ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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第55話 怒気ッ!? 修羅場だらけの祝勝会!

 

 

 『ザ・シード』の公開によって息を吹き返したALO。

 運営会社を変更してサービスを再開したこのゲームには、以前とは仕様が変更になった点がいくつかあったが、特に大きな変更点となると、2つを挙げられるだろう。

 

 1つ目は、飛行時間の制限がなくなったこと。

 

 以前までは、数分飛ぶとその後しばらく羽を休ませなければならず、移動にせよ空中戦にせよ、それを計算に入れて動く必要があった。

 

 また、『ルグルー回廊』や『世界樹』など、距離的な問題から飛行時間が足りず、陸路を使って踏破しなければならない場所もあった。

 

 それが、この変更により取り払われ、真の意味でこのALOの空は解放されたことになる。

 

 運営からの公式発表では、この仕様変更は、シルフ・ケットシー同盟による『グランドクエスト』達成によって開示された報酬として発表されており、それを成し遂げた両種族、特にその領主やトッププレイヤー達は、全プレイヤーから感謝と称賛を集めていた。

 

 そしてもう1つは……あの『SAO』の舞台である、空に浮かぶ黒金の城……『浮遊城アインクラッド』の実装である。

 

 幾度目かのアップデートによって――奇しくも、あの『オフ会』と同日に――世界樹の上方のわずかな枝と接する形で実装されたかの城は、ALO内の高レベルダンジョンの1つとして、再びVRの世界に姿を現した。

 

 かつて戦っていた者達は、今度こそ100層完全攻略を成し遂げるため、

 

 その外にいた者達は、色々な意味で『伝説』となっているその城に自分も挑むため、

 

 皆、羽を羽ばたかせ、かの城へと挑戦していくのだった。

 

 そして、その中には……かつてSAOで最前線をひた走っていた者達の姿もあった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

Side.キリト

 

 『新生アインクラッド』の実装からしばらく経ったこの日……俺たちは、シルフの領主であるサクヤさんの住まいであり仕事場である、『領主館』に集まっていた。

 

 というのも今日は……

 

「それでは! 記念すべき階層ボス攻略成功を祝して……かんぱーい!」

 

『かんぱーい!』

 

 俺達とSAOプレイヤーからなるパーティと、サクヤさん率いるシルフ実力者たちからなるパーティで協力し、階層ボスの討伐を成功させたことを祝っての『祝勝会』なのだ。

 

 VRゲームのプレイヤー達にとって、史上最悪の事件の舞台として知られている『アインクラッド』は、しかし同時に、半ば伝説というか、憧れの場所でもあった。

 まあ、後にも先にも、あれだけ話題になったゲームなんてないからな……それも、ある意味では当然のことなんだろうと思う。デスゲームでさえなければ、って、俺も何度思ったことか。

 

 だからこそ、その舞台であるアインクラッドがこのALOに実装されて以降、我こそはというALOプレイヤー達が次々と挑んできた。

 

 しかし、意気揚々と黒金の城に乗り込んだ彼らの前に立ちはだかる壁は高かった。

 

 『ヨツンヘイム』ほど、敵の強さがぶっ飛んでいるわけじゃないとはいえ、SAO時代と同様、アインクラッドの攻略難易度はかなり高いと言っていい。特に、ボス攻略は。

 

 加えて、仕様の変更がまた曲者だったのだ。

 

 SAOがレベル制だったのに対して、ALOは完全スキル制だ。当然、ボスもこの世界に合わせて設定を一新した上で実装されることになった。

 

 要するに、安全マージンまでレベルを上げて余裕を持って攻略する、という戦法が取れなくなったわけだ。スキル熟練度と武具の性能、そしてプレイヤー達自身のスキルで戦うしかないスタイルに変更されたSAOのボスたちは……以前よりも難易度が上がっていた。

 

 結果、意気揚々と乗り込んで挑戦してきたALOプレイヤー達をことごとく返り討ちにしてきた。

 

