Side.キリト
これは、ただの決闘(デュエル)じゃない。殺し合いだ。
目の前に立ち、恐らくは、GM専用のそれであろうコンソールを操作するヒースクリフを、真正面から見つめながら、俺はそう、自分に言い聞かせていた。
周りを見回せば、俺とヒースクリフ以外の全員は……こいつのGM権限によって『麻痺』の状態異常にさせられ、地に伏せている。
アスナも、クラインも、エギルも、
クラディールも、グリセルダさんも、ゴドフリーも、シュミットも……そして、ナツメも。
ある者は、声を張り上げて俺を止める。やめろ、と。一人で戦うな、と。
ある者は、憎々し気にヒースクリフを睨みつける。
そんな彼ら、彼女らの中心で……たった2人、俺達だけが、2本の足で立っている。
そして、どうやら準備を終えたらしい、ヒースクリフ――否、
このゲームの首謀者『茅場晶彦』と、俺は改めて向き合った。
(俺は、今から、こいつを……殺す……!)
この状況が何なのかといえば、話は数分前、いや、数十分前にまでさかのぼる。
第75層のボス……『ザ・スカルリーパー』との戦いは、想像を絶するレベルの凄惨なものになった。攻略組の第一線のメンバーがそろっていながら、だ。
俺達48人、フルレイドが突入し、扉が閉まり、退路を断たれ――念のためやってみたが、やはり結晶アイテムは使えなくなっていた――そこに現れたのは、巨大な骸骨のムカデ。
人間の形ではない巨大な頭蓋骨に、その両側にある巨大な2振りの鎌が特徴的な異形だった。
こいつが、何から何まで規格外で……骨だけの体だっていうのに、俊敏に動き、防御力も頑強。
しかし、何よりもデタラメだったのは、直撃すれば一撃でプレイヤーのHPをゼロにしてしまうほどの、その鎌の無茶苦茶な攻撃力だった。
俺とアスナ、ナツメはその理不尽な光景を前に、あの地下ダンジョンで相対した『ザ・フェイタルサイズ』を思い出していた。
しかしアレはボスというより、GMコンソールの番人であり、システムを保護するための公式チートと言ってもいいモンスターだった。超攻撃力や無限リポップ、ルール無用の攻撃手段という、理不尽過ぎる強さにも一応は理由があり……その意味では、まだ納得できなくもなかった。
しかし、攻略する上で絶対に避けては通れない、この階層ボスという場に配置されているこいつが、こんな滅茶苦茶な力を持っているなんて……などと考えている暇もなかったのだが。
そこで前に出たのは、やはりと言うべきか……この攻略組で最堅の2大タンク。
ヒースクリフとナツメ。赤色と青色の鎧と盾を持った、対照的な見た目の2人だった。
この2人が、真正面から2本の鎌を抑え――ナツメはお得意の両利きを披露し、右手に盾を持ってヒースクリフの逆側を的確にカバーしていた――その間に、その他の全員が側面から攻撃に回るという、シンプルながらこれしかないという戦闘方法。
時折振り回される、尻尾の骨の槍に注意しながら、俺達はひたすら攻めた。
グリセルダさんの『統率』で能力をブーストし、号令を受けてさらにブーストし、
真正面から、あえて硬い頭蓋骨を狙ってクラディールが『斬鉄剣』で、パリングなどでできた隙を逃さず、クラインが『武士道』を発動させて斬りかかり、
アスナは『神速』で縦横無尽に動き回りながら、俺は間近に張り付いて『二刀流』で、隙を、弱いところを見極めて猛攻を仕掛け、
鉄壁の防御力の『神聖剣』を生かしたヒースクリフと、攻防両面に変幻自在の『武芸百般』を持つナツメが、2本の鎌をほぼ完全に抑え……隙を見計らって攻撃を叩き込みすらする。ナツメは武器をメイスに持ち替えており、スタン狙いでソードスキルを叩き込んでいた場面も多かった。
そのまま、実に数十分にもなる死闘の果てに、俺達は、9人という数の犠牲を出して、『ザ・スカルリーパー』を討伐した。
そして、その後……本当にこれでゲームをクリアできるのか、と悲嘆にくれるムードの中で……俺はあることに気づいた。同時に、これまで頭に引っかかっていた事柄全てが結び付いた。点と点が、1本の線になったかのように。
