ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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第58話 実際にあるんだねこういうの

 

 

【2025年12月4日】

 

 今日、ちょっと珍しい経験をした。

 

 医療関係のシンポジウムに出席するため、東北の方まで出かけてたんだけど……その帰り道のことだ。

 

 午後から天気が荒れて……首都圏じゃちょっとお目にかかれないレベルの暴風雪が巻き起こった。それこそ、視界が白一色になってしまいそうなのが。やばいな東北。

 

 っていうか吹き付ける風が、寒いとか冷たい通り越して『痛い』んだけど。

 

 事前に結城教授(東北出身)から『慣れてない人がこの季節の東北に薄着で行くと死ねますよ』ってアドバイス貰ってたから、きちんと防寒着を用意していったんだが……正解だった。

 

 ……慣れてたら薄着でも平気なんだろうか?

 

 駅員さんに聞いたら、『この程度なら結構あるよ』って言ってたし。マジか。やばい。

 

 ……それはさておき、この暴風雪の影響で、帰りに利用するはずだった電車がストップしてしまったため、他の交通手段を探さなければならなくなった。

 

 こっちに一泊していくことも正直考えたんだが、明日も仕事あるし……それは最終手段だった。

 

 幸い、夜行の長距離高速バスが運行していたので、電車のチケットを払い戻しして、それに乗ることにした。

 夜行バスは背中が痛くなるし、寝るにしたってプライバシーも何もないし、電気消すからスマホも使えず、何もできないから好きじゃないんだが……贅沢は言っていられないだろう。

 

 何もできないなら寝るのが一番ってことで、トランクケースの口を南京錠で閉じて開けられないようにし、さらに座席にチェーンで固定。それらのカギは貴重品共々内ポケットにしまった上で、腕を組んで懐に手を入れられない姿勢を取って寝る。

 

 ……過去の経験から、このへんの用心深さはどうしても怠ることができなくなってるんだよな……日本は治安がいいから、電車やバスで寝るなんて真似ができるけどさ、あの国とかあの国だったら速攻置き引き食らうからね。……命を狙われないだけマシかもだが。

 

 出来ることなら、バスの隣の座席もチケット買ってプライベートスペースを確保したかったんだが、いくら何でもマナー違反だろう。この悪天候で利用者が多いであろうことを考えると、余計に。

 

 友人からは『物々しい』ってよく言われるが、こうしないと安眠できないんだし、どうしようもないだろう……安眠っていっても僕、ちょっとしたことで目を覚ますんだがね。

 

 ともあれ、さっさと朝になって目的地についてくれ、って感じで寝てたんだが……夜中にそれは起こった。

 

 

 

 バスの中の電気がついたことで目を覚ましたんだけども、単なるトイレ休憩だったようだ。

 

 僕は別に出なくてもいいので、うとうととそのまま寝てたんだが……その数分後、バスの車内がにわかに騒々しくなり、次いで添乗員さんの声が響き渡った。

 

 

 

『お客様の中に、どなたかお医者様はいらっしゃいませんか!?』

 

 

 

 ……実際にあるんだな、こういうの。

 よくドラマとか、再現VTRとかで見るようなシーンだけど、さすがに初めて見た。

 

 眠かったけど、さすがに知らないふりするのはダメかなと思ったので、一応事情を聞かせてもらうと、同じくトイレ休憩中の別の夜行バスで急病人が出たらしい。

 原因は不明。何かの持病があるのかもしれないが、本人に話を聞ける状態じゃないそうだ。

 

 思ったより切羽詰まってるっぽいので、鞄をチェーンを外して持ち出してそこに向かうと、床に倒れ込んで苦しんでいる女の子がいた。黒髪で、メガネをかけていて……高校生くらいかな?

 

 とりあえず診察。

 

 ふむふむ。吐き気もそうだけど、過呼吸気味で……だし……脈拍も乱れてるし……。

 ちょっと鞄の中や上着を失礼? ……持病タグやヘルプマークはなし。常備薬なんかも見当たらない。身体的な持病がある可能性は薄いか。

 

 だとするとこれは……パニック発作のようだが……精神疾患?

