こういう、企画系のテーマで書くの初めてなんですが、上手いことかけてたらいいな、と思いつつ……
Side.キリト
4月1日。
今日は言わずと知れた『エイプリルフール』である。
昔からこの日1日は、『嘘をついてもいい日である』という風習があり……2026年の今も、あちこちでユーモア満載の『嘘』を見ることができる。
友達同士で担ぎ合うのに始まり、ネットやテレビ、ラジオなんかでは、『嘘ニュース』や『嘘広告』が流されたりして、見る者の目を楽しませる、なんていうのも、以前からよくあるこの日の楽しみ方だ。
実はこの『嘘をついてもいい』という風習は、最初からそういう形であったわけじゃなく、ヨーロッパの方で宗教が絡んだなんやかんやがあって、それが色々と変遷して今の形で全世界に定着した、というバックグラウンドがあったりするんだが、まあその辺は省こうと思う。
興味がある人はネットか何かで調べてみるといいだろう。
なお、知らないままでいると、最近おなじみになってきてる某毒舌5歳児に『ボーっと生きてんじゃねーよ!』と怒られるかもしれないが、まあそれは置いておこう。
遠回りな話題になってしまったけど、今年は色んなごたごたも済んだってことで、俺達も仲間内でこの『エイプリルフール』を楽しんでみようってことになったのだ。
ちょうど昨日、俺の所のログハウスで集まってそういう話になった。皆、割とノリノリだったな。
さらには、俺達が愛用している『ALO』においても、この『エイプリルフール』はイベントの一環として検討されているらしい。
何が起こるのかは明らかにされていないが、何かは起こる、とだけプレイヤー達に周知され散るので……それも重ねて楽しみだ。
さて、それじゃあそろそろログインするとするか……みんな、どんな『嘘』でお互いに楽しませることになるのやら。
「ふぅ……リンク・スタート!」
そう、いつもの掛け声と共に、俺は馴れ親しんだ浮遊感を体に覚えながら、VRの世界にダイブしていく。
そして、これもいつも通り。前日にログアウトした、ALOにおける我が家……ログハウスのベッドの上で目を覚ましたのだった……。
…………両手両足をベッドに拘束されて身動きが取れない状態で。
(いきなり何か始まった―――!?)
両手両足が『X』の字になるように引き延ばされて拘束されていた。
幸い首は動くので、周囲をどうにか見てみると、そこには……
「それでは手術を始めます。キリト君、君はこれから人間を超えた存在になるのです」
「怖がることはない。起きるころには全て終わっているから、安心して眠っていたまえ」
「気後れするのはわかる。だがこれは運命だ」
「「「イ――――ッ!」」」
「何してんのお前ら!? ナツメと、デュークとワイズマンと……あと奥にいるのジエンドとパンドラさんだよな!? そしてそっちの覆面の連中! お前ら『黒猫団』だろ声でわかるぞケイタ!」
手術服っぽいのに身を包んだ医者3人が、両手を顔の前に掲げる、外科医おなじみの『あのポーズ』で立ってるわ、その後ろの方に黒地に白骨を思わせるプリントの入った全身タイツ&覆面の集団が立ってるわ…………ぶっちゃけ怖い。そしてびっくりした。
『やめろ! ぶっとばすぞ!』って言った方がよかったのかもしれないが、突然すぎて気の利いた返し方ができなかった。
ログインした瞬間にこんな展開待ってるとは思わないだろ……どうやったんだよ準備?
