Masked Rider EVOL 黒の宙   作:湧者ぽこヒコ

34 / 60




戦兎「うーむむむ」

戦兎「最近わたしの純粋さが薄まってる気がする」


戦兎「全ては紗羽嬢のコスプレのせいなのか」

戦兎「はたまた北都に行ったばんじょーか」

戦兎「いや、ワンチャン氷室の幻徳」


戦兎「うーん。なぜだ。なぜなのか」

戦兎「わたし自身には全く心当たりが無いのに」





惣一「そーゆーとこじゃないかな、うん」

美空「……やめてあげて」





phase,30 ジャンヌ・ダルク

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……紗羽、さん……」

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、私は紗羽さんの運転する車の中で揺られていた。

いつもと変わりなく……

 

……いや、いつもよりも運転は荒い。

 

 

 

 

 

そしてもう1つ。

いつもと変わっていること。それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……泰山、さん……よかった……」

 

 

 

 

 

 

助手席に座るのは、先程まで眠りについていた彼。

東都の本物の首相、氷室 泰山。

 

 

 

この国の平和を掲げ、理想主義者と揶揄される人。

そして。今この状況、東都と北都に平和を齎す事が出来る、唯一の人――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君が……石動 美空さんだね。滝川さんから話は聞いたよ。……ありがとう。君が居なければ、東都は、この国は。滅んでいたかもしれない。本当にありがとう」

 

 

 

 

 

 

すっかり元気になった様子の泰山首相に安堵しながら、あまり聞き慣れないほぼ初対面の人からの賛辞に、頬が熱くなる。

 

恥ずかしいし。ちょっとだけ、照れる。

 

 

 

 

 

こんな逼迫した状況でそんな事を考えてしまう私は、きっともう全てが上手くいく予感がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……当然の事をしたまでだし!……後はよろしくお願いします、首相」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちを包み込む青空は、戦火の狼煙など感じさせない、雲1つない綺麗な青だった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――首相代理。野兎は既に、東都と北都を繋ぐ《境界線の抜け道》付近に待機が完了しております……後はご指示をされるのみです」

 

 

 

 

 

 

 

地味なスーツの良く似合う、有能だった部下の代わりとなった男が、始まりを告げる音を鳴らす。

 

 

 

 

 

これでやっと……これからやっと始まる。

 

 

 

 

 

準備は全て整った。

 

我が国の新たな武力、野兎。

野兎の力の全てとなる、仮面ライダービルド。

そしてその力を操りし者、桐生 戦兎。

 

 

 

 

 

 

 

それらが全て滞りなく手元に揃った。

仮面ライダービルド、桐生 戦兎のみが少し不安要素だったが……存外早く堕ちたものだったな。

 

 

 

遅かれ早かれ降ると思っていたが……まさかこんなにも早く決断するとは。

 

 

 

ああいう理想を騙る甘いやつを堕とすのは容易い。

どこかの頑固者とは違って……

 

 

 

 

 

 

 

「……わかった。もう間もなくだ。急いては事を仕損じる。この日のために、莫大な全てを賭したからな……野兎の総隊長に連絡をいれろ。士気を高めその時を待て、とな」

 

 

 

 

「畏まりました……」

 

 

 

 

 

 

 

もうすぐだ。もうすぐでこの国は、連中に知らしめる事が出来る。

 

この国は、東都は。武力で脅かされる事はもう無い。

全て俺の掌の上で――

 

 

 

 

 

 

 

「――そこまでだ。私は首相の氷室 泰山。……国家を深刻な事態に陥らせたテロリストよ、そこは私の場所だ」

 

 

 

 

 

 

 

……親……父……?

 

なぜ、なぜ親父がここに……?

