ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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第52話 ラストバトルと書いてゴミ捨てと読む

Side.キリト

 

「し、システム……コマン、ドぉ……」

 

 ちょっと気の毒なぐらいのダメージを受けたであろう須郷だが、性懲りもなく何かやろうとしているらしい。倒れたまま、どうにか口を開いて、GM権限を発動しようとしている。

 

「よ、妖精王オベイロン、以外のキャラクターに、麻痺デバフをっ……」

 

 そう言葉を発する。俺達は思わず身構えたが……何も起こらない。

 

「な、何で……!?」

 

「無駄です! 先程、研究施設内部にあったコンソールからシステム中枢へアクセスし、GM権限を含む全ての手段による、ALO管理システムへの干渉を禁止する処理がなされました! 15秒前にゲーム全体に浸透完了しており、貴方個人が実行できる範囲の権限では、これを解除することはできません。あなたは最早、ステータスが高いだけの一アバターでしかない!」

 

「あなた以外のGM権限保持者自体、全員拘束して、全権限を取り上げているしね」

 

 そうユイとエリカさんが言いきり……それを聞いたオベイロンは、怒りをあらわにした。

 しかし、早口で『魔剣グラムをアクティベート!』だの『重力魔法をエリア内全体に有効化!』だのと言っても、何一つかなわない。

 

 この世界……ALOは、いたって普通にゲームシステムを稼働させていくしかなくなった。

 まあ、それが当然であり、正しいのだが。

 

 もはや奴の思い通りにはならなくなった……かに思われた。

 

「システムコマンド! 妖精王オベイロンのペインアブソーバーをレベル10に……っ!?」

 

 その時、須郷の表情が苦痛と焦燥に歪んでいたものから、驚きのそれに変わる。

 

 しかしそれはすぐに……さっきまでと同じ、下卑た笑みに変わる。自分の優位性を疑っておらず、GM権限で俺達を一方的に嬲ることを楽しんでいた時の顔に。

 

 そのまま、さっきまでのエリカさんの急所攻撃の痛みがなくなったように、すっくと立ちあがる。

 今度は、困惑するのは俺達の番だった。

 

 何だ……何が起こった? あいつ、権限はもう使えないはず……

 

「い、いひひひっ! そうかそうかぁ、成程、お前らのロックも完璧じゃなかったみたいだなあ?」

 

「な……なぜ!? た、確かにシステムへのアクセスは……ストレアさんも一緒に確認したのに!?」

 

 困惑するユイに、須郷は得意げに言う。

 

「確かにシステムコマンドでの介入はできないみたいだ……けど、僕個人のアバターやアカウントには干渉できるようだな! 僕はシステムの不具合などの万が一の時に備えて、アバター自体への介入をシステムによらずに行われるように設定してあるんだよ! GM権限に比べればごく一部の権能だが……痛みを消したり、アバターを強化するには十分な力だ!」

 

 っ……そうか、もしカーディナルに何か不具合が起こって、ゲームシステム自体が正常に起動しなくなり、その結果自分のアバターが弱体化したりするかもしれない、という点を危惧して、須郷は『オベイロン』のアバターをGM権限から切り離して保護してたのか!

 

 よそが全部おかしくなっても、自分だけは無事でいられるように……本来は、今言ったように、システムに不具合が生じて、GMからの介入も難しくなった時なんかのために使われる機能だろうに、こいつはそれを設定をいじって、100%自分のための防御機構として使っていたんだ。

 

 さっきのはおそらく、自分のアバターのみの改変命令だから、ペインアブソーバーのレベル変化が実行されて、痛みが取れたんだろう。

 

 今あいつは、システムに命令することはできないけど、同時にシステムから干渉を受けることもない状態。自分のアバターだけは思い通りになるってわけだ……なら……

 

(直接、倒すしかない!)

 

 そう俺が決意して、剣を手に立ち上がろうとした瞬間、須郷はさらに言葉を紡ぐ。

 

「システムコマンド! IDオベイロンのステータスを全てMAXに! 並びに、ローカルメモリ―より『戦闘用AIプログラム』No.104を解凍しインストール、完了後即実装! レベル設定10!」

 

 字面だけでもかなり物騒な単語が並ぶ中、須郷は足元に取りこぼした剣――エクスキャリバーとかいう名前のそれを拾い、そして数秒後、びくっと体を一瞬震わせた。

 

 そしてその直後、弾かれたようにこちらに向かって飛び出し……速い!?

 しかも、踏み込みとか色々……さっきまでとは明らかに違うぞ!?

