ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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240件って……そんなに読んでいただけてうれしいです。

感想共々励みにさせていただいております。
これからも楽しんでいただけるように頑張りますので、よろしくお願いします!

では、第7話どうぞ。
SAO読者の中にはファンも多いと思われる、あの子が登場します。


第7話 青鼻のトナカイ(違うけど違わない)

Side.キリト

 

「なるほど……では、サチさんは本当は、『攻略組』への参加や、前衛への配置転換はもちろん……そもそも戦闘自体、積極的に取り組む気にはなれない、というのが本音なんですね」

 

「はい……。でも、私のわがままで、皆に迷惑をかけるわけには行かなくて……でも、槍で中衛から攻撃する立ち位置でも怖かったのに、これ以上前になんて……今はよくても……もう、どうしても……どうしたらいいか、わからないんです」

 

 アインクラッド第1層、『ナツメ心療内科医院』。

 

 俺がフレンド登録している数少ないプレイヤーの1人であるナツメが、プレイヤー達の心のケアを目的とした『カウンセリング』を行っている場所。

 この評判は噂にもよく聞いているし……ここでじゃないが、他ならぬ俺も、ナツメの世話になったことがある。なので、その腕が信頼できることも当然知っている。

 

 その一室で、俺は……そんな風に言葉を交わす2人の様子を見守っていた。

 

 話しているのは、この借家の主であり、『ドクター』の別名で知られている男。

 プレイヤーネーム……ナツメ。

 

 そしてもう1人は、俺が数日前に出会ってから一緒にいる、中層ギルド『月夜の黒猫団』のメンバーの1人で……他でもない、俺がここに連れてきた少女、サチ。

 

 数日前、素材集めのために、本来の活動区域よりずっと下の層に降りてきていた俺は、『圏外』のあるエリアで、モンスターに囲まれて窮地に陥っている数人の男女を見つけて、助けた。

 それが、彼らとの出会いだった。

 

 リーダーのケイタをはじめ、男子4人に女子1人で構成されている彼ら『月夜の黒猫団』は、リアルでも同じ高校の部活の仲間だということで、協力してこのSAOの中で生き残ってきたそうだ。

 今は中層でどうにか通用する程度の活躍しかできないギルドだが、ゆくゆくは最前線、『攻略組』の仲間入りを目指して活動を続けているのだという。

 

 しかし彼らは現在、大きな問題を1つ抱えていた。

 

 彼らは今、前衛1人に中衛3人、後衛(指揮官)1人という構成になっていて、安定した戦いをするには少しバランスが悪いことになっていた。

 

 そのため、チームの紅一点であり、現在は槍を使っているサチを前衛――盾持ちの片手剣にシフトさせようという話になっていたんだが……俺にはどう考えても人選ミスだとしか思えなかった。

 

 というのも、最初にそう言っていた通り、サチは前衛……というか、そもそも戦うこと自体に向いていないように思える。明らかに。

 戦闘中はいつも腰が引けていて怖そうにしているし、攻撃にも防御にもおっかなびっくり、という感じだ。きつく目を瞑ってしまっている時すらあった。

 

 今、中衛で槍を使って(比較的)遠くから戦っていてなおこうなのだから、盾を持たせてとはいえ、前衛なんて任せようもんなら悲惨なことになるのは明らかだ。

 

 リーダーのケイタは、彼女が臆病で危険なことが、というか戦いが苦手だということもわかっているらしいのだが、何でそれで前衛に送るなんて言う発想が出てくるのか不思議で聞いてみたら、『盾を持って鎧で武装する前衛の方が生存率が高いし、単純に防御力が上がる分安全だろ?』と、大真面目に言って来たのである。

 

 ……いや、確かにそれは間違ってはいないんだが、別な部分で致命的な問題が発生しているのに気づいていないのをどう指摘したものか、と思った。

 

