作者「あ、気付いた? 今更だけど」
【2025年12月13日】
えー……ついにやってまいりました『BoB』。
今日はまだ予選だけど、GGO最高峰の大会というだけあり、皆さんの熱気が違います。
正直、僕らもコレで勝ち抜けるかと聞かれると……ちょっと、うん、あんまり自信ないって言わざるを得ないぞ。
この一週間くらいでいろいろ練習したとはいえ、古参のプレイヤーなら、僕らが知らない武器や戦闘方法なんぞいくらでも持ってるだろうし。油断はできないな。
アレ以降、『死銃』の手がかりもろくに見つかってないしな……
念のため、こないだグリセルダさんが懸念した通りに『総督府の端末を後ろから盗み見』してるようなプレーヤーがいないか、ストレアさんの感知能力も使って調べてもらったんだけど、少なくとも僕らがログインしている間は、そういった不審者は確認できなかった。
それ以前に、望遠装備使ってるようなら、どこから見てるのかもわかんないから、ストレアさんでも見つけるのは難しい、ってのは最初からわかってたからな。
透明になってるだけなら、『MHCP』の能力で見つけられるけど、それに加えて『どこにいるかわからない』となると……うん、流石に無理だそうだ。
代わりに、すごく見覚えのあるアカウントを感知して、それはすぐに特定していたが。
ストレアさんに手を引かれて行った先にいたのは……2人の女の子だった。
……と思ったら違くて、男の娘1人と、女の子1人だった。
なお、何があったのか、男(見た目女)の方は、ほっぺたに紅葉マークをつけている。そして、女の子の方が憤慨した様子でその子に背を向けている。
……何があったのかはわからないけど、何かあったのは確かなようだ。女の子が怒る系のが。
そしてその予想は、女みたいな男の方がキリト君であるとストレアさんに聞いた時点で確信に変わった。
……また何かやらかしたんだろうか、やらかしたんだろうな。キリト君だし。
しかし……アバター自動生成だから偶然だろうけど、随分かわいらしいアバターを引き当てたもんだな、彼は。さっきも言ったけど……髪も長いし、まるで女の子だ。
……にしても、もう1人の女の子の方……水色の髪に、背負っているごついスナイパーライフルっぽい銃(詳しくないんだよね……銃とか)が特徴的な彼女、何かどこかで見覚えあるような?
このゲームに知り合いほぼいないし、気のせいだとは思うけど……
おっと、そろそろ予選が始まる時間だ。
日記はこの辺で切り上げて、試合開始に備えよう。
☆☆☆
Side.シノン
……私は今、世の広さというものを痛感しているところだ。
私はこのGGOというゲームにおいて、それなりにキャリアがあるプレイヤーである自覚はあるし、それを裏付けるように名前もそこそこ知られている。前回のBoBもそうだし……『氷の狙撃手』なんていう二つ名で呼ばれて、スコードロンに勧誘されることもあるし。
……その多くに、いやらしい目で見てくるような奴がいたりするから、なじみのメンツがいるんでもない限り、誘いに乗ることはほぼないけど。
そもそも、私がこのゲームをプレイしているのは、ゲーム自体を楽しむためだけじゃなくて、別に目的が……いえ、それはまあいいとして。
私は対人戦も相応に経験しているし、その経験上、どういうバトルスタイルが主流であるか……主流でなくとも、存在するかみたいなところは把握していた自信があった……今日までは。
「お、シノンお疲れ。そっちも無事勝ったみたいだな?」
「そうね……お疲れ様、覗き魔さん」
「うっ……。そ、それはホントに悪かったって……」
その、常識をぶち壊してくれた筆頭が、目の前にいるこの女男だ。
見た目はどう見ても女性にしか見えないが、れっきとした男性である。レアアバターの中には、そういうのがあるって聞いてはいたけど……。
この男……『キリト』は、町で出会った際、私が見た目で女の子だと勘違いしているのをいいことに、ネカマプレイそのものといった感じの演技で私を騙して、町やら何やらの案内をさせたのである。
いや、案内云々はいいのよ。別に。私も、初心者だと思って親切心で声かけたんだし。
その後、ロッカールームまでついてきて着替えを至近距離で見やがったことに怒ってるだけで。
まあ、見た目で最初に女の子扱いしたのは私だけどさ……それならそうでちゃんと訂正しなさいよ。そしたらこっちだって相応の形で対処したもんを。
キリト曰く『ロッカールームだとは思わなかった、不可抗力だった』とのことだけど、それ現実でも言えんの? お巡りさん案件だからね間違いなく。
……まあ、所詮はアバターだし、そこまでつんけんしてても疲れるだけだから、もう気にしないでおこうかな……っと、それよりも。
このキリトだけど、女っぽい見た目や軽い感じの態度とは裏腹に、実力はあった。
というか、変な方向にぶっちぎってるような形だった。
