Masked Rider EVOL 黒の宙   作:湧者ぽこヒコ

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青羽「何してんだい?」

赤羽「おぉう!あれだよ、あれ」

黄羽「あれってなあに?何してんのー?」



赤羽「へっへっへ。ほら、見ろよ」

黄羽「……いいじゃん」

青羽「赤羽のくせに……やるねい」

赤羽「おぉい!一言余計だっつうの!」



赤羽「ったく……それと、こいつぁカシラの分」

黄羽「受け取ってくれるかなあ……」

青羽「大丈夫。記憶が無くてもよ」

青羽「無意識にわかってくれるよい」

赤羽「そうだぜえ!……きっと貰ってくれる」

黄羽「……うんっ!!」

黄羽「そしたらどこに居てもみんな一緒だねっ!」






――これは。いつかの三羽烏のお話。




phase,56 不協和音

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと、全てが夢だったのではないかと思ってしまう。

昨日起こった事は、全て幻だったのではないかと。

 

あまりに嬉し過ぎて、あまりに幸せ過ぎて。

実はわたしの妄想だったのではないかと。

 

 

 

そんな事を思ってしまって、起き上がる事が出来ない。

もう完全に眠気は覚めてしまっているけれど、起きる事が凄く怖い。

 

やっぱりマスターは帰って来てなかった……とか。

 

 

 

以前にもクリスマスに似たような経験をした事がある。

 

あの時は完全に夢だと思ってたけど……

それでもやっぱり結構ショックを受けた。

 

だからもし今回の事が夢だったらと考えると……

わたし、立ち直れないかも。

 

 

 

 

 

 

 

「……はあ。こんな事考えててもしょうがないか」

 

 

 

 

 

 

 

うだうだしてても何の解決にもならないし。

それに少し暖かいモノが飲みたい。コーヒーとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……目を開けると、わたしは自分の部屋に居た。

 

最近は色々忙しく、寝るのもnascita laboでばかりのわたしにとっては久々の自室。そしてお気に入りのふかふかのベットで寝ているのも間違いない。

 

 

 

という事は……昨日他愛のない事で盛り上がった後に、そろそろ夜も更けてきて寝ようかとなった事は間違いないみたいだ。

 

つーことは紗羽嬢はnascita laboのベッドで寝てんのかな。

 

 

 

 

 

 

 

「途中からお酒飲み始めてぐでんぐでんだったもんなあ……」

 

 

 

 

 

 

 

酔い始めるとなんだか凄く可愛くなる彼女に思いを馳せる。

 

マスターとわたしも飲んだけど……

わたしはマスターが隣に居るって事を再認識しちゃって酔ってる場合じゃなかった。

 

マスターはやたらお酒強いし。

 

 

 

 

 

 

 

そんな事を思い出しながら階段を降りていくと、コーヒーの薫りがほのかにしてきた。

 

まだ朝も早いのに誰か起きてんのかな。

美空と黄羽ちゃんはさっき部屋を覗いたらまだ寝てたし……

 

つうか羨ましいんだけど。

また2人で仲良くベッドで寝てたんだけど。

本当にわたしも一緒に寝てやろうかな。

 

 

 

……それはいいとして。

 

紗羽嬢は恐らく二日酔いコースだ。まだ寝てるはず。

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃあマスターかな」

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとした期待が胸を高鳴らせる。

さっきまで夢だったらどうしようと考えてたわたしが顔を隠す。

 

色々思案すると、間違いなくマスターだ。

 

 

 

……えへへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おぉ、おはよう戦兎。なんだ、随分と早いな」

 

 

 

 

 

 

 

いつもよりかなり早めに階段を降りると、そこにはパジャマ姿でカウンターに立つマスターが居た。

 

いつもはおしゃれな服を着こなすマスターが普通のパジャマを着ているというギャップにすらときめいてしまうわたしは、本当にもうダメなのかもしれない。

 

うーん。好き過ぎる。

 

 

 

 

 

 

 

「……おはよお」

 

 

 

 

 

 

 

なんだか凄く緊張してしまうというか。

あれだけ会いたかったマスターがすぐ傍に居るという現実が、改めてわたしに襲いかかってくる。

 

昨日あれだけ一緒に居たのに。

2人きりになるとなんだか凄くドキドキしてしまう。

 

 

 

……ひゃあああ。どうしよ。

 

 

 

 

 

 

 

