ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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今回でGGO編はラストになります。
次回から『マザロザ編』スタートです。


第66話 ドクターゲーマー2025 年末

【2025年12月18日】

 

 さて、GGOを舞台にした『死銃』事件。

 その顛末でも語りましょうかね。

 

 

 

 まず、僕がゲームをリタイアになった後、すぐ病院を出て、以前知り合った彼女……朝田詩乃さんの自宅に行った。車使えばそこまで遠くない場所だったし。

 

 ……到着した時には、ちょっと洒落にならん修羅場が展開されてたんだけど。

 

 予想通り、朝田さんが『シノン』だった。あの仕草や、過呼吸を治す呼吸法――僕が教えたやつ――を見て思ったが、その通りだったということだ。すごい偶然もあったもんだな。

 

 どうやら、ストレアさんが見つけた『死銃』の片割れ……アバター名『シュピーゲル』、リアルの名前が新川とかいうらしいその少年が、彼女に襲い掛かっていたらしい。なんか……彼女を好きだったけど、振り向いてくれなくて、だったら殺して永遠に自分のものにしよう的な、サイコパス的なよくわからん思考の果てに凶行に及ぼうとしていた様子。

 

 しかしそこに、僕より間一髪早く駆けつけたキリト君が、その『アサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサン……』って気持ち悪いほど連呼してる少年を殴り飛ばして彼女を救出。

 

 しかしその直後、新川少年が反撃。キリト君に馬乗りになり、見た目からしてヤバいものをポケットから取り出した。

 

 高圧無針注射器……その名の通り、針がないタイプの注射器で、この事件の凶器候補の1つとして僕が以前あたりをつけていたものの1つである。

 中身も当然、何かしらの薬液が入っているようで……おそらくは筋弛緩剤の類だろう。

 

 流石にアレを注射されるとやばい。

 一応、解毒剤になるものは用意してきているが、それにしたってさせないにこしたことはない。

 

 と、半ば反射的に考えた僕は、直後にもう勝手に体を動かしていた。

 

 朝田さんが暮らしているアパートの廊下。

 そこに置いてあった消火器を手に取り、思いっきり彼の顔面に投げつけていた。

 

 ……鼻血を吹き出して昏倒したのを見て、さすがにちょっとやりすぎたかと思ったが。

 

 金属製、重量15キロの立派な鈍器は……うん、下手したら死んでたかもしれん。反省。

 

 後で聞いたら、一発で気絶した上……どうやら前後の記憶があやふやになったようで、キリト君の顔や朝田さんとの会話も一部思いだせなくなったそうだ。当然、投げつけた僕の顔なんて覚えてもいないし、それ以前に見てもいなかったと思う。

 ……後からの報復の可能性を摘み取れたと思うことにしよう。うん、そうしよう。

 

 その後、菊岡さんから説明もきちんともらい、さらにキリト君達の得意のおせっかいで、彼女が抱えていたトラウマを乗り越えるための手伝いもしてあげたみたいだ。

 

 そして、そのトラウマとやらの詳細について、僕は詳しくは聞いていない。

 なので、話せる……というか、こうして日記に記せることも多くはない。

 

 これについては、少なくとも僕からキリト君やシノンさんに聞くことはないだろう。個人情報というか、デリケートな問題だろうし……キリト君だから話したって部分もあるだろうし。

 ゆえに、向こうから話してくれるとかじゃない限り、この先知ることもないと思う。

 

 気にならないわけじゃないが、キリト君がどうやら上手くやったようなので、これについての心配は要るまい。ストレアさんにこっそりモニタリングしてもらったけど……シノンさんの心には、よくない感情はもうほとんどなくなってる、っていう診断結果も出してもらったし。

 

 そう遠くない未来、彼女には過呼吸の治療呼吸法も必要なくなる……といいな、と思った。

 

 

 

 ……なお、悪い方の予感……キリト君がまた周囲に女の子を増やしてしまったんじゃないか、という懸念については、残念ながら大当たりだったようで……例によってアスナさんとひと悶着あった様子だった。

 

 これで6人目だもんな……いや、SAOの時代からすると、『もしかしたら』って感じのプレイヤーも含めて数えると、それこそ軽く10人は超えそうな気も……やめよう、考えても仕方ない。

 

 ちなみにシノンさんはというと、最近キリト君と一緒に遊ぶため『ALO』を始めたようだ。

 種族は『ケットシー』で、武器は弓矢を主に使っているらしい。GGOの狙撃手経験を生かしたキャラ育成方針で育てている様子。

 

 あと、キリト君と一緒に遊ぶ以外にも、ちょっとの間GGOを離れたい理由があったようだ。

 

 ズバリ、あの第3回BoBである。

 

 超ハイレベルな戦いから息もつかせぬスリル満点な展開、そしてその衝撃的でドラマチックなラスト……様々な理由で伝説となったあの大会は、あちこちで話題になり、ゲーム内外の各種情報誌では特集まで組まれる始末。

 

 極めつけに……後日、GGOにおける課金オプションの1つとして、あるデータの配信(販売)が開始されたんだけども……

 

 

『第3回 バレット・オブ・バレッツ ノーカット完全版 ~ラスト15分、衝撃と感動のクライマックスを、あなたは目撃する~』

 

 

 ……映画?

