ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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今回多分、ほぼ説明回? な上、本作品で一番説教くさいかもしれません。長いし。

加えて、ナツメ独自の価値観や解釈、矜持などが入ってきますが、あくまでフィクション作品の中の表現の一環です。特定の宗教その他を否定するものではありませんことをあらかじめ申し添えます。

駆け足でストーリーが進みます第73話、どうぞ。


第73話 その男、外科医につき

 

 

Side.アスナ

 

 ここ最近、状況の急展開具合がすごい。

 いや、いい意味でなんだけどね? 少なくとも今回は。

 

 けど、流石に戸惑うというか……何て言えばいいのかな? 覚悟完了したところに、その覚悟がいらなくなるかもしれない情報、というか状況がもたらされて、けどやっぱり確実性はないから、覚悟は多少なり持っておいた方がいいというか……

 

 ともあれ、ひょっとしたら奇跡が起きるかもしれない、という所に……私の友達は今、立っています。

 

 

 

 数日前、皆にユウキのことを明かしたあの場で……ヨルコさんが思いだした、1つの情報。

 

 曰く、ナツメ先生がリアルで……AIDSを完治させうる医療技術を研究していて、それが今年、早くも使えるようになるかもしれないという。

 

 正直、その時は『まさか』って思っちゃったんだけど……お酒の席でした話みたいだし、大げさな話なんじゃないか。って。

 ヨルコさんには、ちょっと悪い言い方かもしれないけど……中途半端に希望を持たせて、やっぱり駄目でした、なんてことになっちゃうと……その分、落胆も大きいだろうし。

 

 けど、一応ユイちゃんに調べてもらったら……どうも、本当である可能性がでてきた。

 

 ネット上にあげられている情報には限りがあるけど、それでも、いくつかヨルコさんの話と整合性が取れる情報が載っていて、根拠資料もいくつか見つかった。さすがに専門的な情報や、確信に至るようなそれはなかったけど……少なくとも、ユイちゃんが知ることができる範囲では。

 

 ナツメ先生が前々から研究していたっていう、万能細胞を利用した再生医療の技術、そしてそれを応用することにより、様々な難病治療が飛躍的に進歩する可能性。

 

 気が付いたら私は、時差も無視して――アメリカ夜中だった――ナツメ先生に電話をかけていた。

 

  

 

 そこから、驚くほどとんとん拍子に話は進んでいった。

 

 というのも、元々ユウキは、今回ナツメ先生が提唱した治療法の臨床試験者の候補として、最初から名前がリストに上がっていたらしい。

 

 AIDSの患者であることに加え、彼女は『メディキュボイド』を使っている。

 そして、メディキュボイドの開発には……デュークさんが携わっている。

 

 ユウキはまだ『メディキュボイド』が臨床試験の段階だった頃から、言わばテスターとして開発に協力してきているため、今回もその縁で、VR技術と医療の併用が考えられる、ナツメ先生の学説の臨床試験患者として名前が挙がっていたそうだ。

 

 つまり、放っておいてもナツメ先生かデュークさんから、この話は来ていたんだろうか……いや、それは今はいい。

 

 ともあれ、ナツメ先生に相談した後、すぐに事態は動き出した。

 

 デューク先生を通して、横浜港北総合病院の倉橋先生に、そこからさらにユウキに話が行って、今回ナツメ先生が提唱した治療法について知らされ、臨床試験の実施が打診された。

 

 ユウキは、いまいちよくわかってなかったみたいだけど……とりあえず話を聞いてみる、ってことになって、倉橋先生と一緒に、ALOでその治療法についての説明をすることになった。

 

 場所は、デューク先生のプレイヤーホーム。

 その、なぜあるのか今までわからなかった『講義室』。

 ……こういう時のための部屋なのかしら、この、大学の授業するみたいな部屋。

 

 そこに、当事者であるユウキや倉橋先生に加え、私やキリト君といった友人枠の一部、そして、説明を行う当人であるデューク先生と……その他に、もう1人。

 