あと何でかな……ナツメ達がそういうこと言うと、なぜか冗談に聞こえないと言うか、本気で改造されそうで怖かった。
ナツメからすぐにネタ晴らしがあったものの、その後ろでデュークが錠前を手でいじりながらフルーツを食べてたり、ワイズマンがやたら大きい指輪とか宝石?をいじりながらドーナツを食べてたり、ジエンドが変な紫色のメダルを指ではじいて遊んでたりしたのもなぜか怖かった。
あとパンドラさんはふざけて、動けない俺にガスか何かを浴びせて来た。むせた。
多分アレ、魔法で発生させた状態異常系のガスとかだった気がしたけど……幸いというか、ここ『圏内』だから、ダメージもなければ状態異常にもならなかったし。
『あ、そっかキリト君元々黒いわね』とも言っていた。意味はよくわからなかった。
あと、後ろの方でケイタ達が『ヤベーィ』『ヤベーィ』とか言ってたのもちょっと気になったな。『イー!』じゃないのかよ。
なお、そのケイタ達はネタ晴らし後しばらくしたら、さっさと着替えて退散していた。
☆☆☆
開始早々驚かされたものの……とりあえずエイプリルフールはスタートした。
主に仲間内でだが、嘘ついたりつかれたりして面白おかしくやれていたし、ナツメ達みたいにぶっとんだものを用意して持ってくる奴なんてそうそういなかったからな。
当初の予定通り、軽い感じで楽しめるイベントになったと思う。
もちろんその中には、俺を担ごうとしたり、驚かせようとしてくるような奴もいたわけだが、
「お、おはようお兄ちゃん。そ、その……き、昨日は激しかったね? え? お、覚えてないの……そ、そっか、お兄ちゃん酔っぱらってたもんね、あの後、倫理コード解除して……ごにょごにょ……」
「き、キリトさん、その時に私も……か、飼ってくれる、っていう約束ですよね……?」
頬を赤く染めたリーファと、自分で首に首輪(鎖付き)を装着したシリカが、そんな風に迫ってきたりした…………が、
「30点」
「「はうっ!?」」
辛辣な評価かもしれないが、そのくらいじゃ俺はもう驚かない。
いや、シチュエーション自体は衝撃的だが……リーファとシリカのそれ、こないだの『妊娠体験ソフト』の時と被ってるから、若干の使い回し感あるんだよな。
もうちょっと創意工夫を見せてほしかった、ってことで、30点。
「くっ、そっか、そうだったか……言われてみればそうだね、私達が甘かったみたい。……私的にはもう1回と言わず何回でも体験したいシチュエーションだったから思わず選んじゃったんだけど……」
「わ、私も……なんならその、ホントに1日とか、ちょっとだけお試しでやっていただいても……」
え、何君たち小声でちょっと怖いこと言ってるの?
あ、あーあーあー、わかった、それも冗談だな? あっはっは、ちょっとだけ驚かされちまったなー、こりゃ一本取られたわ。上手いなリーファ、シリカ。
「「……………………」」
……おい、ネタ晴らしは?
☆☆☆
リーファとシリカに続いてやってきたのは、リズだった。
その手に持っていたのは…………んん!?
「キリトー、これ見て! さっき鍛冶やってたら、エクスキャリバー作れちゃった!」
「うそぉ!?」
それは紛れもなく、俺が今ストレージに保管しているはずの伝説級武器……『聖剣エクスキャリバー』だった。
それをリズは、しかも両手に1本ずつ持って嬉しそうに走ってくる。
いや、ちょっ……え!? 何だそれ!? どういうこと!?
