……というわけで、残る2人が、これまでで一番の大暴れをやらかします。
正直作者的にも『やりすぎたか』と思ってしまった第65話をどうぞ。
GGO内、首都『グロッケン』総督府。
そのさらに内部にある、酒場が併設されているロビーのような場所で、今まさに行われているBoBの様子が大型モニターで中継され、その様子を見て多くのプレイヤーが盛り上がっていた。
飛び交う弾丸、閃く光の刃、次から次へ炸裂する絶技。
これまでの2回を超えた盛り上がりを見せる大会に、ギャラリーたちが沸き立つ中、1人、ちっ、と舌打ちの音を響かせて、黙って席を立ったプレイヤーがいた。
銀髪に細身、整った容姿のアバターが特徴的なそのプレイヤー『シュピーゲル』は、今しがた、髑髏マスクにボロボロのマントの『Sterben』という……またの名を『死銃』と言うプレイヤーが敗北したのを見届けたところで、苛立ちを隠そうともせずにその場を後にしたのだった。
……その背中に、別なプレイヤーから、意味ありげな視線が注がれているのにも気づかずに。
(見ー つけ た)
同じく銀色の、しかしふわりとしたボリュームを感じる髪型の女性アバター……ストレアは、その『MHCP』としての能力である、人の心の機微を感じ取る力で持って、読心とは言わないまでも、今立ち去ったプレイヤーの心に渦巻いていた、仄暗い感情を確かにとらえていた。
(こないだデュークが言ってた『放火犯の見分け方』の、まんまその通りだ。火事の現場で、ただの野次馬は火事を見て騒ぐけど、放火犯はその野次馬を含めた現場全体を見て悦に浸る……大方、『死銃』の活躍に観客が怖がる様子を見て楽しみたかったんだろうけど、ナツメとキリトに見事にやっつけられちゃって面白くなさそうにして……わかりやすいなあ)
きっかけは、デュークの分析だった。
この『死銃』は、先の2回の犯行といい、このBoBでの1回目の犯行といい、『死銃』という、絶対の『力』を――その実態がただのトリックによる張りぼてであれ――誇示し、衆目を集めたい欲求が随所に見て取れる。騒乱を引き起こして愉悦にひたる愉快犯の傾向があると読んでいた。
であれば、それを観客が恐れるのを眺めて悦に浸る欲求がある可能性は大いにある。
それを考え、ストレアに頼んで、GGO内で最も大きな、最も多くのホログラムモニターでBoBを中継する、この総督府内の酒場で張り込んでいてもらったところ、見事に彼女の感情センサーに引っかかるプレイヤーがいた。
『死銃』が活躍するのに合わせて歓喜し、邪魔者の存在に舌打ちし、そしてその敗北の瞬間に、今にも悪態をついて怒鳴り散らしそうなほどに不機嫌になったプレイヤー。
ストレアはすぐさまそのアバターのアカウントを解析し、しかし別に特筆すべき所もない。
普通の回線を使って普通にログインしているだけのプレイヤーだ。何かチートじみた特別な仕込みをしている形跡はどこにもない。
しいて言うなら、キリトと……今彼が行動を共にしている、シノンというプレイヤーと、昨日の予選開始の前後に一緒に行動していた形跡があるくらいか。
特にシノンとは、以前からの知り合いのようで、アバター情報を解析すると、何度かスコードロンを組んで圏外で狩りなどの戦闘を一緒に行っている履歴も読み取ることができた。
(けど、ここ最近は戦闘の頻度が少ないな……ヘビーなユーザーかと思ってたんだけどそうでもない? もしかして飽きてきてるとか? いや、さっきの感情モニタリングの時はそんな様子は……むしろ熱を入れてると言ってもいいくらいだった。……何かコレ関係ありそうかも)
ともあれ、あのプレイヤーが『死銃』の共犯者、ないし関係者であることはほぼ間違いない。
丁度モニターの向こうで起こった出来事を見たストレアが、『あ、ちょうどいい』と呟いて自分もその場を後にした。今、調べた事実を報告するために。
