SEKKYO成分多め。苦手な人は注意と言うか、すいません。
最近は、ラストの茅場との会談でもいい感じに認め合って?終わるSSも多いけど……本作は……
気が付けば、キリトとアスナは……足元に雲海が広がる、空の上にいた。
目の前で、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく、鋼鉄の城。
浮遊城・アインクラッド……彼らが今まで、2年もの間を戦ってきた、SAOの舞台。
徐々に崩れて消えていくそのオブジェクト――恐らくは単なるイメージなのだろう――を見ながら、キリトとアスナは、いつの間にか横に現れていた、白衣に身を包んだ研究者然とした姿の男……『茅場晶彦』と話していた。
『ヒースクリフ』だったころとは、声も、こころなしか口調も微妙に違うように思えた。
雑談の域を出なかったように思われたが、アインクラッドの最後を見届けながら、茅場は2人に話して聞かせた。
現在、アーガス社におかれたサーバーにおいて、全データの消去作業が始まっていること。
あのアインクラッドのグラフィックは、その進行状況を反映したものであること。
現時点において生き残っているSAOプレイヤーは、順次ログアウト処理を進めており、もう間もなく全員が現実の世界に帰還する見込みであること。
彼がこの事件を引き起こした理由についても。
物心ついたころには既に脳内にあった、空に浮かぶ黒金の城へ行きたいと、作り出したいという夢に囚らわれ、それただ1つを望みとして今まで生きてきたこと。VR技術というものを知ってからは、この電子の空間にそれを自ら創造すべく、全てを投げ打って進んできたこと。
今まで死んでいったプレイヤー達はどうなる、との問いかけにも、茅場晶彦は答えた。
死者が消え去るのは、どこの世界でも同じだ、という……無慈悲なものではあったが。
そして……アスナとキリト、それにナツメが見せた、あの最後の最後の『奇跡』についても。
「あの時、君たちは……システムという、VRの世界において絶対の法則とすら言っていいルールを破り、私に、世界に抗って見せた。人の意思が、不可能を可能にするという確かな可能性を、私は見ることができた……それだけでも、君たちと刃を交えた価値はあったと思う」
自己満足だがね、と自嘲気味に付け足した彼は、ふと思い出したように続ける。
「もしかしたら……あれも、君たちの思いが引き起こしたことだったのかもしれないな」
「アレ……?」
「戦いの最中……『ヒースクリフ』の持っていたはずのスキル『神聖剣』が、いつの間にか失われ、彼の元にあったことさ。75層の戦いの前に既に言ったが……私が全部で10用意した『ユニークスキル』には、それぞれに取得条件が設定されていた」
キリトの『二刀流』であれば、既に茅場が説明した通り、全プレイヤー中で最大の『反応速度』を持っていること。
アスナの『神速』は、戦闘時の『瞬間的な移動距離』と『最高速度』、そして攻撃から退避までの切り替えの速さやテンポといった、並外れた『敏捷性』の発揮がキーになっていた。
彼女の場合、キリトと組んで戦うことが多くなり、精神的な余裕が生まれ、自分の長所を最大限発揮しつつ、それをより伸ばすことができたことも、取得につながっていたのだろう。
クラインの『武士道』は、敵との戦闘時の『逃亡回数』の少なさと、『正面から戦った回数・頻度』、そして『仲間の生存率』がキー。
いついかなる時でも目の前の敵から逃げることはなく、時に無様に倒れて転がることになろうとも、敵を倒すため、仲間を守るため、決して退かず、背を向けず、臆することなく真正面から敵に挑み続けた者に送られるもの。
クラディールの『斬鉄剣』の獲得キーは、『防御力が高い敵との戦闘回数』と『使っている武器が弱点ではない敵との戦闘回数』がキーだった。
仮に敵との相性が悪かろうが、一歩も引かず、その相性の不利すら覆す戦いを続けたがゆえ。最前線で戦い続けた彼は、毎度違う団員を率いて攻略や探索に乗り出すことも多く、その時にアタッカーとして、敵が何だろうが、自分の斬撃武器と相性がよかろうが悪かろうが、常に先頭に立って戦い続けていた。
