ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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今回、ついにというかようやく彼女が登場。
展開に無理はない……と、思いたい……どうぞ


第32話 だからここ小児科でもないから

【2024年10月29日】

 

 『SOS』による士気向上を十二分に生かすための休暇。

 もう後1~2週間くらいかな、と思っていたこの日、珍妙な来客があった。

 

 訪ねて来たのは、キリト君とアスナさんの夫婦である。

 

 彼女たちだけなら、特に珍しいこともない。何も用事がなくても遊びに来たりするし、レア食材が手に入った時に一緒に食事したりもする仲だから。

 まあ、2人が結婚してからは、その頻度はさすがに減ってたけど。

 

 ただ問題は、その2人が同伴で連れて来た……見覚えのない小さな女の子である。

 

 名前は『ユイ』ちゃんというらしい。長い黒髪で、まだ小学生くらいだな、っていう感じの小さい子だ。あきらかに、シリカちゃんより年下……サーシャさんの教会の子とどっこいだな。

 

 キリト君達が住んでいる第22層の森の中で、ふらふら歩いていた所を保護したらしい。

 ……迷子、ってことか?

 

 わざわざ診療日じゃない日に僕の自宅に連れて来たのは、彼女を見てあまり騒がれるのを嫌ってのことだそうだ。

 だったら、メッセージくれれば僕の方から行くのにな。訪問診療みたいな感じで。

 

 彼女について気になることはいくつもあるが、特に気になるのは2つ。

 

 1つは、彼女が記憶喪失であること。

 自分の名前以外何も覚えておらず、このSAOに1人でログインしていたのか、あるいは保護者同伴だったのか、それすらわからない。当然、その保護者(いるとすれば、だが)の行方も名前も知れない。

 

 そして、目を覚まして初めて目にした2人……キリト君とアスナさんを、『パパ』『ママ』と呼ぶようになったんだそうだ。

 ……不謹慎は承知で、鳥の雛とかの刷り込みか、と思ってしまった。

 

 『キリト』『アスナ』と名前で呼ばせようとすると悲しそうな顔をするので、そのまま『パパ』『ママ』と呼ばせているそうである。

 ……正直、はた目から見た感じ、二人とも満更じゃなさそうだったのは気のせいですかね?

 

 そしてもう1つは……この子、カーソルが表示されないのだ。

 

 SAO内のキャラクターには、プレイヤーのアバターはもちろん、NPCやMob、アイテムに至るまで、視線を向けると頭上にカーソルが浮かび上がり、その色や形で、どんな区分のキャラクターなのかを識別できる。

 

 しかし彼女には、バグなのかそれがない。

 

 受け答えがすごく自然にできるから、NPCではないと思う、というのがキリト君の見解だ。

 

 確かに、僕も話してみた感じ……同意見である。このゲームのAIは優秀だが、会話にはある程度の規則性がきちんとあり、また、クエストのフラグとかでもない限り、自発的に何か行動することもないし、何かするならそこには必ず意味がある。

 

 しかし彼女……ユイちゃんは、興味あるものにとてとてと歩いて行ってしげしげと眺めたり、初対面の僕が近づこうとすると、怖がったのか不安がったのか、アスナさんの後ろに隠れて恐る恐る顔だけ出してこっちを見てきたり、僕とキリト君が話している間に、後ろでアスナさんととりとめのない会話を交わしていたりと、実に自由奔放だ。お行儀はいいが、まさに小さな子供って感じ。

 

 こうして階層を超えて連れ回したりできることから考えても、単なるNPCというのは考えづらい。やはりプレイヤーか……しかし、だとするとなぜカーソルが出ないのか……

 

 考えても結論は出ない。残念だけど。

 

 で、そのユイちゃんを僕の所に連れて来た理由だが、僕が彼女に見覚えがないか聞く為が1つ。

 

 記憶喪失なんていう、フィクションの中でしか見ないような病気になってるだけあって、もしかしたら元々何か心の病気で、それが悪化した結果じゃないか、と考えたそうだ。

 

 で、心の病気や、ストレス性の何かであれば、僕の『カウンセリング』に来たことがあるのでは、と思ったそうだ。なるほど、一理あるな。

 

 けど、さっきも言ったように見覚えない。このSAOで、年少のプレイヤーは非常に珍しい。1回見たら忘れることなんてそうそうないだろうから、多分ホントに見たことない……と思う。

 

 念のため、1年以上前の『ナツメ心療内科医院』時代からのカルテ――と言っても症状とか経過をテキストで記録してあるだけのものだが――をひっくり返して調べてみたものの、該当なし。

 

 ……そもそも、彼女のコンソールに表示される名前が……これ、名前か?

