ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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第74話 絶剣、REBOOT

 

 

Side.アスナ

 

「……もう、1ヶ月か……」

 

 「早いね……。もう、そんなになるんだ」

 

 2026年3月28日。土曜日。

 ユウキが、私達の元から旅立ってから……もう、1ヶ月になる。

 

 ……あ、ごめん今のなし。これだとユウキ死んじゃったみたい。縁起でもない。言いなおそう。

 

 ユウキとナツメ先生が、治療のためにアメリカに渡ってから、もう1ヶ月……だ。

 

 

 

 あの後、ユウキは治療を受ける決断をしてくれて……それを、私たちはもちろん、『スリーピング・ナイツ』の皆も、心から祝福して、応援してくれていた。

 

 言うまでもなく、ユウキだけずるい、なんて言う人は1人もいなかった。

 ……というか、居ても出ないようにしちゃったんだけどね、ナツメ先生が。

 

 これは、後になってから判明した話なんだけども。

 

 ユウキが、1年くらい前から服用を始めた新薬のおかげで、病状の進行を劇的に抑えることに成功した、っていう話が出たのを覚えてるだろうか?

 実は、その新薬……ナツメ先生が以前発表した学説を元に作られたものだったらしい。

 

 それだけじゃない。というか、ユウキだけじゃないというか。

 

 ユウキ以外の『スリーピング・ナイツ』のメンバーさん達の何人かが……同じ様に、ナツメ先生がSAOに捕らわれる前に理論を形作った薬や、あるいは、SAOから帰還後に提唱した治療法のおかげで、病状の進行を抑えたり、改善させたりしていたのだ。

 

 シウネーさんは白血病が免疫治療その他色々な方法で、負担も少なく改善に向かっているそうだし、ジュンも新しい抗がん剤がよく効いて、癌細胞が随分小さくなったそうだ。

 他のメンバーも、程度に差はあれど……余命を気にするような段階にいる人は、1人もいなくなってしまったと聞いた。

 

 ユウキの一件があったから、私にはわかる。それがどれだけすごいことなのか。

 

 一度は死というものが目の前に見え始めた人が、再びそこから逃れて、明るい未来を手に入れられるということが……それを可能にするということが、どれほどすごいことなのか。

 どれほどの希望をもたらし、どれほどその人を、その周囲を幸福にするのかを。

 

 知らないところでこれだけのことをなしているナツメ先生に、感心も感動も通り越して、もはや畏怖じみた感情を覚えたのを覚えている。本気でこの人、この先の日本の医療界を引っ張っていくような存在なんだな、って思った。すごい人と知り合いになったな、って。

 

 それでも、『スリーピング・ナイツ』の皆が決めていた、『次に脱退者が出たら=メンバーの誰かがこの世を去ったら、ギルドを解散しよう』という取り決めはそのままだ。だから、一番心配な1人……ユウキが元気になるまでは、安心できない。安心しちゃいけない、と思う。

 

 ……話を戻そう。あの後……ユウキが治療を決断した後、今まで何があったかについて。

 

 

 

 あの後、ナツメ先生達は、全力でユウキの治療のために――彼らに言わせると、患者が誰かじゃなくて、自分達のやるべき仕事だから、だそうだけど――各種の準備を進めてくれた。

 

 『ホロウ細胞』の培養はもちろん、各種の手続きとか、必要な設備やら医薬品の手配とかも。

 

 そしてその間に、私達とユウキ、そして、『スリーピング・ナイツ』の皆は……その時が来るまでの時間を、目一杯楽しんで、思い出を作りながら過ごすことにした。

 

 キリト君が調整してくれた『双方向視聴覚通信プロープ』を使って、ユウキを学校に連れていって、一緒に授業を受けたり、友達とおしゃべりしたり、

 

 ユウキが生まれ育ったっていう家を見に行って、思い出話や愚痴を聞いたり、

 

 ALOで、知り合い皆を集めてバーベキューしたり、

 

 その席で、ユウキや『スリーピング・ナイツ』の皆の実力を知ったサクヤさんやアリシャさん、サラマンダーのユージーン将軍とかが勧誘に来て、嬉しそうにしつつも断ってたり、

