ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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第72話 絶剣と、真実と、一筋の光

 

 

Side.アスナ

 

「それ……マジ、なの?」

 

「ユウキさん達が……そんな……!」

 

 場所は、いつものログハウス。

 

 そこに、こないだ27層ボス攻略の時の『合戦』に参加した、私と仲のいいメンバーが……全員じゃないけどそろっていた。デュークさんとか、都合が悪い人はいない。

 

 そしてそこで、私は、この数日の間に明らかになった事実を、皆に話していた。

 

 

 

 ユウキ達と連絡が取れなくなってから――正確には、一度だけシウネーさんが私に会いに来て、協力のお礼にって、自分達の装備とアイテム全部を渡そうとして来たんだけど、断ったし――私はどうにかして彼女たちに連絡を取りたかった。

 

 けど、メッセージを送っても何も反応はなし。そもそも、いつログインしても、フレンド登録欄の表示が灰色になってて、『ログインしていない』という状態だった。

 

 もうこのまま会えないのかな、と思っていた私に、キリト君が、多分だけど、って自分が調べた『ユウキがいるかもしれない場所』を教えてくれた。

 日本ではまだ少ない、『メディキュボイド』という医療機械を導入している場所だから、って。

 

 そこには、首都圏から地方まで、いくつかの病院の名前と住所がテキスト形式で羅列されていて……その中には、たしかナツメ先生とデュークさんが務めているはずの、『聖都大学附属病院』も含まれていた。

 

 私は、休日を利用してその病院を回り……その3つ目、『横浜港北総合病院』で、ついに彼女に……ユウキこと、『紺野(こんの)木綿季(ゆうき)』に会うことができた。

 

 そして同時に……ある残酷な真実をも、知ることになった。

 

 『アスナ』が来たら案内してほしい、と言われていたらしい、ユウキの主治医である、倉橋先生から聞かされたのは……一言で言えば、彼女の状態である。

 

 無菌室だという部屋で、ガラスの向こうにいる彼女は……一目見てわかるくらいにやせ細っていた。健康的という表現からは程遠い状態で……SAOに二年間、そのあとALOに3ヶ月捕らわれていた私が目覚めた直後よりも、程度としてはもっと酷かったように見えた。

 

 その彼女は、頭のほとんどを覆うほどの大きさの、直方体の、ベッドと一体化した機械『メディキュボイド』を装着しており……24時間、仮想空間にダイブしている状態だという。彼女の体を蝕む病の苦痛から、痛覚等をキャンセルして逃れるために。

 

 『後天性免疫不全症候群』。通称、AIDS。

 今もなお、有効な治療法が存在しない、不治の病。

 

 出産時の大量出血のために輸血が施され、その輸血パックがウイルスに汚染されていたことによる感染。しかも運の悪いことに、そのウイルスは、治療に使われる薬が効きづらい『薬剤耐性菌』だったらしく、投薬治療もあまりうまくいかなかったそうだ。

 

 HIVのキャリアであることが知られ、元いた学校に居れなくなっても、彼女は周囲に心配をかけまいと明るく振舞い、また恨み言の1つも言わなかったそうだが……今からおよそ3年半前、とうとうAIDSを『発症』してしまい、それからずっとこの無菌室にいるらしい。

 

 AIDSは、その名前の通り、免疫機能が上手く働かなくなる病気だから……通常であれば、体の機能で退治してしまえるウイルスなんかに簡単にかかってしまい、それがさらに悪化してしまうため、完全にウイルス等の存在しない無菌室でしか治療を続けられないのだ。それも、たくさんの薬を使う、決して楽とは言えない、苦しい治療を。

 

 幸いだったのは、その頃臨床試験のはじまった『メディキュボイド』を使うことができ、ユウキは苦痛とは無縁の状態で治療の日々を送ることができた、ということだろうか。

 