 

 そうしているうちに、やや病状が安定してきたらしい少女が、手元にあった紙袋を口元にあてて呼吸を待て待て待て待てちょっと待て。

 

 それ過呼吸の対処法だろ。やめなさい、それ実は間違ってるから。

 いや正確に言うと、今は主流じゃないから。

 

 過呼吸の対処法として広く知られている『ペーパーバッグ法』……紙袋を口元にあてて、一度吐いた息を再度吸う形にするこの方法は、かつては有効な対処法とされてきたものの、実は現在は、血中の酸素濃度が急激に下がり、二酸化炭素濃度が上がりすぎることから危険とされている。全く行われていないわけじゃないが、できれば避けた方がいい方法である。

 

 話もできないような緊急時ならともかく、この子は対話できるレベルの冷静さは残っているので、彼女の症状に合わせた正しいやり方を口頭で教えて(省略)どうにか鎮静させる。

 

 その後、『ご迷惑おかけして申し訳ありません』と丁寧に謝ってきた彼女から詳しく事情を聴くと、どうも彼女、予想通りの精神疾患……PTSD持ちであったらしい。小声で教えてくれた。

 

 それに関する詳細までは、プライバシーが関わることだから聞かなかったが、『銃』にトラウマがあるようで……それこそ、親指と人差し指で作るような『ピストル』を見ただけでもこうなってしまう、ということだった。

 

 ……そういや、前の方の座席に学生っぽい若い男女がいるけど……売店というか土産物屋で変なものいろいろ買ってきてるみたいだな。木刀とか、変な飾り物とか。修学旅行かよ。

 んでその中に、モデルガンかエアガンと思しきものがいくつか混ざってる。今は、僕の体の陰に隠れて、彼女からは見えなくなってるが……なるほど、これが原因か。

 

 とりあえず僕は、一度バスから降りると、両方のバスの運転手さんと添乗員さんに事情を話し、そして僕の隣に座っていた人に交渉して席を譲ってもらい、彼女と交換してもらった。

 つまり、彼女が僕のバスの、僕の隣の座席に引っ越してきたわけだ。

 

 あのバスに乗せといたままじゃ、またいつ同じことになるとも限らないし……見るからに軽い感じのする学生連中に何か言っても棘が立つだろうし。

 経過を見る目的でも、近くにいてもらった方がいい。乗り掛かった舟だ、面倒見よう。

 

 このバスが、僕の乗っているバスと同じ会社、同じ行先だったことが幸いしたな。

 

 ちょっと恥ずかしそうというか、申し訳なそうにしていたが、いつだったかと同じように『子供が変な遠慮するもんじゃない』って言って押し通した。

 

 

 

 そしてその後は特に何も起こらず、朝には目的地に到着した。

 あんなことがあった後だから、僕も彼女も一睡もできなかったけど。

 

 その頃には諸々の症状もすっかり収まっていたので、彼女は僕に再度お礼を言って、しっかりとした足取りで帰路についていた。あの様子なら多分大丈夫だろう。

 

 一応『送っていこうか?』と聞いたけど、流石にそれは悪いからってやんわりと断られた。

 『帰る方向まで同じだとは限らないですし、そもそも私の家知らないですよね?』と。

 

 ……ごめん、方向云々はともかく……家は知ってる。

 

 持病タグとヘルプマーク探すために鞄の中を見せてもらった時、学生手帳が目に入って……そこに書いてあったから、住所は見て知ってる。無駄に記憶力はいいから、番地までくっきりと。

 

 まあでも悪用するつもりはないし……そもそもこれ以降関わることもないだろう。すぐに忘れるだろうから許してね。『朝田詩乃』さん。

 

 

 

【2025年12月5日】

 

 再び『保護者会』で集まる。

 

 ただし今度は現実ではなく、ALO内、『イグドラシル・シティ』にある、龍馬兄さん……もといデューク兄さん所有のプレイヤーホームに集合だ。

 

 ちょっとした豪邸なので、キリト君達を含めたSAO仲良し勢全員が集まっても大丈夫だし、盗み聞きされる心配もないため、ちょっと公共スペースでやるにはアレな話をするのに都合がいい。

 

 そこに、こないだの面子……僕、クラディール先生、グリセルダさんにグリムロックさん、エリカさんの5人……そこにさらに、ヨルコさんとストレアさん、そして家主であるデューク兄さんも加わっての会議になった。

 

 ちなみにいい機会なのでここで紹介しておこうか。

 

 ALOでも仲良くやっている『保護者会』だが、当然それぞれ種族を選択している。

 

 僕が『ウンディーネ』で、エリカさんとヨルコさんが『シルフ』、ストレアさんが『ノーム』で、デューク兄さんが『サラマンダー』なのは既に話してある。

 

 残りの面子だが……まず、クラディールさんは『サラマンダー』である。ああ、これも前に言ったかな?