このゲームは『ガンゲイル・オンライン』の名の通り、銃を使って戦うゲームである。
最早言うまでもないけど、大抵のプレイヤーはそうしているし……近接武器もあるにはあるものの、射程距離で圧倒的に不利であることが最初から明らかなものを使おうってプレイヤーはそもそもいないしね。必然、そういうスタイルが主流になるわけ。
そんな中にあってこいつが選んだ武器は……『光剣』。
別名ライトセイバー。あるいはビームサーベル。その名の通り、光の刃で斬りつける攻撃方法を取るための『近接武器』だ。
キリトはその武器と、その恐ろしいほどの反応速度を駆使し……先の試合(予選1回戦)、相手の撃ってきた弾丸を切り払って無効化し、そのまま近づいて斬る、というとんでもないやり方で勝ってみせたのである。
あれには唖然としたけど……それをこいつに聞いたら、『よく見ればできる』とかなんとか言うし……しかも、冗談でも嫌味でもなく、真顔で。大丈夫かしら、主に頭。
『俺の知り合いには、同じことができそうなのが2人……いや、3人はいる』とも。
その真贋はどうあれ……こうなっては私は、認めざるを得ない。
この女男が、信じられないほどの『強さ』を備えたプレイヤーである、という事実だけは。
過去のBoB本戦常連のプレイヤーを含め、この大会で私が注目していたプレイヤーは数多くいるけど……今回、その筆頭に位置するのは、間違いなくこいつだ、と、私は確信した。
……と、言いたいところなんだけど、注意しなきゃいけないのはこいつだけじゃないのよね……。
……何なの? いつからこのGGOはびっくり人間ショーの舞台になったの?
ちょっと聞いてないんだけど!? あっちでもこっちでも奇人変人のこんなオールスター戦みたいな!? なんで今回に限ってこんだけ荒れるっていうか、とんでもないプレイヤーが参戦してるの!? 私の記憶が正しければ、今まで1回も名前聞いたことない奴ばっかりなんですけど!?
「にしても、どうした? 何かこう……疲れた感じの顔になってるけど」
「……見てればわかるわよ」
くいっ、と顎でモニターの1つをさしてやり、私自身も鑑賞に戻る。
ちょっとばかり気を取られてしまったけど……これから先、本戦に備えるためにも、情報収集は怠っちゃいけない。……特に、今見てたあれらは、ほぼ確実に本戦に残ってくるだろうし。
そのためにも、少しでも研究しておかなくちゃ。
1回戦全ての試合が終わるまで、既に終わった試合のリプレイを流し続けているモニターの1つを見る。
……どうせだから、こいつが隣でどんな顔になるか見ててやろうじゃない。
今から見るものを目にして、自らも理不尽レベルの使い手であるこのキリトは、どんな反応をするのかしら。驚愕か、あるいは平然としてるか……それとも……
まず、Bブロックのある戦いを映していたモニター。
ここで戦っていたのは、名前も知らない、20代前半くらいの見た目の男性のプレイヤーと……妙に妖艶な雰囲気を纏った女性のプレイヤーだった。
で、驚かされたのはその女性の方にだ。
ぴったりと体に張り付いた、体のラインが見えるライダースーツに、ちょっとだけ大きくはだけられた胸元、時折見せる流し目なんかが、何かこう……エロい。
遮蔽物の陰に隠れてけん制し合っている時に、痺れをきらした敵のプレイヤーに対して、
『あら、こらえ性のないボウヤね……もう我慢できなくなっちゃったの?』
……なんて思わせぶりなことを言ってたりもしたし、いちいちエロい。
モニター見てる野郎連中も『おぉ……』『いい……』なんてこぼしてたし。周囲の女性プレイヤー達が向ける白眼視には気づいていない様子だったわね。
あ、いや、エロい所に驚いたんじゃなくて、あくまでその技量にね? 驚かされたんだけど。
今思うと、あのエロい言葉やしぐさも、相手を油断させたり、注意力を散漫にさせるための誘導ないしミスディレクションだったんじゃないか、と思えてしまう。
そのプレイヤー『ゼルダ』は、グレネード――プラズマグレネードじゃなく、普通の火薬タイプのやつ――で発生させた煙に紛れて接近したかと思うと、側転するような動きで飛び込み、両手でマシンガンを構えていた相手の両腕を固定して動けなくしてそのまま引き倒した。
そして、胸の谷間に隠し持っていた(何でわざわざそんなところに)軍用ナイフで、首をかき切ってHPを全損させてフィニッシュ。
一瞬の早業に、さっきまでエロい目をしていた野郎連中も唖然としていた。
……いや、未だにエロいものを見る目だったバカもいたけど。
続いて注目したのは、Cブロックにいた男性(多分)のプレイヤーだ。仮面してたから、声で判別するしかなかったんだけど、体格とかもがっしりしてたし、男性だと思う。
こっちの場合は、技量……も、そうなんだけど、単純にインパクトがさあ……
『上位プレイヤーだ!
