ガンダム世界でスコープドッグを作ってたらKMF紅蓮に魔改造されてしまった件   作:勇樹のぞみ

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 今回はミヤビの転生時期が遅かった場合のIF話です。


逆襲のシャアRTA「情けないモビルスーツ?」

 ミヤビです。

 宇宙世紀世界に転生、ヤシマの傍系(ミライの従妹)に生まれたものの、それが一年戦争直前だったため史実に介入することはできず。

 シャアの反乱と言われる『逆襲のシャア』の時代になって、ようやくのことで「何かできる」程度には成長できました。

 それでロンド・ベルの支援に当たったのですが……

 

 

 

「情けないモビルスーツと戦って勝つ意味があるのか」

 

 ミヤビの前世の記憶の中にある劇場アニメ『逆襲のシャア』では、シャアはアムロの乗っていたリ・ガズィをそう評した、とされていたが……

 このミヤビが転生した世界ではどうかというと、

 

「イヤミか貴様ッッ」

 

 激高するシャア。

 そう、アムロが乗っていたのはシャアも良く知る金色の耐ビームコーティングが眩しい細身の機体。

 つまり百式。

 シャアが迷い、弱体化していたとも言われる『機動戦士Ζガンダム』時代の乗機だった……

 

 昔の鏡を見せつけられるのは意外に堪えるもの――

 

 今シャアが乗っているサザビーに比べれば、リ・ガズィだって百式だって情けないモビルスーツと言えるのだろうが、そう言ってしまうと過去の自分自身を情けないと言うようなもので、ゆえに、

 

だが、それが逆にシャアの逆鱗に触れた!

 

 してしまったのだ。

 そして、なぜアムロがそんな機体に乗っているのかというと……

 これもすべてミヤビってやつの仕業なんだ。

 

 

 

 富野監督の手による逆襲のシャアの小説『機動戦士ガンダム ハイ・ストリーマー』ではブライトと再会したアムロが、

 

「なんでZガンダムが手に入らないんだ? それに百式も悪いモビルスーツじゃなかった」

 

 と言うシーンがあり、ブライトが地球連邦政府はガンダムと名が付くものを恐れ、ガンダムタイプは秘匿されているのだと答えていたが。

 

 ミヤビが転生したこの世界でも、やっぱりアムロがZガンダムや百式を求めたが、ダメだったので仕方なく情けないモビルスーツ(リ・ガズィ)を使おうとしていた。

 しかし、

 

「ゼータはともかく、百式なら何とかなりますが?」

 

 と、ミヤビは言う。

 そもそも百式が『δガンダム』の開発コードの元、可変試作機として開発が進められていたが、無理だったので可変機構をオミットして間に合わせたもの、なんて裏話、ミヤビの前世でも相応のガンダムオタクしか知らないことであり。

 ガンダムと見れば何も考えずに封印、みたいなことをしている頭の固くて足りない地球連邦政府上層部が理解、把握しているはずもないのだ。

 そうでなければいくらジオン風に外装を偽装しているとはいえ『γガンダム』ことリック・ディアスの派生機であるディジェが『機動戦士ガンダムNT』でルオ商会の私兵部隊で運用されたりとかしていないのだし。

 あと百式はシャアが乗り捨てた後、『機動戦士ガンダムΖΖ』でビーチャ・オーレグに使われるなど適当に扱われていたのだし。

 そんなわけでミヤビは割と雑に封印保管されていた百式を、その特徴である金色の耐ビームコーティング装甲に偽装用のトリコロールカラーを施して運び出したのだ。

『逆襲のシャア』劇中では、

 

連邦「何者だ!」

ホビーハイザック「民間機です」

連邦「よし、通れ!」

 

 していたのと同じで、

 

連邦「何者だ!」

百式「ザンダクロスです」

連邦「よし、通れ!」

 

 で通った。

 なおザンダクロスとは、マンガ『大長編ドラえもん・のび太と鉄人兵団』、並びにそれの関連作品に登場する百式のデザインを露骨にパクった巨大ロボットである……

 

「それじゃあ、偽装用のホビーカラーを落としてください。台所用洗剤で落ちます」

「台所用洗剤で」

 

