ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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また微妙に間に合わんかった……日をまたいでしまいましたが、どうにか更新です。


第51話 リアル母は強し

Side.キリト

 

 ユイのナビゲーションに従って進んだ先で、アスナと再会できた所まではよかった。

 

 しかし、SAOと変わらない、かわいらしい……しかし、どこか儚げで疲れた様子の彼女を気遣って慰める暇もなく……あの男、須郷伸之が現れた。

 

 この世界では、『妖精王・オベイロン』と名乗っているようだが……見た目の整ったアバターも、奴自身の下卑た性根と言動で台無しになっているとしか思えなかった。

 

 ロールプレイをしているというよりも、自分が、ここにおいて絶対のGM権限という武器を持っているということそのものに酔いしれて、調子に乗っているようにしか見えなかったし。

 

 『重力魔法』とやらで俺とアスナを動けなくした上で……さらに、俺の剣を使って俺を串刺しにし、アスナを鎖で拘束して吊り下げるような形にして、

 

 さらには、『ペインアブゾーバー』――仮想世界において、攻撃された時等に生じる痛みを遮断するシステム。これがないと、最悪、現実の肉体にまで影響が及ぶ――を一部とは言え解除までする。貫かれている部分から、俺の体に鋭い痛みが走った。

 

 幸い、ここに来る前にデューク……ナツメのお兄さんに渡された『保護プログラム』というものにより、覚悟していたほどの痛みは襲ってこなかったが。

 おそらく、今さっき須郷がアスナの服を破り捨てようとして失敗してたのもそのせいだろう。

 

 しかし、このまま無事に済むとは思えない。細かい部分が思い通りに行かなくて、須郷が苛立ってきてるのが分かったし……何か、何かないか、この状況を打破する方法が……!

 

 ――コツ、コツ、コツ……

 

「…………!」

 

 そんな時だった。

 

 須郷の後ろの方の暗がりから……誰かが歩いてくる足音が聞こえてきた。

 

 俺はもちろん、アスナや、須郷もまた、それに気づいたようで……何事かと振り向いて……

 

「……っ、誰だ一体!? 今ここは僕のおぶげへぁあ!?」

 

 

 ――バッ、チィィイン!!

 

 

 空気を切り裂く音がするほどの勢いで放たれた、エリカさんの平手打ちが直撃し、須郷はきりもみ回転しながら向こうの方に吹っ飛んでいった。

 

 その光景に唖然とする俺とアスナの目の前で、エリカさんの服のポケットからユイが飛んで出てきて……『大丈夫ですか、パパ、ママ!』と言いながら、俺達の体に触れる。

するとその瞬間に何かしたのか、俺達の体にかかっていた重力が消えた。

 

 エリカさんは俺の背中から剣を抜いて、そのままさらにアスナの手を縛っている鎖を断ち切る。オブジェクトとして破壊されたことになったのか、鎖以外の部分まで消滅し、アスナは自由になって……そのまま、力が抜けたのか、床に倒れ込む。

 

 それを、俺が駆け寄って抱き支え……そのまま、我慢できずに抱きしめた。

 

「キリト……君……!」

 

「アスナ……よかった、無事で……ごめん、俺、何もできなくて……君に、辛い思いを……」

 

「ううん、そんなことない……来てくれたもの。ここに、助けに来てくれたもの……! 信じてたよ、君は……いつだって、私の王子様だって……」

 

「パパ、ママ……よかったです……っ!」

 

 横から、ピクシーでなく子供の姿に戻ったユイも加わって抱きあって……

 3人共、その頬を涙が伝っていた。けど、みっともないとは思わない。

 

 そのまま少しして……俺達ははっとして、この場で置き去りにしてしまった人のことを思い出して、慌てて向き直った。

 

 どうやったのかはわからないけど、危ないところを助けてくれた張本人なのに……失礼だった。何も言わず待っててくれたエリカさんの方を向いて……

 

 しかし、何か言う前に、彼女は……アスナを抱きしめた。

 その頭を、胸元に優しく包み込むようにして。

 

 それは……何というか、すごく自然な動作に見えた。まるで……変な言い方だけど、そうすることに慣れているかのような……いや、自分でもよくわからない例えをしてるのはわかるんだが。

 その胸でアスナは、俺と同じようにきょとんとしている。ユイも同様だ。

 

 そしてエリカさんはというと、その頬に、一筋の涙を伝わせて、

 

「よかった……。アスナ、あなたが無事で、本当によかった……」

 

「……え……?」

 

「助けられて……また会えて……! 本当に、よかった……!」

 

(……? アスナの知り合い……なのか?)

