ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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第48話 妹だけど妹じゃないから問題ないかもね

Side.キリト

 

「いかにも一触即発の事態に無策で飛び込んでどうするんですか……まずどうするか話し合ってから出ていくべきでしょう。無論、足並みもそろえて」

 

「それじゃ間に合わなかっただろ? 今後の友好相手を見捨てるようなことになっちまったら、そっちの方が問題じゃないか」

 

「まーまー、落ち着いてよー、ナツメもキリトもさ。いいじゃん、結果的には丸く収まったんだし」

 

「それこそ結果論で……はぁ、まあいいでしょう。ただし、勝手に飛び出していった弁明は自分1人でお願いしますよ。スプリガンの方にも……彼女にもね」

 

 とまあ、ナツメと俺、それにストレアは、いかにも俺達全員が『スプリガン・ウンディーネ同盟』の関係者であるかのように、即興で話を合わせて演技していた。

 

 ストレアについては、ウンディーネでもスプリガンでもないノームなわけだが、あえて触れないことで『まさかノームも?』みたいな感じで勝手に勘違いさせる方向で。

 

 それとその時、ナツメとストレアの後ろに、もう1人、ウンディーネと思しき……青白い髪に赤い目の少女が、赤い槍を抱えるように持ってたたずんでいるのが見えた。

 

 そしてそれを目にしたユージーンの顔色がさらに悪くなった。

 ……さっきの聞き覚えのない名前といい、さっきからのユージーン達サラマンダーの過剰な反応といい……ナツメ、お前らALO(ここ)で何やってたんだよ?

 

 今も向こうの方で、

 

『ウンディーネとノームの2人組……サラマンダー狩りの『蜃気楼』……!』

『ま、間違いない、あっちの槍のウンディーネ、あの時の……』

『だとすると、『幻刀』も……同盟の話もそうなると本当に……』

 

 ……確実に何かやってるよな? それも、一部のサラマンダーにとってトラウマになってるレベルのことを。

 

 結局その後、ユージーンは、

 

『先ほども言った通り、約束通りこの場は引かせてもらう。……正直、同盟の話の真贋に関わらず……サラマンダー全体に周知せねばならなくなったからな。シルフやケットシーなどよりも、貴様や『幻刀』、そして『蜃気楼』を有する、スプリガンやウンディーネを警戒すべきだ、と』

 

 そう言い残して、部下達を引き連れて去っていった。

 

 ……まあ、無事におさまってよかったけど……何か余計な警戒心植え付けちゃったっぽいな……

 

 

 ☆☆☆

 

 

 キリト君の相変わらずのトンデモ作戦のおかげで?領主たちは無事助かった。

 正直、見てて気が気じゃなかったけど……SAOの頃から変わらず、勢いに任せて何をするかわからない子だよ、全く……。

 

 ともあれ、まずは無事に収まったわけなので、何気に置いてけぼりになっていた、領主2人――シルフの領主の『サクヤ』さんと、ケットシーの領主の『アリシャ・ルー』さん、というらしい――を含む、ここにいる皆さんに事情を説明することになった。

 

 そこからはキリト君の情報なのだが、どうやらこの襲撃は、『シグルド』なるシルフの裏切り者が手引きしたことによるものだったようだ。

 おい、そいつリーファちゃんの脱退関連でもめたっていう小悪党(推定)の名前じゃん。

 

 今度のアップデートで実装される予定の『転生システム』によって、今上り調子のサラマンダーへの転生を目論んでいるシグルドは、その手土産として、今の自分の領主であるサクヤさんを売り渡して実績に変えることにした、というわけだ。

 

 しかしそれが失敗した以上、待っているのは粛清である。

 

 彼はサクヤさんにより、全ての権限を奪われた上でシルフ領を追放されることになった。

 『シルフであることが耐えられないなら望み通りにしてやる』と、皮肉の利いたセリフと共に。

 

