Masked Rider EVOL 黒の宙 作:湧者ぽこヒコ
戦兎「うーむむむ」
戦兎「最近わたしの純粋さが薄まってる気がする」
戦兎「全ては紗羽嬢のコスプレのせいなのか」
戦兎「はたまた北都に行ったばんじょーか」
戦兎「いや、ワンチャン氷室の幻徳」
戦兎「うーん。なぜだ。なぜなのか」
戦兎「わたし自身には全く心当たりが無いのに」
惣一「そーゆーとこじゃないかな、うん」
美空「……やめてあげて」
「あっ……紗羽、さん……」
目が覚めると、私は紗羽さんの運転する車の中で揺られていた。
いつもと変わりなく……
……いや、いつもよりも運転は荒い。
そしてもう1つ。
いつもと変わっていること。それは――
「……泰山、さん……よかった……」
助手席に座るのは、先程まで眠りについていた彼。
東都の本物の首相、氷室 泰山。
この国の平和を掲げ、理想主義者と揶揄される人。
そして。今この状況、東都と北都に平和を齎す事が出来る、唯一の人――
「君が……石動 美空さんだね。滝川さんから話は聞いたよ。……ありがとう。君が居なければ、東都は、この国は。滅んでいたかもしれない。本当にありがとう」
すっかり元気になった様子の泰山首相に安堵しながら、あまり聞き慣れないほぼ初対面の人からの賛辞に、頬が熱くなる。
恥ずかしいし。ちょっとだけ、照れる。
こんな逼迫した状況でそんな事を考えてしまう私は、きっともう全てが上手くいく予感がしていた。
「……当然の事をしたまでだし!……後はよろしくお願いします、首相」
私たちを包み込む青空は、戦火の狼煙など感じさせない、雲1つない綺麗な青だった――
「――首相代理。野兎は既に、東都と北都を繋ぐ《境界線の抜け道》付近に待機が完了しております……後はご指示をされるのみです」
地味なスーツの良く似合う、有能だった部下の代わりとなった男が、始まりを告げる音を鳴らす。
これでやっと……これからやっと始まる。
準備は全て整った。
我が国の新たな武力、野兎。
野兎の力の全てとなる、仮面ライダービルド。
そしてその力を操りし者、桐生 戦兎。
それらが全て滞りなく手元に揃った。
仮面ライダービルド、桐生 戦兎のみが少し不安要素だったが……存外早く堕ちたものだったな。
遅かれ早かれ降ると思っていたが……まさかこんなにも早く決断するとは。
ああいう理想を騙る甘いやつを堕とすのは容易い。
どこかの頑固者とは違って……
「……わかった。もう間もなくだ。急いては事を仕損じる。この日のために、莫大な全てを賭したからな……野兎の総隊長に連絡をいれろ。士気を高めその時を待て、とな」
「畏まりました……」
もうすぐだ。もうすぐでこの国は、連中に知らしめる事が出来る。
この国は、東都は。武力で脅かされる事はもう無い。
全て俺の掌の上で――
「――そこまでだ。私は首相の氷室 泰山。……国家を深刻な事態に陥らせたテロリストよ、そこは私の場所だ」
……親……父……?
なぜ、なぜ親父がここに……?
親父は昏睡状態だったはずでは――
「――なぜ……なぜあなたが……」
かつての面影を微塵も感じさせない我が愚息から、果てしない動揺を窺い知る事が出来た。
……やはり。本当なのだな。
お前は、堕ちてしまったのだな。
幻徳。お前は、もう……
「幻徳。お前は……本当にお前というやつは!!一体己が何をしているのかわかっているのか!?」
わからないのだろう。わかることがもう出来ないのだろう。
あの記憶。あの時私に戦争の火種を掴めと言っていた日に、しっかりと正せなかったあの日から、もう手遅れだったのだな……
「親、父……違う、違うんだ!!これは全て必要な事、東都を守るためには必要な事なんだ!!」
幻徳は大量の冷や汗のようなモノを滴らせながら、私に懇願のような想いを伝えてくる。
まるでそれは、親に玩具をねだる幼子のような……
すまないな、幻徳。
お前を正しい道に導く事が出来なくて……
「私の事は首相と呼べ!!……お前はもう、私の息子ではない……この国を破滅へと導くテロリストだ!……善良な男性を殺めてしまった、ただの人殺しだ」
