日本国の首相官邸では、
「朝田、篠原両名の報告の通り、パーパルディア皇国軍はフェン王国のニシノミヤコを占領しています。ニシノミヤコに滞在していたと思われる邦人二〇三名と連絡がとれなくなっています」
外務大臣が報告する。
「では二〇三名が人質になっていると?」
総理大臣の確認に、外務大臣は暗い顔で頷く。
「そうでない可能性はありますが……それは希望的観測と言わざるを得ません」
「自衛隊で人質を救出することは可能かね?」
総理大臣の質問を予想していた防衛大臣は、内心でため息をつく。
「不可能とは言いませんが、極めて困難です。このような状況では、いわゆる特殊部隊による救出作戦しかありません。陸上自衛隊には特殊作戦群というそれに該当する組織がありますが、このような救出作戦を実行した経験がありません。全ては手探り状態です」
「米軍に依頼してはどうでしょう?」
門外漢の環境大臣の発言に、他の閣僚は苦い顔をする。
「それは拙い。米軍には寝ていてもらわないと困る。国内世論に動揺が起きるのを承知で、なぜリーン・ノウの森の調査結果を公表したのか忘れたのかね? 寝た子を起こすような真似はできない」
総理大臣がきっぱりと否定する。
日本は国内に爆弾を抱えていた。在日米軍である。
新世界において、今のところ自衛隊に対抗しうる唯一の戦力は、在日米軍である。
在日米軍の暴走、それこそが日本の安全保障にとって最大の懸念の一つなのだ。
祖国と切り離されたことによって絶望し、犯罪に走る米兵が後を絶たない。それだけでも大問題だが、犯罪に走るのが個人ではなく集団になったらどうなるか?
あるいは彼らが祖先の開拓者精神に目覚め、日本国外に勝手に新天地を求めたらどうなるか?
いずれにせよ、控えめに言っても相当面倒なことになるだろう。在日米軍の不安を取り除くため、日本政府は旧世界に帰れる可能性が存在するという具体的な証拠を示す必要があったのだ。たとえ国内世論が動揺してもだ。
そこまでして抑えたリスクを、(語弊があるが)この程度のリスクを回避するために取り直すという選択肢はない。
だが環境大臣は諦めが悪かった。
「では米軍の特殊部隊に自衛隊を指導してもらうというのは?」
防衛大臣は再び内心でため息をつく。
「それも無理ですな。経験以前に
アメリカはCIAを使って全世界に情報網を築いていましたが、それでも救出作戦の成功率は決して高くないのです。イラン革命のアメリカ大使館占領事件で、時のカーター政権は救出作戦を試みましたが、無残な失敗に終わっています。
担当大臣としてはこのようなことは口にしたくないのですが、特殊作戦群による救出作戦は最後の手段と思って頂きたい」
防衛大臣はこれでダメ押しをしたつもりだったが、環境大臣は予想以上に空気が読めなかった。
「トーパ王国だ! トーパ王国では、自衛隊は多数の民間人を救出しているではないですか?」
ど素人は黙っていろ、そう怒鳴りたくなる衝動を、防衛大臣は必死に抑えた。
「確かにオペレーションモモタロウの指揮官四名は、特殊作戦群のメンバーです」
閣僚たちの間に、驚きと少々の期待が混じったどよめきが起きる。
「ですが、トーパとフェンでは事情が全く違う。トーパ王国への派遣は害獣駆除、
そこまで言われて、ようやく環境大臣は沈黙した。
「確かに
総理大臣の発言に、防衛大臣は思わずギクリとした。それを見た総理大臣は、苦笑を漏らした。
「救出作戦を強行しろというわけではない」
総理大臣はそう言って防衛大臣を安心させると、全閣僚に問うた。
「パーパルディアは、我々が回答するまでニシノミヤコでおとなしく待ってくれるような紳士かね?」
誰も言葉に出しては答えなかったが、その場の空気から全員の答えが一致しているのが分かった。
「我々の回答の有無や内容にかかわらず、パーパルディア皇国はフェン王国への侵略を続けるだろう」
総理大臣はそこで一拍おいて、全員がその内容を
「フェン王国に滞在している邦人は何人かな?」
「約三千人です」
「そういうことだ。拘束された二〇三人のみならず、三千人の日本人が危機にさらされている。これを見過ごすことは、政府としては到底できない。パーパルディア─フェン戦争への自衛隊による介入は、不可避だと承知してもらいたい」
総理大臣は今度は間を置かず、防衛大臣に指示を出す。
「フェン王国での武力行使に必要なモノを全て洗い出したまえ。最優先で揃えさせる」
「
「情報収集衛星か」
全閣僚の視線が、自然と
「人工衛星の打ち上げ実験は、二週間後です」
「急がせたまえ」
「ですが無理に急がせると、失敗する確率が……」
「構わん。手遅れになってから正解が分かっても、無意味だ」
そして総理大臣は、外務大臣にも指示を出す。
「朝田、篠原の両名には、時間稼ぎをさせろ」