ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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第4話 そろそろいいかな?(遅)

【2022年12月6日】

 

 SAOがデスゲームに変わってからちょうど一ヶ月。

 

 ……このゲームの中だと、曜日やら月日、季節の感覚があいまいになる気がするけど、日記付けてるとそれも確認できていいな。

 

 そんな節目にだが……昨日、カウンセリングの客から、ある情報が入ってきた。

 

 曰く……この『第一層』が攻略されたという。

 へー、そりゃすごいな。誰に?

 

 ……そう聞いたら、何か数日前に『攻略会議』ってのが『トールバーナ』の町の広場で開かれて、ボス戦に参加するプレイヤーをそこで募っていたんだそうだ。知らんかった。

 

 ここんとこ、いい加減に青猪じゃ経験値たまらなくなってきてたから、この1層のいろんな場所回ってバトルしてたんだよな。

 

 そのせいで、噂とかに疎くなってたから、気づかなかったのか……失敗した。

 ガイドブックからだけじゃなく、そういう生の情報も重要ってことだな。

 

 まあ、知ってたところでそれに参加したかって聞かれると微妙だが。

 安全マージンは一応大丈夫なところまで行ってはいるものの、まだ色々と『修行』すべきだと思ってるところがあって、その辺の調整に最近は費やしてるから。

 

 ただ痛ましいことに、そのボス戦では、若干1名の犠牲者が出てしまったらしい。

 

 たったの1名で済んだと取るべきか、それとも1名だけでも犠牲者が出てしまったことを深く悲しむべきかは……まあ、個人の価値観に寄るだろうし、言及は避けようと思う。

 その場にいなかった僕が言ってもどうしようもないしな。

 

 しかし……ちょうど数日前に買った『最新版』のガイドブックにもそのボスの情報は載ってたけど……一目自分の目で見てみたかった気もするな。これから先、ひょっとしたら僕自身も、階層ボスの攻略戦に関わっていくかもしれないし。

 

 ちょっと見学するくらいはしておいてもよかったかもしれない。

 やや不謹慎だとは理解しつつ、そう思う。

 

 次の第2層のボス戦には参加できるだろうか、なんてことを思いつつ、今日も今日とて『修行』の日々を送ることにする。

 

 実はこの間、ちょっとしたミスから、若干ではあるが命の危険を覚えるくらいの事態を引き起こしてしまったところなのである。

 

 僕としたことが……戦いすぎて集中力を途切れさせてバカやるとは、情けない。一から鍛えなおしだな、全く……きちんとガイドブックにも書いてあったっていうのに、忘れていた。

 

 『リトルネペント』だっけか? あの、植物系モンスター。

 一層で最強の性能を持つ剣『アニールブレード』の取得クエストで戦うアレ。

 

 植物系モンスターだけあり、派生種に『花つき』と『実つき』……その名の通り、花が咲いてる奴と、実がなってる奴がいるんだが……クエストの討伐対象は『花つき』であるところ、間違って『実つき』を倒してしまうと、周囲にいる同種のモンスターが一斉に襲い掛かってくるという、RPGにはよくあるトラップ仕様のモンスターなのだ。

 生半可なレベルではそれに耐えられず、逃げることもできず、袋叩きにされて死ぬことになる。

 

 今日、狩りしてたところで、間違ってやっちゃったんだよ、『実つき』を。

 10や20じゃ利かないモンスターが襲って来たよ。

 

 超大変だった。うん、アレは焦るわ……視界一面植物モンスターだもんな。

 落ち着いて、かわして斬って、かわして斬って、を繰り返して、どうにか全滅させることができたものの……さすがに肝が冷えた。反省しよう。

 

 もう油断はしないようにして、腹が減るなり疲れたりして気力が十分じゃなくなったら、なるべく『圏外』に長居はしないようにしよう。正直もうあんな思いはしたくないし。

 

 

 

 いやホント、もうちょっとでHPバーが黄色になるところだったもの。

 心臓にいくない。

 

 

 

【2022年12月10日】

 

 今日をもって、第1層での『修行』を終了することにした。

 理由は簡単。『ソードスキル』を始めとした戦闘技能を十分に習熟できた、と判断したからだ。

 

 レベルもがっつり上げたし、これならしばらくは楽できる……っていうとアレな言い方だけど、まあいいだろう。安全マージンは確保できたってことだ。

 

 ここでちょっと自画自賛と言うか、調子に乗ってみるが……今の僕に足りないものは何だろう?