儚い雫が、静かに零れてしまう。
善良な人を殺め、大切な人々が住まう東都を戦火で覆うとしている男だというのに……
やはり、私にとっては息子だ。
大切な私の愛する息子。
かけがえのない、私の宝なのだ。
……だからこそ、お前を許すことなど出来ない。
すまない幻徳。
全ては……私の責任だ……
「人を殺しただと……?俺は、俺は内藤さんを殺してなどいない!!……親父、なぜわからない!?なんでわかってくれないんだ!?俺は、東都のために――」
「幻徳氏。こちらを見なさい。――貴方が内藤 太郎さんを殺害している映像よ。……言い逃れは出来ないわ」
私が間違っていたと言うこと。
その事に目覚めさせてくれた女性、滝川さんがあの映像を幻徳……テロリストに見せつける。
絶対に犯してはならない罪の、証拠。
「……なんだ、これは……?……違う、俺はやっていない!!こんなもの誰かが創りだしたでっち上げだ!!親父!信じてくれ!!」
もう償っても遅い事をしてしまった、テロリストは……我が愛息は。
首相の……親の私に懇願する。
信じてくれ、と。
本当ならば信じてやりたい。
この手でお前を抱きしめてやりたい。
この想いを伝えてやりたい。
違うんだ幻徳、本当の道はここなのだ、と。
でも、もうだめなのだ。
お前は、決して許されざる罪を犯した。
この国を治める者として。
この国を導く者として。
この国を愛する者として。
幻徳……テロリストのお前を、決して許す事は出来ない。
「……この国の平和を崩壊させ、更には善良なる我が都民を殺めたテロリストよ。……厳しい処罰が待っているものと思え。その身を以て懺悔し、贖罪しろ」
幻徳……愛している。
私も一緒に、罪を償おう。
お前を大罪人にしてしまった私も。
導いてやれなかった私も。
……そして親の私も。
息子であるお前と共に償おう……
「親、父……俺は――」
「ひ、氷室首相!?……お目覚めになられたのですか……!?」
……テロリストの声を掻き消すように、よく聞き慣れた声がした。
声の主に視線を移すと、これもよく知った顔。
私の信頼のおける、部下の1人だ。
……こんな状況でも、息子についてやってくれていたのだな、お前は。
「氷室首相!!急がなければ……野兎が、桐生 戦兎が軍を率いて北都へと侵攻してしまいます!!」
滝川さんの声で、頭が少し落ち着いた。
……そうだ。色々と浸っている場合ではない。
早く、早く止めなければ……
「西郷!!私が目覚めた今、首相は私であり権限も全て私にある!!そして、北都への一切の侵攻を絶対に禁止するという旨を宣言する!今すぐ野兎に繋げ!!!」
これで……これで……大丈夫だ……
東都は、この国は……救われた――
「なぜた……なぜ誰もわかろうとしない……」
……違うんだ、愚かな愛息よ。
誰もわかろうとしないのではない。
わからないのではない。
お前がわかろうとしないだけなんだ。
「……幻徳。しっかりと罪を償え。そうしたらまた――」
「――もういい。俺の苦悩をわかってくれないこんな国など……もう、いい……」
「……さよならだ、父さん」
【バット……】
「……蒸……血……」
【ミスト……マッチ……】
【バッバッバット……バッババッババット……】
【ファイヤー……!】
――我が愚かな愛息は、私を襲ったあの日の黒き蝙蝠となり、どこかへと姿を消してしまった。
罪を、償う気は無いのだな、幻徳よ……
いや……国家を破滅へと導こうとした、愚かなテロリストよ……
「……氷室首相、急がなければ!!……間に合わなくなってしまいます!!!」
彼女の声で意識を取り戻し、東都の長である私に戻る。
もう、私に息子は。
あの日の愛する大切な息子は。
もう、存在しない……
私には息子などもう、存在しない。
「……あぁ。至急、野兎に侵攻の禁止を伝える!!西郷、まだなのか!!――」
――もう間もなく。
もうあと僅かで、戦争が始まる。
わたしの心はなぜか、とても落ち着いている。
まるで心が無くなったみたいな、そんな気がする。
覚悟を決めたからだろうか。
それとも、ここがわたしの居場所だからなのだろうか。