「どした?なんか顔赤いぞ?」

 

 

 

「もしかして昨日の雨で風邪引いたか?」

 

 

 

 

 

 

 

有難い勘違いを起こしてくれたようで助かった。

やっぱりわたし顔赤くなってたのか。危ねえ危ねえ。

 

 

 

 

 

 

 

「んーん。多分寒いから。寒いから赤いの」

 

 

 

 

 

 

 

自分でも何言ってんのかわけわかんないけど、もうこれで押し通すしかない。他に考えつかないしもうダメ。

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……?まぁそうしたらほれ、コーヒー飲むか?」

 

 

 

 

 

 

 

良かった。納得してくれたよ。

危ない危ない。問い詰められたらどうしようかと思った。

 

 

 

 

 

 

 

……というかね、マスター。

 

確かに貴方の事を愛してるし、貴方の言う事ならなんでも聞ける自信があるし、貴方の望みならなんでも叶えたいと思うけども。

 

 

 

それは違う。それは兵器だ。

心遣いで言ってんのかなんなのか知らんけども、それ飲んだらわたし昇天しちゃうから。召されちゃうから。

 

 

 

 

 

 

 

「マスター……心配してんのか本当に体調悪くさせようとしてんのかわかんないんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

マスターは本当に優しいし人が良過ぎるけど、コーヒーの事に関しては悪人だ。

 

いや、極悪人か。

というか大罪人ですね。

 

 

 

今までマスターの口車に乗せられてどれだけの被害が出た事か。

実の娘である美空にまで平気で騙して飲ませるからな。

 

わたしは知っている。

飲んで苦しんでる人間を見ながら、邪悪な顔で爆笑しているマスターを。

 

この人からコーヒー取り上げないと本当にいつか誰か死ぬぞ。

 

 

 

 

 

 

 

「はっはっは!大丈夫大丈夫、これ昨日美空が寝る前に作っといてくれたコーヒーだから。俺が作ったやつじゃないからさ」

 

 

 

 

 

 

 

めちゃ怪しいなあおい。

わたしも何回も騙されてんだよな、このおっさんに。

 

でも確かに美空、寝る前にコーヒー作ってたような……

朝起きたら温めて飲めるように、とか言って。

 

 

うーん……ほんとっぽいし、いっか。

 

 

 

 

 

 

 

「んむ!コーヒー1つ下さいな!」

 

 

 

 

 

 

 

丁度コーヒー飲みたいと思ってたし。

美空の作ったコーヒーなら安心だ。

 

そこに関してはマスターの遺伝子を継がなくてよかったよ。

あんな大量破壊兵器を生み出すのが2人も居たら……本格的に人が死んでしまう恐れがある。

 

特に身近な人間が。わたしとか紗羽嬢とか黄羽ちゃんとか。

 

 

 

……万丈、とか。

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、飲みな」

 

 

 

 

 

 

マスターが差し出してくれたブラックコーヒー。

コーヒーはブラックが一番好き。香りもいいし。

 

本当は苦いのって全般的に嫌いなんだけどね。

 

でも、コーヒーだけは特別。

コーヒーだけは、ブラックが好き。

 

 

 

 

 

 

 

……もしかしたらマスターの影響なのかな。

 

 

 

えへへ。わたしは本当にマスターの事が――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ぶふおおぉぉぉっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

勢いよく口に含み飲んだコーヒーのそれは。

美空が生み出したモノでは無いと確信できるモノだった。

 

 

 

口の中が苦いなんてもんじゃない。

それになぜかめちゃ酸っぱい。

 

というか痛いっ!なんだこれ!?

口の中が……いや、喉も痛いんだけど!?

 

 

 

 

 

 

 

「あー……また失敗か。自信あったんだけどな、《nascitaで成シタ?》」

 

 

 

 

 

 

 

この腐れ中年め。わたしを騙しやがったな。

毎度毎度性懲りも無く騙してきやが……やばいやばい。乙女の純潔が損なわれて……うおっ。

 

 

 

 

 

 

 

……ふう。よしよし落ち着いた。

 

 

 

 

 

 

 

「あんたな……ほんといい加減にしろよおい」

 

 

 

 

 

 

 

異常に腹が立つようなおどけた表情をしてくるマスター。

あんた覚えとけよ。いつか仕返ししてやっかんな。

 

 

 

 

 

 

 

やべっ、また襲いかかってきた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はっはっは。大丈夫か?」

 

 

 

 

 

 

 

はいはいどうもどうも。

おかげでだいぶよくなりましたよ。

 

 

 

本当に何考えてんだこの中年は。

わたしは大切な存在じゃないのかばかたれ!