たぶんきっと恐らくエイプリルフールの何かだと思うけど……見た目はどう見ても、俺の持ってるエクスキャリバーと全く同じなんだが……
嘘だよな!? アレが鍛冶で、みんなで協力してあんだけ苦労して手に入れたエクスキャリバーが、自分で作れたって……いや、嘘も何も今実際に目の前に2本あるんだがよ……
ゲーマーとしての性が刺激されてしまい、目に見えて狼狽えてしまった俺の様子を見て満足したのか、リズはすぐに『なーんちゃって!』とネタ晴らししてきたが。
「と言ってもコレ、私が何かしたわけじゃないんだけどね。私自身驚いたわよ……まさか、新しいスミスハンマーの肩慣らしに低級武器作ろうとしたら、コレができちゃうなんて思わなかったし」
「……? どういうことだ? リズも驚いたって……コレ、お前が作ったんだろ?」
「見ればわかるわ、はいコレ、ウィンドウ可視化したから、見て」
そう言って、リズは自身の持つ『鑑定スキル』によって、手に持っているエクスキャリバーの説明文を呼び出し、それを俺に見せて来た。えーと……ああ、そういうことか。
『聖剣エクスキャリバー Ver.4.1』
4月1日だけ作って使うことができる特別な聖剣。1日限りの伝説級性能を楽しんでね。
なおこの剣は、4月2日午前0時になると、もとの素材に戻り、精製に使ったユルド他の資源も製造者・発注者にバックされます。また、この剣を使ってボス等を倒したり、タイムトライアル系のイベントをクリアしても、それは正式な記録としてカウントはされないのでご了承ください。
なるほど……これか、ALOでイベントとして実装される『エイプリルフール』ってのは。
本来、世界に1本だけしかない伝説級武器が、低級の素材で簡単に作れてしまうと。しかしそれは今日限りだと。
ボス戦とかにも使えるけど、使って勝ってもそれは正式な記録にはならない……つまり、タイムトライアルで最短記録とか出せても、記録更新という扱いにはならないわけだ。
こりゃ面白いこと考えるな、運営も。
それに、見事に引っ掛けてくれたリズもだな。こりゃ1本とられた。
「それとさキリト、なんかフィールドの一部のモンスターのドロップもいじられてるみたいよ? なんか、このエクスキャリバーとか、ユージーン将軍の持ってる魔剣グラムとかがぽんぽんドロップしてるんだって。この後行ってみない?」
「マジかそれ!? 面白そうだな……行ってみるか!」
☆☆☆
その後も俺達は、色々な嘘を用意した引っ掛け合いで面白おかしく1日騒いでいた。
微笑ましいのもあれば、ガチで慌てさせられるのもあったな……どっちかと言うと後者の方が多かった。全体として心臓に優しくない1日だったかもしれん。
代表的なものだと、そうだな……
変なニュースとか告知を流して、すぐさま『嘘です』って訂正するものが一番多かったかもしれん。お手軽で、それぞれ千差万別なものを用意できるからな。
ユナがVRアイドルを引退して『私、普通の女の子に戻ります!』とか発表したりとか。
一部のファンがマジで信じてしまったのか、阿鼻叫喚になりかけたところを、あらかじめネタ晴らしのテロップを用意していたノーチラスがすかさずカミングアウトして収束させていたっけ。
もちろん嘘であるので、その後『騙してごめんねー♪』と、お詫びという形でゲリラライブ始まったりした。ユナが絡むとほぼ必ず最後はこうなるよな、にぎやかで楽しくていいけど。
リズと、合流したアスナ達と一緒に狩場に行くと、聞いていた通り、そこらのザコ敵から伝説級武器がぽんぽんドロップしてて……面白がって皆で狩りまくって、ダース単位で『エクスキャリバー』とか集めちゃったりもしたな。
日付が変わると同時に、本来のドロップ素材になっちゃうらしいけどな。
もったいないんで、全員エクスキャリバー装備した状態で記念写真にSS撮っておいた。とんでもない絵面である。
その後、全員エクスキャリバー装備状態で、今度はデュエル大会が始まった。
ユウキが手が付けられないくらいに暴れた。ただでさえ強いのに、武器がそれに伴った者持つと、ほら……うん。