どちらにしても、もう始まる。
守るための、戦いが。
「……ここに集う者達よ!!もう間もなく決行の刻!!己が想いを高めろ!!!この国を守る想いを高めろ!!!」
わたしの叫びにより、戦の火種となるもの達が絶叫する。
まるで狂った操り人形みたい。
あの狂った、蛇と同じだな……
そんな風に考えてしまうわたしは、きっともう今までのわたしじゃない。
わたしはこの兵士たちからジャンヌ・ダルク、と呼ばれているらしい。
救国の聖女、平和を掴もうと足掻いた真の女。
わたしは聖女などではない。
……穢れに満ちた、薄汚れた女。
もう、後戻りなど出来ない。
心を強くする。
改めて己に言い聞かせ、鼓舞する。
さぁ、始まりの時間だ――
「――野兎!!全軍!!構えぇぇ!!!これより!!!北都への侵攻、及び殲滅を開始す――」
「――お姉ちゃあぁぁぁあん!!!!!」
――滅びの鐘の音を鳴らしかけたその時、声が聞こえた。
場の全ての狂気を癒し尽くすような、優しい絶叫。
聞き慣れた、わたしの大切な人の音色。
わたしの心が安らぐような、心地いい音色。
わたしの大好きで大好きで大好きで。
本当に心から愛する、家族の声。
……こんな時にあの子の声の空耳が聞こえるなんて。
そう思うとくしゃっ、と優しい笑が零れた気がした。
わたしはきっと、もうボロボロに壊れてるんだろうな。
「……北都への侵攻を――」
「お姉ちゃん!!私はここに居るよ!!貴女を迎えに来たよ!!!妹が、お姉ちゃんを実家に連れ戻しに来たよ!!!」
いつもわたしの名を呼んでいた声。
普段は口は悪いけど、でも甘えん坊で寂しがり屋なあの子の声。
わたしの、大切な妹の声。
先程よりも更に大きく、確実に暖かな声がした先を視ると、あの子が居た。
涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら。
どれだけ走ったのだろう。転んだのだろう。
肩で息をし、顔も身体も泥塗れで傷だらけになりながら。
わたしの愛する妹、美空が立っていた。
まるで、姉を迎えに来た妹のような、そんな風に想ったわたしは。そんなわたしが大好きだな、と想いくしゃっ、と無意識に笑ってしまった。
「――え!?……あ、はい。畏まりました。……桐生 総隊長!!昏睡状態の氷室 泰山首相がお目覚めになられたそうです!」
わたしが率いる野兎の総隊長補佐……野兎のナンバー3とも言える男が誰かわからない相手との通信を終え、わたしに耳打ちする。
どこか、安堵に包まれた音色のような気がする。
「そして氷室 泰山氏が首相へと戻り……首相代理であり、野兎の総司令官 氷室 幻徳を、北都への侵略行為の全責任を課すとしその一切の権限を剥奪、並びに追放したと……」
わたしの心が少しずつ溶けていくような。
冷たく凍りついた心が、暖かくなっていく。
「……そして。首相権限により、北都への侵攻及びそれらに関する一切を禁止する、との宣言を発表したとの事です……!!」
嘘で固めつくした、わたしの心が解けていく。
もう全部手遅れだと思ってた事が、取り戻されていく。
後悔しても遅い。
その言葉を最近、身に染みて理解していたわたし。
まだ、遅くなかったんだ……
「……野兎全軍!!北都への侵攻及びそれらに関する一切は、目覚めた氷室 泰山首相の宣言により禁止された!!これより、わたしたちの……愛する者たちが住まう場所へと帰還する!!!」
困惑する者。安堵する者。
状況が理解出来ずに呆然とする者。
戦いの火を未だに消せない者。
様々な兵士たちが、それぞれの感情を露にしている。
ただ、1つだけ共通しているのは。
皆どこか、暖かい顔をしていた気がした。
「お姉ちゃああああああん!!!!!」
安心しきったのか、ちょっとだけ。
多分、良い意味で抜け殻みたいなわたしの胸に美空が飛び込んで来た。
わたしに優しい平手打ちをしてから。
その後に思い切り抱きしめてくれた。
……なぜ美空がこんな所に?
もしかして1人で?どうしてここを?
というか、なんでわたしの場所がわかったんだろ?