 そんなアインクラッドの階層ボス戦は、グランドクエストほどじゃないが、成功すれば多くのプレイヤーの尊敬の的となれるようなイベントになっていたため、難易度が高かろうが、諦めたり、ふてくされたりするプレイヤーは皆無だったが。

 皆、何度も全滅しながらも、楽しそうに挑戦していたよ。

 

 各階層ごと、ボスへの挑戦は争奪戦みたいな感じになってるからな。早くしないと先を越されるけど、焦って無策で挑んでも、それで勝てるほど簡単じゃない。

 

 今回はダメだった、出遅れた、次は、次こそは俺たちが、

 そんな感じで、ALOプレイヤー達はわれ先に戦って勝利を勝ち取らんとした。

 

 そして、ようやくその勝者に名前を連ねることができたわけだ。俺達も。

 それを祝しての、祝勝会である。

 

 挑戦したメンバーは、もうほとんどドリームチームって感じだったな。

 

 SAO勢からは、俺、アスナ、リズにシリカ、サチ達『月夜の黒猫団』にエギル、クラインにクラディール、グリセルダさんにグリムロック、ストレアにアルゴ、ヨルコさんにナツメ。ああもちろん、ピクシーのユイも一緒だった。

 

 ここにさらに、エリカさんやデューク、サクヤさんやリーファといった、ALOに来てからの知り合いが加わった。

 

 さらにさらに、サクヤさんの呼びかけで、シルフから募られた有志の参加者を限度いっぱいまで詰め込んだ、49人フルレイドで挑んで……どうにか今回の勝利をもぎ取れた。

 

 確かに戦ってみた感じ、SAO時代よりも手ごわかったな……HPゲージも見えないように仕様変更されてたから、攻撃パターンが変わる瞬間のタイミングの見極めも難しかったし。

 

 それでも、各自が各自の役割をきっちりこなして、俺達は果敢に戦った。

 

 俺やクライン、クラディールやストレアをダメージディーラーとし、相手の攻撃はナツメやエギルといったタンク勢ががっちり防いでくれるので、それを信頼して任せる。

 

 SAOの頃のユニークスキルはなくなってしまっても、プレイヤースキルは健在だし、二刀流は……2本使うだけなら両手に持てば簡単に出来る。ユージーンの時みたいにな。

 

 加えて、『サラマンダー』を選択したクラインとクラディールは、そもそも火力が高いから安定してダメージを稼げる。クラインはほぼピュアファイターだが、クラディールは魔法も使うしな。

 もちろん、『ノーム』であるストレアも、以前と変わらず頼れるアタッカーである。

 

 ……どうでもいい話だが、最近ALOでその実力が知られてきているこの2人は、名前をもじって『クラクラコンビ』と呼ばれ始めているのを知っていのだろうか。まあどうでもいいが。

 

 ボスの取り巻きは、リズやシリカ、エリカさんやリーファ、アルゴに、『黒猫団』の面々といった遊撃部隊が担当、余裕ができたらソードスキル主体でこっちに加わって掩護してくれる。

 

 サチやグリムロックやデュークといった後衛は、支援や攻撃の魔法、弓矢での遠距離攻撃をガンガン飛ばして掩護してくれたし、危なくなったら体力や状態異常の回復なんかもしてくれた。

 サチも、後ろからなら戦闘参加しても平気になったみたいだな……まあ、デスゲームじゃないってのが一番の理由だろうが、よかったよかった。

 

 ……アスナも一応、ウンディーネとしてそのポジションだったんだが……隙あらば前線に加わって、杖じゃなく細剣振るってたな……まあ、彼女はその方がしっくりくるんだけどさ。

 

 そしてそこに高確率でエリカさんも加わる。すげー血のつながりを感じる光景だった。……母子そろって細剣で敵を串刺しにするのが得意な親子ってどうなのかと思うが。

 親子そろって『攻略の鬼』みたいな変なあだ名がまたつかないことを祈るばかりである。望み薄? うん知ってる。

 

 あと、ナツメも何気にウンディーネとしての仕事してたな。

 盾で防御しながら平然と超早口で魔法のワード詠唱するからさ、あいつ。

 

 というかアイツ……明らかに昔より鉄壁度合い上がってるよな?

