Side.結城京子
『ALO』の中で、私と西神先生は、『ナツメ』と『エリカ』、『クリード』と『レイ』、その他様々なアバターを使い分け、サラマンダー以外の領地全てで数日かけて調査を行った。
互いに社会人であるため、リアルの都合がつく夜の一部の時間でのみの行動だった。
それゆえに時間はかかってしまったけれど、おおよその情報は集まったと思う。
今のところ、利用できそうな最有力なものでは……近々、シルフとケットシーが同盟を組んで『グランドクエスト』に打って出る可能性がある、というものがあった。
なら……どうにかしてそれに便乗して、グランドクエストをクリアするのが、一番手っ取り早そうね。そのための手段を考えないと。
もちろん、元々正攻法でクリアできるとは考えづらいから、その対策も合わせて。
それにしても……あのルールの下でよく同盟を組む気になったものだと感心させられた。
西神先生(御兄弟2人とも)から説明されて私も理解したが、あれは、過去の歴史上の権力者が、自分の配下たちの離反・謀反を防ぐため、偽情報や不平等な扱いにより、互いに敵対させて結託を防ぎ、あわよくば勢力を削るまでさせようとしたような政策に近い。
ゲームの中だからと、深くは考えられていないのだろうが、確かに『悪辣』としか言えない。
もともとクリアさせる気がないゲームであることを鑑みれば、いい手ではあるのだろう。
それに……ここ数日の経験で、今までの私では考えられなかったであろう、いちゲーマー、いちプレイヤーとしての視点で意見も述べられるようになった。
それからしても、あのルールは最悪だと思う。
様々な種族を使って戦って分かったが、あのゲームの楽しさの本質は……個人個人で意見はそれぞれあるだろうが、その1つは、異なる種族同士が協力して戦う、あるいは生活を営むという点の楽しさだと思うのだ。
攻撃に優れたサラマンダー、防御・耐久に優れたノーム、回復が得意なウンディーネ、スピードを生かしたかく乱が得意なシルフ、幻惑で味方を掩護するスプリガン、テイムモンスターによるトリッキーな戦術を可能にするケットシー……戦闘だけ見ても、これだけすぐに役割を上げることができる。それを分担し、協力して敵を倒す……それも、私が少しプレイしただけでもわかった、あのゲームの楽しみ方の1つだった。
よくは知らないけど、一昔前のゲームにも、『勇者』や『戦士』、『魔法使い』や『僧侶』、『盗賊』といった職業が存在していたと聞いたし、『炎』や『水』、『電気』や『エスパー』といったタイプないし属性のようなものがあるらしい。ALOにもあるわね。
ならば元々、それこそ、仮想世界の『か』の字もなかったような昔から、この手の楽しみ方は、ゲームにおける常道の1つだったのだろう。
それを理解してしまうと、この『グランドクエスト』の違和感はどうしてもぬぐえないものになってしまう。49人ものプレイヤーが参加可能なのに、他種族と協力するという選択肢を奪うことのどこに意味を見出せと言うのか。
サラマンダーばかり49人、ずらりと並んだ赤い羽の妖精たち。
使う攻撃も、弱点も、全て同じ。……どこに面白みを感じろというのかしら。
……ああ、そこも運営にとって都合がいい点の1つなのね。
同じ属性が弱点の妖精が大挙して襲ってくるなら……例えばサラマンダー相手なら、水氷属性の攻撃を使うモンスターを大量に配置すれば、それだけでほぼ詰みだもの。
まあ、1つの種族の鉄の結束とか、いくらでも言いようはあるんでしょうけど……それよりも、種族を超えて手を取り合った仲間たちが、互いに協力し合って困難を可能にする、そんな物語の方が好ましく思えてしまうのは、私だけなのかしらね?
そんな風に、すっかりゲーマーとしての考え方ができるようになってしまった私は……今日、娘のお見舞いのために、病院を訪れた。
そしてそこで、決定的な出来事に遭遇する。
私は夫と、夫の数人の部下……そして、明日奈の婚約者である須郷伸之と一緒にそこに来たのだけれど、道中で夫が、明日奈と須郷を結婚させる気だと言ってきた。
こ、この人は私に相談もなくいきなりそういうことを……!
え、何? あくまで提案として進めている段階であり、決定事項じゃない? きちんと私にも相談はするつもりだった? ちなみに式は来週、この病室で?
ごめんちょっとこの人何言ってるのかしらホントにわからない。あんたバカァ?
……一瞬『違う、そっちじゃない』って誰かから言われたような気がしたけど、よくわからないからまあいいわ。
明日奈の件は全然よくありませんけどね! 何をあなた勝手に決めて……まだ決めてないって? いや決めてるじゃない思い切り! 結婚どころか式の日取りまで!
提案として『進めている』って、準備とか含めて進んでる気がしますけど!?
その隣の須郷も『お義母さん落ち着いてください』『あ、すいませんつい……』って、イラっとすることを言ってくるし。ちょっと待て誰がお義母さんだって?
剣が欲しい。一瞬そう思った。ゲーム脳かしら。
あなたも『ははは、気が早いな須郷君』じゃないでしょう! 言いましょうか!? 言いましょうかあなたの代わりに私がかの有名なセリフを! 『君に母と呼ばれる筋合いはない』と!