 

 これ、本戦出場者には無料で配布されたので、興味本位で見てみたんだけど、ほぼ完全にキリト君とシノンさんがW主人公になって編集されてた気が……いや、ありのままノンフィクションではあるんだけどさ、映像のつなぎ合わせ方がSF映画なんだよ。本家のライトセーバーのアレ思いだす。

 

 キリト  :主人公。男の娘ジェ○イ?

 シノン  :ヒロイン。最後死ぬ。悲恋?

 死銃   :中ボス。ヒロイン側の因縁の敵

 ロックオン:好敵手。途中で共闘するも死ぬ

 ゼルダ  :お色気暗躍キャラ。無残な最期

 ディール :ラスボス。迫真の殺人鬼ロール

 

 ……これはひどい。

 

 

 

 しかし彼女には、何だかんだでゆっくり話すこともできていなかったからな……今度、ALOで会えたら、きちんと挨拶しなきゃだな。ゲームの中で申し訳ないけど。

 

 ……グリセルダさんとクラディールさんもその時は一緒だと思うが、グリセルダさんはともかく、クラディールさんは……BoBの最後がああだったからな……暴走気味のロールプレイが主な原因とはいえ、怖がられないかちょっと心配でもある。

 

 というか、早いうちに上手いこと予定がかみ合ってくれればいいんだが……さっさとしないと、会えなくなりそうだし。

 

 日記に書くようなことかどうかわからないけど、この年末年始、僕かなり忙しくなりそうなんだよな……前々から進めててた研究の発表のために、アメリカまで行――。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「……って、もうこんな時間か。あー……こりゃ確実に朝までかかるな」

 

 気分転換で日記を書いていたナツメは、今まで座っていた椅子から一度立ち上がって伸びをした。

 

 もっとも、ここはVR空間であるため、肉体的な疲労は実際にはないのだが。

 

 ナツメが今使っているのは、某大手企業がサービスを展開している『VRオフィス』である。

 パソコンに『オフィス』の名で入っているアプリケーションなどの機能を封入した仮想空間で、文書作成や画像の加工、さらには遠隔地同士で会議を行ったり、プレゼンテーションも可能という、早い話が仮想空間で事務仕事をするためのサービスである。

 

 追加料金で機能拡張を行えば、大容量データのやり取りやクラウド接続、さらには専門的なアプリケーションとの連動もできるため、最近かなりの勢いで広まってきている。

 

 さらに、最近かなりの勢いで開発が進められている『AR』――『拡張現実』と連動させたサービスの展開も視野に入れられているということで、今、仕事の形態を一新させる可能性がある技術ないしサービスとして注目を浴びている。

 

 それを使って彼が何をしているかと言えば、当然仕事である。

 

 現在、彼の眼前に浮かぶように展開されている何枚ものホログラムモニターには、専門用語がずらりと並んでおり、ナツメはホロキーボードを使ってすさまじい速さでそれらを編集していた。

 

 時折、操作も何もしていないように見えるにもかかわらず、ファイルが解凍されたり、そこから画像その他のデータがコピー&ペーストされたりするなどしている。

 

 これはALOで行われる『随意飛行』……コントローラー無しで飛行する思考技術と同じようなもので、思考によって簡単なデータ移動や編集を行う技である。一部で『思考編集』『フリーハンドコピペ』などの名前では呼ばれている技術だ。

 ただし、操作に複雑さと精密さが要求されるため、難易度的には随意飛行の上を行く。

 

 もっともナツメや、彼の兄であるデュークやワイズマンは、さも当然と言った風に使いこなしているのだが。もう少しすれば両親……ジエンドとパンドラも同様に使いこなし始めるだろう。

 

 そして、ナツメが何の仕事をしているかという点については……これに関しては、専門的な知識がなければ、かぶりつきで見てもわからないだろうが、彼のリアルの職業である医療絡みである。

 

 それも、かねてから研究を続けていた様々な学説や、新しい画期的な治療法について、近々学会で……それも海外の、国際的に権威ある場で発表を行うため、その資料作りである。

 

 しかも、同様の研究を、共同研究も合わせれば5個も6個も同時進行で進めているものだから、その準備の大変さ、多忙さは推して知るべし、とでも言うようなレベルだった。

 

「2時を回ったか……リアルで夕食食べたの何時ごろだっけ? 一回ログアウトして何か腹に入れるか……ここで取れる食事って所詮は味だけだし。頭使ってるから糖分が欲しい気分だな」

 

「何だお前、まだやっていたのか?」

 

 と、VRオフィスに突如、別なプレイヤーのアバターが現れる。

 

 背はナツメと変わらないくらいだが、がっしりした体格で、顔はそれなりにしわがあり、程よく鍛えている中年男性といった見た目である。びしっと上下をスーツで揃えた上に白衣を着て、風貌から医者か何か見えるが、どこか威圧感や存在感を漂わせてもいる男性だった。