グリセルダの『統率』は、『リーダーとして共闘したプレイヤーの総数』と、『集団戦における戦闘所要時間』、そして『共闘したプレイヤーの成長率』。
幾多の戦いの中で、時に熟練者たちを、時に未熟な初心者たちを的確に導いき、指示を出して引っ張り続けて来たがゆえのもの。彼女が中層以下のパーティやギルドと率いて指揮して戦って来た頻度・回数は、そしてそこから巣立って一流になっていった人数は、攻略組のギルドの指揮官すら遥かに上回っていた。
ナツメの『武芸百般』は、全プレイヤー中で『動作の精密性・正確性』が最高であり、なおかつ、数値には表示されない、各武器の『隠し熟練度』――スロットからの削除で表面上はリセットされたが、履歴として記録されている隠しパラメータ――が全ての武器で一定以上だった者に。
それぞれ、与えられることが、設定されて決まっていた。そう、茅場は語った。
そして、最後に……『神聖剣』についても。
「私がGM権限で『ヒースクリフ』に取得させたがゆえに、本来の設定はもはや意味のない、フレーバーテキストにも等しいものになってしまったが……『神聖剣』にも、取得条件が当初設定されていた。『最も多くのプレイヤーを護り、救った者に与えられる』というそれがね」
「……なら、あいつが……ナツメがそれを手にしたのは、奇跡でも何でもないさ」
その言葉は極めて自然に、キリトの口から出て来た。
「確かに、あんたがすでに持っていたスキルが、あの土壇場であいつに移った理由はわからない。けど、あいつは……『ドクター』として、ずっと長い間、多くの人を救って来た。戦ってだけじゃない、デスゲームに囚われて、絶望して、荒んで、堕ちていくばかりだった大勢の人達と正面から向き合って……何百人も、ひょっとしたら何千人かもしれない、その心を救って来たんだ」
俺も、含めて。
最後、ぐっと唇をかむようにして、うつむくようにしたキリトは……心の中で、そう付け足しているように、アスナには見えた。
「剣を振るったり、盾を構えているだけだった俺やあんたとは違う。それが何の意味もないことだったとは言わないけど……ナツメは、そんな俺たちには、守るどころか、見ることも、思いだすこともできなかったような人達を支えて来た。その中には、あいつのカウンセリングや、その縁でできた仲間とのつながりがなければ、命を落としていた人だってたくさんいただろう……俺は、あの世界で一番多くのプレイヤーを救ったのが誰かと聞かれれば、真っ先にあいつの顔が思い浮かぶ……多分、カーディナルもそうだったんだろう。……何も不思議なことなんかない。それだけだ」
「……そうだな。私も、あの世界を誰よりも真剣に生きた1人だという自負はあるが……あの世界の全てを、本当の意味で1つの世界だと見ることはできていなかったということか。懸命に生き、剣を振るい、仲間を守り、道を切り開く……それが全てだと、それだけ見るべきだと考えていた」
「そんな俺達が置き去りにしていた人達がいたことに、俺もあんたも、随分と長いこと気づけなかった。その間も……いや、これはナツメだけじゃないな、子供たちを守ろうとしたクラディールやサーシャさん、中層以下のプレイヤー達をまとめ上げたグリセルダさんや、流通で上層までをつなげたグリムロックさんも……」
「皆、あの世界を生きるために懸命に戦っていた……か。……あの世界を、私にとっての現実だと思い、実際にそう言っておきながら……その一部しか見ようとしていなかった。……偉そうに大口を叩く資格など、最初からなかったということか」
「それでも……俺は、あの世界もまた、1つの現実だったと思ってるよ」
その言葉に、茅場晶彦は、少し意外そうに、キリトに視線を向けた。
最後の最後にとはいえ、目の前の少年が……怨敵であるはずの自分を認めるようなことを口にしたことに。
「確かにあんたのことは憎い。俺達からいろんなものを奪っていったし、命すら奪われたプレイヤーだって、3000人近くいる。世間から見れば、データの牢獄に無関係の人々を閉じ込めた、最悪の犯罪者だと言われてるだろう。それでも……あの世界で、俺達が得たものも、確かにあった」
