ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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ちょっと今回、流石に話がぶっとび過ぎかなとも思ったんですが……一応、もともとのプロット通りに行くことにしました。恐々としつつ投降します。




第31話 ヨルコの恋心(過去話入ります)

Side.アスナ

 

 たっぷり10秒ほど、沈黙の時間があった。

 

 ヨルコさんは現在、質問した時の顔のまま、フリーズしている。動画の一時停止みたいに。

 比喩も婉曲もなく正面からはっきり質問させてもらったので、意味が分からないとかそういうことはないはず。ただ単に頭が追いついていないだけだと思われる。

 

 その証拠に、恐らくは頭が私の言葉を理解したあたりで……顔が真っ赤に染まり、表情が驚愕のそれに変わった。

 そして、今まで座っていたソファを飛び越え……ずざざざざざっ!! と、壁際まで一気に後退した。うわ、何今の動き、ソードスキルかってくらいに早かったんだけど。ちょっと面白かった。

 

 さっきまでユリエールさんに向いていた好奇の視線は……今や、完全にヨルコさんに向いています。

 

「ななななっななな……なんなんなん……」

 

「お、落ち着いてヨルコ、深呼吸深呼吸」

 

「なんっ、なん……な、なんで、アスナさん、それ知って……」

 

「え、気づかれてないと思ってたんですか?」

 

 私のその言葉に、驚いて回りを見回して……そして、ユリエールさん以外の全員が『知ってた』的な表情を浮かべていることに愕然とするヨルコさん。

 

 いやいや、私達的には、気づかれてないとあなたが思ってたことの方が驚きですけど。

 

 ユリエールさんは、関わる機会そんなに多くないから無理もないけど……ナツメ先生と一緒にいるとき、ヨルコさんすごく嬉しそうだし、よくちらちら見てるし、向ける視線も完全に恋する乙女のそれだし。酔っぱらって抱き着いてたこともあったよね?

 

 ……その、抱きつかれてた当の本人のナツメ先生は気付いてないっぽいけど。

 

 男の人ってどうしてこう、自分に向けられる好意に鈍感な人が多いのかしら?

 抱き着かれてまで……いや、酒の席のことだったからかもしれないけどさ、それこそ、女性は嫌いな異性に抱き着いたりしないのに。

 

 まあかくいう私達も、ヨルコさんがこないだのS級食材パーティでナツメ先生に抱き着いてるの見て――その時ナツメ先生はすでに酔っぱらって、グリセルダさんとチェスと将棋の混ざったわけのわからないボードゲームをしていたらしい。キリト君談――それがきっかけで知ったんだけど。

 あの時は私、酔っぱらってた間の記憶もあったから……うん、ちょっと忘れたいけど。

 

 それに、あの74層ボスの時……というか、その直前だけど、お弁当タイムの時に、ナツメ先生が『美味しい』『この味好き』って言ってた漬物(風林火山の皆さん持参)の作り方や入手経路、後で必死でクラインさん達に聞いて調べてたみたいだし。

 わかるわかる、好きな人には美味しいものを作って食べてもらいたいよね。

 

 どうやら逃げ場がないことを悟ったらしいヨルコさんは、観念してソファに戻ってきて……好機の視線を向ける私達の前に座った。

 

「え、えっと……答えなきゃダメですか?」

 

「んー……どーしてもっていうなら聞かないですけど、正直なところを話せば興味あります」

 

 その後、少しの間ヨルコさんは、視線を空中にさまよわせて……すると、

 

「わ、わかりました、お話しします」

 

 と、どうやら決意してくれたらしいと知って、私達が聞く姿勢に入ると……ただ1人、そうしなかった人がいて、意外にも『ちょっと待った』と割り込んできた。

 

「待って、皆。……ねえヨルコ、本当にいいの? 話して……」

 

「だ、大丈夫です、グリセルダさん。もう、随分前のことですし、気持ちの整理もついてますし……あ、でもグリセルダさんが嫌なら、もちろん私……」

 

「いえ、私は別にいいのだけど……」

 

 あれ? 何か、ガールズトークに似つかわしくない、ちょっと真面目な雰囲気?

 何か、グリセルダさんも知ってるみたいだけど……ええと、もしかして私、あんまり聞いちゃいけない感じのこと聞いちゃった……のかな?

