Masked Rider EVOL 黒の宙 作:湧者ぽこヒコ
万丈「だめだ。北都の食いもんは口に合わねえ」
万丈「美空のグラタン食いてーよー」
万丈「……東都に1回戻ろうかな」
万丈「うーん。グラタン食いてえしなあ」
兵士「団長!グラタン!作りましたよ!」
万丈「違うんだよなぁ……」
兵士「……?」
「戦兎ちゃん!?佳奈ちゃんが居なくなってるって!!買い物してる時に、奥様がちょっと目を離してるうちに居なくなったって――」
スタークが消えてすぐ、地図の場所に向かいつつ紗羽嬢に確認したら、佳奈ちゃんが居なくなっていた。
くそ、なんで関係のない人ばかり……!!
【――昨夜未明、男性の惨殺された遺体が発見され――】
【――内藤 太郎さん 49歳だと判明致しております。尚――】
脳裏にあの悲劇が蘇る。
わたしの手で救えなかった尊い命。
……何が笑顔と希望を護るだ。
何が正義のヒーローなんだよ!!!
わたしはこんなにも無力だ。
ただただ大切な人が蹂躙されていく、無力なヒーロー。
お願い、お願いだから間に合って……!
あの子の笑顔を、あの子を救えなかったらわたしは――
「――あった……あったあったあった!!ここだ!!!」
肺が潰れそうになるほど苦しくなるのを無視し、生まれて初めてこんなに全速力で走って、やっと見つけた建物。古いぼろぼろのアパート。
スタークが投げ捨てた地図に記されていた印。
やつが言っていた場所。
間違いない、ここだ。
急がないと、あの子が……
早く、もっと早く。早く早く早く。
肺なんて潰れてもいい。
心臓なんて壊れてもいい。
あの子の命を護れるなら――
「――佳奈ちゃん!?居るの!?」
あちこちに身体をぶつけるのを無視し、急いで解錠した部屋。
中は狭いワンルームだ、どこなの佳奈ちゃん……!
「んー!!んー!!!」
……男性の呻き声?
声がする場所を確認すると、そこは恐らく浴室。
多分、若くはない低く太い声。
……つまり佳奈ちゃんじゃ、ない。
ということは隣の部屋。
203号室に佳奈ちゃんが……!!
……でも、この人も助けないと。
見捨てるわけにはいかない。
ここでこの人を見捨てたら、連中と、ファウストと同じだ。
わたしの正義が消えてしまう。
【……なんか正義のヒーローみたい】
【そうだよ戦兎。皆のヒーローさ】
【えへへ。じゃあわたしはヒーローだ――】
みんなの笑顔と希望を護る。
わたしは弱くても無力でも、正義のヒーローなんだから!
マスターが言ってくれたヒーローなんだから!!
「大丈夫!?今助けるから――!?」
浴室のドアを開けると、そこには拘束され浴槽に座らされたよく知る男が居た。
ずっと探し続けたあの人。
あの小さい女の子のために探し続けていた人。
鍋島……さん……?
わたしの脳細胞が動き出す。疑問が浮かぶ。思索する。
なぜ鍋島さんが?
なぜスタークが?
なぜ完全に隠蔽してたのに?
……考えている場合じゃない。
早く助けて佳奈ちゃんを……!!
