ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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第41話 ほら、よくある天の声的な

 

【2025年1月10日】

 

 今日僕は、再びVRMMOの世界に舞い戻ることとなった。

 

 もちろんSAOではない。現在、日本中で大ブームになっているゲーム『アルヴヘイム・オンライン』……通称『ALO』である。

 

 しかし、ゲームを楽しむためにやるのではない。

 

 事の発端は、昨日の夜、帰宅した龍馬兄さんに聞かされた、1つの聞き捨てならない話である。

 

 龍馬兄さんの元に、大学時代の後輩だという男から、あるデータの解析に協力してほしいという旨の連絡があった。メールで、それを添付ファイルに添えて。

 しかも、『今日中に何とかお願いします!』と。

 

 時間は夕方にさしかかったくらいである。普通に考えれば、データの解析なんぞ数時間、あるいは数日かけて行うものだ。……龍馬兄さんなら30分らしいが。

 とはいえ、そんなもんを何の事前連絡もなしに。今日中だのなんだの言って送ってくるって、この時点で社会人として失格なんじゃあないかと。

 

 しかも、その後輩は能力こそあったものの、素行はいいとはいえず、また兄さんの研究成果やら何やらのおこぼれにあずかろうとゴマをすってくるような男だったため、印象は最悪。

 

 できるできないは別にして、んなことしてやる義理はないと、龍馬兄さんも突っぱねようとしたそうだが……添付されていたデータを見て気が変わったらしい。

 

 そのデータ、電気信号とそれに対応して発生した別な電気信号の生理学的なロジックをまとめたもので、恐らくは人間の感情や記憶に関わりがあるものだったという。

 

 データは一部偽装されてカモフラージュされていたらしいが、龍馬兄さんは当然のようにそれを解き明かし、同時に疑問を抱いた。いったいこの男は、どこで、どのようにしてこんなデータを手に入れたのか。これをどういう使い方をしようとしているのか、と。

 

 仮に何かの研究の成果として手にしたものだとして、明らかにそれはまともなものではないと確信した龍馬兄さんは、メールでのやり取り(手を貸す、ってにおわせたら食いついてきたそうだ)を通じて、あらかたの事情を把握した。

 

 どうもこのデータの解析は、その後輩の仕事のノルマらしいのだが、一向にうまくいかず、このままではボスに怒られる、という状況にあるらしい。

 今、この研究は非常に上手くいっていて、自分達のボスも上機嫌。そこで足を引っ張るようなことをすれば、最悪首を切られるかも……と。

 

 もちろん、その仕事の詳しい内容や、ボスとやらの素性については、守秘義務やら個人情報やらの話になるので話さなかったが、そのへんはうちの兄さんもぬかりない。

 

 解析したデータを添付して、わざわざ超わかりやすく解説まで添えて送り返した上、『何かあったらまた何でも頼ってくれたまえ』なんて心にもないリップサービスまでつけたそうだ。

 解析結果以外にも、自作のスパイウェア型ウイルスを一緒に送ったそうだが。

 

 その結果、判明したデータの送り元は……『株式会社レクト・プログレス』。

 『ALO』を運営している企業であり……同時に、SAO事件で倒産したアーガスに代わり、そのサーバー管理等を請け負っている会社でもある。

 

 さらに、こないだ話した結城教授の旦那さん・結城彰三氏がCEOを務める巨大企業『レクト社』の系列企業である。

 

 ……最後のはともかく……きな臭くなってきた。

 

 龍馬兄さん曰く、あのデータは、特定の電気信号を送った際に、人間の脳から発せられた反応を電気信号に置き換えた際のそれが大本になっていたと思われる。言わば、感情や記憶のモニタリングを行ったものだそうだ。

 

 そんな研究をレクト・プログレスが行っているという話は聞いたことがないし、そもそもこれだけ詳細かつ具体的なデータを採取するには、かなり大掛かりかつ長時間の実験を行う必要がある。設備も、かなり高出力・高精度のデバイス越しに行う必要がある。

 

 およそ秘密裏に行えるような実験内容ではない、と龍馬兄さんは考えたそうだが……1つだけ、可能性があるとのこと。

 

 大人数で、長時間の、高出力・高精度のデバイスを用いた脳のモニタリングが可能なケース。

 それは……レクト・プログレスが、SAOの未帰還者を実験に利用しているというものだ。

 