『SOS』の決勝戦で見た……気のせいかと思っていた、あの異常な現象。
ストレアが言っていた『他の人が楽しそうにしてるのを横で見てるだけなんて』という言葉。
全てがつながって、1つの疑念が生まれ……そして、それを証明することに成功した。
あのレベルのボスと戦っていながらも、そのHPをグリーンに保っていたヒースクリフ。
その、油断している所に斬りかかり……全損とはいかないまでも、レッドゲージになるまでのダメージは通るであろう攻撃を、その胸に突き立てて……しかし、そこで俺の剣は、見覚えのある紫色の障壁に防がれたのだ。次いで表示されたのは、『Immortal Object』の文字。
『システム的不死』という、この世界で絶対のルールに守られていることが明らかになった、この男こそ……このゲームの首謀者……『茅場晶彦』本人だった。
正体が明らかになったにも関わらず、取り乱すことも否定することもなく、ヒースクリフは尊大な態度のまま俺の質問に淡々と答え、他人事のように俺の推理を称賛した。
そして、GM権限を使い、俺以外の全員を『麻痺』の状態異常にして行動を封じた上で……正体を見破った俺への賞品として、『今ここでラスボスに挑戦してみるか』と聞いてきた。
勝てば、この場でゲームはクリアしたものと認定し、全てのプレイヤーを開放する、と。
あの、SOSの決勝戦の時に使った異常な加速――『オーバーアシスト』というらしい――は使わない。もちろん、不死属性も解除する、と。
アスナ達からは口々に止められたが、俺はその申し出を受けた。
そして始まった戦いは……『SOS』の決勝戦とは、比べ物にならない緊張感の中にあった。
当たり前だ。あくまでデュエルの大会……スポーツも同然だったあの時と違って、正真正銘、俺の命を、そして、全プレイヤーの未来を懸けた戦いなんだから。
負ければ、俺は死ぬ。アスナや、ユイを残して。
1年と数か月前、1人で生きることにつかれて、自暴自棄になっていたあの頃なら……それでもいい、と自棄っぱちになって戦いに挑んだのかもしれない。
けど、今は違う……自棄になるには、俺には……守りたいものが、大切にしたい人が多すぎる。
彼女達を残して、死ぬなんて……ごめんだ。
彼女達との時間は、まだ、こんなもんじゃ足りない。2週間や3週間じゃ、全然過ごし足りない。
この先、ずっと……ずっと、一緒にいたい。
アスナがそう言ってくれたように、俺もそう思ってる。もちろん、ユイも同じだ。
だから……こんなところで、終われない!
両手に持った2本の剣を、あの時と同じように、縦横無尽に閃かせ、ひたすらに手数と純粋な威力で攻める。
右から左から、上から下から、押して引いて、袈裟懸けに逆袈裟に、
僅か数分の間に、何十回、何百回と剣を振るう。
その全てに対応され、その巨大な十字盾で、時に剣で防がれる。
それでも、これを続けて打ち破るしかない。
だから、わき目もふらず……瞬きすら忘れて、視界にとらえたヒースクリフ目掛け、剣を繰り出し続ける。
この男は、開発者として……そして、天才の名をほしいままにした、その規格外の脳みそで……全てのソードスキルを把握しているはずだ。不用意にスキルを使えば、完全に見切られ対応され、逆に決定的な隙をさらすことになるだろう。
だから、純粋に俺自身の技量で持って、こいつを上回り、打ち倒さなきゃいけない。
……そう、分かっていたはずなのに……俺の集中力は、最後までもたなかった。
何も考えずに剣を振っていたことが災いしたんだろうか。
僅かに俺の猛攻に耐えかねたのか、ヒースクリフの防御にわずかなほころびが見えて……そこに、今まで続けてきた戦いの癖が出てしまった。
隙を見せた相手には、強力なソードスキルで畳みかけるべきだという、戦いの鉄則が。
俺はそこで、『二刀流』最上位、27連撃のソードスキル『ジ・イクリプス』を使ってしまい……しまった、と思った時にはもう遅かった。
