ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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第5話 『ビーター』と『ドクター』

【2022年12月11日】

 

 突然だが、『ビーター』と呼ばれているプレイヤーがいる。

 

 プレイヤー名、ではない。通称と言うか、蔑称と言うか、そういうものだ。

 この『2層』に来るちょっと前に聞いた話だ。噂話で、だけど。

 

 昨日からこの2層に来てプレイを進めているわけだが、1層で満足するまで鍛え上げたプレイヤースキルは、きちんと2層でも通用している。

 

 当たり前だが、1層とは違うモンスターが出てくるし、その動きや攻撃方法も全く別物なので、慣れるまでちと苦労したけど。

 ここでも『ガイドブック』には助けられた。事前にどんなモンスターが出てくるか知ってたから、焦らず対処することができた。今の所、危なげない戦いをできている。

 

 これらの情報は、情報屋のアルゴさんを含め、最前線で攻略を進めて情報を提供してくれている『攻略組』と呼ばれる皆さんの活躍によるものであり、その恩恵に預かっている僕としては、彼らには感謝と尊敬の念を抱かずにはいられない。

 

 そんな攻略組の中に、『ビーター』とやらも含まれるわけなんだが……さっきも言った通り、あんまりいい感情を持たれてはいない。

 

 なんでも、1層ボス攻略の時の話だそうで……とどめをさした者が手にできる『ラストアタックボーナス』とやらを手にするため、仲間を見殺しにしたプレイヤーがいると。

 

 そのプレイヤーはβテスターで、βテスト時代に誰よりも攻略を進めた経験があり、誰よりも多くの情報と経験を持っているのだと。そんなの最早チートだろってことで、それを使う者の蔑称であるゲーム用語『チーター』と言われた。

 

 それに、βテスターであることから『β』を組み合わせて、『ベータ』+『チーター』で『ビーター』ね……安直だがわかりやすい。

 

 要するに、『ビーター』ってのは、誰よりも多くの情報を持っている立場でありながら、自分のためにしかその情報や技能を使おうとしない、自分勝手な奴であるということなんだそうだ。

 デスゲームと化した状況下で、他のプレイヤーを見殺しにする最低な奴だと。

 

 

 …………正直、今目の前で横になって眠っている彼が、そんな感じの悪辣な奴だとは思えないんだけどもな。実際に見た立場の者として言わせてもらえれば。

 

 

 今僕は2層でプレイを進めている、というのはさっき言った通りだが、その狩りの最中に、結構な奥地で、フラフラになりながら戦っている1人のプレイヤーを見つけた。

 

 店売りではなさそうな、丈の長いコート型の防具を身に着けて、僕と同じ『アニールブレード』を振るっているその少年は、2体の獣型モンスターを相手にしていて、しかし危なげなく倒した後、近くに合った木の幹に寄りかかって休憩を取り始めた。

 

 そして、ストレージからポーションを取り出して煽ろうとしたものの……直後に現れた別なモンスターの攻撃により、失敗。ポーションは消失してしまった。

 

 その後そのモンスターも片づけていたが、今度はポーションを飲む素振りがなく……というか、ストレージを確認して顔をしかめたような仕草が見て取れたので、『ひょっとしたらさっきのが最後の1つだったんじゃないか』と思ったわけだ。

 

 で、このまま放っとくのもアレなんで、声をかけて……ポーションを提供させていただいた。

 

 最初はちょっと警戒してたようだし、ポーションについても、代金は払う、って言って来たけど、半ば無理やりタダで受け取らせた。子供が遠慮なんかするもんじゃない、と。

 

 ……まあ、子供――見た感じ、せいぜい中学生か高校生くらいに見える――とはいえ、動きを見るに明らかに手慣れてたし、僕より強そうだったけどもね。

 

 ……あと、気のせいじゃなければ、僕を見た瞬間ちょっとびっくりしてたようにも見えたな。何でだろ?

