ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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第35話 みんな一緒だから楽しい

【2024年10月31日】

 

 昨日は本当に激動の1日だった。

 

 キリト君達が連れて来たユイちゃんが実は人間ではなく『AI』であり、このSAOのプレイヤー達の精神をモニタリングし、必要に応じてケアする役目を帯びていた『メンタルヘルスカウンセリングプログラム』であり、キリト君とアスナさんに興味を持って、会ってみたいと思って接触してきた……聞けば聞くほどすごい話だな。まるでSF映画だ。

 

 完全に自我を確立したAI……しかも、自分で考えて行動し、起点こそ模倣とはいえ、本物と言って差し支えない感情まで持っている……。

 

 そして、そのユイちゃんと姉妹の関係にあるのが……うちの病院のスタッフである、ストレアさんだというのだ。

 

 即ち、彼女もまた『MHCP』である。そして彼女は、キリト君とアスナさんではなく、僕に興味を持って、キリト君を介して接触してきたと。

 自分達がやるはずだった仕事を、自分達の代わりにやって、プレイヤーの心を癒してきた僕に。

 

 あの後ストレアさんは、『忘れていたとはいえ、黙っていてごめんなさい』と謝罪した上で、全部話してくれた。

 

 ストレアさんが記憶を取り戻したのは、恐らくユイちゃんが記憶を取り戻したのがきっかけだそうだ。システム上、彼女達は一部で繋がっている状態にあるから、リンクして。

 ユイちゃんにストレアさんが『見覚えがある気がする』と思っていたのも、視覚的なものよりも……同一のプログラムだったからなんだな。

 

 そしてストレアさんは、ユイちゃんや自分達の現状に加え、ユイちゃん達が地下のダンジョン……は、あくまでカモフラージュであり、GMがアクセスするためのシステムが置かれた特殊区画に向かっているのを察知し、まずいと思って僕に助けを求めた。

 

 そこからユイちゃん達の元に駆けつけ、間一髪間に合ったか……と思いきや、今度はユイちゃんが、キリト君達(僕もだが)を助けるために、GM権限を行使して『オブジェクトイレイサー』を持ちだして使ってしまい、本来のタイムリミットよりも早く、確実に『カーディナル』に目をつけられる事態になったため、大急ぎでストレアさんは、ユイちゃんを助けるために動き出した。

 

 このままではユイちゃんは、異物として『カーディナル』に消されてしまう。その前に、彼女と自分をデータ的に隠し、『カーディナル』を騙して守るために。

 

 ここで、ストレアさんが今まで……7月の末に実体化してキリト君と接触していながら、どうして今まで『カーディナル』に削除されることなくこうして一緒に居られたのか、っていう話になるんだが……彼女は、無意識のうちに2つの防御策で自分を守っていたらしいのだ。

 

 1つは、ユイちゃんのように『MHCP』として『実体化』するのではなく、未使用のアカウントを使って、プレイヤーに擬態して『ログイン』していたこと。

 

 このSAO開始時に、アカウントを作るだけ作ってログインしておらず、そのままになっていたアカウントが若干名分あったらしい。ストレアさんはそれを利用したため、あそこまでプレイヤーに似た……いや、というかプレイヤーそのものとして僕らと一緒に居られたのだ。

 

 カーソルも表示されるし、武器防具も装備できる。ステータスも存在し、レベルアップで強くなり……そして、プレイヤーとして存在しているために、『カーディナル』に目をつけられる可能性も極端に小さい。違いなんて、ナーヴギアの向こうの人体の脳髄で動いてるか、AIで動いてるかだけだと言えたから。

 

 デメリットと言えば、他のプレイヤーと同じくHP全損に陥ればそこでリタイアになることだ。彼女はAIだから、それで死ぬことはないけど、その瞬間アカウントは使用不可能になる上、その時点でカーディナルに異常を察知され、バグとして削除される可能性が高いとのこと。

 

 そしてもう1つ、彼女はとっていた防衛策は……僕を隠れ蓑にすることだったそうだ。

 

 ここからは、専門用語やら複雑なプログラム原理がいくつも絡んでくるらしいので、かみ砕いて説明してもらった内容になる。

 

 さっきも話した通り、僕は『ドクター』として、本来彼女たちがやるべき『プレイヤーのメンタルのケア』をやっていた。

 