 ……その瞬間を僕らも横で見てたんだけど、その……不覚にも面白かった。

 

 アリシャさんの闇魔法……『月光鏡』っていうのを使った通信で、シグルドの所にテレビ電話みたいに繋げて話をしてたっぽいんだけど……まず、つながった瞬間に映し出されたのが、どっかの部屋で椅子に座って机の上に足をドカッと乗せてるチンピラっぽいエルフの男だった。

 

 どうやらそこ、エルフの領主の執務室らしいんだ。ここでまず笑った。

 いや、ガキかと。校長室の校長先生のイスに座って『俺、偉いぜ』ってやってる小学生かと。

 

 作戦が失敗してめっちゃ慌ててるのを見てまた笑う。

 その後開き直って、けど『お前追放な』って言われてめっちゃ焦ってるのを見てまた笑う。

 

 その後言ってた『GMに訴えてやる!』が『お母さんに言いつけてやる!』的なセリフにしか聞こえなくてまた笑う。

 

 その直後、まだ何か喚こうとしてるところで、強制転送の光に飲み込まれて『ああぁ~…』って感じで消えていくのを見てやっぱり笑う。

 

 どうしようもない小悪党だったが、道化として見れば中々愉快な男だったかもしれん。

 

 その後、キリト君が領主2人に、今のが全部ブラフだって明かして呆れられたり、領主2人から、色仕掛け同然の方法で勧誘されたりしてた。断ってたけど。

 

 そして、その後で僕も勧誘された。かの『蜃気楼』ならぜひ領地に来てほしい、って。

 

 ……なんか僕、知らない間に『蜃気楼』なんて二つ名までついてたんだよな。

 

 なんでも、サラマンダーに多大な被害を出した凄腕の剣士であるにも関わらず、探しても探しても一向に動向をつかめない。存在は確かなのに、幻のように見つからない剣士だっていう評判が、ネーミングの由来らしい。

 

 それに加えて、戦闘時に濃霧の魔法や幻惑の魔法(スプリガンよりは錬度劣るけど使えないことはない。気に入ってる)を織り交ぜて戦うっていうのも、由来になっているようだ。

 

 あるように見えるのに、いるはずなのに、そこにいない。

 捜索時も、戦闘時も、こちらからは居所をつかめないのに、ふらりと現れては味方に大損害を出してまた消える、幻のような剣士。

 

 ゆえに、『蜃気楼』。

 

 ……とりあえず反論させろ。確かに結構な数サラマンダーを斬ったのは確かだが、僕から襲い掛かったことは1回もないぞ。全部お前らからPK目的で襲い掛かってきたんだろうが。

 

 ともあれ、僕も勧誘はお断りさせていただきました。

 

 そしてその後は、領主2人を助けたお礼として(助けたのキリト君で僕ら何もしてないんだけど、共犯者ってことで僕らもお礼もらえることになった)、近々実施されるグランドクエストに僕らも参加できることになった。むしろ歓迎してくれるそうだ。

 

 なおその際、僕とキリト君の財布から、グランドクエスト対策の資金として、合計1億ユルドほどお2人に渡しておいた。一等地にちょっとした城が2件立てられる額らしいが、キリト君も言っていたように、僕らにはあってもそんな使い道ないものなので。

 

 これだけあれば、すぐにでも準備に取り掛かれるそうだ。それはよかった。

 金で準備期間が短縮できるなら、それで十分寄付した価値はあったと言える。

 

 そうして僕らは別れたわけだが……気のせいだろうか?