 メディキュボイドは言わば『医療版ナーヴギア』とでも言うべき物だ。ナーヴギアやアミュスフィアよりも強力な電子パルスにより、本来ならカットできない体からの痛みなどの信号を完全にカットするため、麻酔も何もなしで治療を継続でき、本人は仮想空間の中で悠々と過ごせる、という代物。だからこそ、ユウキはあんなふうに、笑っていられたんだろう。

 

 ……痛みがなくても、辛く苦しい日々であることには違いないはずなのに。

 

 ユウキは、3年半前に病を発症した。

 

 2年前にはご両親が、1年前には……お姉さんが亡くなった。

 そして、彼女の病状も……もうそろそろ、末期に差し掛かるか、というところまで来てしまっているらしい。

 

 幸いと言っていいのか、1年と少し前に認可されたある新薬によって、病状の進行については劇的に改善し――といっても、進行が遅くなっただけで、治療が進んだわけではないらしいけど――もしそれがなければ、今頃はユウキの病状は、文句のつけようもない末期だったそうだ。

 

 しかし、倉橋先生と、他の先生たちが合同で下した診断では、このままいけば……ユウキはもう、もって半年あるかないかだという、どうしようもない事実がそこにあって……私はそこで、彼女がどんな思いで私の目の前から姿を消したのかを、ようやく知ることになった。

 

 無菌室のガラスの前で涙が止まらなくなった私に、ユウキが『泣かないで』と呼び掛けてきて……その後、病院の『アミュスフィア』を借りてダイブし、久しぶりにALOでユウキに会った。

 

 そこで私は、ユウキから……今まで彼女が隠していた、隠してくれていた事実を聞かされた。

 

 元々『スリーピング・ナイツ』は、あるバーチャルホスピスで知り合った、同じ難病患者の人達が集まって結成されたギルドであること。その初代リーダーは、ユウキのお姉さんである『ラン』という人で、自分よりも強い人だった、と、ユウキは楽しそうに話していた。

 

 そうして、皆で色々なVRゲームを渡り歩いてきたらしいけど……それも、終わりが近づいていた。

 

 現在6人の『スリーピング・ナイツ』だが、元々は9人いたらしい。

 しかし、病によって命を落とし……『ラン』さんを含む3人がすでにいなくなっていた。

 

 さらに今、もって半年以内か、あるいはもっと短いかもしれない、と言われているメンバーが、『スリーピング・ナイツ』には3人いるらしい。

 それが、彼女たちが解散する……そして、私を拒んだ本当の理由。

 

 もうちょっとギリギリまで、という案も出たらしいんだけど、症状や治療法の関係で、それも難しいそうで……。

 

 ならせめて、最後に爪痕を残そう。自分達がここにいた、生きていたという証を残そう、と考えて……そこから先は、私が彼女達と出会うことになった、あの出来事につながるわけだ。

 

 

 

 ユウキから『アスナが信頼できる人になら話していいよ』と許可はもらった上で……私はこの事実を、こうして今、皆の前で話した。

 

 その理由は……彼女が残りわずかな命だというなら、せめてそのわずかな時間を、思いっきり楽しく過ごしてもらいたいから。

 その為には、皆に理解してもらって、助けてもらわなきゃいけない、と思ったから。

 

 彼女は言った、学校に行きたい、と。

 なら、彼女を学校に連れていこう。

 

 直接行くことはできない。けど、方法はいくらでもある。

 キリト君が研究してた、ユイちゃんを仮想空間の外に連れ出すための……何とかプロープ、っていう機械を使えば……誰かが持ち歩く必要はあるけど、それもできるはず。学校への持ち込みは、クラディール先生にちょっとだけバックアップというか、職権乱用してもらおう。

 

 旅行にも行きたいと言っていた。

 なら、連れていこう。この際だ、仲のいいメンバー全員で……それこそ、希望するなら『スリーピング・ナイツ』の面々も一緒に。京都とかいいんじゃないかな、案内できるし。

 

 美味しいものが食べたい……これは流石に現実では無理だけど、今はVRMMOにも、美味しい料理が食べられるゲームや、自分で作れるゲームすらある。何でも付き合おう。

 

