【2026年?月?日】
月日が経つのは早いと言うべきか、それともやっぱり子供の成長が早いと言うべきなのか。
『新生アインクラッド』を嬉々として攻略を進めていく『新生スリーピング・ナイツ』の面々を見ていると、どうしてもそんな風な思いを禁じ得ないから不思議だ。
ユウキちゃんが病気を完全に克服してからもう数か月が経ち、今も経過観察という名の通院と定期健診は続けているものの、ほぼ彼女はリアルでも健康体に戻った、と言っていい状況になっていた。
そしてそれは、『スリーピング・ナイツ』の他の面々にも同じことが言えた。
彼ら、彼女らは、皆一様に『終末期医療』としてのVRを楽しんでいた者達だった。残り少ない命を、同じ境遇にあり、同じ悩みを抱えている者達と共に過ごすことで、心身のケアに役立てるという目的で。
もっとも、その前提が半ば覆ってしまった状態にあるため、別の意味で『解散すべきか』っていう話に一回なったらしいが。こないだ、シウネーさんが苦笑しつつ語ってくれた。
結論から言って、『スリーピング・ナイツ』の面々は、軒並み各自の病状が改善傾向にある。
程度は違うが、皆少なくとも『終末期医療』という状況・段階に当てはまらないレベルになっていると言える。
ユウキちゃんやシウネーさんみたいに完全に病が治ったケースもあれば、病状は改善したものの、引き続き投薬やら通院で治療が必要になる人もいるようで、改善具合は全員同じとは言えないが、少なくとも、今後10年以内に『余命宣告』が必要になるような人は1人もいなくなった。
そのほとんどは……自分で言うのも何だが、僕がこの2年弱、あるいは『SAO事件』の前に理論を提唱していた治療法や新薬によるもので……現在進行形で研究・改良を続けているので、こうご期待、ということにしておこうと思う。
当面僕の医者としての目標は、彼ら『スリーピング・ナイツ』を蝕んでいる様々な病の完全かつ根本的と言えるレベルの治療法を見つけ出すことだ。現状ある治療法では、個人差……は仕方ないとしても、確実に治せるというレベルにまでは至っていない。後遺症などが考えられる余地もまだ残っている。
だから、これから先の僕の人生で、そういうのを全部潰して、他の病気の治療にも応用できるようにして…………っと、こんなこと、日記にわざわざ書くもんじゃないな。これじゃ研究資料のプロットか何かだ。
とりあえず、『スリーピング・ナイツ』の皆さんには、孫の顔も見た上で天寿を全うして大往生してもらいたいもんである。
その為の障害になる者があれば、病気だろうが体質だろうが神様の試練だろうが粉砕するのが、医者の仕事だ。
『スリーピング・ナイツ』の皆さんについてはこのへんにして、と。
この数か月の間に、それ以外もまー、色々と変わったな。
細かいことまで書くとキリがないけど……まず何といっても、キリト君とアスナさんね。
キリト君だが、前々から『ゲームを作る側になりたい』という話をしていた通りで、その方面の勉強を進めることにしたようだ。例の『臨時学校』でもプロープ作ったり、システムとかメカニック関連のクラブ? 部活? みたいなのに所属してたようだし……熱心だな。
加えて、その方面の権威である、重村徹大教授ともつながりを持つことができたようだ。
彼は、かの茅場晶彦と須郷伸之、さらには神代凛子を輩出した『重村ゼミ』を過去に持っていた実績があり、さらにごく最近正式に発売開始した『AR』――拡張現実関連のデバイス『オーグマー』の開発主任でもある。
龍馬兄さんとも知り合いであり、今でも時々話して意見交換とかすることがあるそうだ。
そして同時に……かのVRアイドルであり、『ザ・シード連結体』全体で、歌姫としてその名を知られる、ユナちゃんのリアルのお父さんである。
