ナツメ、26歳。秋。
デスゲームという極限の状況を乗り越えるため、何をすべきか。
悩みに悩みぬいた結果、彼がたどり着いた先は、感謝であった。
一日一万回、感謝のソードスキル!
気を整え、祈り、構えて、斬る。
一連の動作をこなすのに、当初はごめんやっぱやめるコレ。
代わり映えしない日常をそのまま書くのがアレだからちょっとネタに走りましたすいません。
一万回とかは言い過ぎかもしれないけど、1日に確実に4桁に迫る数は『ソードスキル』を使っている。使って、使って、使いまくって……反復練習を地獄のように繰り返している。
調子を確認するため、何もない空間に向かって放つ時もあるし、もちろんモンスターに向かって放つ時もある。
繰り返してるうちにわかったというか確信したんだが、このゲームはやっぱり、能力値やスキルの優秀さだけじゃやっていけない。いくらレベル制とはいえ、『プレイヤースキル』ってもんが後々確実に重要になってくるだろう、と確信できた。
所謂『狩りゲー』や『格ゲー』、『パズル系』などのジャンルで特に重要になる、プレイヤー自身の判断力や操作テクニック。これを磨くには……そりゃもう方法は1つしかない。
練習。これだけ。
何回でも何十回でも繰り返して、操作に慣れて、自由自在にアバターを動かせるようになる。これ以外にない。この手のスキルに……近道はない。
経験のあるゲーマーならだれでも知っている、基本的なことだ。
僕は『モン○ン』も『ゴッ○イーター』も『討○伝』も、そうやって僕は強くなった。
もう今となっては結構前の世代のゲームになっちゃったけど、好きだったなあ、あれらも。
そういうわけで、この手のゲームではその錬度が死活問題に直結するスキルの錬磨のため、僕はこの所ずっと武器を振り回しているわけだ。
幸いと言うか、僕はこういう単純作業や反復作業が嫌いではない。
というかむしろ大好物だ。
山や洞窟でひたすら採掘できるポイントを回ってピッケルを振り回し、鉱石を掘り漁る、通称『炭鉱夫』と呼ばれるような採取作業や、狩りゲーの剥ぎ取りレア報酬を求めて同じモンスターを何回も倒し続ける、通称『マラソン』と呼ばれるような苦行についても、僕は……まあ、全く負担に感じないことはないとはいえ、ゲームを楽しむいち要素として受け止めている。
レベル上げにしても、どうせだからもう1レベル、せっかくだからもう1レベル、もうちょっと頑張ってもう1レベル、これから先楽するためにもう1レベル……とまあ、こんな感じでいつまでも初期拠点の周囲から出発しないのが僕だ。
友人が言うには、『後から楽するために今の苦労を惜しまない性格』だと。よく言ったもんだ。
その性格と、単純作業が苦にならないメンタルがいつもうまいこと噛みあって、僕はほぼどのゲームでも、超がつくくらいの安全マージンを確保した上で攻略してるんだよな。
ちなみに、『安全マージン』ってのは……ゲームやらない人だと知らない人も多い造語(らしい)で、簡単に言えば『これだけレベル上げとけば簡単には死なない、楽できる』というラインだ。
どうやらこの『SAO』にもそれは存在し、目安としてレベルが『階層+10』の数値だけあれば、比較的安全ということになるそうだ。
普通のゲームをプレイする際は、そういうのをいちいち考えないプレイヤーも多い。攻略に行き詰ったり、敵に勝てなくて全滅が込んできたらレベル上げる、みたいな感じで。
しかし、SAOは死んだら終わりのデスゲーム。安全最優先で進めるべきこの世界においては、最早このラインの確保は基本中の基本、義務行為レベルである。
……というようなことが、今日入手した本に書いてあった。
さっきの『安全マージン』の数値もなんだけど……どうやら最近、このゲームの攻略情報をこと細かに記載したガイドブックみたいなものが出回っているらしい。
カウンセリングの客(未だに続いている。結構な頻度で捕まる)に聞いた話だと、行く先々の町の道具屋とかに配置されており、無料で手に入るそうだ。
安全な狩場や、そこにいるモンスターの種類、その攻撃手段他、戦闘で注意すべき点、金策に有用なクエスト、簡単なマッピング情報まで……そういった有益な情報がいくつも載っているらしく、ビギナーの人たちにはとてもありがたがられているという話だった。
もちろん、僕も手に入れた。
手に入れたんだが……何でか、『はじまりの町』で買ったそれは、有料だった。なして?
……まあいいけどさ。現状、金には困ってないし。
本を開いて最初のページにいきなり書いてあった『大丈夫。アルゴの攻略本だよ』というツッコミどころ満載のフレーズは意図的に無視して。……著者の名前だろうか?