大切な人ができた。
心強い仲間ができた。
得難い経験をして、現実では知ることもできなかったことを知って……その他にも、キリト達がこの世界で得たものはたくさんある。その全てが……データでのことだったとはいえ、紛れもない現実だったのだ。
だから、この世界の全てが嘘だった、まやかしだった、間違いだったと断じることなどできなかったし、そのつもりもなかった。
それは、キリトの横に寄り添っているアスナにとっても同様なのだろう。
優しい笑みを浮かべながら、隣に立つ愛しい人の手をとる。交錯する視線が、何も言わずとも、その気持ちを雄弁に物語っているように、キリトには思えた。
「……そう言ってくれるだけで、私は満たされているのを感じるよ。……さて、そろそろお別れだ。君達も、現実世界に帰るといい……もう少しゆっくり、語らいの時間を与えて上げられれば、よかったのかもしれないがね」
「いいですよ、そんなの」
そう、アスナは笑みを浮かべたまま、首を振った。
「私は、向こうに戻ってからも……ずっと、キリト君と一緒にいるつもりですから。確かに、まだ色々話したいことはあったけど……それも全部、向こうで再会した時に取っておきます」
「アスナ……ああ、向こうに行っても、ずっと一緒だ。だから、少しだけ待っていてくれ。きっと……きっと君を、迎えに行くから」
「うん……ありがとう、キリト君」
その後、キリトとアスナは、現実世界に戻った後のために、互いの『自己紹介』を終え……光に包まれて、消えていった。
そしてその時には、すでに、茅場晶彦は、そこを立ち去っていた。邪魔する気はない、とでも言うかのように。
背を向けて歩き去り、空の上でコツコツと革靴の音を響かせていた彼に……声がかかる。
「……物好きなことで。キリト君達との会話の後の、後味のいい空気のまま、自分もログアウトなりなんなりした方がよかったのでは?」
「そうはいかないさ。彼らと同様……私が最も興味を抱いたプレイヤーである君との対話なしにこの世界を去ることなど、考えてもいなかったよ……ナツメ君」
歩いてきた先で、SAOの中と同じ、青いコートを着て立っているナツメに向け、茅場晶彦はそう言った。
ナツメは、首を動かして視線だけを茅場の方に向ける。
「大体の状況は、先程のキリト君達との会話が聞こえていましたので把握しています。……で、何の用でしょうか? 僕は特にあなたと話したいことはないのですが」
「最後になるからね、何か聞きたいことでもあれば、と思ったのと……個人的に、君に礼を言いたかったから、だろうな」
「今言った通り、聞きたいこと以前に、貴方と話したいことが特にありませんよ、おかまいなく。礼というのは……どういう意味か分かりかねますが」
「……先程、キリト君達からも聞かされて、私も改めて把握したところなのだがね。君があの世界で、真剣に生きてくれたことに対しての……だよ。それこそ、私達の目が届かなかった、見ようとも思えなかったところで、君はこの世界に生きる全ての命と真摯に向き合い、彼らを救ってくれていた……私は創造者でありながら、考えの足りなかったことを詫びなければならないだろう」
「詫びてもらったところで何になるわけでもありませんので結構です。あと言っておきますけど、僕に何か喋らせても、あなたの望むような耳心地のいい言葉は出て来ませんよ?」
「それでもだ。私は、君があの世界で何を見たのか、どう感じたのか……それがどういう答えであろうとも、それを知りたい。だからここにいる」
「………………」
声に抑揚はない。顔も、無表情のままだ。
それでも、その声からは……不思議と、これだけは譲れないとでもいうような、確固たる意志が感じ取れた。
無言のままその言葉を咀嚼し、しばらくの沈黙を経て、ナツメは口を開いた。