どうやら、キリト君とはその縁で知り合ったようだ。ユナちゃんやノーチラス君――そういやどっちもリアルの名前聞いてないな。ユナちゃんの苗字は『重村』だろうけど――から聞いて、SAOの中のこともある程度知っていた重村教授は、あのデスゲームを終結させた英雄であるキリト君に会って、色々話す中で彼の目標というか、将来の夢を知り、『それならぜひ私も協力したい』と言ってくれたんだそうな。
かつて自分が手掛けた生徒たちの中から、犯罪者として歴史に名を残すことになってしまった者が多く出て、教育者として深く傷ついていた様子だったんだが、今一度前を向いて、若人を教え導いてみる気になったらしい。
そうしてやる気を取り戻し、『オーグマー』も一気に完成にこぎつけた、とユナちゃんが言っていた。
……娘のユナちゃんをVRアイドルとして一層活躍させるために完成させた、という噂もあるが、決してそうじゃない……もとい、それだけじゃないと信じたい。
『オーグマー』発売と同時に、『オーディナル・スケール』とやらを始めとしたARのゲームタイトルがいくつも発表されたが、その中に音楽・歌唱・ダンス系のタイトルが混じっていたのはおそらく偶然だきっとそうだ。
重村教授は、ユナちゃんの恋人であるノーチラス君が毎回冷汗流すくらいにキッツい視線を彼に送ってくるレベルの親バカらしいっていう情報があるけど、それもきっとデマだ。
……うん、キリト君が夢に向かって歩き出すのに、心強い協力者が現れたんだとだけ覚えておこう。そうしよう。
ちなみにその『オーグマー』、僕も愛用している。
どころか、龍馬兄さんや奏一郎兄さん、父さんや母さんも使っている。
というのも、仕事道具にしているのだ。病院で通信・事務用医療機器として使えるようにチューンされた特別製の器具『オーグマーType-D』として。
仮想現実で空間に映像が投影されるこのデバイスは、パソコンが手元になくてもすぐにカルテの情報とかやり取りできるし、ホロキーボードでテキストの編集もできる。電話もテレビ電話方式でできるし、メールも見れるし送れる。
僕が愛用している『VRオフィス』と同じような機能を持つ事務用ソフトも出ており、当然僕もライセンスを購入して使っている。画像・映像等の編集機能や、外付けによる大容量追加メモリ、さらには『思考編集』まで使える。
果ては、ストレアさんを現実に飛び出させて動かすことまでできるので、仕事効率が一気に上がった。
カルテ管理から論文作成まで、超便利に使わせてもらっている。
もっとも、フルダイブのVRと違って目も手も疲れるから、本腰入れて論文作成とかする時は、今まで通り『VRオフィス』とか使うことになるだろうけどね。どっちも一長一短ってことだ。
……っと、話がそれたな。
ともかく、そんな感じでキリト君は着々と夢に向かって勉強し始めている様子である。
そして、そんな彼を支えるために、アスナさんも色々と頑張っているようだ。
勉強はもちろん、家の方針で進められている習い事なんかで色々なスキルアップを進め――ただし、見合いやら『結城』の家関係の企業への就職やらといういらん誘導は、結城教授と協力して潰しながら――キリト君をそばで支えていくために勉強している。
同時進行で、キリト君んとの将来のために必要なアレコレも着々と進めているみたいで……。
キリト君の『育成』に加え、本家の人たちからちょっかいが入らないように、そういう世界の渡り方、みたいなのの勉強も進めているとか……。
……どこの業界も、そういう後ろ暗いというか、ドロドロした部分あるもんなんだな……。
父さんも、教授選の時、裏から手を回して妨害してくる連中の対処で大変で、『なぜ医者が政治家まがいのことをしなくてはならんのか』『医者が相手にするのは患者と病であって、欲の皮の突っ張った俗物共ではないはずだが』って、心底呆れたように言ってたのを覚えている。