 

 今日だって、ほぼ全部ジャストガードやパリングで完璧に防ぐ……のはいつものこととしても、強化系の魔法重ね掛けして防御上げるわ、HP減ったら魔法で自力で回復するわ、そもそもHPとMPの両方で『戦闘時回復』のスキル取ってるから勝手に回復するわで……えぐいぐらい堅い。

 

 おまけに最近は、障壁系の魔法や幻惑系の魔法、さらにはカウンター系のスキルまで覚えたらしい。悪夢だ、攻める側からしたら。

 

 ただでさえ防御力高いのを、ジャスガでさらにダメージ減らすので、とにかく堅い。

 障壁魔法使われるから、近・遠距離関係なく攻撃が届かない。

 幻惑系の魔法で隠れるから攻撃が当たらない。

 いつカウンター使われるかわからないから(しかも大抵は嫌らしいくらいにドンピシャのタイミングで使う)うかつに手が出せない。

 

 『堅い』『届かない』『当たらない』『手が出せない』の4拍子。

 そしてもたもたしている間に回復されてリセット。

 

 ……下手したら『神聖剣』より堅いぞアレ。

 デュエルとかやったら相手の心が折れるんじゃないか?

 

 そして、グリセルダさんにヨルコさん、それにサクヤさんが全体及び遊撃部隊等の指揮官をそれぞれ務め、最初から最後まで統率の取れた動きを可能にしていた。

 

 グリセルダさんのはSAO時代から俺も知ってるし、サクヤさんもさすがは領主、って感じだったけど……ヨルコさんも相当なもんだったな。グランドクエストの時よりもさらに指揮能力に磨きがかかってた気がした。さすがはグリセルダさんの弟子で、サクヤさんの妹。

 

 最近じゃ、リーファやサクヤさん同様、シルフの領地で人気が爆上がりしてるそうだし……それも、あの凛々しく頼もしい指揮官としての顔を見れば納得できる。

 

 ……なのに、プライベートでナツメの前だとポンコツになるんだよな。こないだも告白失敗してたし(言えなかった的な意味で)。

 

 サクヤさんが『私に義弟が出来るのは当分先になりそうだ』って嘆いてた。

 ああ、そうか、ヨルコさんサクヤさんのリアル妹だもんな……そりゃそうなるか。

 

 ……もしそうなったら、半ばナツメって公然にはシルフ領の戦力みたいに見なされるのかな。

 サラマンダーのユージーンみたいに。あいつ確か領主の実の弟らしいし。……こっちは領主の義理の弟(妹の婿)……か。

 

 もちろん、サクヤさんはそんな理由でナツメを領の戦力として縛ったりはしないだろうし(形だけ勧誘するくらいはするかもだが)、仮にされてもナツメは受けないだろうが。

 ただ、『他の種族からどう見えるか』って部分を外交に利用するくらいのことはしそうだな……何だかんだでサクヤさん、したたかな人だし。

 

 ……あちこち話がわき道にそれたけど、ともあれこうして俺達は『階層ボス』を倒したのだ。

 

 で、打ち上げのパーティーとなったわけだが、しかし……残念ながら、討伐に参加した全員がここにそろうことができたわけではなかったりする。

 

「それにしても残念よね~……主賓が何人も欠席することになるなんてさ」

 

「仕方ないですよ、リアルのお仕事を粗末にするわけにはいきませんし……お医者さんが忙しいってことは、助けを必要としてる患者さんがいるってことですし」

 

「クラディール先生も、仕事の関係で今日中にやりたい作業があるんだって。その仕事ってほら、私達のためのことだし……ちょっと申し訳ない気もしちゃうかな」

 

 と、リズ、シリカ、サチの言葉通り……ナツメとクラディール、そしてデュークが、残念ながらリアルの都合で欠席となってしまったのだ。仕方ないとはいえ、寂しいよな……うん。