『絶剣』ユウキ+『聖剣エクスキャリバー』……『鬼に金棒』以上だな、俺達的には。
俺はせっかくだし、両方エクスキャリバーで『二刀流』させてもらったけど。
しかし、あっちでもこっちでもエクスキャリバー使ってるから、
『これ俺のエクスキャリバーだよ!』
『いや俺のエクスキャリバーだ! お前のエクスキャリバーあっちだろ!』
『あれ、僕のエクスキャリバーどれだっけ?』
『おーい、ここに落ちてるエクスキャリバー誰んだー?』
『ちょっと君! エクスキャリバーのポイ捨てはやめなさい!』
『今ならエクスキャリバーを買うともう1本エクスキャリバーがついてくる!』
『このエクスキャリバーを見てくれ、どう思う?』
『すごく……エクスキャリバーです……』
もうなんかエクスキャリバーという単語の意味が分からなくなりそうなんだが。
一応俺のストレージ内には、正真正銘本物のエクスキャリバーが眠ってるんだが、今出したら確実に見分けつかなくなって無くしそうなので、『コレが本物のエクスキャリバーだ!』って取り出してデュエルで暴れるプランは、心の中でそっと封印することにした。
その後家に帰ったら帰ったで、色んな嘘が飛び交ってたしな。
アスナと俺のところにメールが届いたかと思ったら、どうやらこれも運営からの嘘イベントの一環のようで……
『このたび、お宅のログハウスに耐震強度偽装の可能性があることが発覚しました。このままでは地震の際に倒壊する危険がありますので、安全確保のために本日中に引っ越しをお願いします。
ALOパレス広報事務部局より』
なんてブラックユーモアな通知だ。
どうやら、マイホーム持ちのプレイヤーにランダムで届いている通知らしい。デュークの所にも似たようなのが届いたって言ってた。ただしそっちが耐震強度じゃなくて防火構造に欠陥がとかなんとかいう内容だったらしいが。
しかし、グリセルダさんとグリムロックの家には届かなかったそうだ。
それ以上にブラックだったのは、まさかのユイが仕掛けて来た嘘だった。
「パパ……今まで育ててくださって、ありがとうございました」
そんな風に言って、ピクシーモードから子供モードに変身したユイが手渡してきたのは、1通の封筒。
開けて中身を見て見ると、そこには……
『ユイ×クライン 結婚式・披露宴招待状』
「私……私、クラインさんと幸せになります!」
これはその後アスナとユイから聞いた話で、俺自身は記憶があやふやなんだが……上記のセリフを聞いた直後、俺はエクスキャリバー(本物)と、リズに作ってもらった魔剣『リメインズハート』をそれぞれの手に持って、光の消えた瞳で『ちょっと行ってくる』と家を出ていこうとしたそうだ。
『やばい』と思ったアスナとユイが必死で止めてくれて、きちんとネタ晴らしをしたおかげで事なきを得たらしい。
よかった。もし本当だったら、俺はクラインを……SAOをともに戦ってきた戦友を、この手で八つ裂きにしていたかもしれない。
他にもこないだ、また新たな階層ボスを、シルフの軍を率いてサクヤさん達が倒したんだが……その記念パレードが今日行われるということだったので、何か起こるんだろうな、と思いつつ見に行った。
そしたら、パレードの最中にまさかのサクヤさん暗殺である。
超遠距離から飛んできた矢の一撃によるスナイプで、衆人環視の中……某国のある大統領の暗殺事件みたいな感じで起こった大事件。直後きちんとネタ晴らしはされたものの、騒然となったっけなあ……。
ちなみに、とっさに俺は狙撃の犯人を捜したんだが……逃げていく後ろ姿が……水色の猫耳としっぽ、そして恐らくは伝説級武器であろう弓矢に強烈に見覚えがあったんだが……。
どう見てもシノンです本当にありがとうございました。
何やってんだよあいつも……
ブラックユーモア、まだまだある。
パンドラさん(2回目)に『そう言えばこの間、アスナちゃんから『口の堅い産婦人科の先生紹介してもらえませんか?』って相談受けたんだけど、キリト君何か心当たりある?』って言われた。
ガチでびっくりした……一瞬、ホントに責任とらなきゃいけない事態になったかと……
いや、そりゃもちろんゆくゆくは、とは考えてるけどな!?