 前衛ってのは、その名の通り、一番前のラインでモンスターと戦うポジションだ。今までサチが勤めていたポジションよりも、俄然近くで、頻繁にモンスターと戦うことになるし、要求される技量も当然、中衛でちまちま支援している時の比ではないレベルになる。

 率直に言って、無理だ。無謀だ。サチとつい先日知り合ったばかりの俺でもそう断言できる。

 

 彼らはそれに際して、俺にアドバイスを求めて来た。自分達よりも明らかに上の強さを持っていると一目でわかり、なおかつソロとして前衛で戦う技能を間違いなく持っている、と見て。

 

 実は俺を『前衛』として勧誘する案も検討していたらしいが、俺のレベル――ちょっと迷ったけど、ごまかさず正直に伝えた――を聞いたら、さすがに違いすぎると知って諦めたようだった。

 

 正直ついでに、俺の意見……サチを前衛にするところからそもそも反対である、という点についても、きちんと根拠も示して『黒猫団』の皆に説明した。

 

 もちろん、俺は部外者だから、参考程度に聞いてほしい……っていう前置きをした上で。

 さらに、俺が『ビーター』と呼ばれているプレイヤーその人であることも明かした上で。

 

 俺の正体に加えて、そもそもの前提から異なる話を聞かされたわけだから、当然彼らは困惑していたし……さっきまでと俺を見る目が違ったものになっているのも感じ取れた。

 

 それでも、包み隠さず自分から打ち明けて、その上で正面から真摯に言ったからか……覚悟していたほどの拒絶はされなかった。

 『意見、ありがとう。参考にするよ』って、ケイタからはお礼も言われたし。

 

 ……問題はその後だった。

 

 繰り返すが、所詮俺は部外者だ。最終的に決めるのは『黒猫団』の皆だったから、それ以降の話し合いには顔は出さずに、俺は適当に宿をとって別れたんだが……次の日、その宿に『黒猫団』の皆が訪ねて来たのである。1つの報告と、1つの頼み事をしに。

 

 その後の話し合いで決まったらしいのだが、結局サチは、前衛の盾剣士への転換を決めたそうだ。ただし、しばらくそれで戦ってみて、明らかに向いていない、むしろ効率が悪くなって危なくなるとかするようなら、また改めて考え直す、と。

 

 そして俺に頼みというのは、少しの間でいい、前衛の先輩として、サチのコーチをしてほしい、というものだった。

 

 仲間内での決定に、部外者である俺が何か言うのは間違っているし、かといってこのまま別れるのもちょっと嫌だった。それに、最近ソロでの攻略で最前線に立ち続けることに疲れを感じてもいたので、息抜きも兼ねて――って言ったら若干失礼かな――俺はそれを引き受けた。

 

 ……引き受けた、んだが……まあ、正直、こうなることは予想できていた。

 

 サチに前衛は絶対に向いていない。それが、『予想』から『確信』に変わっただけだった。

 

 しかし、当のサチは、気弱な性格が災いしてそれを言い出せない。だから、仲間たちは……俺が一応意見してはいるものの、まだサチのシフトを元に戻すという決断をできていない。

 

 それどころか……表面上は『戦えてしまっている』のがまた災いしている。

 なまじ俺が……言っちゃなんだが、前衛としての技能を的確に鍛えたおかげで。

 

 練習すれば誰にでもできる基礎の基礎を、コツとかを交えて教えただけだが……サチは今までがひどすぎたので、多少改善したように見えてしまっているのだ。

 

 確かに、今は戦えているが……これ以上上を目指すのは難しいだろう、っていうのは明らかだ。

 サチの前衛としての能力は、慣れを考慮してもほぼ頭打ちだ。より高度な技能と、時に大胆に攻めたり守ったりが必要になる、もっと上の階層に行けば……サチはついてこれない。

 最悪の場合、そこでキャパシティーを超えた敵と戦い、その結果……なんてこともありうる。

 

 だが、サチ自身がそれを声に出して言わない限り、この決定は覆らないだろう。さっきも言ったように、俺はコーチとはいえ部外者なのだから。

 