「ゲームとしては面白かったと思いますよ。グラフィックもAIも秀逸でしたし、自分の体を動かしてプレイするっていうフルダイブ環境を生かした秀逸な戦闘システムは、言葉そのままの『臨場感』が、ゲーマーにはたまらないものだったでしょう。ゲームシステム以外にも、ここで様々なプレイヤー達と育んだ絆や、積み重ねることができた経験は、何物にも代えがたいものだと思っています……本当に、何度思ったことか……『この世界が普通のゲームだったら』ってね」
「……君の言葉を借りれば、『ただの棺桶』……だったかな」
「……ああ、あの時僕、口に出していましたか。そしてそれを聞かれていたと」
第75層ボスとの決戦前、ヒースクリフと言葉を交わした時のことを思い出すナツメ。
あの時はまだ、まさかあの男が、この全ての黒幕と同一人物であろうとは、気づけていなかった……最終的に、あのボス戦後のキリトの指摘で知るまで、騙されたままだった。
「すまないね、盗み聞きするつもりはなかったのだが」
「お気になさらず、気にしていません。……お気づきかとは思いますが、ここから先、聞いていて愉快な話は出て来ませんので、お覚悟を」
そして、呼吸を整えるようにして、
「この世界を完成させるために、あなたはこうして1万人のプレイヤーを電脳世界に監禁し、実際に命をかけさせた。死ねば生き返れないという、現実世界と同じような理を敷くことで、この世界を少しでも本物っぽくしようとしたんでしょう……そこに生きる人々の営みも含めてね。言い回しは忘れましたが、最初のチュートリアルでも、貴方はそういう感じのことを言っていた気がする」
「…………」
「この世界を1つの現実だとキリト君は言った。それをあなたは嬉しそうに聞いていたようですが……それは、あなた自身がわかっていたからですか? この世界が、偽物の世界だと」
「……さあ、どうだろうね。私自身は、この世界もまた現実だと思っているが……ここを作り出した1人として、私自身がこの世界を否定するわけにはいかない、という立場を差し引いてもだ」
「現実の1つだと、僕も思っていますよ? ただ、『偽物』だと言ってるんです」
「その2つは違うことなのかな?」
「大違いですとも。人が自分の意思で何かを決め、何か行動を起こす。それが成立している限り……このSAOに限らず、他のMMOだろうと、二次元のドット絵のゲームだろうと、それは須らく現実の一部です……ただ、見た目を整えられ、人の手で誂えた『作りもの』であるというだけで。貴方はそれで満足せず、『本物』を求め……少しでもそれっぽくするために、現実のルールを持ち込んだ。『本当に死ぬ』というそれを適用することで、本物の世界としてこのSAOの中で生きるようにプレイヤー達に強要した。人の命を、ゲームの完成度を上げる材料として組み込んだ。そうでもしなければ足りないと思っていたあなた自身が、この世界が偽物だと誰よりもよく知っていた」
「………………」
「そうまでしたその理由は、自分の中の空想を現実に投影させるという、いわば自己満足……もう呆れてものも言えませんよ。自己満足なら自己完結させていてほしかった……言ったところで何を反省するとも思えませんが、どれだけの人が巻き込まれたと思ってるんですか」
「1万人……そして、3千人近くが死んだ。そのことは、キリト君にも痛烈に言われたな」
「それだけですむものか……やっぱり貴方は何も見えていない。何が創造者だ、嗤わせる」
「…………?」
「巻き込まれた1万人だけで完結するはずがないでしょう? その家族や、友人、職場、恋人……そういう周囲の人に加え、この事件を解決するために動いたであろう警察や、あるいは国そのものに対策チームか何かできたかもしれませんね。そういった人達が、1日、また1日と過ぎるたびに、ニュースでまた死者が出たと情報が流れるたびに、どれだけ不安で、悲しくて、悔しかったか……実際に見てもいない僕には想像することしかできませんが、それでだって気が狂いそうになる」
「…………」
「僕にも家族がいます。兄が2人と、父と母が。職場には仲のいい同僚もいたし、恋人はいませんでしたが、学生時代からの付き合いの友人もいる。真剣に数えようとすれば、ちょっと名前を上げるのが大変なくらいには、親密か疎遠かひっくるめて、人とのつながりがあった自覚はあります。僕1人でそれなんだ……それが1万人まきこまれた。一体、どれだけの数の人が最終的に巻き込まれ、人生を狂わされたか……一回でも考えたことがあるんですか?」