モニターの中では……ナツメが死亡し、退場したところだった。
☆☆☆
さて、その後の経過を簡単に説明しよう。
結論から言うと、僕は早々に退場しました。
『死銃』も仕留めたし、もうゲーム内に用はないからね。
ただ、ちょっとだけ懸念として、このままさっさと終わらせていいもんかな……と思った。
BoBにはルール上『
勝ち残った最上級のプレイヤーによる、手に汗握るバトルを、観客は期待してるんだろうし。
僕としても、このゲーム自体を楽しめないわけではないので、そうしてもいいかなとちょっとは思ってるけども……今はそれよりも気になることがあるので、あとはキリト君達に任せてさっさとリタイアしたいな、と思っていた……その時だった。
その部屋に残っていた僕ら全員を巻き込むような位置取りで、タイマー設定で爆発直前のプラズマグレネードが大量に投げ込まれたのは。
出口近くにいたキリト君とシノンさんはとっさに逃げられたようだが、僕はあいにく位置取りが悪く、さらに手に持っていた拳銃も弾切れだったため、撃ち落とすこともできず……あえなく爆発に巻き込まれてHPを全損、死亡判定でリタイアとなった。
その直前、天窓みたいなところから『じゃ!』みたいな感じのジェスチャーをしてるグリセルダさんが見えたので、思わず心の中で『GJ』と言っていたんだけども。
助かった、これで自然に脱出できる。油断して、あるいは弾切れでタイミング最悪の所に奇襲を食らった結果としてやられました、的な感じで。サンキューグリセルダさん。
僕はそこまででリタイアしたので、その後のことは直接見てはいない。
後から聞いて、さらに録画映像を見て知った内容になる。
あの後、キリト君とシノンさんは、奇襲で僕を殺した卑怯な敵を討ち、僕の仇を打つべく洞窟の外に出た(この時点で多分シノンさんは、僕がキリト君とグルだったかもしれない可能性は忘れていたと思われる。頭に血が上って)。
そこには、BoB本線で残っていたプレイヤーがほぼ全員集まっていて――前大会準優勝者の『闇風』という男までも――先程までと同じバトルロイヤルになるんじゃないかって、思わずキリト君もシノンさんも身構えたそうだ。
しかしその直後、廃屋の壁をど派手にぶち破って登場したクラディールさん(with般若仮面)が、そのままチェーンソーを振りぬいて、壁際にいたプレイヤー2人を一気に殺害。
チェーンソーを振り回す動きが、一見するとクレイジーな殺人鬼プレイヤーっぽく見えるけど、その実重心移動から何から、両手剣術をベースにしている動きだった。さすが元SAOプレイヤーにして両手剣アタッカーである。見る人が見ればわかるだろう。
間一髪その攻撃を避けたのは『闇風』だったが、それを待っていたように飛び出してきたグリセルダさんのショットガンで撃ち落とされ、動きの止まったところをとどめに光剣で両断された。
ここから怒涛の勢いで場面は動いていく。
「……
チェーンソーを振り回した隙を見て、シノンさんがクラディールさんをへカートで狙撃するも、銃口が自分の方を向いた時点でクラディールさんはその回避、ないし防御のために動いていた。
発砲直前、今の戦いで破損した、建物の分厚いドアを引きちぎってそれを盾にするように、しかもシノンさんに対して『斜め』に構える。
直後に発射され、装甲車をも撃ち抜く対物ライフル弾が着弾したものの……轟音と言っていいほどの金属音を響かせて、しかしその弾は扉を撃ち抜かずに止まってしまった。
「うそ……貫通しない!? 何で!?」
「っ! そうかシノン、アレただの扉じゃない、鉄製の防火扉だ! しかも斜めに構えたから、衝撃が流れて……危ないシノン、よけろ!」
「ァァア甘ェーんだよ『氷の狙撃手』様ァ―――!!」