「……ぷはぁ!助かった!!誰だかわからないがありがとう、気がついたらこんな所に居て――」
「喋ってる暇無いの!佳奈ちゃんを、佳奈ちゃんを助けないと!!!」
叫ばないように口に貼られたガムテープを勢いよく剥がし、拘束を解いてあげた鍋島に咆哮する。
ぐだぐたしてる暇はない。
手遅れになる前に佳奈ちゃんを――
「――佳奈ちゃん!?居るんでしょ!?ど……こ?」
鍋島さんを助けた反対の部屋、203号室のドアを壊す勢いで開けると、そこには大量のおもちゃで遊ぶ、佳奈ちゃんが居た。
「……あ!せんとおねーちゃん!またあえたね!!」
少女の笑顔は、さいっこうに輝いていた。
「佳奈、ちゃん……佳奈ちゃん……無事……だった……」
目元が熱くなる。涙が零れる。
悲しみじゃなく、喜びの涙。
心がほわっとする、暖かい涙。
「なんでせんとおねーちゃんないてるの?かなしいの?だいじょうぶ?……ほら!よしよし!」
わたしの涙に気付いた小さな天使は、勢いよく近付きわたしの頭を優しく撫でる。
どこかで感じた事がある、と想う。
きっとそれは、マスターが頭を撫でてくれる時の優しさに似ていたからかもしれない。
「ありがとね……佳奈ちゃん……」
でも、悠長にしてる暇はない。
今すぐに逃げないと――
「――あ!おとーさん!!」
「……佳奈?……佳奈、佳奈!!」
2人共何事も無く助け出せた後、少女とちょっと怖い顔をした父親はきつくきつく、でも愛に溢れた抱擁をしていた。
その光景は、わたしの心を暖かい光で満たしてくれるような。
多分そういう表現が一番良く似合う、そんな感じがした。
「佳奈!佳奈!!寂しかったな、ごめんな。お父さん傍に居てあげられなくてごめんな。辛かったな。ごめんな」
「ううん!だいじょうぶ!せんとおねーちゃんがちょっとねればおとーさんかえってくるっていってたから!がまんした!」
人目を憚らず泣く父と、とびきりの満面の笑顔の娘。
なんだかいいな。凄く、綺麗。
羨ましいというか。微笑ましいというか。
わたしもマスターに会いたいな。
多分、今の状況の反対で。
マスターが笑って。わたしが泣いちゃって。
そんな事を考えてみたら、くしゃっ、と笑が零れた。
なんだか久しぶりに心から笑えた気がする。
そんな風に思ってしまったわたしは多分きっと。
凄く暖かな気持ちに包まれてるんだと思う。
「――本当にありがとうございます!本当にありがとうございます!!なんてお礼を申し上げたらよいか……」
万丈の顔を倍以上強面にした鍋島さんが頭を下げてきた。
……傍から見たらわたし何者なんだろ。
「いーんですよ!正義のヒーローですから……それよりも、聞きたい事があるんですよね」
そう。やっと、やっとやっと見つけた鍋島さん。
わたしと万丈が探し求めた答えを持つかもしれない人。
悪の親玉、ファウストの情報を持っている可能性が一番高い人。
……まあ一番嬉しいのは佳奈ちゃんの笑顔を護れた事だけどね!
「……わかりました。私がわかることなら全てお話しましょう」
彼の目は真っ直ぐ、清らかな気がした。
……良かった。悪い人じゃなさそう。
「とりあえず場所を変えましょ!奥さんも無事です!したら奥さんが今住んでる所に行きますか――」
――その後すぐに紗羽嬢に連絡したら、どっかのお巡りさんもびっくりのスピードで車をかっ飛ばしてきた。
狭い路地なのに凄かったな。映画かと思ったわ。
そのぐらい紗羽嬢も心配してたって事だね。
さてと。やっと真相が見えてくるかな――
――辿り着いたのは鍋島さんの奥さんたちが住んでる家。安住の場所。
……外出中に誘拐されたのならここは安全か、な。
奥さんと佳奈ちゃんには席を外してもらい、鍋島さんから色々と話を聞いた。
……こんな話は、家族は知らなくていい。
鍋島さんの話を要約すると、結局大まかな事はわからないらしい。
ある男から家族を拉致監禁している、言うことを聞かなければ家族を殺す、と脅迫されたみたい。