 しかし、サチは自分のわがままを通すような感覚でいるらしく、『皆に迷惑がかかるから』『私ががんばれば何とかなるんだから』と、自分一人で抱え込もうとしている。そして俺には、そんな彼女を説得することはできていない。

 

 このままでは、遠からず限界がきて……取り返しのつかないことになる。

 夜寝るとき、不安で眠れなくて、俺に一緒の部屋で寝てほしい、と時々訪ねてきている彼女を……怖がりでも仲間のために頑張る心を捨てずに持っている彼女を、見捨てたくない。

 

 ……なら、方法は……やるべきことは1つだ。俺では説得できないのなら……説得できる奴に頼めばいい。俺のフレンドには、その道の専門家がいるんだから。

 

 だから俺は、サチをここに連れてきて……ナツメに会わせた。

 

 そして、その2人の話は……粗方終わったようだ。

 『なるほど』と呟き、書き留めたメモを見ながら思案しているナツメがそこにいた。

 

「まず最初に言っておきますね。僕もキリト君と同じく、『月夜の黒猫団』からすれば部外者です。コーチをしている彼よりもよっぽどね。ですので、僕があなたに対して助言できるのは、あくまで部外者の、中立の立場から口を出せる範囲のことに限られます。いいですね?」

 

「は、はい」

 

「では……まずはサチさんの、ポジション云々とは関係ない、誤認している部分から正していきましょうか。さきほどサチさんは『自分のわがままで皆に迷惑をかけるわけには行かない』と、『自分が我慢すればいい』という風に言いましたね?」

 

「はい……言いました」

 

「なぜ、そう思ったのですか?」

 

「え? そ、それは、その……実際に、パーティ構成としては、前衛と後衛のバランスをとるのは間違っていないと思うし、それならもっと私が努力すればそれで……」

 

「ああ、聞き方が悪かったですね。サチさんはどうしてそれを『わがまま』だと思うんですか?」

 

「……え?」

 

 と、想定の外だった質問をされたためか、サチはそれまでの困ったような顔から、きょとんとした感じのそれに表情を変えた。

 そして、どうにか答えを返そうと考えて……

 

「えっと……あくまで、私が怖いと思っているのは、私の都合で……私の性格が問題だから……」

 

「だから、そんな理由で反対するわけにはいかない。自分が悪い、ということですか」

 

「そうですけど……」

 

「まずそれについて、私からは明確に『違う』と言わせていただきますね」

 

 その言葉に、またサチの表情が『きょとん』に変わる。

 

「サチさんが敵を、戦いを怖いと思うことは、何も悪いことではありません。そう感じることは、それこそ自分ではどうしようもないことですから……そこを悪いと思う必要はない。そして、それを理由に自分の意見を出すこともまた、何も負い目に感じることはないんですよ」

 

 淡々と、しかし優しい口調で、ナツメは言っていく。

 不思議と、頭に抵抗なくしみこんでくるような話だった。

 

「すごく極端な例になるんですけどね……サチさんみたいな考え方って、彼氏や夫にDV受けてるような人にすごく多いんですよ」

 

「「はぁっ!?」」

 

 そんなしんみりした雰囲気から突如飛び出した、突拍子もないたとえ話に、俺もサチもびっくりして大声が出てしまう。

 え、ちょ……で、DV? DVってあの……家庭内暴力、ドメスティックバイオレンスのDV?