 

「せっかく料理もこんなに美味しいのにねぇ……てかホントに美味いんだけど。アインクラッドのNPCレストランもこのくらいだったらよかったのにな……」

 

「へー……お兄ちゃんも前に言ってたけど、SAOの料理って美味しくなかったの?」

 

「いや、美味な料理もちゃんとあったんだが……ことNPCレストランの料理は、あたり外れが激しくてな。料理の見た目と実際の味が一致しないなんてことはざらにあったんだ……まあ、見た目通りじゃないだけでちゃんと美味なところもあったんだが……」

 

「見た目通りに味も残念なことも多かった、と?」

 

「下層のレストランは特にひどかったよね……ステーキみたいな肉の塊が砂糖水に漬けたみたいに甘かったり、メロンみたいな果実が激辛だったりしたよね……」

 

「見た目は普通のコーンポタージュなのに、食べようとしたらスープがもずくみたいになってて糸引いたり、煮込み料理の白菜?が酢漬けみたいに超すっぱかったり、滅茶苦茶だったな」

 

「何それ……味覚パラメータの設定ミスってたんじゃないの?」

 

「いや、ベータテストの時からそうだったから……あの時しこたまクレーム食らっておきながらあのままだったってことは、正式な仕様だったんだと思う」

 

 頑張って戦って稼いだ金で、期待と違う飯が出てきてしまった時の落胆たるや……思い出すと未だに視界がにじむというプレイヤーは少なくないと思う。

 

 あの変な食事の設定だけは、未だに俺が茅場を理解できない点の1つだ……。

 

 もっとも……自慢させてもらうと、俺はアスナと結婚して以降は、毎食彼女の手料理だったから、食事で悩むことなんてなくなったわけだが。

 

 愛情補正が全くなかったとは言わないが、料理スキルコンプリートのアスナの料理は、そこらのNPCレストランの料理なんか目じゃないくらいに美味だったからな。うん。

 

「……なんか、キリトさんがすごく具体的に心の中を表現してそうな表情になってます」

 

「一言たりとも発言してないのに、何考えてるかわかるってある意味すごいわね……ちくしょう」

 

「え、ちょっとリズ何で私のこと睨むの?」

 

 ? 何であのへんちょっと険悪になってんだ?

 アスナもリズもシリカもサチも……あ、リーファもちょっと機嫌悪いな。わからん。

 

「っていうか、話がいつの間にかずれちまったな。まあでも……ナツメ達には悪いけど、こんな美味い料理が冷めちゃう方がよっぽどアレだし、味わって食べようぜ」

 

「そうね。3人と一緒の食事はまたの機会ってことで……そうね、それこそまた皆で階層ボスを倒した時とかいいんじゃないかな?」

 

 そんな風に、和気あいあいとした食事会に戻ったまではよかったんだが……俺たちはこの後、以前と同じ轍を踏む失敗を犯してしまうこととなる。

 ……ここで満足して、普通に食事を楽しむだけにしておけばよかったのだ。

 

 

 

 たまの機会だし、何よりVRの中なんだからいいよね、と……酒に手を出したりせずに。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 そしてこのざまだ。

 

 

「大体ねえ! アスナはちょっとキリトのこと独り占めしすぎだと思うのよ! もうちょっと私達にも分けてくれてもいいと思うんですけど!」

 

「そうですよぉ! もう1ヶ月経ってるんですから私達にもキリトさん分けてください!」

 

「ちょっ……リズもシリカちゃんも何言ってるのよ!? キリト君は元々私の旦那さんなんだから分けるも何もないでしょ! あと1ヶ月って何?」

 

 幸いにして、こないだみたいな酔い方はしていない。

 あの夜未だに何があったのか知れていないが、あの夜の経験は、アスナ達も酒と言うものの怖さを知るいい機会になったんだろう。それは純粋によかったと思う。

 

 けど、量を抑えてもなお、多少なり饒舌になったり、気が大きくなったり、というのはあるようで……というか、本格的に怪しいんだが、VRでは酒は気分だけで酔わないってホントなのか?