誰かに言うのは構わないが、その時は二度と家族に会えないと思え、とも言われたらしい。
そうしてその男の指示するがままに香澄さんに接触し、万丈を嵌め、自身が勤める刑務所に収容された万丈を襲い、身柄を引き渡したそうだ。
……月乃さんとも面識は無いらしい。
万丈を渡した場所も刑務所の敷地内だったらしく、ファウストに繋がる事もなかった。
そして全てが終わった後、そのまま血塗れの蛇の怪物……スタークに襲われ監禁されていたらしい。
外出は出来ないにしろ、暮らしに不便があったり、拷問の様な事はされなかったそうだ。
……意外と良い部屋だったらしい。まじかよ。
そうしてまたスタークに意識を飛ばされた後、気付いたらあの部屋の浴槽に居たみたいだ。
ファウストに繋がる情報は、皆無。
唯一の手がかりとなるその男も……思い出せないらしい。
顔が、思い出せない。
彼はそう言った。
顔の部分だけが黒く塗り潰したみたいになっている。
男なのは間違いない。それに、やたらと軽い口調の男だった。
まるで狂ったピエロのような男。
彼は、鍋島さんはわたしにそう告げた。
……間違いない。スタークだ。
スターク。鮮血の蛇。
狂気の道化。絶望そのもの。
そんな奴はスタークしか居ない。
鍋島さんに接触したその男は、わたしの仇敵。
やっと少し輪郭を見せてきたな、スターク。
……鍋島さんがその男の事を話す時の感じは、たーさんが月乃さんの事を話していた時に似ている。
同じように顔だけが思い出せない状況。
……スタークの持つ力の何かなのだろうか。
スタークと月乃さん。
この2人の接点か……
「……あ。後、帽子……帽子がよく似合ってたような気がします」
少しずつ落ち着いてきたように見える鍋島さんが、何かを思い出したように呟いた。
「あと……服装がかなりお洒落というか、似合って居ましたね」
「それと、いつもコーヒーの香りをほのかに漂わせていました……すみません、こんな情報しかなくて」
鍋島さんのこの情報を聞いて、すぐに浮かび上がる人が居る。
……マスター。わたしの、大好きな人。
帽子がよく似合う人。
いつもかっこよくて、お洒落な人。
コーヒーの匂いをほのかに香らせる人。
全て、当てはまってしまう。
そしてわたしは、なぜかスタークにマスターの姿を重ねてしまう時がある。
そしてマスターは。帰ってこない。
わたしたちの家に、わたしたちが待ってる家に。
わたしの隣に、帰ってきてくれない……
……そんな自分が嫌だ。
あの人と、外道を重ねてしまうなんて。
マスターはわたしに、名前をくれた人。
マスターはわたしに、正義をくれた人。
マスターはわたしに、力をくれた人。
マスターはわたしに、愛をくれた人。
……惣一さんは、わたしに全てをくれた人。
あの人がそんな、そんな事するはずない。
家族を傷付けるような人じゃない。
わたしを裏切るような人じゃない。
【え、ごめんマスター……ほんと、わたしの勘違いだから!ごめん、ち、違うの!わたし、わたしマスター信じてるから……】
……そう。そうだ。
わたしはマスターを信じてる。
あの人の全てを信じてる。
あの人に涙を流させてしまった時に、改めて決めたんだ。
わたしはマスターの全てを信じる、って。
「……だいじょぶです!きちょーな情報ありがとうございます!」
わたしのほんの少しの疑惑をかき消すように喋る。
……よし。もうだいじょぶ。いつものわたしだ。
「……あと、香澄さんと万丈さんに直接謝りたいです!……謝って済む問題では無いのですが……」
目を伏せ、肩を震わせる鍋島さん。
握った拳も、震えている。
「万丈は今……少し遠出してて。帰ってきたら……会わせます」
あの日の映像がわたしを襲う。
決別した、あの日。
……でも理由がある。
北都に忠誠を誓わざるを得なかった、何か。
多分。きっと何かあったんだ。
待ってろよ、万丈。今度こそ連れて帰るからね。
あとは……香澄さん、か。