 がっしりした体格の『ノーム』のプレイヤーで、顔もかなりお年を召した感じの……クラディール先生よりは下だろうか、ってくらいの見た目。それでいて、サラマンダーのユージーン将軍と同じくらい、筋骨隆々とした『武人』って感じのイメージがするというか。

 

 名前は『ワイズマン』。

 リアルの本名は『西神奏一郎』……ナツメ先生とデューク先生の一番上のお兄さんであり、2人と同じように、当代屈指とまで言われる凄腕の外科医の1人だそうだ。

 

 今回の治療、もし行う場合は、ナツメ先生、デューク先生、そしてこのワイズマン先生の3人が合同であたることになる見通しであるため、まだ帰国してないナツメ先生に変わって、この2人が説明を行うらしい。

 

 ちなみに……こないだ聞いた通り、この3人は医療界では相当なビッグネームであるらしいので……倉橋先生が滅茶苦茶緊張していた。『メディキュボイド』の関連で、何度かデューク先生とは会ったことがあるらしいんだけど……なるほど、彼からすれば、業界の超大物だもんね。

 

 まだまだ平社員か、係長クラスの人が、いきなり会社の執行役員クラスの人たちが集まってる場に呼び出されたりしたら、あんなふうになるのかもしれない、っていう感じだった。

 

 そして……その緊張がさらに高まると言うか、ピークに達するんじゃないか、っていう瞬間が、というか人物がついに訪れた。

 

 『講義室』の扉が開き……私たちにとっては見慣れた、しかしここ最近はずっと見ることのなかった人物が入ってくる。ユウキを助けてくれるかもしれない、その人が。

 

「お待たせしました。いやー……荷ほどきに予想外に時間がかかりまして」

 

「遅いぞナツメ。資料はできているんだろうな?」

 

「もちろんですよ、ワイズマン兄さん。ああ、どうも……仮想空間で失礼しますが、僕はナツメ……ああっと、リアルネームが『西神千里』と言います。倉橋先生ですね?」

 

「お、おおお、お会いできて光栄です、西神先生! 紺野木綿季君の主治医として今回参加させていただきます、倉橋と申します」

 

「はい、よろしくお願いします。それと……君が『ユウキ』君ですね?」

 

「あっ、はい! えーと……よ、よろしくお願いします!」

 

 つい数十分前に帰国したばかりのナツメ先生は、状況が状況だからか、さすがにちょっと緊張気味のユウキと握手しながら、いつも通りにっこり笑っていた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

【2026年1月26日】

 

 あぁー、一か月ぶりの日本! 我が家! 落ち着く!

 英語じゃなくて日本語が耳に飛び込んでくるこの感じ……やっぱいいわぁ。

 

 いやあ、向こうでは独り言と国際電話以外は基本英語だったからなあ……。

 つい迎えに来てくれたデューク兄さんに、車ン中で英語で話しかけちゃったもんな。そしたらドイツ語で返されたけど。

 

 あと、食べ物。アメリカのビッグサイズなハンバーガーとかも美味しかったけど、やっぱ1ヶ月も日本離れてると、日本食が恋しくなるんだよね……行きつけの店のが特に。

 寿司、天ぷら、海鮮料理、ジャンクフードやB級グルメなんかも。和食以外も混じってるな。

 

 が……ひとまずそれは後回し。

 今は……目の前の仕事、というか、患者が最優先だ。

 

 アスナさんが涙声で『助けて』って頼みこんできた、あの女の子を助けることを、まず考えないとね。

 

 

 

 名前は、『ユウキ』ちゃん。

 本名は、『紺野木綿季』。14歳。

 

 『横浜港北総合病院』に、3年半前から入院して『AIDS』の治療を行っている女の子で、龍馬兄さんが開発に携わった『メディキュボイド』の臨床試験時代からの被験者。正式稼働までに多くの有用なデータを提供してもらった実績あり、か。

 

 それもあって、今回の臨床試験の候補者として最初からリストに上がってた。

 

 加えて、ユウキちゃんは覚えてなかったようだけど、兄さんは一度彼女に会ったことがあったため、彼女のことを覚えていた。もっとも、それはVRじゃなくて現実世界でだから――しかもユウキちゃんはメディキュボイドでダイブしている状態でカメラとマイク越しに――すぐにはわからなかったらしい。