親父は昏睡状態だったはずでは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なぜ……なぜあなたが……」

 

 

 

 

 

 

 

かつての面影を微塵も感じさせない我が愚息から、果てしない動揺を窺い知る事が出来た。

 

……やはり。本当なのだな。

お前は、堕ちてしまったのだな。

 

 

 

 

 

 

 

幻徳。お前は、もう……

 

 

 

 

 

 

 

「幻徳。お前は……本当にお前というやつは!!一体己が何をしているのかわかっているのか!?」

 

 

 

 

 

 

 

わからないのだろう。わかることがもう出来ないのだろう。

あの記憶。あの時私に戦争の火種を掴めと言っていた日に、しっかりと正せなかったあの日から、もう手遅れだったのだな……

 

 

 

 

 

 

 

「親、父……違う、違うんだ!!これは全て必要な事、東都を守るためには必要な事なんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

幻徳は大量の冷や汗のようなモノを滴らせながら、私に懇願のような想いを伝えてくる。

 

まるでそれは、親に玩具をねだる幼子のような……

 

 

 

すまないな、幻徳。

お前を正しい道に導く事が出来なくて……

 

 

 

 

 

 

 

「私の事は首相と呼べ!!……お前はもう、私の息子ではない……この国を破滅へと導くテロリストだ!……善良な男性を殺めてしまった、ただの人殺しだ」

 

 

 

 

 

 

 

儚い雫が、静かに零れてしまう。

善良な人を殺め、大切な人々が住まう東都を戦火で覆うとしている男だというのに……

 

 

 

 

 

 

 

やはり、私にとっては息子だ。

大切な私の愛する息子。

かけがえのない、私の宝なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

……だからこそ、お前を許すことなど出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

すまない幻徳。

全ては……私の責任だ……

 

 

 

 

 

 

 

「人を殺しただと……?俺は、俺は内藤さんを殺してなどいない!!……親父、なぜわからない!?なんでわかってくれないんだ!?俺は、東都のために――」

 

 

 

「幻徳氏。こちらを見なさい。――貴方が内藤 太郎さんを殺害している映像よ。……言い逃れは出来ないわ」

 

 

 

 

 

 

 

私が間違っていたと言うこと。

その事に目覚めさせてくれた女性、滝川さんがあの映像を幻徳……テロリストに見せつける。

 

 

 

絶対に犯してはならない罪の、証拠。

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだ、これは……?……違う、俺はやっていない!!こんなもの誰かが創りだしたでっち上げだ!!親父!信じてくれ!!」

 

 

 

 

 

 

 

もう償っても遅い事をしてしまった、テロリストは……我が愛息は。

首相の……親の私に懇願する。

 

 

 

信じてくれ、と。

 

 

 

本当ならば信じてやりたい。

この手でお前を抱きしめてやりたい。

この想いを伝えてやりたい。

 

違うんだ幻徳、本当の道はここなのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

でも、もうだめなのだ。

お前は、決して許されざる罪を犯した。

 

 

 

この国を治める者として。

この国を導く者として。

 

この国を愛する者として。

 

 

 

 

 

 

 

幻徳……テロリストのお前を、決して許す事は出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

「……この国の平和を崩壊させ、更には善良なる我が都民を殺めたテロリストよ。……厳しい処罰が待っているものと思え。その身を以て懺悔し、贖罪しろ」

 

 

 

 

 

 

 

幻徳……愛している。

私も一緒に、罪を償おう。

 

 

 

お前を大罪人にしてしまった私も。

導いてやれなかった私も。

 

 

 

 

 

 

 

……そして親の私も。

息子であるお前と共に償おう……

 

 

 

 

 

 

 

「親、父……俺は――」

 

 

 

「ひ、氷室首相!?……お目覚めになられたのですか……!?」

 

 

 

 

 

 

 

……テロリストの声を掻き消すように、よく聞き慣れた声がした。

 

 

 

声の主に視線を移すと、これもよく知った顔。

私の信頼のおける、部下の1人だ。

 

 

 

……こんな状況でも、息子についてやってくれていたのだな、お前は。

 

 

 

 

 

 

 

「氷室首相!!急がなければ……野兎が、桐生 戦兎が軍を率いて北都へと侵攻してしまいます!!」

 

 

 

 

 

 

 

滝川さんの声で、頭が少し落ち着いた。

 

 

 

……そうだ。色々と浸っている場合ではない。

早く、早く止めなければ……

 

 

 

 

 

 

 

「西郷!!私が目覚めた今、首相は私であり権限も全て私にある!!そして、北都への一切の侵攻を絶対に禁止するという旨を宣言する!今すぐ野兎に繋げ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

これで……これで……大丈夫だ……

東都は、この国は……救われた――

 

 

 

 

 

 

 

「なぜた……なぜ誰もわかろうとしない……」

 

 

