Side.キリト
「ねえねえキリト君! 見て見て! アレ何だろう、すごく美味しそう!」
「何って……オムそばか。こんな料理もあるんだな、SAO」
「あ、アレも楽しそうじゃない? 金魚すくいみたい!」
「金魚じゃなくて鑑賞用のペットインテリアMobだけどな。なるほど……考えたな。前線のプレイヤーなら割と簡単に手に入るから下層のプレイヤーにも安く売れるし、人気も出そうだ」
「あー、焼きそばとかお好み焼きもある! どれから回ろうか迷うな~!」
本日は『SOS』2日目。
俺は、隣でとても楽しそうにはしゃいでいる閃光様と、この縁日もかくやという屋台通りを歩いて巡っていた。
最初はあくまで、『ユニークスキル持ちの力を云々』『攻略のために全体の士気をどうこう』なんていう打算から企画されたこの『祭』だが……不覚にもというべきか、普通に楽しめてしまっている。そんな事情なんて、意識しなければすっかり頭から抜けてしまうほどに。
俺は1日目もフリーだったので、食べ歩きやら何やら、既に色々と回って存分に楽しんでいた。
しかし、アスナはこの祭の主催者サイドである『血盟騎士団』の副団長だ。昨日はほぼ1日、運営側としての仕事やら何やらで塞がっていたため、『楽しそうだなー』とうらやましそうに見ているだけで、全然回れなかったらしい。
仕事が終わるころにはもう夕方で……その後始まる『SOS』の予選には間に合って、一緒に見れたものの、悔しがっていた。
けど明日(つまり今日な)は仕事が丸々休みになるようにシフトを組んであるって話だったから、それなら一緒に回ろうか、ということになって……今に至る。
コロシアム前で待ち合わせして、それからこうして風の向くまま気の向くままに歩いている。
アスナはどうやら、こういう縁日みたいなのはあんまり来たことがないようで、物珍しい光景ばかりなのか、見るだけでもはしゃいで楽しそうにしていた。
色とりどりのチョコレートでデコレーションされているチョコバナナの屋台に突撃したり、
ぴちぴちと跳ねるペットMobにおっかなびっくりしながら金魚すくいを楽しんだり。
かき氷をいっきに食べて頭がキーンとなるお約束の展開があったり、
そんな風に隣で嬉しそうにしているアスナを見ると、あっちこっちに振り回されている今のこういう時間も、大変とは全然感じないどころか、楽しく思えてしまう。
何だかんだで俺も楽しんでいる。
俺ってリアルではインドアな人間だったから、こういうの随分とご無沙汰だったんだけど……やっぱりこういうのって本能的に『楽しい』と思えてしまうのかもしれない。
……それとも、一緒に回って楽しめる人がいるから、ここまで違うんだろうか。
「……? どうしたの、キリトくん?」
「……っ! い、いや……何でもない」
気が付けば、いつの間にかアスナの顔をじっと凝視してしまっていたらしく、『?』といった表情のアスナに不思議そうにされていた。
ちょっと慌ててそう返したら、『ふーん、変なの』と、アスナはすぐに露店に視線を戻したが。
「おうおう何だいお2人さん、さっきから見せつけてくれんじゃねえか」
と、唐突にそんなガラの悪い感じの声が聞こえた。それも、すぐ近くで。
明らかに何かこう……絡んでくるヤンキーみたいな感じのそれに、アスナも一緒にやや怪訝な表情になりつつ、面倒ごとか、と思いながら振り向くと……しかしそこにいたのは、
「何してんのよ、リズ……」
「何って見りゃわかるでしょ、商売よ、商売。こちとらあきんどですからね、こういうビジネスチャンスは有効利用しないと」
「そうじゃなくて……さっきの変な、場末のチンピラみたいなセリフは何だって話だよ」
「べっつにぃ~? ただ、あんまりにも仲良く楽しそうにしてらしたもんですからね? ちょっぴり声かけてみたくなっちゃっだだけよ。ねえ、シリカ」
「え、あ、その……えっと……」
そう言ってリズが視線をやった先には、これまた顔見知りの小さな女の子がいた。
肩にテイムモンスター『フェザーリドラ』をとまらせて、手には大きめの木箱をかかえている、ビーストテイマーの少女……シリカである。
「何だ、シリカもいたんだな」
「は、はい、こんにちはです、キリトさん! アスナさん!」
「こんにちは、シリカちゃん! えっと……リズの店のお手伝い?」