けど、まだ俺達『臨時学校』の過程も終わってないうちだし、それはさすがに……と思った。
……そもそも、きちんと『対策』はしてたはずで……ごにょごにょ。
さっきまで戦闘員だったはずのケイタたちが何食わぬ顔で戻ってきたかと思えば、
「悪いキリト、こっちでドッキリもう1つ用意してたんだけど、できなくなった」
と、なぜか謝罪。
詳しく聞いたら、そろそろ迫っている昼飯の時間に合わせて、さっきのお詫びってことでケイタたちが昼飯をおごってくれるという話に持っていく予定でいたらしい。
そして運ばれてくるのを待っていると、今朝取れたばかりの新鮮な魚介類の刺身がたくさん届いてまあびっくり、という手はずだったそうだ。
……ただし、皿ではなくサチの体に盛り付けた、いわゆる『女体盛り』で。
これを聞いた時点で、とりあえず教育上よくないのでケイタたちを外に蹴り出し、『にょたいもりって何ですか?』と無垢な目で聞いてくるユイをしれっとアスナに任せ、事情を聴く。
裸じゃなくきちんと水着着た状態で出すつもりだった? 五十歩百歩だよこのバカ共。
ちなみに、盛り付けとかはきちんと知り合いの女性プレイヤー達に頼む予定だったらしいが(倫理コード引っかからないように)、サチが緊張と恥ずかしさが限界を突破し、気絶。
同時にアミュスフィアの安全装置で回線切断してしまったため中止、だそうな。
なお、驚いたことにこのドッキリ、発案はサチ本人だという。
インパクトでアスナやリズ、その他の面々に負けないレベルを狙ったらしい。攻めすぎだろ。
アドバイザーがアルゴだって聞いて、いくらかは納得言ったが。
しかし……こないだの補助コントローラの一件といい、妊娠ソフトの時の昼ドラ設定といい……どうしてこういう時間違った方向にやる気を出そうとするんだあいつは……
気絶で思い出したんだが……没になったドッキリがもう一つあった。
発案はエリカさんである。普段散々もう言われてるから、いっそこんな日くらい逆にネタにしてやろうと思ったらしい。
ナツメとエリカさんがお揃いの指輪を左手薬指にはめている、というドッキリを計画した。
うん、多分だけど、若干のやけくそが含まれてたと思う。
恐らくは、主に俺やアスナをターゲットにしたものだったと思うんだが……今言った通り、このドッキリは日の目を見ることなく封印されることとなった。
忘れていたのだ。こんなドッキリを見せたら、タダでは済まない人がいるということを。
小道具として用意しておいた指輪を2人で嵌めて、打ち合わせというか練習していたところ……不運にも偶然そこを通りかかったヨルコさんがそれを目撃して卒倒、からの安全装置で回線切断。
見ていたエリカさん曰く……まず目から光が消え、手足からだらんと力が抜け、口を半開きにしてぱくぱくと何かつぶやくように動かし……最終的に糸が切れたかのようにその場に力なく崩れ落ちたそうだ。
髪を振り乱し、倒れたにしても不自然な感じの姿勢で、手足が変な方向に投げ出された形だったらしいその様子は、まるで車にはねられたマネキンとかダミー人形のよう。
死体にしか見えず、ホラー映画を連想させるレベルの恐怖映像だったという。
暗殺ドッキリ終了直後のサクヤさん(実姉)が慌てて後を追いかけてログアウトしていたそうだ。
本当に……毎度毎度、間の悪い人だな、ヨルコさんも……。
あと、なぜかその場面をばっちり目撃していたユウキが、指輪をはめている2人をSSに収めて保管していたんだが……とりあえずろくな目的には使わないんだろうな、というのは予想がつく。
ブラックなネタ第2位。
その日の17時30分、突如としてイグシティの上空に、あるものが現れた。
それは、パッと見、何かのレイドボスとかモンスターのような見た目ではあった。
ALOを楽しんでいるほとんどのプレイヤー達からすれば、『何かイベントが始まったんだな』という程度の認識だっただろうが……一部、それに対して強烈に見覚えのある者達がいた。
そう……俺達、SAO生還者が。
『プレイヤー諸君、私の世界へようこそ』
赤ローブに顔のない、魔術師のような巨大アバターがそう言った瞬間、あの世界にいた全員がコンソールを開き、ログアウトボタンの有無を確認していた。
…………ない!?
