Side.アスナ
えー、新年あけましておめでとうございます。……っていうにはちょっと時間が立ちすぎてるけど、今は2026年、1月某日。
さっきまで『ALO』にログインしていた私は、リアルで夕食の時間になるので、ログアウトしてリビングに降りて来たんだけど……ちょっと遅れてしまった。
そこには既にお母さんが待っていて、部屋に入るとじろりと視線を向けられる。
その目力にちょっと委縮してしまいつつ、私もテーブルにつく。
「……5分遅刻よ、アスナ。食事や用事には遅れないようにしなさいって言ったでしょ?」
「う……ごめんなさい。キリのいいところで終われなくて……」
「キリト君といい感じで終われなかった? ……まあ、仲がいいのはいいことだけど、時間は守りなさい。あと、ユイちゃんの前で教育上よくないことはしてはだめよ」
「いや言ってないそんなこと」
冗談よ、と返される。
ほっ、よかった……冗談でからかってくるくらいってことは、あんまり怒ってないみたい。
「けど、ゲームをやること自体に文句は何も言わないけど、リアルの生活に影響を及ぼさないようにしなさい、って約束だったでしょう? 最近ちょっとたるんでるわよ?」
「はい……反省してます」
「たるんでるのが気だけだからまだマシですけどね、リアルの体で物理的にたるむような部分が見られるようになってからじゃ遅いんだから、一事が万事の精神で生活態度に気を使って……」
「ねえお母さん今日さっきから妙につっかかってくる気がするんだけど。何かあったの?」
……お母さんとこんな会話を交わすようになるなんて、昔じゃ考えられなかったことだけど……今ではこうして、気の置けない友達みたいに、軽い感じで話せることに、私は幸せを感じている。
キリト君とのお付き合いや……その後のことも好意的に受け止めてくれているし、私達の趣味であるゲームについても理解がある。どころか、一緒になって遊べる。AIであるユイちゃんやストレアさんにも何一つ偏見なく、家族として接してくれる。
時には厳しくしかられたりもするけど、それだって私達のことを真剣に考えてのことだし、頭ごなしに自分の価値観だけを押し付けてくるようなこともなくなった。
この間の帰省の時、本家の人たちが提案してきた、私をあの臨時学校を出させて、大学に通えるようにする手続きを進める、っていう話についても……きちんと私の気持ちというか、意見を聞いてくれて、最終的には私の気持ちを尊重して、あの学校にいられるようにしてくれたし。
その分、『本家の連中には寝言ひとつ言う隙を見せちゃダメよ』って、一層学業にも力を入れるようにって言われたけど、それなら文句はない。
私の人生だもの、いくらでもいいものにするために、自分でできる努力をするのは当然だし。
私や、私の周りの人たちのことまできちんと考えて、現実でも仮想空間でも味方になってくれる最高のお母さんだ、って……胸を張って言える。
……ただ、最近ちょっと砕けすぎというか、はっちゃけすぎじゃないかって思うことも多々あったりするんだけど……。
いや、私がお母さんのこと言えた義理じゃないのはわかってるんだけどさ。
ちなみに今日は、こないだ言った『結城本家』のことで何かあったらしい。
詳しくは話さない……というか、話題に挙げたり、私に言わないあたり、そこまで大ごとってわけじゃないか、私には関係ないことなのかもしれないけど。
私もそうだけど、こういうリアルで嫌なことがあった日は、寝る前とかにALOにログインして大暴れしてストレス発散したり、キリト君やユイちゃんとふれあって癒されている。
後者はともかく、前者のせいで……私もお母さんも、最近ALOで、微妙に不名誉な名前で呼ばれるようになっちゃってきてるんだけど……
私は、『ウンディーネ』という種族柄、ヒーラーとして魔法を使っての補助や回復の役割を担うことが多いんだけど……隙あらば杖をレイピアに持ち替えて自分で最前線で戦って、SAO仕込みの剣を振るうことが多いから……『バーサクヒーラー』なんて呼ばれるようになってしまった。
お母さんも同じく、普段は後衛で魔法を使ってることが多いのに、隙あらば自ら前に出て斬る。その上、種族柄スピードが出るので、戦場を縦横無尽に駆け回り……気が付いたら周囲の敵を全滅させてたなんてこともあって……『キラークイーン』なんて呼ばれているそうだ。
ゲーム情報サイト『MMOトゥモロー』では『ALO最強の親子プレイヤー』とまで言われて特集記事が組まれ、『狂乱の癒し手』に『必殺女王』なんていう日本語読みがそれぞれあてられた。
アレをエギルさんに教えられて読んだ時は、そろって『どうしてこうなった』って頭を抱えちゃったっけなあ……。
……アレなこと思いだしちゃった、忘れよう。
「はぁ……ごめんなさいね、アスナ。なんか八つ当たりするみたいになっちゃって」
「いいよ全然。でも、何かつらいことがあったら言ってね? 話すだけでも気晴らしになることもあるし……私も、お母さんに何かしてあげられることがあるなら、役に立ちたいもん」