 

 なんか、サクヤさんの目が……僕がキリト君に『ナツメ』って呼ばれたあたりから、妙に鋭い光を帯びていたように思えたんだが……まあいいか。

 僕もストレアさんも、敵意とかは感じなかったし……特に実害がなければ。

 

 

 

 そんな感じで領主2人とは別れたところで……キリト君と僕、そしてユイちゃんとストレアさんの元SAOメンバー、さらにエリカさんと、キリト君をここまで案内してきたリーファちゃんの総勢6人で、今ある情報のすり合わせや、今後の予定を立てるための話し合いが行うことにした。

 

 ……したんだが、その話し合いは始まる前にとん挫した。

 何が起こったかって? いや、ちょっとね……会議冒頭で、予想外の事実が明らかになってね。

 

 キリト君とユイちゃんが、話の最中に『アスナ』っていう名前を出したことで、なんだけど……その単語に、リーファちゃんが劇的に反応。

 キリト君を見つめながら、『信じられない』というような顔になるリーファちゃん。

 

 そして明らかになる、リーファちゃんがキリト君のリアルの妹さんであるという事実。

 

 唖然とする一同。

 ショックで走り去るリーファちゃん。

 呆然とするキリト君。

 

 仕方ないので会議は中断(始まってすらいないが)。

 

 ……とりあえず追うか。このあたりは、ソロで対応するにはちときついモンスターも出るし……ましてや、精神が不安定な状態のリーファちゃんでは、上手く戦えるかどうかも怪しいだろう。

 

 今、キリト君が追うのは少々まずいから、彼を見ておくのはストレアさんに任せて……僕がリーファちゃんの方に行きますかね。

 

 ……場合によっては、久々に仕事をすることになるかもしれないな……『ドクター』として。

 

 

 

 ……なんて楽観的に考えてたら大変なことになったんだっけな。

 

 ALOでは、圏外などの、Mobが発生するような区域では、セーブしたりログアウトしたりすることができない。いや、出来なくはないが、アバターが無防備な状態でそこに残ってしまう。

 

 なので、村などの安全地帯を探して、宿を取り、そこで鍵をかけてログアウトしなければならないんだが……パニクった彼女、リーファちゃんは、近くに偶然見つけた小さな村に入って、そこでログアウトしようとしたようなんだが……

 

 ……その村、実は村じゃなくて、モンスターが発生するトラップだったっていうね。

 

 しかも、彼女を追いかけた僕も巻き込まれて――システム的に抵抗が不可能な罠だったっぽい――そのモンスターに飲み込まれて、強制的に転送させられた。

 

 しかも送られた先が、ALO最難関ダンジョンと名高い『ヨツンヘイム』という場所で……はっはっは、どうしよう洒落にならん、みたいな感じだった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

Side.リーファ

 

「ごめんなさい、その……私がバカなことしたせいで、巻き込んじゃって……」

 

「いえいえ、アレはしょうがないですよ……気づくのがそもそも無理だったのかもしれませんし」

 

 『ヨツンヘイム』の広大なダンジョン内をさ迷いながら、私はもう何度目になるかもわからないため息をついていた。

 

 村そのものがトラップ(多分)というとんでもない出来事を間に挟んだせいで、さっきまでのパニックは収まっている。なので、癇癪を起して喚き散らしたり、勢いに任せてどこかに突っ走る、なんて行動はとらなくてもよくなった。

 

 代わりに湧き上がってきたのは……後悔と、罪悪感。

 

 キリト君――お兄ちゃんはともかくとして、何も言わずに走り去ってしまったことで、置き去りにしてしまった皆に対してもそうだし……自分を心配して追いかけてきてくれた、彼に対しても。

 

 お兄ちゃんの……どうやら、SAO時代からの知り合いで、『ナツメ』さんというらしい。

 世界樹を目指してるって言うから……お兄ちゃんと同じ、あるいは似た目的でこの世界に来たんだろう。それが何なのかは、まだ聞けていないけど。

 

 ……思えば、このわずかな時間で、色々なことがあった。

 

 キリト君と出会って、彼のひたむきさになぜか心惹かれるものを感じ……シグルドのパーティを抜け、領地を出奔してここまできた。

 もっとも、出奔については、領主であるサクヤから『気にするな、いつでも帰ってこい』と言ってもらえたし、逆にシグルドの方が追放されることになったんだけど。

 