 

 

 

 

 

……違うんだ、愚かな愛息よ。

誰もわかろうとしないのではない。

わからないのではない。

 

 

 

 

 

 

 

お前がわかろうとしないだけなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……幻徳。しっかりと罪を償え。そうしたらまた――」

 

 

 

「――もういい。俺の苦悩をわかってくれないこんな国など……もう、いい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さよならだ、父さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【バット……】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……蒸……血……」

 

 

 

 

 

 

 

【ミスト……マッチ……】

 

 

 

 

 

 

 

【バッバッバット……バッババッババット……】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ファイヤー……!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――我が愚かな愛息は、私を襲ったあの日の黒き蝙蝠となり、どこかへと姿を消してしまった。

 

 

 

罪を、償う気は無いのだな、幻徳よ……

いや……国家を破滅へと導こうとした、愚かなテロリストよ……

 

 

 

 

 

 

 

「……氷室首相、急がなければ!!……間に合わなくなってしまいます!!!」

 

 

 

 

 

 

 

彼女の声で意識を取り戻し、東都の長である私に戻る。

 

 

 

もう、私に息子は。

あの日の愛する大切な息子は。

 

もう、存在しない……

 

 

 

 

 

 

 

私には息子などもう、存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ。至急、野兎に侵攻の禁止を伝える!!西郷、まだなのか!!――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――もう間もなく。

もうあと僅かで、戦争が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの心はなぜか、とても落ち着いている。

まるで心が無くなったみたいな、そんな気がする。

 

 

 

覚悟を決めたからだろうか。

それとも、ここがわたしの居場所だからなのだろうか。

 

どちらにしても、もう始まる。

 

 

 

 

 

 

 

守るための、戦いが。

 

 

 

 

 

 

 

「……ここに集う者達よ!!もう間もなく決行の刻!!己が想いを高めろ!!!この国を守る想いを高めろ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの叫びにより、戦の火種となるもの達が絶叫する。

まるで狂った操り人形みたい。

 

あの狂った、蛇と同じだな……

 

 

 

 

 

 

 

そんな風に考えてしまうわたしは、きっともう今までのわたしじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

わたしはこの兵士たちからジャンヌ・ダルク、と呼ばれているらしい。

救国の聖女、平和を掴もうと足掻いた真の女。

 

 

 

 

 

 

 

わたしは聖女などではない。

……穢れに満ちた、薄汚れた女。

 

 

 

 

 

 

 

もう、後戻りなど出来ない。

 

心を強くする。

改めて己に言い聞かせ、鼓舞する。

 

 

 

 

 

 

 

さぁ、始まりの時間だ――

 

 

 

 

 

 

 

「――野兎!!全軍!!構えぇぇ!!!これより!!!北都への侵攻、及び殲滅を開始す――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お姉ちゃあぁぁぁあん!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――滅びの鐘の音を鳴らしかけたその時、声が聞こえた。

場の全ての狂気を癒し尽くすような、優しい絶叫。

 

 

 

聞き慣れた、わたしの大切な人の音色。

わたしの心が安らぐような、心地いい音色。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの大好きで大好きで大好きで。

本当に心から愛する、家族の声。

 

 

 

 

 

 

 

……こんな時にあの子の声の空耳が聞こえるなんて。

 

そう思うとくしゃっ、と優しい笑が零れた気がした。

わたしはきっと、もうボロボロに壊れてるんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

「……北都への侵攻を――」

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん!!私はここに居るよ!!貴女を迎えに来たよ!!!妹が、お姉ちゃんを実家に連れ戻しに来たよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもわたしの名を呼んでいた声。

普段は口は悪いけど、でも甘えん坊で寂しがり屋なあの子の声。

 

 

 

わたしの、大切な妹の声。

 

 

 

 

 

 

 

先程よりも更に大きく、確実に暖かな声がした先を視ると、あの子が居た。

 

 

 

 

 

 

 

涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら。

 

どれだけ走ったのだろう。転んだのだろう。

肩で息をし、顔も身体も泥塗れで傷だらけになりながら。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの愛する妹、美空が立っていた。

 

まるで、姉を迎えに来た妹のような、そんな風に想ったわたしは。そんなわたしが大好きだな、と想いくしゃっ、と無意識に笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――え!?……あ、はい。畏まりました。……桐生 総隊長!!昏睡状態の氷室 泰山首相がお目覚めになられたそうです!」

