【2025年1月22日】
……色々あった。
色々ありすぎた。たった1日2日の間に。
あー疲れた本当にもう! キリト君は相変わらずハチャメチャやるし、リーファちゃんというか妹ちゃんはブラコンだし、キリト君はまた女引っ掛けたっぽいし、エリカさんはそんなキリト君を見て複雑そうにしてるし、サクヤさんはミステリアスだし、アリシャさんは軽いし、サラマンダーは相変わらず鬱陶しいし、ユージーンのおっさんは相変わらず顔濃いし、ホント色々あった!
……一気に書くとわかんなくなるから、順序良くね。順序良く。
事の発端は、シルフ領で情報を集めていたエリカさんが、妙な噂を仕入れて来たことだ。
このエルフの領地において、『エルフ五傑』とまで言われる凄腕の女剣士である『リーファ』というプレイヤーがいるらしいのだが、その少女がつい数時間前、正体不明のスプリガンの剣士と共に出奔したという。
ついでに、勝手にチームを抜けられて面目を潰されたと、彼女が所属していたチームの元・リーダーであるシグルドとかいう奴が、えらく腹を立てている、とも。
……チームを勝手にとか、面目がどうのとか、そこはかとなく小物臭がするんだが……まあいいとして、問題はここからである。
その、『リーファ』という子が連れていたプレイヤーの名前が、『キリト』というらしい。
しかも、スプリガンだからというのもあるだろうが……上から下まで真っ黒な恰好だった。
さらに、どう見ても初心者用の装備でありながら、武装したサラマンダー3名を相手にして勝利した凄腕の剣士であると、その『リーファ』さんが自慢げに語っていた。
その後、食事処で、『世界樹』について話しているところを目撃されていた。
さらにその後、武器調達のために立ち寄った道具屋では、『もっと重い剣がほしい』という発言をしたのが目撃されている。
おまけに、プライベート・ピクシーと思しき、長い黒髪の小さな妖精を連れていた。
『キリト』という名前に加え……『真っ黒』『初心者なのに超強い』『世界樹に興味津々』『重い剣』……ああ、うん、これはもう九割方確定じゃなかろうか。
そして最後の『プライベート・ピクシー』って……多分、『ナビゲーションピクシー』の別の呼び方だと思うんだが、あれだろ、ユイちゃんだろ。
彼女は、僕の時のストレアさんと同様、キリト君のナーヴギアのローカルメモリに保存されていたはず。ALOにログインした時に、アイテムの中から見つけて展開し、再会したんだろう。
予想通り来たか、この世界に。
ネットか何かで、例のアスナさんが映っているSSを見つけたか、あるいは別の理由か……まあそれはいい。
キリト君がこの世界に来たのなら、そして、プレイを楽しむでもなく一直線に世界樹を目指しているのなら、十中八九狙いはアスナさんの救出だろう。少なくとも……彼女の現状を把握していなくとも、彼女に関する手がかりを求めているはずだ。
ならば、あのSSが撮影された場所である世界樹に向かうはず。
それならもういっそ……エリカさんは、巻き込みたくない、と言っていたけど……彼と行動を共にした方がいいだろう。戦力も充実するし、情報も共有できる。
それに、どっちみち彼は1人でもやろうとする。
そして、その過程でほぼ間違いなく、無茶苦茶なことを平気でやる。
だったら、そのストッパーも兼ねて僕らがついてた方がいい気がする。
彼に振り回されて、そのリーファさんとやらが疲れ果てる前に(笑)。
やはり多少渋っていたものの、最終的にエリカさんもOKしてくれたので、彼との合流を目指すことに。世界樹目指して行ったなら……シルフ領からだと、『ルグルー回廊』だかを通って中立域に行くはずだから、その一番よさそうなルートで行くことにした。
それで見つけられるのか、という疑問については……恐らく大丈夫だ。
なぜかと言うと、こっちにはストレアさんがいる。そして向こうにはユイちゃんがいる。
この2人は、不完全とはいえ、システムに干渉する能力を持っているMHCPだ。他者のID情報を感知することができる。
ゆえにストレアさんは、ユイちゃんやキリト君にある程度近づけば、その存在を察知できる。
逆もまた然り。ユイちゃんも、僕やストレアさんを察知して、キリト君に教えてくれるだろう。
だからまずは、彼らを追って早く出発しようってことで町を出て……途中までは飛んでいったんだけど、飛行限界が来てからは、ひたすら走った。