 途中の古森やルグルー回廊、そしてさっきのサラマンダーのユージーン将軍との戦いで目にした、彼の強さに心を奪われ、

 

 その後、ナツメさんとストレアさん、エリカさんと協力することになった。

 エリカさんは、最初はウンディーネの『レイ』さんというアバターだったんだけど、別なシルフのアバターに切り替えていた。こっちが本命だそうだ。

 

 けどその後、キリト君の発言から、彼がお兄ちゃんだということがわかって……頭が真っ白になって。

 

 気が付いたら飛び出していて、そしてこのトラップにかかった。ナツメさんを巻き込んで。

 

 このあたりのモンスターは、1人で相手をするには厳しい奴もいるからって、心配して追いかけてきてくれたんだけど……結果として、このトラップに巻き込んでしまったのだ。

 

 そのことはもう何度も謝ったけど……そうした理由を説明できないので、中途半端な謝罪になってしまった感じがぬぐえない。

 ……でも、こんなこと、他人に言えることじゃない。

 

 お兄ちゃんのことが、好きだった。家族としてではなく、男の人として。

 

 お母さんから、本当の兄妹じゃないって聞かされた時は、ショックだったけど、嬉しくもあった。これで、お兄ちゃんとずっと一緒にいるっていう選択肢が、できたと思ったから。

 

 けど、SAOから戻ってきたお兄ちゃんには、もうアスナさんがいた。

 だから、諦めようとした。

 

 キリト君に出会って、彼のことを好きになりかけていた。いや、もう好きになっていた。

 

 ……けど、キリト君はお兄ちゃんだった。

 

(こんなの、あんまりだよ……!)

 

 自分の勝手な言い分だというのはわかってる。お兄ちゃんにせよ、キリト君にせよ、好きになったのは私で……けど、わかっていても割り切れなくて。

 今はとにかく、お兄ちゃんの前から消えたくて、あそこから走り去ってしまった。

 

 そんなこと、ナツメさんに言えるわけもなくて。

 

 幸いと言っていいのか、ナツメさんは深くは聞かないと言ってくれた。

 

 けどそれならそれで、今度はどうやってこの状況を打開するか考えなきゃいけない。

 『ヨツンヘイム』はALOで最も危険なダンジョンだから……たった2人だけじゃ、出現する邪神を1匹倒せるかどうかも怪しい。たとえ彼が、SAO帰りの凄腕でも。

 

 ……というか、忘れてたけど……彼って『蜃気楼』なのよね? 最近話題の。

 

 沈黙がちょっと苦しかったので、話題としてその話を出してみたら、思いのほか話が弾んだ。

 

 やはりナツメさんもキリト君と同じで、最近このゲームを始めた初心者らしいんだけど、SAOで磨いた剣の腕で戦い抜いてきたということのようだ。

 

 ウンディーネとして始めたはいいものの、領地が隣接してるサラマンダーからPK目的で襲われまくって、全部撃退してたら『サラマンダー狩りのウンディーネがいる』なんて噂が立ち、『蜃気楼』なんて呼び名までついてしまったと、苦笑していた。

 こっちから襲い掛かったことなんて1度もないのに、不満だと苦笑していた。

 

 初心者なのに、ベテランもいたであろうサラマンダーの異種族狩り部隊をことごとく返り討ちですか……キリト君もそうだけど、それ自体がとんでもないことだって自覚は……ないみたいね。

 こういうこと言っちゃ不謹慎かもだけど、やっぱり命がけの戦いを切り抜けてきた人は、強いんだなあ……なんて思ってしまう。

 

 ふと何の気なしに『キリト君とどっちが強いんですか?』なんて聞いたら、迷わず『キリト君の方が強いよ』と言っていた。

 