徐々に語気が強くなっていくナツメの言葉を、茅場は何も言わずに聞いていた。
「SAOが終わっても、この事件によって起こる波紋は広がり続けるでしょう。このゲームの中でのPKはイコール殺人だ、それを犯したプレイヤーには監視がつくかもしれない。トラウマになって今後VRどころか、パソコンやゲームそのものに触れない人だって出てくるかもしれない。そもそも、2年も仮想世界に囚われた後の社会復帰がどれだけ大変か……関係者も関係者以外も、社会の全てが、不要だったはずの苦労を強いられる……それは茅場さん、あなたの周囲も同様のはずだ」
「私の周囲……か」
「アーガス社はまず間違いなくこの事件のあおりを受けて倒産するでしょうし、そこの社員達も、その家族を巻き込んで路頭に迷うことになる。それに多分、この事件の共犯として、あなたの世話をさせていた人物がいたはずだ……家族か、恋人さんあたりですかね? 後、事件に直接関係がなくとも、あなたの……ご両親がご健在かはわかりませんが、遠い親戚筋にまで波紋は広がるでしょう。果たして今後、そういう人達は無事でいられるか怪しいものだ」
「…………」
「あなたのことだから、直接ないし法的には責任が及ばないようにしているんでしょうが、人間は論理的な思考だけで動く生き物ではありませんよ。時に感情に動かされ、時に何を失うのも構わずに愚かな行動を取りうるのが人間だ。SAOで大切な人を失った人が、そういう人たちに憎悪の凶刃を向けないという保証ができますか? それをあなたは、『ただの八つ当たりだ、私には関係ない』とでも言って知らぬ顔をするんでしょうかね? ……どっちだったとしてももう手遅れですがね。ああもしかして、そうやって人々の心に残り続けることまで含めて、この事件によってSAOという世界の存在を知らしめる貴方の思惑でしたか? ……だとしたらいよいよ言葉もないですが」
「……信じてはもらえないだろうし、そもそも栓無い問答だとは思うがね……私には、そんなつもりはなかったよ。ああ、君の言う通りだ……私は、そんなところにまで目を向けてはいなかった。頭の中にあったのは、いつだって、あの浮遊城をこの手で完成させるということだけだった。彼女達には……そうだな、申し訳なかったとは思うし、できることなら無事でいてほしいと思う」
「……もう、あなたには祈ることしかできないのでしょうが、諸々差し引いても、やはり僕は……あなたに同情する気にはなれません。百歩譲って、あなたの周囲の人くらいなら別ですがね」
「それでいいさ、私が背負うべき咎だ……できるなら、私が『全て』背負って行きたかったのだがね……」
「……そろそろ行ったらどうですか。どうせこの後死ぬおつもりでしょう?」
「ほう、なぜそう思うのかな?」
「なんとなくですよ。あなたの頭の中なんぞわかりませんが……こういう事件の黒幕は『死んで逃げる』が定番ですからね。こんなことをやらかして、それを収束させようとしたなら、生きたまま法廷でさらし者になるより、首謀者の死体を残して後は事務作業に任せた方が効率がいい。行き場のない感情にもだえ苦しむ人は多いでしょうが、1人の人間の処遇に社会全体が振り回されることはなくなり、その分のリソースを他のことに向けられる……穿った考え方なのは認めますがね」
死ぬ、死なないだのと物騒な会話をしているにもかかわらず、2人の声は抑揚のない、その分逆に不気味にも思えるものだった。
「否定はしないでおくが……君もたいがい、現実離れした性格をしている部分があるな。……本当にそっくりだよ、君のお兄さんに」
しばしの沈黙が訪れ……その後、ため息交じりにナツメが口を開く。
「やはり覚えて、というか、気づいていましたか、茅場さん。直接会ったことは……1回か2回しかなかったと思いますが。それも、兄のおまけで……10年近くも前に」
