状況をどうにかする方法は欠片もわからない。
結論から言って、パーティ会場は今、カオスそのものだ。
向こうでは『黄金林檎』のメンバー達が『イッキ! イッキ! イッキ! イッキ! イッキ! イッキ!』と怒涛の一気飲みコールを起こし、カインズとシュミット(元メンバー)がそれに応えて大ジョッキ一杯の酒を飲み干し……ああ、ぶっ倒れた。
周りの連中は大笑いするばかりで介抱する気配はない。欠片もない。
「だっしゃあーっ! なんぼのもんじゃいッ!」
あっちでは『月夜の黒猫団』の男子メンバーが飲み比べの真っ最中だったんだが、今しがた決着がついたようだ。
ケイタ、ダッカー、ササマルを下して優勝したらしいテツオが……何故かトランクス一丁の半裸姿で、大ジョッキを両手に持ち、勝利を誇るように天高く掲げて吠えていた。
……男子校のノリって奴だろうか? 勢い10割で突っ走ったんであろう、凄惨な絵面だ。
おい、大丈夫なのかコレ? ホントに。
『酩酊感を覚えることがある』……? いや、ことがあるとか、錯覚とか、明らかにそういうレベルじゃないように見えるんだが!? 全員べろんべろんじゃんねーか!
そう言えばさっきクラインが、散歩してくるとか言って外に出ていったんだが、奴は上半身の衣服を着ていなかったようにも見えた。
見回してみると、部屋の端っこの方に、見覚えのある赤と黒の装束が、無駄に丁寧に折りたたまれて整頓されて置かれていた。
……まあいいか。まだ夏で気温も高いし、そもそもここはゲームの中だ。風邪ひいたりすることもないだろ。
なおこのあとクラインは、夜間の警備を担当していた『軍』によって失笑と共に保護され、一晩留置所に泊めてもらった挙句、翌日になって『風林火山』のメンバーが引き取りに行くことになる――この間ずっと半裸である――のだが、まあそれは別の話である。
そしてもちろん、俺もまた無事ではない。
いや正確には、俺の周りが無事ではない。
「ちょっとぉ~……聞いてんのキリトぉ? このわらひがお話してるんですけどぉ……」
とまあ、酔っぱらって絡み酒全開になってるリズが、ガッと肩を組んで迫ってくる。ずいっと、その顔がすぐ近くに……ち、近い近い! でも一緒に酒臭い息がかかるのであんまりドキドキはしない……ちょっとはするけど。
鎧はというか、防具系の装備は解除しているので、彼女の体の柔らかい感触が直に……と思ったら、逆側からも同じような感触が。
「んふふ~、キリトさぁ~ん♪」
体全体を使って腕に抱き着いてくる感じですり寄ってくるシリカ。こっちも酔ってる。
満面の、嬉しそうな笑みは見ていてこっちも笑顔になるような、明るく可愛い彼女の魅力を存分に引き出していたと言えただろう……酒によるものでなければ。
ちなみに彼女の相棒であるピナは、途中までシリカと一緒に高級食材から作られた料理を楽しんでいたんだが、酒が入るようになった途端にいつの間にかいなくなっていた。
酒の匂いが嫌いなんだろうか、フェザーリドラは? あるいは、ご主人様の醜態を見ていられなくなったか……逆に気を使って一時的に姿を消したのか。
ゴロゴロと喉を鳴らてすり寄る猫のような感じで、シリカはちっちゃな体の全体重をかけるように俺にしなだれかかってきて……全力で甘えてる感じだな。
小さい頃の妹を……スグを思い出す。微笑ましいかも。
「えへへへへ、キリトさん楽しいですかぁ? 私はすっごく楽しいれすよぉ~……」
「し、シリカ、大丈夫かお前? いや大丈夫じゃないよな、明らかに酔っぱらってるし」
「らに言ってんれすかぁ、よってまへんよぉ」
酔っぱらいは皆そう言う。
ろれつ回ってねーし、多分自分が何やってるかもわかってないだろ、リズ共々。
仮にも女の子なんだから、もうちょっと恥じらいってものを……勢いでこんなことして、しらふに戻った後で後悔することになるのは自分だぞ。
「む~……何ですかキリトさん、さっきから……私たちと一緒にいるのが楽しくないんですかぁ?」
「そーよそーよ! こんなかわいい女の子2人もはべらせといて、贅沢だぞー!」
のっかるリズ。おい、お前な……
「あんたはもういっつもそうなんだから! こっちがどれだけヤキモキさせられてるかわかってんのかって……ねえ、サチも何とか言ってやんなさいよ!」
「……ふぇ?」
話を振られたサチは、『黒猫団』が飲み比べを始めたあたりでこっちに避難してきていた。
俺達と一緒にちょいちょい飲んでいたはずだが……今のところ、リズやシリカみたいな悪酔いはせず、静かにゆっくりペースで飲んでる……と思ったら一番大変なことになってるんだが!?