 実際に戦ったこともあるらしい――もちろん、ルールを決めて安全を確保して、だそうだ――けど、自分のスキルも、隠し玉の武具も全部解禁して、出来ること全部やって本気で挑んだけど、届かなかったって。負け戦の話なのに、心なしか楽しそうに語っていた。

 

 それを聞いて私は……失礼かもしれないけど、何だか嬉しくなってしまって。

 自分の本心に嘘はつけない、っていうのかな……キリト君が褒められてるところや、そういう話を聞けて、さっきまでの陰鬱な気持ちは徐々に薄れていっていた。

 

 ……けど、そうしてしばらく話していた中のことだった。

 ナツメさんがふいに言った言葉に、私は再び冷静さを失うことになる。

 

「リーファさんって、本当にキリト君のことが好きなんですね」

 

「…………うぇ!?」

 

 突然そんなことを言われて、大げさに反応してしまう。洞窟の中に、私の大声が反響して響き渡った。

 

「……? どうかしましたか?」

 

「す、すすす……好きって、べ、別に私そんなんじゃ……」

 

「いやいや、隠さないでいいですよ、そのくらい。見てればすぐわかりますし」

 

「す、ぐ、わかっ……!?」

 

「ええ。お兄さん……あー、リアルの事情ですいません。キリト君を褒めると、すごくうれしそうにしますし……僕はリアルの職業柄、子供を相手にすることも割と多いんですが、そういう時によく見るんですよね、お兄ちゃんっ子の弟さんとか妹さん。自分のことみたいに喜ぶっていうか」

 

 ……あ、何だ、『兄妹』として、か。男女の方を悟られたのかと思った。

 

 それなら、まあ……否定しなくてもいいか。それも本当だし……あんまりわざとらしくすると、かえって怪しまれるかもだし。

 

「SAOでも、キリト君から何度か聞いたことありましてね? 最近は疎遠になっちゃってたけど、たった1人の大事な妹だって。現実に帰ったら、絶対に大切にしてやりたいって」

 

 そう聞かされて、嬉しいと思った反面、やっぱり私は妹としてしか見られてなかったのかな……と、少し落ちこんでしまう。態度には出さないようにしたけど。

 

「その妹さんに似てるって理由で、シリカちゃ……見ず知らずの女の子を助けたりとかしてましたしね。本物の妹さんを前に言うのもアレかもですけど、あの丁寧さ可愛がり方を見る限り、場慣れしてるというか、その妹さんの方も大切に思ってるんだな……っていうのは伝わってきてましたし」

 

 ……ほう? 女の子を可愛がって大事にね……ちょっとそこんとこ詳しく聞きたい。

 

 それアスナさんじゃないよね? 私と似てるタイプじゃないって自分で言ってたし。

 誰? てか1人だけ?

 こっちが死ぬほど心配してた時に、デスゲームの中で何やってたのかな? キリト君。

 

「しかし、こうして直に目にすると、キリト君とよく似てますね、リーファさんって」

 

「えー……いや、その、そう言ってもらえるのは嬉しいかもですけど……この流れで言われるとちょっと不満アリというか……私あそこまでハチャメチャじゃありませんよ?」

 

「そうですか? 勢いで領地出奔したり、サラマンダーに囲まれた時に『1人は絶対に道連れにするわ!』なんて啖呵切ったって聞きましたけど……あと、無謀も承知の死ぬ覚悟で領主さんを助けに行くことを決めたり、キリト君の目的や事情を考えて、『サラマンダーにつくために今ここで自分を斬っても恨まない』とか言ったって」

 

 あ、あのおしゃべり兄貴……ちょっと目放した隙に何教えてんの!

