ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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第54話 うん、だよね、知ってた。

 

【2025年5月某日】

 

『キリト、SAOクリア、おめでとーっ!!』

 

 リズベットさんが音頭を取ったそんなフレーズと共に、本日のオフ会は始まった。

 

 『主役は遅れて登場するもの』という謎なお約束のもと、わざとちょっと遅い時間を知らされていたキリト君――桐ケ谷和人君は、鳴り響くクラッカーの音と、飛び交う紙テープを浴びながら、唖然として立ち尽くしていた。

 

 『SAO事件』に続いて起こった『ALO事件』が集結してから4か月、今日のこの日のオフ会を迎えるまで、実に色々なことがあった。

 今更かもしれないが、一応書いとくか。

 

 

 まず、あの事件の顛末だが、須郷は普通に逮捕された。

 

 しかも、車で爆睡していたところを警察に見つかり、『署までご同行……』と言われて錯乱したのか、よりにもよって持っていたナイフで警察官を斬りつけるという真似をしでかし、さらにそのまま車で逃亡を試み、止めようとした別な警察官に車をぶつけたり、引きずったりしたらしい。

 

 幸いと言っていいのか、負傷した警察官は全員軽傷だった。

 

 さらに須郷はうまく車を運転できず――まだダメージが抜けきっていなかった様子だ――病院の駐車場入り口の車止めのポールに突っ込んで止まったため、その後逮捕された。

 

 警棒で車のガラスをたたき割って中から容疑者を引きずり出すという、水9や木8も顔負けの大捕り物アクションが昼間っから展開されたらしい。見たかったなちょっとそれ。

 

 今、手下ども共々裁判中だが、罪状はざっと『傷害』『殺人未遂』『公務執行妨害』『銃刀法違反』『器物損壊』他、色々細かいものもあるそうだ。ALO事件におけるこいつの非道が、略取誘拐、あるいは機械を介しての暴行とかにあたるかどうか議論されているらしい。

 

 あと、横領とかALO事件とは直接関係ない余罪も色々明らかになってるようだ。

 まあ、やっててもおかしくないというか、逆に納得できる。

 

 黙秘し否認し、茅場晶彦に全て擦り付けようとし、現在は精神鑑定を申請しているとのことだが……まあ、認められるかと言われればそれはほぼないだろう。海外逃亡を企ててたとかで、保釈も却下されたようだし。

 

 ところで、裁判所が精神鑑定を依頼した医師は僕の知り合いなんだが……いや、何でもない(黒い笑み)

 

 ああそれと、茅場晶彦についても、公にされた情報に変化があった。

 

 茅場だが、やはり死んでいたようだ。

 

 ……奴に対しての僕の心のうちやら何やらは、随分前に直接本人に全部ぶつけている。なので、あえてどう思うかとかはここには書かず、事実だけを書こうと思う。

 

 日にちからして、僕らがちょうどSAOをクリアしたあの日あたりになるらしいが、茅場は自分の脳に大出力のスキャニングを行い、脳を焼き切って死んだそうだ。

 

 マイクロ波による電子レンジではなく、スキャニング。つまり、電脳世界に自分の脳内の情報を、データとして移そうと試みたことになる。言わば、自分のコピーというか、エコーというか。

 

 ……それに成功した結果、ああしてALOに現れたのかよ……なんて奴だ。

 正真正銘の『電脳』……いわゆる、サイバーゴーストっていうアレなんだろうか?

 

 今茅場は、奴本人であるとは少々言いづらいだろうが、電脳世界の存在として、ネットの海の中を漂っているのかもしれない。……となれば、あれに対して、茅場に向けていた憎悪やら何やらを向けるのはお門違いということになるんだろうか? ……ややこしいというか複雑だわ。

 

 まあ、今後会うことがあるかも疑わしい奴のことはいいとして。

 

 さて、言うまでもないことかもしれないが、SAO事件、ALO事件と、VR世界の不祥事ないし大事件が続いたことで、この業界は壊滅的なダメージを受けた。VR世界が犯罪の温床になるだのなんだのという指摘があちこちから噴き出したりして。……実際なってたわけだしな。

 

 当然ながら、レクト・プログレスは解散し、その親元であるレクト本社も少なくないダメージを受けた。

 

 幸いにして、ことが公になる前に、今回の件は、結城教授の口から旦那さんである結城彰三氏に伝えられ、先回りして関係各所への対応・根回しを行うことができたことから、予想されたよりも傷は浅く済んだらしいが……それでも、やはりその責任は大きかったと言える。