 ミヤビの前世、西暦の時代の日本では当初、ラッカー系塗料で発売されていたガンダムカラーも人体に害の少ない水性ホビーカラーに置き換えられていたが。

 地球上以上にその辺を配慮しなければならない宇宙暮らし、しかも趣味に使う塗料など、同様に無害な水性系のものしか許されていなかった。

 

 そして水性ホビーカラーは面白いことに台所用洗剤『キッチンマジックリン』で落とすことができた。

 前世ではこれを利用してプラモデルをラッカー系塗料で塗った後に凹部分をこの水性ホビーカラーで雑に塗り、はみ出た部分はキッチンマジックリンを付けた綿棒などでふき取ることで、きっちり塗り分けをするというテクニックがあったが。

 

 こうして百式は金色のボディカラーを取り戻し、アムロに乗られることになったのだ。

 

 

 

 それでアムロは劇場版『機動戦士Ζガンダム』で百式が使って見せた、ハイザックのオプション・シールドを左腕に、その裏の収納スペースに予備のビーム・ライフル用Eパックを積載。

 専用ビーム・ライフルは銃口を上に向ける形でバックパック横、フレキシブル・バインダーより内側に装備。

 そして手持ちにはリック・ディアスと共用のクレイ・バズーカを持ってと、割と重武装で出撃していた。

 アムロは意外とバズーカ好き。

 自分が設計したνガンダムにも装備させ、劇中でも上手く使っていたし。

 

 なお、ミヤビの前世の記憶では、このクレイ・バズーカ、設定資料においてエジェクションポートらしいデザインがされている箇所に「エジェクションポートではなくメンテナンスハッチである」というようなただし書きが書き込まれていた。

 これをもって、

 

「メカデザインをした永野護氏がバズーカにエジェクションポートがある訳がないことを知らずに書いたものを、クリーンアップした藤田一己氏が注記することによって訂正したのだろう」

 

 と推測しているファンが居たが。

 一見、いかにももっともらしいので納得してしまいそうになるが、よくよく考えるとこの意見もおかしいのだ。

 

 排莢する必要のないケースレスライフル、H&K G11でもエジェクションポートは付いている(G11は下向きの弾を90度回転させ装填するという変わった機構を持っているので、薬室の真下に穴が開いている形になるが)

 なぜなら射撃が終了した後や、不発があった場合に弾を抜く必要があるからだ。

 エジェクションポートが無ければ「どこから弾を抜くの?」「いちいち機関部を分解でもするの?」という話になるのだ。

 

 クレイ・バズーカも同様にエジェクションポートは必要になるというわけである。

 

 では「エジェクションポートではなくメンテナンスハッチである」というような書き込みが間違っているかというと、これもそうではない。

 そもそも設定資料というのはファン向けに書かれるものではなく、アニメの製作スタッフに向けて書かれるものである。

 つまり製作スタッフが間違えてここから空薬莢を排莢させる演出をしたりしないようにするための、ただし書きというわけであり。

 また、めったに無い不発などのトラブル対応よりも、出撃後にメンテナンスのために弾を抜く機会の方がよほど多いことから、メンテナンスハッチであるという言い方でも間違いは無いということでもある。

 

 

 

 そして『逆襲のシャア』序盤のフィフス・ルナ戦、ギュネイのヤクト・ドーガとの戦闘に突入するが……

 

「あ、当たらないっ!」

 

 ギュネイはファンネル6機に加え、速射モードに切り替えた本体のビーム・アサルトライフル、ショルダー・シールド裏側にマウントした三連装ミサイルランチャー、奥の手とも言うべきメガ粒子砲内蔵シールドまで駆使して戦うが、アムロの百式はそれをスイスイ避けまくる。

 

 そう、百式はビームが当たったら装甲なんて意味無いんだし、全部避けるしかないんじゃね、という思想から、運動性、回避に特化した機体。

 しかもモビルスーツの大型化が進み、量産機でも20メートル級、重武装の高出力機ともなるとそれ以上の巨体を持つ時代に、頭頂高は18.5メートルと、一年戦争時とほぼ変わらない大きさに細身のシルエットを持ち、つまりヒットボックス、被弾面積が小さいのだ。

 こんな機体に高いニュータイプ能力と異常なまでの戦闘センスを持つアムロ・レイが乗ったらどうなるか……

 それがギュネイの目の前で展開している光景である。

 