 彼女達MHCPは、『カーディナル』の命令によって、メンタルケアのために他のプレイヤーへの接触やケアの実施を禁じられているが、当然ながらそんなのは僕には関係ない。あくまでプレイヤーの1人として他の人たちをケアしていたんだし。

 

 やっていることが同じと言えど、そこに『カーディナル』が難癖付けてくることはできない。

 それは『カーディナル』もまた、このゲームの公平性を保つため、必要以上にプレイヤーに干渉することを、製作者……茅場晶彦というGMによって禁止されていたからだ。

 

 ストレアさんはそれを利用して……ストレアさんという『メンタルをケアするプログラム』の存在を、僕という『メンタルをケアするプレイヤー』の陰に隠し……言ってみれば『隠れ蓑』にするような感じで、カーディナルから自分の身を守っていた。

 

 彼女の活動も存在も、あくまでプレイヤーの営みの中のことであり、これはカーディナルによる介入の対象外である。これに関わることは、モニタリングであっても、度が過ぎればGM命令違反である、と。

 

 『カーディナルはプレイヤーに手出しできない』という特性をいかした2重の防御策を弄することで、自分の身を守っていたわけだ。

 

 そして今回彼女は、ユイちゃんを守るため、その方法をユイちゃんにも施した。

 

 余剰のアカウントをユイちゃんに与えて『プレイヤー』としての立ち位置を確立し、さらに自分共々、システム的に僕に近い――この場合の位置は『データ的・プログラム的な意味での近さ』であり、物理的な距離とは関係ないそうだ――ところに置くことで、『隠れ蓑』の中に匿った。

 

 もう1つおまけに、自分共々コアプログラムのデータを、僕とキリト君のナーヴギアのローカルメモリに格納し、万が一カーディナルからの干渉があっても、実体化(ログイン)こそできなくなろうとも、その基幹プログラムは無事に退避できるようにした。

 

 以上が、あの後起こった全てである。

 

 今もユイちゃんは、キリト君とアスナさんの娘として、ログハウスで仲良く暮らしている。

 

 同様に、ストレアさんも今まで通りうちの病院で、サチさんや他のスタッフたち、そして時々遊びに来る面々と一緒に、楽しく過ごしている。

 うん、元通りだ。これでいいんだ。

 

 なお、ストレアさんからは、さっきも言った通り謝罪されたものの、びっくりはしたとはいえ、これっぽっちも気にしてないので安心してほしい、と伝えておいた。本心からね。

 

 結局何も変わらないまま一件落着と相成ったんだから、これからもよろしくってことで。

 

 ……けど、もし仮に、万が一……ストレアさんが危惧したように、カーディナルからの干渉があって、彼女達の意識が、僕らのナーヴギアのローカルメモリに転送されることになった場合……果たしてそれを再度解凍し、再開することは可能なんだろうか。

 

 いや、それ以前に……あまり考えないようにしていたが、このゲームをクリアしてしまえば、彼女達は他のプレイヤーと違って、外には出られないわけで……そのままSAOのサーバーに取り残されることになる。

 

 こんな事件を起こしたゲームだ。そのまま保管されたり、改良されて正式サービスを……なんてわけにはいかないだろう。おそらく、全てのデータは破棄されることになる。

 

 コアプログラムがこっちに移してある以上、それで彼女たちが消えるわけじゃないが……問題は、SAOがなくなった後、彼女たちにこうして会う手段があるのか、ってことだ。

 

 SAOと同じようなVRゲームでもあれば、ワンチャンあるかもしれないが、僕はPC関連の知識に明るいわけじゃないんだよな……。プログラム云々の複雑な話になった場合、何もできない。

 

 ……このへんは、あくまで現実の世界に帰った後のことだから、心配してもしかたないっちゃそうなんだけどさ。

 

 恐る恐るだけど、ストレアさんにも相談してみたんだが……笑ってこう返された。

 

『そりゃ、ちょっとは怖いよ? 私はもともと、この世界でしか生きられない、生きる予定のなかったプログラムだから……この世界がなくなっちゃえば、そのまま消去されちゃうんじゃないか、って思ったこともある。それが……怖くなかったって言えば嘘になる』

 