 

 責任を取る形で、結城氏はレクトのCEOを辞任。諸々の手続きを終え、全ての引継ぎを後任の人間に任せた後、今は隠居しているそうだ。

 

 ……もっとも、生来責任感が強い人らしいので、仮にその必要がなくても、自分を許せないという感じで身を引いていただろう、というのは、結城教授から聞いた話である。

 

 で、運営会社であるレクト・プログレスがそうなったことから、当然ALOはサービス停止となった。……グランドクエスト達成の直後だっていうのにな……シルフとケットシー両陣営の皆さんには、同情を禁じ得ない。

 

 そしてALOのみならず、他のゲームタイトルへも批判が殺到。もうVR業界は終わったかと思われたわけだが、それを力ずくでひっくり返したのが……あのヤローが残した置き土産だった。

 

 その名も『ザ・シード』。

 

 ALOでの最終決戦の直後、キリト君に接触した茅場が渡したらしいそれは、一言で言えば……誰でも簡単にVR空間、ないしはそれを使ったゲームを作成できるプログラムキットだった。

 

 そこそこのサーバーと回線さえ用意できれば、レクトのような大企業に限らず、中小企業や、それこそ個人ですらもVRを作れるようになるもので、簡易的なものとはいえ、『カーディナル』まで組み込まれているらしい。

 

 キリト君に解析を頼まれてそれを調べていた龍馬兄さんが唖然としていた。

 あの人のあんな顔初めて見たな……よっぽどとんでもないプログラムだったんだろう。

 

 キリト君はエギルさんと協力し、さらに僕や龍馬兄さん、結城教授の伝手も頼って、あらゆる方法でこのソフトが安全なものであることを確認した上で……なんと、フリーダウンロードのソフトとして、世界中にばらまいた。

 

 ホント君いつも唐突にとんでもないことするよね……電話でそれ聞いた瞬間『はぁ!?』って、近年まれに見るレベルで絶叫しちゃったんだが。

 家の自室の中でなけりゃ、人がすっ飛んできたレベルだった。

 

 結果、それを使ってあちこちにVRのゲームやらサービスが乱立し、それに引っ張られる形で、ALOなどの古参のゲームも息を吹き返した。管理権自体は、レクトから比べればぐっと小さいベンチャー企業だかに、タダ同然の価格で譲渡されたらしい。

 

 プレイヤーもさほど離れていかなかったみたいだし、また今まで通りにVRMMOを楽しめる時代が続いていく、ということで締めくくっていいだろう。

 

 

 それから、SAO生還者のために、政府が『臨時学校』というものを作った話もしておこう。

 

 キリト君やアスナさんのように、SAOが原因で本来受けるはずだった学校教育を中断させられてしまった子供たち向けの学校なのだが、試験も何もなく無条件で入ることができ、最新鋭の設備を満載した校舎で、タブレットやら何やらを駆使したハイテク授業が行われている。

 

 ……普通の学校より恵まれた環境だよな、現在だけ見れば。

 

 そこで、キリト君とアスナさんはもちろん、リズベットさんやシリカちゃん、サチさん、黒猫団の皆も、青春をやり直しているようだ。勉強もちゃんとしながらだけど。

 こういう形で救済措置を用意してくれた点は、国の対応の評価できる部分だな。

 

 ……一説には、2年もの長い間、命のやり取りすら含む非常識な環境下にあった若年層を1か所にまとめて監視する目的もあるとか囁かれてるけども。

 

 あと驚いたのは、その学校の教職員について。

 

 基本的に志願者を募ってそろえたらしいんだが……その中に1人、強烈に見知った顔がいた。

 

 つか、クラディールさんだった。メガネかけてて髪は七三分けだけど、間違いなく彼だった。

 しかも何コレ、役職『教務主任』って書いてあるんだけど。すげーな。

 

 本名を『本田蔵人(くらんど)』先生というらしい彼は、今、一度は学ぶ機会を失った生徒達を教え導くため、今日も辣腕を振るっている。SAOの中同様、生徒からは結構人気あるらしい。

 

 というか、アインクラッドで一緒に戦っていた先生だから、っていうのもあるのかもね。

 VRっていう共通の話題もあるし、ゲームそのものにも理解があるってことで。

 

 

 