 さらに言えば、ビームコーティングもまた厄介で。

 ビームの直撃には耐えられないとされたものだが、しかしカス当たり、つまりかすめる程度に当たった際には、十分な効果を示す。

 ダメージの軽減だけではない、リアクション軽減、つまり当たった衝撃により動きが止まることが無くなるか、影響が軽減されるか。

 そのためギュネイがすべての兵装をつぎ込んで必死こいて弾幕を張り、面で攻撃し、ようやくのことで百式に当てたとしてもかすめる程度ではその動きを止められない、ということになっていた。

 

 そうして史実のように策を使わなくても、能力差で正面からギュネイのヤクト・ドーガを中破させ、戦闘不能にまで追い込むアムロ。

 そこにシャアのサザビーが割り込んだのだが、

 

「イヤミか貴様ッッ」

 

 というわけで頭に血を昇らせたシャアとの決戦が始まる。

 リ・ガズィ相手では舐めプして使わなかったファンネルも動員しての全力戦闘である。

 途中、

 

「上を取ったぞ!」

 

 乱入してきたギラ・ドーガたち、その中でも青いレズン・シュナイダー専用機が百式の頭上、普通なら死角となる位置から攻めようとするが、

 

「なに!」

 

 アムロはバックパック横に上に向けてマウントしたままのビーム・ライフルでこれを撃ち抜き、一撃で退ける。

 ミヤビの記憶の中にある『機動戦士Ζガンダム』本編でも一度だけ使われた方法だったが、アムロにかかればこんな風に生かせるらしい。

 そしてアムロはその他のギラ・ドーガたちの中に逆に突っ込んでいくことでそれらを盾にシャアからの射線を切ったり、νガンダムでやったようにギラ・ドーガからビームマシンガンを奪い使用したり(アナハイム社共通規格のためか普通に使えた)とやりたい放題にする。

 

 さらにはシャアに対しても、

 

「私の知らない武器だと!」

 

 シャアが百式に乗っていたころに配備されたビーム・ライフルはBR-M-87だったが。

 実はその後の第1次ネオ・ジオン抗争時には銃口からビーム刃を発生させるビームバヨネット機構を内蔵したマイナーチェンジモデルBR-M-87BBが使用されていた。

 これもまた『機動戦士ガンダムΖΖ』本編で一度しかそういう使い方をされることは無かったものだが。

 アムロはそれを利用して攻撃、百式を知るシャアだからこそつけた意表に乗じ、押していく。

 

 そしてニュータイプ特有の哲学戦闘の末、双方武器を使い果たした後に、

 

「何をする!」

 

 アムロ怒りの左ストレートがサザビーの頭部を襲った!

 史実でもアムロのνガンダムに殴られていたシャアだったが。

 まぁ、サザビーは頭部にコクピットがあるし、そこをピンポイントで殴って来るアムロ怖え、シャアだけを殺す戦闘マシーンかよ! みたいな話だったり。

 そこからハリウッド映画のクライマックスシーンのように双方素手(モビルスーツ同士だが)の殴り合いの末…… 二人で行方不明になった。

 

 

 

(えええ……)

 

 

 

「カイ君は「リーダーの度量があるのにリーダーになろうとしないシャアは卑怯だ」と言っていたそうだ」

「それは…… 彼らしいというか」

「ハヤト君からは「10年20年掛っても、地球連邦政府の首相になるべきです!」と言われたよ」

「……そうか」

「そして今、世界はシャアたる者に立つべきだと促し…… 望まれたのがこの蜂起だ。まぁ、できるからやってやったがね」

 

 シャアはアムロに問う。

 

「彼らは何か危ない宗教でもキメているのか? 地球連邦もジオン共和国も民主主義国家だろう? 変えたいことがあるのなら自分たちで変えるのが民主主義というものだろうに「いつか救世主(メシア)が現れ自分たちを約束の世界に導いてくれる」そんな妄想じみた考えを異常とも思わず正しいことと認識しているのはなぜなのだ?」

「シャア……」

「パプテマス・シロッコは言っていたな「天才の足を引っ張ることしか出来なかった俗人どもに、何が出来た! 常に世の中を動かしてきたのは、一握りの天才だ!」と。それは半分正しく、そして半分は間違っている」

「!?」

「西暦の時代の書物にはこうある。「政治というものは、国民を映し出す鏡にすぎない。政治が国民のレベルより進みすぎた場合には、必ず国民のレベルまで引きずり下ろされる」と」