 その他にも、彼女がしたいことがあるなら、全部手伝ってあげたい。彼女に、最後の最後の瞬間まで、思いっきり人生を楽しんで……いい思い出を残してもらいたい。

 

 だから……そのために、みんなの力を貸してください。

 私はそう言って、誠心誠意頼むために、深々と頭を下げ……る前に、大合唱が巻き起こった。

 

「よっしゃ任せろアスナさん! この漢クライン、全面的に協力するぜ!」

 

「何頭下げたりなんかしようとしてんのアスナ! 水臭いってのよあんたはもー!」

 

「そうですよアスナさん、遠慮しないでどんどん私達を頼ってください! ね、ピナ!」

 

「いい話じゃねえか……ここで二の足なんぞ踏んだら、江戸っ子の名折れってもんだ」

 

「ALOのことならまっかせて! 私はユウキちゃんほど強くもないけど、これでもALOの古参プレイヤーだからね。隠れた穴場とか、まだまだ色々知ってるよ! 何だったら、サクヤとかに協力要請する相談だってさせてもらうし。ね、ヨルコさん?」

 

「へっ!? あ、は、はい、もちろんです!」

 

「そうね、皆それぞれの得意分野で……あー、でもGGOはさすがに刺激強すぎるかしら?」

 

「かわいい女の子のためなら何だってやってやるさ! なあ、サチ、皆!」

 

「うん……でもダッカーはちょっと落ち着こうね、万が一ユウキちゃんとか、そのお友達に、迷惑とか負担掛けたら……」

 

「その時は我々で責任もって処すから心配するな。な、テツオ、ササマル」

 

「「応」」

 

「怖えーよ!?」

 

「そうなれば今から動くべきだな……校内への通信機材類の持ち込みは……まあ、きちんと手続きすれば大丈夫だろう。何だかんだうちの学校は緩い部分もあるからな、そのあたりは任せてくれ」

 

「なら、私達は……ユウキちゃんの、現実で以外の希望を叶えられるようなVRゲームを探してリストアップしてみるのはどうかしら、グリムロック?」

 

「それがいいと思うが……手こずりそうだな。聞けば、数多のゲームを渡り歩いてきた玄人だというし、彼女たちがまだ知らない、かつお眼鏡にかなうVRか……さしあたり、料理系かな?」

 

 

「皆……!」

 

 ぽん、と、私の肩に手が置かれる。

 その反対側の肩に、すとん、と、小さい何かが着地したような感触がする。

 

「な、言ったろアスナ? こいつらなら、何も心配なんていらない、ってさ」

 

「私のためにパパが研究してくれたツールが役立てるなら、私も嬉しいです! いっぱいいっぱい、楽しい思い出を作りましょうね、ママ!」

 

「うん……うん……!」

 

 キリト君とユイちゃんがそう言ってくれたのが、そして皆が快く……むしろ、やる気満々で乗ってくれたのがすごくうれしくて、私は涙をこらえられなかった。

 

 そんな私の頭に、ぽん、ともう1つ、手が置かれる。

 

「……前に、言ってたわね、アスナ。誰かを支えられる人間になりたい、って」

 

「あ……えっと……」

 

「本家の連中が、転校の話を持ってきた時だったかしら? あの時は、見事に啖呵を切って見せたな、と思ってたんだけど……なるほど、本気だっていうことが、改めてよくわかったわ。もちろん私も応援するから……思いっきりやりなさい、アスナ」

 

「……お母さん……ありがとう……!」

 

 小さい頃を思い出してほっとする、頭を撫でられる感触に……あんまりかわらない身長で、同じ高さで見てくれるお母さんの優しい目。

 一言一言から、私を理解してくれて、その上で応援してくれてるんだ、ってことがわかった。

 

 皆の気持ちが嬉しくて、胸があったかくて、いっぱいになって……何も言えなくなっている時に……ふと、気づいた。

 

 どうやってユウキ達を楽しませようか、一緒に楽しもうかと、皆が考えてくれている中で……ただ1人、テーブルに座って、難しい顔で何かを考えこんでいる様子の、ヨルコさんに。

 

「……あの、ヨルコさん? 何か、気になることでも……?」

 

「え? あ、いや、すいません……も、もちろん私も賛成ですし、ばっちり協力しますけど……何か、忘れてるというか……ちょっと今、思い出しそうになってて……」

 

「……?」

 

 忘れてる……って、ユウキ達や、この件に関係することで?