 

 まあそれはさておき、何と言うかな……

 これはアレか、『やめて! 私のために争わないで!』とか言った方がいいのか? 男だけど。

 

「あのさお兄ちゃん、軽い感じで受け止めてるけど、コレれっきとした修羅場だからね? しかも思いっきりお兄ちゃんを巡っての」

 

「それは、わかるけどさ……」

 

 だんだん場の空気が怪しくなってきたな……と、俺がため息をついていた時のことだ。

 

 予想外の所から、一石を投じる形で爆弾がぶっこまれてきた。

 

「はっはっは、大人気だなキリト君……いっそのこと、全員貰ってしまうのはどうだ?」

 

「いや、ちょ、何言ってんのサクヤ……」

 

 と、傍から面白いものを見ている感じで上機嫌なサクヤさんがそんなことを言い、呆れるリーファがそう返すが……

 

「まあ、リアルでどうするかはともかく……ALOではあくまでゲームの世界なんだ。現実に悪影響を及ぼさない範囲でなら、羽目を外すのも1つの楽しみ方だと思うぞ?」

 

「それで、全員一気に貰っちゃえって?」

 

「うむ。よくあるだろう、ファンタジー的な展開であれば、一夫多妻とかハーレムルートとか。玉座に座るハーレム系主人公が、足元とかにしなだれかからせたり、後ろから抱き着かせて美女・美少女を侍らせてるとかな」

 

「さ、最近の小説や漫画はそんなのがあるんですか……?」

 

 ノリノリで話すサクヤさんに対し、いわゆる『ジェネレーションギャップ』的なものを感じているのか、エリカさんはこめかみを抑えてため息をついていた。……昔の価値観とかからすれば、そりゃハーレムだの何だのって、とんでもないものに聞こえるだろうしな……

 

「聞いてはいたけど、中々に油断ならない環境に置かれてるみたいね……アスナ、ちゃんとしっかり手綱取っておきなさいよ」

 

「そうしたいのは山々なんだけど、キリト君油断するとすぐ女の子引っ掛けてくるから……しかも無自覚で。そもそも手綱とかついてるのかすら怪しい」

 

「最終的にリードを放さなければいいのよ……男を捕まえるには胃袋と財布をつかむのが一番手っ取り早いって昔から言われてるから覚えておきなさい」

 

「財布はともかく胃袋は大丈夫。SAOでも料理作ってたし、リアルの方も練習してるから」

 

「……ねえ、何かあっちの方かなりガチの話してるんですけど。家族ぐるみでキリト狙ってる気配がするんですけど」

 

「お、おうちの人公認……っていうことなんでしょうか? ひ、ひょっとしてもうご実家に挨拶に言ってたりとか……」

 

「そ、そんなことになってたら逆転できる気がしないんだけど……」

 

 リズとシリカ、それにサチは、エリカさんとアスナが結託して……というか、母が娘を全面的に支援する形で色々と話を進めていることに戦慄している。

 

 うん、なんていうかその、嬉しいし頼もしくはあるんだけど……俺も割とガチで話してるエリカさんにびっくりしてるわ。

 まあ、反対されるよりは助かるっていうか、ぶっちゃけ頼もしくはあるが。

 

 ちなみに、流石に実家に挨拶には行っていないが、アスナのお父さんには既に会っている。

 というか、まだアスナが目覚めていない時から病院で既に会ってはいたんだが……その後改めて会って、色々と話した。今回の事件のことももちろんそうだし……アスナとのことも。

 

 アスナのお父さん……結城彰三さんとしては、俺とアスナの交際も認めてくれているし、個人的にはかなり好感触で接してもらってる感じもするから、今のところは順調、って言っていいのか。

 

 というかむしろアスナは、エリカさん……お母さんである、結城京子さんの方が、反対されるんじゃないか、って心配してたらしい。かなり厳格な人だし、キャリアとかも考えるタイプだから、あまりいい顔をしないんじゃないか、って。