ゲームは説明書をガッツリ読み込んでから始めるタイプの人間である僕は、そのガイドブックを隅から隅まで読み込んで、情報を吸収させていただいた。
そして思ったことだが……この本、多分だけど、βテスターの方々が編纂に協力してるな。普通のビギナー程度じゃ、この短い期間で手に入れられるとは思えない情報がいくつも載ってる。
頭が下がる思いである。アルゴさん(仮)には大感謝だ。
……ただ、これもカウンセリングの客から聞いた話なんだが……ここ最近、一般のビギナープレイヤー達の間で、βテスターに対して悪感情を抱く者が多いんだそうだ。
普通よりも多くの情報を持ち、デスゲーム開始直後に動き出して1歩も2歩も先を行っている彼らを、『一般プレイヤーを置き去りにして自分達だけ強くなった』と非難してるとか。
そういう的外れというか、甘えに近い戯言を言っている連中は、こういう形でβテスターの皆さんが、僕らビギナーを生き残らせるために動いてくれてる事実を知らないんだろうか? 知らないんだろうな。
まあ、デスゲームなんてもんに放り込まれ、情報の有無、システム内リソースの確保が自分の命に直結するような環境に置かれてるんだし、言い分はわからなくもないが。
既に数十人、数百人とも言われるプレイヤーが死んでいるようだし。
だからって、自分達にもできることがあったっていう点を棚に上げて、全部βテスターのせいにされてもな……擁護する気にも、共感する気にもなれんね。
ともあれ、こうして情報を手に入れ、明日以降の攻略の道筋を考えることができる僕はまだ幸運な方だと言えるだろう……明日以降、カウンセリングの時に、このガイドブックのこと、ビギナーの人たちに広めるようにした方がいいかな? まあ、ついで程度に。
……その『カウンセリング』自体、そろそろ収まってほしいもんなんだが……
……あ、そうだ、すっかり書くの忘れてた。
【2022年11月20日】
というわけで今日はこの日付です。
……もう2週間経ったのか。早いな。
【2022年11月21日】
……なんか件の『アルゴ』さんが訪ねて来たんだけど。
どうやらそのまんま、あのガイドブックの著者名がプレイヤーネームだったようだ。昼間、僕がレベル上げをしている所に堂々と訪ねてきて、そう名乗ってきた。
つまり、この人は恐らくはβテスター。あるいは、その知り合いないし協力者がいる立場の人、ということになる。
フード付きの外套を装備し、明るい黄色の髪に巻き毛、顔にネコかネズミを思わせる髭のような三本線のペイントが入っているのが特徴的だった。
あと、しゃべり方も特徴的だったな。女性なのに、一人称が『オレっち』だったり、色々。
フランクで人当たりのいい、話していても窮屈さを感じない人だったけど……同時に感じていたのは、この人とんでもなく話が上手いな、ってことだ。
さりげなく話題を誘導して、自分の望む情報を言わせようとしてくる。しかも、ほとんどこっちは違和感にも何も気づけないような感じで、ごく自然に。
どうやら『情報屋』を名乗っているらしい彼女。
それにふさわしい情報収集能力はある……ってことか。
恐らくは、自分のβの時の知識だけじゃなく……時に人伝て、時に聞き込み、時に自分で現地に足を運んで……そういう努力の果てに作ったのがあのガイドブックなんだろう。
それはそれとして、一体何の用で僕のところに来ることになってたんだ?
まだそこを聞いてなかったので確認したら、ここでも『カウンセリング』の話だった。
なんでも、近々『ガイドブック』の最新版を作成するらしく、そのためのネタをまとめていたところだそうなのだが……その最中にとびこんできた情報が、『はじまりの町』周辺に出没する『カウンセラー』の話題。
しかも、調べたところただの与太話ではなく、実際に何人ものプレイヤーがその『カウンセリング』によって心の荷を軽くしてもらい、中には自殺や、無茶な攻略を考えていたのを思いとどまった、というプレイヤーさえ少なくない数いる……という現状が明らかになった。
この話題を放置するべきではない、と思ったアルゴさんは、直接僕に話を聞くことにしたそうで、目撃証言から僕のプレイヤーネームと、出没する狩場を割り出して、こうして訪ねて来た。
そして訪ねてきて何を言う、あるいは聞くのかと思えば……なんと、その最新版のガイドブックに、僕のことを載せていいか、とのこと。
いや、さすがにびっくりした。まさかそんな話になるとは思わなくて。
何だってそんなことを、と聞いたら、『話すとちょっと長くなるんだけどナ?』と前置きして、アルゴさんは順序立てて話し始めた。
何でも、アルゴさんを始めとしたβテスターや、それに限らず周囲に気を配る余裕のあるプレイヤー達は、今現在の、デスゲームによるプレイヤー達の精神への負荷、悪影響がもたらしている問題を、僕が把握している以上に重く受け止めているらしい。
さっきちらっと触れた通り、自殺者や、自暴自棄に陥る人も出ているわけだし。
この状況を少しでも緩和・改善するため、ガイドブックには攻略情報以外にも、おすすめの飲食店なんかのグルメ情報や、条件のいい宿屋などの紹介ページを設け、息抜きやストレス緩和につながるような情報を載せているらしい。少しでも精神的な負担が減って、落ち着いて現状を受け止めることができるようになれば、という感じの思惑で。