「さ、サチ!? お、おま、服は!?」
「え~? だって、暑くて……ひっく」
いつの間にか、サチはさっきまで来ていたはずの部屋着の上下を装備解除していた。
早い話が、下着姿になっている。下着姿でソファに座って飲んでいる。
よく見れば、目はとろんとして頬も上気していて……だめだ酔ってる!
つか、これ以上放置しとくとやばいことになりそうな気がって言ってるそばから!
「おい待てサチ! お前それ残りの装備も解除しようとしてるだろ! やめろこんなところで!」
「えー……だって、キリト、暑いよ……すごく暑くて、私、もぉ……あぅう……」
こてん、と、首が座っていない赤ん坊のように首をかしげて言うサチ。ぐあっ、何だコレ……普段そんな風に感じることはあんまりないのに、妙な色気が……と、年上だからか? やっぱりこの中で一番年上だからこう感じるのか!?
つか、サチさん以外と着やせするんですね。何を見て言ったわけじゃないけども。
「い、いやでもこんな……せ、せめてほら、部屋に戻ってからな? ナツメが病院の仮眠室使わせてくれるってさっき言ってたろ? 脱ぐならそこ行って……」
「うん……わかった。キリトが言うならそうする」
と、無事了承してくれたことにほっとしたのもつかの間、
「ねー……じゃあ、キリトも一緒に寝よ?」
「ファッ!?」
サチの口から放たれる爆弾発言。驚いて、つい声が裏返ってしまう俺。
部屋まで連れてって、とかならまだしも、寝……寝……お、落ち着けキリト、サチは酔っぱらってるんだ、酔っぱらってるだけなんだ……
「あ、あのなサチ? そういうのは年頃の男女がすることではなくてだな……」
「えー……だって、前は一緒に寝てくれたじゃない……」
「ファッッ!?」
爆弾発言再び。
た、確かにあの時……あれはまだサチが、戦闘に出たくないっていう悩みを吐露して解決する前、怖くて夜も眠れない彼女を落ち着かせるために、お、同じベッドで確かに寝てたけども、あ、あれは半ば以上仕方なかったというか、いや仕方なくってサチを悪く言ってるわけじゃなくな!?
わたわたと自分でも支離滅裂な弁明を誰かに向かってしていたんだが、そんな間に、放置していた2人が動き出してしまったことに俺は気付かなかった。
「何よぉ、あんたサチと寝たのぉ?」
「む~……キリトさん、サチさんとは寝たのに、私達と一緒に寝るのは嫌なんですか?」
「り、リズ!? シリカ!? ちょ、おま……い、言い方ってもんを!」
その言い方は傍から聞いていて受け取られ方が非常によろしくないから!
正確に! 言葉は正確に使おう! 正しい日本語、大事!
それ以前に俺、お前らと一緒に寝る云々は別に話してもないっておい待てシリカ!? リズ!? 何でお前らまで脱ぎ始めてんだよ!?
「だって暑いんだもーん……いいじゃない、誰も見てないわよ」
「俺が見てるだろうが!」
確かにまあ、『黒猫団』とか『黄金林檎』の連中はあっちで前後不覚レベルになってるけど、お前らまさか目の前にいる俺が男だってこと忘れたわけじゃないだろ!?