 SAO時代からアタッカーだったからな。加えて、先生らしく記憶も得意だから、剣と魔法の併用コンボで苛烈に攻め立てるスタイルを取る。

 

 グリムロックさんは『レプラコーン』。

 リズベットさんと同じく生産職だが、彼はALOではメイジとして戦闘にも参加している。攻撃・補助・回復と自在に使いこなしてパーティメンバーを助けてくれる優秀な後衛だ。どうやら、デスゲームじゃなければ割り切って戦闘も楽しめるらしい。もちろん、鍛冶の腕も健在である。

 

 面白いのがグリセルダさんで、彼女は『プーカ』を選んだ。

 戦闘自体はSAOと同じく盾剣士としてのピュアファイタースタイルだが、彼女の本領は指揮官として全体をまとめることだ。それに、『音楽妖精(プーカ)』特有の魔法の旋律を使っている。

 バフやデバフはもちろん、あらかじめ暗号みたいに旋律ごとに指示内容を決めてメンバーに教え、わざわざ言わなくてもそれを発動させることで補助しつつ指示する、みたいな形にしてるのだ。

 

 例えば、初級の強化魔法――すぐに発動できて消費魔力もほとんどないが、代わりに効果は微小なので、中級以上のプレイヤーはまず使わない――について、攻撃力強化なら『攻撃せよ』、防御力強化なら『その場で待機』みたいに割り振っておいて、誰にどの魔法をかけるかでその場その場で指示を素早く出す、みたいな感じ。

 それでいて、本命の支援魔法は普通に効果の高い上級系をメインに使えば混同も起こらない。

 

 まるで未だに『統率』スキルを持ってるみたいに見事に……っとまあ、このへんにしよう。

 

 それで、こないだのオフ会で話題になった件についてだ。

 どうもキリト君がまた変なことに首を突っ込みそうだっていう点について、僕ら『保護者会』でそれぞれ調べてみたんだが……。

 

 

 

 ……結論から言おう、予想よりだいぶ面倒なことになっていそうである。

 

 

 

 GGOで何か悪い噂とかそういうのがないかどうか、軽く調べた中で、一際気になったというか異質だったのが……『死銃』――『デス・ガン』というものだった。

 

 この『死銃』とやら、今までに2度ほど目撃されている。

 

 1度目は、ゲーム内のテレビ番組に出ている、『ゼクシード』という名の上級プレイヤーを、とある酒場で画面越しに銃撃するという意味の分からないことをしたらしい。

 

 もう1回は、同じく上級プレイヤーである『薄塩たらこ』というプレイヤーが――他人のセンスにけちつける気はないけど、すごい名前だな――同じように、今度は直接アバターを銃撃された。犯人は同じく、『死銃』を名乗ったという。

 

 ここだけ聞くと、ただ単にゲーム内で変なことしてる奴がいるんだな、くらいにしか思えず『何じゃそら』と言うしかないんだが……問題はここからだ。

 

 先の2件の『死銃』による銃撃事件が起こった直後、その2人のプレイヤーは……どちらも、胸を押さえて苦しむような素振りを見せ、その場から『回線切断』により消滅している。

 そしてそれ以降、一度もGGOで姿を見せていないそうだ。

 

 ゆえに、『ホントに死んだんじゃね?』と一部では噂されているのだが……所詮は変なプレイヤーの奇行が上手いこと重なっただけだろう、とされていた。

 

 が、強烈に嫌な予感がした僕は、ネット界隈の情報収集においては右に出る者がいないであろう仲間を頼った。そう……仮想世界に生きるAIであるストレアさんだ。

 

 僕からの要請を快諾してくれた彼女は、僅か十数分の間に『死銃』にかかる情報収集を終え……しかし、それを報告する際に浮かべていたのは、いつにない真面目な顔だった。

 

 曰く、『死銃』によるその2件の銃撃事件があったのと同日(推定)に……首都圏の2か所で、心臓発作による死亡案件が発生しているとのこと。

 