案の定、それを『知っている』ヒースクリフには、その攻撃全てに完璧に対応され……その後で襲ってくるのは、強力なソードスキル使用後の技後硬直という、決定的な隙。
しかも……泣きっ面に蜂とでも言うのだろうか、
最後の27発目を打ち込んだ瞬間、パリン、という不吉な音を立てて……俺の左手に握られていた『ダークリパルサー』が……恐らくは、耐久値が限界を迎えたためだろう、その刃が中ほどから折れてしまっていた。
そのまま、剣全体がポリゴン片に変わり、消滅する。
……もっとも、消えようが消えまいが、これから起こることに変わりはなかったんだろうが……その光景にショックを受けて、ほんの一瞬俺が目を離した隙に、奴は動いていた。
俺がもう一度視線を向けた時には……ヒースクリフは、その手に持った剣を振り上げていた。
頭は動いているのに、体が動かない。そんな絶望的な時間の中……奴の剣の刀身に、ソードスキルの赤い光が灯った。
「――さらばだ、キリト君」
そして、その剣が振り下ろされる。
俺はまだ、動けない。
ヒースクリフのステータスで、単発とはいえソードスキルの一撃を食らえば……俺の、レッドゲージしか残りのないHPは全て吹き飛ぶだろう。それで……俺は、死ぬ。
どこか他人事のように、俺はその刃が迫ってくるのを見つめていた。
1秒後には、袈裟懸けに俺の体を斬りおろし、命を絶つであろう刃を。
(ごめん、アスナ……俺…………っ!?)
死の直前は時間がゆっくりに感じられる、っていうアレだろうか。
刃の動きがスローに見える、逆に残酷なその時間の中で、俺は、この世界で一番大切な女性に、心の中で謝ろうとして……
その彼女が、俺の目の前に飛び出したのを見て……思考が飛びかけるほどの衝撃を感じた。
何で……? 何で、何でアスナが?
麻痺で動けないはずなのに……?
見れば、ヒースクリフも驚いている。この事態は、奴にとっても予想外らしい。
しかし、その剣は止まらない。ソードスキルのシステムアシストに従って、俺に向かうままの軌道で振り下ろされる。
……俺の前に、両手を広げて立ちはだかった、アスナ目掛けて。
(そんな……やめろ、やめろ! 止まれ! やめてくれ!)
この後何が起こるか、それを理解してしまった俺は、無駄だと知っていつつも、必死で体を動かそうとする。
アスナも俺と同様に、さっきまでの戦いでHPを相当に消耗している。
まともに受ければ……HP全損は免れない。
そうなれば、アスナは……。
(動け、動け、動け!!)
アスナを引っ張り戻すでもいい、剣で受けるでもいい、俺が盾になるでもいい。
あの剣を止めることさえ……それさえ出来れば!
しかし無情にも、システムという絶対のルールはそれを許してはくれない。
どうしてだ……どうして!? アスナは動けたんだ、俺だって……俺だって!
(動け、動け、動け動け動け動け動け動けぇぇえええっ!!)
そして、何もできない俺の前で……無情にも、赤い輝きを放つ剣は振り下ろされ……
―――ガキン
そんな、硬質な音を響かせ…………?
……『ガキン』?
(何だ、今の……プレイヤーの体を斬った音じゃ、ない……)
そう思った直後……もともと無茶な姿勢で飛び出したんだろう。俺の目の前で、アスナはバランスを崩し、横向きにどさっと倒れ込んだ。
そのおかげで、今まで彼女の体に、その『白』と『赤』の服に遮られていた視界が開け……
……その向こうに、『青』が翻っているのが見えた。
右手の盾を前に掲げ、アスナ目掛けて振り下ろされた剣を受け止めている。
アスナと同じく、麻痺で動けない状態だったはずの……ナツメが、そこにいた。
「……ばかな……」
驚愕を隠せないヒースクリフの前で、ナツメは俺達に背を向け……
「――
左手に持った剣に、
いや、その全身に……ソードスキルの光を纏わせ……咆哮した。
「これ以上! お前に! 1人だって命を奪わせてたまるか! 茅場ァァアアァア!!」