「あら何? やーねえ、キリトったら、そんな目で私達のこと見てたわけ? えっちー」
「んなっ……お、お前な……」
「キリトさんなら……私……ぽっ」
「ねえ、キリト……一緒に寝よ?」
……っと油断してた隙にサチがいつの間にか間合いを詰めてきて俺の腕を絡め捕っ……だから待てってサチぃ!? お前自分の今のカッコよく考えろよ!?
感触が! 俺今薄手で半袖の部屋着だからサチの柔肌とか色々な感触がばっちりと……
「キ~リ~トっ!」
「キリトさぁん♪」
反対側の腕をリズが、真正面からはシリカが抱き着いてきて……
「何々ー? 楽しそーだねキリト、私も私もー!」
ここに来て新手だと!?
同じく酔っぱらっ……いや、なんかでもこいつは普段からこんな感じだった気もするが、とにかく今度は背中側からひときわ大きくて柔らかい感触が!
ストレア! お前もか!
……だめだ、もはや俺の手に負えん。
後で嫌味言われるか説教されるかするかもしれんが、背に腹は代えられない。応援を要請したいが……『黒猫団』と『黄金林檎』は潰れてるのでダメだ。クラインもいなくなったし。
となると、ここに残ってる大人連中……ナツメ、クラディール、グリムロックさん。グリセルダさんあたりか……。
理想はナツメとクラディールだな。ナツメはどんなことにも落ち着いて対応してくれそうだし、クラディールは堅物な分、こういう状況は青少年の健全育成的に好ましくないはずだから、きちっと対応してくれるはず。説教される可能性も高いが、そのくらいは仕方あるまい。
俺は頼れる大人たちに助けを求めるべく、彼らが飲んでいたテーブルに目をやると……
「がああああ!」
なぜか、エギルにアームロックをかけられているクラディールがそこにいた。
その隣でグリムロックさんは、『それ以上いけない』と、なぜか片言で止めようとしている。
待て!? ホントに待て!?
何だその状況!? 何がどうしてそうなってんだ!? バイトの留学生に辛辣に当たったのか!? ハンバーグ定食が美味しく食べられなかったのか!? ……何を言ってるんだ俺は?
しかしどうやら3人とも酔っぱらってしまっている様子。助けは期待できない……くそっ、ならナツメとグリセルダさんは!?
2人はまた別のテーブルで……何かのボードゲームをやっているようだった。
ほっ、よかった。こちらも何でこんなことになってるのかはわからんが、こういう頭を使う系のゲームをやってるってことは、少なくとも致命的に酔っぱらってるってことはない!
助けを求めようとして、ふと、その手元のゲームの状況を見て…………悟る。
(あ……こっちもダメだった)
「6五、桂馬」
「む……そう来ましたか。では僕はe4にナイトを」
グリセルダさんが、ぱちり、という快音と共に、『桂馬』の駒を動かして盤上に置く。
対面にいるナツメは、その一手に対抗するため……自陣にある『ナイト』の駒を動かした。
いや、何のゲームやってんのあんたら!? なんでグリセルダさん将棋やってんのにナツメはそれをチェスで迎え撃ってんだ!? つかよく見たら碁石とオセロの石も混じってるし!
……くそっ、だめだ。ルール的なものに皆目見当がつかん……いや、そもそも酔っぱらってる人間のやることに整合性を求めるのは無理ってものか。
……あと何かナツメに後ろからヨルコさん抱き着いて寝てるっぽいんだけど……え、何あれ? まさか、え、ヨルコさんってナツメのこと……?
……そんな風によそ見をしていたのがまずかったのだろうか。
前後左右を女の子(内3人が半裸)に囲まれている俺のところに……最後の、いや最期の1人がやってきてしまった。
「キ・リ・ト・君? 随分楽しそうね~……うふふふふ」
「げぇっ!? あ、アスナ!?」
個人的に一番見られたくない人が……っ!
