Side.キリト
シノンとの対話――『カウンセリング』なんて上等なことができたとはとても言えない――は、結局、お互いの腹の底を……それこそ、弱い部分も何もかもさらけ出して、支え合って、認め合う形になったことで、結果的には乗り切れたんだと思う。
シノンも、今までそんな様子を見せたことはなかったけど……乗り越えるべき、つらい過去を背負っていた。そのための強さを、このGGOの世界に求めて、今まで戦って来たらしい。
けど、どうやらさっき『死銃』が使った銃か何かが、そのトラウマに結びつくものだったようで……『あいつが殺しに来たんだ』『もう戦えない』なんて言って、戦意喪失一歩手前だった。
それに加えて、状況を説明するために、このGGOで何が起こっているのか……自分が何に狙われているのか、ってところも説明してしまっていたから、余計に恐怖をあおってしまったようで。
……ナツメなら、こんなへましないでもっとうまく話を持っていくんだろうな……。
けど、偶然と言うかなんというか、彼女の悩みは……俺の過去にも通じるものだった。
シノンもうすうす感づいていたようだが、俺はかつて、SAOにいた。
そしてそこで、いくつもの辛い出来事を経験している。一緒に戦った仲間が目の前で散っていったこともあったし……データでの戦いを介して、殺人を犯したことすらある。
そういう意味では、彼女の気持ちを理解することもできた。
けど正直に言って、彼女の思いを本当にわかってあげることはできなかったと思う。
もう何度も……あの頃のことを思い返すたびに考えさせられることだが、俺はSAOで、多くの人たちに支えられて立っていた。
ソロプレイヤーとして無茶苦茶やっていた時期もあったけど……いや、その頃だって、俺が気づかなかっただけで、いろんな人たちが俺の手を取って、肩を組んで、背中を押してくれていた。
アスナやユイ、エギルにクライン、リズやシリカやサチ、ナツメやクラディール、グリムロックにグリセルダさん……皆がいたから、あの辛い戦いの日々を乗り越えてこれたんだと思う。
俺自身が強かったわけじゃあない。
少なくとも、俺一人じゃ……あの世界は戦い抜けなかった。絶対に。
そもそも……あそこでの『戦い』は、戦って攻略して、階層を切り開くだけじゃない。
そんな『強さ』だけでやっていける世界じゃなかった。
戦う奴もいれば、それを支えるために別な戦いを繰り広げる奴もいた。お互いに支え合うこともあったし、人知れず、日の当たらないところで戦ってくれている者もいた。
剣で、言葉で、薬で、鍛冶で……皆が皆を支え合っていたから、最後まで戦い抜けたんだ。あの地獄のような世界で、最後まで笑っていられたんだ。
だから……シノンは俺に、どうしてそんなに強くあれるの、どうしたらあなたみたいに強くなれるの、って聞いてきたけど……はっきり言った。
俺は、強くない。今も昔も。仮に俺1人だったら、たまらずとっくに折れていただろう。
俺が今でも……つらい過去にも、強い敵にも、屈せずにこうしていられるのは、今もまだ、皆に支えてもらっているからだ。その分、俺も皆を支えて、力になっているっていう自負はあるが。
だから、つらい過去に区切りをつけて、前を向くための強さと言われても……正直、わからない。
俺は今も、あの頃のことを忘れられたわけじゃない。いや、この先ずっと忘れることなんかできないんだと思う……忘れていいものじゃないと思うし、そもそも、忘れようとも思わない。ただ、背負っていくことしかできないんだと思う。
それを聞いて、シノンは……一瞬だけど、絶望したような顔になっていた。
俺が言った通りなら、彼女もまた、今彼女が抱えている過去から逃げることも、忘れることもできず、一生向き合っていくしかないんだろうか……って、そんな風に思っただろうから。