「ありがと。そう言ってもらえるだけで元気が出るわ……よし、切り替えていかなきゃね、本家のババァ連中の嫌味なんかにいつまでもイラついてても、何もいいことないし」
「あー、また何か言われたんだ……最近多いっていうか、当たり強いね、うちに」
「ALO事件の影響もそうだけど、あれ以来、私が以前にもまして本家の言うことを聞かなくなったからかもしれないわね。以前の私は、農家出身の田舎者ってだけで偏見持たれてたけど……自分で言うのもなんだけど、能力はあったし、キャリア系の上昇志向で、本家の考え方に賛同する部分も多かったから、そこまで角は立たなかったみたいなんだけどね。まあ、だからって今からアレらに合わせるつもりは毛頭ないけど」
こないだ言ってたけど、本家の人たちの古臭い価値観とか、家を一番に考えて個人の気持ちも何も全然顧みないやり方は……私としても、どうにかならないものか……と思う。
「もっとも、あの人達は生まれつきああなんじゃないかって思っても納得できちゃうんだけどね……よくあるじゃない? ドラマとかで意地悪な姑が、窓のさんのところを指でスッとなぞって、息フッてかけて『あら何なのコレは』って奴。アレ現実にやるのよあそこのババァ共」
「うっわぁ……夢も希望もない情報……それお母さんお嫁に来た当初苦労したんじゃない?」
「苦労したなんてもんじゃないわよ、その気になれば本1冊書けるくらいは、あの頃は1日1日が濃かったわ……いけない、思い出したら腹立ってきた」
冷静になろうとして手元の水を飲むお母さんに、思わず苦笑してしまう私。
「それじゃ、今日はキリト君達誘ってどっかのフィールドボスあたり討伐しに行く? あーでも、なんかユイちゃんが、面白そうな場所を見つけたって言ってた気もするな……どうしよう?」
「なら、ユイちゃんの希望に合わせましょ。言っていた通りとはいえ、京都行きで年末年始はほとんど会えなかったんだし、ちゃんと家族サービスしてあげないとね」
「そっか。ありがとうお母さん、ユイちゃんも喜ぶよ。家族でお出かけするの好きだから」
「あらそう? けど、それなら……ちょっと残念ではあるわね。家族全員揃ってればもっと楽しかったのかもしれないけど……ナツメ先生、まだアメリカから帰らないし……」
―――ぴしり
何気なくお母さんがつぶやいたその言葉を聞き、私はその瞬間硬直してしまった。
そのまま、ぎぎぎ……と、油の切れて動かなくなった機械みたいな動きで、上品な所作で食事を口に運んでいるお母さんの顔を見る。どうにか、見る。
「お、おおお、お母……さん? あ、あの、今……」
「? 何、アスナ?」
「今、『家族』の話題の所で、なんでナツメ先生を……?」
一瞬の沈黙。
その直後、私の言っている意味を理解したお母さんは、はっと気づいたような表情になって、
「ちょっ……違う! アスナ違うわよ!? あなたが今考えてることは勘違いだからね!?」
「で、でも、なら何であんなこと……」
「私が言ったのはストレアさんのことよ! メインのコアプログラムがナツメ先生のアミュスフィアのローカルメモリに保存されてるままで、ナツメ先生の手伝いするってそのままアメリカについて行っちゃったから! あの人一応ユイちゃんの妹で『家族』でしょ!」
な、なんだそっちか……私てっきり、前噂になったみたいに、ナツメ先生とその、お、お母さんの間に何かこう……そういうあれこれがあるんじゃないかって、ホントにびっくりした……
……いや、確かにアレは以前、お母さんの口から明確に否定されてるけど……実はALOでは、あれ以降もあの噂は一部で続いているのだ。ゆえに、時々どうしても私を不安にさせる。
お母さんに言うと『まだ疑ってるのあなたは!?』って怒られるから、黙ってるけど。
そもそも……だ。さっき私とお母さんが『最強親子』って話題になっていると言ったけど、あの話には実は続き、というか発展形がある。
私はあの世界で、もっと言えばSAOの頃から、キリト君といい仲であることを隠していない。……SAOでは衆人環視の中でプロポーズされて、そのまま結婚までしたし。
ゆえに、私とキリト君が夫婦であることは周知の事実だ。何回か前のアップデートで、ALOにも『結婚』システムが実装されたので、これ幸いと私とキリト君は再び籍を入れ、夫婦になった。
そしてキリト君も、ALOにおける最強のプレイヤーの1人、5指に入るとまで言われる凄腕剣士であるため、私との関係も話題にはなっている。
大々的にじゃないけど、特集されたこともある。『ALOの最強夫婦剣士』って。
で、そこから最近では、『夫婦』と『親子』が発展して……家族単位で最強プレイヤーがそろってるんじゃないか、なんて言われるまでになっているのを、私は知っている。
これは流石に、そこまで大々的な噂とか、大きな話題にはなってないけど……
『
『
『シルフ五傑』に数えられる剣士、リーファちゃん。
『
……そして、
『
……この5人がセットで『家族』扱いされているという現状……
ああもちろん、ユイちゃんやストレアさんもこの中に入るけどね?