 レクト・プログレスが維持・管理しているSAOのサーバー等データ。それを利用すれば、一部のプレイヤーをわざとログアウトさせず、意識を封じ込めて、そこに外部から刺激を与えて反応を見る……そういう、言わば『人体実験』とでも呼べるようなこともできる可能性がある。

 

 被験者はもちろん、SAOの未帰還者およそ300名。

 そこにアスナさんが含まれているのが故意か偶然かはわからないが。

 

 そして、『ナーヴギア』ならば、そのためのデバイスとして性能も十分である。

 電磁パルスの出力が低く、いざとなれば安全装置でプレイヤーを確実に守るよう設計されている『アミュスフィア』と違い、ナーヴギアの出力は長時間、いや長期間継続した実験にも十分に利用可能だし、気を利かせてプレイヤーを保護したりするような優しい機能もない。

 

 そして、その実験に最適な環境を、レクト・プログレスは持っている。

 そう、『ALO』だ。

 

 300人分の脳の情報をモニタリングするような環境は、相当に大規模な研究設備を必要とする。それこそ、大企業でも用意するのは難しい。秘匿するのはさらに難しい。

 

 しかし、もとから似たようなこと……フルダイブ環境のVRゲームを管理しているレクト・プログレスであれば、そのサーバーの一部を使うことで、『ALO』を隠れ蓑にしてその非道の実験を行うことも可能だろう、というのが、龍馬兄さんの見解である。

 

 まとめよう。

 今、SAO未帰還者300名は、レクト・プログレスによって人体実験に利用されている。

 さらに、その実験施設は、それそのものが『ALO』のゲーム世界の中にある可能性が高い。現実にそういうモニタリング用の設備を用意するよりも、ゲームの中の一部オブジェクトにそういう機能を持たせる方が、作るのも隠すのも簡単だからな。他、現実の世界に必要な設備は、被験者が頭にかぶってるし。

 

 もちろん全て推測だが、状況証拠的にこう仮定すると全部納得がいく。

 なので、無視はできない。

 

 ……無論、これは本来、僕の仕事じゃないんだろう、総務省とか、そういうところのお役人さんが気にするべきことで、単なる一般人である僕が口を出すべきことかと聞かれれば、否だろう。

 

 だとしても、気になってしょうがないし……あの世界で2年間を過ごした僕にとって、アスナさんを含め、あそこで共に戦った人たちはかけがえのない仲間だ。

 ログアウトして、今ではもう会えなくなってしまったとはいえ、その思いは変わらない。

 

 で、それならいっそ直接調べに行くか、ってことになって……今日、実行した。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 珍しく早めに帰宅した兄さんと一旦別れ、僕は自室に戻る。

 鍵をかけ、手に持っていた紙袋から1つの紙箱を取り出し……それを開けて中身を取り出す。

 

 それは、サングラスかバイザーのように見えなくもない、しかしそれにしては大型で、機械的な見た目をしている装具だった。デザインを重視しているというか、スタイリッシュな見た目だが、パッと見では用途がわからない人がほとんどだろう。

 

 これこそが、かの『ナーヴギア』の後継機である、VR用ハード『アミュスフィア』。安全性を最重視し、幾重もの、しつこいくらいの安全装置によって、何かあった際にプレイヤーを確実に守ることを念頭に置いて設計された、フルダイブ用ゲーム機だ。

 

 だが、これはただの『アミュスフィア』ではない。

 事前に買っておいた『アミュスフィア』……に、少々兄さんが手を加えて作った、改造品である。

 

 といっても、改造ってほど何か大掛かりなことをしているわけじゃない……ただ、市販の外付け拡張用メモリを取り付けたくらいしか、見た目の違いはない。

 そのメモリだって、違法な改造グッズとかじゃなく、メーカー公認の正規品だ。

 

 つまり、外見、あるいは機構的には何もイレギュラーなところはないのだ。

 そもそも、拡張メモリが必要なほどデータ容量を食うゲームは、今のところないらしいから、つけているプレイヤーなんぞほとんどおらず、そのせいで浮くってだけで。

 

 ただし僕の場合、ナーヴギアのローカルメモリ内部のデータを移植する際に必要だったのだ。

 兄さん曰く、そうしておくと後でいいことがある、という見込みだということで、兄さんに新品のアミュスフィアと、ナーヴギアを預け、一晩おいて返されたのがこれである。

 

 SAOのデータなんぞ持ち込んで、別ゲームで役に立つのかとは思ったが、まあいい。

 

 ナーヴギアと比べればかなり軽いそれを装着し、ベッドに寝転がって……2年前にも唱えた、キーワードを口にする。

 