 

 

 

 

 

 

 

わたしが率いる野兎の総隊長補佐……野兎のナンバー3とも言える男が誰かわからない相手との通信を終え、わたしに耳打ちする。

 

どこか、安堵に包まれた音色のような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「そして氷室 泰山氏が首相へと戻り……首相代理であり、野兎の総司令官 氷室 幻徳を、北都への侵略行為の全責任を課すとしその一切の権限を剥奪、並びに追放したと……」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの心が少しずつ溶けていくような。

冷たく凍りついた心が、暖かくなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

「……そして。首相権限により、北都への侵攻及びそれらに関する一切を禁止する、との宣言を発表したとの事です……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

嘘で固めつくした、わたしの心が解けていく。

もう全部手遅れだと思ってた事が、取り戻されていく。

 

 

 

後悔しても遅い。

その言葉を最近、身に染みて理解していたわたし。

 

 

 

 

 

 

 

まだ、遅くなかったんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……野兎全軍!!北都への侵攻及びそれらに関する一切は、目覚めた氷室 泰山首相の宣言により禁止された!!これより、わたしたちの……愛する者たちが住まう場所へと帰還する!!!」

 

 

 

 

 

 

 

困惑する者。安堵する者。

状況が理解出来ずに呆然とする者。

戦いの火を未だに消せない者。

 

 

様々な兵士たちが、それぞれの感情を露にしている。

 

 

 

 

 

 

 

ただ、1つだけ共通しているのは。

皆どこか、暖かい顔をしていた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃああああああん!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

安心しきったのか、ちょっとだけ。

多分、良い意味で抜け殻みたいなわたしの胸に美空が飛び込んで来た。

 

 

 

わたしに優しい平手打ちをしてから。

その後に思い切り抱きしめてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

……なぜ美空がこんな所に?

もしかして1人で?どうしてここを?

 

というか、なんでわたしの場所がわかったんだろ?

 

 

 

 

 

 

 

この状況なのにこんな事を考えてしまうわたしはきっと、かなりおバカなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「美、空……どうして……?こんな所に……何してるの……?」

 

 

 

 

 

 

 

聞きたいこと、わからないこと。

それに、謝りたいこと。

 

 

 

言いたいことがたくさんあるのに、上手く言葉を紡ぐことが出来ない。

美空の暖かさが心に染みるような気がして、涙に邪魔されるみたいな。

 

 

 

 

 

 

 

「……紗羽さんにね、教えてもらって、来た……危険って言われたけど……私が直接お姉ちゃんを止めに……迎えに来たかった……会いたかったよ、お姉ちゃん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

喜びを纏わずような泣き声で、わたしから離れない美空。

 

ちょっと苦しいかな?と想えるくらいに。

わたしを抱きしめてくれる、わたしの妹。

 

 

 

 

 

 

 

「……お姉ちゃん、ごめんなさい……力、使っちゃったよ……泰山さんに、使っちゃった……でももう使わないから……二度と使わないから、帰ってきて……?わたしの、傍にずっと居てよ、お姉ちゃん!!」

 

 

 

 

 

 

 

ああ……そうか。

美空が、助けてくれたのか。

 

美空がわたしを、救ってくれたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

……わたしは美空の事を弱い者、って勝手に勘違いしてたのかもしれない。

わたしが護らなければ、って。

 

 

 

でも、そんな事無いんだね。

 

 

 

この子はこんなにも強い。

 

怖かったろうに。

争いを起こす者たちの集団の中に飛び込み、わたしを助けてくれた。

小さな身体で、闇に堕ちて這い上がれないわたしに手を差し伸べ、救いあげてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

美空は、ジャンヌ・ダルクみたいだな。

わたしを救った聖女。

 

 

 

まさにぴったりだなと想って、くしゃっ、と笑えた。

 

 

 

 

 

 

 

「……いいの?……わたし、邪魔じゃ、ない……?家族……って、想って、いいの……?わたしの居場所……なの……?」

 

 

 

 

 

 

 

総隊長であるわたしと、いきなり現れた少女が号泣しながら抱き合っている様を、周りが困惑の空気で見つめている。

 

