ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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第37話 ラストバトルは突然に

Side.キリト

 

 これは、ただの決闘(デュエル)じゃない。殺し合いだ。

 

 目の前に立ち、恐らくは、GM専用のそれであろうコンソールを操作するヒースクリフを、真正面から見つめながら、俺はそう、自分に言い聞かせていた。

 

 周りを見回せば、俺とヒースクリフ以外の全員は……こいつのGM権限によって『麻痺』の状態異常にさせられ、地に伏せている。

 

 アスナも、クラインも、エギルも、

 クラディールも、グリセルダさんも、ゴドフリーも、シュミットも……そして、ナツメも。

 

 ある者は、声を張り上げて俺を止める。やめろ、と。一人で戦うな、と。

 

 ある者は、憎々し気にヒースクリフを睨みつける。

 

 そんな彼ら、彼女らの中心で……たった2人、俺達だけが、2本の足で立っている。

 

 そして、どうやら準備を終えたらしい、ヒースクリフ――否、

 このゲームの首謀者『茅場晶彦』と、俺は改めて向き合った。

 

 

 

(俺は、今から、こいつを……殺す……!)

 

 

 

 この状況が何なのかといえば、話は数分前、いや、数十分前にまでさかのぼる。

 

 

 

 第75層のボス……『ザ・スカルリーパー』との戦いは、想像を絶するレベルの凄惨なものになった。攻略組の第一線のメンバーがそろっていながら、だ。

 

 俺達48人、フルレイドが突入し、扉が閉まり、退路を断たれ――念のためやってみたが、やはり結晶アイテムは使えなくなっていた――そこに現れたのは、巨大な骸骨のムカデ。

 人間の形ではない巨大な頭蓋骨に、その両側にある巨大な2振りの鎌が特徴的な異形だった。

 

 こいつが、何から何まで規格外で……骨だけの体だっていうのに、俊敏に動き、防御力も頑強。

 しかし、何よりもデタラメだったのは、直撃すれば一撃でプレイヤーのHPをゼロにしてしまうほどの、その鎌の無茶苦茶な攻撃力だった。

 

 俺とアスナ、ナツメはその理不尽な光景を前に、あの地下ダンジョンで相対した『ザ・フェイタルサイズ』を思い出していた。

 

 しかしアレはボスというより、GMコンソールの番人であり、システムを保護するための公式チートと言ってもいいモンスターだった。超攻撃力や無限リポップ、ルール無用の攻撃手段という、理不尽過ぎる強さにも一応は理由があり……その意味では、まだ納得できなくもなかった。

 

 しかし、攻略する上で絶対に避けては通れない、この階層ボスという場に配置されているこいつが、こんな滅茶苦茶な力を持っているなんて……などと考えている暇もなかったのだが。

 

 そこで前に出たのは、やはりと言うべきか……この攻略組で最堅の2大タンク。

 ヒースクリフとナツメ。赤色と青色の鎧と盾を持った、対照的な見た目の2人だった。

 

 この2人が、真正面から2本の鎌を抑え――ナツメはお得意の両利きを披露し、右手に盾を持ってヒースクリフの逆側を的確にカバーしていた――その間に、その他の全員が側面から攻撃に回るという、シンプルながらこれしかないという戦闘方法。

 時折振り回される、尻尾の骨の槍に注意しながら、俺達はひたすら攻めた。

 

 グリセルダさんの『統率』で能力をブーストし、号令を受けてさらにブーストし、

 

 真正面から、あえて硬い頭蓋骨を狙ってクラディールが『斬鉄剣』で、パリングなどでできた隙を逃さず、クラインが『武士道』を発動させて斬りかかり、

 

 アスナは『神速』で縦横無尽に動き回りながら、俺は間近に張り付いて『二刀流』で、隙を、弱いところを見極めて猛攻を仕掛け、

 

 鉄壁の防御力の『神聖剣』を生かしたヒースクリフと、攻防両面に変幻自在の『武芸百般』を持つナツメが、2本の鎌をほぼ完全に抑え……隙を見計らって攻撃を叩き込みすらする。ナツメは武器をメイスに持ち替えており、スタン狙いでソードスキルを叩き込んでいた場面も多かった。

 

 そのまま、実に数十分にもなる死闘の果てに、俺達は、9人という数の犠牲を出して、『ザ・スカルリーパー』を討伐した。

 