 「すぅ……はぁ…………よし。リンク・スタート」

 

 

 

 ダイブ直後……当然のことながら、ニューゲームのため、キャラクターの作成とか、全部が全部まっさらの状態から始めることになる。

 

 説明書は事前に紙媒体、及びネット上に公開されている者を全て読み込んでいたので、それと内容が被る部分は飛ばして……しかし残りは全部読む。

 新規IDとパスワードを入力し、キャラクター設定の画面(空間そのものなので、画面といっていいものかアレだが)に来る。

 

 性別は男。ネカマをやる気はない。

 

 次に、名前は…………

 

 …………………………

 

 

 …………ふむ…………

 

 

 …………………………

 

 

 ………………名前、か。

 

 

 

 ……………………『おい、千里』

 

「おわっ、びっくりした!?」

 

 と、突然頭の中に声が……しかも、現実の世界で聞きなれたそれが響き、不覚にもびっくりしてしまった。集中して色々考えこんでいたのも災いしたな……いや待て、そんなことよりも。

 

「え、龍馬兄さん? 何で? どこから喋って……」

 

『それは後で話す。それよりお前、名前くらい早く決めろ。いつまで時間をかけている気だ』

 

「いや、それはさ……これから先長く使っていくかもしれないわけだし、そうじゃなくても名前は雑にしないできちんと決めたいでしょ? だから、ちゃんと考えて……」

 

『1分以内に決めろ、でないと私がここから操作して適当に決めた名前を打ち込む』

 

「ちょっと何を!? え、そんなことできるんですか!? てか、だからどこから喋って……」

 

『私の自室だ。そのアミュスフィアには、お前のナーヴギアのローカルメモリ内部のデータに加えて、私が自作した双方向の通信を可能にするアプリケーションをカモフラージュしてインストールしてある。だから音声のみならず、その気になれば映像やデータの送受信も可能だし、こちらからある程度ゲーム内のデータに手を加えることもできる』

 

「いつの間にそんなことを……チートじゃないですか」

 

『状況が状況だ、しかたない。オンオフは可能だから、普通にゲームを楽しみたい場合はオフにしてしまえばそれまでだし、後からアンインストールもできる…………それよりあと25秒だぞ』

 

「それ本気だったんですか!? そんな殺生な……」

 

「お前SAOの時にキャラメイクに2時間かけたと言ってたな? そういう設定に優柔不断で考え込みすぎるのはお前の悪癖だ。そこまで付き合っていられん」

 

 正確には、名前を決めるのに30分、アバター作成に1時間半だ。

 もっとも、そのアバターはあの『手鏡』のせいで、メガネ以外全部水泡に帰してしまったが。

 

 どうやら龍馬兄さんは本気のようだったので、変な名前にされてはかなわないと思い……いっそ前と同じでいいかと、『Natsume』と入力した。

 SAOの時と同じ……まあいいか。呼ばれ慣れてる名前だし。

 

 はぁ……じっくり考えて決めるのが僕のやり方なのに。

 

 「最後は種族選択だな……9つの妖精の中から選ぶ、と」

 

 火妖精(サラマンダー)風妖精(シルフ)地妖精(ノーム)影妖精(スプリガン)闇妖精(インプ)水妖精(ウンディーネ)猫妖精(ケットシー)音楽妖精(プーカ)鍛冶妖精(レプラコーン)………………ふむ。

 

『さて、あと60秒』

 

「待って兄さん、これは流石に急いで適当に決めるとかないから。プレイスタイルにも関わるし……つかむしろ一緒に考えて」

 

 聞こえてきた非常な宣告を、一応真面目な理由で遮って、ついでに龍馬兄さんを巻き込む。

 ……実際、僕一人だと長くなる自信はあるので。

 

『ふむ……まあ一理あるか。後からどうにかできんこともないんだがな』

 

「? 何、まだ何か仕込んでるんですか?」

 

『いや、まだ(・・)仕込んでいない』

 

 後から仕込むように聞こえたのは気のせいだろうか。

 

「まあいいか……趣味プレイをする予定は今のところないから、戦闘能力に絞って選ぼう」

 

『なら、生産系の色を前面に出している種族は避けるべきだな。戦えないわけではないが、どうしても見劣りする』

 

 プーカとレプラコーンは除外……っと。

 

「ケットシーも除きましょう。モンスターをテイムすることができるという点が最大の特徴だったと思いますが、それは時間も手間もかかりすぎますし」

 

