ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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ちょっと短めです。

そしてシリアス強め。
どうぞ。


第36話 決戦前の1ページ

【2024年11月7日】

 

 ……このページが、日記の最後の1ページにならないことを祈るとしよう。

 

 いきなり何を不吉なことを、という感じの書き出しだが、実際に状況は最悪に近いのでこうせざるを得ない。

 今日これから始まるのは、推定ではあるが……前代未聞の厳しい条件下における、これまでで最悪の敵とのボス戦だ。

 

 昨日の昼、ヒースクリフさんからメッセージが届き、その招集に応じて『血盟騎士団』の本部に行った僕らは、そこで『ユニークスキル持ち』全員を含む、攻略組主要メンバーで行われた会議に出席し……『ボス部屋の偵察隊が全滅した』という報告を聞くことになった。

 

 第75層……クォーターポイントのボス部屋。その調査時のこと。

 20人からなる偵察隊のうち、半数の10人が部屋の中央にたどり着くと同時に、突如ドアが勝手に閉まり……その後約5分間何をしても開けられなかった。物理的に押しても、ソードスキルを叩きつけて壊そうとしても、鍵開けスキルを使っても。

 

 そして、扉が開いた時には……何も残っていなかった。ボスも、プレイヤー達も。

 その後、第1層の『生命の碑』で、偵察隊メンバー全員の名前に横線が引かれていることを確認したという。

 

 彼らはつまり、逃げることを許されない中でボスと戦い……そして全滅した、ということだ。

 扉が閉まり、物理的に退路を断たれたのみならず……恐らくは『転移結晶』で逃げることもできなかったんだろう。それはつまり……『結晶無効化空間』。74層のボス部屋にもあった、あのトラップが、今度もまたある、ということだ。

 ……それどころか、これ以降のボス部屋全部に実装されている可能性もあるな。

 

 階層ボスの情報は、町のクエストその他をこなせばある程度までは手に入る。そのクエストや、出現条件を探すところからだから、かなりめんどくさいけど。

 それについては、アルゴさん達『情報屋』が毎度頑張ってくれている。

 

 今回も同様だったが、これ以上は手に入らなさそうだ、ってとこまで調べ上げてくれて……それで仕方なく調査隊を派遣し、実地で調べることになったのだ。その結果が……全滅だった。

 

 今後、同様の状況が100層まで続く可能性があると考えると、会議室全体が陰鬱な空気になったものの、ここで止まることはできない、というヒースクリフさんの号令により、明日――つまり今日の午後1時、参戦可能な最大戦力で攻略に挑むことになったのである。

 

 唐突ではあるものの、これ以上の情報が見込めない以上、仕方ないというか、最善策だと思う。

 

 ……それはいいんだ。僕としては、どうにか気持ちの整理はつけたし。

 始めての本格的なボス戦参加が、こんな死線も同様な場面になるとは思わなかったけど。74層の時のは……ほぼほぼ遭遇戦だったしさ。

 

 包み隠さず伝えて……当然ながら、皆には心配された。されまくった。

 

 僕のみならず、グリセルダさんやクラディールさんも参加することになるわけだから……サチさんを筆頭に『月夜の黒猫団』の皆や、『黄金林檎』の面々、その他、中層以下で関係があった人達に、口々に心配された。

 しかし、もう決まったことだからってことで、皆、どうにか納得して激励してくれた。

 

 特にサチさんと……ヨルコさんが大変だったな。心配で心配で、って感じで、泣き始めちゃって……泣き止ませるのに苦労した。

 

 その後、ヨルコさんからはこんなことも言われたし。

 

 

『必ず生きて帰ってきてくださいね……その時は……先生に、伝えたいことがあるんです』

 

 

 その瞬間、その場にいた全員が『マジでか』みたいな顔になったんだけど……うん、まあ、気持ちはわかる。

 

 ……どう見ても、死亡フラグだったからね。

 場を和ませようと、わざとヨルコさんやってくれたのかもしれないけど。

 

 ……何人か、顔が赤くなってるというか、驚愕の種類が違うような人もいた気がしたけど。

 

 ちなみに今回、ストレアさんは不参加だ。

 最大戦力で挑むとは言ったものの、参加人数に上限があり、また、タンカーなどの役割別の人数もきちんと確保しなければならない関係上、1に戦力、2にチームワーク、的な感じで選抜が行われたのである。

 

 その結果、人数的には48名フルレイドが無事に集まったものの、互いの能力を最大限に生かせる布陣を重視したため、彼女は対象外となった。

 

 それだけでなく、攻略中に万が一何かあった場合や、その前後に急きょ戦力を動かなさなければいけなくなった場合に備え、ある程度の戦力は常時待機させておくことが望ましいとされている。

 

 ……以前、攻略で主力メンバーが居なくなった隙を見計らって、ラフコフのバカ共が大規模なMPKをやらかそうとしたことがあって……その時は、僕やグリセルダさん以下の『黄金林檎』を含む、攻略組じゃないけど実力は一線級のプレイヤー総動員で対応したっけ。