父さん自身は、地位にも権力にも興味なくて、むしろ周囲から望まれて今の地位に就いたのに、勝手に周囲がねたんで……って感じだったみたいだからな。
どこの世界でも同じ……か。世知辛いと言うか、嘆かわしいと言うか。
ぜひともあの2人には、そういうのを乗り越えて幸せになってほしいものである。
キリト君を慕う女の子たち……リズベットさんやシリカちゃん、サチさんやリーファちゃん、シノンさん……あとなんか他にも何人かさらに増えそうだっていう心臓に悪い噂があるがそのへんは意図して考えないようにして……
彼女たちも、特にギスギスすることもなく、ある意味奇跡的なほどに仲良くやっている。失礼を承知で言うけども。このへん、キリト君器用なんだか不器用なんだか……いや、器用だったらこんな状況はそもそも作らない気がするけども。
そんなキリト君の周囲を見て、クラインさん達がうらやましがり、エギルさんのとこでやけ酒、時間によってはやけソフトドリンク……というところまでがいつも通り。
未だにあの人には彼女ができない様子で……まあ、彼女いない歴=年齢の僕が何か言えたことでもないので、これに関しては頑張ってくれとしか。エギルさん既婚者だし、アドバイスは任す。
クラディール先生は、年度が変わっても引き続き『教務主任』として臨時学校に勤めている。
加えて今年度から、剣道部の顧問やることになった、って言ってたが……『SAOの剣術とは違いすぎるから少なくとも指導では役に立てん』とも言ってた。
まあ、あの世界では徹底的に実践思考の剣術しか磨かれなかったしな……全く応用がきかないってわけじゃないかもだが、戦闘としてならともかく、競技としての指導は難しいか。
経験者としてキリト君やリーファちゃんに補佐やってほしい、って苦笑してた。
グリムロックさんとグリセルダさんの夫婦も今まで通り仲良くやっている。グリムロックさんの方が、最近リアルの仕事で昇進が見えているそうで、ちょっと忙しそうにしてたかも。
そんな夫を支えるために献身的に尽くすグリセルダさん。そろってちょっと最近ALOにログインする時間が短くなっちゃった、って言っていたな。
あと、毎度おなじみ遠慮というものがないユウキちゃんに『2人の子供はまだなの? あ、もちろんリアルの方ね?』って言われて2人して赤くなってたっけ。
悪い気はしてなかったようだけど……ん、こりゃそう遠くないか……?
……こうして書いてみると、仕事の方はともかく、僕ってば他の人に比べて変化ない日常を送ってる気がするなー……。
いや、そりゃ研究とかは日々進歩させてるけど、日常生活というか私生活って意味でね?
もう今年29になるのに、浮いた話の1つもなし。かといって、がっついてそういうの探すのもアレだと思うしな……焦ったってしょうがないよな。うん。
龍馬兄さんからは『うちの女性看護師でお前狙ってる奴多いから、その気なら1週間もあれば相手見つかると思うぞ?』って言われたけど、いやいやいやいくら何でもないから。いろんな意味で。
奏一郎兄さんは奏一郎兄さんで、『他の教授や助教授から、娘の婿に紹介してくれとよく言われるんだが、家柄目当てなのが明らかだから潰しておいた』って何度か……うん、普通にありがとう。
……ぶっちゃけ、想像もできないんだよな。中学、高校と趣味に生きてきたから、恋愛とか経験どころか想像すらしないうちに青春時代終わったし。
こんな僕を、打算も何も抜きで純粋に好いてくれるようなもの好きな人とか、はてさているのやら。……当の僕がそういう感情をほぼほぼわかってない時点でそんな―――
☆☆☆
「あ、ここにいたんですか、ナツメ先生」
「ん? ああ、ヨルコさんですか」
場所は、ALOにおけるナツメ達の主要拠点の1つである、キリト達のログハウス……から、少し歩いたところにある、小高い丘。