 残った種族は、どれも戦えるが一長一短、てところだ。

 

 サラマンダーなら火力に優れる。シルフならスピード、ウンディーネなら回復・補助魔法、といった具合で……

 

 これから僕はおそらくソロプレイヤーとして活動することになる。となると、重視すべきは瞬間的な火力よりも継戦能力だろう。武器を上手く使えば、接近戦の火力にそこまで差は生まれないはずだし、プレイヤースキルには自信がある。

 

 加えて、このゲームの最大の特徴である『魔法』や『飛行』については僕は初心者だ。最低限のスペルは直ちに覚えるつもりだが、それを主体にした種族は避けるべきだろう。スロースタートになるのはごめんだ。

 

 しかし、魔法にも戦闘用のそれ以外にもいろいろあるようだし……

 

「んー……ノームも除外かな。残る5つ……」

 

 サラマンダー……攻撃系の能力に優れる。『殺られる前に殺る』『攻撃は最大の防御』

 

 シルフ……スピードと聴覚、あと魔法も結構得意。『当たらなければどうということはない』

 

 スプリガン……戦闘系の能力はそうでもないが、幻影系や探索の魔法が得意。スカウト系?

 

 インプ……暗中飛行と暗視が得意+魔法攻撃の耐性が高い……だったかな?

 

 ウンディーネ……回復・補助系の魔法が得意。魔力も高め。水中活動もできる。

 

 この5種族は、接近戦能力は大きな差はない。あえていうならサラマンダーが一番火力が高いだろうけど、他の種族もプレイヤースキル次第で十分戦えるし、あとはサブで使うことになるだろう魔法とか特殊なスキル、その他の長所で選ぶべきだな。

 

 そして恐らく僕の戦闘スタイルは、SAOで培ったスキルを活かす形で……接近戦最重視。ピュアファイターに近いものになるだろう。

 だが、徐々に魔法も使えるようになるつもりだ。最初からそこを捨てる気はない。

 

 ……ウンディーネにするか。回復と補助が得意だから、継戦能力は一番ありそうだし。

 どうせしばらくは剣がメインの火力になるけど、後から魔法系の能力を伸ばす余地もある。

 

 ……後は、髪色やらメインカラーが青いってのもあるな。あの世界で、青は半ば僕のイメージカラーみたいになってたから。うん、これにしよう。

 

 選択、決定。

 

 そして、容姿はランダムで決定される、と。

 

『……ほう、こんなこともあるものだ。いや、SAOのデータを流用したから、そうなるべくしてなったのか?』

 

 すると、なぜか兄さんにそんなことを言われた。

 何か意味ありげなセリフに聞こえたので、ちょっと嫌な予感がしていると……僕の目の前に、なぜか突然鏡が現れる。容姿を見れるようになってるんだろうか?

 

 そこに映っていたのは……現実の僕にかなり近い見た目の僕だった。

 細かいところはさすがに違うようだが、コレ何と言うか……SAO時代のアバターを持ってきて、妖精風味に作り替えたらこうなる、って感じの奴じゃないかな。

 

 なぜかメガネが標準装備になっているあたり、非常に疑わしい。それとも、こういうフレーバーアイテムもランダムで出るもんなのか?

 髪はちょっと長くなったな。それに、さっき、種族選択時に例としてランチャーに出て来たグラフィックと違って、随分と色が濃い……ほとんど黒色に近い青色、って感じだ。

 ……まあ、髪型はカスタマイズできるみたいだし、気にしなくてもいいか。

 

 それと、特徴的なのは……やはりというか、背中についてる羽だな。水色で、半透明。

 

 ああなるほど、種族によって必ずしも髪の毛の色は固定されるわけじゃないけど……この羽の色は変わらないんだな、多分。これを見れば、例えば金髪のシルフとか、青い髪のケットシーとかがいても、種族がすぐわかるわけだ。

 

 よし。それじゃあ……始めよう。

 

『よし、準備は整ったようだな。それでは……行くとしようか』

 

「……兄さんずっとついてくるの?」

 

『無論だ』

 

 イレギュラーなナビゲーション、あるいはナレーションと共に、僕は新たなゲームの世界にダイブした。

 

 

 

 




チート(?)追加については賛否ありそうですが……実際うちのナツメなら、普通にゲーム楽しむのならともかく、ガチで『調査』、しかも相手が下衆ともなれば遠慮はしないと思ったので。

キリトだって、わざとじゃないとはいえ、SAOからの引継ぎで強くてニューゲームやってましたし(震え声)


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