直後、対物ライフル弾がめり込んだ防火扉……大質量の金属塊を投げつけるクラディールさん。あれは、大きすぎるし重すぎる。キリト君でも切り払うのは無理だ。
それをどうにか回避するキリト君とシノンさんだが……その瞬間、今度は女スパイが動いた。
グリセルダさんが、今度はプラズマじゃない火薬式のグレネードをクラディールさんに投げつけ、さらにまだ体勢を立て直せていないシノンさんに向けてショットガンを発砲、よけきれず足に被弾した彼女の機動力を殺した。
その直後、先程までクラディールさんがいたところに、彼が使っていたチェーンソーが転がっているのを見て、それを拾って武器にしようと駆け寄るグリセルダさん。
しかしその瞬間、廃屋のガラス窓を突き破ってクラディールさんが再臨。
間一髪建物の中に転がり込んで爆風から逃れていたらしい。
そのまま窓から延ばした手で襟首をつかみ、悲鳴を上げる彼女を建物の中に引きずり込んで……以下、その時のグリセルダさんの名演技である。
『ひっ!? そ、そんな、嘘でしょ!? あ、アレで生きて……!?』
バリン、と窓を割って手を伸ばされ、
『やっ、やめろ! 放せ! 放しなさい……放して!』
般若マスクのクラディールさんに襟首をつかまれ、
「や、やだっ、こんなの……い、嫌……やめて……!」
そのまま力ずくで窓から中に……
さらに言えばこの時、クラディールさんはチェーンソーをもう片方の手で回収している。
「お、お願い、助けて、誰か、誰か! ああ、神様……いや、いやぁああ……!」
必死の抵抗。壁や窓枠にしがみついてどうにか逃れようとするも、力の差ゆえにずるずるとゆっくりと――逆にそれが恐怖感と残酷さを煽る演出に見えた――暗闇の中に引きずり込まれ……
……そして……
「いやぁぁああアァアア―――ッ!!!」
絹を裂くような断末魔の悲鳴が響き……そして、何も聞こえなくなった。
なお、ここまでの展開を見ていたキリト君やエリカさん、アスナさん達の感想は『怖すぎ』『あんなん中の人知っててもトラウマになる』とのことだった。その通りだと思う。
いや、実際ノリノリ過ぎでしょあの2人……ああいうの好きなのかな、演劇とか。
現実世界から鑑賞してたグリムロックさんは『SAOでも思ったが……私の妻はVRにダイブすると本当に性格が変わるのかもしれない』と、呟くように言っていたそうだ。エギルさん談。
ちなみにその舞台裏――廃屋の中では、悲鳴の後、
『じゃあ後、お願いします』
『うむ、わかった』
『お疲れさまでしたー』
……って、極めて事務的な感じでクラディールさんがグリセルダさんにトドメを刺したらしい。
そしてその後、唸るチェーンソーを構えたクラディールさんが、ゆらり、とか擬音がつきそうな感じの不気味な動きで廃屋から出て来た。
動けないシノンさんを背中にかばい、キリト君は光剣を抜いてその怪物と対峙する。
傍から見たら、SF対ホラー、『ジェダイVSジェイソン』、あるいは『スターウォーズVS13日の金曜日』って感じの絵面だったようだが、そこからは武器さえ目をつぶれば、SAOの最前線プレイヤー同士の接近戦だったため、かなり見ごたえのあるものだったそうだ。
両手剣の要領で大型チェーンソーを振るうクラディールさんだが、流石にプレイヤーとしての技量で上を行くキリト君が相手では分が悪い。最初こそビビッて本調子でなかったキリト君も、徐々に調子を取り戻していき、クラディールさんは防戦一方に。
ついには、ソードスキルを思わせるほどの鋭い一撃によって、クラディールさんのチェーンソーを破壊することに成功したキリト君。あとは無防備なクラディールさんに光剣を振り落とし、とどめの一撃というところで……
……光剣のエネルギーが底をつき、光の刀身が消えてしまった。
驚いたその隙に、クラディールさんは背中に吊って隠していた、サブ武器らしい大鉈を取り出して振り下ろし、その一撃でキリト君は……とっさに体をひねって致命傷だけは避けたものの、大きくHPを削られ、さらには左腕を肩口から切り落とされ、『部位欠損』の状態になってしまう。