けど、俺は彼女がそう思い詰めるよりも先に……そんな風に思ってほしくなかった。
多分だけど……かつて俺もそうだったように、彼女が、ある『勘違い』をしていることに気づいて……見ていられなくなったんだと思う。
いや、彼女の今の境遇であれば、そういう風に考えてしまっても仕方ないのかもしれないけど。
それでも、彼女には、思ってほしくなかった。
『1人で全部抱え込んで解決しなきゃいけない』なんて。
辛いこと、苦しいことがあるなら、仲間と分け合えばいい。
1人じゃ立ち向かえない問題が、敵がいるなら、仲間と協力して戦えばいい。
どれだけ肩肘張って強がったって、1人でできることなんてたかが知れてるし、それじゃあ気づけないこともたくさんある。彼女には、それをわかってもらいたい。
だから、彼女を一人にしたくない。
たとえ今、彼女にそういう仲間が1人もいないのであっても……これから作っていけばいい。過去に合ったことも、今起こっていることも、これから起こることも……皆、一緒に喜んで、悲しんで、苦労して、一緒に立ち向かえるような仲間を作ってほしい。
少なくとも、俺は彼女を……シノンを一人にしたくないし、そういう仲間の1人になれたら、彼女を支える1人でいられたら嬉しいと思う。
君を支えてあげたい。1人にしたくない。頼ってほしい。一緒に今のこの苦境を乗り越えたい。
……何て言ったかは、詳しい、細かいところはもう覚えてない。
ただ、心の中を何も誇張も飾り立てもせず……何も考えず一気にぶちまけてしまったと思う。
それでも、シノンの心の中の棘を、痛みを、少しでも和らげることができたなら、よかったんじゃないかな……そう思った。
彼女も、少しして……戦う決意を固めてくれたし。
俺と一緒に戦うって言ってくれた。今はまだ、恐怖も何も振り切れてはいないけど、このままずっと逃げてばかりじゃダメだと言うなら、それを背負ったまま走り抜けるくらい強くなってやる……って。
『だから、それまで……一緒に歩いてくれる?』って、聞かれて、俺は迷いなくうなずいた。
……ナツメ。俺……ちょっとはお前の真似、できたのかな。
☆☆☆
結論から言おう、キリト君。
上出来だ。カウンセリングとして見れば。
見事にというか、何やら不安定だった様子の彼女……シノンさんの調子を取り戻させ、士気に変えることに成功しているようだし。
やっぱり君は、人の痛みをわかってあげられる、そしてそれでいて、その人のために真剣に考えることができる、優しくて誠実で、そういう意味で強い人間だよ。
僕からは、何も言うことはない。
……例によって彼女の目が熱を帯びていることを除けばな!
おいキリト君、ちょっと目放した数分の間に君何した? 何言った?
またか!? またなのか!?
アスナさん、サチさん、シリカちゃん、リズベットさん、リーファちゃんと来て、ここでも同じことを繰り返したのか君は!? どうやったらこんな短時間に、トラウマより厄介で後々ドロドロしてくること間違いなしの問題の種をまき散らせるんだっていう……6人目だぞ6人目!
アスナさんやユイちゃんやエリカさん、その他数名に対する申し開きは自分で考えるように……これに関してはホント僕もう知らんからな。何度目だコレ言うのも。
それと、シノンさんなんだが……陰から隠れて見てたんだけど、どうも僕、やっぱり見覚えあるような気がするんだよな……顔とかもそうだけど、仕草とかが。
こう言っちゃなんだけど、普段や今はともかく、精神が不安定になってる時の様子がね、最近会った、ある女の子に似てるような気がしたのだ。
それに、その時に使っていた、過呼吸対策の呼吸法なんかがね……まんま、あの時彼女の僕が教えた『正しい過呼吸対策』のそれだったから。あの手のは、医療機関とかでもなければ教えてもらう機会は少ないよな……?