 

 武器や防具……足りてる。

 モンスターを狩りまくって稼いだコルで、予備のものも含めて武器防具はばっちり揃えてあるし、中にはクエスト報酬やモンスタードロップの非売品もある。

 

 アイテム……足りてる。というかいつでも好きなだけ買える。それだけの蓄えはある。

 

 ソードスキル……足りてる。

 足りてるっていうか、もう第1層ではこれ以上の成長は見込めないだろう、っていうくらいには鍛えた。もっと強い武器を使うか、あるいはもっと強い敵と戦うかしないと、効率的に悪すぎると判断した。

 

 情報……足りてる。少なくとも、今の時点では。

 最新版の『ガイドブック』に加え、システムウィンドウから閲覧できるヘルプとかハウツー的な事項も全部、隅から隅まで閲覧した。その過程で色々変なものも見つけたが。

 

 『カウンセリング』で知り合った人たちから、そこそこ色々な情報をもらったりもしたし、その情報については、可能な限り自分の足で実際に歩いて裏を取った。

 

 さらに、10万コルの寄付以来、何かと気にかけてくれるアルゴさんからしょっちゅう有益な情報を買っている。

 

 これ以上の情報は……実際に現地に行かなければ手に入らないだろう。

 

 そんなわけで、僕に今、足りないもの、必要なものは何か。

 それは……『経験』だと思う。

 

 実際に敵と戦い、敵の動きを見て、それに対応して戦い続けることで得ていく経験。

 そればっかりは、同じ敵とばっかり戦ってレベル上げしていくだけの毎日では、積み重ねようがない。

 

 だったらさっさと2層なり、迷宮区なりに行けばいいんじゃなかったのか、とは言うな。

 

 いくら『実践』がいい経験になるといっても、その下準備は必要なんだ。何度も言ったように。

 

 竹刀の振り方も、道着の着方も、防具のつけ方も、剣道のルールも知らないで、いきなり公式戦に出ても何もできない……っていうか出られないだろう。僕は今まで、そんな『大前提』とも呼ぶべき技能を会得し、磨いていた段階だったんだ。

 

 それが盤石になったので、ようやくここからは前を見て歩き始める段階、というわけだ。

 

 まずは迷宮区に進んで……そこでの戦闘に慣れる。

 戦闘『自体』になれることができている今の僕なら、敵のレベルに合わせて適宜ギアを上げ、そこの戦いに慣れていくことを繰り返せば、この先やっていけるはずだ。

 

 この1層みたいに、モンスターを見るのも嫌になるくらいに戦い続けて、そのモンスターそのものに慣れるまではしなくていい。

 今の僕になら、それができるはずだ。

 

 ちなみに今コレを書いてるのは、宿屋である。

 デスゲーム開始当初に利用していた宿屋ではない。あの後移った。

 

 ここのことは、こないだアルゴさんから聞かされて知ったんだが……いやあ、こんな穴場があったとは。

 手頃な値段で、ミルク飲み放題、風呂もあるという優良物件。

 

 日本人にはたまらない風呂もそうだし……僕は牛乳大好きなので、毎日がっつり飲んでいる。

 

 朝起きてまずコップに1杯、一気飲み。

 朝食のお供に2~3杯。

 出かける前に1杯、一気飲み。

 夕方帰ってきたら、1杯か2杯、一気飲み。

 夕食のお供に2~3杯。

 特に理由はないけど1杯、一気飲み。

 夜寝る前に1杯、一気飲み。

 夜中に目が覚めたら1杯、一気飲み。

 

 どんだけ飲んでんだって話であるが、飲み放題だっていうからには元取りたいし。

 

 飲むようになってから、狩りの効率も上がった気がする。

 まあ、気のせいかもしれんけど……モチベーションは間違いなく上がった。

 

 正直、ここを引き払うのはちょっと躊躇われるんだが……同じような宿が2層にもあるといいんだがなあ。

 ……最悪、ここに宿取ったまま2層には通う形でやる手もあるか。手間だけど。

 

 宿のことはさておき、今、早朝夜明け前の時間帯に僕はコレを書いている。

 これから、夜明けとともに圏外へ出て、迷宮区に挑戦する予定だ。踏破するだけならそこまで時間はかからないらしいが、念には念をってことで、朝一番で挑戦する。

 

 そう、僕は『転移門』は使わず、わざと迷宮区を歩いて抜けて2層を目指すつもりだ。

 ボスを倒した迷宮区は、そのまま次の層へつながるダンジョン兼通路として使えるらしいから。転移門があるから、そういう意図で使う人は皆無だけど。

 

 今までと違う敵への対応の練習にもなるし、そうするべきだと思った。

 