 そんな感じで、SAO事件から荒れに荒れていた社会は落ち着きつつあり……それにあわせて、僕らも念願のオフ会を開催する運びとなったわけだ。

 

 エギルさんの店『ダイシー・カフェ』には、あのゲームの中で共に戦った顔見知りたちが集まっていて、あちこちで思い思いに語り合って、現実での再会を喜んでいる。

 

 キリト君は……相変わらず女の子に囲まれてるな。アスナさんこと『結城明日奈』さんに、、シリカちゃんこと『綾野珪子』ちゃん、リズベットさんこと『篠崎里香』さんに、サチさんこと『小野寺美幸』さん……それにさらに、黒髪の、見慣れない容姿の娘も一緒にいる。

 

 まあそれもそのはず、彼女……SAOではなく、ALOからの参加者だ。

 あの、キリト君の妹である、リーファちゃん。本名『桐ケ谷直葉』ちゃんである。

 

 明らかに周囲の女の子と同じ目でキリト君を囲んでいる彼女であるが……正確には、妹じゃなく従妹らしいので、問題ない……のだろうか? つか、やっぱり『そう』だったんだな。

 

 男女比がおかしいあの一角には、店のあちこちから嫉妬の視線が向けられている。

 

 クラインさんこと『壷井遼太郎』さんを筆頭とした『風林火山』の面々や、『月夜の黒猫団』の面々もその中に含まれている。……目は口程に物を言う、とは聞いたことあるが、あそこまで雄弁に『リア充爆発しろ』な視線が大挙している様子は中々見ないな。

 

 なお、クラディールさんこと『本田蔵人』先生が目を光らせているため、未成年で酒に手を出す人はいない。『こんな時くらいいいじゃん!』と羽目を外したがっていた黒猫団の面々は、ひと睨みで沈黙させられていた。

 

 そんなグレートティーチャーを含め、僕ら大人組は主にカウンター席やその近くで談笑しつつ、お茶だったり酒だったりを飲んでいる。若人たちを苦笑しつつ見守りながら。

 

 夫婦で参加している、グリムロックさんこと『栗原陸郎(ろくろう)』さん、グリセルダさんこと『栗原優子』さん……あ、もう1組夫婦いたわ。まだ本名聞いてないけど、シンカーさんとユリエールさんも入籍したって言ってたな。今度お祝い渡さなきゃ。

 

 それと、ALOからの参加者がもう2人ほどいる。

 

 1人は、今回の立役者の一人でもある結城教授。

 ……せっかくだしみなさんと同じ感じで呼ぼうか。エリカさんこと『結城京子』さんである。

 

 娘であるアスナさんと一緒に登場し、これこれこういう感じで一緒に戦ったという話がされた時には、SAOからの知り合いも皆唖然としていた。

 

 しかし、数秒後には人垣の中心だった。

 

 何せ、意識の戻らない娘を助けるために仮想世界へダイブし、SAOの英雄と言われているキリト君や僕(自画自賛失礼)と共に、見事黒幕を倒して娘を助け出したわけだから。

 一躍ヒーロー……あ、いや、この場合はヒロインって言うべきなのか?

 

 現在ではそれからも解放され、ちょっと疲れた様子でカウンターについているが……今その視線は、アスナさんとキリト君に向いている。

 

 彼らのお付き合い……それも、単なる友達としてではなく、そういう意味での『お付き合い』については、概ね好意的に受け止めて認めているらしい。

 

 VR世界のゲームについてや、SAO生還者について偏見はないそうなので――少し前の私ならわからなかったけど、と付け足していた――キリト君の、優しくて誠実で、本当に大事なことに全力になれるところは、高く評価しているそうだ。

 ALOで最後に言っていた言葉は、何ら冗談やからかいではなかったのかも。

 

 ……もっとも、だからこそと言うべきか……ああして不特定多数の女の子に囲まれまくっている彼を見て、色々と思うところがあるようだが。

 

 そしてもう1人は、ALOでこちらの事情を話して協力してもらっていた、シルフの領主・サクヤさんこと『夜神桜』さんである……って、おっといけない、こっちを先に紹介すべきかな。

 

 サクヤさんの前に、その妹さんだよな。彼女はSAOからの付き合いだし。

 ヨルコさんこと、『夜神――

 

 

 ☆☆☆

 

 

「おいおい、こんなとこ来てまで『日記』かよ、熱心だな先生」

 