 

 

 

 

 

 

 

「本当に悪かったって戦兎!睨むな睨むな」

 

 

 

 

 

 

 

わかってないのは知ってんだ。

あんたが悪かったと思ってないなんてな、出会った時から知ってんだよ!ばかたれ!!

 

 

 

 

 

 

 

……そんなに許して欲しけりゃ付き合え。

 

わたしと恋人になってくれるなら許してやろう。

 

 

 

そしていつか……結婚を……♡

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ……えへへ……それはちょっと早いかな……♡」

 

 

 

「……どうしたくねくねして。もしかして頭がやられたのか?」

 

 

 

 

 

 

 

おっと危ない。妄想の扉を完全に開いてしまっていたようだ。

まずはマスターの心を掴まないといけないのに。

 

 

 

……でもやっぱり結婚式は挙げたいなあ♡

 

 

 

 

 

 

 

「……所でさ。万丈……帰ってくんの遅いな、全くよ」

 

 

 

「式は……あ、うん……」

 

 

 

 

 

 

 

わたしが再び妄想の扉を開けていたら、急に現実に戻された気がした。

 

未だに帰ってこない、弟の事。

北都に行ったまま帰ってこない、万丈の事。

 

 

 

……マスターは万丈の一件、あの後から知らないんだもんね。

 

 

 

 

 

 

 

「……実はね、マスター。万丈さ……北都に居るの、本当に自分の意思みたいなんだよね」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽嬢から聞いた、万丈が北都に忠誠を誓う理由。

泰山首相から聞いた、万丈が起こした事。

 

わたしの知らない、万丈の本当の姿かもしれない事。

 

 

 

もう……あいつは……

 

 

 

 

 

 

 

「自ら北都に?いやいや、んなわけ無いでしょーが。だって万丈だぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

マスターは……知らないから。

あいつが本当に大切に想っているモノはわたしたちじゃない。

 

それは……香澄さんだから。

 

 

 

 

 

 

 

「未だにちょっと信じられないけど……北都はね、死者を蘇らせる技術があるみたいなんだ」

 

 

 

「だから万丈はそれで北都に……あいつの最愛の人、香澄さんを生き返らせるために、自分の意思で北都にいるみたいなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

わたしだって信じたくはない。

でも……信じてしまうような証拠もある。

 

 

 

まあそれも全てはあのスマッシュの働きでそう思わせてる、っていう可能性もあるけど……

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい戦兎、死者が蘇るだって?お前そんな話本当に信じてんのか?」

 

 

 

「そんなモンお前、科学者が一番信じねーようなオカルト話だろうよ」

 

 

 

 

 

 

 

その通りなんだけどね。

死後の世界、っていうのも科学的に見れば非現実的な話だし。

 

魂っていう存在について、人が死ぬと肉体が数十グラム軽くなる……とかいう実験結果が一時期話題になったけど、これは汗の蒸発や体内の水分の変化、また肉体の変化によるものと言われてるし。

 

そもそもこの実験自体が怪し過ぎるってなってるしね。

 

 

 

というか一科学者のわたしとしては死者が蘇るだなんて……

そんな事絶対にないと思うし、あってはならないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

……天国とか魂とかは、信じてるけど。

 

香澄さんはきっと天国から見護ってくれてると思うし。

 

 

 

 

 

 

 

「でも……実際に生き返ってるみたいなんだ。猿渡 一樹、っていう人が」

 

 

 

「昨日話した一海の弟さんなんだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

マスターには昨日、色々な事を話した。

幻徳や泰山首相の事、北都には姿形を変えるスマッシュが存在する事、戦争の事、黄羽ちゃんは北都の兵士である事、黄羽ちゃんが所属している団の団長で、更にカシラと仰ぐ人の事、そしてその家族の事。

 

 

 

わたしが東都軍の総隊長だって事にも驚いてた。

そして褒めてくれて、応援してくれて。

 

道を見失うなよ、って言ってくれた。

 

 

 

その時のマスターの顔は、とても優しかった。

 

 

 

 

 

 

 

「まあその人ですら、例の姿形を変えるスマッシュがそういう風に見せかけてるだけなのかもしれないんだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