「もちろんだ。と言っても、気づけたのは初めてこのゲームで出会ってから大分後のことだったがね……君というより、君のお兄さんの方が強く印象に残っていたから、そこからだったな。彼にも悪いことをしてしまった、君のことをさぞ心配しているだろう」
「案外、開き直って爆笑してる可能性もありますけどね……まあ、兄もあなたとの接点は、大学のゼミ同士の交流会とか、社会人になる以前の研究発表関連で、何度か一緒になった程度だったと聞きますし、そこまでマスコミとかに追いかけられることもないとは思いますが」
「それでも、電子工学という分野でつながりがあったことには変わりないからな……警察から話くらいは聞かれているかもしれない。代わりに謝っておいてくれないか」
「ごめんですね。反省している様子はなかった、とでも伝えておきます」
一転して繰り広げられていた、微妙に緊張感に欠ける会話は、そこでふと途切れる。
「……君が彼の弟だとわかって、納得できたくらいだよ。あそこまで命に対して真摯に向き合ってくれたのは……君自身が、命の尊さや儚さというものを、誰よりもよくその目で見て、知っていたからだったのだな。エルドビア……だったかな、そこでの経験か」
「その分、価値観がぶっ壊れてる部分もできてしまってますけどね……」
そこでナツメは、はあ、とため息をつく。
「あそこは、物も、笑顔も、明日への希望もないという意味では……この世界よりもよほど地獄でしたよ、隣で寝ていた誰かが、次の日死体で帰ってくるなんてこともあった……。手を伸ばしても誰にも助けてもらえない……否、助けることができない。切り捨てなければ生き残れない。いかに日本人が平和ボケしてるのかってことをよく思い知らされる日々でした……戦場帰りの人が、床に横になって寝られなくなる、っていう逸話、自分が体験することになるとは思わなかった」
過去を懐かしむように、穏やかな口調で物騒なことを話すナツメ。
そして、それでも、と続ける。
「それでもあそこにいた人たちは、懸命に生きようとしていた。物がなくても、貧しくても、傷ついても、失っても、虐げられても……必死でそれを乗り越えて生きようとしていました。その彼らの……上から目線の同情だということは承知しつつも、強さや気高さ、美しさみたいなものを、僕はそこで目にして、知っている。……だからこそ、そういったものを我が物顔で踏みにじるような真似をするような奴が……一番嫌いなんだ。レッドプレイヤーや……あんたみたいな奴が」
「………………」
「……もう、これ以上はいいでしょう。昔話に花を咲かせても、楽しくもない。さっき言った通り、ここから先、僕の口から耳聞こえのいい言葉はでてきませんよ。……他の誰がどんな形であなたを認めようとも、僕はそうしないつもりですから……」
その言葉に、茅場が少し寂しげに笑うと……同時に、ナツメの体が光り出した。
それに少し驚きつつも、ナツメもまた、別れの時を悟る。
「……そうだな。君も、そろそろ……待ってくれている人の所に帰るといい。個人的には、ここで君とこうして話せて、この時間を持つことができてよかったと思えているよ」
「やり取りしたのが半分以上クレームや罵詈雑言でも?」
「だからこそだ。私が知りたいこと……いや、それだけではない、気づけなかったことまで君は教えてくれた。間違いなく、私にとって実り多い時間だった……こんなことを言ってはまた怒られるかもしれないが、君がアインクラッドに来てくれて、本当に良かったと思う」
「……さいですか」
言っている間にも、どんどん光は強くなり……同時にナツメの輪郭があやふやになっていく。
ナツメの方からも、視界がぼやけ、茅場晶彦の姿を視認するのは難しくなっていた。
「せいぜい、地獄に行ってもお元気で…………さようなら、茅場晶彦」
「ああ、さようなら…………『西神千里』君」
そして『ナツメ』は、SAOの世界から姿を消し……
……都内の、ある大学病院の一室にて……入院患者の1人、『
これにて『アインクラッド編』は終了となります。
次の更新は、ちょっとプロットとか見直すので、若干時間もらうかもしれません……
第2章『フェアリィ・ダンス編』開始まで、しばしお待ちください。