「ん? ああ、すいませんこんな席で。何というか、癖なんですよね、もうほとんど……」

 

 スマートフォンをいじっている彼、ナツメこと『西神千里』に、注文の品であるカフェオレを持ってきた店主……エギルこと『アンドリュー・ギルバート・ミルズ』は、相変わらずマイペースだなと苦笑する。

 

 この年若く見える、まだ大学生だと言われても信じられそうな青年が、自分やクラインより年上だというのだから、何だか不思議なものだとエギルは感じていた。

 

「ちっくしょー、キリトの野郎、現実に戻ってきてもあんなに女の子独占しやがって……俺にも1人か2人紹介しろってんだちきしょーめ! おいエギル! バーボンお代わり!」

 

 ……いや、隣で見るに堪えないことになっているコイツ(野武士面)よりは大人に見えるから、ある意味正しいのかもしれない。とも思った。

 

 しょうがないので量少な目で出しつつ、ふと思ったことを尋ねるエギル。

 

「そういやナツメ、お前も最近、ALOで噂になってるって聞いたぜ?」

 

「? 噂、って言いますと?」

 

「キリトと同じようによ、イイ仲の相手がいるって」

 

「え゛!?」

 

 その言葉にナツメ本人よりも早く反応したのは、2つ離れた席で、エリカとサクヤ、それにユリエールと女性同士談笑していたヨルコだった。実に鋭敏な耳をしている。

 

 次いで、は? とナツメが聞き返し、最後にクラインが

 

「何ぃ!? そうなのか先生!? あんたまで……あんたまで俺を裏切るのかよ!?」

 

「いや、裏切るって何ですか。ていうか、僕にそんな関係の女性はいませんし、何も心当たりとか…………あ」

 

 呆れたように返していたナツメだが、ふと何かに思い至ったらしく、言葉を止める。

 

 その次の句を、何か妙に緊張して待つ面々(特にヨルコ)だが、それに続けて言葉を発したのは、ナツメではなく……

 

「その噂なら全くのデマですよ、店主……ああ、失礼。エギルさん」

 

「ん? 何でそんなこと知ってんだい、エリカ女史」

 

「『女史』って……まあいいわ。その噂になっている相手が……私だからですよ」

 

「何ぃぃい!? おい先生、それってつまり不りもごっ!?」

 

 クラインが何か変なことを言う前に、ナツメは彼の目の前にあったフルーツ盛り合わせの中からグレープフルーツをつかみ取ると、クラインの口に押し込んで封殺する。

 

 口の中に広がる酸味と、単純な圧迫感に悶絶するクラインを放置し、ナツメはエギルと、やはりというか今の発言に驚いている女性陣に向き直る。

 特にヨルコは、この世の終わりのような表情になっていた。

 

「えーとですね……最初に結論から。今言った通り事実無根ですからね。ALOプレイ開始当初、僕とエリカさんは、ストレアさんも一緒に3人で基本どこにでも行動してたんですが、ストレアさんは時々抜けることがあったんですよ。それで、2人で行動してることが多くて、それを目撃されてて……後付けで有名になり始めたことで、関係を邪推された、という形です」

 

「ナツメ先生は特に、グランドクエスト攻略メンバーとして以外にも、サラマンダー狩りとか色々な風評被害がついて回っていますからね。それと一緒にあちこちで尾ひれがついて回っている話の1つです。繰り返しますが、事実無根ですので、くれぐれもよろしくお願いいたします」

 

 最後の部分を特に、ようやく復活したクラインに対し、睨むようにしながら念を押すエリカこと京子。

 

 彼女からすれば、既婚者である自分が夫以外の男性と噂になるなどとんでもない醜聞だし、相手のナツメにも迷惑がかかるのは間違いないことなので、誤解を広げかねない者はきっちりおさえておくというのは当然の判断だった。

 

 気迫のこもった視線に、クラインはやや青くなりつつ、こくこくと頷く。まだ口の中にはグレープフルーツがあるため、しゃべれない様子だ。

 

「全くもう……1日に2度も同じ話題で疲れさせられるなんて」

 

「ははは……ん? 2度も、ですか?」

 

「ええ……家を出る前になんですが、同じ噂話をALOの中で聞きつけて来たアスナに詰め寄られましてね……半泣きで」

 

 思いだしているのか、片手を額に当てて、はあ、とため息をつきながら。呟くように言う。

 