そうであってほしい。

むしろそうでなければならない。

 

 

 

……じゃなきゃ、万丈とはもう……

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほどな。そういう事か」

 

 

 

「それは滝川から聞いたんだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

マスターの顔が妙に険しくなった気がした。

なんだかわたしはそんなマスターが、とても怖く感じてしまった。

 

まるでスタークから感じるようなあの。

どうしようもないあの、戦慄するような恐怖。

 

 

 

 

 

 

 

……気のせいだ。うん。

 

きっとマスターも大切な息子が大変な事になってて怒ってるのかもしれない。

 

そうに決まってる。

そうとしか思えない。うん。

 

 

 

 

 

 

 

「そだよ。紗羽嬢が持ってきてくれた情報」

 

 

 

「……そうか。でもな、戦兎」

 

 

 

「本当に死者を蘇らせるなんて事出来ると思うか?」

 

 

 

 

 

 

 

マスターのその言葉がわたしを刺激する。

絶対に有り得ないはずの、禁断の行い。

 

 

 

わたし個人としては有り得ないと思う。

そもそもいくらスマッシュとして肉体を復活させたとして、その肉体の本来の持ち主である魂の定着をどうやって行うのか。

 

いくらネビュラガスが未だに未知の物凄い力を持つ物質とはいえ、そんな超常的な事を起こせるとは考えられない。

 

 

 

それにそんな事が出来る人間が居るなんて……

もはやそれは人ではなく、比喩無しで神の領域だ。

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは……そんな事どう足掻いても不可能だと思う。それにわたし自身、そんな事どうすれば出来るのか考えもつかない」

 

 

 

 

 

 

 

わたしは自分の頭脳に自信がある。

というか世界最高の頭脳ぐらいには思ってる。

わたしが世界でもトップクラスだと思ってるし。

 

 

 

でもそんなわたしでも……死者を蘇らせるなんてどうすればいいのか全く見当もつかない。

 

いや、肉体を構成する物資を集めて科学的に調合し……とかなら別に余裕だけども。

 

 

 

そこから魂を肉体に定着させるのは無理だ。

そもそも魂という存在には触れる事も、見る事も、感じる事も不可能だ。

 

まあそれらを感知する類まれなる能力を持っている人も居るんだろうが……残念ながらわたしには無い。

 

それにもしそんな人が北都に居たとしても、その人が魂の定着を出来るとは考えられない。

 

 

 

 

 

 

 

「ならそれが答えだろう。天才物理科学者の桐生 戦兎が不可能だ、って言うんだ。それが全てだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

マスターに褒められた気がして少し照れちゃう。

それになんだか、改めてそうだなと思えてくる。

 

わたしが不可能だと言うんだ。

間違いなくそれは無理。出来るわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

……でも、あの人なら。

 

あの行方が全くわからない、あの科学者なら。

もしかしたら北都に居るのかもしれないと考えていた、あの女性なら。

 

あの、葛城 月乃なら出来てしまうんじゃないかと。

わたしは心のどこかで思ってしまう。

 

 

 

そしてわたしはなぜだかわからないけど、月乃さんには勝てる気がしない。

 

あの正体不明の科学者の頭脳に、勝てる気がしない。

 

 

 

 

 

 

 

「それにもし万が一だぞ?それが事実だったとしても……万丈はそんな事するやつじゃない」

 

 

 

「戦兎はよく知ってるだろ?その事をさ」

 

 

 

 

 

 

 

……確かに、わたしもそう思ってたけど。

 

でも現実はそんなに甘くなかったんだよ、マスター。

 

 

 

 

 

 

 

「あのね、信じたくないんだけど……万丈が人々を襲う映像があるんだ」

 

 

 

「最初は姿形を変えるスマッシュがやった事だと思ったんだけど……時間からしてそのスマッシュがやる事は不可能」

 

 

 

 

 

 

 

「泰山首相にも実際に被害があった事が確認出来たし。だから……万丈がやったとしか思えないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

どう抗っても覆しようのない事実。

万丈が人々を傷付けたという現実。

 

 

それが虚実では無いという……真実。

 

 

 

……あいつを信じたくても、どう頑張っても。

 

わたしの脳はそれを受け入れてくれない。

 

 

 

 

 

 

 

「映像……?それも滝川がか?」

 

 

 

「そうだよ……紗羽嬢が悪いわけじゃないのに、謝りながら見せてくれたの」

 