 それだけ話したら、私がまるで考えなしに突っ走る無鉄砲娘みたいじゃない!? ……いや、確かに今思い返すとそう言われても仕方ないこと割としてるけどさ。

 

 けど、さっきまでとは違う理由で顔が赤くなっているであろう私に向かって、ナツメさんは言う。

 

「ホント、そっくりですよ。他人のために自分を顧みないところとか、予想もできないような突拍子もない行動・言動をためらいなくとってのけるところとか……」

 

「ええっと……それ、褒められてないですよね?」

 

「半々だと思ってください。確かに、SAOの時はそれで苦労もさせられましたけど……同時に、そんな彼に色々な意味で助けられた人も多かったですからね。もちろん、僕含めて」

 

 そのまま、ぽつりぽつりと、随分昔の思い出を話すように語ってくれたナツメさんの口ぶりからは……キリト君のことを本当に信頼してくれていて、大切な仲間だと思ってくれていることが伝わってきた。

 

 多分だけど、こんな風に言うってことは……お兄ちゃんには、そういう仲間がたくさんできたのかな。SAOっていう、地獄のようなゲームの中ででも。

 

 だからお兄ちゃんは、時々だけど、SAOの中でのことを話す時……怖い思い出や、悲しくて苦しい記憶だけとしてじゃなく、そこにかけがえのないものがあったかのように、懐かしむように話すんだろうな……って、少しわかった気がした。

 

 まあ、お兄ちゃん素直じゃないところがあるから、その友達さんにも苦労かけたんだろうな。向きになって否定したり、わざと回りくどいことしたり、何も言わなかったりするところがある人だし…………

 

 ………………ああ、何だ。

 

 同じじゃん。今の私も。

 

 素直になればいいのに、そうできなくて……結果的に、脈絡もないような行動に出たりして、周りに迷惑かけてさ……いや、その自覚もなかったのか。今まで。

 

 ……ホントに似てるんだな、私、お兄ちゃんと。

 

(こんな気持ちになるってことは、私がどうすればいいのか……ううん、どうしたいのか……きちんとわかってるはずなのに、それに目を向けることもできないで……)

 

 お兄ちゃんは、SAOの中で……『帰ったら妹ときっちり話して仲直りする』みたいなことを言っていたらしい。今、私はその気持ちがよくわかる。

 

 何も言わないまま、何もしないまま……最後には何もできなくなっちゃうのなんて嫌だ。

 だから、たとえ自分の思い通りじゃない結末になるかもしれなくても……できることをやらなきゃ、逃げずにぶつかっていかなきゃ。

 

 今の自分を、以前のキリト君と一緒に見つめなおして……私は、ようやく大切なことに気づけた気がした。

 

 ……うん、ここから出たら……まずはちゃんと謝ろう。

 なんとなく、お兄ちゃんからも謝ってくる気がするけど、どうせピントのずれた謝り方してくるだろうから、それを押しのけて謝ろう。そして……その上で、正面からぶつかろう。

 

 そう、私が心に決めていた時……ふと、ナツメさんがこんなことを言った。ため息交じりに。

 

「まあそういうわけなので、そのハチャメチャなキリト君のためにも、さっさとこのダンジョンを脱出しないといけませんね。確か、近くの中立域に出る出口があるんですよね? あー、ストレアさん連れてきてればわかったかもしれないのに」

 

「? 何でストレアさんが……まあ、今現在見つかっている『ヨツンヘイム』の出入り口はそうだって聞いてますよ。ただ、出てくる邪神のレベルがやばすぎるから、最悪……死に戻りすることになっちゃうかもですけど……」

 

「それは避けたいなあ……せっかくルグルー回廊を抜けて来たのに、スイルベーンに戻ってしまうとなると、タイムロスも甚だしい」

 

「もう一回何時間か飛んで、ルグルー回廊を通ってくる羽目になっちゃいますね……まあそれでも、サラマンダーの妨害がないから、多少早く来れるかもしれないですよ? というか、スイルベーンでセーブしてたんですね。エリカさんがシルフだったから?」

 