 『Yui』はいいとして……『MHCP001』って……IDとかパスワードがバグって出てきてるんじゃないだろうな?

 

 とりあえず、どちらにも見覚え、聞き覚えはない。

 

 で、だ。もう1つの方の要件だけど……キリト君、僕に『カウンセリング』で記憶喪失をどうにかできないか、って聞いてきたんだが……流石に『無茶言うな』と返すしかない。

 精神系統ならなんでもござれってわけじゃないんだから僕は。

 

 というかそもそも僕は外科医だっつーのに……いや、コレは言ってなかったけど。

 

 一応『カウンセリング』はしてみたものの、ろくに力にはなれなかったな……残念だけど。

 

 今後キリト君は、グリセルダさんや、第1層の教会のサーシャさんといった、子供のプレイヤーに詳しい人達に協力を仰ぎ、引き続き彼女のことを調べる予定でいるらしい。

 それまでは、自分達のログハウスで預かって面倒見るそうだ。

 

 ……何だかんだで、親子として上手くいってるみたいだし、その辺は別に苦でも何でもなさそうだったな。

 

 あんまりこういうことを今から言うのはよくないだろうが、もし保護者が見つからなかったら……このまま2人が面倒見るのもありなんじゃないか、とか思ってしまった。

 

 というか、完全に情が移ってる感じしたからな……捨て猫を拾って、『飼い主が見つかるまで!』とか言いつつ、手放せなくなってる感じ。

 

 2人が攻略に出ている間は、サーシャさんの教会に保育園みたいに預けるか、サチさんやシリカちゃんあたりに頼めばいけるし。リズベットさん……は、知らない間にいらん知識を教え込みそうな懸念が多少あるな。

 

 

 

 ああ、それと……気になっていた点がもう1つ。

 

 何でか……お茶持ってきてくれたストレアさんの様子が……おかしかったように見えたのだ。

 

 ユイちゃんを見た瞬間に、まるで頭痛をこらえるように頭を押さえて……それを見て、何か知ってるのか、見覚えがあるのか、ってキリト君が問いかけてたけど、何も知らないって。

 

 というか、何か知ってるかもしれないけど、思いだせない……という感じだった。

 しばらくうんうん唸って頑張ってくれたんだけど、ダメだったようで、『ごめん、勘違いかも。思いだしたら連絡する』と言っていた。

 

 キリト君達は名残惜しそうにしていたものの……よくよく考えれば、彼女はこの病院のスタッフとしても、準攻略組的な立ち位置の戦闘要員としても、あちこち出向いている。その過程で、似たような見た目の人を何人か見ていてもおかしくないし、それが原因であるかもわからない。

 だから、あまり過剰に気にしても仕方ない、ってことになったのだ。

 

 ただ、全然気にしないで忘れるのもどうかと思うから、僕は一応覚えておくつもりではあるけども。

 

 

【同日午後】

 

 

 どうしてこう僕の周りは、短期間で情勢が大きく動くんだ。

 

 こう……もうちょっと、段階踏んで動くもんじゃないのかね、普通。

 

 明日の診療日の準備をするため、僕が医院のデスクで仕事をしていた時、メッセージが届いた。

 相手は……キバオウさん。

 

 その内容に僕が仰天していると、突然、ノックもなしにドアがばたぁん!と開かれ、なぜか完全武装した状態のストレアさんが部屋に突入してきて、こうまくしたてるのだ。

 

『お願い先生、一緒に来て! キリトたちが……ユイが危ないの!』

 

 奇しくもそれは、今しがたキバオウさんから届いたメッセージと、一部ではあるが内容が被るものだった。

 

 その後僕は、急いで準備をして――その間もストレアさんが急かす急かす。無茶言うな――家を出て、第一層に来たはいいものの……キバオウさんたちの準備ができていなかったので結局また待つことになり、その時間を利用して今、日記を書いている。

 

 ちなみに今更だがこの日記、ペンで直接書き込むやり方と、ホロキーボードを使ってテキスト入力するやり方を選択できるため、その日の気分で決めています。

 

 ……何かこの世界に来てから、ホロキーボードをたたくのが滅茶苦茶早くなった気がするな。

 

