手足を鎖で繋がれ、拘束されていた。
反省するまで、とされていたが、一向に反省する気配の無い正邪が解放されることは無かった。
そんなある日、正邪の元にある人物が訪れる。
鬼人正邪が捕らえられて幾年。
手足を鎖で繋がれ、拘束されていた。
反省するまで、とされていたが、一向に反省する気配の無い正邪が解放されることは無かった。
そんなある日、正邪の元にある人物が訪れる。
博麗の巫女が来た。
「どう?少しは反省した?」
「まさか。反省なんてする訳ないだろ?」
「あんたねぇ...人の気持ちとか考えたことあんの?」
「気持ち?気持ちならいつでも考えてるよ。これをしたらこいつは騙される。これをしたらこいつは嫌がる、ってな。ああ、あんたのことも考えてるよ。あんたはきっと今イライラしてるだろう。いや、怒ってるかな?」
「私じゃなくて針妙丸の気持ちよ!」
「...さあな。あいつも私に騙されて怒って、復讐しようとでも考えてるんだろ。私のプライドを汚すことが、私に屈辱を与える最適な方法だろうからな。」
「...呆れた。あんた、本当にクズなのね。」
「はっ!逆に良かったじゃねぇか、あんたが退治した妖怪がクズでよお!それともあれか、あんたが今まで退治してきた妖怪は、本当はクズじゃない奴らなのか?だとしたらあんた、妖怪退治する資格無いな。」
「あんたは幻想郷に生きる資格が無いわ。」
妖怪の賢者が来た。
「ふふ、元気にしてたかしら。」
「ああ、最高で最悪な気分だよ。で、何の用だ。」
「そろそろ出してあげようかと思ってね?」
「どうせ出す気なんて更々無いんだろ?」
「いえ、出してあげるわ。あなたが一言、誓ってさえくれればね。」
「誓う?何をだよ。」
「今後一切、嘘を吐かない。人を騙さない。そして、下剋上を起こさない。」
「...!なるほどな。」
「破格の条件でしょう?」
「そんな誓いを立てたら、私はもう天邪鬼として死んだも同然。そのぐらい分かってるんだろ?」
「さて、何のことかしら?」
「...あんた、人を貶めることに関しては私以上のクズだな。」
「負け犬が檻の中で喚いても、誰も怖がらないわねぇ」
針妙丸が来た。
「正邪...?」
「...何だよ。私を笑いにでも来たのか?」
「違うっていつも言ってるじゃん。...相変わらずね。」
「相変わらずって分かるなら、もう来ても無駄だって分かるだろ?帰れよ。」
「...私ね、考えたんだ。正邪がどうしてあんなことをしたのか。あれが上手くいってれば、私は今までよりも格段に良い暮らしが出来た。もしかしたら、私と正邪、二人の為にあの計画を実行したんじゃないかって、私思ったの。」
「...は?頭おかしいのか?私はお前を騙したんだぞ?」
「計画がスムーズに進める為に、騙さなきゃいけなかったのかもしれない。だって正邪、根は...
「黙れ!私は天邪鬼だぞ!?本気でそんなこと考えてるとでも思ったのか!?」
「...うん」
「はっ!馬鹿馬鹿しい!私がお前を騙したのは小槌の力を利用するため。計画は立場が上の奴らに嫌がらせをしてやりたかっただけ。弱者を救うってのは、協力者を増やすための売り文句。他の奴らの為なんて、微塵も考えたことはねぇ。」
「...本当に?」
「ああ。天邪鬼としては失格だが、今言ったことは全部本心だったよ。」
「それも嘘だったり...」
「嘘の私を作り上げてるのは、お前じゃねぇか。」
「え?それってどういう...」
「都合の良いように勝手に私を解釈して、それを押し付けて、話したくもなかった本心を話させる。お前がやってるのはそういうことだよ。」
「そんなこと...」
「そして私が何を言っても認めずに、延々とそれを繰り返す。今だってそうだ。私が天邪鬼であることをいいことに、本音か嘘かを勝手に決める。そうして作り出した『想像の私』に向かって話しかけてる。私のことは、見ようともしてない。」
「そん...な...こと...」
「いい加減気づけよ。私のことを一番侮辱してるのは、お前だ。」
「...」
「...帰れよ」
「...ごめん」
「...帰れよ!!」
「ごめん、正邪。でも...
「これ以上、私に本音を言わせないでくれよ...」
「...」
「...」
「...じゃあ...また、来るから...」
「...」
誰かが来た。誰だこいつは?