 

 そしてその後ろからは、同じく白衣の……しかし、その下のスーツは、上着なしでワイシャツもかなり気崩している、若々しい見た目の男性……ナツメの兄・デュークがついてきていた。

 

 先に部屋に入った、同じくナツメの兄である、アバターネーム『ワイズマン』……リアルネーム『西神奏一郎』は、椅子に深く腰掛けて背もたれに体を預け、いかにも脱力しているといった感じのナツメを見て、はあ、とため息をついていた。

 

「疲れたのなら無理せず寝ろ。寝ぼけ眼の3割頭で仕事しようとしてもいい結果は出せんぞ。それにお前、明日オペ入ってなかったか?」

 

「明日じゃない、明後日だから大丈夫です。あ、いやもう日付変わったから『明日』か……それに丁度イメージ浮かんできてる部分だけでも、メモでいいから文章に残しときたいんですよ……ほらよくあるでしょ? 風呂とか寝る前にいい感じのアイデアが思い浮かんで、明日起きたらやろうとか考えておいて、でも寝たら忘れてどうしても思い出せなくなって損した気分になるアレです」

 

「ああ成程、わかるわかる。それで出来る限り起きてるうちにやろうとして、気が付いたら夜が明けててプログラム1つ組み上がってたりするからな」

 

「極端にも程があるだろう、お前達は……全く、誰に似たんだか」

 

「父さんじゃないですかね? とことん納得するまでやらないと気が済まないところとか、自分のペースを乱したくないところとか……いやでもそれは奏一郎兄さんも同じか」

 

「頑固なところは死んだ爺様に、割とのんびりなところは母さんに似たんだろうな、兄さんは。私や千里とは似てるような似てないような……」

 

「とはいえ、そろってこんな時間まで仕事してるあたり、やっぱ似てるんじゃないですか?」

 

「仕事柄早寝早起きとは無縁の生活を送っているだけだろう、我々は。だからこそ休める時には休んでおかねばならんし、そう思ったらVR回線の使用中アイコンでお前も龍馬もまだ起きてると表示が出てたものだから、様子を見に来たんだよ」

 

「心配してくれるのは嬉しいが、そんな自己管理もできんほど私達は子供ではないぞ?」

 

「兄さんこそ疲れてるなら先に寝ればいいのに……それに、僕はどの道、今修羅場ってますから、当分早寝早起きは無理ですって」

 

「そうか……何か手伝えることはあるか? あるなら遠慮なく言えよ」

 

「お気持ちは嬉しいですが、清書後のチェックをお願いする予定なので、ここで手伝って貰うわけにはいかないんですよね……っと、こうしちゃいられない、年明けに使う分まず仕上げないと」

 

「お邪魔になるようだ。我々は退散しようか、兄上」

 

「……そうだな。無理だけはするなよ、千里」

 

「了解です、奏一郎兄さん。龍馬兄さんもお休みー」

 

 兄2人を見送ると、千里はウィンドウを操作して、手元にアイスコーヒーを出す。

 ストローでずずず……と飲むそれは、無論ただのデータであり、現実の体の喉の渇きを癒すことはできないが、とりあえず気分だけでも、と考えてのことだった。

 

 無理だった――気がまぎれなかった、あるいは眠気がぶり返した当の場合は、キリのいいところで一度ログアウトして、普通に現実の食べ物と飲み物、カフェイン等を胃袋に詰め込むだろう。

 

「さて、と……実際スケジュールやばいよなあ……GGOやってたのを間違いだったとは言わないけど、今年中はALOにログインするのは難しいかもだわ……」

 

 ため息をつきながら、モニターとホロキーボードに向き直り、専門用語と複雑怪奇なグラフや表だらけの表示を睨み、

 

「えーっと、どこまで書いたっけ……1605号から1647号験体のテスト結果と考察の途中だったか……コレは他の、実際の症例と結び付けた方が理解しやすくなるよな。……あれ、でもあのデータまだ未編集だから、変換してサルベージして張り付けて出典も調べなきゃ……てか、そもそもあのデータどこいった? えーと、聖ペルソナと東城大付属からもらっといた……ん? 横浜港北……あれ、これって龍馬兄さんが開発手伝った『メディキュボイド』の臨床先じゃ……あーしまった、さっき相談すればよかった……まあいいか明日で。これ自体は単なるリストだし、検体試験の……対抗適応因子を入れた結果も……理論上及びマウス実験の結果は、癌細胞と白血病と……ああ、AIDSも成功例か。これを僕の『ホロウ細胞』を使った『HF療法』の枠に症例ごと……」

 

 

 

 




というわけで、『ファントム・バレット編』終了。
今回は、ナツメはシノンにはそんなに関わらせないことにしました。あくまできっかけになった出会いと共闘だけで、ケアはキリトに全部。

この時点ではですが、シノンの過去についても聞いていません。
そのうち聞くかもしれませんが。

そして……次回から『マザーズ・ロザリオ編』になります。

なお、キャリバー編は丸々飛ばします。ご承知おきを……

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