 

「いっひゃああぁあっ!」

 

「……っ!?」

 

 奇声を上げて斬りかかる須郷。

 

 俺がとっさに前に飛び出そうとしたが間に合わず、エリカさんはさっきと同じように剣でその攻撃を受け流そうとして……失敗した。

 

 傍目からでもわかる、速さも重さも明らかに違うであろう一撃を無効化しそこね……返す刀で振るわれた一撃が、体勢を崩したエリカさんの二の腕を浅く斬りつける。

 

「い……っ!?」

 

「お母さん!?」

 

 まずい、やっぱりさっきのペインアブソーバーのレベルを下げた設定がそのままになってるんだ……今までゲームにはなかった現実の痛みが、アバターとはいえ彼女の体に襲い掛かっていた。

 

 俺はそこでどうにか彼女の前に出て、振るわれる須郷の剣をはじき返す。

 

 タイミングがよかったのか、須郷はたたらを踏んで数歩後ずさるが、すぐに構えなおす。

 

 ……SAOプレイヤーでも、上級に位置する奴にしかできそうにない体運びだ。いや、それと比べれば固いというか、型通りみたいな印象もあるが……いずれにせよ、さっきまでの様子を見る限り、須郷にできるはずもない動きだ。たとえ、ステータスが上がっていたとしても。

 

「キリト君、これって……」

 

「ああ……エリカさん、注意してください。こいつさっきまでとは違います……多分、さっきの言葉通り……こいつの意志じゃなくて、システムの力で攻撃してくる」

 

「そういうことだ! 僕がローカルメモリに保存していた、本来はボスモンスターに組み込まれる戦闘用高性能AIをこのアバターに適用した! まあ、認めざるを得ないよ……君たちと違って僕は野蛮な喧嘩なんてものに慣れてはいないからね。なら、それにふさわしいシステムを使うまで!」

 

 言い終わる前に、須郷はまた鋭く踏み込んで剣を振るう。

 俺はそれをガキン、と音を立てて弾いて防ぐが……腕に伝わってくる感触は、かなり重い。

 

 スグ……リーファに聞いて知ってたが、このゲームでは攻撃の威力は、スキル熟練度による補正を含むステータスと、武器の性能、そして攻撃速度によって決まるらしい。

 

 そして、それだけの動きは、須郷自身には到底不可能だ。あいつはあくまで、GM権限を武器にして俺達をいたぶることしかできなかった。ヒースクリフ……茅場とは違って、ゲーム自体のスキルは皆無と言ってよかったレベルだ。

 

 だが今あいつのアバターは、AIによって、いうなれば自動操縦で戦闘を行っている。だから極端な話、あいつ自身の実力は関係ないわけだ。戦闘に適した行動を判断してこちらに浴びせてくる……けど、

 

「強いステータスによる強い攻撃をくらえ!」

 

(そんな攻撃に……当たるか!)

 

 俺は大ぶりの一撃を弾くようにいなし、すれ違いざまに須郷に斬り付ける。

 

 しかし、その一撃は深くは食い込まず、まるで硬質な鎧か盾に阻まれたように止まって……体のほとんど表面を滑るだけに終わった。

 

「はははは! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ! 僕のステータスは今、一般のプレイヤーが防御系のスキルをカンストさせた上で、伝説級の防具を装備しても届かないくらいに数値を上げてるんだよォ! そんな、多少強力なくらいの武器じゃ、ろくなダメージも通らないし、すぐ回復する! というかそもそも僕にはHPなんてものはないからね、どれだけ攻撃したって無ゥ―――駄なんだよぉ!」

 

「……ほう、それはいいことを聞きました」

 

「……あ?」

 

 ふいに、横合いからそんなセリフが聞こえて……俺も須郷も、その場にいた全員がその方向に視線を向ける。

 そこには……青色メインの装束に身を包み、いつもの剣と盾で武装したナツメが歩いてきていた。

 

「何だお前? ちっ、次から次へと……このゲームを、神である僕に断りなく弄り回す不届き者共がぁ……」

 

「元から公平性(フェアネス)を欠いたゲームをどうしたところで、文句を言われる筋合いはありませんね。ましてやこれはもうゲームですらない犯罪の道具扱いでしょうに……まあ、同じ犯罪でも、彼……茅場晶彦氏の方は、公平を心がけていた分、まだマシというか評価できましたが」

 