そこで日記を書いていたナツメは、近づいてくる気配を感じて振り返り……その直後にヨルコに話しかけられて、それに返事を返しながら立ち上がった。
「どうかしたんですか? まだパーティー続いてるのに……あ、もしかして具合がどこか?」
現在、何度目かになる『新生アインクラッド 階層ボス討伐記念』のパーティーを、例によってキリト夫妻のログハウスで行っているところだったのだが、ナツメはそこを抜け出して、すぐ近くの静かな丘に来ていた。
「ああいや、そういうんじゃないんですよ。すいません勘違いさせちゃったようで。あー、ユウキちゃんがキリト君達とほら、夫婦談義始めてたでしょ? リズベットさんとかシリカちゃんとかも軒並み巻き込んで……あの流れだと、僕やエリカさんに話が飛び火しそうだったので」
「えっ……ああ、『ソードファミリー』……」
この所、ますます話が広まってきてしまっている呼び名をヨルコの口から聞いて、ナツメははぁ、と疲れたようにため息をついた。
以前ユウキが言ったように、キリト・アスナ夫妻を中心として、その子供であるユイとストレア、さらに妹(義理含む)としてユウキとリーファ、そして親(義理含む)としてエリカとナツメという8人がゲーム内で『家族』扱いされ、呼び名までついてしまっていた。
エリカと自分が、ゲームの中だけとはいえ夫婦関係として扱われる状態を、一時は必死に火消しを行って回避したはずだったのだが……さらにややこしい状況になっている現状をどうしたものかとナツメは常々考えているのだが、答えも成果も今もって出ていない状況だった。
困ったもんです、と頬をかきながら苦笑するナツメに対し……ヨルコは笑顔を浮かべつつも、何やら神妙に何かを考えているようなそぶりを見せていた。何か言いたいのを、必死でこらえているような、そんな印象。
それをナツメも感じ取っていたが、聞いていいものかどうか慮っている間に、ヨルコがふと思いだしたように切り出した。
「そういえば、知ってますかナツメ先生? なんかキリト君……今々すぐにってわけじゃないですけど……留学とかまで考えてる、っていう話」
「え? 留学?」
「はい。えっと……場所とか時期とか、そういうのは全然まだ聞いてないんですけど……決まってるのかどうかもわかんないですし。進路とか、今後の経験の一環として、って。全然まだ選択肢と言うか、可能性のレベルっぽいですけど」
「はぁ……やっぱりゲーム関連なんですかね? 勉強って言うと」
「みたいでした。それで、もしそうなったら……アスナさんもそれについて行くとかいう話になったみたいで」
「おぉー……そこまで。尽くしますねえ、彼女も……まあ、そうなっても不思議と違和感は何もないというか、そうなるだろうな、っていう感じすらしますけど」
「ですよね。キリト君、本当に愛されてますし……それがついさっきの話で、リズベットさんとかリーファちゃん達の中からも何人かついて行く行かないで論争になってました」
「あー……なるほど」
さもありなん、ともう一つため息をつくナツメに、ヨルコは続けて……どこか神妙な口調で、
「皆さん、すごいですよね……まだ若いのに、誰かを支えることに、あんな風に本気で、一生懸命になってて……アスナさんなんて、将来のことまで考えて……」
「あーまあ、僕らの場合は2年間、現実での時間が止まってた代わりに、色々と濃い経験しましたからねえ……その分、精神的にかなり覚悟完了しちゃってる子多いな、とは思いますよ」
「……中々踏み切れない人もいますけどね。それに、この間エリカさんが言ってたんですが……人を支える人生を送るには、支える側も強くなきゃいけないそうですよ。途中でくじけないために」
「なるほど。……まあ、そのへんは問題なさそうなメンツが揃ってますけどね……」