 

 けど、『ユウキ』っていう名前に加え、『アミュスフィア』ではちょっと難しいレベルの反応速度で動くっていう話、そして、もうじきギルドを解散する――しかも不本意な理由らしい――という話を聞いて、『もしかして』とは思っていたようだ。

 

 だからどうってわけじゃないが、そんな彼女とアスナさんにつながりができて、さらに僕は以前、酒の席でクラインさん達に今やってる研究について、ごく簡単にだがぽろっと漏らしていた。

 だから、その話を聞いて、アスナさんが僕に助けを求めるところまで予想して、デューク兄さんは前もって患者のデータを、まだアメリカにいた僕に送信して、チェックさせた。

 

 で、症例の研究や治療法の実践に適した容体の患者である、という部分が確認できたので、医者として、仕事として彼女の治療に携わる、という選択肢を取れるようになったわけだ。

 

 冷たいことを言うようだけど、ただ知り合いの頼みだからっていう理由で、手順も建前も何もかもほっぽって手を差し伸べられるわけじゃないからね……ましてや、まだ日本で未認可の技術に。

 

 正直、こうしてユウキちゃんに治療をこれから施すのだって、臨床試験っていう建前をもってしてなお、ギリギリなところをいくつもパスしなきゃいけないし……まあ、そこはこっちで色々と、裏道とか用意した上でどうにでもするが。

 

 ……さて、ちょっと話がそれたな……過程はともかく、まずは治療についてだ。

 

 まず状況というか、彼女の容体を確認するけど……彼女は、AIDS自体が末期に片足突っ込んでいるレベルなのに加えて、免疫機能の低下が原因で、複数の感染症を併発してしまっており、それらも並行して治療しなければならない。

 

 そしてそれには、普通の治療法、というか手順では、絶対的に、絶望的といってもいいほどに時間が足りない状態だ。

 

 仮に何かの薬で速攻でAIDSのウイルスを死滅させたとしても、今発症している症状を改善させ、さらに他の感染症を何とかしない限り、そっちのダメージでユウキちゃんの体は蝕まれる。

 そして、それらを正攻法で完治させるだけの時間がもうないのだ。

 

 低下していた免疫機能を回復させ、肉体を回復させ、さらに治療を継続していき、全ての感染症を根治させる……それまで、彼女の体は、恐らくもたない。

 

 聞けば、もう既に3年間、『メディキュボイド』を使って仮想空間にダイブしっぱなしだって聞いたからな……僕らSAO生還者の1.5倍か……それだけの期間寝たきり状態で、体を保たせてるんだから、倉橋先生をはじめとした病院の人達の真剣さ、献身ぶりが想像できるというものだ。

 

 しかしそれもあって、最早ユウキちゃんには時間は残されていない。

 可及的速やかに、病状を改善させ、同時進行で身体機能を回復させる必要がある。

 

 そのために、僕が今回アメリカの学会で発表して評価された内容を元にした、全く新しい……というより、完全に力技そのものといった感じの治療法を使う。

 

 その名も……『ホロウ・フラグメント療法』。略して『HF療法』。

 

 僕が開発した万能細胞の一種である『ホロウ細胞』の性質を使った治療法だ。

 

 どっちも名前の由来は……SAOで、75層のボス戦が間際に迫った時期にあった、ある出来事に由来してるんだが、それはまた機会があれば、ってことで。

 

 『ホロウ・フラグメント』の意味は確か、『隙間を埋める』とか『足りないものを補う』っていう感じだったと思うので、そこから名付けた形になる。

 

 『ホロウ細胞』は、よくある万能細胞と一緒で、患者の細胞を培養して作るものなんだが、独自の性質として、いくつかある培養方法と、使用する薬品成分から最適なものを選んで組み合わせることで、自在に……とまではいかないが、特定の疾病に対する高い抵抗力をあらかじめ持たせることができる、というものがある。

 