 

 一言一言、噛みしめるように言うエリカさん。そのぬくもりに包まれているアスナは、戸惑いの表情を、次第に変化させていき……ゆっくりと腕から抜け出して、その顔を見つめ、

 

 

 

「…………お母、さん……?」

 

 

 

 そう、呟い…………え?

 

 ……お、かあ、さん? え?

 

 え? え!? えぇえ?

 

「「ええぇぇぇええぇえええ!!??」」

 

 俺とユイの……今日一番の驚きから来る絶叫が、ムードも何もなく響き渡った。

 いや、でもこれは仕方ないと思う。そのくらいの衝撃でした、はい。

 

 お、お母さんって……アスナの!? 母親!? リアルの!? エリカさんが!?

 

 あの……病院で会った、ちょっと気が強そうだけど優しそうな女の人!?

 

「あら……何だ、わかっちゃうのね。正直……髪型くらいしか似ている所もないし、言わなきゃわからないと……むしろ、言っても信じてもらえるかしら、って思ってたのに」

 

「や、やっぱりそうなの!? お母さんなの!? な、何でここに……ALOに!?」

 

「まあ、話すと長くなるから……色々あったとだけ思っていて頂戴。あなたが、SAOとは別の事件に巻き込まれてると知ってね……我慢できなくて、こうして直接来たのよ。キリト君やユイちゃん、それに、ナツメ先生やストレアさんなんかにもお世話になりながらね」

 

「ナツメ先生も来てるの!? で、でも……お母さん、ゲームなんてやったこと……ましてやVRなんて……」

 

「それは私自身驚いてるんだけど……まあ、人間意外とやればできるものね」

 

 ……本当らしい。人違いでも何でもなく。

 開いた口が塞がらない……まさか、エリカさんの正体が……。既に疑っていない様子のアスナと親しげに話す彼女を、横から見ていることしかできなかった。

 

 ユイは、『ま、ママのママ……!?』って、こっちもびっくりしてるし。

 

 そして、俺達以外にも驚いている者がいた。

 

「な、なん……だと……!? ま、まさか、そんなはずは……! き、京子さん……!?」

 

 吹っ飛ばされた先から、よろよろと歩いて戻ってきたところだった須郷が『ありえない』『そんな馬鹿な』とか呟きながら、その場に立ち尽くしていた。

 

 それを見て……優しい目でアスナを見つめていたエリカさんが、一転、射抜くような鋭い眼光に変わる。ゆっくりとアスナを放して立ち上がると、隙のないたたずまいで須郷に向き直った。

 

「えっ、あ、や……ち、違うんですよこれは!? ぼ、僕はただ単に、アスナさんを助けようと思ってここに……ほら、SAOのサーバーの維持を僕がやってるのはご存じでしょう? その一環で……か、彼だってほら、どこの誰ともわからないからああやって拘束を……」

 

「黙りなさい、このレクトの面汚し。何も聞きたくないわ」

 

 取り付く島もない、とはこのことだ。

 

 須郷にしてみれば、悪夢もいいところな状況だろう。上手いこと騙してきたはずのアスナの母親が突如現れて、自分の悪事が白日の下にさらされようとしている。企ててきたことの全てが……アスナとの結婚も、違法な研究も、全てが台無しになるかっていう瀬戸際だ。

 

 だが、もう何もかも手遅れだ。今更どんな言い訳をしようと……目の前でアスナを、愛する娘を辱められかけていたエリカさんが、ここまで伝わってくるほどの烈火のような怒りを収めてくれるとは、到底思えない。

 

「あなたみたいな人を少しでも評価して信頼したなんて、末代までの恥だわ……顔も見たくない。もうレクトグループに居場所はないと思いなさい。もちろん、それだけでは済まさないけどね……この事件は全て公表して、しかるべき裁きを受けてもらいます。社会的にも、法的にもね」

 

「ち、違っ、話を聞いてください、京子さん! どうか僕を信じて、お義母さ……ひぃ!?」

 

 ……この状況で厚かましくも、エリカさんを義母呼ばわりしかけて……その瞬間、強烈なまでの殺気の乗った視線が向けられ、須郷は大きく後ずさりした。

 

「よくもまあ呼べたものね……汚らわしい。さっさと消えなさい、それともあなた、私のこの苛立ちを発散するためのサンドバッグにでもなってくれるのかしら?」

 

 そこまで言ったところで、須郷は何も言うことができなくなり……しかし、ふと何かを思いついたような表情になると、今度はニヤニヤと不気味に笑い出した。

 

「ふ、ふふふふふ……そうか、そういうことだったんだな……ああ! お前、偽物だな!? 京子さんの名をかたる他人だろう!」

 

「……はぁ?」

 

 何を言っているんだこいつは、という表情のエリカさんに構わず、まくしたてる須郷。

 