 

 

 

 

 

 

前にわたしが紗羽嬢に言ってしまった言葉を思い出す。

わたしの我儘な感情で八つ当たりのように言ってしまった、あの言葉を。

 

きっと紗羽嬢はあの事を思い出して謝ってきたのかもしれない。

 

あの時も紗羽嬢は間違いない情報を持ってきてくれた。

というかいつも、正確な情報を持ってきてくれた。

 

 

 

彼女が信じる、正義のために。

最初は怪しい人だと思ってたし、マスターを奪ってく女だと思ってたけど。

 

でも今は違う。

紗羽嬢もわたしの大切な存在。

 

家族と何ら変わりない、大切な人だ。

 

 

 

……もう一度、しっかり謝らなきゃな。

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、滝川か……わかった」

 

 

 

「でもな、戦兎……それでも俺は万丈を信じる」

 

 

 

 

 

 

 

真剣な顔でわたしを真っ直ぐと見るマスター。

その表情には一切の曇りは無い。

 

いつか言ったマスターの言葉を体現してるような。

 

 

 

 

 

 

 

「いつか言ったな、戦兎。目で見えるモノが全てとは限らない。それが真実だとは限らないんだ」

 

 

 

「その本質を見抜け。惑わされてはいけない」

 

 

 

 

 

 

 

マスターが泣きながらわたしに伝えてくれたあの日の言葉。

 

目で見えるモノが全てとは限らないという事。

目で見えるモノなんて殆どが虚像だと言う事。

 

 

 

しっかりとその真意を、本心を、真実を。

隠された本当のモノを視ろと言ってくれたあの日。

 

 

 

 

 

 

 

「万丈の……本当の事……」

 

 

 

 

 

 

 

正直、わからない事だらけだけど。

あいつの事を信じ抜く事はまだ難しいけど。

 

 

 

 

 

 

 

マスターの言葉がわたしに刺さる。

 

わたしはもしかしたら、薄い上辺だけしか見えていないのかもしれないと。

わたしはもしかしたら、とんでもない誤解をしているのかもしれないと。

 

 

 

心のどこかで、そんな声が聴こえる気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「……えへへ。やっぱりマスターは凄いや」

 

 

 

 

 

 

 

あれほど苦しんで、絶望していたのに。

マスターが伝えてくれたその言葉だけで。

 

わたしの心に光が差していく。

道が開けていく気がする。

 

 

 

もうどうしようもなく、もう行き止まりだと思っていたのに。

新しい道が少しずつ見えてきた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「……お前さんらよりも無駄に長生きしてるからな。ちゃらんぽらんに見えても締めるとこはちゃんと、な」

 

 

 

 

 

 

 

きっとこういう所にも惚れているんだろうな。

自分でもう前に進めない時、ゆらりとわたしの前に姿を現して手を取り、優しく一緒に進んでいってくれるような人。

 

そんな事が出来るのは、マスターしかいないから。

わたしの全てを光輝かせる事が出来るのは、この人しかいないから。

 

 

 

だからこんなにも、愛しいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがと、マスター!いつも助けられてばっかりだ」

 

 

 

 

 

 

 

いつもいつもわたしはこの人に助けられてばかり。

いつもいつも支えられてばっかりだ。

 

本当はわたしも貴方を支えたいのに。

そうでなきゃ一番近い所に居れる資格が無いのに。

 

 

 

わたしもまだまだ未熟者だな。

もっと頑張って、貴方に相応しい女にならなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

「そうでもないぞ?俺もお前たちに……戦兎に救われてんだ」

 

 

 

 

 

 

 

……そうなのかな。

 

マスターを助けたなんて事あったっけ……

全然わかんないんだけど。

 

 

 

もしかしてわたしの存在がマスターにとってそういうモノだとか……!?