「あいつら君たちも妨害してたのか(ぼそっ)……そんなとこです。まあ、やり直しになったらなったで、飛ぶより地面を走った方が早いかもしれないけど……来るときもそうしたし」

 

「……あの、もしかしてナツメさんも、お兄ちゃんみたいに暴走特急とかやるタイプですか?」

 

「ぼ……?」

 

 領主会談に急行する前、キリト君に手を引かれて、ジェットコースターみたいな速さで洞窟を駆け抜けた、今なお思いだすと震えがくる体験の記憶が脳裏をよぎる。

 

 壁に激突ギリギリで急カーブしたり、モンスターの群れの中を突っ切ったり(そのせいでトレイン状態になって後ろから追って来たし)、そもそも暗い中で前がよく見えない中をあんなスピードで走って……あれは寿命縮むかと思った。いやホントに縮んだかもしれない。

 

 あんなことが平気でできるようになるなんて、SAOでの経験はさぞかしいらんものを彼に叩き込んでくれたのだろう……SAOのせいだよね? 元からああだったとか思いたくないんだけど。

 

 あれでも、ユイちゃんがナビゲーションしながら行くために多少スピードを抑えてたらしいから恐ろしい。本気で走ったらどれだけのことが起こるのか……

 

(……ああ、ひょっとしてあの、『蝶の谷』目指して走ってる時に、すごいスピードでキリト君達が移動してたアレか? あれは僕らも、見失わないようについてくのでやっとだったけど……)

 

「……よくわかりませんけど、お望みならあの時のキリト君より早く走ってあげることも可能ですけど。多分」

 

「え゛!?」

 

 ステータスだけなら負けてない自信ありますし、と、しれっと言うナツメさん。戦慄する私。

 

 どうして『あの時のキリト君の速さ』を知ってるような口ぶりなのかは気になったけど、とりあえず、

 

「い、いや、あの時のキリト君以上って……ステータス的には可能だとしても、それだとナビゲーションも追いつかないでしょ? 道に迷っちゃってかえってタイムロスしちゃいますよ?」

 

「問題ないですよ、道順全部覚えてますからナビゲーション要りません。次以降は最初から最後までフルスロットルで走れます」

 

 何それ怖い。

 

 え、あれ、森とか洞窟とかで相当入り組んだ道のりのはずなんだけど、全部覚えてるって言った? どんな脳みそしてるのこの人?

 

「ああでも、途中水路とか通ったりしたな……でっかいサメとかピラニアみたいな魔物がうようよ出て来たっけ、あそこ。場所によっては若干スリリングな道筋になるかもしれませんね」

 

 キリト君よりヤバかった。

 この人ウンディーネだからって当然のようにあの、高レベルモンスターがうようよいる水中をショートカット経路としてとらえてる……殺人アクアリウム怖い。

 

 ていうか、その言い方だと……水路以外の部分がスリリングでないとでも思ってるんだろうか。

 どうしよう、絶対にこの人の暴走特急乗りたくない。

 

 ていうか、一緒に来たっていうストレアさんとエリカさんは大丈夫だったの? 同じ初心者で、エリカさんに至ってはSAO帰りでもないんだよね?

 

「ストレアさんは楽しそうにしてました。エリカさんは最初は驚いてましたけど、途中から『酔うからなるべく揺らさないでくれません?』って注文つけてくる程度には慣れてきてましたね」

 

 もうやだこの人達。

 衝撃の事実。まともなの私1人だけだった。

 

 これもきっと全部SAOって奴の仕業なんだ。おのれSAO、世界観の破壊者め。

 

「……絶対に死に戻りしないで脱出しましょうね」

 

「? ええ、それはもちろん。……キリト君も心配ですしね、なるべく早く出たいです」

 

 ……? そう言えば、さっきもナツメさん、『キリト君のためにも早く出よう』って言ってたっけ……どういう意味だろう? 世界樹攻略に協力するために、って意味?