「今日1日バイトしてもらってんの。簡単な荷物運びとか店番、接客くらいだけどね。いやー、かわいい看板娘目当てに野郎連中が集まって来てくれるから売り上げも上々よ、シリカ様々ね」
「か、かわいいだなんてそんなっ!」
褒められて照れているのか、赤くなってわたわたと慌てるシリカを、俺とアスナがほほえまし気に見ている中、リズがふと思い出したように、
「そういえば、アスナもキリトも、今日の大会出場するのよね?」
「え、ああ、うん……まあな」
「がんばんなさいよ! 私あんたに賭けてんだから」
なるほどこの少女、商売はしつつ、きっちり祭を楽しむ側にも回っているようだ。
聞けば、露店は今日は午前中までで、午後から開催される『SOS』の決勝トーナメントは、きっちり観客席で観戦する予定でいるらしい。
そして、賭博にも参加していると……まあ、強さを信じてくれているようで悪い気はしない。
しかし、隣にいる彼女の親友はちょっと不満そうに口をとがらせていた。
「えー、リズ、私に賭けてくれないの?」
「んー、正直迷ったんだけどね。もしキリトとアスナが戦うんだったら、アスナに賭けてたかもしんないけどさ。キリト、アスナに甘いから攻めきれないかもって思って。でもほら……アスナは同じブロックに、おたくの団長さんがいるじゃない……?」
「……そうなのよね……」
対戦カードを思い出したのか、がっくりという感じになるアスナ。
トーナメント表の都合上、俺とアスナが戦うとしたら、決勝だからな。
しかしそのためには、アスナは準決勝で、かの『聖騎士』ヒースクリフを倒す必要がある。全プレイヤーの頂点とまで言われた実力を誇る、彼女自身も尊敬する『生ける伝説』に、だ。
あいつが途中で誰かに負ける可能性もなくはないだろうが……いや、正直なさそうだよな……。
ちなみに俺のいるブロックだと……やっぱナツメだろうか、準決勝の相手は。
一筋縄じゃ行かなそうだよな……どっちも。
「わ、私、どちらも応援してますから、頑張ってください!」
「ありがとう、シリカちゃん。 ……そうだね、今から気弱になってちゃ始まらないわよね!」
シリカの激励で気合を入れなおしたらしいアスナは、そのままショッピングに戻る……前に、リズの店でもいくつか買い物をしていた。律儀なのか、あるいは単に欲しかったのかはわからん。
その後も俺達は、買い食いしたり、市場で掘り出し物を探したり、色々な露店をひやかして回ったり、逆に冷やかされたりしながら祭を楽しんだ。
他の知り合い……サチやグリムロックさんなんかが出している露店を見て買い物をしたり、
大道芸を見物しておひねりを投げたり(コルはオブジェクト化できないので何か物品で)
屋台でヒースクリフがラーメンを食べてるのに遭遇してそのギャップにびっくりしたり……いやまあ、あいつも人間なんだからラーメンぐらい食うだろうが。
せっかくなので俺達も食べてみたが、アスナが「これなら私の方がおいしく作れる」と小声で言っていた。そしたらなぜかヒースクリフが、無言で、しかし何かもの言いたげな視線を俺達に向けて来た。え、何? 怖い。
そんな感じで楽しい時間を過ごしていたんだが……最後の最後にケチが付いたな。
その時俺は、ばったり道で、あいつと……キバオウと出くわした。
第1層のボス攻略の時から、決して浅くない因縁があると言える男だ。βテスターに不信感を持ち、ビギナーを代表して取りまとめるような立場に立って、その溝を深めかねない火種だった男。
ボス攻略の後に、その時リーダーだったディアベルの死の責任を追及して……結果的に、俺が『ビーター』と呼ばれるきっかけになった男でもある。
正直、あれは俺も納得というか、覚悟してのことだったとはいえ……あまりいい感情はない。
……しかし、勘違いしないでほしいんだが、俺が『ケチが付いた』と言ったのは、こいつに出くわしたことじゃない。あの時のことを蒸し返されて、嫌なことを言われたとかじゃないのだ。
……というか、うすうすわかってはいたんだが、こいつ元々こういうめんどくさい感じの性格みたいだし……不器用というか、考えが足りず、まず感情が先行して行動するタイプというか。
実のところ、あまりよくは思っていないとはいえ、あれ以来衝突するようなことになってもいないので、そこまで印象悪いわけでもない。それどころか、俺と他のプレイヤー達がいさかいを起こさないよう、『軍』のギルマスのシンカーと共にその辺の調整すらしてくれていたらしい。