 

 巧言令色口八丁で受け取らせて、その後、安全地帯まで移動して、休憩がてらちょっと話し相手になってもらったんだが……なんと彼、そのまま寝てしまったのである。

 ちょっと不用心じゃないかと思うが……よっぽど疲れてたんだな。

 

 そのままこうして見張りをしてあげているわけだが……その彼の姿を見ている間に、さっきの話を思い出したのだ。

 

 黒い髪、黒い装備の少年。ソロプレイヤー。

 多分この黒いコートが、ボス討伐のLAとやらなんだろう。名前はわからんけど。

 

 ……さっきも言ったけど、この少年が、巷で噂されているような悪辣なプレイヤーだとは、どうしても思えないんだけどもね。

 

 むしろ、ここに来るまでの雑談や、さっきのを含めた戦闘の印象からは、必死で戦っているだけの若者、って感じがした。それも、何かに追い立てられているような、何か重荷を背負っているような必死さを滲ませて。

 こんな奥地でフラフラになるまで戦っていたのとも、恐らくだけど、無関係じゃなさそうだ。

 

 ……未だ僕の頭の中に残る中学二年生の残滓をフル活用して考えるに……まあ、大体の予想はつくんだよな。

 けどだとしたら、ちょっとあんまりじゃないか、と思う。

 

 あくまで僕の予想が正しければだけども……僕、そういうの好きじゃないんだよ。

 誰かのために誰かが犠牲になるとかさ……特にそれが、善良な、何の罪もない立場の誰かである場合なんかは。たとえそれが、いくら必要なことであってもだ。

 

 あとでアルゴさんにでも頼んで裏はとるけど……ひとまずそれを前提にして、ちょっくら大人として働いてみるとしますかね。

 

 今更自分で名乗るのもアレだけど……『ドクター』としてのお仕事の時間だ。

 

 

 ☆☆☆

 

 

Side.キリト

 

 今日、人の目につかないような深部の狩場で戦っていた時……おかしなプレイヤーに出会った。

 

 ちょうどその時、ラスト1個のポーションを飲むのに失敗してロストし、町まで帰れるかどうか少しばかり危機感を覚えてしまっていた俺に話しかけて来たそいつは……見た感じ、俺よりいくらか年上の青年、っていう姿だった。

 

 あの日、茅場が配布したアイテムである『手鏡』によって、全てのプレイヤーが強制的に現実での自分の姿を取らされた。

 だから、あの姿もそのプレイヤーの本来の姿なのだろう。

 

 ……一目見た瞬間、どこかで見覚えがあるような気がしたんだが、すぐにそんなことはどうでもよくなった。

 

 『ビーター』として名乗り、ビギナーからβテスターへの嫉妬や悪感情を一身に引き受ける身となってから、俺はずっと1人だった。当たり前だ、こんな悪名持ちのプレイヤーと組んでくれる奴なんかいないし、そもそも組んでいいはずがない。そいつにも迷惑がかかるだろうから。

 

 けど、そのプレイヤー……『ナツメ』と名乗るそいつは俺のことを知らないらしく、よく言えばフランクに、悪く言えば気安い感じで話しかけてきて……そのまま、近くの村とか町まで一緒に行くことになった。1人より2人の方がお互い安心だろう、って。

 

 ……どっちも元々ソロでここまで来てる連中が気にするようなことじゃないだろ、とは思ったけど、正直ありがたい申し出だったので、受けさせてもらった。

 ……町についてすぐに別れれば、迷惑も掛からないだろう。

 

 その時、ポーションも分けてくれた。代金は払う、って言ったんだが、

 

『いいのいいの、子供がそんなこと気にするもんじゃない。困った時はお互い様でしょう?』

『それに、辻ヒールって一回やってみたかったんですよ。……あ、この場合は辻ポーションか』

 

 そんな感じではぐらかされたような気を使われたような……言いくるめられた。

 

 ちなみに辻ヒールっていうのは、ネトゲ用語の1つだ。

 戦闘等で傷ついたプレイヤーに、通りすがりの見ず知らずの他人が、辻斬りのように何の前触れもなく『ヒール』……回復の魔法をかけて回復させることを言う。

 

 『辻斬り』と『ヒール』で『辻ヒール』。単純な造語だ。

 で、このSAOの世界に魔法はないから、『辻ポーション』ってわけだな。

 

 そんな『辻ポーション』で俺を回復させたナツメと、そのまま一緒に安全地帯に移動して、そこで休憩を取っている間に……俺はなんと、疲れで寝てしまっていたらしい。

 

 目が覚めた時は、1時間半も経っていて、慌てて何か自分の体に異常がないか、アイテムや武器が盗られていないか確認してしまった。

 ……ナツメがずっと見張ってくれていたおかげで、何もなかったが。

 

 むしろ、いきなりウィンドウを開いたり、装備を確認したりしたもんだから、守ってくれていたナツメを疑うような失礼なことをしたと思って謝ったんだが、全然気にしていないようだった。

 