「……香澄さんは……亡くなられました」
わたしも見た彼女の最後の瞬間。
愛する人に抱かれながら消えていった香澄さん。
もう死ぬとわかっていながら、自分の事よりも万丈の事を心配していた香澄さん。
最後の最期に、笑っていた香澄さん。
綺麗な笑顔で光の粒になり、空に舞っていった香澄さん。
「……そうでしたか」
静かに目を瞑る鍋島さんに、なんて声をかけていいかわからない。
きっと答えはないのかもしれない。
……こんな事もわからないのに、何が天才なのかな。
そう思うと、桜の花びらが舞った気がした――
「――本当に、本当にありがとうございます!主人を……それに佳奈も助けて頂いて……」
先程の鍋島さんみたいに、綺麗な涙を流す奥さん。
夫婦って似るのかな。やっぱ。
「いえいえ!このくらい朝飯前です!!……良かったです。本当に」
ふとたーさんの顔が脳に過る。
その顔はなぜか笑っていて、「さすが戦兎ちゃん!」といつもみたいに笑って言ってくれてる気がした。
たーさん。なんとかやっと1つ、護れたよ。
あなたを護れなかったこんなわたしだけど、ようやく1つの家族の、笑顔と希望を護れた。
天国でいつもみたいに応援してね。たーさん。
「本当にありがとうございました。これからは……私が妻と娘をしっかりと護っていきます」
鍋島さんの顔がとてもかっこよく見えた。
家族を護るお父さん。ヒーローだ。
佳奈ちゃんの、ヒーローだね。
「せんとおねーちゃん!ありがとね!おとーさんたすけてくれたの、せんとおねーちゃんなんでしょ?ありがとうございます!」
ちっちゃな天使は、頭がもげるのではないかと思う勢いでお礼を言ってくれた。
……ううん。わたしも佳奈ちゃんに救われたから。ありがとう。
「当たり前の事だよ。わたしは、みんなの笑った顔が好きなの」
「それに……佳奈ちゃんの笑顔が護れて本当に良かった」
本当に。本当に護れてよかった。
鍋島さんやこの子を救えなかったら、きっとわたしはもう……
「ふふふ!せんとおねーちゃんはわたしのヒーローだよ!せーぎのヒーロー!ありがとう!だいすき!」
……正義のヒーロー、か。
そうだ。わたしは正義のヒーローなんだ。
悩んでる場合じゃない!
わたしは正義のヒーローなのだからね!
「……うん!お姉ちゃんも佳奈ちゃん大好き!!」
この純粋な笑顔が。これから先もずっと失われないように。
わたしはずっと護り続けるよ。
わたしは、戦い続けるから。
「……そういえばきょうはメイドさんじゃないね?なんでー?」
結局そうなるんかああい!!!
「――あ、そうだ。わたしね、せんとおねーちゃんにおてがみわたさなきゃ」
なんでメイドじゃないの?発言で奥さんは気まずそうな顔をし、鍋島さんが頭上にクエスチョンマークを出してる姿に本当にすんませんでしたと心で告げていると、佳奈ちゃんがある一枚の封筒を渡してくれた。
真っ白の封筒。中身はあるようだ。
「あのおもちゃのおへやにつれてってくれたおじさんが、わたしてって。せんとおねーちゃんにって」
え……佳奈ちゃんが……?
「すっごいやさしいおじさんだった!かっこよかった!あとね、おもちゃもぜんぶあげるって。おかしもかってもらったの!」
……佳奈ちゃん、そいつは悪いやつだよ。
人の皮を被った、悪そのものなんだよ。
「……佳奈ちゃん。もしかしてだけど、そのおじさんの……顔、覚えてる?」
「……へんなこときくね?せんとおねーちゃん?
おぼえてるよ!かっこよかったもん!」
……To be continued
幻徳「あー疲れた。酒飲みたいな」
幻徳「おい内海ー!内海ー!!」
幻徳「……あっ」
幻徳「そういえば……居ないのか」
幻徳「……あ、内藤さん!!」
幻徳「は、そっか……」
幻徳「スターク、誘ってみるかな……」
幻徳「あ、もしもしスターク?あのさ――」
スターク『忙しい無理。Ciao♪』
幻徳「……うん」
氷室幻「カラオケにでも……行こうかな」