それを俺が知ったのは……もうずいぶん前になるが、まだ『ビーター』っていう悪名が残っていた頃、攻略会議に出た俺が絡まれている所を『時間と労力の無駄や、やめとけボケ』って一喝してギルドの連中を黙らせたときがきっかけだったかな。
今思うと、あの頃あたりから、こいつの態度が少し軟化していったような気もする。何かあったんだろうか、って、ちょっと考えたっけ。
……その後の『べ、別にお前のためにやったんやあらへんからな! 勘違いすなや!』っていう見たくもないツンデレのダメージがでかすぎて全部吹っ飛んだけど。
ツンデレはともかく、曲がりなりにも、こいつもアインクラッド攻略を第一に考えているプレイヤーの1人なのだ。……感情任せで短絡的なところがあり、カッとなって色々やらかすだけで。
で、だ。
そのキバオウと、お互い特に本気にも思っていない、憎まれ口のような軽口を言いあっていたところに……ストレアが来たんだよな。
キバオウはここでも、1回戦の対戦相手であるストレアの登場に、挑発的な物言いで突っかかっていったんだが、相手がストレアなので当然のごとく暖簾に腕押し。『お互い頑張ろうね!』と、無邪気な子供そのものの対応をされ、毒気を抜かれてしまっていた。
……が、問題はその後、ストレアが『面白いもの売ってたよ!』と言って俺に見せてきたもの。
それは、本だった。
しかし、妙に薄かった。
薄い、本だった。
……いやまあ、それ自体はいいんだ。
そういう趣味ないし特技を持ってる人が、このSAOに巻き込まれたのかもしれない。ゲーマーがOTAKUカルチャーに造詣が深いことも少なくはないだろうし。
人の趣味にとやかく言う気はないし、楽しんでやれるなら、デスゲームの中ですさんだ心を癒すのに一役買ってくれるかもしれないしさ。本人も、読者も。
……問題は、その薄い本の表紙に、俺とナツメがセットで描かれていたということだ。
しかも何か、ベッドの上で、妙に服の襟元とかがはだけた状態の、困った表情になっているナツメに、俺が強気に絡むようにしているというイラスト。
タイトルは『黒の剣士は二刀流』って待て待て待て待てマテちょっと待て!
何だコレ!?
何だこの本!?
おいふざけんなこんなもんが売られてたのかストレア!? どこだ、どこで買った!?
何、裏路地に目立たないように開かれてる露店があった? そうか裏路地だな。
確かにさっき他人の趣味に口出しする気はないとは言ったが、これはない。これは話が別だ。
許さん。許してはおけん。一刻も早く潰さなくては。
俺の横では、アスナがストレアからその本を借りて真っ赤になりながら待て待てダメだアスナ、読むなそれを! 読まずに捨てなさい、有害図書だ!
なお、反対側の隣ではキバオウが涙を流しながら爆笑していたが、ストレアに『キバオウさんとシンカーさんのもあったよ?』と言われて一瞬で真顔になっていた。
聞けば、その、裏通りでこっそり営業しているという書店には、他にも『クライン×キリト』や『エギル×キリト』、『月夜の黒猫団』内や『風林火山』内のメンバーでのカップリングや、果ては『ヒースクリフ×クラディール』や『ラフコフ×キリト(多対一、俺受け)』なんてものもあったそうで……いや何で俺だけそんな多いんだよ! 需要あんのか!?
つーか特に最後のひでぇな!? ラフコフの連中もまさか知らないところで薄い本(しかもBL)の題材にされてるとは思わないだろうよ!
これはもう絶対に放置しては置けないと思った俺は、フレンドに片っ端から声をかけて有志を募り、非常事態ということで招集をかけた。
最終的に、俺とキバオウに加え、怒りや不快感を露わにしつつも顔色を青くしているクラインにエギルにシンカー、吐き気をこらえている『月夜の黒猫団』や『風林火山』の面々、いつもの微笑が消えて完全なる無表情のヒースクリフ、『風紀が…青少年の健全な心が…』と蒼い顔でぶつぶつ言っているクラディール、そして『あの目』になっているナツメというメンバーで討伐隊を結成し、ストレアの言っていた場所に乗り込んだが……そこにはすでに、露店は影も形もなかった。
残っていたのは、裏路地の壁に貼られた1枚の張り紙だけ。
『完売御礼』
決勝トーナメント1時間前、俺達の精神的コンディションは最悪だった。
この屈辱……決して忘れない……ッ!