そのまま倒れこみ、動けず、HPは赤色。絶体絶命に陥ったキリト君。
「なァ、教えてくれよ……どんな気分だァ? これから死ぬっていうのはよォ~!!」
「……っ……! ち、ちくしょう……っ(え、こいつホントにクラディールだよな?)」
目の前でクラディールさんが鉈を振り上げ、その命を刈り取るべく振り下ろそうとした……その時だった。
キリト君とクラディールさんの間に、シノンさんが飛び込んできたのは。
足を殺され、ろくに動けないはずの彼女が……死力を振り絞ってその体を飛び出させ、命がけでキリト君の前に飛び出したのだ。
そして必然……振り下ろされるのは、大鉈の刃。
両腕を大きく広げ、彼をかばう形でクラディールさんの凶刃の直撃を受けた彼女は、そのまま全てのHPを削り取られて倒れ込み……力なく崩れ落ちたその体を、満身創痍のキリト君が受け止めた。
その腕の中で、最後の力を振り絞り……シノンさんは、彼に『何か』を手渡して、
―― ご め ん ね
―― さ よ な ら
そう、言い残して……目を閉じた。
表示される『DEAD』の文字。愕然とするキリト君。
システム上、『死体』となった彼女のアバターに干渉することはできなくなり、手から滑り落ちるようにして、シノンさんの亡骸は冷たい地面に転がった。
そこに、クラディールさんが無慈悲な一撃を、今度こそ振り下ろそうとして……
「うぉぉぁあああぁああ――――っ!!!」
シノンさんから受け取っていた『光剣』――恐らくはグリセルダさんが取り落としてフィールドに落ちていたそれ――を振り上げ、クラディールさんの大鉈を弾いたキリト君は、そのまま大きく踏み込んで……その光の刃を一閃させる。
急所である喉元を、左から右へ。
光の刃は、敵の命を見事に断ち切り……鬼の首が宙を舞った。
ラスト5分の戦いで、プレイヤー4人を次々と殺害する大暴れを見せた戦慄の鬼は、かの酒吞童子のように首と胴体が泣き別れにされたことで、とうとう討ち果たされた。
同時に、キリト君の頭上に輝く『Congratulation!』『第3回BoB優勝 Kirito』の文字。
それにも構わず、キリト君はシノンさんの亡骸のところに歩み寄り、慟哭と共に滂沱の涙を流し続けたという……。
……うん。彼も途中から入り込みすぎて忘れてたんじゃないかな。ゲームだって。
なお、この決着の瞬間、首都グロッケンの酒場を含む、いくつもの上映場所では、観戦していたプレイヤー達が総立ちになり……スタンディングオベーションで拍手喝采が鳴り響いていたそうだ。
画面の向こうで繰り広げられた、一瞬の油断もできない壮絶な戦い、
驚異的なプレイヤースキルが可能にすると思われる絶技の数々、
それを策略で出し抜く、神算鬼謀の頭脳プレー、
予測不可能でファンタスティックかつ、稀に見るドラマチックで熱い展開、
戦友をかばって逝ったシノンさんの壮絶な最後、
そして、その仇を討ち果たして優勝したキリト君の流した涙。
色々な意味で、この第3回BoB……特に、ラスト15分の戦い(坑道の中のバトルロイヤルあたりからくらい)は、伝説とまで言われるものになったらしい。
……まあ、観客がしらけるようなことにはならなかったようで何よりだってことで。
ちなみに、この映像をALOで見ていたアスナさんは『なぜかわからないけど、他人事とは思えないような、出番を取られたような気がする』と呟いたそうだ。
どういう意味かはわかんないけど。
それはさておき、一足先にリタイアした僕は、その頃……GGO自体をログアウトして、病院を抜け出し、ある場所に向かっていた。
恐らくは、あの少女――シノンさんの『中の人』であろう、以前出会った女子高生の家に。