 そして、その後……本当にこれでゲームをクリアできるのか、と悲嘆にくれるムードの中で……俺はあることに気づいた。同時に、これまで頭に引っかかっていた事柄全てが結び付いた。点と点が、1本の線になったかのように。

 

 『SOS』の決勝戦で見た……気のせいかと思っていた、あの異常な現象。

 

 ストレアが言っていた『他の人が楽しそうにしてるのを横で見てるだけなんて』という言葉。

 

 全てがつながって、1つの疑念が生まれ……そして、それを証明することに成功した。

 

 あのレベルのボスと戦っていながらも、そのHPをグリーンに保っていたヒースクリフ。

 その、油断している所に斬りかかり……全損とはいかないまでも、レッドゲージになるまでのダメージは通るであろう攻撃を、その胸に突き立てて……しかし、そこで俺の剣は、見覚えのある紫色の障壁に防がれたのだ。次いで表示されたのは、『Immortal Object』の文字。

 

 『システム的不死』という、この世界で絶対のルールに守られていることが明らかになった、この男こそ……このゲームの首謀者……『茅場晶彦』本人だった。

 

 正体が明らかになったにも関わらず、取り乱すことも否定することもなく、ヒースクリフは尊大な態度のまま俺の質問に淡々と答え、他人事のように俺の推理を称賛した。

 

 そして、GM権限を使い、俺以外の全員を『麻痺』の状態異常にして行動を封じた上で……正体を見破った俺への賞品として、『今ここでラスボスに挑戦してみるか』と聞いてきた。

 

 勝てば、この場でゲームはクリアしたものと認定し、全てのプレイヤーを開放する、と。

 

 あの、SOSの決勝戦の時に使った異常な加速――『オーバーアシスト』というらしい――は使わない。もちろん、不死属性も解除する、と。

 

 アスナ達からは口々に止められたが、俺はその申し出を受けた。

 

 

 

 そして始まった戦いは……『SOS』の決勝戦とは、比べ物にならない緊張感の中にあった。

 

 当たり前だ。あくまでデュエルの大会……スポーツも同然だったあの時と違って、正真正銘、俺の命を、そして、全プレイヤーの未来を懸けた戦いなんだから。

 

 負ければ、俺は死ぬ。アスナや、ユイを残して。

 

 1年と数か月前、1人で生きることにつかれて、自暴自棄になっていたあの頃なら……それでもいい、と自棄っぱちになって戦いに挑んだのかもしれない。

 けど、今は違う……自棄になるには、俺には……守りたいものが、大切にしたい人が多すぎる。

 

 彼女達を残して、死ぬなんて……ごめんだ。

 彼女達との時間は、まだ、こんなもんじゃ足りない。2週間や3週間じゃ、全然過ごし足りない。

 

 この先、ずっと……ずっと、一緒にいたい。

 アスナがそう言ってくれたように、俺もそう思ってる。もちろん、ユイも同じだ。

 

 だから……こんなところで、終われない!

 

 両手に持った2本の剣を、あの時と同じように、縦横無尽に閃かせ、ひたすらに手数と純粋な威力で攻める。

 

 右から左から、上から下から、押して引いて、袈裟懸けに逆袈裟に、

 僅か数分の間に、何十回、何百回と剣を振るう。

 その全てに対応され、その巨大な十字盾で、時に剣で防がれる。

 

 それでも、これを続けて打ち破るしかない。

 だから、わき目もふらず……瞬きすら忘れて、視界にとらえたヒースクリフ目掛け、剣を繰り出し続ける。

 

 この男は、開発者として……そして、天才の名をほしいままにした、その規格外の脳みそで……全てのソードスキルを把握しているはずだ。不用意にスキルを使えば、完全に見切られ対応され、逆に決定的な隙をさらすことになるだろう。

 

 だから、純粋に俺自身の技量で持って、こいつを上回り、打ち倒さなきゃいけない。

 

 ……そう、分かっていたはずなのに……俺の集中力は、最後までもたなかった。

 

 何も考えずに剣を振っていたことが災いしたんだろうか。

 

 僅かに俺の猛攻に耐えかねたのか、ヒースクリフの防御にわずかなほころびが見えて……そこに、今まで続けてきた戦いの癖が出てしまった。

 隙を見せた相手には、強力なソードスキルで畳みかけるべきだという、戦いの鉄則が。

 

 俺はそこで、『二刀流』最上位、27連撃のソードスキル『ジ・イクリプス』を使ってしまい……しまった、と思った時にはもう遅かった。

 