 

うわっ。どうしよう。

そうだったらめちゃ嬉しいな。

 

 

 

 

 

 

 

「だからな、お互い様だって。それにほら、家族だしな」

 

 

 

 

 

 

 

家族……か。

わたしはやっぱり娘だもんね。

まだまだマスターにとっては……

 

 

 

でもあれか、結婚しても家族だし。

家族の関係性は変わるけど……でも家族だし。

 

 

 

そうなると美空は娘になるのかあ……

 

美空どう思うかな。嫌がるかな。

いやでも案外受け入れてくれそうだし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――戦兎、お前本当に大丈夫か?疲れてんじゃないの?」

 

 

 

「えへへ♡……はっ!いやいや、何でもねぇっす」

 

 

 

 

 

 

 

……またやっちまったか。

 

本当に禁断症状だよこれ。

わたし変態みたいになってないか。

 

 

 

 

 

 

 

「お、おう……まぁそんな所だ。万丈を、あのどうしようもないバカな弟を、しっかりと見極めるんだぞ」

 

 

 

「うん……しっかりと本質を見て、決める」

 

 

 

 

 

 

 

完全には信じられないし、あいつが本当にやったんじゃないかって思ってるわたしの方が勝ってるけど。

 

でもやっぱり信じたい。

だってあいつはわたしの大切な弟だから。

 

わたしたちの、大切な家族だから。

 

 

 

だからもう一度、しっかりと見極めなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

「ふあぁーあ。したら俺はもう一眠りすっかな」

 

 

 

「ずっとバイト三昧で疲れちってよ。昼飯の時に起こして下さいな」

 

 

 

 

 

 

 

あははは……そんなに大変だったんだね。

確かにマスターももう若くないしなー。

 

というかわたしがもうバリバリ働いてるんだし。

だったらバイト辞めてもいーよね。

うん、それに――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ。忘れてた」

 

 

 

「んー?どしたよ?」

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりに会えた喜びと北都の件やら何やらで、すっかり忘れてた。

 

マスターに会ったら聞こうと思ってた事。

あの……誰も顔の知らない女性の事。

 

 

 

マスターはあの時、月乃さんの事を知ってる感じだった。

むしろ下の名前で呼んでたし……もしかしたらかなり親交があったのかもしれない。

 

喫茶店のマスターとあの葛城 月乃の接点がイマイチよくわかんないけど……

 

 

 

 

 

 

 

「あのさ、マスター。前にかつら――」

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間。まるで見計らっていたかのように。

わたしの手首についているあの、ひんやりとしたブレスレットからやたらうるさい音が鳴り響いた。

 

何かあった時に東都政府や野兎……

そしてこの国の長から通信の入る、あの守護者の証から。

 

 

 

 

 

 

 

「いっつも変なタイミングだなおい……はいはい?」

 

 

 

 

 

 

 

今大事な話をしようとしてたのに。

もうちょっと考えてくんないかな。

 

つうかまだ朝っつっても普通寝てるぞ。

 

 

 

……もしかして何かあったのかな。

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎さん!良かった。私だ、氷室 泰山だ。実は少し不穏な動きがあったみたいでね……」

 

 

 

「こんな朝早くに申し訳無いんだが、今すぐに首相官邸に来てくれるかい」

 

 

 

 

 

 

 

泰山首相は急いでるというよりも焦っているように感じる。

この前とは違う、何か悪い事が起きた時のようなこの感じ。

 

しかも不穏な動きと言ってる。

これは北都の事だろうし……

 

 

 

もしかして一海たち、上手くいかなかったのかな……

 

 

 

 

 

 

 

「わかりました。準備して今すぐ向かいます」

 

 

 

 

 

 

 

話の感じだと侵攻してきた、ってわけじゃないみたいだけど。

それでも急を要する事態には間違いないだろう。

 

 

 

……わたしの想像する最悪じゃないといいけど。

 

 

 

 

 

 

 

「……何か、あったみたいだな」

 

 

 

 

 

 

 

さっきまで眠そうだったマスターの顔も、少し険しく見える。

今の話の雰囲気で、ある程度察知したのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「うん、ちょっとね……でも大丈夫」

 

 

 

 

 

 

 

あんまり言っちゃうと心配するだろうし。

ただでさえ万丈があんな事になってるんだから、これ以上心配かけたくない。

 

マスターも見せないだけで、本当は物凄い心配だろうし……

 

 

 

マスターは心優しい人だから。

きっと深く傷付いてるはずだもん。

 

 

 

 

 

 

 

「無理だけはするなよ。それに……絶対無事に帰ってきてくれ。お願いだから、頼む」

 

 

 

 

 

 

 

……貴方にそんな事言われたらもう。

 

怪我1つなく帰ってこなきゃ。

絶対に、元気で帰ってくるから。

 

 

 

そしてみんなで、楽しくご飯を食べよ。

 

 

 

 

 

 

 

「うん!!そしたら着替えて行ってくる!!」

 

 

 

 

 

 

 