 

「要するに『自分が我慢すればいい』って考えてしまう。それで何もかも丸く収まるから、波風立てて色んな人に迷惑をかけるよりは、自分がもっと頑張れば……って」

 

「そ、そんなっ……皆は別に、私をそんな、DVなんて……」

 

「わかってますよ、言ったでしょう? 極端な、たとえ話だって。あなたの仲間があなたをいじめているなんて思っていません。が……状況としては似ているでしょう?」

 

 憤慨した様子のサチに、ナツメは落ち着いてそう説明し、宥めている。

 

 そのそばで、俺は『言われてみれば確かに』と考えてしまっていた。

 

 今の問題……前衛シフトは、そもそも戦いたくないサチの意思に反していて……サチにとってどうにかして解決したい問題だ。しかし、同時にサチが何も言わず我慢してしまえば、そこで終わってしまう。誰にも迷惑をかけずに、だ……少なくとも、今は。

 

 しかし……と、考えた俺と同じことを、ナツメは声に出してサチに言って聞かせていた。

 

「今、それに無理をして蓋をしても……これから先改善することは、はっきり言ってありません。もちろん、可能性が全く無いわけではないとはいえ……命がかかっている、という点を鑑みれば、わずかな可能性に賭けて、無理のある方向に進んでいくべきものではない」

 

 『いつかきっと優しい彼に戻ってくれる』なんて淡い思いを抱いて、DVに耐える女性がいたとして……そんな望みがかなう可能性がどれだけあるか。

 そんなか細い望みにかけるよりも、周囲に相談してさっさと解決させるべきであるし、そもそも彼が改心するまでにどれだけの被害を自分が受けることになるのか、わかっているのか。

 

 ……なんてことを、ワイドショーでそういう事件を見た、世の奥様方は、テレビの前で話すんだろう。というか、俺だってそんなテレビ番組を見たらそう考えるだろう。

 

 サチが今抱えている問題も同じだ、と、わかってしまう。

 

 そりゃ例によってたとえ話的に見た状況は全然別なものなんだが……サチが我慢すれば解決してしまう、けど傍から見て、絶対にそれじゃだめだ、いい方向には行かない、と明らかにわかる。

 それどころか……放置しておけば、最悪の事態にまで発展してしまいかねない。

 

 DV云々なら、被害者が大怪我をしてしまったり、最悪……死んでしまったり。

 サチの場合は……無理のあるポジションで活動し続けることで、それが通用しなくなった時に……これ以上はちょっと考えたくないな。

 

「『黒猫団』はそもそもが少数のチームであると聞きました。であれば、個々人の連携を確実・堅実なものにすることは、普通のパーティ以上に重要なことです。そこに、爆弾とも言えるような不安要素を抱えたままにしておくことは、個人の感情も何も抜きにして、問題ではないでしょうか?」

 

「それは……でも、そうしたら前衛が……」

 

「もともと無理のある解決策でその場しのぎをすることを『解決した』と言うことはできませんよ……塩を切らしている時に、見た目が似ているからと言って、砂糖を使ったりしないでしょう?」

 

 ……さっきから変なたとえばっか出てきてる気がするんだが、ナツメの趣味か何かだろうか?

 まあ、言わんとすることはわかるからいいけども。確かに、それ一般的に料理で言えば失敗、うっかりミスの代名詞だし、美味い料理ができるはずないよな。

 

「目を閉じて問題を先送りにしても、開けた時にもっとひどいことになっているのなら、そうすべきではありません。『急がば回れ』ということわざもありますし、本当にメンバーの皆さんのことを考えるのなら、面倒でも自分の意思を伝えて、本当に『月夜の黒猫団』のためになると思ったことをするのが、一番いいことだと、私は思いますよ」

 

「そう、なのかな……? でも、それだと……結局、私は皆の役に立てないんですね……」

 

 そう言って、自分の力不足、戦いに向いていない性格を恥じて、また落ち込んでしまうサチ。

 しかしナツメは、首を横に振って、

 

「それも違いますよ、サチさん。確かに、君自身には、この問題を解決する能力はないかもしれません。けれど……この問題を解決するための『きっかけ』を作れるのは、僕でもキリト君でも、他のメンバーの誰でもない……サチさんだけなんですよ」

 

「きっかけ……? でも、そんな、きっかけくらいで……」

 