 

 実際、ちょっと前まではそうだった……って、エリカさん自身も言っていたが、SAO事件をきっかけに、仮想世界について、知識面のみならず実地で色々と経験を積んだことで、考え方が色々と変わったらしい。

 色眼鏡を通さず物事を見れるようになったと言っていた。

 

 とはいえ、そのエリカさんから見ても、現状では色々と課題があると言える状態らしいので、まずは健全なお付き合いから始めなさい、と言われてるんだが。

 

「じゅ、十分に家族ぐるみなんだけど……」

 

「早く何とかしないと挽回できなくなります……!」

 

 リズとシリカが頭を抱えて何か呟くように言っている中(よく聞こえないが)、サチは何かを心に決めたような表情になると、アスナになぜか耳打ちするように小声で、

 

「あの、アスナさん?」

 

「え? 何、サチちゃん?」

 

「アスナさんのリアルの家って、結構すごい家というか……大きい家だよね? 名家、とか言えばいいのかな……?」

 

「? まあ、多分そんな感じでいいと思うけど……」

 

 ゲーム内でリアルの話題を出すのはあまり褒められたことではないんだが、それはサチも承知だろう。

 

 もっとも、ここにいる女友達メンバー――アルゴやヨルコさん、サクヤさんなんかの、現実では交流がそこまでないメンバー除く――は、アスナの家に御呼ばれしたことがあるっていう話だったので、隠す必要もないのはそうなんだが。

 

 しかし、何だって突然リアルの話を……と、アスナが『?』を頭に浮かべていると、

 

「…………2号さんとか、アリ?」

 

「「「ブフォッ!?」」」

 

 とんでもないことを言い出した。

 

 思わず吹き出す俺とアスナ……と、エリカさん。さすがに衝撃だったか。

 

 こ、こいつは……サチはごくまれに、リズとかアスナすらぶっちぎるレベルのことを平然と、不意打ちで言い出すことがあるから困る……!

 ってか文脈からして、今のリアルの話だよな!? 何言ってんだサチ!?

 

「あ、アリなわけないでしょ、何言ってるのよちょっと!?」

 

「で、でも昔の偉い人とかって、そういうの持ってたってよく聞くし……この際キリトと一緒に居られるならそういう形もあるのかな、って最近時々思ったりするようになって……」

 

「目を覚ましてサチちゃん! それ現代日本じゃないから普通は! てか自分でも今ちゃんと『昔は』って言ってたでしょ!? そりゃまあ……たまに海外のセレブとかそういうスキャンダルあったりするし、日本でもそういう不祥事聞かないこともないけど、うちは少なくともそんなの……」

 

 ……そこでなぜか言葉を止めて、エリカさんの方を振り向くアスナ。

 

「……な、無い……よね?」

 

「あるわけないでしょう! 何をちょっと自信なくなってるのよあなた!?」

 

 エリカさん、娘の疑わし気な視線にキレる。

 

「ちょっとアスナさすがに怒るわよ!? 何、まさかあの人に妾でもいると思ってるわけじゃないわよね!? 喧嘩売ってんならいくら娘でも買うわよ!?」

 

「い、いやそれはないって! お父さんお母さん一筋なの知ってるし……ただ……」

 

「ただ?」

 

「……前にほら、お母さんとナツメ先生が噂になりかけたの思いだしちゃって……」

 

 あー……そっちか。

 お父さん(彰三さん)に2号さんがいるいないじゃなくて、お母さんに若い燕がいないかどうかの……また凄い発想と心配するなこっちも。

 

「は!? 私の方の心配だったの!? それは違うってあの時さんざん言ったでしょ!?」

 

「だ、だって……私のアバター、ウンディーネでしょ? ナツメ先生もウンディーネで……しかも私とお母さん――『エリカ』がリアル親子だってことも結構広まってて……そこから、私とナツメ先生もリアルの親子だとか、お母さんとナツメ先生がリアルの夫婦だとかいう噂になってて……主にウンディーネの領地で『そうなんですか?』って聞かれたことが1回や2回じゃなくて……」