 そのナツメの発言を聞いた瞬間、ぴくっ、と須郷が反応する。

 表情があからさまに『不愉快』といった感じのものに変わり、ナツメを睨みつけてきた。

 

「何だと貴様……今何と言った!? 僕が、茅場晶彦に劣るだとォ!?」

 

「……あらら、兄さんの言った通りだ。沸点低っく……」

 

 呆れたような表情になるナツメとの温度差が酷い。須郷はびきびきとアバターの眉間に青筋を浮かべ、標的をナツメに変更して襲い掛かり……しかし、簡単に盾でいなされる。

 

 今更だけど……高性能AIって言っても、所詮はMobやボスが使う程度の戦闘技巧だ。俺やナツメのような、SAOで一線級だったプレイヤーに通じるはずもない。

 

 ただ、須郷の元々が酷すぎただけだ。……こういう例え方はどうかと思うが、須郷自身の技量は……初期のサチとどっこいか、あるいはそれ以下かもしれん。無駄に自信過剰なだけで。

 

 高性能AIとやらでも、技量だけなら中層のプレイヤーの方がよっぽど上のが何人もいただろうし……かつて『SOS』の――『ソード・オブ・ソード』の舞台に上がったようなプレイヤー達とは、最早比べるべくもない。

 

 そして繰り返すが……そのSOSの舞台において、アインクラッドで三指に入ることが証明されたナツメに、その程度の攻撃が届くはずもない。剣か盾でいなされるばかりだ。

 ……背中ががら空きだな、奇襲してもいいかな?

 

「はぁ……システムコマンド。IDオベイロンの全ステータスを初期値に」

 

「あぁん? お前何を言ってごへぇ!?」

 

 須郷が突っ込んできて放った大振りの一撃をいなすと同時に、ナツメはその腹に……いわゆる『ヤクザキック』という奴を叩き込み……その勢いで須郷は面白いほどに吹っ飛んだ。

 息が詰まったのか、足がめり込んだ鳩尾のあたりをおさえている。

 

「な、何で……そんな蹴りなんかでステータスMAXの僕がこんなダメージを!? お、お前何をした!?」

 

「何って、今聞いていたでしょう? あなたのステータスをしかるべき値に戻しました。あなたにお似合いな数値と言ってもいいかもですね」

 

「なっ、き、貴様僕を侮辱……い、いやそうじゃない! どうしてそんなことができる!? 僕のアバターデータには、『カーディナル』だろうとアクセスできないようになっているのに……」

 

「みたいですね。でも、所詮は『カーディナル』。しかも劣化版。より上位の権限で命令を下せばそれで話は済むってだけです」

 

「僕より上位のGM権限だと!? そんなものあるはずが……!」

 

 そこで、須郷の言葉は止まる。

 

 どうやら何かに気づいたようで……わなわなと震えだし、ナツメを指さして、怒りと焦り、困惑に……絶望も入ってるか? 色々な感情が入り混じった表情を浮かべた。

 

「あ、あああ、あいつの仕業かああぁああ! な、何であいつが、何でぇえ!?」

 

 ……俺にも、大体わかった。

 須郷の言っている『あいつ』が、そして、ナツメが今言っていた『より上位の権限』って奴が、誰のIDのことを指して言っているのか。

 

 ……ユイとストレア曰く、この世界はほとんど丸々、SAOの基幹プログラムを流用して作られているらしい。そのせいで、初期に確認されたセキュリティホール等がそのまま残されていると。

 

 言うなれば、こいつは盗んだものをそのまま使っていたわけだ。

 そしておそらく……命令の権限もそのままだったんだろう。

 

 だとしたらその状態で、後から割り込んだ須郷らのGM権限をも凌ぎ、『カーディナル』にすら命令を下せるIDを持つ人物は……1人だ。

 

「何でっ、何でいつも僕の邪魔をするんだよぉ!? 死んだんだろあんた!? 死んでまで何で僕を……いつも僕のことを見下して、欲しいもの全部よこからかっさらって行って!」

 

「精神年齢いくつだよ……っていうか、あの人やっぱり死んだのか? キリト君何か知ってます?」

 

「いや、俺もまだ行方不明だって……総務省の役人も何も言ってなかったし……内部情報かもしれないな」

 

 喚き散らす須郷に構わず、ナツメはすたすたと俺の横にまでやってきて、アスナとエリカさん、それにユイにも、全員に聞こえるように言う。

 