 

 そしたら『ならせめて友好と交流を』ってことで、そのままデュエル大会に突入したり、その勢いのまま、28層のボスを皆で攻略しちゃったり、

 

 現実世界では、プロ―プでだけど、キリト君の家にも行ったし、エギルさんの喫茶店にも行った。

 

 2月中旬に行われた、ALOの統一デュエルトーナメントでは、ユウキがキリト君を破って優勝し、四代目王者の座に君臨したことで、『絶剣』の名はALOのみならず、『ザ・シード』の連結体たるゲーム全てに大きく広まっていった。

 

 けど、ユウキはそれで満足はしていなくて、『キリトが二刀流じゃない』『ナツメ先生が出てない』などの点が不服だとして……次の統一トーナメントでは、正真正銘の全力を出したプレイヤー全てに勝って頂点に立ってみせる、って言っていた。

 

 ……その時まで、そしてそれからも、ずっと生きてやる、って決意して、宣言してくれたみたいで……嬉しかった。

 

 一番面白かったのは、あれだな……『オーグマー』。

 

 最近忙しそうにしててご無沙汰だった、ユナちゃんとノーチラス君が持ってきてくれたものなんだけど……なんでも、ユナちゃんのお父さんである重村教授っていう人が開発した、『拡張現実』……『AR』っていうジャンルのデバイスらしい。

 

 まだ開発段階の試作品で、公表もされてないテスト段階のものなんだけど、『使ってみて意見聞かせて』ってユナちゃんが持ってきたのにはびっくりしたなあ……しかも、私たち全員分。

 

 ナツメ先生やデュークさんには、別口で、重村教授が直接渡してるらしいし。そういえば、デュークさんはゼミつながりで交流あったとか言ってたっけ。

 

 ヘッドセットみたいに左耳に装着することで脳に信号を送り、フルダイブすることなく、現実に意識を保ちながら、フルダイブみたいに色々なことを楽しめるのだ。ホログラムみたいに空中に映像が出て、テレビ見れたり、フリーハンドで通話したり、ネットもできる。

 

 脳に信号を送ってそう見せているだけだから、実際に空中にウィンドウが出てるわけじゃなく、そう『見えている』ってだけだけど、他の五感ともリンクしていて、投影したものは実際に存在するみたいに触ることもできるし、音とかもすごいリアルに聞こえて……まるで本当に、ゲームの世界が現実にまで飛び出して広がったみたいに思えた。

 

 そしてこれを使うと、現実の世界でも、ユイちゃんやストレアさんと触れ合うことができる。

 AIゆえに仮想空間から出られなかった彼女たちも、この『オーグマー』によって拡張された現実の中でなら、私達と一緒に遊ぶことができた。

 

 そしてそれは……ユウキも同じだった。ユナちゃんが重村教授に事情を話して、特別にシステムを調整してもらったことにより……ユウキは、ALOの中のアバターの姿で、拡張現実を使って現実世界で、私達と見て、聞いて、話せるようになった。

 

 キリト君達が作ってくれたプロ―プは、わずか1ヶ月でお役御免になっちゃったけど、『ユウキが楽しめるならそっちのほうがいいよ』って苦笑してたな。

 

 ただ、脳に信号が送られて『そう見えている』だけだとしても、ユウキとこうしていつでもどこでも楽しく話せるっていうのは、本当に私達を幸せにしてくれた。

 

 重村教授は、茅場晶彦や須郷伸之を輩出したゼミの、いわば彼らの恩師に当たる人だって聞いて、ちょっと警戒してたんだけど……失礼な心配だったな。ちょっと反省。

 実際に会ってみても、娘――ユナちゃんを大事にする、人のいいおじさんだったし。

 

 『オーグマー』自体は近く商品化されて、それを使ったゲームと同時に発売される予定だって言ってたから、それも合わせて楽しみかも。

 

 

 

 そんな感じで、楽しい時間はまたたく間に過ぎ……いよいよ、ユウキの治療が始まる段階になった。

 

 けど、法整備の問題とかで、日本では治療を行うことができないらしく……ユウキは、研究主任兼執刀医を務めるナツメ先生と一緒に、アメリカに渡って手術することになった。

 