ぐいぐい行くタイプのアスナやリズベットは言うに及ばず、リーファも兄のことになるといつもに増して元気になるし、シノンもここ一番の爆発力は侮れないものがある。シリカやサチは、他の面々に比べると大人しめかもしれないが、それでも根っこの部分は強い女性だとナツメもヨルコも知っている。キリトのこととなればなおさらに。
他人を『支える』ということは決して楽な道ではない、と、機会あるごとにエリカが口にする―――本当に大事だからこそ何度も言うのだろう―――ことだが、どれをとってもちょっとやそっとでは折れないような、かわいらしくもたくましい少女達である。
「……私も」
「?」
「私も……彼女たちみたいに、強くあれたらよかったんですけどね」
少し昔を懐かしむように、やや自嘲気味に言うヨルコ。
そのはかなげな微笑みが、ナツメには不思議と気になって感じられた。
「SAOの時も、いつも中途半端で……攻略組とか中層以下とか、そういうのは無しにしても……結局私、皆に迷惑かけてばっかりだったし、肝心なところでとちっちゃうし……アスナさん達みたいに、胸を張って誰かを支える、って言えるくらいに強かったらな、って、いつも思うんです」
「……何があってそういう風に思うようになったのかは聞きませんけど、そんなことはないと思いますけどね……僕は」
「え?」
「ヨルコさんは十分強いと思いますよ? ここ一番での度胸もあるし、頭の回転も早い。グリセルダさん仕込みの指揮能力もあるし……周囲の比較対象がちょっとアレですが、剣の腕も……正式に『シルフ五傑』に、しかも、領主補佐にまでなったんでしょ? それに……」
一拍置いて、
「一度こうと決めたら、その目的のためにどこまでも本気で一生懸命になれて、そこまで一直線に突っ走れる。けど、その為に周りが見えなくなるとかじゃなく、1つ1つ細かいところに気を配ったうえで1歩1歩進めるのって……ある種才能の領域ですし、頼りがいがあると思いますよ。味方に居てくれると、ゲームにしろ仕事にしろ、すごく助かるというか、頼りになる人です」
「そんな……そのくらい、ナツメ先生もできますよね? むしろ……口も達者で、頭もいいし……細かいところにも気が付くじゃないですか。私なんかより、全然……」
「どうかなぁ……僕の場合は、その細かいところに気が付くって言うのは、大体が目的の延長線上にある部分でですからね……1つのことに手をかけつつ、周囲に広く気配りを、っていう点で考えると全然だと思いますよ? むしろ周りが見えなくなる方だと思ってますし。それができるヨルコさんみたいな人は、むしろ貴重というか……さっきのアスナさん達の話の言い回しを流用する形になりますけど、ヨルコさんに支えてもらえる人は、そりゃもう幸せ者だと思いますよ?」
「…………」
それを聞いて、しばし静かになるヨルコ。
その沈黙が少し気になって、頭上に『?』を浮かべるナツメ。
何か気になったことでもあったのだろうか、と彼が口を開こうとした瞬間、ヨルコは顔を上げると……何か意を決したような表情になって、ナツメに真正面から向き直った。
気のせいか、顔はほ少し赤くなったように見える。荒い呼吸を意識して整えているようにも。
「あ、あの!」
「はい?」
「それなら、その……私も……聞きたいことが、というか、言いたいことがあるというか! その、えっと……ずっと前から言おうとは思ってたんですけど、今ようやく決心できたというか!」
「はぁ……」
なぜか気迫のようなものを――ただし、戦闘時に発せられるそれとは違うものを――感じ取り、やや困惑するナツメに対し……ヨルコは、その身の中の全ての気力を込めるかのように、きつく目をつぶって、まるで逃げたいのを必死でこらえるかのようにし……
「な、ナツメ先生が、そんな風に言ってくれるなら……私のこと、そんな風に思ってくれるなら!」
「…………?」
…………そして―――
「わ、私っ! あなたの……ナツメ先生のごぱらっ!?」
――ドカァン!!