上位プレイヤーだろう!
なあ、上位プレイヤーだろうお前!
首おいてけ、なあ!』
……怖いんですけど。
いや、ロールプレイの一種だろうとは思うけどさ……あの、般若の仮面かぶってそんなこと叫びながら突っ込んでこられたら、そりゃ怖いって……モニター越しでもびくってなったわ。
その相手のプレイヤーには同情すら覚えたわけだが、彼は恐怖を懸命に振り切って、ショットガンによる面攻撃で迎撃しようとして……しかしその般若は、予想外にクレバーだった。
散弾が放たれる瞬間にサイドステップで、あるいは何か遮蔽物の陰に隠れてそれをかわしてしまう。かわしきれない時もあるけど、もともと重装甲の上に、VIT振りの大きいパワータイプらしく、多少の被弾は痛手になっていない様子だった。
キリト曰く、『恐らく相手の指の動きと銃口の向きをよく見てたんだ』とのこと。それで、弾丸が飛んでくるタイミングを正確に見極めれば、かわすのは不可能じゃない、って。
このゲームには弾道予測線なんて親切なものもあるし、とも言っていた。ちょっと何を言ってるのかよくわからなかった。
ともあれ、そんな繰り返しであっという間に距離を詰めた般若……『ディール』は、すくんで動けなくなってしまった相手を、手にした『野太刀』で脳天から股下まで一刀両断してキルした。
……首取るんじゃなかったの? いやどっちでもいいけど。
つか……怖い。素直に怖い。ロールプレイだとしても怖い。
あれはちょっと……接近されたら、インパクトも込みで勝ち目はない。見つけたら、狙撃で一撃でケリをつけるくらいの心づもりで行かないとダメね……。
そして最後に、Lブロック。
実の所、私もこの試合に関しては……よくわからなかった。
ただ、タダごとじゃない何かが起こったのだけは確かだった。
正直、こいつの動体視力や反応速度に期待したい部分も……ある。解説役として。
「キリト……最初に言っとく。目を放しちゃダメよ……一瞬だから」
「は? 一瞬って……」
「いいから見てて! 出来れば……瞬きもしちゃだめ」
言いながら、私も今一度、そのプレイヤーを注視する。
そのステージはかなり珍しいステージで、遮蔽物がほとんどなく、ほとんど正面からのランガンで決着をつけるような戦いを強要されるものだった。
その中央部をすたすたと歩く、黒いボロボロのロングコートを着た、1人のプレイヤー。
手に持っているのは、かなり重厚なつくりの拳銃――装飾銃、と言った方がいいかもしれない――1つだけ。後は、武器らしいものは何も持っていない。
羽織っているコートの下に、もしかしたらカラビナか何かで吊っている可能性はあるけど。
そのプレイヤーの背後、数少ない遮蔽物である鉄柱の陰から、対戦相手であるプレーヤーが飛び出し……
……そして、一瞬で終わった。
何が起こったのか……やっぱりわからない。ただ、奇襲されたはずのプレイヤーが、返り討ちにしたんだろう、とは思う。
振り向きざまに拳銃を向けて……次の瞬間、相手プレイヤーが『爆発』したから。
銃声、らしきものが聞こえた気もしたけど、モニターの向こうでやや音質が悪い上に、ほぼ同時に起こった爆発の音で途切れてしまっている。
私を含め、そこにいたメンバーのほとんどが、何が起こったかわからないうちに……『Winner Lock-on』の文字が現れ、その拳銃使い……『ロックオン』の勝利を告げる。
……やっぱりわからなかった。スロー再生でもしてくれればいいのに……いや、それはあまりに、一部のプレイヤーに対してアンフェアってものよね。
であれば、それを見破りうるだけの目を持った奴の意見を聞ければ……と思って横を見ると……モニターを見ながら、キリトは絶句していた。
「……何だあれ、すげえ……」
「? 何が起こったかわかったの? なら……教えてもらえない? 正直、今の、速すぎてよくわからなかったのよ」
