ソードアート・オンライン 青纏の剣医   作:破戒僧

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第75話 彼女のいる世界

 

【2026年3月28日】

 

 初っ端から1つの結論というか真理を。

 やっぱ、女の子――というか、子供は嬉しそうに笑ってる様子が一番絵になるよね。

 

 キリト君達のログハウスで、皆と一緒に大はしゃぎしながら、病人とは思えないほどに元気に走り回っているユウキちゃんを見ながら、そんな風に思った。

 

 ……まあ、数ヶ月もすれば、『病人』じゃなくなる見込みだし。

 

 今現在、僕とユウキちゃんは、まだアメリカにいる。

 

 ユウキちゃんは、経過観察のために、ハーバード大学附属病院に入院中で、そこにあるメディキュボイドを使ってここにログインしている。最近のアップデートで、海外からも日本サーバーにアクセスしてログインできるようになったので。

 一緒に僕もログインしている。ただし僕の場合は、同大学の宿泊用ゲストハウスからだが。

 

 ユウキちゃんの手術は今から1ヶ月前に行われ、それ自体は無事に終わっていた。

 

 手術と言っても、体への負担を極力抑えるため、内視鏡で行ったので、傷自体は小さい。

 

 用意した様々な種類の『ホロウ細胞』を、ユウキちゃんの全身各所に同時に投与し、それが馴染んで分裂を開始、『対抗適応因子』が体全体にいきわたるのに従って……どんどん彼女の中の病魔は弱っていき、そこに追撃する形で投薬治療を行ったことで、病状は劇的に改善している。

 

 現在、『対抗適応因子』が充満しているユウキちゃんの体は、ウイルスにとって極めて生きづらい環境になっている。湿度が高い部屋ではインフルエンザウイルスが弱まるように、某紫の煙のウイルスが、室内灯程度のそれでも、光に当たると数十秒で死滅してしまうように。

 

 既に、AIDSのそれを含め、ユウキちゃんの体内にいたウイルスたちは、増殖どころか変異することもできなくなり――ウイルスの構造の変異は逐一確認して把握している――投薬治療によってその数を減らしていくばかりとなっている。

 

 その投薬による体への負担も、薬の種類を選んでいることや、体自体のウイルスへの耐性を最大限利用していることから、今までよりも格段に少ない。

 

 さらに、進行していた脳症も、肉体的には徹底的に休息させているし、そもそも『万能細胞』は、脳などのデリケートな器官が負ったダメージを、時間をかけてだが回復させるのも、主な利用法の1つである。

 

 ほとんど喪失した状態にあった視力も合わせて、経過は順調だ。

 

 ハーバードの研究メンバー達も、この劇的な回復ぶりにはびっくりで、『我々は今奇跡を目の当たりにしているのか!(英語)』って狂喜乱舞していた。

 

 かくいう僕も驚いているが……個人的には、ここまで順調に進んでいるのは、ただ単に治療法や薬の問題だけじゃなく……ユウキちゃんが生きようとする気力に、彼女の肉体が精いっぱい答えようとしている、っていう部分もあるんじゃないかな……なんて思ってしまった。

 

 ……案外ありそうだけどね。この世界、不思議なことはいくらでもあるもんだ。

 特に、人間の心って奴は……時として、びっくりするほどの奇跡を起こしたりする。絶対のはずのシステムを打ち破ったり、設定されていないはずの現象を起こしたり……そういう場面、割とよく見てきてるんだよな。

 

 もう1ヶ月もすれば、『メディキュボイド』を外して、現実の体を動かせるようになる。自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の手で触って動けるようになる。

 そうしたら、日本に戻ってきても問題なくなるだろう。

 

 もっとも、SAO生還者と同じように……その後に待ってるのは、きっついリハビリの日々だろうけどね。それも、彼女ならやり遂げるだろう。

 

 順調にいけば、3ヶ月もする頃には、日常生活を送るくらいなら問題なく回復するはず。病気で弱ってはいるものの、彼女はまだ若いから、本来の体機能を取り戻しさえすれば、回復も早いはずだ。

 状況によっては、その後まだもうちょっと入院して経過観察する必要があるかもだが。

 

 ……という話を、極力噛み砕いて、アスナさんやキリト君達に説明したところ……まあ、予想できたことでは、その後始まったのは、ユウキちゃんの快気祝い(の、前祝い?)とでもいうべき、知り合いほぼ全員を巻き込んでのバカ騒ぎだった。