「そんな軽く言っちゃダメですよ、サチさん。『きっかけ』がなければ正真正銘、何も始まらないんですから……これから先、『黒猫団』が直面するかもしれない大きな問題を、未然に解決するんですから。もちろん、その為に大きく回り道をすることになるでしょうし、その過程でサチさんが力になる機会は少ないかもしれませんが、それがあるかないか、0と1とでは天と地ほど違います」

 

「そうだよ、サチ。むしろ、それはお前にしかできないんだ……長い目で見て、もっともっと黒猫団の皆の役に立つなら、何も恥ずかしいことじゃないし、迷うようなことでもないさ」

 

 気付かないうちに引き込まれていたのか、あるいは……ここで後押しするのが一番いい、チャンスだと思ったのか……気づけば俺も、ナツメと一緒にサチの背中を押していた。

 

「それに、そういう『回り道』なら……それこそ俺だって力になれるかもしれないしさ」

 

「キリトが? でも、前にも話になったけど、キリトと私達じゃレベルが違いすぎるし……」

 

「直接メンバーに入るとかじゃなくても……ええと、ほら、他に信頼できそうなメンバーを紹介するとか、後は、サチが抜けた状態の『黒猫団』に適した戦い方をコーチしたり……あ、でも俺、友達少ないから紹介は無理かもだけど……」

 

 ……話してる途中であんまり思い出したくなかったことまで口に出してしまって、ついテンションが下がりそうになった。サチが慌てて励まして慰めてくれた。

 

「でも……そうだね。私……皆にもう一度話してみます。今度は、正直に。私自身は何も力になれないっていうか、問題を解決することは出来なくても……それで少しでも、皆の役に立てるなら……私、それでもいいかなって、やってみようって思えてきました」

 

 とうとう決断してくれたらしいサチがそう言う。

 その顔が、さっきまでに比べて晴れやかになっていたような、決意を固めたような風に見えたのは……果たして、俺の気のせいだろうか。

 

「ねえ、キリト、ナツメ先生……『赤鼻のトナカイ』って、知ってる?」

 

「? 赤鼻のトナカイ……ですか?」

 

「一応、知ってるけど……童謡の名前だよな?」

 

「うん。私……この歌、好きなんだ。どんな人でも、きっとそこにいる意味はある……っていうことを思い出させてくれるから。私……なんか、それを思い出しちゃった」

 

 サチは、戦うことは出来なくても、それ以外で、『黒猫団』のために、自分にもできることがある……それを理解できた時に、この歌を思い出したんだそうだ。

 

 ああ、確かに……そんな歌詞だった気がする。

 童謡なんて、もう最後に聞いたの随分前だし……全然うろ覚えだけどな。

 

 さしずめ、サチがその赤鼻のトナカイで、俺かナツメがサンタクロースかな、なんて思ってたら……ナツメが、ふと何かを思い出したように、

 

「なるほど。それじゃあサチさん……『青鼻のトナカイ』って知ってますか?」

 

「「…………え?」」

 

 突然ナツメの口から出て来た、そんな言葉に、俺とサチの声がそろった。

 

 ……『青』鼻? 赤鼻じゃなくて?

 そんなん聞いたことないけど……『赤鼻』のパロディネタか何かだろうか?

 

 横目で見ると、サチもきょとんとして首をかしげている。知らないようだ。

 それを見てナツメは『ジェネレーションギャップかな……?』って、少し落ち込んでいるような、がっかりしているような様子に見えた。

 

「童謡でも何でもなくて、ある物語のある一部のパートに出てくるストーリー、みたいなものなんですけどね。……少し悲しい、けど、とっても大事なお話なんですよ」

 

 ナツメはそう言って、ごくごく簡単に、色々と省きながらだけど説明してくれた。

 

 聞けば、その物語で『青鼻のトナカイ』は、ケガをしていたところを、とあるお医者さんに助けてもらい……それからずっと、そのお医者さんと一緒に仲良く暮らしていた。

 

 けど、そのお医者さんは、実は病気で、もう長くは生きられない体だった。

 