 今回の例で言えば、ユウキちゃんの細胞をちょっともらって培養するわけだが、その段階で……細かい方法とかは専門用語が10や20じゃ利かない数出てくることになるので省くが、あらかじめAIDSに耐性のある性質を持たせる。

 

 この性質、及びそれをもたらす物質のことを、僕は『対抗適応因子』と呼んでいる。

 

 ユウキちゃんの細胞から作る『ホロウ細胞』には、培養段階で、AIDSだけでなく、彼女が併発している、サイトメガロウイルス症と非定型抗酸菌症の『対抗適応因子』をも作成し、それを組み込んだ、治療用の『ホロウ細胞』を作り出す。

 

 そして、その細胞をさらに『二次培養』し、神経細胞や筋肉細胞など、様々な種類の細胞に分化させて大量に用意し、それらを彼女の体に同時に投与して馴染ませ、分裂させて増殖させる。

 

 その過程で、『ホロウ細胞』の性質が徐々に体の他の細胞にも、感染するように広がっていく。

 その内部に含んでいる『対抗適応因子』の性質も、もちろん一緒に。

 

 そうして、やがて彼女の体そのものというか全体が、病気に対して、後天的に耐性を持つように作り替えていく。全身のあらゆる細胞が、病気に対して強い抵抗力を持つものに変わるように……時間をかけて、細胞の全取っ替えをするようなものだと思えば、あながち間違いじゃないな。

 

 特効薬になる薬がない、あるいはあったとしても、それを使って長期の治療を施すだけの時間的・体力的な余裕がない。

 だったら、体そのものが病気に強くなるように作り替えてしまえばいい。今、体に一番必要な性質を、後付けで補って治療の後押しをするというのが、この『ホロウ・フラグメント療法』だ。

 

 この『対抗適応因子』だけで全ての病気を完治まで持っていくことはできないが、病気に対する体の抵抗力を爆発的に上げることができるので、上手くすれば病状の進行をほぼ停止させることができる。その間に、体力の回復と投薬治療を進める形だ。

 

 現在、ユウキちゃんの病状は、末期に片足突っ込んでいるものの、小康状態といっていい状態にある。なので、今から彼女の『ホロウ細胞』の培養をはじめ、それに『対抗適応因子』を定着させる下準備に入る。

 

 同時進行で様々な手続きを進め、彼女の臨床試験参加を可能にする。

 

 これら全てを猛スピードで行い、少しでも彼女の体力が残っているうちに『ホロウ・フラグメント療法』に着手する……これが、彼女を救うための道筋だ。

 結局は、時間との戦い、残りの体力との戦いになる。

 

 

 

 今日は、ここまで彼女と倉橋先生に説明して……なるべく早いうちに治療を、臨床試験を受けるかどうか決めてもらうことにした。

 

 結局は、彼女の問題だから……まだ未認可の治療法が怖い、やりたくない、と言われれば、それまでなんだよね。僕ら医者が、無理やり治療を受けさせるわけにもいかないし。

 個人的には、提唱者として自信もあるし、彼女を助けたい思いもあるから……受けてほしいと思うけども。

 

 そうなった場合……アスナさんがどう反応するか怖いけど……うーん、こればっかりはな。

 

 ……ああ、それとだ。最後に1つ。

 

 未認可とか人体実験とかはともかくとして……どうもユウキちゃん、それとは違う理由で二の足を踏んでいる部分があったようで……その部分について、聞き取りをすると同時に、超久しぶりに『カウンセリング』の真似事を軽くしておいた。

 僕だけじゃなくて、倉橋先生とか、アスナさんも一緒にだけど。

 

 ユウキちゃんは、『贅沢って言うか、的外れで変な悩みなんだけど』と前置きした上で話した。

 

 曰く、『『スリーピング・ナイツ』の皆を差し置いて、自分だけこんな風にすごい方法で治療してもらうなんて、ちょっとだけ『いいのかな』と思ってしまう』とか。

 

 『やっぱり、全く新しい治療法って、何が起きるかわからないからちょっと怖い』とか、

 

 もう既に死を受け入れ、覚悟したところに、失ったはずの時間が、未来が戻ってきても、戸惑ってしまう……とか。

 