 

 『壮行式』として行ったアレよりもさらに皆、テンション青天井でもー騒ぐ騒ぐ。

 

 どこからか料理調達してきたり、アスナさんやグリセルダさんが自ら腕を振るったり、男性陣はユウキちゃん巻き込んで庭でデュエル始めるし、なんかいつの間にか交流のある領主さん達まで集まり始めるし……

 

 飲んで食べて、騒いではしゃいで、泣いて笑って。

 

 その歓喜の渦の、常に中心にいたユウキちゃんは、またこうしてみんなと一緒に楽しい時間を過ごせることを、心の底から幸せそうにしていた。

 

 そんなユウキちゃんとまたこれからも一緒にいられることを、アスナさんや『スリーピング・ナイツ』の面々、もちろんキリト君達も嬉しそうにしていた。

 

 口々にユウキちゃんに『おめでとう』と言い、その後は僕に『ありがとう』って皆言ってくるんだけど、そういうのいーからいーから。

 迷惑とかそういうんじゃないけどさ……今は、湿っぽくするより思いっきり楽しめ、若者達。

 

 ……まあ、言われなくても楽しんでたけどね。皆。

 

 とりあえずありったけ持ってこい、とばかりに集められた大量の食糧。B級グルメから『どこのミシュラン?』みたいな感じの見た目のものまで、ありえない量が所狭しと並んだ。

 皆、食器とかテーブルごと持ってきてたから……エギルさんは樽で酒やドリンク持ってきたし。

 

 さらに、今ではすっかりVRアイドルとして有名になったユナさんが乱入、ライブ始まった。

 メジャーなJ-POPからアニソンまで、皆知ってる曲を片っ端から歌っていく。

 響く可憐な歌声。熱狂する野郎共、負けじと騒ぐユウキちゃん。何気に発生するバフ(彼女の種族音楽妖精(プーカ)だから……)。気にせず騒ぐ皆。

 

 そのライブもひと段落したかと思うと、またしても始まるデュエル大会。

 

 さっきのボス戦がウォーミングアップ代わりになっていて、既に調子を取り戻しており……最初からギア全開で猛威を振るうユウキちゃん。

 

 思い思いに『次、俺!』『じゃあ次、俺!』『待ってる間に俺達でやろーぜ!』『まとめてかかってこいやぁ!』ってな感じで、あっちこっちで始まる戦い。

 

 全然やり足りないと、血の気の多い連中(含、ユウキちゃん)が、フロアボス以外のボス級モンスター……フィールドボスとか、クエストボス、ネームドモンスターを片っ端から狩り歩き、

 

 最終的に、戦いたい奴全員集合! みたいな感じで、全員参加のバトルロイヤルが始まったりして……あれは、うん……控えめに言って地獄絵図だったかも。いい意味でだけど。

 

 時代劇の殺陣ばりにばっさばっさと切り捨てるユウキちゃん、

 

 縦横無尽に戦場をかけて片っ端から串刺しにするアスナさんとエリカさん、

 

 寄らば斬る、寄らなくとも寄って斬る、と言わんばかりに刀を振るうクラインさん、彼に追随して暴れまわる『風林火山』の面々、

 

 『今日くらいは』とはっちゃけるクラディール先生(両手剣で大回転切り)、サクヤさん(戦場を走り回って辻斬り三昧)、アリシャさん(テイムしたドラゴン持参、ブレス無双)、ユージーン将軍(部下随伴。最早戦争)。

 

 領主討ち取られたらどうすんだ、と一瞬思ったが、中立域でのPKならともかく、デュエルなら討ちとられても、財産とか税金のアレコレは大丈夫なんだったと思いだす。何回か前のアップデートでその辺設定できるようになったんだっけ。

 

 騒ぎに乗じてまたしてもユナさん乱入。響く歌。突如として戦場に発生するバフ。

 

 負けじとその場にいたALOの歌自慢、音楽自慢達が演奏開始。

 何人か音楽妖精(プーカ)が混じってたので、こっちでもバフが発生。

 

 なんかユナさんも対抗意識持ち始めて、さらに気合入れて歌う。対バンみたいになる。

 乱れ咲くバフ、しっちゃかめっちゃかに変動する能力。

 