「あ、ああ……いいけど……」
別な試合に切り替わってしまったモニターから目を外し、キリトは、興奮冷めやらぬ、といった様子で話し始める。
「結論から言うけど……あの『ロックオン』ってプレイヤーがやったのは、早撃ちだ。けど、単なる早撃ちじゃなくて……恐ろしく正確な射撃だった。それも、2発連続で」
「連射? でも、あの銃って多分サブマシンガンじゃ……単なるプレイヤースキルってこと?」
銃声の区切りも聞こえないくらいの速さで引き金を引いたってことか……化け物ね。
でも、それだけじゃ何が起こったのか、やっぱりわからないわよ? なんか、爆発したし……
「それについても今話す。まず、1発目の弾丸で……あいつ……『ロックオン』は、相手のサブマシンガンの銃口を狙い撃って暴発させた」
「…………は?」
「これで相手の攻撃手段を潰して……ほぼ同時に2発目を撃って、相手が体に着けていた手榴弾を撃って爆発させた。あとは見た通りだ」
「……は? ……え、ちょ、それマジで言ってるの?」
「……信じられないかもしれないけど、マジだよ。少なくとも、俺にはそう見えた」
……銃口を、狙い撃つ?
銃弾とほぼ同じ大きさしかないであろう、あの小さな穴を?
そんなの、スナイパーだって無理よ。
しかもその後、体に下げていた手榴弾を狙い撃つ?
的の大きさは『銃口』よりはマシとはいえ、それでも人間の頭よりずっと小さい、握り拳以下の大きさの極小の的を?
しかもそれら2つをほぼ同時に行う? あろうことか『振り向きざま』に?
弾道予測線すらろくに視認できないであろう短い時間の中で!?
1.振り向く
2.銃口に狙いをつける
3.銃口を撃つ
4.手榴弾に狙いをつける
5.手榴弾を撃つ
この全てを、あのコンマ数秒あるかないかの時間で全部やってのけたっていうの……?
(レベルが……次元が違う……!)
これまで見たどんなプレイヤーよるも上にいあるであろう、その圧倒的な『技』を前に、私は絶句するしかなかった。
正直に言おう。勝てる気がしない。
さっき見たあの2人……『ディール』や『ゼルダ』や、弾丸を斬る離れ業を見せたキリト以上の……いや、間違いなくBoB史上最大の化け物だ。
間違いなく、あの男は本戦に上がってくるだろう。そして、そこで戦うことになる。
(……勝てるのかしら、私に……?)
いえ、そんなこと言ってちゃダメよね。
むしろ、好機だと考えなくちゃ。これほどの強者が現れた大会に出られることを……。
そんなことを考えている間に、どうやら1回戦の全ての試合が終わったらしい。
2回戦の開始が告げられ、私もキリトも、他のプレイヤー達も……ロビーから転送されて、次なる試合の会場へそれぞれ送られていく。
その奇妙な浮遊感の中で、私は心を落ち着けていく。
(あれだけの強者が集まるなら、いっそ都合がいいわ。正面からじゃ勝ち目はなくても、それなら策を弄すればいいだけ……私は狙撃手だもの。状況を、地形を、他のものを味方につければ、いくらでも勝機は作れるはず……)
殺す。殺してみせる。全員。
過激な物言いであることは承知の上で、私は心の中で何度も呟いた。
ディールも、ゼルダも、ロックオンも……そして、キリトも。
私が、この手で。
(そうすれば、私はもっと、現実でも強く……! 本戦で会いましょう、首を洗って待ってなさいよ、キリト!)
そう心に決めた瞬間、転送が終わり……同時に私は、相手を見つけるためと、狙撃ポイントを確保するために動き出した。
……なお、その数分後、よく考えたらキリトとは同じブロックだから本戦前に1回は戦うことになるな、と気づいて……ちょっと気持ち的に肩透かしくらったのは内緒である。
ド器用が持ち味のうちの主人公、今回は早撃ちのガンマンになりました。
あと、女スパイと薩人マシーン(誤字にあらず)が出現……