 それとも、個人的なことだろうか? ……それすらわかっていない可能性もあるけど。

 

 まあ何にしても、今は邪魔しない方がいいかな……協力はしてくれるって言ってるし、それでもう十分すぎるくらいにありがたいもの。

 

 

「えっと、たしか……この間のオフ会で……ナツメ先生が、そう……」

 

「クラインさんが、あれ、エギルさんだったかな? ガ○ダムがどうこうっていう話題になって……男の子グループがそれに乗っかってたっけ。けど、私あんまりわからなくて……ロボットバトル系のVRMMOが近々始まるから、皆でやってみないか、っていう話になってのは覚えてる……」

 

「『ダブ○オー』がどうこう……そこで、そうだ、再生医療がなんとかって言ってたんだ。腕がなくなっちゃっても生やせる技術が出てきて、そういうの現実にできるのかってナツメ先生に……」

 

「それで、ナツメ先生がその時……」

 

 

 ☆☆☆

 

 

「あー、できないことはないですよ? 理論上は。ただ、人の体ってのはデリケートですからね……外からの働きかけでできた、あるいはくっつけたり、埋め込んだりしたものを、拒絶反応なしに維持させるってのがまずもって難しいんですよ」

 

「ああー、それは聞いたことあるな。確か、臓器移植とかする時も、免疫抑制剤? とかいうのを投与するんだろ? 他人の臓器だから、そのまま放っとくと、免疫機能が拒絶反応を起こすって」

 

「んだよエギル、詳しいじゃねーか」

 

「ははは、たまたま医療ドラマで見ただけだけどな」

 

「でもそれって、要するに拒絶反応がないように、免疫機能そのものを抑制するんだろう? そんなことをして、他の問題が出てこないのかい? 字面だけ見ると、病気にかかりやすくなるとか、副作用がありそうなんだが』

 

「ええ。グリムロックさんの言う通りです。感染症や悪性新生物の拡大の防止といった機能を一部とはいえ阻害してしまうので、使用には注意が必要な薬ですね。それでも現在、副作用の存在しない免疫抑制剤は存在しませんから、注意して使わなきゃいけない、というのが現状です」

 

「危険でも使わなきゃいけないってのが、抗がん剤もそんな感じらしいな。現代の難病治療の難儀なところってか……なー先生よぉ、早くあの宇宙世紀みたいに便利な医療技術作ってくれよー」

 

「あの世界だって色々と医療分野に枷はあったと思いますよ? ストーリーの本筋と関係ないから描写されなかっただけで……治癒を阻害する粒子とかありましたし」

 

「……そういや、それそのものが症状としてある病気ってあったよな。AIDS、だったか」

 

「ああ……後天性免疫不全症候群、だったかな、正式名称は」

 

「ええ、それも免疫機能が阻害されるので、様々な感染症にかかりやすくなってしまう病気です。加えて、AIDS自体も、脳症などの症状を発生させますし……現在、発症や進行遅延のための薬はあっても、根治させることができる薬が存在しないので、いわゆる『不治の病』と言われてますね」

 

「怖ぇ話だよな……要するに、体の中にバイ菌が入ってきても、免疫がねえってことは、何もできずに好き放題されちまうんだろ? 無菌室に閉じこもって治療するしかないらしいって聞いたぜ」

 

「投薬治療による免疫不全と違って、調整も何もなく、ただ免疫が弱くなるというのは、そういうことなのだろうね……それに私が聞いた話では、輸血などで小さな子が感染してしまうケースもあるらしいし……しかも、その輸血パックの汚染も、現代の技術では見つけられないとか」

 