「……今回の件で私が夫を見限って離婚して、西神先生と一緒になるんじゃないかって不安になったらしくて、『お、お父さんと別れたりしないよね?』って……何を考えてるのよあの娘は……」

 

「すいません、洒落になってないのできちんと誤解解いておいてください。何なら僕も手貸します」

 

「ご心配なく、既にきちんと言って聞かせましたから……」

 

 マジかよ、という感じの空気になり、その場の大人たちが苦笑する中……ただ1人、そういう雰囲気とは違う目を、表情をしている者がいた。

 

 具体的に言うと、何かを決心したような表情になっている…………ヨルコが。

 

「あ、あのっ! ナツメ先生……」

 

「はい?」

 

「さっき、その……『僕にそんな関係の女性はいません』って、言ってましたよね……? じゃあ、先生は今、お付き合いしてる人とかは……いないんですか?」

 

 ヨルコが訪ねた言葉に、その周囲の注意が向く。

 視線が集中したわけではないが、それに等しい状態。聞いた者と聞かれた者、2人の発言を、対応を……固唾を飲んで見守り始めた。

 

「? ええ、まあ……恥ずかしながら、この年になって未だに『彼女いない歴=年齢』を更新中の身ですが……それが何か?」

 

「だ、だったら、そのっ! もし、先生さえ良ければ……わ、私と……つ、つ……」

 

 親しい仲であればこそ、かもしれないが……ヨルコが胸に抱える想いを知っている者は割と多い。

 

 しかし、グリセルダ直伝の指揮能力と剣の腕を持ち、ここぞというところで行動力を発揮するヨルコが、ついぞ……SAO終了まで切り出すこともできなかったその想いを、とうとう今日、ここで相手に……ナツメにぶつけるのかと。

 

 エギルが、クラインが、グリセルダが、グリムロックが、クラディールが、カインズが、エリカが、サクヤが、そしていつの間にか、向こうにいたはずのキリトたちまで全員が見守る中、

 

「つ、っ……つ、つき……!」

 

 今までナツメを前にした時と同じように、ぷるぷると震える手を無理やり固定し、逃げ出しそうになっているのであろう衝動をこらえ、足の代わりに口を動かす。

 

 耳まで真っ赤になって、ヨルコはついに、その思いの丈を、ナツメに……

 

 

 

「……『月夜の吸血鬼』っていうクエスト、一緒にやってもらえませんか?」

 

 

 

 ……言えなかった。

 

「はい?」

 

「「「………………」」」←全員

 

 きょとんとするナツメ。

 乾いた笑いを浮かべているヨルコ。

 白眼視で(ただし心の中で)2人と……特に、最後の最後でヘタレたヨルコを見る面々。

 

「あぁ……思い出してきました。あの、紙耐久だけどやたら攻撃力と速度が高いモンスターが出てくるアレですか。たしかにヨルコさん1人じゃ厳しそうですよね……主に相性が」

 

「あ、あはは……そうなんですよぉ、でもどうしても達成報酬にほしいのがあって……」

 

「それならわかりました。お手伝いしますよ、タンクは得意ですからね……って、お? すいません、ちょっと電話かかってきたので失礼します」

 

 そう言って席を外し、一旦店の外に出るナツメ。

 後に残される、がくりとうなだれるヨルコ。

 最早遠慮なく白眼視をぶつける皆。響くため息の大合唱。

 

「……おい、小百合……いや、ヨルコ……」

 

「ごめんなさい、お姉ちゃん……まだ、私にはまだ、無理……」

 

 SAOと変わらず、ここでも想いを伝えること叶わなかった女性……ヨルコこと『夜神(やがみ)小百合(さゆり)』。

 彼女の恋が実る日は来るのか、それは……誰にもわからない。

 

 

 

 




次でALO編はラストになります。
といっても、番外編と言うか後日談?みたいな感じの日常パートの予定ですが。


【おまけ】

本作オリジナルの登場人物名&キャラネームの対比(ねつ造含)

ナツメ   :西神(にしがみ) 千里(せんり)
ヨルコ   :夜神(やがみ) 小百合(さゆり)
デューク  :西神 龍馬
クラディール:本田 蔵人(くらんど)
グリセルダ :栗原 優子
グリムロック:栗原 陸郎(ろくろう)
サチ    :小野寺 美幸
サクヤ   :夜神 桜

なお、ねつ造の名前はキャラネームの響きや字などから適当に考えました。

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