 まさかと思って、今度はデューク兄さん及び僕自身の伝手で、医局の情報網から調べると……その2件の変死事件にかかる詳細が分かった。検死を担当した人が、たまたまデューク兄さんの知人だったので、こっそり教えてもらえたそうだ。

 

 どちらも死因は急性心不全。外傷はなし。どころか、苦しんでもがいたような様子もなし。

 ただし、彼らは特に持病を持っていたわけでもなく……司法解剖も行ったそうだが、詳しい原因はわからないままになってしまっている。

 

 他に特筆すべき事項として……彼ら2人はいずれも死亡時『アミュスフィア』を装着していた。

 

 ここから先は他の部署の担当だから、これ以上の情報は得られなかったが――そのアミュスフィアのランチャーに『GGO』が入っていたかとか、回線切断のログがあったかとか――さすがにそこまで調べることはできなかった。

 

 しかし、これだけでも十分に気になる案件である。

 

 加えて、結城教授がアスナさん経由でキリト君から聞き出した情報によると……依頼主と思われる人物に目星がついたそうだ。

 

 総務省仮想課に所属する、菊岡という役人であり……SAO事件の対策チームとして活動していた経歴を持つ。ALOにアバターも持っていて、キリト君やアスナさん、そしてエリカさんとは、そこでの交流もあるらしい。

 

 総務省仮想課……『死銃』……ゲームの中での銃撃で現実でも死ぬ……成程、読めてきた。

 キリト君が、誰に何を依頼されて、何を目的に動こうとしているのか。

 

 恐らく、その菊岡っていう役人……あるいはその同僚の仮想課職員あたりの依頼で、この『死銃』事件の捜査協力をすることになったんだろう。

 

 GGOの運営の本社はアメリカにあったはずだから、日本の国家権力でも簡単には手を出せないし、そもそもゲーム内の情報を収集するのは困難だ。その『死銃』については、プレイヤーネームすら不明なわけだし。

 

 ゆえに、ゲームの中に入って調査する必要があり……そのためには、ゲーム内で確かな実力を誇るプレイヤーに頼むのが一番確実。そして、キリト君が候補に挙がったわけか。

 国家公務員なら、彼を納得させるだけの金額も報酬として出せるだろう……機密費あたりを使えば領収書もいらないし。

 

 この一件を単なる偶然じゃなく、1つの事件、もしくはその可能性があるとして、きちんと金を動かしてまで調べようとする理由まではわからないが……まあ、いい。

 

 ……理屈はわかる。VRゲーム内での行動ないし戦闘は、現実世界で格闘術やら何やらに通じているだけじゃ強くはあれないからな。ゲーム内でアバターを動かすのは、現実の肉体を動かすのとは、似ているようでかなり違うから……自衛官や格闘家をダイブさせても、現実ではもやしレベルなゲーマーに手も足も出ずに負けるなんてことはざらにある。

 

 だから、確かな実力を持った『ゲーマー』を最初から使うのが手っ取り早いし確実だ。

 そして……さっき言ったように、SAO最強のプレイヤーとまで言われたキリト君が選ばれた。

 

 彼と同レベルの動きができるという条件なら、僕やアスナさんもそれにかなっているが……多分、社会的な立場の差、だろうな。

 

 アスナさんの実家は……京都の『結城』の家は、かなりの名家だ。加えて、元とはいえ大企業のCEOのご令嬢であり、未だ多方面への影響力を保っている。

 

 僕の家も、家自体はともかく、代々続く医者の家系で、各方面へのパイプは相当太い。さらに、家族5人全員がそれなりに有名な医者で、自分で言うのもなんだけど、社会的立場もある。

 

 その辺を考慮して、可能性とは言え血生臭い側面がある案件に関わらせると、方々から抗議されそうで……そこを嫌ったような気がする。

 

 そうして残った、コンタクトの取れるトッププレイヤーが、キリト君だったととれる。

 

 ゆえに……理屈はわかる。わかるけど……いい気はしないなあ……。

 またうがった見方かもしれないけどさあ、キリト君も納得の上で行動してるのかもしれないけどさあ……大人が自分達の都合で、無関係な若者を巻き込もうとしてるっていうこの構図がさあ……

 