スピード重視ってことで、僕はエリカさんを……失礼とは思いつつもおんぶさせてもらい、さらにピクシーモードになったストレアさんをポケットに収納し……全速力で走った。
この世界は肉体的疲労ってもんがないので、集中力さえ続けばいくらでも走れるってのがいい。
加えて、ウンディーネの強化魔法と、シルフの加速魔法を重ね掛けしてるので、スピードが面白いくらいに出るんだコレが。
最初は恥ずかしがっていたエリカさんだが、すぐにそんな余裕はなくなり、遊園地でジェットコースターに乗っている女子高生のごとき悲鳴が継続して聞こえるようになった。
だがそれも少しすると慣れたようで、『酔うからなるべく揺らさないで下さい』との注文が。
メンタル強いな。
ナビゲーションはストレアさんに任せて、スピード違反? 何それ美味しいのとばかりに飛ばしていき……さほど時間をかけずに『ルグルー回廊』に到着。そのまま突入。
そして、しばらく進んだところで……ストレアさんが、ユイちゃんの気配を感知した。
しかし、何か向こうもすごいスピードで移動してるっぽくて、『あっ、見失った』『あ、見つけた!』ってのを何回も繰り返すことになり、しゃーないので最短ルートを全速力で追いかけることになって……それでもなかなか追いつけないので、途中ショートカットを挟んだ。
ウンディーネの能力の1つに、『水中行動が得意』というのがあるんだよね。水中を高速で動けたり、息継ぎなしで長時間行動できたり、っていうのが。
それを利用し、途中にある水路を突っ切ってショートカットしたのだ。僕とエリカさんにその魔法をかけて……水中にいた高レベルモンスターは全部無視して。
ここの水路や湖は、ウンディーネがいなければ戦闘は無理、とまで言われる難易度らしいが、僕そのウンディーネなものでね? しかも、戦闘じゃなくて逃走一択でね?
で、ようやく追いつけたと思ったら……また、変な状況のとこに出くわしたんだよなあ。
その場所は『蝶の谷』という場所らしいんだが、そこに……シルフとケットシーの一団がいた。
しかしそれは、偶然2種族のパーティが出くわした、という感じの雰囲気ではない。シルフもケットシーも、制服っぽい感じで、全員の服装が統一されていて……いや、双方とも1人だけ、違う服の人がいた。ひときわ小柄なケットシーと、長身で和服っぽいいでたちのシルフが。
ストレアさんのID感知能力により、その2人がそれぞれの種族の『領主』だと判明し……それを聞いて、エリカさんが大体のことを把握、というか予測した。
シルフとケットシーは、近々同盟を組んでグランドクエスト攻略に乗り出す可能性がある、という情報がもともと入って来ていた。これは、その為の首脳会談か何かの場なんだろう。
……そして、それを察知したサラマンダーの大群によって、彼女達は今まさに襲われそうになっている……という状況か。
前にもちらっと書いたが、各種族の『領主』を打ち取ると、その倒した相手の領主館に蓄えられている財産の30%が無条件で手に入れられる上、数日間その町に自由に税金かけられるという、どでかいメリットがある。サラマンダーはそれを狙ったわけだ。
……理屈はわかるんだが、とことんサラマンダーに対するイメージが……盗賊・野伏・無法者で埋め尽くされていく……そういうロールプレイ大好きな集団なんだろうか、ってくらいに。
それはともかく、どうしたもんかねこの状況?
流石に僕でも、あの数のサラマンダーを相手にして勝てるかと聞かれると……無理だな。
ここが森の中で、今が夜なら、やってやれないことはないんだが。
ついでに『ナツメ』じゃなくて『クリード』にキャラを変えればより確実だ。
しかしこの状況……デスペナを覚悟でなら、双方の領主に恩を売れるかもしれない。
極端な話、彼らは領主さえ無事なら、デメリットを回避できるならそれでいいはずだ。僕がサラマンダーを足止めしている間に、領主2人だけ逃がせれば……
方法は色々ある。幻惑の魔法や霧の魔法で視界を塞ぐとか……MPKよろしく、モンスターを大量トレインしてサラマンダーにけしかけるとか。後者はちょっと時間的に間に合うかどうか微妙ではあるが、前者と組み合わせればより効果的だろう。
できれば、キリト君と2人で当たれれば、より確実な上に、上手くすれば僕らも生き残れる可能性が…………あれ、ちょっと待て?