「ん? え!? ぐほっ!」
―――そして、失敗した。
その瞬間、突如として後ろから飛んできた火炎弾がヨルコの後頭部に直撃したのである。
その衝撃で、当然のようにセリフは中断されたばかりか、つんのめってナツメを巻き込んで倒れ――ナツメのみぞおちにヨルコの頭部がクリーンヒットするおまけつき――2人共地面に倒れ込む。
形としては、ヨルコがナツメを押し倒すような形になっているが……今のこの状況は、色気のある展開に発展するには、あまりにも唐突で、意味不明で……そして、無情だった。
鳩尾にヨルコのヘッドバットが直撃した圧迫感を感じながら、ナツメはヨルコを助け起こしながら、自分も上体を起こし……そこで、向こうでキリト達が、毎度おなじみデュエル大会を開き、思い思いに、好き放題戦っているのが見えた。
(あー……デュエルの流れ弾か、今の『ファイアボール』は。ここ『圏内』だからダメージは無いだろうけど……そういや、ヨルコさん何か言いかけてたような……?)
それが少し気になり、彼女に尋ねてみようとしたナツメだったが……そのヨルコはというと、ちょうど今、ゆらり、と擬音が付きそうな、幽鬼のような動きで立ち上がったところだった。
気のせいだろうか、怒り、悲しみ、無念……その他いろいろな感情が一緒くたになった、不気味かつ静謐なオーラが、その背から立ち上っているように見えた。
少なくとも、目の前で見ていたナツメは、そう幻視した。理由はわからなかったが。
「……ふ、ふふ、ふふふふふ……」
「……あ、あの、ヨルコさん? その……だ、大丈夫ですか?」
圏内だから、ダメージはないはず。再度、そう頭に思い浮かべるナツメ。
実際その通り、ヨルコに特にダメージはなかった…………HPに限っては、だが。
ただし……彼女の心は別だった。
「ナツメ先生……ちょっと私、用事を思い出したので……失礼しますね」
「え? あ、はい……その、気を付けて」
ふらふらとした足取りでその場から歩き去ったヨルコは……数秒後、キリト達が戦っている無差別デュエルの場に、修羅の幻影を背負って乱入していった。
「(ピロリン!)ん? 新規デュエル参加者……? 一体誰が……って、ヨルコさん!?」
「え、ヨルコさん? 何で?」
「おぉ、何だよヨルコさんも参加すんのか? いいぜ来いよ! でも手加減しなどわあああぁぁあ!?」
――ドゴォオオォオン!!
「え!? ちょ、な、いきなり爆発魔法!? ちょ、ヨルコさん何を……」
「誰ですか!? 今ファイアボール打ってきたの、よく狙わずに見当違いの方向にファイアボールをすっとばしてきたのは誰ですかぁ!?」
「ファイアボール? ってーと、さっき使ってたのは……クラインか?」
「あいててて……んあ? ああ、正確には魔法じゃなくて、魔剣の特殊効果で放った遠距離用攻撃だけど……さっき使って、キリトに避けられちまったよな?」
「ひょっとして、そのファイアボールが当たっちゃったんじゃない? 流れ弾で」
「ああ、だから怒ってんのか」
「マジかよ!? あー、すんませんヨルコさん、今度から気を付けまどわあああぁぁあ!?」
――ドゴォオオォオン!!
「クラインさん……クラインさん……っ!! あなたのせいで……あなたのせいでぇっ!!」
「ちょ、ちょっとヨルコさんどうしたの!? 落ち着いて!」
「あなたさえいなければぁ―――っ!」
「お、おい落ち着いてくれよヨルコさん!? セリフ何気に結構やばいこと言ってるから! つか、何でそんなクラインを目の敵に……」
「ね、ねえキリト、アスナ……今、ヨルコさんが走ってきた方角なんだけどさ……」
「ん、どうしたのリズ? ヨルコさんが走ってきた方角って、何が……あれ? あそこにいるのって……ナツメ先生?」
「え、ナツメ!?」
「……ヨルコさんと、ナツメ先生……夜、星空の下、2人っきり……え、ちょっと、まさか」
「もうちょっとだったのに……もうちょっとだったのにぃ! もうちょっとで言えたのにぃ!」
――ドゴォオオォオン!!
