振り下ろされる剣が、青色のソードスキルの光を纏っていた。
しかし巨大な十字盾に防がれた。
しかしその剣は流れるような動きで引き戻され、もう片方の手に持っていた盾の『シールドバッシュ』が襲い掛かる。同じように、青い光を纏って。
それも受け流すと、今度はそれをいなした剣士……ヒースクリフの方から、剣を構えて斬りかかる。
しかしナツメは、またしてもソードスキルの光をほとばしらせて剣を逆袈裟に一閃させ、それを弾き……その動きをそのまま加速して、『体術』のスキルによる回し蹴りを放ち、ヒースクリフの鳩尾に叩き込もうとする。
その間に割り込んできた十字盾。しかし、それにあたる直前で蹴りは停止し、ナツメは跳び上がって上から剣を振り下ろす。
そのほぼ全ての動きに、ソードスキルの青い光を纏っている様子は、それそのものが彼の能力であるかのようだった。
剣も、盾も、足も手も、体裁きすら、ソードスキル、あるいは戦闘用のエクストラスキルに沿った動きになっているがゆえの、まるでオーラのように全身にまとわれた青色。
それはまさに、彼の2つ名『青纏』を表すかのような光景。
ヒースクリフも、彼のユニークスキル『武芸百般』を……完全マニュアル操作による、スキルの連続発動という技を知る者として、目の前の光景に舌を巻かざるを得なかった。
「なぜ君やアスナ君が動けているのか、未だにわからないが……どうでもよくなってしまったよ。見事なものだ……『武芸百般』をそれだけ使いこなすことができるのは、間違いなく君だけだろう。その絶技を見ることができているだけで、些細なバグかエラーなど気にする気も起きなくなる」
ヒースクリフの称賛に対し、ナツメは、何も答えない。
ただただ、同じように青い光を迸らせて攻め続ける。
「対話に応じてはくれないか。その余裕はないわけではなさそうなのだが……少し寂しいな」
「出来が良い割に随分おめでたい脳味噌をしているようですね、この極悪人。そんなに話したければ、罵詈雑言でよければお相手しましょうか?」
再び剣での一撃を浴びせ……しかし、同じように盾で防がれながらも、今度はナツメは言葉を返していた。
それを聞きつつも、ヒースクリフは……先ほどから感じている違和感が、気のせいではないことに気づく。
(これは……この、威力は……!? ソードスキルだとしても、明らかに……)
十字盾越しに感じる、ナツメの剣の威力が、その圧力が、明らかに大きい。
腰を入れて持ちこたえねば、盾が弾かれるのではないかと思えるほどに。
使っている技は、間違いなく下位のソードスキル――シンプルな動きであるがゆえに繰り出しやすく、彼のスキルとの相性もいい――であるにも関わらず、だ。
そんな彼の考えなど知らぬまま、ナツメは口を開いた。
「あなたはどうせ今、勇者が全ての希望を背負って魔王との一騎打ちを繰り広げている、その場に立っているみたいな気持ちでいるんでしょうね……全く持って腹立たしい限りだ」
「ほう……君は、違うと?」
「しいて言えば、明日も学校だっていうのに、夜遅くまでゲームを続けてやめようとしない悪ガキのゲーム機のコンセントを抜こうとしている親の心境ですかね……っ!」
「……ふむ、言いえて妙というか……皮肉が聞いている比喩だ」
「いつまで『遊んでもらっている』気でいるんですか貴方は……こちとらご丁寧に、ひとでなしの自己満足メインのロールプレイに付き合ってやる義理も何もないっていうのに、ね!」
ヒースクリフの剣を、ナツメも剣で迎え撃ち、距離が開いたところをすぐに詰めて攻撃を再開する。盾の裏から感じる圧力は依然として大きく、ヒースクリフのHPは、常の『神聖剣』の防御力ではありえない形で、徐々にではあるが削れて来ていた。
「付き合ってられないんですよ。魔王だの勇者だの、現実に生きている人間を1万人も巻き込んでのおままごとなんかに……しかもそれが自然、ないし当然であるかのように! 聞く耳を持っているとは思いませんが、ちょっとばかり出来の良い舞台装置を作ったくらいで、そこに現実の命を持ち込んで茶番に付き合わせることにあなた正当性があるとでも思ったんですかね!? 見てるこっちが痛いんだよいい年して妄想と現実の区別つかないのかこの独りよがりのサイコパス!」
「……君の怒りはもっともなものだろう。だが……流石に私も、そうまでこの世界を否定するように言われてしまっては……少々不快になってしまうな」
「それももっともな感情でしょうね、自分の大事なものを貶されれば幼稚園児だろうと還暦すぎた老人だろうと抱く思いは同じです。けどね……1万人分のそれを蔑ろにしたあなただけは、そんなことを言う権利はないと思いますよ個人的には。『お前が言うな』ってう奴です」
「なるほど、手厳しい物言いだが的を射ているな……返す言葉が、っ!?」
そこで振りぬかれたナツメの剣の一撃に……ヒースクリフは、違和感を抱いた。
(この威力……しかし、先ほど剣で受けた時は、そこまでの威力ではなかった気が……盾で受けた時だけ、威力が上がっている? いや、あるいは……まさか!?)