「僕の知っている京子さんは、そんな野蛮なセリフは言わないぞ、残念だったな偽物! ふふっ、驚かせやがって……まあ、よく考えればわかることだったんだ。堅物で知られている彼女が、こんなゲームの世界なんかに来るはずがないんだからな!」

 

「ふぅん……そんな風に解釈するわけ。随分とまあ、都合のいい頭ね」

 

「うるさいこの偽物め! 僕をバカにしやがった罪は償ってもらうからな……システムコマンド! ペインアブゾーバーをレベル5に! 並びに、『エクスキャリバー』をアクティベート!」

 

 そう言うと、須郷の目の前に、金色に輝く剣が姿を現し……須郷はそれを手に取った。GM権限で、コマンド1つで伝説の武器も自在に出せるってわけか……趣も何もないな。

 

 それに加えて、今の言葉……例の、痛みを遮断する装置をまた弱くしたのか。

 

 あの剣で斬りつけて、エリカさんを……ともすれば、俺やアスナを苦しめるために。

 

 しかし、エリカさんに怯えたり焦った様子は全くない。

 

「ふーん、そう……そんな風に評価されていたのね、私。……想像力が足りないわよ、須郷伸之。私とて、堅物の大学教授である前に1人の親……娘を傷つけられて、怒らない親がいると思う?」

 

「ほざけ偽物! お前なんかの貧弱なステータスじゃ、僕のこの『オベイロン』のアバターの圧倒的なステータスは超えらるぅえっ!?」

 

 一瞬だった。

 たった一瞬の出来事だった。

 

 斬りかかってきた須郷からエリカさんを守るために、俺は剣を取って立ちはだかろうとして……しかし、手でそれを制された。他ならぬエリカさんに。

 

 そしてその直後、すさまじいスピードで抜剣したエリカさんは、鋭く踏み込んで須郷の剣を受け流して無効化し、そのまま……容赦なく、がら空きの肩に剣を突き立てた。

 

「いっ……だぁああ!?」

 

「ち……硬いわね、不自然に」

 

 傷口から赤い光のダメージエフェクトが噴き出すが、すぐさまエリカさんはその場から後退して、須郷の剣の間合いの外に出た。

 

 須郷はというと、自分が解除したペインアブゾーバーの痛みを自分で味わうことになり、みっともなく狼狽していたが、すぐにその表情を怒りに変えて、

 

「こ、このアマぁ! 一度ならず二度までも僕をォ!」

 

 再び斬りかかってくる須郷。

 

 しかし、相変わらず素人丸出しの太刀筋は……エリカさんに通じるものではない。

 

 ひらり、ひらりとかわされ、時に剣でいなされ、全く危なげなく立ち回るエリカさんに、当たる気配はちっともしない。

 それが理解できないのか、がむしゃらに攻撃し続ける須郷は、いっそ滑稽ですらあった。

 

「僕はっ! この世界の、神だぞっ! 僕に逆らう奴は、皆、この手で裁いてやる! お前も、さっさと、裁きを受けろ、このクソアマがぁ!」

 

「……まあ、硬いなら硬いなりに、やりようはあるわね……要は、衝撃さえ通ればいいのだし」

 

 そしてエリカさんは、タイミングを見計らって剣をはじき、さらにそれを持っている手首を切りつけて『いたぁい!?』剣を取り落とさせると、素早く懐に踏み込んだ。

 

 そして、踏み込みながらもう片方の足を引いたかと思うと、見るからに威力のありそうな、腰の入った蹴りを放つ。残像が見えるほどの勢いで放たれたその蹴りは、彼女の緑色の靴の色が残る、美しい弧の軌道を描いて……吸い込まれるように、命中した―――

 

 

 

 ―――須郷の……股間に。

 

 

 

「………………はぅ、っ……!」

 

 一瞬、何が起こったかわからないというような表情になった後……ぶわっと顔中から脂汗を吹き出し、形容しがたい苦悶の表情を浮かべて、須郷は倒れた。

 白目をむいて、股間を抑えながら、ひくひくと痙攣している。

 

(う、うわあぁあ……)

 

 その恐ろしい光景に……俺は、自分が食らったわけでも、ましてや彼女と敵対しているわけでもないのに、ヒュッとなる感覚を覚えてしまう(どこが、というのは聞くな)。

 

 つーか、エリカさん、容赦ねえ……! いや、もっともだけども。する必要ないけども。

 

 俺の顔色が悪いことに気づいたのだろう、アスナが恐る恐る、

 

「ね、ねえキリト君……あれって、やっぱり……痛いの?」

 

「うん……痛い、なんてもんじゃない……」

 

 あの痛みは、実際に食らった者にしかわからない……。女性には縁のない苦痛だろう。だからどうこうってわけでもないけど……うん、ホントにあれは、うん。

 

 

 

 


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