何より、名前も『シノン』だし……名前をもじったものだと仮定すると、これは……。
まあ、気になることは多々あるが、今はそんな時間もないので、後にしようか。
その後、キリト君とシノンさんは、洞窟にやってきた『死銃』の奴を迎撃するために撃って出たんだが……タイミングいいのか悪いのか、偶然、他のプレイヤーも何人か集まってきて……
結果、洞窟の中ってことを考えれば比較的広くはあるものの、数人のプレイヤーが銃持って打ち合うには明らかに狭い室内で銃撃戦が始まるっていうとんでもない状態に。
アレを2人でさばくのはきついだろうと思ったし、もともと合流する予定だったので、僕も参戦することにした。
☆☆☆
Side.キリト
決して狭いわけじゃないが、広いとも言えない洞窟の中で、7人ものプレイヤーが銃撃戦を繰り広げると言うのは……いくら何でも滅茶苦茶な状況だった。
俺は、射線が見えれば銃弾を切り落とすことぐらいはできるけど、その弾丸があっちこっちから飛んでくるようなこの状況は、やはり大変だった……味方はシノンだけ、残り5人全部敵だから、いつどこから攻撃が飛んでくるかわからんし……
だから、そのうちの1人の眉間を撃ち抜いて退場させながら、『楽しそうだな……混ぜてくれよ』なんて言って、ロックオン――ナツメが参戦してくれたのは純粋に助かった。
これで、総数こそ変わらなけれど、実質的には俺のチームが3人になった。
何より、ナツメの超精密射撃による『銃口撃ち』は、対武器一撃必殺と言ってもいいくらいの技だ。隙を見せた敵の銃を片っ端から撃ち抜いて、無力化したところにナツメがトドメの一撃を打ち込むか、俺が近づいて斬りつけて決めた。
……カモフラージュのために、時々俺の方にも銃弾が飛んでくるのが怖いけど。
ただその時は、事前に打ち合わせした通り、俺には当たらない軌道で撃つか、わざと俺が『光剣』を振りぬいた時、それにあたるように撃ってくれるので、俺自身は何もしなくていいままに、俺とナツメは敵同士であるという演技ができる。
普通に手を組むんじゃダメなのか、とも思ったんだが、俺とナツメはどちらも、予選の段階でかなり注目されたプレイヤーだ。そんな2人が組んだと思われたら、残りのプレイヤーが一時休戦、結託して潰しに来る可能性を否定できない。1人2人じゃ太刀打ちできないって。
逆に、俺とナツメが敵対していれば、やばいの2人が勝手につぶし合ってくれるってことで、何もせず放置するであろうことは考えられたから、そういう演技をしてたのだ。
ただ、協力してくれるシノンにだけは、一応話しておきたかったんだが……さっき休憩がてら話してた時に、伝えておけばよかったな。昨日の予選で見た、早撃ちと般若と女スパイは俺の仲間だから、遭遇しても身構えなくていい、って。
まあ、上手く立ち回ってくれてるから、ナツメがシノンに撃たれるようなことはないと思うけど……なんて考えている間に、ナツメがまた1人、『銃口撃ち』からの手榴弾誘爆で仕留めた。
これで残る敵は、『死銃』含めて2人。もちろん、ナツメは含まない。
しかし、そんな時だった。
残った2人のうち、『死銃』じゃない方の奴が、いきなり煙幕弾をその場に叩きつけて視界を塞ぎ……洞窟内で狭かったこともあって、視界が効かなくなってしまった。
今まできり結んでいた『死銃』も、煙幕弾を使ったもう1人も見失ってしまい、まずい、と思ったその次の瞬間……
「キリト、よけて!」
背後からそんな声が聞こえ……とっさに俺は、煙幕が張られていない方へ向けて、体勢が崩れるのも気にせずに跳躍した。するとちょうどその向こうに、大口径のライフルを構えている敵プレイヤーが見えて……次の瞬間、シノンが『へカート』で放った弾丸が、そいつを撃ち抜いた。
対物ライフルの超大型の弾丸を浴びて無事でいられるはずもなく、そのプレイヤーは胸に大きな風穴を開けて倒れ……しかしその直後、煙幕の中から『死銃』が飛び出す。
狙いは、無理な姿勢で剣を構えられない俺……じゃない!?