……あ、いや、違う。透明になってるだけで、ちゃんとある。
なお、流石に悪趣味だってことで、その後運営にクレームが殺到したことは言うまでもない。
そして、ブラックなネタ第1位は……今現在まさに目の前で繰り広げられているこの光景だ。
何だか表が騒がしいので、俺とユイがログハウスの外に出てきてみたところ……目を疑う光景が広がっていた。
オレンジ色の夕日に染まる、黄昏時ののALO世界。
開けた草原が、森が、湖が、夕焼けの色に同じように染められていた。
その地面に降り立って、片膝をついている、何十人もの妖精たち。
その中には、ユージーンやサクヤさん、アリシャさんもいる。
その全員の視線の先で……アスナの腕の中で、力なくその身を預けている、ユウキの姿があった。
その身が纏う儚い雰囲気は、まるで、今にも命の灯火が消えかかっているかのようで……
手の中のユウキを優しく見つめているアスナは、慈愛に満ちた、まさに女神のように優しい雰囲気を漂わせていて……ユウキは、力なく、しかし安心して、目を閉じようとしていた。
「アスナ……ボク、幸せだよ……こんなにたくさんの、仲間たちに、見送られて、逝けるんだから……こうして旅を、終えられるんだから……」
「私、またいつか、きっと、あなたと出会う。こことは違う場所で……きっと……その時は、ユウキ……あなたが見つけたものを、私にも教えてね……?」
「ボク、頑張って、生きた……ここで……生きた、よ……」
―――ごごすっ!!
「「あ痛ぁっ!?」」
とりあえず、不謹慎にも程があると思うので、1発ずつ拳骨を落としておいた。
なお、エキストラと思しき妖精たちは、ユージーンの『一同、撤収!』の掛け声で、その後速やかに解散していった。
あのほんの1分足らずの時間のために力入れすぎだろ……何考えてんだよ、あいつら……
というか、今日体験したこと全般に言える気がするんだが……コレ、嘘とかひっかけって言うより、完全にドッキリの類だよな? 微妙に趣旨とかが違う気がするんだが?
どっちかっていうと、年末恒例の『絶対に笑ってはいけない○○』に近かったような……いや、笑うっていうか驚かされる感じだったけども。
……まあいいや。それなりに楽しくはあったし。
こうして、予想よりもだいぶ疲れさせられることとなった1日は、どうにか終わりをつげ……しかしまあ、いい思い出にはなったんじゃないかな、と、俺はそう思うことにした。
…………俺自身が嘘つくの忘れた、と気づいたのは、日付が変わってからのことである。
―追記―
日付も変わって、4月2日になってからのことだったんだが……おかしなことがあった。
ALOから、正式な、しかし不可解な発表があったのだ。
なんでも、『昨日ユグシティに現れた、例の赤ローブのアバターは、公式に用意されたイベントではない』とのこと。
何らかのプログラムのミスで謝って投影されてしまったものであり、お騒がせしたことをお詫び申し上げます。と、お詫びの品で低品質のポーションを添えて、全プレイヤーにメッセージが送られたのだ。
……あんな鮮明な画像が、プログラムのミスで偶然投影? それも、4月1日に、あの瞬間と同じ時間である17:30に、同じ声で同じような場所で、ログアウトボタンの透明化なんてサプライズ演出まで伴って……?
そんなもん、不可能だろ、狙ってやりでもしなきゃ。
いや、元々あのイベントは少し変だった。ネタでやるには少々ブラックだと思ったし(ユウキとアスナのアレほどじゃないが)、そもそもあの場面を知ってるのは、SAOの中にいた奴らだけだ。
と、いうことは……アレの犯人は……
……どうやらあの男は、今も元気に電脳空間のどこかで自由にやっているらしい。