僕こと『カウンセラー』の情報の掲載を考えているのもその一環。
聞き込み等で調べた限りでは、僕が積極的に『カウンセラー』として活動し、困っている人たちの悩みを聞いて回っている、という様子ではないのはわかっていた。
しかし、もし掲載を許してもらえるなら、今噂で一部に広まっているように『早まったマネをする前にここに相談しよう』って感じの……自殺防止の相談ダイヤルみたいな扱いで、僕の情報を広められないかと思っていたそうだ。
本当に専門家かどうかはともかく、実際に命を粗末にするのを思いとどまらせた、という実績があるのだ。それをさらに広めれば、これから先の犠牲者を減らせる可能性があるんじゃないか、と。
ただ、言うまでもなくそれをすれば僕の負担が大幅に増すことになるので、無理強いは間違ってもできないし、断ってくれても構わない。
むしろ、無理して受けるよりは断ってほしい、とのこと。あくまで、僕が自発的にこの活動に関与したいと思うのなら名前を貸してほしい、という感じだった。
終始アルゴさんは軽い感じの口調で言っていたが、その実、この現状を真剣に憂いての話であるのは、その目の真剣さから伝わってきた。
それを踏まえた上で……結論から。
この提案は、申し訳ないが断ることにした。
理由は簡単。今まさに言われていた通り、僕の負担が大きすぎる。
何度も言っているが、僕は専門家なんかではなく……ただ、僕を頼ってきてくれた人を、あるいは実際にもうギリギリという感じの人をないがしろにするのもどうかと思ったからこそ、相談に応じてきたわけで……僕の時間全てをそういう活動に費やすつもりはないのだ。
僕はそこまでできた人間じゃない。赤の他人への無償の奉仕を美徳として是とするような、そういう殊勝な心掛けができるような精神は持っていない。
人並程度に欲もあるし、他人より自分を当たり前に優先する、俗物だ。
……あまり詳しくは言えない、言うつもりはないものの、他の普通の人とは明らかに違うというか……『普通』の枠から外れた部分があるのも、自覚してるし。
僕はこれからも、ここ『アインクラッド』で生き残るため、ひいては攻略のために必要な力を得るべく、1つ1つ積み重ねて活動していくつもりだし……その合間にできる程度でしか、他人に手を差し伸べることはできないだろう。
アルゴさんの期待するような活躍はできない、間違いなく破たんする。
あるいは、もう少し先……僕のレベリングやプレイヤースキル確立のための修行が、もっと落ち着いてからであればまた別かもしれないが。
ゆえに、はっきり断った。口八丁でごまかしたり、煙に巻くようなことはせずに。
アルゴさんも半ば断られることは予想していたんだろう。少し残念そうにはしていたものの、何も言わず、渋るようなこともなくそれを受け入れてくれた。
ただ、『本当に苦しそうにしている、もう限界だというような人がいたら、それとなく紹介させて……頼らせてもらうくらいはいいカ?』との問いには、了承しておいた。
それでやたらめったら僕を紹介するようなことはないだろう、と信用させてもらう。
そのくらいなら、うん。僕も医者のはしくれだ、命を救うことにつながるなら。
……それで紹介されてくる人がいたら、正真正銘限界ギリギリの人が来そうで、ちょっと怖いというか、不安になりはするが。
それから少し雑談程度に話した後、アルゴさんは帰っていった。
後を引く感じも何もなく、最後まで軽くてフランクな感じの人だった。
ちなみに、帰り際にアルゴさんが冗談交じりで『恵まれないビギナー達に愛の手を』的な募金箱を差し出してきた。
……わざわざ作ったんだろうか、手が込んでるな……実際には使えないのに。
ゲームシステムの問題で、通貨=コルの取引は、ウィンドウを開いてのトレード形式でしかできない。コインとか紙幣の形でオブジェクト化できないのだ。電子マネーに近いな。
まあそれはいいとして、せっかくなので10万コルほど寄付しておいたら、唖然としていた。
どうやら、アルゴさんが予想していたより桁が2つほど違ったらしい。
もらえてもせいぜい1000コルくらいかな、と思っていたそうだ。
こんなにいいのか、と聞かれたものの、現状でとはいえ、使い道ないんだよ。金の。
前にも言った気がするけど、僕の毎日の支出は、せいぜい知れたものである。武器の修理代、宿代、ポーション等の消耗品、そして食費だけだ。全部合わせても大した額にはならない。
モンスターを倒してドロップするコルに加え、素材売却で手に入るコルは、1日当たり1万コルを軽く超えるので、今10万寄付しても、まだまだ残ってるんだよね。
『カウンセラー』として協力できないお詫び、ってわけじゃないが、有効活用してください。僕もそうだが、ビギナーの人たちの役に立てるなら、有効利用だろう。
そう言ったらアルゴさんは、さすがにそれだけじゃ貰いすぎだと判断したのか……何か有益な情報が入ったら、優先して提供させてもらうヨ、と言ってくれた。期待して待っていよう。