 その他にも色々、もっともなものから的外れなものまで、いくつもの悩みというか、心配なことを上げ連ねて……その全てに、僕たちは真摯に、彼女の心が楽になれるように対応できた、と思う。

 

 

 

 …………が、その中で1つだけ……個人的に聞き逃せないというか、むしろ逆鱗に触れるような類の『心配』があったっけな。

 

 

 

 彼女の家……というか、お母さんは、熱心なクリスチャンだったそうだ。

 御存命だった頃は、毎週、近くにあった教会でお祈りを欠かさず行っていたとか。ユウキちゃんや、まだ存命だったころのお姉さんも、それについて行っていたようだ。

 

 AIDS感染が明らかになった時、一度は自ら命を絶つことを考えつつも、その教えを大事にするがゆえにその選択肢を選ぶことはできず、長い時間をかけて病と闘う道を選んだそうな。

 キリスト教って自殺禁止だっけね。そういえば。

 

 そこまでは別にいいんだが……そのお母さんが教えてくれたことの中には、聖書か何かの一節らしいんだけど、こういう言葉があったそうでね?

 

『神様は、乗り越えられない試練は与えない』

 

 …………僕は、率直に言って、あまり信心深いとは言えない、典型的な日本人だ。

 

 まあかといって、何か宗教を信仰する人を否定するつもりはない。個人の自由だから、好きなようにすればいいと思う。他人に迷惑をかけない限りは。

 

 もちろん、ユウキちゃんがお母さんから聞いたというこの言葉について、否定する気もない。

 

 

 ただ、それを踏まえても……僕は、この神様とか試練云々、っていう言葉が嫌いだ。

 

 

 諸説あるが、この言葉は『この世界で、人生の中で起こる辛いこと、苦しいことは、神様が私達に与えた試練である。神様は寛大だから、試練と同時に、それを乗り越える道や脱出する道も用意してくださっている。それを乗り越える努力をすることで、より人生を豊かなものにできるのだ』というような解釈があるって、昔誰かに聞いたことがある。

 

 あとは、その試練とか、目の前の苦しみから逃げるために『自殺』という形を選んだ場合、それは神様の意思に背を向けたということになり、悪魔に魅入られた者の所業だとか……全ての命は神様の元にあるものであり、それを勝手に捨てることは許されないことだとか……。

 

 ……ってーと何かね?

 何かしらの『試練』を乗り越えられなかった者がいたとして……それは、その人が精いっぱい努力していようが、戦わずして逃げることを選んでいようが、神様的には『乗り越えられる試練だった』と言うわけかね。乗り越えられなかったのは、その人の努力不足だと?

 

 後者はともかく、前者はどうなんだろーねそれ……

 

 極端な例だけど……僕が昔行ってたエルドビアには、その1日1日を精一杯生きて、けどそれでも苦しい現実を乗り越えられないでいるような人がいっぱいいたんだけど。その人達も、努力不足だったと?

 

 災害とか事故、あるいは、全然関係ないテロとかに巻き込まれて、わけもわからないまま、抵抗することもろくにできずに命を落とした人は、そこまでの運命だったと。そこで死ぬのが正しい終わり方だと、神様が決めたとでも?

 

 ああ、そういや神様って自分を信仰してる人以外は助けないパターン多いよね、それでか?

 信仰を持たない者は死後地獄に落ちるとか、信仰を持たない者は信仰を持つ者の奴隷にするべきだとか……およそ神様の言葉とは思えない身内びいきがあちこちの宗教に割と普通にあるよね。

 

 あるいは、さっきちらっと出て来た、自殺は神の意志に背く行為云々ってのから読み解いて……人の命を与えるも取り上げるも神様の御業であり権利だから、仮に誰かが死んだとしても、それはどんな理由であれ、『乗り越えられない試練だったから』じゃなく、『神様の意思』だからだと? 神様の意思だから、その死は間違ったことでなく、正しいこと、仕方なかったことだと?