『消えなくても、キリトやアスナ、ナツメや……ユイに会えなくなるんじゃ、意味ないしさ。正直、ずっとこの世界にいるんじゃダメなのかな……って、思ったりもした』

 

『でも……それでも今は、それよりも皆に笑顔でいてほしい、って思えるようになったんだ。皆で笑って、騒いで、食べて飲んで、すっごい楽しいこんな時間を……ゲームの中だけで終えてほしくない、現実の世界でも、目いっぱい笑って楽しんでほしい、って』

 

『そこに、私は一緒に居られないかもしれないけどね……それでも、皆にいつまでも笑顔でいてもらえることが、私の幸せ。それは、自信もって言えるよ』

 

『だから私、カウンセラーとしても、プレイヤーとしても……これからも頑張るよ。皆がこのゲームをクリアして、現実に帰れるように』

 

 本心からの喜びと、ほんの少しの我慢をブレンドしたその笑顔を見た瞬間、僕の中から、彼女をこのまま見殺しにするという選択肢は、永遠に消滅した。

 

 ご厚意はありがたく受け取ろう。僕だって、現実に帰りたい。

 現実の世界でやらなきゃいけないことが、たくさんある。

 

 けど……帰るなら彼女も一緒だ。絶対に救う。

 

 ……最悪、兄さんに相談してみよう。

 

 あの、かつて僕をゲームの道に引きずり込んだ張本人であり、医療と電子の両方の業界で麒麟児とまで言われているリアルチートであれば……普通に考えて不可能なことであっても、可能にしそうな気がする。

 

 ……自立思考するAIってことで、ストレアさんに興味を持つ可能性が極めて高いが。

 

 さて、そろそろ診療時間が始まる……って僕は何で朝からこんな日記書いてるんだか。

 

 

 

 

 

――追記――

 

 

 

 診療時間が終わった後、改めてお礼を言いたいってことで、キリト君一家(もうこの表現でいいよね)が菓子折り持ってあいさつに来た。相変わらず律儀である。

 

 丁度その時いたサチさんが、キリト君とアスナさんを『パパ』『ママ』と呼ぶユイちゃんを見て固まってたけど。うん、そりゃ意味わからんわな。

 昨日3人が来た時には、間がいいのか悪いのか、彼女いなかったし。

 

 ちなみにその時、ストレアさんとユイちゃんが今後お互いをどういう風に扱うのか、という点においては……これまで通りにするそうだ。

 より正確に言えば、『お互いが記憶を取り戻す前』までの、自然なやり取りの通り。

 

 依然として関係性は『姉妹』――しかもユイちゃんが姉、ストレアさんが妹――であるものの、呼び方は『ストレアさん』『ユイちゃん』でいくようである。

 

 同時に、あくまでストレアさんはキリト君とアスナさんに対しては、友達同士というスタンスで行くとも言っていた(アスナさんが『引き続き油断できないのか……』とも言っていた)。

 

 たまにからかう感じで、ストレアさんも『パパ』『ママ』『お姉ちゃん』とか呼びそうであるが。

 ……どうでもいいが、ストレアさんの格好とか色気で『パパ』ってちょっと危険な響きが……。

 

 というかコレ極端な話、ストレアさんがキリト君にアプローチした場合のことを考えると、義理とはいえ娘に手を出す父親の図がやめよう背筋が寒くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

――追記の追記――

 

 

 

 どうでもいいことかもしれないけど、ストレアさんが『じゃんじゃん遊びに行くからね』と言っていた時に、親子水入らずで過ごしたくはないのかな、と思って聞いてみたが、気にしていないしユイちゃんも喜ぶからどんどん来てくれ、とキリト君は言っていた。

 ユイちゃんもうなずいていた。

 

 それはいいんだけど、その時にストレアさんが言った一言。

 

 

 

『だって、せっかく『お姉ちゃん』や皆が楽しそうにしてるのに、自分は横や遠くで見てるだけなんて、つまんないよ』

 

 

 

 さっそく『お姉ちゃん』呼びしてるのはともかく、

 

 この言葉に、なぜかキリト君が……何かに気づいたような、引っかかったような反応を見せていた。どうかしたのかな? 奥歯にニラが挟まったような、しっくりこない感じの表情のまましばらくいて、アスナさんに『考え事してないの』って怒られてたけど。

 

 

 

 


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