「……ねえ、アスナ、キリト……もしかしてクラインの奴、今さっき、とんでもなく罪深いことしちゃったんじゃ……」
「「……あー……」」
何を互いに合図するでもなく、キリト達は……獅子奮迅の動きを見せながらも、どこか悲しみを背負っていそうなヨルコの姿に、何があったのかを察した。
具体的には、ヨルコが何をしようとした瞬間に、クラインの攻撃が流れ弾として飛んでいって、それを台無しにしてしまったのか……全てを察した。
「せっかくっ……せっかく勇気を、出して! 勇気を振り絞って! 言おうとしたのに……!」
「(ずざざっ)呼んだ?」
「いや、読んでないわよユウキ」
「あー! 何キリト達デュエルなんかやってんの!? ずっるーい、混ぜてよボクもー!」
「聞け、ちょっと聞けユウキ。今ちょっと取り込んでるから、1人の女性が割とマジで悲しみを背負って修羅になってっから」
「うん? 何の話?」
「うわあぁぁああ―――んっ!(号泣)」
ついにはユウキも巻き込んで(というかユウキの方から勝手に巻き込まれて、ないし飛び込んで)漫才のように繰り広げられる、悲喜こもごも、騒がしいやり取り。
それを眺めながら、あまり事情はよくわかっていないながらも、やれやれ、とナツメはため息をついていた。
その顔には、呆れと同時に……しかし、この状況を確かに、嬉しくも思っているのであろう笑みが浮かんでいた。
(よくわかんないけど……まあ、いいか。笑いあり、涙あり、って感じで、こういう騒がしくて、皆巻き込んで大はしゃぎする感じになるのが、結局のところ、僕らの『お約束』だからな。辛気臭い空気になるより、ずっといい…………どうしてああなってんのかはわからんけど。依然として)
結局ユウキも飛び込んでいき、ヨルコは泣きながら剣を振るう……カオスが加速していっているその惨状を見ながら、ナツメはのんきにそんなことを考えるのだった。
「これからもずっと、こんな日々が続いたらいいのにな……」
「いや、ダメだろコレが続いちゃ」
「ヨルコさん可哀そうすぎますよ」
「ただでさえいつになるかわからんのに……一世一代のタイミングまで邪魔されて……」
「……? 僕何か変なこと言いました?」
エギル、シリカ、そしてサクヤからのツッコミを受けてきょとんとする……やっぱりわかっていないナツメだった。
この男に、ヨルコの想いが届く日は、果たして本当に来るのか、そしてそれはいつになるのか……誰にもわからない。
わからないまま、いつもどおりに、今日が終わる。
「何でこうなるんですかぁぁ――――っ!!」
――『ソードアート・オンライン 青纏の剣医』 完――
SAOの世界における『ナツメ』の物語、これにて完結となります。
第1話の投稿からおよそ3ヶ月弱。勢い10割のやりたい放題で書いてきましたが……無事に完結させられました……!
感想などは1つ残らず全て読ませていただいて、執筆の励みとしておりました。
今後もしかしたら、番外編や後日談など、追加でぽつぽつと書いていくかもしれませんが、本編はとりあえず、これで終了とさせていただきます。
ゲーム版の展開とか、色々番外編のアイデアとか、頭の中にあるけど書いてないもの、いくつか残ってますし…………結局ヨルコさん最後までダメだったし(ぼそっ)
今現在アニメ放送中の『アリシゼーション編』も……もしかしたら、とは思ってます。
ただ自分、アニメも小説も、話そろってから後で一気に見るタイプなので、ほとんどまだ全然見ても読んでもないんですけど。プロットも何もないですし。
もしその時はまたよろしくお願いできればと思いますが、本日ひとまず、これで区切りとさせていただきます。
ご愛読いただきまして、本当にありがとうございました!