 

 ……日記に書くようなことじゃないな。

 もっと言えば、わざわざ気にすることでもないか。

 

 僕としては、重要なのは、今目の前にある事実だ。

 目の前に、自分が望む事実を持ってくるために何をすればいいか、何ができるかだ。

 

 そこに、神様の意思がどうこうなんていちいち考えるつもりはない。神様の教えとか、その考えなんて知りたいとも思わないし、知っても気にかけることはないだろう。

 

 そもそも、僕にとって神様ってのは、せいぜいソシャゲのガチャや狩りゲーのドロップアイテムでいいのが出てほしい時にだけちょっと祈るくらいの存在である。大して信じてないし……それよりだったら、どっちかっていうと『物欲センサー』の方が実在するんじゃないかと信じられる。

 

 いてもいなくても変わらないなら、いないのと同じ。

 『何一つ救わねえ神が、どこにいるんだぁ!!』って、どっかの海賊も言ってた。

 

 祈って何かが変わる存在というわけでもない以上、気にしても仕方ない。その程度の認識だ。

 

 祈ってる暇があったら、僕は行動を起こす。

 

 いるかどうかもわからない神様には頼らない。自分で何とかする。

 

 仮にだ。ユウキちゃんがこのまま、僕の治療を受けることなく過ごしていけば……あるいはもっと極端に、僕がこの治療法をまだ開発していなければ、彼女は遠からず死んでいただろう。

 

 それも神の意思だったと言うんだろうか? 彼女はそこで命を落とすのは天命だったと。

 それとも、誰もが認めるほどに一生懸命、全力で生きた彼女に対して、『まだ努力が足りなかった』とか『信仰が足りなかった』とか抜かすんだろうか。

 

 仮にそうだとしても、彼女が望むなら……『神の意思』とかそういうの関係なしに、僕は彼女を助けるが。

 

 人と人が必死に努力してたどり着いた結果を、皆一律に『神の御意思によるものです』とかいうのなら、あーまあ、好きにすればいい。こっちが気にかけることはないから。そう言って熱心な信者にありがたがられてればそれで満足で、その他はどうでもいいんだろうし。

 

 けど僕は知ってる。エルドビアで、医療の現場で、そしてSAOで……嫌と言うほどに、生と死というものを目の当たりにしてきたから。

 

 

 人を助けるのは……いつだって、同じ『人間』の思いだ。

 断じて、神様なんかじゃない。

 

 

 これは、僕の……外科医としての、人の身で人の命を救う立場に立つ者としての、矜持みたいなもんだ。

 

 人の生き死にや、それに他の人が関わることについて、神の意志のままにだとか、神の意志に背くだとか、そのへん死ぬほどどうでもいい。

 

 何もしないならすっこんでろ。僕がやる。

 口を出すな。寝言は寝て言え。何もしない傍観者の分際で、一分一秒を必死で生きて命を燃やしている人の生き様に、後押しするにしろ否定するにしろ、さも当然のように割り込もうとするな。

 

 悪魔の誘い? 神様の意思に背く? 不合理な『機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)』?

 上等じゃないか。正しい運命だの潔い覚悟だの、そんなもん求めちゃいないんだ。神様がくれないなら、人間って生き物は、未来の1つや2つ、自分で切り開いて勝ち取る生き物だ。

 

 悪魔と呼ぶなら呼べばいい、悪魔にしか救えない未来もある。

 デウスエクスマキナだろうが何だろうが、救われるなら文句なしのハッピーエンドだ。ことここに至って、ストーリー性だの運命の正しさだのお呼びじゃないんだよ。

 

 

 彼女の病気が神様の与えた『試練』で、彼女の死が神様の定めた『運命』だというなら……

 

 

 

 ……僕は、彼女のために、喜んでその『神様』に喧嘩を売ってやろうじゃないか。

 

 

 

 




前書きでも言いましたが、くどいし長いし説教くさい回だったかな、と思います。
けど、SAOの時の茅場相手の対談と同じく、この小説書く上で特に書きたいテーマの1つだったので、書きたいように書かせてもらいました。

お目汚しだったらすいません。



それと、予告です。

本作『青纏の剣医』ですが、多分あと3話くらいで終わります。少なくとも本編は。
現在、『マザロザ編』以降の続編の予定はありません。多分。

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