 その負い目もあってかどうかはわからないが……その後近くの村まで行く道中では、話しかけられても素っ気なくするようなことはしないで、きちんと返事を返したりしていた。そのおかげでだろう、最初あった時よりも割と砕けた感じで話せていたと思う。

 

 道中の戦闘も、極力俺が引き受けよう、彼に危険が及ばないようにしよう……と、恩返しの一環として考えてたんだが……それに関しては無用な心配だった。

 

 さっきは流してしまったが、このナツメは俺と同様、ソロであの場所に来ていた。

 それも、ほとんど疲れているような様子も見せないで。

 

 それだけの実力はあるってことなんだろう……道中の戦闘も、危なげなくこなしていた。

 いや、危なげないどころか、巧い。βテスターである俺から見ても……現在、攻略組で最前線を張っている者達と同等……いや、明らかにその中でもトップクラスだ。

 

 隙のない動きと、敵の一瞬の隙も見逃さずに責める観察眼。

 

 太刀筋は鋭く、それ以上に正確極まりない。ほとんどの攻撃が敵の急所に突き刺さって、大ダメージにつながっており、クリティカル判定が出ようものなら、一撃で倒せてしまうことも。

 この火力から察するに、恐らくレベル自体も相当なものだろう。

 

 『パリング』……相手の武器を弾いて強制的に隙を作り出すカウンター・反撃系の技能については特に秀逸で、今の所全く失敗なしだ。

 

 1層のボスの時に組んだ彼女……アスナとは、また別な意味で、将来性に溢れたプレイヤーだ。村に到着するまでのわずかな間の戦闘で、俺はそう思った。

 

 一瞬、もし1層のボス戦にこいつがいてくれたら、ディアベルも死なずに済んだんじゃないか……なんて、思ってしまうくらいには、感心してしまった。

 ナツメに失礼だと思って、すぐにそんなことを考えるのはやめたけど。

 

 しかし、本当にどうして今までこいつの名前も知らなかったのかと思って聞けば、最近1層から上がってきたらしく、やはりボス攻略にも参加していなかったそうだ。

 道理で俺の……『ビーター』のことを知らないわけだ。

 

 しかしだとすると、俺はなぜこいつの顔に見覚えがあるんだ? ……まあ、いいか。

 

 そして、そんな優秀なプレイヤーであるならば……アスナと同じで、もうこれ以上俺と関わらせるわけには行かない。『ビーター』の汚名がこいつにまで悪影響を及ぼす前に、また1人に戻らなきゃならない……そう思って、村についてからは、突き放した。

 

 素っ気なくして、冷たく対応して……とどめに、俺が『ビーター』であることまで明かして、もうこれ以上俺には関わるなって、邪魔で目障りだから、って言い放って別れ……

 

 

 

 ……別れようとしたんだけど、気づいたら何で俺はこいつに宿を紹介して食事まで一緒に取ってるんだ?

 

 いや、ホントにどうしてこうなった?

 

 ……こいつ、口が巧い。

 口っていうか、聞くのも話すのも巧くて、気が付いたらなんていうか……話題やら何やら誘導されてて、言うはずじゃなかったことまで言わされてる感じだ。

 

 情報屋として有名なあいつ……アルゴを思い出す。

 『アルゴと5分話すと、知らないうちに100コル分のネタを抜かれる』なんて言われているくらいに、あいつは話術が秀逸なことで知られているが、ナツメもそれに近い感じだ。

 

 恐ろしいのは、俺がそれを不快に感じていないことだ。

 むしろ……言うだけ言ってスッキリしたような、後味の良さと言うか、肩の荷が下りた感じすらしている。昨日と同じものを食べているはずの、NPCのレストランの料理が、妙に美味い。

 

『『ビーター』? ああ、やっぱりそうだったんですね。いや、もしかしたらとは思ってたんですよ……で、それが何か?』

 

 ナツメは、俺が『ビーター』だと気づいていた。

 正確には、疑っていたけど確信がなかった、って感じだったが。

 

 そして、その意味すらもきちんと知っていながら……そのことを何とも思っていなかった。

 

 デスゲームになったこの世界で、自分の持っている知識を、技能を、自分のためにしか使わない。自分のために他人を見殺しにすらした、っていう悪評を知りながら、ナツメは、

 

 『いや、こんな環境下で他人の気遣いする余裕なんてそもそもあるわけないじゃないですか。自分を優先したところで……他人を積極的に貶めたわけでもないんでしょう? なら気に病む必要はないし、責められるようなことじゃない。悪評なんて気にしても仕方ありませんよ』

 