 

 けどそれは……どっちみち、サクヤ達のグランドクエストの準備が整うのを待たないと……

 

「いえ、それもあるんですがね……これまでの経験上、キリト君の性格だと……君や僕がこういう状況下に置かれたことを知った場合、高確率で……」

 

 

 

「―――おーい! リーファー! ナツメー!」

 

 

 

「…………え゛?」

 

「あぁー……やっぱり来たよ」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 恐らくは、ストレアさんかユイちゃん、あるいは龍馬兄さんの通信によって、僕らが『ヨツンヘイム』に落ちたことを知ったのだろう。

 

 キリト君はその時点で、一切の迷いなく自分もそのトラップにわざと引っかかり、僕らを助けるために『ヨツンヘイム』に飛び込んできたのだった。そこが、邪神はびこる地獄のダンジョンだということも、攻略情報から聞いた上で。

 

 で、そのまま……結論から言えば、僕らは3人で協力して、どうにか死なずに『ヨツンヘイム』を脱出できた。

 道中色々あったけど、省く。

 

 けどとりあえず、終始ギャーギャーと兄妹喧嘩が展開されていたのが非常にうるさかったです。

 さっきまでのシリアスな空気どこ行ったってくらいに、それはもう大音量で……。

 

『何でわざわざこんな超危険地帯に飛び込んできてんのよ!? バカじゃないの!?』

 

『何言ってんだよ! 仲間が死ぬかもしれない、危ない目に遭ってるってわかってて放っとけるわけないだろ!』

 

『それルグルー回廊の時も聞いたけど、今回は危険度とか色々違うでしょ明らかに! 片方は無事なんだからそっちで待ってた方がいいって考えればわかるじゃない! てか考えなくてもわかるよ!』

 

『うるさいな、そんなこと言ったって考える前に体が動いてたんだよ! まあ考えててもどうするかなんて変わらなかっただろうけど!』

 

『そんな風に思ってくれるのは嬉しいけど、もうちょっと効率的に、っていうかそもそも私の気持ちってものを考えてさあ!』

 

『それこそ俺だってそう思ってくれるのは嬉しいし、俺も同じことになったら自分のことは放っといてくれていいと思うだろうけど、でも俺はやっぱり仲間を見捨てることはできない! 例えそれが愚かな選択でも、大事な妹の危機に何もしないなんて、ゲームだろうと現実だろうと絶対に嫌だ! 例えそれで嫌われても、いやもう嫌われていても、俺は絶対にできる全部でお前を守る!』

 

『……っ……! もぅ……そういうこと言うからお兄ちゃんはぁ……!!』

 

 まあなんていうか、喧嘩するほど仲がいい、の見本みたいな喧嘩だったし、

 

 そうして僕らは無事に『ヨツンヘイム』を抜け、『央都アルン』に到着。そこで宿を取って、各自ログアウトしたのだった。

 

 なお、キリト君とリーファちゃんは、現実に戻ってから改めて、顔を突き合わせ、腹を割って話すことにしたようだ。

 きちんと上手くいくことを祈る。

 

 

 

 ……ちなみに口喧嘩の途中で『私達が血がつながってないってことも私知ってるんだから!』というセリフを、恐らくは勢い任せでリーファちゃんが言っていたのが聞こえた気がしたんだが……

 

 いや、その事実自体に何も文句をつけるつもりはないんだけどさ。

 僕みたいなゲーム好きの人間からすると、その手のセリフってある展開の盛大なフラグになってる印象が強いと言いますか……

 

 そして、キリト君はSAOの中で散々前科があるから、否が応でも不安になると言いますか……

 

 さっきの口喧嘩の中でのリーファちゃんの言葉の数々が、違う意味を帯びているように思えてきて……そういえばいくつか、雑談の中にもそれっぽいのが……

 

 

 

 ……またか!? またなのか!?

 

 

 

 


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