俺を素通りし、その駆けだした先にいたのは……まずい、シノンだ!
手には、あの銃が……こいつが『死銃』として殺人を行う時に使っていた、『
シノンは、接近戦用のサブマシンガンに構えなおして迎撃しようとするが、それも間に合うか……と思った瞬間だった。
俺が構えなおすより、『死銃』が銃を構えるより、シノンが戦闘態勢を整えるよりも、何よりも早く……視界の端にいたナツメが動いた。
死銃とシノンに向けて駆け出しながら……何を思ったのか、手にしていたハンドガンで、見当違いなところを次々と撃っていく。
『死銃』どころか、シノンにも俺にもかすりもしないであろう場所を、次々と。
しかしその直後、俺の目の前で、とんでもないことが起こった。
――キィン、キィン、キィン……ドスッ!
「……!? 何……!?」
何回かの、甲高い金属音の後……なぜか、後ろから飛んできた弾丸が『死銃』の足に当たり……その走る速さがガクッと減速した。何だ、今何が起こった!?
視線を向けてみるが、そこには誰もいない。ここにいるのはもう、俺と死銃、シノン、そしてナツメだけだ。あんな位置から撃てる奴は、だれも…………待てよ?
さっきのあの音……ナツメの、何を狙ったのかわからないでたらめな射撃……まさか!
(まさか……跳弾!?)
その瞬間、俺の予想を裏付けるように、続けざまに『死銃』が被弾する。
斜め上から振ってきた弾丸が肩に当たって体勢を崩し、
真横から飛来した弾丸が腕を貫いてエストックを取り落とし、
下から湧き出したように飛んで来た弾丸が腹に突き刺さって痛打となる。
全部で4発……さっき、ナツメが虚空に放った弾丸も、4発だった。
やっぱりだ! ナツメの奴、これを狙って……
そのまま撃っても、この閉所じゃ障害物も多いし、死銃には察知されて避けるか防ぐかされると読んで、弾丸をわざとあちこちに跳弾させて、軌道を読めなくした上で全弾命中させたんだ!
……その軌道を計算して撃てるナツメ自身がどんな脳みそしてるんだって本格的に怖くなるな……弾道予測線もでないし、怖すぎるぞあの技。てか、もう剣より銃の方がナツメ強くないか?
ただ、跳弾させた分威力は落ちているのか、4発も直撃したのにまだ死銃のHPはゼロになっておらず、残った手に持っていた『黒星』をシノンに向けて構え……
しかし、その直後に彼女をかばうように立ちはだかったナツメが、得意の『銃口撃ち』で、その小さな凶器を破壊し、最後の1発で、無事だったもう片方の足の膝を撃ち抜いて完全に機動力を殺す。突然守られるようにされ、困惑するシノンを背にかばったまま。
「あ、あなた、何で……!?」
「……邪魔を……するな! その娘は、ここで、この俺が……」
「断る、いつまでも遊んでるんじゃない、このロクデナシが。もう全部終わったってのに、過去を引きずって人様に迷惑をかけるばかり……やっぱりお前ら、外に出すべきじゃなかったな」
「何……!? 貴様、まさか、SAOの……」
「…………赤目のザザ。お前は……『黒』だ」
「…………!? 貴様、『ドクター』……!」
「はぁぁああぁ――っ!!」
「っ!?」
ナツメの言葉に気を取られた結果できた、決定的な隙。
それを見逃さず、俺は無理やり体勢を立て直して地面を蹴り……よけられない、武器もなく受けることもできない死銃目掛けて、光剣を繰り出す。
「これで、終わりだぁぁああっ!!」
懐に飛び込んで、横一文字に剣を叩き込み……そのまま、腰から上と下を泣き別れにさせる。
それでHPが残っているはずもなく、吹き飛んでいった先で……亡骸となった『死銃』の上に、『DEAD』という無機質な死を告げるアイコンが表示されていた。