 それはさておき、せっかくなので今のこの状況を説明しておく。

 今さっき、キバオウさんの部下だっていう『軍』の人から説明されたことも含めて。

 

 今日あの後、キリト君達は教会のサーシャさんを訪ねて、僕の時と同じように『この子知りませんか?』ってな感じのことを聞いたらしい。

 

 その前に、監視の目を盗んでバカやってる軍の部隊とひと悶着あったらしいんだが、それはひとまず置いておこう。あとでクラディールさんに通報すればそれですべて終わる。色々と。

 

 で、その後、『軍』のトップであるシンカーさんの副官であり、推定未来の奥さんであろうユリエールさんが、キリト君とアスナさんへ助けを求めたんだそうだ。

 

 軍のNo.2……というより、現状ではもはや、もう1人のトップという立ち位置にいるキバオウさんからシンカーさんへ、『互いに丸腰で話そう』という内容で、今後のギルドの方針について対話の申し込みがあったという。

 

 しかしそれは嘘だった。シンカーさんは、ろくな武装どころか転移結晶ももたない状態で、単独では帰還できないダンジョンの奥地へ置き去りにされたらしい。

 それもこれも全て、シンカーさんを排斥して軍全ての実験を握ろうとするキバオウさんの謀略である……

 

 ……という内容の相談を、時を同じくして僕もキバオウさん本人から受け取っていたんだが。

 

 正直、この謀略――シンカーさんを排斥し、その罪をキバオウさんに擦り付けようとした形になる――を企てた奴は、相当に頭が残念だなとしか言いようがないな。

 おそらくは、キバオウさんの派閥の一部……過激派と呼ばれるようなならず者連中の仕業だと。

 

 根回しもアリバイ工作も何もない状態で、実行即露見してんじゃないか。

 

 そもそも僕は知ってるからな。キバオウさんが、そんなことをする人じゃないって。

 感情が先行して行動しがちではあるものの、攻略のことを第一に考え、なおかつ仲間を大事にして前に進んでいける、頼れる兄貴分的な人なんだって。

 

 昔は、色々尖ってた(髪型以外にも)時期もあったみたいだが――特に例の『ビーター』騒動の時とか――その時だって、キリト君1人が、βテスターとビギナーの間に確執を作らないために、悪名も何もかも全部背負ってくれたことに、負い目を感じていた。

 冷静になって考えればすぐに分かったことだって、彼は自分達を助けてくれたんだって。

 

 僕の『カウンセリング』に来た時に、そう、懺悔するように言って、男泣きしていた。

 

 だから、彼がそんなことをする人じゃないってことは、知っているのだ。

 むしろ、何かキリト君に恩返しするようなきっかけはないものか、って、機会をうかがってた節すらあるし。

 

 まあそれでも、意地っ張りで負けず嫌いなところは性格そのままだから、キリト君のことを好きではないというか、仲良くしたいとは思ってないみたいだけどね。めんどくさい。

 

 それはさておき、キバオウさんのメッセージには、簡潔に言って、

 

『シンカーさんが過激派の謀略で、俺の名前で呼び出されてダンジョンに閉じ込められた』

『60層相当の敵がうじゃうじゃいるダンジョンで、確実にポータルPK目的』

『すぐに動かせる戦力に心当たりがない、救出のために協力してほしい』

 

 とまあ、こんな内容が書かれていた。

 なお、関西弁はめんどいので標準語にしてますのであしからず。

 

 聞き捨てならない状況なのに加えて……どうもそのダンジョンとやら、ストレアさんが行きたがってる場所と同一のようだ。

 

 聞けば、ユリエールさんはユリエールさんで、シンカーさん救出のためにキリト君達に独自に強力を要請したとのことなので、ブッキング状態なわけだが……まあ、万が一ってこともあるし、僕らも動いた方がいいだろう。

 

 ……さっきからストレアさんの不安具合が尋常じゃない、って点も気になる。

 

 加えて、何だか……ぶつぶつ独り言をつぶやいていたようで……

 

『そうだ……私、もともと、ここにはいなかった……ずっと、暗いところで、見てるだけの……私、私達……ユイ……!』

 

 ……軽々しく聞けるようなことじゃ、なさそうではあったが。

 

 ともあれ、キバオウさん含め、残り4名の軍選抜メンバーの準備が整うまでここで(日記はここで途切れている)

 

 

 

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