言うまでもなく、私とキリト君が夫婦で、私とお母さんが親子。ユイちゃんは私達の娘。
キリト君とお母さんが、義理の親子で……そして、お母さんとナツメ先生が……
「だ・か・ら、それは全然事実無根のデタラメ、根も葉もない噂だって言ったわよね私!?」
「そ、それはもちろんわかってるよ私は。けど、未だに私、時々だけど他のプレイヤーさんから『そうなんですか?』って噂のことについて聞かれるし……最近じゃナツメ先生、『青ざめた盾』以外に、『
『守護』はナツメ先生が盾持ちのタンクだからで、『海王』は多分だけど……ウンディーネだから、水系の名前で強そうなのを適当に選んでつけられたんじゃないかな、と思う。
いや、誰が名付けたとかは知らないし、別にそれはそもそもいいんだけど……その名前のせいで、お母さんが『女王』、ナツメ先生が『王』だから、『攻めの女王と守りの王』なんて対比までされるようになって余計に噂に加速が……
「どうしろってのよそんなの! 私何も関わってないし、知りもしないところでそんな風に話が進められてても何も言えないのだけど!?」
「わ、私だって何でこうなってるのか……必死でちゃんと否定してきたのに……ヨルコさんからも、そういう噂が立つたびに『大丈夫だよね!? ナツメ先生、エリカさんとくっついてないよね!?』って泣きそうな顔でALOで聞かれるし……」
「あの人はっ……というか、ヨルコさんもヨルコさんでしょう!? もうSAO終わってから1年以上だし、ALO事件の時に再会してからもう間もなく1年になるんだから、いい加減に告白するなりなんなり進展させてほしいものだわ……そうすればこの変な噂も少しは……」
「挙句の果てに、ユイちゃんもこの前『ナツメ先生のこと、おじいちゃん、って呼んだ方がいいんでしょうか』って聞いてきたし……」
「絶対にやめさせなさい。私もできたばかりの初孫にまだ厳しい教育グランドマザーとしての側面を見せたくはないわ……で、アスナ。その噂だけど、あくまでALOの中、一部だけなのよね?」
「う、うん。現実ではそういうのは全然ないよ。そもそも、私達の間くらいだしさ、誰のアバターがリアルで誰なのかを把握してるのなんて」
「ならまだいいいか……最悪、本当に最悪の場合、それで定着してしまっても、単にゲームの中のロールプレイの一環として押し通せるし。もし、現実でそんな噂を立てられようものなら最悪だったけど……外聞が悪いどころじゃないわよ、お互いに……あーもう、この話やめましょ……」
話してるだけで疲れる、と言わんばかりに、お母さんは強引に話題を切ると、リモコンを使ってリビングに備え付けてあるテレビの電源を入れ、ニュースを見始める。
いつもは『ながら食べ』は行儀が悪いからってよく思ってないはずなんだけど、多分今はとにかく気晴らしと言うか、他に見て聞いて意識を向けられるものがほしかったんだと――
『次のニュースです。仮想空間で配偶者や恋人以外の異性と親密な関係になり、結果として現実の関係にも悪影響をおよぼすこととなる、いわゆる『VR不倫』が各所で問題となっており……』
――プツン ← テレビを消す音
「「………………」」
……なんてタイミングでなんてニュースが流れるの……!
結局その日、食事が終わるまで、私もお母さんも無言のままだった。
原作でアスナママ初登場のシーンでした。
……どうしてここまではっちゃけるようになったんだかなあ……この世界では……