 

 他の皆も、さすがにちょっと気になって及び腰になる。

 

「あ、あの、ヨルコさん? き、聞いといてなんですけど……ホントに何か、話しづらい事情があれば、聞かないですけど……全然、大丈夫っていうか」

 

「いえ、ナツメ先生にも、信頼できる人になら話してもいいです、って言われてますし……皆さんになら、ある意味、知っておいてもらった方がいいことだと思うから」

 

 ……完全に、さっきまでとは違う雰囲気。

 

 気が付けば、ヨルコさんの顔の赤みは引いていて……その代わりに、何か決意を固めたような、真剣な表情になっていた。それは、隣に座るグリセルダさんも同様だ。

 自然、私達の聞く姿勢も、こころもち背筋が伸びて真面目になる。

 

「……すいません、こんな、お祝いの席で話すことじゃないかもしれないですけど……」

 

 

 

 そこから説明されたのは……ヨルコさんが、ナツメ先生のことを意識するようになった、本当に最初の最初のきっかけで……たしかに、おふざけ半分で聞くような話じゃなかった。

 

 まだ『笑う棺桶』が健在だったころに起こった、ある出来事。

 表沙汰にはされていない……『グリセルダさん暗殺未遂事件』

 

 ヨルコさんが人質にされ、呼び出されたグリセルダさんが、あわやHP全損でPKされる間際まで行って……しかし、間一髪そこに駆けつけた、ナツメ先生とキリト君に助けられたという話。

 

 そしてその際に……ナツメ先生が、4人ものラフコフメンバー全員を殺していることも。

 『討伐戦』の時と同様、『お前らは、黒だ』の一言と共に、何のためらいもなく。

 

 それを聞き終えた私がまずしたのは、当然……謝罪だった。

 

 ……あー……これは確かに、軽々しく聞いちゃいけない話だったなあ……大失敗。

 思いもしなかったとはいえ、つらい過去を思い出させるようなことを……

 

「き、気にしないでください、アスナさん。私、気にしてませんから。さっき言った、もう気持ちの整理もつけてるっていうのも……本当ですし」

 

「は、はあ……けど、本当に無神経なことを聞いちゃって……ごめんなさい」

 

 断らずに話してくれたってことは、本当に気持ちの整理はつけてて、振り切ってることなんだろうけどね、こればっかりは……きちんと謝らないと、私の気がすまないから。

 

「しかし、なるほどねー。それが馴れ初めかぁ……文字通りの命の恩人ってわけだ」

 

 そう、リズが言うと……しかしヨルコさんは、ちょっと言い淀んで、

 

「ええ……でも、それは半分くらいなんです」

 

「「「え?」」」

 

 半分?

 

 私てっきり、そこで命を助けてくれたことがきっかけで……っていう話だと思ったんだけど。

 違うというか……それだけじゃないのかしら?

 

「確かに、ナツメ先生のことを意識するきっかけになったのはその事件でした。でも……その後、もう1つ、きっかけになることがあったんです。これは多分……グリセルダさんも知りません」

 

「……? ええ、確かに……今あなたが言ったこと以外で、思い当たるような事件はないけど」

 

「多分……私以外には、キリトさんくらいしか、知らないんじゃないかな」

 

 え、キリト君!? 何でそこで、キリト君の名前が!?

 

 不思議そうにするグリセルダさんの言葉に答える形で、ヨルコさんは続ける。

 

「『討伐戦』の後にやった、『反省会』……覚えてますか?」

 

「それは、もちろん……あの『反省しない反省会』ですよね?」

 

「ええ。その後……お開きになった後です。私、テラスにナツメ先生とキリトさんがいるのを見つけて……会いに行ったんです。誘拐の時のお礼、もう一度ちゃんと言いたかったから……。そして、そこで話してもらったんです……ナツメ先生の、過去のこと」

 

「過去?」

 

「ええ。……ここからは、少しリアルの話が入ってきますから……他言はしないでくださいね?」

 

「り、リアルって……大丈夫なんですか? そ、その、話して……」

 

「大丈夫です。そんな……個人が特定できるような話じゃないですから。せいぜい、職業くらいです……そういう人なら、他にも結構いるでしょ?」

 

 そこから先、ヨルコさんの口から語られたのは……まだ誰も知らなかった、ナツメ先生の過去。

 PoHがあの日いい当てた事実の、その……更に詳細な話だった。

 