その直後、ナツメに異変が起こった。
今まで、途切れることなく全身を覆っていた青い光が……消えた。
同時に、力が抜けるように、ガクッと動きが悪くなり……そのHPゲージが点滅し、横に『麻痺』を表すアイコンが出現していた。
振り切ったと思われていた、GM権限による状態異常が、再び彼の動きを縛っていた。
「なるほど……相変わらず理由は不明だが、奇跡は完璧ではなかったということか」
この状況を見て、ヒースクリフは、何らかのバグか何かによって、一時的にGM権限がエラーないし誤動作を起こし、その結果『麻痺』が切れていたのだ、とあたりをつけた。
「ええ、こんなことだろうと思っていましたよ……でも、これでいい」
「? いい、とは?」
「あなたを倒すのは僕の役目じゃない、ってことですよ……と言いつつ最後に1発くらい入れさせてもらいますけどね!」
そのまま、麻痺で倒れ込むかと思いきや……ナツメは前のめりになりつつも再び手にソードスキルの光を宿し、片手剣最上位のソードスキル『ファントム・レイヴ』を放つ。
9連続で叩き込まれる剣撃。その威力に……盾は大きく弾かれ、その直後にナツメが右腕の盾で放った最後の『シールドバッシュ』が、ヒースクリフの鳩尾に吸い込まれ……
それによるノックバックと共に……ヒースクリフのHPが、わずかに削られた。
ダメージ判定がないはずの、盾での一撃で。
「……! やはり、これは……」
盾での攻撃に攻撃判定がつく理由は、大きく分けて2通りのみ。
1つは、ナツメの持つ『ガイストカッター』のような、盾自体の特殊能力として、攻撃判定がついている場合。
そして、もう1つは……
(間違いない……これは……私の『神聖剣』……!)
ヒースクリフが思い出していたのは、先程までの、盾の裏から感じる圧力の増大。
あれは、ナツメのソードスキルが異常な威力を出していたわけではない。
逆である。自分の盾の防御力が、弱くなっていたのだ。
その証拠に、剣で受けた時は、想定外なほどの威力はなかった。
そして今、ナツメの『シュテルンカイト』による攻撃で、自分のHPがわずかだが削れた。それはすなわち、彼が……スキルによって盾に攻撃力を付与したことを意味する。
つまり……
(『神聖剣』が……奪われた、だと……?)
しかしそれを最後に、ナツメの体は今度こそ力を失い、崩れ落ち……
「……というわけでスイッチです。後よろしく……キリト君」
「任せろ……ナツメ!!」
それを飛び越えるように、後ろからキリトが……それも、HPを完全回復させ、各ステータスをポーションで強化した状態で飛び出してきて、ヒースクリフに斬りかかった。
「……っ……何、だと……!?」
(よかった、アスナさん……ちゃんと通じたようで)
倒れ込んだナツメは、自らの後方で……キリトを介包したのであろうアスナに、視線を向ける。彼女もまた、麻痺が復活したようで倒れ込んでいたが……その視線は力強く、復帰したキリトの後を追っていた。
ヒースクリフは気づいていなかったが、ナツメはただヒースクリフを罵倒しながら戦っていたわけではない。彼がやっていたのは、タンクとしての基本技能……ヘイト管理と時間稼ぎだった。
最初に盾で剣を防いだ際、ナツメはポーチから取り出していた、回復結晶と強化用の各種ポーションを、自分の体と丈長のコートに隠して、アスナとキリトに投げ渡していた。
そしてその後、常の彼には珍しい、いかにも激昂したかのような大声をわざと出し……結晶などが床に落下した際の音を消した。
さらに全身にソードスキルの光を纏い、派手にコートを翻して戦い、口でもその注意を引くことで、アスナにキリトを回復+強化させるためのわずかな時間を稼いでいた。
そしてそれは達成され……キリトは万全な状態になって、さらにアスナから、砕けた『ダークリパルサー』の代わりに、彼女の愛剣『ランベントライト』を受け取り、再び二刀流となって飛び出したのだ。
「なるほど、これは……一本取られたわけか……」
(『スイッチ』と『POTローテ』は、ボス戦の基本……それに、タンクの役割の基礎も、どちらもキリト君が、MMO初心者だった僕に教えてくれたことだ。あとはまあ……さっき言った通り、あんたの自己満足に律儀に付き合ってられるかってことで。あんたはこの最終決戦、互いにアイテムやら小細工も何もなしに美しく飾りたかったんだろうが……そうしてやる義理はないんだよ)
そのキリトは、裂帛の士気と共にヒースクリフに斬りかかる。各種バフで、その体には力がみなぎり、コンディションは最善以上だ。
対するヒースクリフは、ナツメと打ちあった直後で疲弊している上に体勢も崩れており、さらにはどういうわけか、守りの要である『神聖剣』を失っていた。
その状態で行われた戦いで……決着は、ものの数秒で訪れた。
手にしている片方が『細剣』であるがゆえに、キリトも『二刀流』のスキルこそ使えないものの、今まで培って来た2本の剣を操る技は健在。縦横無尽の剣撃に、『神聖剣』の防御力を失ったヒースクリフの盾は、右に左に振り回される。
その末に、今まで幾多の強烈な攻撃を受け止めて来た十字盾は……弾かれることすら許されず、何度目かの攻撃を受け止めた瞬間、聞き覚えのある『パリン』という音と共に……ポリゴン片になって砕け散り……
「これで……終わりだああぁぁああっ!!」
ポリゴン片の残骸の向こうから、その隙を逃さずに殺到したキリトの双剣の乱舞が、ヒースクリフの残るHP全てを刈り取った。
今回の戦闘展開、もしかしたらあんまり好きじゃない人もいたかな……正面から押し切るんじゃなく、騙くらかしてその隙にキリト回復して強化してバトンタッチとか……あんまり他のSSじゃ見ないかもですね。
けど、うちのナツメは『外道相手にわざわざ真っ向勝負してやる義理はない』っていう感じの性格なので……
次回、多分『アインクラッド編』ラスト。
諸々の伏線回収も一緒にやりたいな、と思いつつ……