 聞けば、その研究を共同で行っている1つである、ハーバード大学の医学部付属病院で、設備の整備が進んでいるらしく、そこで手術と、その為の事前検査、術後の経過観察をまとめて行うことになるんだとか。

 

 お別れ会……じゃなくて、ユウキの壮行式ってことで、盛大にALOでお祝いして……泣いて、笑って、騒いで……次の日、ユウキはナツメ先生と一緒にアメリカに旅立った。

 それが、今からおよそ1ヶ月前。2月の末のことだ。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 まあ、思いだしてセンチメンタルになってたところで、ユウキが帰ってくるわけでもないから……私たちはあくまでいつも通りに、ALOを楽しみながら、彼女を待つだけだ。

 

 そう、あくまでいつも通りに……

 

「どうしたアスナ、何か調子悪いのか!?」

 

「え? う、ううん、何でもない。ちょっと考え事してただけ……キリト君、スイッチ!」

 

「おう!」

 

 こうして、『新生アインクラッド』の階層ボスを倒したり、ね。うん、いつも通りだ。

 

 あれ以降、アインクラッドの攻略はさらに進んでいて……今は、こないだのアップデートで実装されたばかりの、第36層のボスに挑んでいる。いつものメンバーに加え、『スリーピング・ナイツ』や『月夜の黒猫団』、『保護者会』まで加わって、皆で。

 

 ユウキには悪いけど、どんどん攻略進めて驚かせちゃおう、って言って、皆で戦ってるんだけど……流石に40層台ともなると、ボスもさらに強くなってくる。

 例によって、アインクラッドで戦ったボスとは微妙に違うし……

 

 それでも私達は、36層のボスである人型の巨木の魔物『ザ・トレントドミネイター』を相手に、もう間もなく倒せるんじゃないか、という所まで来ていた。

 

 しかしそこで……ボスが弱り始めたのを見て、私は油断してしまったのかもしれない。

 ボスは、体力が少なくなると……凶暴化して攻撃パターンが変化するって、わかっていたはずなのに。

 

「よし、もう少し……」

 

「ダメだアスナ、下がれ!」

 

「え?」

 

 後ろから、キリト君の切羽詰まったような声が聞こえたと思った瞬間……ボスがその手を勢い億地面に振り下ろし、周囲に凄まじい振動を発生させる。

 それを近距離で食らった私は……『スタン』のバッドステータスを食らってしまい、その場から動けなくなってしまった。

 

(しまっ……!)

 

 更紗に最悪なことに……ボスの取り巻きである『エルダートレント』が、その周囲の地面から大量に湧き出して出現し……動けなくなっている私目掛けて、その中の何匹かが近寄ってくる。

 

 スタンの解除……間に合わない。

 

 シノのんやサチちゃんが魔法や遠距離攻撃で掩護してくれてるけど、全部の敵を倒すことはできず、弾幕を突破してきた1匹が、私の目の前で腕を振り上げる。

 

(あー、これは……残りのHP、だいぶ持ってかれちゃうかな……? 丁度スイッチしようとしてたとこだから、下手すると全損あるかも……)

 

 そんなことを考えつつ、来るであろう衝撃に備えていた……その時だった。

 

 

 

 私の横を、目にも留まらぬ速さで……紫色の小柄な影が駆け抜けていった。

 

 

 

(……え?)

 

 私だけでなく、周りにいた皆が、その飛び出した影に目を奪われる中……彼女は、私に襲い掛かろうとしていた『エルダートレント』に斬りつけ、ノックバックを発生させる。

 

 そうしてできた決定的な隙に、トドメの一撃を放った。

 

 ……いえ、十一撃、と言った方がいいかしら。

 

「『マザーズ・ロザリオ』!!」

 

 幾度も閃く、黒曜の片手剣。

 ソードスキルの光と共に放たれる、怒涛の11連撃。

 

 『エルダートレント』を粉砕したその絶技を……誰が見間違えようか。

 

「ゆ……ユウキ……!?」

 