「初めまして、古明地さとりと申します。」
「さとり?覚妖怪か。何を探りに来たんだ?私の目的か?それとも、反省の色でも確認しに来たか?」
「いえ、もっと個人的な理由です。」
「じゃあ何なんだよ。」
「そうですね、ではあなたのこれまでの寂しさ、そして自己嫌悪を振り返ってみましょうか。」
「...は?」
「あなたは生まれながらの天邪鬼だった。ただ他愛も無い悪戯や意地悪で自分の心を満たす。天邪鬼としては当たり前のことですが、あなたはそんな自分に嫌気が差していた。」
「おい」
「ある時あなたは、天邪鬼としての運命を捨てた。嘘や嫌がらせを止め、自分の気持ちに正直に、真っ当に生きた。するとどうなったと思いますか?」
「やめろ」
「あなたは独りになりました。」
「やめろ!!」
「仲間たちはあなたを仲間だと見做さず、他の妖怪からも嫌われた。天邪鬼なのですから、当然なのかもしれません。」
「やめろよ...」
「あなたは大きな決意を胸に秘めて、天邪鬼として再び生き始めました。『仲間たちも他の妖怪達もみんなが後悔するような大きな叛逆を起こしてやる』と。そうしてあなたは、小人へと近づきました。」
「やめてくれよ...」
「それから少しの間、あなたは満たされていましたね。妖怪達を騙すこと、自分の思い通りに小槌を使わせること、そしてここに来るまでの不可能弾幕にすら、あなたは満足感...いえ、快感まで覚えていました。」
「...」
「しかしあなたは捕まってしまった。いえ、捕まること自体はまだ良かったのでしょう。本当に予想外だったのは、小人の存在でした。」
「...殺せ」
「小人はあなたの予想に反して、あなたに友好的に話しかけてきた。今まで裏切りと裏切られを繰り返してきたあなたにとって、その小人の行動は理解不能でした。そしてあなたは次第にその小人に対して新しい感情が芽生えてきました。」
「...殺してくれ」
「その感情にあなたは気づいて、そしてまた自分に嫌悪感を感じました。しかしあなたは天邪鬼だ、と自分を言い聞かせて、その小人をあしらい続けました。それでも小人はなお話しかけてきます。」
「私を殺せ」
「そしてあなたは、小人が本当のあなたを見ていないということに気づきます。あなたは絶望しました。小人はあなたが思っていたほど、あなたのことを考えていなかったのです。本当にあなたを弄んでいたのは、何の悪気も無い小人だった。あなたは更に自己嫌悪に陥りました。何故ならあなたは...
「殺せ!!!」
「...なるほど、事実を突きつけられる前に死を選びますか。無意味だというのに。私は既にあなたの全てを知り得ているのですよ?あなたに話さずとも、他の人に全てを話すことも出来るのです。それに、あなたが殺してほしいと願ったとして、囚人の願いなど誰が聞き入れるでしょうか。」
「...クソ野郎が...」
「まあそうですね...このこと全ては話さないであげますよ。それと、もううんざりしてるようですし、ここには誰も入らないように言っておいてあげますよ。」
「...本当かよ?」
「ええ。『全ては』ね。」
「...あぁ...」
「ではまた会いましょう。あなたにこの先天邪鬼として生きるだけの希望が残っていれば、ですが。」
誰も来ない。
誰も来ない。
誰も来ない。
誰も来ない。
誰も来ない。
誰も来ない。
誰も来ない。
誰もいない。
何も、無い。
私には、何も...
「正邪...」
「泣いてるの...?」
「あの...私、正邪に謝りたくて...」
「あの後、私すごい落ち込んだんだ。私は、正邪に嫌われてるんだって。でも、その正邪の言葉を反芻していくうちに、私は私自身の失敗に気づいたの。そして...こんなこと言ったらまた妄想って言われるかもしれないけど、正邪は私以上に私を見てくれてたんだって思った。」
「今度は、私ちゃんと正邪のことを見たよ。意地悪な正邪。嘘を吐く正邪。私を騙した正邪。利用した正邪。例え正邪が私を嫌っていたとしても。例え正邪がこれからも私を利用しようとしたとしても。」
「私は正邪が好き」
絶望の満たされた心に、再び一つの光が灯った。
ありがとう、針妙丸。
「なあ、針妙丸...」
「私は天邪鬼だ。」
「騙すことも、嘘を吐くことも、平気でやってきた。」
「なのにお前には、最近は言いたくもない本音を言わされてばっかりだったな。」
「でも実は、お前に対する気持ちだけは、今まで一度も本音を言ったことは無い。」
「今、初めて言うよ。」
「私も、針妙丸が好きだ」
手足を縛っている鎖が、音を立てて砕けた。