 

 もう今はラフコフは滅んでるとはいえ、備えは必要だし。

 

 なので、攻略組級の実力を持っている余剰戦力として、ストレアさんや……こないだのSOSにも出ていた、モグラさんやココアちゃんなんかの一流どころも待機メンバーにいる。

 

 ……そういうわけで、あとは開始時刻を待つばかりではあるんだけども……それを待っている間にちょっとね。

 

 さっき、『血盟騎士団』本部内の一室の前を通りがかった時に、部屋の中から……震えるような声が聞こえて来たのである。

 声の主は、キリト君とアスナさんだった。

 

 彼女たちもまた、ユイちゃんの世話をリズベットさんとシリカちゃんに任せ、『ユニークスキル』を持つ攻略組の最先鋒として、ここに来ていたわけだが……ここで僕は、彼女達の、聞いてはいけない、聞くべきではない本音を……図らずも耳にしてしまっていた。

 

『本当は、2人で一緒に逃げたい』

『命なんかかけたくない。かけてほしくない。あの森の家で、平和に暮らしていたい』

 

『それでも、戦わなくちゃいけない』

『現実世界の体も、もう、そう長くは持たないはず。だから、その前に帰らないといけない』

 

『私、ずっとキリト君の隣に居たい』

『ちゃんとお付き合いして、本当に結婚して、一緒に年を取っていきたい』

 

『だから、戦わなくちゃいけな―――

 

 

☆☆☆

 

 

 ―――ガンッ!!

 

 気付けばナツメは、人気のないロビーの壁を……寄りかかって日記を書いていたそこの壁を、音を立てて拳で殴りつけていた。

 

 ぎり、と音を立てて奥歯を噛みしめ……珍しくその表情は、苛立ちに歪んでいる。

 

 そのまま壁に押し付けられている拳は、小刻みに震えていた。

 

(……あんなの、子供にさせる会話じゃない……子供に言わせていいことじゃない……っ!!)

 

 勉強して、遊んで、恋をして、

 時に傷ついて、苦しんでも、そこから立ち直って、

 これからの人生を明るく、輝かしいものにしていくために、必要なことを積み重ねていく時期だったはずだ。彼女たちの……10代という年齢は。

 

 それが、こんな狂ったゲームに捕らわれ、2年もその時間を奪われた。

 

 徐々に失われていく希望。現実の体に迫る限界。

 

 強要される戦い。非日常極まりない、剣を手に取った、命がけの日々。

 

 目の前の愛しい人と、いつ会えなくなってしまうかもわからない。

 1日1日を、そんな緊張の中で過ごす。

 

(何の罪もない彼らに、そんな過ごし方をさせて……いいはずがないのに!!)

 

 ナツメ自身、今まで、異世界転生じみたこの非日常にどっぷり浸って、忘れていたのかもしれなかった。

 

 ゲームの中だの、ファンタジーな世界観だの、ソードスキルだの……そんな装飾品で、無理やりきらびやかにして誤魔化してはいるが……解放のために戦いを強いるこの世界は、まるで、奴隷に猛獣との勝ち目のない戦いを……それこそ、死すら前提にして強要した、紀元前の権力者レベルの野蛮な考え方ではないか。そう思っていた時期があったことを、今の会話で思いだした。

 

 改めて認識する。どれだけファンタジックで、常にはできない体験ができる世界でも、どれだけ技術の進歩が不可能を可能にしたすばらしい空間であっても、

 

 この世界は……ただの棺桶だと。

 

「……君がそのように、感情を露わにしているのを見るのは、初めてかもしれないな」

 

「……すいませんね、年甲斐もなくイライラしてしまって」

 

 背後から聞こえた、落ち着き払った声。

 

 振り向きもせずに、ナツメはその声の主……ヒースクリフに言葉を返した。

 

「何か御用でしょうか? 最終的な方針決定等は、昨日の会議で最後と伺っていますが」

 

「いや、特に何があるわけではない、ただの通りすがりさ。ただ……珍しい人物が、あまり見過ごしたくない様子でいるのを見てしまったものでね。細かいことが気になってしまう質なのだよ」

 

「それは申し訳ない……集合は13時でしたね、ちょっと散歩して頭を冷やしてきます。遅刻はしませんから……ご心配なく」

 

「釈迦に説法かもしれないが、大丈夫かね? よくない精神状態では、戦いの際に無視できない影響が出ることになると思うが……無理はよくないだろう」

 

「かといって、『ユニークスキル持ち』が出ないわけにもいかないでしょう? 大丈夫……それまでにはきちんとしますよ。ただ……ちょっと嫌なことを考えてしまっただけですから」

 

 ……今更、ね。と付け足して、ナツメはその場から歩き去っていった。

 

 ヒースクリフは何も言わず、常の、感情が読み取れない微笑のまま、その背中を見送り……曲がり角の向こうに彼が消えたのを見届けて、自分もそこから歩き去った。

 

 

 

 




多分ですが、アインクラッド編は、あと2~3話くらいで終わるかもです。

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