 もし自分が同じ立場でも何もできなかっただろうし、責任逃れすらしていただろう。あっさりとそう言い切った。……こいつの話術ならホントにできそうだ。

 

 ……さっき見ず知らずの俺を『辻ポーション』で助けた奴のセリフか、とか言いたくなったものの……思えば、アスナやエギルと同じように、俺を否定せず、そう言ってくれるこいつの言葉が嬉しかったんだろう。

 気が付いたら、そのまま話し込んでしまった。

 

『人の手が届く範囲には限度があるんです。それを超えて何かを得ようと、守ろうとしても、上手くいかないのは当たり前です』

 

『それについて気に病む必要はない……それで誰に何と言われようと気にする必要はない。逆に言ってやればいいんですよ、お前ならできたのかって』

 

『少なくとも、その力をもって、少しでも誰かを助けようと動いた君が、無力を理由に何もしなかった、出来なくて当然だった、なんてのたまう輩に糾弾されるいわれはないでしょう』

 

『とはいえ、心情的に間違いなく、つらいものがあるのはわかります。ですから、無理に気にするなとも、開き直れとも言いません』

 

『だからせめて、忘れないでおいてください。あなたが確かに成し遂げたことを、守ったもの、そして今こうして頑張っていることを知っている人は、ちゃんといる、と』

 

「『ビーター』だろうと何だろうと構いません。それ『だけ』がキリト君の全てじゃあない。この世界に詳しくて、ソロなのにちょっと無茶して探索にのめり込みすぎて、守れなかった命に申し訳ないと思う優しさがあって、顔も知らない他人のために重荷を背負う強さがあって、けどそのための手段が無理やりで、その割には演技が下手で、つらそうにしてるのが見え見えで……あとちょっと方法のチョイスに中学二年生らしさが見え隠れしている……全部ひっくるめて、キリト君です」

 

『少なくともここには1人、それを理解している、奇特でお節介な大人がいますよ』

 

 最後の方は『大きなお世話だ』って、軽口も交えた雑談や世間話同然になっていたから……最初の方にただよっていた重苦しさも何もなく話せてしまっていた。

 

 食堂で話しながら、お代わりまでして……でも、肉ばっかり頼もうとしたら『野菜も食べなさい』とか言われたり、『未成年が飲酒なんてダメでしょう』って言われたりして。

 それに、ため口で『いいだろ別に!』なんて返していた頃の俺は……少なくともその時には、もう、重荷云々はどっかに行っていた。

 

 久しぶりに、本当に久々に、何も考えずに飲み食いと世間話を楽しめていたと思う。

 本当に不思議な奴だった。

 

 

 

 ナツメとは、お互いソロだってことで、その翌日には別れたんだけど……あいつの『正体』に気づいたのは、そのすぐ後、アルゴに聞いてのことだった。

 

 通称『ドクター』。

 あるいは、『カウンセラー』とか呼ばれたりもするらしい。

 

 俺も、名前だけは知っていた。1層のどこかに、デスゲームで精神を病んだ人の相談に乗って、その負担を軽くしてくれる、カウンセリングの専門家みたいなプレイヤーがいると。

 

 その頃は単に『カウンセラー』と呼ばれていたそうだが、たまに狩場で見かけた相手を助けたり、傷ついている場合はポーションを分けてくれたりすることもある、という話が広まり始めてからは、心身の傷を癒す、まるで流れの医者か何かだってことで……最近は『ドクター』の方が主流になったとか。

 

 なるほど……その看板に偽りなし、ってわけか。随分助けられてしまった感じだ。

 

 それに、何が『やってみたかった』だよ。常習だったんじゃないか。

 

 ……ああ、どうでもいいことかもしれないが……俺があいつの顔に見覚えがあった理由もわかった。

 

 これも、アルゴに聞いて、だ。アルゴが、βテスターであり、その頃の俺を知っていたから……それに気づくことができた。

 

 単に偶然だろうけど、ナツメは、俺が『手鏡』を使う前の……βテスター時代のアバターの外見に似てるんだ。背が高くて、精悍な顔つきで……

 ちょっと目が大きくて円らなところと、メガネかけてるところは違うが。

 

 不思議なこともあるもんだ……ま、悪い気は別にしないし、気にしなくてもいいか。

 

 

 




Q:ナツメの外見がβテスター時代のキリトのアバターに似てるのって偶然? 何かの伏線?

A:完全に偶然です。作者の脳内イメージをふと思い返して『そういやキリト最初こんなだったな』と思って書き足しました。今後多分触れません。

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