「マジかよ……小さい子がそんなことになるなんて、かわいそうにも程があるだろ……なあ先生、その病気の研究って一応続けられてるんだろ? 治せるようになる見通しとかねーのかよ」

 

「あのなクライン……気持ちはわかるが、もう何十年も前から研究が続けられてきて、今も不治の病なんだぞ? そう簡単に……」

 

「……まあ、なくもないんですけどね」

 

「「「あるのか!?」」」

 

「これは最近……といっても数年前ですが、明らかになった学説で、遺伝子構造上、AIDSに耐性があり、発症しない人がいるっていうことがわかってまして、それを医療技術に汎用性のある形で応用できれば、感染予防や、ひょっとすると病気そのものの治療……体内のウイルスの根絶にもつながるんじゃないか、っていう可能性が示唆されてるんですよ。実際、骨髄移植等でAIDSが寛解したケースもありますし……まあ、万人に使える方法ではないので、現状それを『治療法』と呼ぶのは難しいんですが」

 

「マジかよ! すげえじゃん!」

 

「いや、しかし……その理屈だと、遺伝子をいじる必要性が出てくるんじゃないのかい? それの方がよほど危険だと思うんだが……」

 

「何ィ、どういうことだよ先生!? 医療ミスかおい!?」

 

「落ち着けクライン、つかお前もう飲むのやめろそろそろ。酔ってんだろ。ほれ、水のめ」

 

「おう、ありがとよエギル……zzz」

 

「あ、潰れた。……まあいいか。確かに、後天的に遺伝子そのものをいじろうとしたらそりゃ危険ですけど、その遺伝子によってもたらされる作用だけを狙って起こせれば、危険も少なく治療につながるんじゃないか、と目されてるんですよ。具体的には……さっき丁度話してた、再生医療の話につながってくるんですけどね? 万能細胞って知ってます?」

 

「何にでも変化できる細胞、ってことくらいだな。患部に注入することで、その周辺の細胞と同じ細胞に変異して、欠損を補填できるとか何とか……まあ、これも医療ドラマの知識だが」

 

「大体それであってます。あるいは、人工皮膚とかをあらかじめそれで培養して作って移植する、とかいうのですね。その際、患者自身の細胞を採取・培養して作ると、元が自分の細胞だから拒絶反応も起こりにくいですし。で、その万能細胞に、AIDSに対する耐性を元々持たせた上で移植することで、それを体内で馴染ませて……っていうやり方で治すんです。直すというか、どっちかっていうと体質改善に近いのかもしれないですね」

 

「なるほどな……所々分かんなかったが、もしそれが可能なら夢のある話じゃねーか」

 

「聞く限り、かなり壮大なプロジェクトのようにも思えるが……実用化の見通しは? 技術の確立のめどみたいなものはもう立っているのかい? いつ頃から使えそう、とか……」

 

「んー、早くて…………来年とか?」

 

「「思ったより早いな!?」」

 

「といってもまあ、学会で発表して医療行為としての認可降りて、色々法整備進んでからになるでしょうから、保険適用して『実用化』されるのはまだ先でしょうけど……技術の確立や、上手くすれば臨床試験の開始くらいならなんとかなる可能性もありますよ。もう今の段階で、色んなところからすでに注目してもらってますし……今度、年明けのアメリカの学会で発表するので、そこでいい評価貰えればもしかしたら……ああでも、日本には頭の固い権威者が多いから、どうかなー……」

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

「あああぁぁああ―――――っ!」

 

 

 

「「「!!?」」」

 

 今まで静かに思考していたヨルコが、突如絶叫して立ち上がったことで、その周囲にいた者達全員、『なにごとだ』と驚いて話を止めた。

 

 直後、当然その視線は彼女に集中するが……ヨルコはそれを気にもせずに、記憶の中から引っ張り出したあの場面にいた人物達の元に駆け寄る。

 クライン、エギル、グリムロックの3人のところへ。

 

「クラインさん、エギルさん、グリムロックさん! お、思いだしました! あ、あの話!」

 

「は? あの話……って何だよ?」

 