 案の定、それを『知っている』ヒースクリフには、その攻撃全てに完璧に対応され……その後で襲ってくるのは、強力なソードスキル使用後の技後硬直という、決定的な隙。

 

 しかも……泣きっ面に蜂とでも言うのだろうか、

 最後の27発目を打ち込んだ瞬間、パリン、という不吉な音を立てて……俺の左手に握られていた『ダークリパルサー』が……恐らくは、耐久値が限界を迎えたためだろう、その刃が中ほどから折れてしまっていた。

 

 そのまま、剣全体がポリゴン片に変わり、消滅する。

 

 ……もっとも、消えようが消えまいが、これから起こることに変わりはなかったんだろうが……その光景にショックを受けて、ほんの一瞬俺が目を離した隙に、奴は動いていた。

 

 俺がもう一度視線を向けた時には……ヒースクリフは、その手に持った剣を振り上げていた。

 

 頭は動いているのに、体が動かない。そんな絶望的な時間の中……奴の剣の刀身に、ソードスキルの赤い光が灯った。

 

「――さらばだ、キリト君」

 

 そして、その剣が振り下ろされる。

 俺はまだ、動けない。

 

 ヒースクリフのステータスで、単発とはいえソードスキルの一撃を食らえば……俺の、レッドゲージしか残りのないHPは全て吹き飛ぶだろう。それで……俺は、死ぬ。

 

 どこか他人事のように、俺はその刃が迫ってくるのを見つめていた。

 1秒後には、袈裟懸けに俺の体を斬りおろし、命を絶つであろう刃を。

 

(ごめん、アスナ……俺…………っ!?)

 

 死の直前は時間がゆっくりに感じられる、っていうアレだろうか。

 刃の動きがスローに見える、逆に残酷なその時間の中で、俺は、この世界で一番大切な女性に、心の中で謝ろうとして……

 

 その彼女が、俺の目の前に飛び出したのを見て……思考が飛びかけるほどの衝撃を感じた。

 

 何で……? 何で、何でアスナが?

 麻痺で動けないはずなのに……?

 

 見れば、ヒースクリフも驚いている。この事態は、奴にとっても予想外らしい。

 

 しかし、その剣は止まらない。ソードスキルのシステムアシストに従って、俺に向かうままの軌道で振り下ろされる。

 

 ……俺の前に、両手を広げて立ちはだかった、アスナ目掛けて。

 

(そんな……やめろ、やめろ! 止まれ! やめてくれ!)

 

 この後何が起こるか、それを理解してしまった俺は、無駄だと知っていつつも、必死で体を動かそうとする。

 

 アスナも俺と同様に、さっきまでの戦いでHPを相当に消耗している。

 まともに受ければ……HP全損は免れない。

 

 そうなれば、アスナは……。

 

(動け、動け、動け!!)

 

 アスナを引っ張り戻すでもいい、剣で受けるでもいい、俺が盾になるでもいい。

 あの剣を止めることさえ……それさえ出来れば!

 

 しかし無情にも、システムという絶対のルールはそれを許してはくれない。

 

 どうしてだ……どうして!? アスナは動けたんだ、俺だって……俺だって!

 

(動け、動け、動け動け動け動け動け動けぇぇえええっ!!)

 

 そして、何もできない俺の前で……無情にも、赤い輝きを放つ剣は振り下ろされ……

 

 

 

―――ガキン

 

 

 

 そんな、硬質な音を響かせ…………?

 

 ……『ガキン』?

 

(何だ、今の……プレイヤーの体を斬った音じゃ、ない……)

 

 そう思った直後……もともと無茶な姿勢で飛び出したんだろう。俺の目の前で、アスナはバランスを崩し、横向きにどさっと倒れ込んだ。

 そのおかげで、今まで彼女の体に、その『白』と『赤』の服に遮られていた視界が開け……

 

 ……その向こうに、『青』が翻っているのが見えた。

 

 右手の盾を前に掲げ、アスナ目掛けて振り下ろされた剣を受け止めている。

 アスナと同じく、麻痺で動けない状態だったはずの……ナツメが、そこにいた。

 

「……ばかな……」

 

 驚愕を隠せないヒースクリフの前で、ナツメは俺達に背を向け……

 

「――選手交代(スイッチ)です、キリト君」

 

 左手に持った剣に、

 いや、その全身に……ソードスキルの光を纏わせ……咆哮した。

 

 

 

「これ以上! お前に! 1人だって命を奪わせてたまるか! 茅場ァァアアァア!!」

 

 

 

 

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