結論から言って、彼女も酔っぱらっているのだろう。顔は赤く、目は座っていて……ちょっと足取りがふらついている。
ポジティブにとらえれば、そのせいで判断力が曖昧になっているようなら、今のこの状況を見ても流してくれる可能性はないではないが……こういう予想、というか願望は今のところ10割裏切られているので当てにできない。
笑顔なのにプレッシャーを感じるアスナの顔をどうにか目をそらさずに見返しつつ、沙汰を待つ罪人のように、彼女の次の句を待っていると、
「大丈夫だよキリト君、私わかってるから」
「わ、わかってるとおっしゃいますと……?」
「皆、お酒で酔っぱらっちゃってるから大胆になってて、キリト君は酔っぱらってないから、色々ついてけなくて困ってるんだよね? うんうん、わかってるよ」
「そ、そうなんだよアスナ! いやあ、わかってくれてよかっ……」
「それならキリト君も酔っぱらっちゃえば何も問題ないよね?」
「いやその理屈はおかしい」
そら見ろ、こいつもダメだった。
そもそも、笑顔の裏からひどいプレッシャーというか威圧感が漂って来てる時点で、彼女の本心やら、この先の俺に希望がないことは明らかだったんだ。
俺は何も悪くない。悪くないはずなんだ。
けど、酔っぱらいにそんな理屈は通用しない。諦めて、何かしら来るのであろう折檻を待っていると……アスナは突如、俺の顔を左右両側からがしっと両手でつかみ、
「ん―――っ!」
「ん、むぅ!?」
そのまま、唇を奪った。
至近距離にあるアスナの顔、唇に感じる柔らかい感触、鼻腔を抜ける……酒の香りの中に確かに混じった、女の子特有のいい匂い。
停止する思考。熱くなる顔。徐々に湧き上がってくる……よくわからない感情。
なん、だろう……上手く言えないけど、この、思わず飛び上がりたくなるような……。
働いていない頭がようやく状況に追いつき、俺はこの感情が、嬉しさ、喜び、幸福感……そういったものだと否応なしに自覚して……それが全身を満たs―――
―――ごくっ
満たすと同時に口の中に流し込まれた、喉が焼けるような液体が全部吹き飛ばしてしまった。
(何ッ……こ、れ……酒……!? あ、頭が……景色が、回……)
アスナに口移しで酒を飲まされたのだと悟った時には、俺の視界はもうぐるぐると回り始めていて……一気に思考能力が奪われていくのが分かった。
平衡感覚もなくなり、立っていられなくなる、サチとストレアを巻き込んでソファに倒れる。
「あれ、キリトどうしたの? 眠く……なっちゃった?」
「あー、ちょうどいいじゃない。キリトも一緒に連れてっちゃいましょ。で、皆で一緒に寝よ!」
「さんせーい! あ、アスナ足持ってー? 運ぼ運ぼ」
薄れゆく意識の中、俺はアスナの手に酒瓶が握られていたこと……そしてそのラベルに『96%』という文字が書いてあることが、かろうじて認識できた。
おま、それ……スピ……そのまま飲んじゃいけない奴…………。
ちくしょう、誰だよあんなもん持ち込ん……だの……
―――暗転。
☆☆☆
翌朝、起床した俺達は、手分けしてパーティーの跡地を片づけてから解散したのだが……またしてもシステム外の効果なのか、参加者の半数ほどが『二日酔い』の症状を訴えた。俺も含めて。
これも、雰囲気とか経験から来る錯覚だろうか?
グリセルダさんが酔い覚ましに作ってくれた中華粥がめっちゃ美味しかった。
……あと俺、目が覚めたら仮眠室で1人で寝てたんだけど……あの後何があったのか、聞いても誰も教えてくれなかったんだが。
アスナとリズは顔を赤くして気まずそうに眼を反らすし、
シリカとサチは真っ赤になって何も言えなくなるし、
ストレアは何か言いそうになって、アスナ達に慌てて口を押えられて止められていた。
……何が、あったんだ……?
気になる、けど、怖くて聞けない……!