物凄い音で駆けてるけど、そんな事気にしてる場合じゃない。

急いで準備して向かわないと。

もしかしたら本当に……刻一刻と何かが迫ってるかもしれない。

 

 

 

本当はマスターに彼女の事を聞きたかったけど。

今はそれどころじゃない。

 

帰ってきたらゆっくりと聞けばいいし……

ついでにマスターのバイトの話とかもさ。

 

 

 

だから今は、目の前の事を。

今起きようとしている何かを。

 

その事に全力で当たらなきゃ。

 

 

 

もっと急いで準備しないと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――行ってらっしゃーい!帰り待ってるからなー!!」

 

 

 

「うん!!行ってきまあああす!!!」

 

 

 

 

 

 

 

風のように過ぎ去って行った我が娘。

物凄い勢いで着替えて行ってしまった。

 

 

 

多分何かしらの非常事態なのだろう。

さっきブレスレットから発せられていたあの声は、恐らく泰山のはず。

 

しかも焦っているような感じだったしな……

 

 

 

あの婆、もう動き出したか。

もう少し時間をかけると思ってたが……まぁいい。

 

 

 

いずれにせよ問題は無いはず。

あの婆もさすがにすぐには変な真似などしないだろうし。

 

いざとなれば俺が出ればいい話だしな。

 

 

 

 

 

 

 

「それよりも……だ」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎が言っていた事。あれが妙に引っかかる。

連中はこんな事を予測してやったわけでは無いだろうし。

 

 

 

むしろそうなった場合のメリットも特に無い……とも言い切れんが。

 

 

 

 

 

 

 

……となると。やはりあの爺か。

 

連中は俺の正体を知っているはず。

ならばなぜこのような事を?

 

こんな事をして何が目的だ……?

まさか俺に牽制をいれてるか……

 

 

 

いや、そんなはずは無いだろう。

変に俺を刺激したら殺されるとわかりきっているはずだろうしな。

 

ならば……何が目的だ?

早くしろ、とでも言いたいのか?

 

 

 

 

 

 

 

「ふあ……飲み過ぎたわ……あら、おはようございますMr.石動?」

 

 

 

 

 

 

 

……丁度いい。起きたら話をしようと思ってた所だ。

 

万丈絡みには全て滝川の情報が絡んでる。

という事は裏には……あの爺だろう。

 

 

 

本当に勝手にやってくれる。

俺はそこまで器がでかくないんだがな。

 

 

 

 

 

 

 

「おはようMs.滝川……少し話がしたい。眠気覚ましに美空が作ったコーヒーでも飲みながらいかがかな?」

 

 

 

「……畏まりました。では、下で」

 

 

 

 

 

 

 

滝川の顔に少し緊張が走る。

少し、裏の俺が出てしまったか?

 

 

 

 

 

 

 

……だが悪いな。

 

今の俺はほんの少しだけ。すこーしだけ。

虫の居所が悪いんだ。ちょっとだけな。

 

 

 

だから……舐めた事は言ってくれるなよ。

 

 

 

 

 

 

 

「……着いてこい」

 

 

 

 

 

 

 

あの腐りきった爺め。

時と場合によっては覚悟しろ。

 

その醜い顔を……

 

 

 

 

 

 

 

……ちっ。頭に血が上ってるな。

 

もう少し落ち着かなければ。

今あいつを殺せば問題だ。

予定通りにいかなくなってしまう。

 

そんな事したら葛城のおっさんにどやされちまうしな。

 

 

 

 

 

 

 

ったく、本当に嫌になる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――んにゃ?………んんん。今の惣パパとさーちゃんだよね?何か変な感じだったけど……なんだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








惣一「ほら、コーヒーだ」

紗羽「……本当にこれ、美空ちゃんが?」

惣一「嘘をついても仕方がないだろう。早く飲め」

紗羽「……まぁ、確かにそうですね」

紗羽「ごくり……んんっ!?」

紗羽「あ……こ、これは……」

惣一「んーむ。やっぱりだめかぁ」

紗羽「エボ……ルトさ、ま……?」

惣一「おっ。悪ぃ悪ぃ。大丈夫かなーと思ってさ」

紗羽「ひ……ど、い……」

惣一「やべっ。気絶しちまったよ」

惣一「……しょうがねえなあ」





黄羽「何話してるんだろ?」

黄羽「んんん。よく聞こえないなあ……」

黄羽「えぼ……何?」


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