「ミッションは大方達成済みです。現在、ALOのサーバーに監禁されていたSAO未帰還者全員のログアウト処理を行っており、数分以内に終了する見込みです。順次現実世界で目覚めていくでしょ……うげ、時間がもう夜中だ……。夜勤を強制される病院のスタッフには申し訳ないですが……まあ仕方ないですね。あと、デューク兄さん達は、ちょっと他にやることがあるのでそっちに行ってます」

 

 その言葉に、俺達は苦笑しつつも、目的が達成されたことを喜んだ。

 アスナも、俺と、次いでユイや、エリカさんと視線を交わらせ、表情に喜びと安堵を浮かべる。

 

「すると、アスナも順次ログアウトが始まるのかしら?」

 

「ええ。今からおよそ15分が経過するか、手動でログアウトを選択すれば」

 

「? 時間を置いた理由は?」

 

「せっかく再会できたんです、ちょっとくらい話したいでしょ? 大丈夫……あっちの煩いのは、僕が片づけておきますから、どうぞ、『未来の』含めて、家族水入らずで」

 

「んなっ……!」

 

 『未来の』の所で、俺とアスナの顔が赤くなり、それを見たエリカさんが『あら、やっぱり』なんてことを呟いて、さらにそれを見てユイが嬉しそうににこにこしている。

 

 で、ナツメはその『煩いの』の方に歩いて行こうとしたんだが……

 

「いや、待ってくれナツメ……俺がやる」

 

「あれ? いいんですか? ごみ捨てくらい代わりにやりますよ?」

 

「ごみ捨て……いや、いいさ。ほら俺、ここ来てからいまいちいいとこなしだしさ、ここらへんできちんと、アスナやユイにカッコイイとこ見せときたいっていうかな」

 

「あら、『未来の義母』は含めてくれないのかしら」

 

「「ぅえっ!?」」

 

 突然エリカさんがそんなことを言って来て……俺もアスナも変な声が出てしまった。

 あ、あの、エリカさん一体何を……っていうか、そんな風に言ってくれるってことは、その……

 

「お、お母さん、それって……」

 

「ふふっ……ごめんなさいね、からかうようなことを言って。そのへんも含めて……きちんと後で話しましょうね。……ちゃんと、現実で」

 

「……っ……はい!」

 

 にっこり笑って言うエリカさん。

 これ以上ないくらいに嬉しそうな表情を浮かべるアスナとユイ。

 

 その様子を、横で優しく笑いながら見ていてくれるナツメ。

 

 そして、今のやり取りで……俺の心はこれまでで一番……いやそれこそ、この世に生まれてから一番と言ってもいいくらいに晴れやかだった。

 心の中が歓喜で満たされているのを感じる……もう、何も怖くない!

 

「ちょ、待……キリト君それフラグ……」

 

「大丈夫ですナツメさん! 今のパパなら死亡フラグの10本や20本バッキバキです!」

 

「……そうですね、そんな気がします」

 

 

「お、お前ら……僕を無視して勝手なことを言ってるんじゃないっ!」

 

 

 ……あ、割と本気で気にしてなかったというか、忘れかけてた須郷がまた切れてる。

 

 剣を構えて、今にも斬りかかってきそうだ。

 

「僕はこの世界の神だぞ!? お前らなんかに負けるはずがない、唯一絶対の……!」

 

 喚き散らす須郷に向き直り、俺は剣を握って、自然体に構える。

 

 その瞬間スイッチが入り、俺の意識は戦闘に向いた。SAOで二年間もすごしたからか、さっきまでの歓喜を残しつつも、きっちりを切り替えるなんて能力が身についてるな。喜んでいいものやら。

 

「……泥棒の、だろ? 何一つ自分で作り上げもせず、他人が作ったものを横からかすめ取って、その上に胡坐をかいてふんぞり返ってる奴の、何が神だ」

 

「な、何ィ……!?」

 

「まあ……お前の気持ちも全くわからないわけじゃないさ。俺だって、現実の世界じゃ、何の力ももたない、ただの貧弱な子供だ。エギルやクラインみたいに自立してるわけでもなければ、ナツメやデュークみたいに並外れて頭がいいわけでもない。他人を騙した結果のものでも、地位や立場を持ってるお前とすら、比べてしまえば、本当に無力な……ただの子供だ……だけど!」

 

 剣を持ちあげ、須郷に切っ先を向ける。

 

「俺は、お前みたいになりたいとは微塵も思わない。茅場みたいになりたいとも思わなかった」

 

「っ……!」

 