 

 

 かつてナツメ先生は、医大生だった頃……所属していた学部の先生に同行して、発展途上国での医療ボランティアに参加したことがあったらしい。

 

 『国境なき医師団』って知ってるだろうか? 医療や人道支援を主に行っている、民間のNPO団体のことで、20年以上前になるけど、ノーベル平和賞を受賞したこともあるらしい。

 それと同じような感じの、医療技術支援のための人道支援事業だったそうだ。

 

 ただ本当は、ナツメ先生が行く予定じゃなくて……直前で行けなくなった知人の代理で行ったらしいんだけど……その行った先である、南米の『エルドビア共和国』で、ナツメ先生は事件に巻き込まれた。

 

 その国は、反政府ゲリラや反米勢力が横行しており、ちょっと前までは、海賊で有名なソマリアみたいに、誘拐がビジネス扱いだった時代すらあったらしい。

 同じ地球上の国か、っていう感想を抱いてしまうのは、日本人が平和ボケしてるからなのかしら?

 

 そこで武装グループの戦闘……それも、事前予告なしの、テロにも等しいゲリラ戦に巻き込まれたナツメ先生は、帰り道になるようなインフラやライフラインが壊滅的な中で取り残され、救助が来るまでそこで生き延びなければならなかった。

 

 幸い、現地の政府系の勢力の人たちに保護してもらえたらしい。日本に友好的な人たちだったから、迎えが来るまで滞在してくれて構わない、と、食事や寝床も用意してもらえたとか。

 

 しかし、彼らにとっても状況は決して楽なものじゃなく……ナツメ先生も、タダで保護してもらえたわけじゃなかった。

 彼らはナツメ先生に、医者として、自分達の医療班と協力してもらえるよう頼んでいたのだ。

 

 そしてそこから、ナツメ先生にとっての地獄が始まった。

 

 戦闘に駆り出されたわけでもなければ、流れ弾が飛んできたわけでもない。

 ただ、拠点で……それも、戦闘や敵のテロ行為で発生した、負傷者の治療をお願いされていた。物資は、自分達が用意したものを好きなように使ってくれ、と言われて。

 

 しかし、そこは最前線。好きなようにと言ったところで、十分な物資が揃っているわけがない。加えて、インフラも不十分。日本みたいに清潔な水道設備もない。

 

 続々運ばれてくる負傷者。しかも、対人戦を前提とした『兵器』によるそれだから、当然のごとく重症者ばかり。明らかに手遅れだと言えるような人も、珍しくもなくいたらしい。

 

 限られた物資で、少しでも多くを助けるために、ナツメ先生は……『トリアージ』の使用を余儀なくされた。

 

 以前に来た医療団体の人が置いていった物資の残りだという、恐らくはその時は使われなかったのであろうタグを使い、緑、黄色、赤、そして黒の判別を行い……それに沿って処置を進める。

 

 死んでいる人はともかく、手遅れな人や、もしかしたら助かるかもしれないけど、薬の量や手間・時間を考えると、どうしても助けられない人はいて……そういう人達には、黒のタグをつけるしかなかった。それが例え、日本なら、あるいは、人手や物資さえあれば助けられた人でも。

 

 救出されるまでのおよそ2週間もの間、ナツメ先生は毎日のように、何人もの人を、多数を活かすために切り捨てた。

 その何倍、何十倍もの人数を救っていたけど、それでも心に酷い傷を負った。

 それが癒える前に、また次の患者が来る。そしてまた……救う命と捨てる命を決める。

 

 ……何度か、医療の担当者として、敵の工作員に命を狙われることまであったらしい。

 衛生兵とか、兵站戦を狙えっていうのは、リアルの戦争でも常套手段なのね。

 

 ……もしかしたら、その時に殺されそうになった経験や……他にも、色々とつらい経験、怖い思いをしていたのかもしれない。

 

 2週間が過ぎ、救出された後……日本に帰ることができた時には、すでに、ナツメ先生の心は……変わってしまっていたそうだ。

 

 恐らく、極限の状況下で、自分の精神を守るための無意識な防衛本能だったんだと思う。

 彼の心は、『理由のある見殺し』『殺す者への反撃』それらに対する『罪悪感の欠落』という防護手段が形作られていた……いつもは優しくて頼りになる、しかし、オレンジプレイヤーやレッドプレイヤーに対しては非情そのものであるナツメ先生は……その時に形作られたのだそうだ。