そういえばキリト君どこだ?
というか、キリト君もしかしてこれを知ってて、あんな全速力でここに向かって来てたのか? だとしたら今……
『双方、剣を引けぇっ!!』
…………え、何してんの君!?
☆☆☆
Side.キリト
ルグルー回廊で、いきなり襲って来たサラマンダーから聞き出した情報と、リーファがリアルの知り合いから聞いたっていう情報から、中立域の『蝶の谷』で行われる、シルフとケットシーの領主同士の極秘会談が、サラマンダーに襲撃されるということを知った。
それを止めるため、俺とリーファ、それにユイは、全速力でその場所に向かった。
途中、ユイが何度も『あれ? 今何か気配が……』『あ、また……あ、でも消えた。何なんでしょう、さっきから……』とか何度も言うものだから、またサラマンダーに追尾されてるのか、なんて警戒してしまったものの、そんなこともなく目的地には到着した。
だったら、ユイの懸念は何だったのか、ちょっと気になるんだが……まあいい。
残念ながら、領主達に危機を知らせて撤収させるってのは間に合わなかったけど……だからってここまできて何もせずに撤収、ってのはない。まだ、やりようはある。
俺はその場に突貫し、敵方の指揮官を呼び出して……
自分は、スプリガン・ウンディーネ同盟の大使である。
今後友好的な関係を築いていくために、シルフ・ケットシー同盟の調印の場に挨拶に来た。
ここで自分を敵に回せば、今後4種族を敵に回すことになるが、それでいいのか。
……とまあ、だいたいこんな感じのことを言った。
無論、全部ブラフなわけだが。
しかし意外なことに、それを聞いた瞬間、指揮官であるらしいユージーンとかいうサラマンダーを含む数人が、ぎょっとしたような表情になった。
なんか、『スプリガンとウンディーネだと……!』とか聞こえたんだけど……え、信じた?
その後しばらく考えてから、『大した装備でもないし護衛もいないような奴の言葉を信用するわけにはいかん』『俺と戦って勝てたら信じる』という、まあバトル展開というか、お決まりのパターンに持っていかれた。
まあ、もっともな見解だよな……条件を出してもらえただけありがたいと思えばいいか。
というか、てっきりすぐに否定されるもんだと覚悟してたんだが……何であんな迷うような素振りを見せたんだろうか? わからん。
その後、そのユージーンの持つ『魔剣グラム』の、物体を透過する能力に意表を突かれて苦戦しつつも、俺はリーファの剣を借りての『二刀流』を駆使し、どうにか勝利することができた。
で、なんというか、その場にいる全員ノリがよくて……シルフとケットシーの人達はもちろん、負けた側であるサラマンダーからも声援が上がってきたのには驚いた。
「見事……見事!」
「すっごーい! ナイスファイトだヨ!」
「やるじゃねえか兄ちゃん!」
「うちの将軍に勝っちまうたあな!」
スポーツ的というかなんというか……大勢でシルフやケットシーを襲おうとしてたり、リーファと一緒にいる時に何度も襲われたりしたから、正直あまりいい印象なかったんだが……サラマンダーの連中も、ALOを楽しんでるプレイヤーには変わりないんだな、と思った。
実際、その後蘇生されたユージーンも、俺に何も悪感情を抱いている様子はなかったしな。
ただ……問題はその後だったんだよなあ……。
「あ、あの~……パパ、すいません」
「うん?」
と、俺の胸ポケットに入っているユイが、俺にだけギリギリ聞こえるくらいの声で話しかける。
何だろう? 聞いてやりたいけど……今彼女が出てくると、注目されて騒ぎになる可能性もあるし、もうちょっと我慢しててほしいというか……
「そ、それはわかるんですけど……さ、さっきから言うタイミングがなくて、ずっと……ええと、実はこの近くに……」
「約束通り、我々は立ち去ろう……だが小僧、1つ聞かせてほしい」
「え? 何を?」
ユイの言葉が聞こえてたわけじゃないだろうが、それを遮る形でユージーンが言った。
「ウンディーネとスプリガンの同盟の使者だと言ったな? その同盟……というより、お前たちが動かせる戦力には……『蜃気楼』や『幻刀』も含まれているのか?」
……え、っと、知らない単語が出て来たんだが。
しかし、俺以外は知っている人が結構いたようで……その2つの名前が出た瞬間、周囲から『ざわ…ざわ…』と、何か聞き覚えのある感じのざわめきが……
ど、どうしよう? 俺知らないんだがそれ……え、何か言わなきゃいけない感じか?