 

「そ、そんなことになってたの……!? なんてこと……火消ししたと思ってたのに……」

 

 思わぬ形で明らかになった噂に頭を抱えるエリカさん。

 いや、全部偶然なのはわかってるんだが……確かにそれっぽい状況になってるもんな。

 

父(ナツメ):ウンディーネ。

母(エリカ):シルフ。

娘(アスナ):ウンディーネ。

 

 ファンタジーで言えば、人間とエルフの間に合いの子が生まれたみたいな形になってる?

 いや、何にせよ事実無根だけども……状況から何から絶妙に噛み合ってしまってるな……。

 

 あと、この話題というかナツメの名前が挙がってから、あっちにいるヨルコさんが泣きそうな顔になってるのもなんとかしなきゃいけないんだろうか。つか、あんたはあんたで早く告れよ。

 

 ここに来てもう1つ修羅場が展開され(濡れ衣だが)、エリカさんとヨルコさんまで冷静さを失いつつある状況に危機感を募らせていると、この状況で会話に加えるのが最も不安な奴が口を開いた。

 

「まあまあ、落ち着きなヨ、アーちゃん」

 

「あ、アルゴさん……」

 

「そんなに深く考えなくても大丈夫だロ。要するに、さっきママさんが言ってた通り、アーちゃんがしっかりキー坊の手綱を握ってればいいんだからナ」

 

「そ、そうですけど、それがそもそも難しいって言うか……キリト君ああだから、胃袋とお財布くらいじゃ制御できないかもしれないし。いっそのことコントローラーでもついててくれれば……」

 

「さっきから俺、すごいというか散々な言われようなんだが……」

 

 なんてため息をついていた時だった……アルゴがとんでもない爆弾を落としやがったのは。

 

 

 

「んー、まあ、男なんてそんなもんだよナー……ああ、コントローラーじゃないけど、操縦桿ならついてるかもしれないケド。あるいは補助コントローラー。形的に」

 

 

 

「? 操縦桿? 補助コントローラー? 形って何……」

 

 アスナが途中まで言って、固まる。

 リズやシリカも固まる。

 サチもリーファもエリカさんも、皆固まる。

 

 そして数秒後……一斉に顔が真っ赤になった。

 

「ちょ、ちょちょちょちょちょちょ、あ、アルゴさん!? ななな何を!?」

 

 わたわたと取り乱すアスナ。しかし無理もない。

 

 つーかアルゴお前何をいきなりとんでもないこと言ってやがんだよ!?

 アスナだけじゃなく全員丸ッと固まっちまってんじゃねーか!

 

「ニャははは♪ ちょっと刺激が強かったかナ? でもホラ、女子会ならこのくらいのトークはそんな珍しいもんでもなく出てくるだロ?」

 

「女子会じゃねーからここ! 俺がいるだろうが! あとクラインとかグリムロックとかも……」

 

「クラインの旦那はあっちで酔いつぶれて寝ちまってるし、グリムロックの旦那はさっき奥さんと一緒にログアウトしたゾ?」

 

「あ、ホントだ……っていやいやいやだからそれでも俺はいるだろって! つか何の前触れもなくこんなお前……酔ってんのか!?」

 

「? オレっち一滴も飲んでないゾ?」

 

素面(シラフ)でこれかよ!? 余計ひどくね!?」

 

 しかし、アルゴ以外のほとんどの面々は飲んでしまっていた。それに加えて、今の衝撃で一気に酒が回り始めたらしい。

 

 SAO時代を含めた経験からの推測なんだが……仮想世界における酒っていうのは、その酒の強さや個人差以外にも、精神が無防備だと酔いやすい、っていうのがある気がする。

 リラックスしてると大丈夫なようなんだが、逆にパニックになって心に余裕がないとかだと酒が早く回ったりする印象があった……今の皆みたいに。

 