「今ある俺は確かに、現実ではただの子供で、仮想世界にいるこの『キリト』も……所詮はデータの塊。それですら、色々な人に支えられてここまでやってこれた結果だ。俺一人の力でここまで来たなんて、間違っても言えないし、言うつもりもない。けど……それでも俺は今、『キリト』としてここに立っていることを、誇りに思ってる!」

 

 クラインとバカやって笑って、

 アルゴにからかわれて、

 エギルにぼったくられて、

 サチを慰めて、サチに慰められて、

 シリカに懐かれて、

 リズと笑いあって、

 ナツメに支えられて、

 ユイと一緒に遊んで、

 アスナに愛されて、俺も愛して、

 

 そんな1つ1つの積み重ねが、今ここにいる俺だ……他の誰でもない、『キリト』だ。

 

 いくらSAOで……仮想世界での行いで『勇者』だの『英雄』だの呼ばれたところで、現実に戻れば、俺は何の力もない、貧弱で引きこもりの子供だ。

 言ってみれば、偽物……鍍金(メッキ)の勇者でしかない。

 

 けど、それでいい。

 

 俺はそんな俺のままでいたい。誰を真似たいとも、真似られたいとも思わない。

 

「現実では何の力もなくても! 所詮はデータの上だけの、鍍金(メッキ)の勇者でも! 俺は……それが俺だって胸を張れる! 2年間を全力で生きて来た結果だから。そんな俺と、皆、一緒にいてくれた、一緒に歩んでくれた! だから、何も恥じることなんてない!」

 

「わけのわからないことを……っ……僕が、泥棒だとぉ!? お前、言わせておけば……」

 

「逃げるなよ、須郷……あいつは逃げなかったぞ、あの……茅場晶彦は」

 

「……っ……ぁあっ……! ガ、キ、がぁあああ―――!!」

 

 もう何も言葉にできないくらいに、怒りが頂点に達したんだろうか。

 須郷は剣を構え……おそらく、また戦闘用AIを起動させ、それに身を委ねたんだろう。雄叫びを上げながら切り込んでくる。

 

 俺はナツメに一瞬だけ視線を送り……ナツメが、意図を察して頷いてくれたのを確認すると、須郷を迎え撃つため、自分も剣を構えなおした。

 

「システムコマンド。IDオベイロンのペインアブソーバーをレベル0に。並びに、戦闘用AI稼働をフルオート固定。解除権限ロック」

 

 怒りに身をゆだね、醜悪に顔をゆがめていた須郷の耳に……はたして、ナツメが小声でつぶやいたタスク実行は聞こえたんだろうか。

 

 まあ、聞こえたところでどうしようもないだろうが。

 

 

 

「決着をつけよう、須郷……泥棒の神様と、鍍金(メッキ)の勇者の、ろくでもない戦いに……!」

 

 

 

 その後のことは、まあ……さして面白くもないことなので省く。

 

 ナツメの権限によって、自力で戦闘用AI操作を解除できなくなった須郷は、俺に斬られながらも、最後まで戦いをやめることができなかった。

 

 より正確に言えば、ペインアブソーバーをレベル0にされ、現実にそのまま痛みが帰ってくるレベルの激痛に身を焼かれながらも、体だけがAIによって俺と戦わされていた。

 聞きたくもない悲鳴を上げ、涙と鼻水をたらしながらも、やめることを許されずに戦い続けた。

 

 重ねて不幸だったのは、『オベイロン』のアバターにHPというものが存在しなかった点だろう。言うなれば、HP無限という設定だったわけだ。

 通常のプレイであればただのチートだが……この場合は意味が違ってくる。

 

 それは、腕を飛ばされたり、心臓を巻き込む形で袈裟懸けに斬られたり、腰から下を切り落とすような形で斬られても、頭から股下まで両断されても、戦闘は終わらず……解放されない地獄だ。

 

 最終的に、俺が須郷の右目を貫いて壁に叩きつけて縫い留めたところで……おそらく、アミュスフィアの安全装置か何かが働いてだろう、強制的にその場から消滅させられたようだった。

 

 

 

 終わってみれば、特に面白みもなく……いかさまの妖精王は、この世界から退場した。

 

 

 

 




Q.原作とかアニメだと、須郷はキリトに一太刀で腕斬られたリ腰から下切り落とされたりしてたけど、こっちでは何で延々斬られてるの?

A.『オベイロンをレベル1に』という点を省いてるので、当初の、というか最低限のステータスは残ってる設定だから(と作者は解釈した)。そのせいで『部位欠損』とかも発生しづらくなって、余計に長く苦しむことになったけど。

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