 1回ユナさんの方に攻撃魔法の流れ弾が飛んできたので、『何すんだ!』ってノーチラス君怒る。乱入、参戦。状況悪化(でもだれも気にしない。楽しむ)。

 

 ちゃっかり商売を始めるエギルさんとリズベットさん。

 回復用のポーションとか結晶、さらには武器類まで売っていた。

 

 デュエルに参加しないで見てる人には、グリムロックさんがどこからか仕入れて来た軽食やドリンクを売っていた。すぐ売り切れていた。

 

 しまいにはキリト君、とうとう二刀流解禁して無双し始める。

 SAO最強の剣士の再臨に沸き立つ戦場、あっちこっちに発生するリメインライト。でもやっぱり絶えない笑い声。

 

 戦場全体にソードスキルの光が乱れ裂き(誤字にあらず)、誰がどこで何してんのかもうわかんない状態で―――『マザーズ・ロザリオ!!』『スターバースト・ストリーム!!』『スターリィ・ティアー!!』『ヴォルカニック・ブレイザー!!』『フェアリィ・ロンド!!』『オペレーション・ディバイディング!!』『シアーハートアタック!!』『天翔龍閃!!』『ワールド・ブレイク!!』『三・千・世・界!!』『月牙天衝!!』『大・後光刃!!』『エクスッ…カリバァー!!』『ギガスラッシュ!!』『冥空斬翔剣!!』『インフィニティ・モーメント!!』『ホロウ・シンクロナイザー!!』『アカシック・アーマゲドン!!』―――うん、カオス。

 

 後に、『大乱闘スマッシュフェアリーズ』と名付けられることとなる、春の日の1コマだった。

 

 結局、最後の最後までしっちゃかめっちゃかなパーティーだったけど、その間中、ずっとみんな楽しそうに、嬉しそうにしていたから……これはこれでよかったんだと思う。

 

 もし、まだ物足りないとか、何か違うとか、こっちの方がよかったとか……そういう願望? 希望? みたいなのが後から出てきたら、その都度やっていけばいいだろう。

 

 それができるだけの時間を、ユウキちゃんは、すでに手に入れているんだから。

 

 そして……それに付き合ってくれる、気のいい仲間たちも、ね。

 

 

 

 ――追記――

 

 僕の周り、というかキリト君の周りで起こる騒動は、ことごとく最後、終わったと思った時にもうひと騒動巻き起こすのがお決まりなんだろうかね。

 

 今回は幸いと言っていいのか、いつものごとくキリト君が無自覚にばらまいているフラグが立つことはなかったものの……ユウキちゃん、アスナさんに懐いてね。

 

 パーティーも終わりに差し掛かって、そろそろお開きかなー、って時になってアスナさんが、『これからも何かやりたいことがあったら言ってね。私達も協力するから、みんなで楽しくやろう!』ってな感じのことを言って、ユウキちゃんがすごく喜んで。

 

 そのまず1つ目、っていうことなのかはわかんないけど……1つ、頼み事をしていた。

 

 なんか、今まで既にそんな感じだったようには思えるんだけど、改めて……仮想世界にいる間は、アスナさんのことを、お姉ちゃんだと思ってもいいかな……って。

 

 既に亡くなっているらしいお姉さんにアスナさんを重ねている……わけじゃなさそうだ。

 それもなくはないんだろうけど、ユウキちゃんの目は、失った何かを他の誰かに求めている感じじゃない。アスナさんを、きっちりアスナさんとして見ている。その上で、姉と思っている。

 

 単に、言いだすのが気まずかったとか、気恥ずかしかっただけかもしれないな。

 

 もちろんアスナさんはそれをOKし……その後、感極まって抱き着くところまでワンセット。

 

 その様子を、キリト君や僕、それにエリカさんなんかが、ほほえまし気に、ちょっとだけ涙ぐみながら見てる……っていう感じだった。

 

 

 

 ……その後に、ね。嬉しくなってしまったからか、ユウキちゃんが色々暴走して。

 

 

 

『じゃあ、アスナがお姉ちゃんだから、キリトはお兄ちゃんだ!』

 

 ああ、うん、そうだね。夫婦だもんね。

 

『え、ユイちゃんってアスナとキリトの子供なの? ストレアも!? じゃあボクにとっては姪っ子かー! 僕叔母さんになっちゃったかー! うーん、何か不思議な気分』

 

 うん、まあそうだね。ユイちゃん達も家族が増えて嬉しそうだ。

 