「オフ会の時の話ですよ! ほらガン○ムの!」

 

「ガンダ○って……いやヨルコ、何で今ロボットアニメの話になるんだ?」

 

「ユウキちゃんって○ンダム好きなのか?」

 

「ガ○ダムなら、私達よりクラディールさんの方が詳しいが。世代的に」

 

「違います! ガンダム○の話じゃなくて! その時にほら話した……ナツメ先生の! 万能細胞とか遺伝子とか、再生医療……ほら来年、っていうかもう今年ですけど……ナツメ先生が研究してるっていう、AIDSを治せる可能性があるっていうアレ!」

 

「「「…………!?」」」

 

「「「…………あぁ!!」」」

 

 一拍遅れて、当時酒が入っていた3人も、あの時の会話を思い出す。

 そう言えば、そんなことを話した。言っていた。ナツメが。

 

 詳しいことはまだ虚ろだが……去年のオフ会で、確かに彼は言っていた。

 

 今現在、AIDSやその他の様々な難病を根治させうる医療技術の研究を進めていると。

 それが、上手くすれば来年――すなわち、もう今年だ――使えるようになると。

 

 

「……え? え?」

 

 

 突如として噴き出した、先程までとは全く別な方向の話に……今しがた感動したばかりのアスナが状況を把握するには、少し時間が必要かもしれなかった。

 

 

 この後、先程までとは別な理由で、この場の全員が騒然となったのは言うまでもなく……

 

 

 ☆☆☆

 

 

 同時刻。

 アメリカ、ボストンのとあるシティホテルの一室。

 

『とまあ、今ごろ、あるいは遠からずそういう話が出てくるだろうから、事前に連絡しておいた』

 

「なるほど、ね……末期目前のAIDSの患者さんか。しかも、僕と兄さん、両方に関わりがある形とは……まるで誂えたような状況ですね」

 

『そういう言い方は誤解を招くぞ。情を抜きにしても、我々にとっても無関係とは言えない話だ。十分なメリットもあるし、今後のことを考えれば、関わる価値も理由もあると私は考えるが……どうする?』

 

「こればっかりは、情だけで動くわけにはいきませんから、色々検討が必要になりますね……色々考えてみますから、資料を『ピロン♪』……ああ、今ファイル送信いただきましたようで」

 

『目を通しておいてくれ。やるからないかはともかく、正式な『候補』の1人として、名前は当初から上がっていたクランケだからな。遠からずアスナ君あたりから連絡が入るだろうし、その時に話が早く済むだろう』

 

「それは……『ピリリリリリリ!!  ピリリリリリリ!!』……ああ、もう来たみたいです。とりあえず兄さんの方からも話聞いてみてくださいよ。あと、奏一郎兄さんにも話通しといてください」

 

『今やってる仕事が終わったらな。今度は……『それ』がメインの仕事になりそうだしな』

 

 ―――プツン

 

 パソコンを使ったテレビ電話を切り、画面からデューク……もとい、兄・西神龍馬が消える。

 

 それとほぼ同時に、鳴り響いているスマートフォンを手に取ったナツメ……もとい、弟・西神千里は、画面に表示されている『国際電話』『着信:アスナ』の文字を見て、やっぱり、と苦笑する。

 なお、その画面の端には『AM1:06』という時刻表示がついていたりする。

 

(日本は今15時か……時差忘れてんのかな? いや、あえて無視してかけて来た可能性もあるか……彼女、割と勢いで突っ走るし。兄さんは確信犯でかけて来たけど)

 

 まあどっちでもいいか、と『通話』をタッチすると、すぐに聞きなれた声が聞こえて来た。

 

『あっ、繋がった!? あ、あの、ナツメ先生……えっと……』

 

「こんばんは、アスナさん。こんな時間に何の御用ですか?」

 

『や、夜分にすいません……でも、どうしてもすぐにお話ししたいことがあって……』

 

 一拍、

 

 

 

『お願いします、ナツメ先生……私の、私の友達を……助けてください!』

 

 

 

 


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