 

 ……あまりにスケールの大きい話に、唖然としてしまった。

 

 でも、不思議と納得できてしまった話でもある。

 

 そんなことがあったのなら……ナツメ先生のあの価値観が形成されたことにも納得がいく。

 

 それに……もともと不思議ではあった。日本では、『トリアージ』が必要になるような大事故や大災害なんて、それこそ数えるほどしか起こっていなかったはずだし、その全てで『トリアージ』が使用されたわけでも、『黒』カテゴリーの判定がされたわけでもなかったはずだから。

 ナツメ先生がそこに、性格や価値観が変わるほど出ずっぱっていたとも考えにくかったから。

 

 もっとも、ニュースとかでうっすら覚えてた程度の知識だから、こっちにも確証はなかったんだけどね。

 

 

 

 ヨルコさんからその話を聞いた後、皆、しばらく無言だった。

 完全に予想外だった、ナツメ先生の壮絶な過去に……皆、言葉が出ない。

 

 そんな……SAOでもないのに、本当に命懸けな環境に、かつていた経験があるなんて。

 

 沈黙を破ったのは、ヨルコさん。

 

「私も、聞いた時は驚きましたし、何て言ったらいいかわかりませんでした。でも……かえってよかったこともあったんです」

 

「……? よかった、こと?」

 

「はい、その……衝撃的過ぎて、逆に、色んな事を考える余裕がなくなっちゃったんですよ。その結果として、ですけど……PKをしたナツメ先生を恐ろしく思っていた部分とか、そんなことをさせてしまった、無力な私への呆れや、罪悪感、これからも同じことが起こるんじゃないか、っていう不安まで全部飛んじゃったんです。そうしたら……それまでの色眼鏡も何もなしに、ナツメ先生という個人を見る余裕ができて……そうしたら……」

 

 そこで、ヨルコさんは……また、顔を赤くした。

 ちょっと顔をうつむかせ、伏し目がちにしている。

 

「なるほど……好きになった、と?」

 

「正確には……好きになってたことに気づいた、かもしれないです。なまじ、何も考える余裕がなかった分、頭の、本当に根っこのところで、ナツメ先生に対して持っていた感情だけが、やけにはっきり残ってて……」

 

 危ないところを助けられたことももちろんだけど、優しくて面倒見のいい雰囲気や、強くて頼りになるところ、グリセルダさんを始めとした『黄金林檎』チームメンバーとも仲が良くてよく会う機会があり、実は彼女自身も……カウンセリングとまではいかないが、いろいろと相談に乗ってもらった経験がある。

 

 そんな、劇的な理由やきっかけこそ、ほとんどなかったものの……色々なことの積み重ねが、自分の中に確かに育てていた感情に、その時、ヨルコさんは気づいたそうだ。

 

 『私は、ナツメ先生が好きなんだ』……と。

 

 パニックになっていたとは思えないくらいに……ヨルコさんの表情は、幸せそうだった。

 彼に恋をしているという、今の自分の心の状況そのものが幸福である、とでも言うように。

 

 

 

 その後、また元通りの女子会に雰囲気を戻して――リズが持ち前の調子の良さや軽い感じのトークで無理やり元に戻して――ひと通り楽しく世間話した後……解散した。

 

 今回、思いがけず明らかになった、ヨルコさんの恋心と、ナツメ先生の過去。

 

 かつて、同じ立場にあった者として、私は、彼女のことを応援したいと思った。

 好きな人と一緒に歩んでいけるという、今私が噛みしめている喜びを、幸せを、ヨルコさんにも分けてあげたい……そんな風に思えた。

 

 願わくば、このゲームが終わる前に……私たちと同じように、ヨルコさんとナツメ先生の薬指に、お揃いの指輪が輝いてほしいな……なんて、思ってしまった。

 

 

 

 

 ……そう、この時の私には……まだ、想像もできなかったのだ。

 

 まさか……あんなことになるなんて。

 

 

 

 




今回出て来た『エルドビア』は架空の国名です。
某テレビ番組で登場してる国名でもあるので、聞いたことある人いるかもしれないですが。

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