強烈な疲れを覚えながら見舞いに行った病室で……私達は、私達より先に来ていた1人の少年と出くわした。
彼のことは、会ったことはないけど夫から聞いていた。
『桐ケ谷和人』君。SAOにおいて、アスナと親しかったプレイヤーの1人であり……SAO最強と言われた剣士。ゲームをクリアし、数千人の命を救った英雄なのだと。
現実世界で実際に見ると、とてもそうは見えなかった。
いや、貶しているわけじゃなくて……いい意味でね? 荒事とは無縁な、優しそうな、かわいい顔の男の子、っていう感じに見える。
話してみた感じ、誠実で真面目な性格のようだし……夫の覚えもいいようだ。
私としても……ゲーマーへの偏見を取り払った今の状態だからかも知れないが、彼のことは好意的に受け止めることができたし。
……だからこそ、その後に起こったことを、彼に対して本当に申し訳ないと思った。
少し気になった私は、夫と一緒に先に行くふりをして、こっそり病室の前に戻って聞き耳を立てていた。
そして、知った。
あの男……須郷伸之の、吐き気を催す邪悪と呼べるであろう、下卑た本性を。
私や夫がいなくなったと見るや、自分が明日奈の婚約者であることや、近いうちに式を挙げることをつらつらと並べ、キリト君にひけらかすように聞かせ、目の前で娘の髪を……
……ちょっとこれ以上は、思い出すだけで色々と我慢できなくなりそうだわ。
あの瞬間、私の中で心は決まった。
どんな手を使ってでも、こいつと明日奈の結婚を阻止すると。
そして、ALOで行われている可能性がある非道……それがもし真実ならば、この男は間違いなく絡んでいるだろう。娘との結婚を『相応の報酬』なんて言う男だ。むしろ納得できる。
今まで、夫のことを『人を見る目がない』なんて偉そうに言っていたけど……それ以前の問題ね。私にも責任はある……こんなクズの存在を見抜けず、放置してのさばらせていた責任が。
本当、今まで私は何をしてたのよ……自己嫌悪でどうにかなりそうだわ……
明日奈には、後できっちり謝り倒すとして……と、そこまで考えたところで、部屋から飛び出してきた彼……和人君とぶつかった。
『ご、ごめんなさい、前をよく見てなくて……』と謝って、足早に立ち去ろうとする彼を、私は呼び止めた。
そして、彼の正面に回り……ポケットからハンカチを出して、渡した。
戸惑う彼に対して……自分でも聞いたことがないくらい、穏やかで、優しい声が出た。
『……ありがとう』
『え?』
『娘の……アスナのために、泣いて、怒ってくれたのよね…………本当に、ありがとう』
『…………っ……!』
目の端に浮かぶ涙をこらえ、隠すように……彼は、今度こそ走り去っていった。
その背中を見送り……私は、私の戦いを最後までやり抜く決意を固めた。
☆☆☆
【2025年1月19日】
やばい。
超やばい。
何がやばいって、エリカさん……結城教授のやる気がやばい。
いやむしろ『殺る気』だろコレって感じでやばい。
いや、今日あったこと……現実世界でキリト君と会ったこととか、その際に須郷とかいう奴の本性を知ったこととか、一通り聞いたから、その気持ちはわかるけどさあ……目がマジだよ。
法律で許されるなら、殺人すらやってのけそうな危ない目だよ。
……まあ、僕が言えたことでもないか。
話を聞いた時、久々のあの、心が凍り付くような感覚が湧き上がってきたのを感じたし。
ただ単に僕がいつも通りでいられたのは……あれだ、『自分よりパニックになっている人がいると冷静になれる』っていう法則と同じ理由だ、多分。
子を弄ばれる瀬戸際にいる親の怒り、か。
それを前にすれば……価値観が破たんしたサイコパス予備軍の殺意なんて、吹けば飛ぶようなものでしかないということだろう。
ストレアさんも、『今日のエリカ怖い……』って小声で震えてたくらいだし。
ちゃんと彼女も、アスナさんの危機には怒ってたけどね?
さて、そういうわけでエリカさんが本気を超えた本気になったので、ここからはさらにペース上げていくことになった。
彼女、ちょうどいい機会だからって、溜まってる有給使ってまでALO攻略進めるつもりらしいので、それならと僕も休暇を日取り合わせてガチで取り組む用意を進めている。
同時に、コネをフル活用して『レクト・プログレス』及び須郷伸之を摘発し、かつ『レクト』そのものへのダメージを最小限にすべく裏工作を進めているらしい。
似たようなことはこっちでも兄さん達に頼んで進めてもらってる。
いつも通り龍馬兄さんにはお世話になってるんだけど、今回は事情を話して奏一郎兄さんにも協力してもらってるんだよね。
あの人、確か大学時代からの友人に、今『警視正』だかって肩書の人がいたはずだから。
……どうせだからキリト君にも事情話して協力してもらおうか、とか考えたんだけど、エリカさんのお願いでそれは却下された。
あの子に、これ以上重荷を背負わせたくないそうだ。……何があったのかは聞かなかった。
……けど、何でだろうな……?
結局、彼とは一緒に戦うことになりそうな気が今からしてるんだけど。
★アスナママのキリトへの好感度が上がりました
★アスナママのゲーマー及びSAO生還者への偏見が解消しました
★アスナママの怒りが限界を超えました
着々と須郷の地獄への道が舗装されていく……
なお、時系列がようやく原作に追いつきました……次回以降、キリト君ようやく動き出します。