『そっか、リーファってキリトの妹だから、でも年上で……リーファもお姉ちゃんだね! よろしく、リーファお姉ちゃん!』

 

 なるほど、確かに。ユウキちゃん中学生(年齢)で、リーファちゃんは高校生だしね。

 

『あ! エリカさん、アスナのお母さんだから……あ、あの、もしよかったら、その…………って呼んでも…………ホント!? やったー、ありがとうお母さん!!』

 

 あーうん、なるほど……まあ、そうなるか。エリカさんもまあ、気にしてないみたいだし、いいのかな、これはこれで。

 

『うわー、すごいね。じゃあ、リズもシリカもサチもシノンも全員キリトのこと……え、リーファも? あっはっはっは、何ソレ面白っ! じゃあ、うん、いいねそれ! 全員まとめてお姉ちゃんってことで! あっはっはっはっは、すっご! キリトすっご! 色んな意味で!』

 

 あー……うん、そうなる、のかな? まあ……状況を見るに、否定はできない、か……うん、全面的にキリト君の自業自得ってことで。

 

『で、ナツメ先生がお父さんだ!』

 

 それはさすがにやめなさい。

 エリカさんもほら、びっくりしてずっこけちゃっただろ。ていうか、誰に聞いたそれ!?

 

『うっわー、すごーい! お父さんにお母さんに、お兄ちゃんに、お姉ちゃんいっぱい、姪っ子も2人! あっはっはっは、すごーい、いきなり大家族! しかも戦闘能力高ッ! この家族物騒!』

 

 話を聞け。

 

 

 

 その後、『家族写真撮ろう!』って、ログハウスの前でクラインさんに頼んでSS撮らされた。

 

 だから家族じゃない……っていうか、少なくとも僕とエリカさんをそうやってくっつけた扱いにするのは色々と問題があ…………る、っていうと悲しそうにするから強く言えない……

 

 けど、何も言わないでいるとなぜかヨルコさんが泣きそうになるので一応注意はする……

 

 

 

 ちなみにその後、結局集まった全員でもSS撮った、

 

 そんでユウキちゃん、フレーバーアイテムの『フォトアルバム』っていう、撮影したSSをアルバムみたいにして保管できるアイテムを町で買って、今日取ったSSを張り付けていた。

 

 集合写真2枚だけじゃなく、僕を含む他の人が撮ってた、食事風景やデュエル大会、ボス戦ラッシュにユナちゃんのライブ、最後の大乱闘の写真までたくさん集めて貼ってた。

 

 『これからこの本のページいっぱいにするんだ!』って、楽しそうに、嬉しそうにしてた。

 

 

 

 

 ――追記2――

 

 

 コレは後から聞いた話なんだけど……パーティー終了間際、ユウキちゃんが一人になったところで、見知らぬ1人のプレイヤーが接触してきたらしい。

 

 その人は、初対面だと思うけど、穏やかで丁寧な口調で話しかけて来たそうで……

 

『私は君のファンだ』

『かの『絶剣』が復活したと聞いて、お祝いもかねて一目会いたくて来た』

『一応、キリト君やアスナ君、ナツメ君達とも知り合いだ』

 

 という感じのことを言っていたらしい。

 

 そしてその人の特徴だが……白に近い灰色の髪の男性で、肩から足まで隠れるほどの赤いローブを身にまとい、その下にはこれまた真っ赤な鎧が見えた。赤い十字の紋様の入った、巨大な十字盾を持っていて、剣の柄も見えたから、盾と鞘が一体になっているタイプだったと思う、とのこと。

 

 名乗らなかったそうだが、『お近づきと、お祝いのプレゼントに』って、ロザリオ型の頭装備用のアイテムをもらったらしい。

 性能的には、店売り以上、レアドロップ以下、っていう感じの、強力だが割かし無難なもの。

 

 そして、そのアイテム名は……『マザーズ・ロザリオ』。

 

 ……いや、まあ、『マザーズ・ロザリオ』っていうのは、カトリックの聖母マリアへのお祈りの際に使われる、リアルに実在する道具の名前だから、そういうアイテムがあってもおかしくはない、んだと思うけど……

 

 ユウキちゃんの言っていた特徴といい……うん、やっぱあいつだろうな。

 相変わらず自由な奴め。

 

 

 

 




やっぱり最終的にはバカ騒ぎが起こる。

次回、最終話(多分)。

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