そう言われても、知りもしない相手について何を言えば……しかし、下手なこと言ったらブラフがばれる可能性も……いや、もうほとんどばれてるようなものかもしれないけど……
「……今思えば、仮にそうだとすると……貴様が本当にここに1人で来たのかという点も疑わしいな。護衛が必要ないレベルの強さだというのはわかったが、あるいは、我々と戦うことも想定してここに来たのであれば、貴様以外にも誰か伏せている可能性もあるわけだ。ああもちろん、そうだったところで何も文句も言う気はないがな。我々も、奇襲で領主の首を狙った身だ」
「ふむ……それはひょっとして、先ほどから、あの木立の中あたりからこちらの様子をうかがっている誰かだったりするのかな?」
「「「!?」」」
と、シルフの領主であるらしい『サクヤ』さんが、不意打ち気味に言ったそんな言葉に、その場にいた全員が反応して……え、何、誰かいるの!? もちろん知らないぞ俺!?
「え、サクヤちゃん、誰か隠れて見てるの!?」
「私も気づいたのはつい今しがただ。凄まじい完成度の隠密だよ……正直、半ば勘か運で気づけたようなものだし、今も気を抜けば気配を見失ってしまいそうだ」
口ぶりや反応からして、会談する両種族や、襲撃を企てたサラマンダーの関係者じゃなさそうだし、一体だれが……と思っていたら、俺を含む数人が視線を集中させたその先で、隠れていた奴が木立から出てきて姿を見せた。
俺は、その姿を見て…………絶句した。
(な……っ……!?)
黒と見間違うほどに濃い青色の髪と、メガネが特徴的な、若い男性のプレイヤーだった。
青い鎧に、丈の長いコートのような服。剣と盾で武装していて、こちらも青い。
背中の羽は……青い。ウンディーネだ。
一瞬、ここで下手なことを言われたらブラフがばれる、という危機感が頭をよぎったんだが……それもすぐに吹き飛んでどこかに行ってしまった。
「……っ、ウンディーネの、剣士……盾持ち片手剣の……!」
「おい、カゲムネ……お前は以前、戦ったことがあったはずだな。どうだ?」
「ああ、間違いないよ、ユージーンの旦那……あいつが『蜃気楼』だ」
リーファとユージーン、それに、どこかで聞き覚えのある声のサラマンダーによる、そんな会話が聞こえて来たから……ではない。
そのいでたちの……『蜃気楼』と呼ばれた男に、見覚えがある気がした。
青色の装束に身を包み、知的な雰囲気のメガネをかけて……そして、ここからただ見ているだけでもわかる、隙のないたたずまい……。
似てる。被る。あいつに。
けど、まさかそんなことが……在りうるのか? このALOで……あいつに会うなんて……!
そしてその疑念は……そのウンディーネの後ろから、黄色い羽のノームの少女が出て来たことで……今度はその顔が、明らかに知っているそれだったことで、俺の疑念は確信に変わった。
「……ユイ、ひょっとして、お前がさっきから言おうとしてたのは……」
「は、はい! 気づくのが遅れてすいません……私もさっき、あの2人のIDを感知して……でも、パパの戦いとか交渉の邪魔になるといけないから、言いだせなくて……」
「いいんだ、それは仕方ない。けどそれなら……間違いなく、あいつらは……俺が思っている通りの奴なんだな?」
「はい! あの2人は……」
そして、ユイの返答を聞いた俺は……表情を務めて余裕そうなものに変え、軽い感じでそのウンディーネとノームに話しかけた。
あいつなら、適当に話を合わせてくれるはずだ、と期待して。
「おいおい、隠れててくれって言っただろ……何出てきてるんだよ、ナツメ、ストレア!」
「あのね……了承も得ずに突っ込んでいっておいて何を言うんですか、キリト君……」
「相変わらずキリトってば無茶苦茶やるよねー、あっはっは。まあ見てて面白かったけど」