 ……だからもし、この日記がこのページで終わってしまったら、そこで僕は死んだ、ということだ。

 大丈夫だとは思うけどね……物事に絶対はないから、さ。

 

 ……いや、こんな弱気じゃいけないな。

 リアルの職場でも、こんな弱気で臨んでいい現場なんて1つもなかったんだ。

 

 思い出せ、ミスの許されない……しかし、それが当然、成功して当然の戦場を。

 人の命を扱う仕事場を。僕らに命を預けて、信頼して麻酔で眠る患者の顔を。

 手術成功後に笑って『ありがとう』と言ってくれる、未来を守れた患者の皆の笑顔を。

 

 それと同じだ。かかってるのは自分の命だけ……逆にというか、むしろ気が楽だ。

 

 慎重になれ、でも弱気にはなるな。胸を張れ。前を向け。

 絶対上手くいく。必ず成功する。

 いや、もう成功しているも同然だ。それだけの準備は整った。

 

 ……よし、覚悟完了。行こう。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 その日、1層迷宮区でレベル上げをしていたあるパーティが、奇妙なものを目撃した。

 

 人の骨格の体に犬の頭を持つ『コボルド』。その系統の魔物が主に出現するこの迷宮区で、彼らは狩りに勤しんでいた。

 

 そこまでではないとはいえ、やはり通常の『圏外』エリアに出る魔物よりも強力と言っていい迷宮区の魔物に、慎重になりながらも順調に経験値を集めていた彼らは……ふいに、向こう側の通路を歩いているソロのプレイヤーに気づく。

 

 腰から下げる形で装備した片手剣は、第1層で手に入る最高性能の剣『アニールブレード』。

 身に着けている防具も、かなりの品質のものがそろっているように見えた。

 

 しかしそれでも、ソロプレイヤーというのは珍しい。

 迷宮区に限らず、SAOにおいては生存率を高めるために、パーティを組んで複数で移動し、戦い、互いをかばい合い、補い合うのが一般的だからだ。

 

 ソロでは、いざという時、何かあった時に対応できない場面も多いのだ。

 

 ゆえに、パーティの限界人数6人で迷宮区に挑んでいる彼らから見て、謎のソロプレイヤーは異質であり、危なげに見えた。

 

 そんな矢先、ソロプレイヤーの前方に、2体の『コボルド・ナイト』が現れる。

 

 6人全員が良心的な心根の持ち主だった彼らパーティは、数の上で既に負けているそのソロプレイヤーを心配し、『いざとなったら助けに入ろう』と物陰から様子をうかがっていた。

 

 そんな彼らの視線の先で……そのプレイヤーは次の瞬間、腰の剣に手を伸ばして素早く引き抜くと、直後にその剣が『ソードスキル』発動の光を帯び……

 

「―――シッ!」

 

 一呼吸の間に、2体のコボルド・ナイトの間をすり抜けるようにして放たれたるソードスキルが、急所である首に放たれ……2体のコボルド・ナイトは、一撃でその姿をポリゴン片に変えて果てた。

 

「「「………………は?」」」

 

 その光景を見ていたパーティは、一瞬の間に起こったあまりの出来事に、反応できない。何も言えない。

 ただ、あっけにとられていた。

 

 その彼らの目の前で、そのソロプレイヤーは、何事もなかったかのように歩き始め……そのまま、曲がり角のむこうに消えた。

 

 ……消える直前、彼らパーティの方に向けて、ぺこりと会釈程度に一礼して見せたことで――気付いていたらしい――彼らはようやく意識を取り戻した。

 

 何だ今のは? 誰だ?

 全員の言いたいことは同じなれど、それに答えを返せる者はいない。

 

 複数のMobを相手にしても全く臆することのない度胸。

 正確に首を狙えるだけの技術。

 急所にヒットしたとはいえ、一撃で敵のHPを削りきる攻撃力。それを可能にしているのであろうレベル補正。

 

 ……どれをとっても、明らかに普通のプレイヤーとは違う。最前線レベルだ。

 しかし、誰もそれが誰なのかわからない。

 

 そんな中……戦闘関連の事柄以外で、ふと思い至ったことがあった1人のプレイヤーが、何かに気づいたように「あっ」と声を上げた。

 

 気づいたのだ、あのソロプレイヤーが……自分がかつて救われた、ある恩人に似ていると。

 場所はもちろん、装備も髪型も何もかも違っていたため、すぐには気づけなかったが……

 

「今の……『ドクター』じゃね?」

 

 

 

 


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