この状況なのにこんな事を考えてしまうわたしはきっと、かなりおバカなのかもしれない。
「美、空……どうして……?こんな所に……何してるの……?」
聞きたいこと、わからないこと。
それに、謝りたいこと。
言いたいことがたくさんあるのに、上手く言葉を紡ぐことが出来ない。
美空の暖かさが心に染みるような気がして、涙に邪魔されるみたいな。
「……紗羽さんにね、教えてもらって、来た……危険って言われたけど……私が直接お姉ちゃんを止めに……迎えに来たかった……会いたかったよ、お姉ちゃん!!!」
喜びを纏わずような泣き声で、わたしから離れない美空。
ちょっと苦しいかな?と想えるくらいに。
わたしを抱きしめてくれる、わたしの妹。
「……お姉ちゃん、ごめんなさい……力、使っちゃったよ……泰山さんに、使っちゃった……でももう使わないから……二度と使わないから、帰ってきて……?わたしの、傍にずっと居てよ、お姉ちゃん!!」
ああ……そうか。
美空が、助けてくれたのか。
美空がわたしを、救ってくれたんだ。
……わたしは美空の事を弱い者、って勝手に勘違いしてたのかもしれない。
わたしが護らなければ、って。
でも、そんな事無いんだね。
この子はこんなにも強い。
怖かったろうに。
争いを起こす者たちの集団の中に飛び込み、わたしを助けてくれた。
小さな身体で、闇に堕ちて這い上がれないわたしに手を差し伸べ、救いあげてくれた。
美空は、ジャンヌ・ダルクみたいだな。
わたしを救った聖女。
まさにぴったりだなと想って、くしゃっ、と笑えた。
「……いいの?……わたし、邪魔じゃ、ない……?家族……って、想って、いいの……?わたしの居場所……なの……?」
総隊長であるわたしと、いきなり現れた少女が号泣しながら抱き合っている様を、周りが困惑の空気で見つめている。
「当たり前じゃん!!……ばかぁ……本当にばかだよお姉ちゃんは!!……お姉ちゃんは、私にとって本当の家族以上なの……お姉ちゃんの居場所は……私の所なの!!愛してるよお姉ちゃん!!……もうどこにも行かないで……!」
……でも、関係無い。
……わたしはもう、野兎じゃない。
野兎 総隊長の桐生 戦兎じゃない。
nascitaの……
美空のお姉ちゃんの、桐生 戦兎なのだから。
「わたしも……ごめんね……わたしも愛してるよ美空……帰ろう。わたしたちのお家に……もう、どこにも行かないから、ね……!」
涙で上手く喋れない。
幸せの涙で。ぐちゃぐちゃで。
きっと凄くひどい顔をしてる。
滅びの火種を撒き散らしに行こうとしていた集団から。
幸せを鳴り響かす鐘のような、歓声な上がった。
誰も争いなど望まないような。
祝福の音を震わせるような。
喜びに満ちた咆哮。
そんな風に感じてしまうわたしは。
そんなわたしが大好きで、わたしの事を助けてくれた小さなヒーローが心から大好きだ。
「――氷室首相、野兎に北都への侵攻及びそれらに関する一切の行為を禁ずる旨、無事に伝わったようです!!……野兎は、北都へ侵攻すること無く、無事に帰還中とのことです……!」
涙を流しながら、平和を告げるように紡ぐ私の大切な部下。
……多分、西郷も苦悩していたのだろう。
こいつももう付き合いが長い。
それに、昔の幻徳の事を知っている。
……苦しい想いをさせてすまない、西郷。
「……泰山首相……いや、氷室首相。これで、これで東都は救われました……」
安堵の表情を見せる滝川さん。
彼女が居なければ、東都はどうなっていたか。
貴女は、救国の女性だ。
そしてもう1人。
小さな救国の女の子。
貴女方はまるでジャンヌ・ダルクだな、と感じてしまう所を見ると、私はだいぶ落ち着いたのかもしれない。
……幻徳は……あの大罪人は姿をくらました。
私を襲った黒き蝙蝠の化物となり、煙を喚び消えた。
本来ならば投獄し、それ相応の罪を償わなければならないが……東都からの追放、という形にならざるを得なくなってしまった。
……その代わり、私がその全ての罪を償おう。
親である、この私が。
子の責任は、親がしっかりと取らなくてはな……
「本当にありがとう。滝川さん……貴女は。貴女たちは。この国を救った英雄だ……ありがとう。正に貴女方は、救国の乙女だ」
少し照れているのか、滝川さんが顔を赤らめる。
……しっかりとした女性だが、やはりまだまだ若い。
うら若き乙女、というものか。
そんな事を感じながらふと、ある事を思う。
なぜ。滝川さんはあんな映像を?
なぜ幻徳が人を殺めている映像を持っていたのだろうか……?
まるでその場に居たかのような――
「――首相!!!緊急事態です!!!」
どうやら誰かと電話をしていたらしい西郷が、私に鬼気迫る勢いで押し寄せてくる。
……どうしたのだろうか。
まさか。東都が北都を侵攻しようとしていた事が公になり、北都政府へと伝わったか……!?
いかん、早急に多治見首相に連絡しなくては――
「――北都の多数の都市部にミサイルが着弾、数百万の犠牲者が出ていると……北都政府はこれを、東都から発射したものと確認……
……北都政府は、正式に東都政府に宣戦布告をしている模様です!!」
滅びの鐘の音が、叫び声となり鳴り響く。
残酷に鳴るその音は。
既に争いの始まりを終えていた。
……To be continued
始まっていた悲劇。
止められなかった死の音色。
聖女たちは、何を想う。
「……絶対に、許さない……東都を」