 『青鼻のトナカイ』は、そのお医者さんを治すために、図鑑で見ただけの知識で、どんな病気も治す『万能薬』を作った。

 それを飲んで、お医者さんは『元気になったよ、ありがとう』と言って、笑ってくれた。

 

 けど……素人が何の知識もなしに作った薬が効くわけもなく、お医者さんは死んでしまった。

 

 深く悲しんだトナカイは、そのお医者さんの友達だった、別な医者のおばあさんに、こう教えられる。

 

『万能薬なんてこの世に存在しない。だから医者がいるんだよ』

『誰かを救いたければ、勉強してそれなりの技術と知識を身に着けな』

『じゃなきゃ誰一人救えないんだよ』

 

 厳しい言葉だったが、トナカイはそれを聞いて、そのおばあさんに弟子入りして、医者になることに決めた。救えるだけの知識を、技術を身に着けて、今度こそ救いたい人を救うために。

 自分が、『万能薬』になるために。

 

 なんとなくで、たぶん大丈夫だろう、で選んだ方法で満足してちゃいけない。

 自分にできることがあるなら、それが最善だとわかるなら、遠回りでもどれだけ大変でも、その方法を……本当にとるべき方法を選ばなきゃいけない。

 

 じゃないと……後から大変なことになってからじゃ、後悔してもしきれないだろうから。

 

 なるほど……ね。たしかに、ちょっと悲しくて、厳しいけど……大切なことだな。

 

 初めて聞く話だったけど……サチも、不思議とその話に聞き入っていたようだった。

 自分も、そうならないように、心に刻み込んでいるように見えた。

 

 ……なんとなくで満足しちゃいけない、か。

 俺にとっても他人事じゃないな。忘れないようにしておかないと。

 

 少し前までの……それこそ、ナツメと出会って、肩の荷を下ろす前の俺だったら、何か間違っていたかもしれない。あの頃の俺は……余裕がなかったから。

 

 コーチとしてだけど、『黒猫団』の皆と一緒にいる間の時間は……俺にとって、すごく居心地がよくて安らぐものだった。さっきも言ったけど、最近、前線をソロで駆け抜けていることに疲れを感じていたところだったから、というのもあるかもしれない。

 

 もしかしたら……レベルを偽るか何かして、『黒猫団』に入って一緒に戦っていって……なんていう日常の過ごし方を選んでいたかもしれない。

 

 お互いのためにならないとわかっていながら……『なんとなく』『なんとかなるだろう』で、一時の感情で、居心地のいい方を選んで、目先の問題を先送りにして……そのまま……もしかしたら、取り返しのつかない失敗をしていたかもしれないのだ。

 

 うん。肝に銘じよう。

 

 …………それはそうと、さっきの話を聞いてて思ったんだが。

 

「なあナツメ? さっきの話……結局トナカイの『青鼻』の部分の意味が特に出てこなかった気がしたんだけど……」

 

「……ああ、すいません。本題の部分と関係ないのですっ飛ばしました」

 

「おい……」

 

 がくっ、と脱力する俺。苦笑するサチ。

 『やっちまったぜ』的なジェスチャーをしておどけるナツメ。

 

 気が付けば、重苦しい空気はどこかに行っていた。

 

 

 

 その数日後、勇気を出して『黒猫団』の皆に自分の本心を告白したサチは……剣と盾での前衛でも、槍での中衛でもない、全く別な形で……陰ながら『黒猫団』を、

 いや、ほかのプレイヤー達をも含めた、色々な人たちを支えていく道を選んだのだが……それについては、また今度ということで。

 

 

 

 




作中に出て来たたとえ話とか心理分析については、作者はあんまり深く考えて書いていません。おかしいんじゃないか、っていう点があっても軽く流してくれるとありがたいな、とか思ったり。

あと、ジェネレーションギャップも極端な例というか使い方ですが、割と実話とか実感入ってたりします。
去年、新採でうちの職場に入ってきた後輩は『スラムダンク』を名前すら知りませんでした。マジか……マジか……

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