「やっほーアスナ、久しぶりっ! 元気だった? てか大ピンチだったねー、油断しちゃだめだよ、っていうか今のボク、お姫様のピンチに颯爽と登場するヒーローっぽくなかった。結構決まってたと思……」

 

「そう思うなら最後まで油断せずにいないとダメでしょう」

 

 直後、今度は私と、ユウキの横を、青い影が駆け抜けていき……前に出てきて、私とユウキめがけて巨大な腕を振り下ろそうとしていた『ザ・トレントドミネイター』の攻撃を、見事に『パリング』で弾き……逆にスタンを奪ってみせた。

 

 相変わらず、最高の結果をいとも簡単にたたき出すタンクの鑑であるナツメ先生は、『あはは、ごめーん先生』とばつが悪そうにするユウキを見て、やれやれ、と苦笑していた……ってそれよりも!

 

「ゆ、ユウキ!? ユウキよね!? ホントにユウキ!?」

 

「おわっ、あ、アスナ落ち着いて。そうだよボクだよ、それ以外にどう見えるってのさ……」

 

「だ、だって、あなた今アメリカにいるはずじゃ……ナツメ先生も……」

 

「あ、やっぱり知らなかったんだ? ほら、こっちのALO、ちょっと前にアップデートされたでしょ? その時に、専用の回線が整備されて、海外からも日本サーバーにログインできるようになったんだよ」

 

「そ、そうだったんだ……なら、ユウキ達、まだアメリカにいるのね」

 

「うん。まあ、まだ治療は途中だからね。いくらもう治る見込みが立ったって言っても、流石にあと数か月は動けないだろうから、せめて報告だけでもと思ってこうして来てみたら、アスナ達ボス攻略に来てるって言うからさー」

 

「あ、あははは、ごめんねそれは……ってちょっとまってユウキ!? 今さらっと、さりげなくすごい重要なこと言わなかった!?」

 

 な、治るって、見込みが立ったって聞こえたんだけど!?

 

 またしても思わず前に出てしまう私に、ユウキは『うわっ!?』とびっくりしつつ、

 

「あー、うん。言ったよそうやって」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

「……あのー、お話し中すいません。そろそろスタン解けますんで……先にあっち片づけません?」

 

「「………………」」

 

 空気読んでよ、という感じの視線が、私とユウキから同時に飛んで、ナツメ先生に突き刺さる。

 

 いや、言ってることはわかるんだけどさ……確かに、『トレントドミネイター』、動き出そうとしてるし……でも、もうちょっとでいいから待っててほしかったっていうか……いや、こんなこと誰に言ってもしかたないけども!

 

 だってほら! よく見ると、私以外の……キリト君とかリーファちゃんとかリズとかクラインさんとか、後『黒猫団』や『保護者会』や、何より『スリーピング・ナイツ』の皆だって、詳しい話聞きたそうにしてるじゃん! けど、場面が場面だから何も言えないって感じじゃん!

 

「あぁーもぉ! ユウキっ! アレ倒したらちゃんと話聞かせてもらうからねっ! 行くわよ!」

 

「あははははっ、OKアスナ! 最初からそのつもりだよ! んじゃキリト、皆も……行くよ!!」

 

 その掛け声を合図に、今の今までフリーズしていた私達は、再びボス討伐に向けて、一斉に動き出した。

 

 

 

 モンスターが1匹もいなくなったボス部屋で、ユウキ本人とナツメ先生の口から、『もう心配いらない、AIDSも、その他の感染症も、快方に向かっている』『1ヶ月以内には帰国して日本の病院に移れるし、3ヶ月以内には完治して退院できる見込みである』という報告がなされたのは……その、わずか10分後のことでした。

 

 

 

 




というわけで、ユウキ、治療完了(まだ入院は続くけど)
キング・クリムゾンばりにあっさり終わってしまった……

……いや、医療ドラマとか闘病生活が書きたいわけじゃないので、いざナツメ参戦させると思いのほか書くことないことに気づきまして。

そして何気に登場、オーグマー。
重村教授、この世界では闇落ちしていません。

次で『マザーズ・ロザリオ編』クライマックス。
その次かさらにその次あたりで……ってところかなあ。今しばしお付き合いくださいませ。

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