 

 

 

 

 

 

「当たり前じゃん!!……ばかぁ……本当にばかだよお姉ちゃんは!!……お姉ちゃんは、私にとって本当の家族以上なの……お姉ちゃんの居場所は……私の所なの!!愛してるよお姉ちゃん!!……もうどこにも行かないで……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……でも、関係無い。

……わたしはもう、野兎じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

野兎 総隊長の桐生 戦兎じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

nascitaの……

美空のお姉ちゃんの、桐生 戦兎なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「わたしも……ごめんね……わたしも愛してるよ美空……帰ろう。わたしたちのお家に……もう、どこにも行かないから、ね……!」

 

 

 

 

 

 

 

涙で上手く喋れない。

 

幸せの涙で。ぐちゃぐちゃで。

きっと凄くひどい顔をしてる。

 

 

 

 

 

 

 

滅びの火種を撒き散らしに行こうとしていた集団から。

幸せを鳴り響かす鐘のような、歓声な上がった。

 

 

 

 

 

 

 

誰も争いなど望まないような。

祝福の音を震わせるような。

 

 

 

喜びに満ちた咆哮。

そんな風に感じてしまうわたしは。

 

そんなわたしが大好きで、わたしの事を助けてくれた小さなヒーローが心から大好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――氷室首相、野兎に北都への侵攻及びそれらに関する一切の行為を禁ずる旨、無事に伝わったようです!!……野兎は、北都へ侵攻すること無く、無事に帰還中とのことです……!」

 

 

 

 

 

 

 

涙を流しながら、平和を告げるように紡ぐ私の大切な部下。

 

 

 

……多分、西郷も苦悩していたのだろう。

 

こいつももう付き合いが長い。

それに、昔の幻徳の事を知っている。

 

……苦しい想いをさせてすまない、西郷。

 

 

 

 

 

 

 

「……泰山首相……いや、氷室首相。これで、これで東都は救われました……」

 

 

 

 

 

 

 

安堵の表情を見せる滝川さん。

 

彼女が居なければ、東都はどうなっていたか。

貴女は、救国の女性だ。

 

 

 

 

 

 

 

そしてもう1人。

小さな救国の女の子。

 

 

 

貴女方はまるでジャンヌ・ダルクだな、と感じてしまう所を見ると、私はだいぶ落ち着いたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

……幻徳は……あの大罪人は姿をくらました。

 

私を襲った黒き蝙蝠の化物となり、煙を喚び消えた。

本来ならば投獄し、それ相応の罪を償わなければならないが……東都からの追放、という形にならざるを得なくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

……その代わり、私がその全ての罪を償おう。

親である、この私が。

 

子の責任は、親がしっかりと取らなくてはな……

 

 

 

 

 

 

 

「本当にありがとう。滝川さん……貴女は。貴女たちは。この国を救った英雄だ……ありがとう。正に貴女方は、救国の乙女だ」

 

 

 

 

 

 

 

少し照れているのか、滝川さんが顔を赤らめる。

 

……しっかりとした女性だが、やはりまだまだ若い。

うら若き乙女、というものか。

 

 

 

そんな事を感じながらふと、ある事を思う。

 

 

 

 

 

 

 

なぜ。滝川さんはあんな映像を?

なぜ幻徳が人を殺めている映像を持っていたのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

まるでその場に居たかのような――

 

 

 

 

 

 

 

「――首相!!!緊急事態です!!!」

 

 

 

 

 

 

 

どうやら誰かと電話をしていたらしい西郷が、私に鬼気迫る勢いで押し寄せてくる。

 

 

 

……どうしたのだろうか。

まさか。東都が北都を侵攻しようとしていた事が公になり、北都政府へと伝わったか……!?

 

 

 

いかん、早急に多治見首相に連絡しなくては――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――北都の多数の都市部にミサイルが着弾、数百万の犠牲者が出ていると……北都政府はこれを、東都から発射したものと確認……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……北都政府は、正式に東都政府に宣戦布告をしている模様です!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

滅びの鐘の音が、叫び声となり鳴り響く。

 

残酷に鳴るその音は。

既に争いの始まりを終えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








始まっていた悲劇。
止められなかった死の音色。



聖女たちは、何を想う。







「……絶対に、許さない……東都を」



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。