 そしてどうやら、これに関しては……彼をよく知るここのメンバーのほとんどが、愉快には思えなかったようでね……。特に……勝手に生徒を巻き込まれたクラディール先生とか、未来の息子が危ないかもしれないエリカさんとかが。

 

 で……ちょっくら、我々も暇見て首突っ込んでみるか、っていうことになりました。

 

 

 ――追記――

 

 

 ちなみに、それを実行する上でのことでもあるんだが……この件に関して、僕とデューク兄さんの間で既に議論を行い、犠牲者2人の『心不全』自体についての原因については、ある程度の推理というか、結論を出している。

 

 結論から言えば、まず『アミュスフィア』は原因ではない。

 

 このハードは、過剰なまでの安全装置を搭載した上で作られているので、かつてナーヴギアがそうしていたような、使用者の脳を破壊するほどのマイクロ波を出すことはできない。

 その他、どんな方法を用いても、使用者に危害は及ばないようになっている。

 

 唯一可能性があるとすれば、以前ALO事件の時にあのクズがやってた『ペインアブソーバー』をオフにすることによる痛覚のフィードバックだが、アレは逆にアバターが体感した痛みしか反映させられないし、それで何か起これば、現実の体に痕跡が残る可能性が高い。かつて須郷が、ペインアブソーバー解除状態で滅多切りにされた際、その部分の筋肉が上手く動かなかったように。

 

 そもそも、それで狙って心不全を起こすなんて無理なのだ。

 あるいは、心不全自体が偶然に共通した死因だとしても、GM権限もなしに、基幹プログラムに関わる設定をいじることなんてできないだろう。アミュスフィアに細工でもしてあれば別だが、それならそれで警察が発見して事件性を見出しているはずだ。日本警察はそこまで無能じゃない。

 

 ゆえに、ゲームの中で何をしたところで、現実で心不全を引き起こして殺すなんてことは無理であると、僕らはそう結論付けた。

 そうなると、どうやって殺してるかわからないのだが……だったら考え方を変えるだけだ、

 

 そもそも僕は医者である。ゲームの中で何をしたとか、どういうプレイヤーがいたとかの前に……まず目の前にある事実から原因を探る職業である。

 まあ、実際にやるのは監察医とか、法医学分野の人たちだが。

 

 『死銃』だのゲームだのを取っ払って、本来のアプローチでこの事件を見てみれば……『死因は心不全だが、心不全になった原因がわからない2人分の死体』という点だけが残る。外傷はなし。体内から薬物等も検出されなかった。……さあ、この状況をどうすれば作れる?

 

 薬物反応は、体内で分解されやすい物質を使えば事足りる。早いものでは、死体でも数時間で分解されつくして痕跡が消えるから、突然死で片づけられてしまうことも考えられる。今回の場合、どちらも死後数日たってから発見されたらしいからな……。

 

 傷跡を残さずにその薬物を注入するには、いくらでも方法はある。量にもよるが、目や口といった粘膜から摂取させる、傷が見つかりにくい場所から注入する、あるいは、傷が残らない道具を使うとか。今は、注射針の後が残りにくい注射器や、そもそも針がない注射器すらあるし。

 

 仮にその方法で殺したとして、タイミングよくゲーム内の銃撃と同じ時間で死んだ理由は……いや、逆だな。ゲーム内の銃撃に合わせて、現実で殺したんだ。恐らくは、時間を決めて。

 つまり、共犯者がいる。最低2人……ゲームの中と外でそれぞれ動く人間が。

 

 これら全て仮説だが、仮にこれが正しいとすると、毒殺の方法には即効性が求められる。点滴や粘膜接種でちまちま投与するようじゃ、痕跡は残りにくいけど、その分準備が大変だし、個人差があるであろう死亡までの時間を調整するのはほぼ不可能だ。

 そもそも、異変を察知して途中でプレイヤーがログアウトするかもしれないし。

 

 傷跡の残らない道具。

 生命活動終了後も体内で分解される薬物。

 時間ぴったりに殺すために必要な即効性。

 心不全を引き起こす。

 争ったり、苦しんでもがいた様子もない。

 

 これらの条件を満たすのは……

 

 

 

 ……筋弛緩剤系の薬物。それを、痕が残らないタイプの注射器か何かで投与……あたりか。

 

 

 

 

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