「き、キリトさんの補助コントローラ-……」

 

「アスナが、アスナがキリトの補助コントローラーを……」

 

「あ、あうあうあう……」

 

「おい待てシリカ! リズ! だめだやめろ何も想像するな! あとサチはちょっと落ち着け! 深呼吸しろ、過呼吸やめろ、安全装置で回線切れるぞそのままだと多分!」

 

「だ、だっていきなりはそんな、し、刺激が強いよ……」

 

「いや、いきなりも何もねーから。何もないから安心しろ、そして落ち着けマジで。あとサチお前何で左手にいきなり補助コン出した? 何想像してるかわからんけどとりあえずしまえ」

 

 念のために言っとくが、サチが出したのは普通に自分の飛行用補助コントローラーである。左手を軽く握る形にすると出てくる奴。変な意味ではない。

 サチはその補助コンをしげしげと眺めているが断じて変な意味ではない。さっさとしまえ。

 

「わ、私は本物見たことあるもんね! 触ったこともあるもんね!」

 

「ここに来て何いきなり参戦してきてんだリーファ!? お前も酔ったかついに!? つかとんでもないこと言い出すな! それ多分まだ小さいころ一緒に風呂入った時の話だろ!?」

 

「妹だけど妹じゃないから問題ないよね!?」

 

「だから何の話だって! むしろ問題だろ! あとサチお前補助コンしまえって言ったよな?」

 

 何でお前リーファにそれ見せて『このくらい?』って聞いてお前マジそのへんにしとけ後で素面に戻って死ぬほど後悔するのお前だぞ! あの時もそうだったろ! 何なんだサチのこれ、リズやシリカも固まって動けなくなってるってのにこの土壇場の行動力!? これが年上の実力だとでも!?

 

 リーファも『もうちょっと多分……』じゃねーよ! もうちょっと何だよ!?

 

「つーかコレ、元はと言えばアルゴとサクヤさんがいらんこと言い出すから単なる祝勝会がこんなことに……ってあれ? 2人ともいねーんだが……」

 

「あ、パパ、お2人なら今しがたログアウトされましたよ?」

 

「嘘だろおい!? ここまで引っ掻き回しといて逃げたの!?」

 

「それとパパ? さっきから気になっていたんですが……『パパの補助コントローラー』って何なんですか?」

 

 今度はユイが無邪気で無垢な目でえらい質問を……これってアレか!? 世のお父さんお母さんが子供に聞かれて一番困る質問だっていう『赤ちゃんはどうしたらできるんですか?』と同じ感じのものなのか!?

 

 まずいどうしよう、悪気がない分一番タチが悪い……どう答えれば……

 

「え、えっと……その……何ていうかな……」

 

「? パパ?」

 

「…………ま、ママに聞こうな?」

 

「キリトくぅん!?」

 

 

 

 この混沌と化した祝勝会が終焉を迎えたのは、それからおよそ1時間後だった。疲れた。

 

 

 

 ちなみにユイの究極の質問への対応については、あの後アスナがエリカさんに泣きつき……エリカさんも色々と戸惑った状態ではあったのだが、子育ての経験者として見事にまとめてくれたというか、言いくるめてくれたのでなんとかなった。

 

 ユイの好奇心から俺達夫婦を守ってくれたエリカさんを――頼れる義母を見ながら、昨今の世間は核家族化が進んでいるというが、うちは三世代同居の方針で考えようかと、俺はアスナとひそかに話していた。

 

 

 

 

 ――追記――

 

 

 

 

 この日から3日間、サチはログインしてこなかった。

 

 正気に戻って自分が何をしていたのか認識したためだと思われる。

 だから言ったのに……無茶しやがって……

 

 

 

 




ALO編、これにて終了となります。

またしばしお時間をいただきまして、プロット確認してから『GGO編』を始めたいと思います。

……3連休でできると思ってたんですが、足りなかったです。ガッデム。
そう長くは開けないつもりですので、またよろしくお願いします。
 以上、破戒僧でした。

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