 

 サミュエル・スマイルズの「自助論」にあった言葉。

 政治のレベルは国民のレベル。

 松下幸之助の「民主主義国家においては、国民はその程度に応じた政府しかもちえない」というのも同じ意味である。

 

「シロッコは恣意的に歪めているが、これを言っているに過ぎない。だから半分は正しいのだ。アムロ、君だって同じようなことを言っていただろう?」

 

 確かにアムロ自身も言っていた。

 

「世直しのこと、知らないんだな。革命はいつもインテリが始めるが、夢みたいな目標を持ってやるからいつも過激な事しかやらない」

「しかし革命のあとでは、気高い革命の心だって官僚主義と大衆に飲み込まれていくから、インテリはそれを嫌って世間からも政治からも身を退いて世捨て人になる」

 

 だが、

 

「しかし、それは!」

「分かっている。一つの真実も受け取り方、話し方一つで良くも悪くもなる。そして君の言っていることも正しい」

 

 そして……

 

「先の言葉には続きがある「反対に、政治のほうが国民より遅れているなら、政治のレベルは徐々に上がっていく」というように」

 

 つまり、だ。

 

「シロッコに「では聞くが、ザビ家を倒しティターンズを排除した世界で、お前は一体なにをしようと言うのだ?」と問われた私は」

 

「私が手を下さなくとも、ニュータイプへの覚醒で人類は変わる。その時を待つ!」

 

「そう答えた」

「……待て、シャア。そのニュータイプへの覚醒というのはもしかして」

「そうだ、皆が君のようなニュータイプ能力者になるという意味ではない。ジオン・ズム・ダイクンが提唱した『お互いに分かりあい、理解しあい、戦争や争いから開放される新しい人類の姿』、『新しい人類』ではなく『新しい人類の姿』、新しいスタイルだ」

 

 要するにだ、

 

「「いつか救世主(メシア)が現れ自分たちを約束の世界に導いてくれる」そんな夢を大衆は抱くが「政治というものは、国民を映し出す鏡にすぎない。政治が国民のレベルより進みすぎた場合には、必ず国民のレベルまで引きずり下ろされる」ので、実現をするには今回の私のように『過激な事』でしか実行できないし、したところで、いずれ元に戻るだけで意味は無い」

「シャア、「私は世直しなど考えていない」と言っていたが、まさかそれを周囲に分からせるために……?」

「馬鹿らしいが「立て立て」といい加減しつこいと思ったし、君との決着をつける大舞台を整えることができるのなら、とな」

 

 だから、

 

「人は「政治のほうが国民より遅れているなら、政治のレベルは徐々に上がっていく」これを目指して自身が努力していくべきなのだ。私のような者に妄想じみた夢など見ずにな」

 

 

 

 すっきりしたシャアは、それはもう晴れ晴れとした様子で笑って手を引き。

 ミヤビの知るシャアの反乱、『逆襲のシャア』はこの序盤の戦いだけで終幕したのだった。

 

 

 

 数か月後、遭難先から帰還したアムロにそれを聞かされたミヤビは、史実の最終決戦で、

 

「何、戻れというのか? ナナイ、男同士の間に入るな、うわっ」

 

 というように水を差されたりせずに最後まで殴り合い、決着をつけたこと。

 そしてアムロと本音で語り合ったこと。

 それが良かったのだろうか?

 と首をひねることになった。

 

「アムロに百式渡しただけでこうなるの?」

 

 逆襲のシャアの前日譚にもなっているマンガ『機動戦士ガンダム MSV-R ジョニー・ライデンの帰還』でサイコフレームの初期テスト用に改修されたディジェに乗ったシャアが大暴れして、ガンダムファンたちからは、

 

「ライバルのアムロが乗ってたのと同型機だからテンションあがっちゃったんだろ」

「大佐ウッキウキじゃん」

「一年戦争時代からその場のやる気とテンションで露骨に強さが変わる人だったしね」

 

 などと言われていたが。

 じゃあ、逆にアムロを百式に乗せてぶつけたら、という話であるのだが。

 

「バタフライ効果にもほどがあるでしょう……」

 

 そう、溜息をもらさずには居られないミヤビだった。




 逆シャアでアムロに百式を渡してみた、というお話でした。
 うん、百式も悪いモビルスーツじゃなかったですね。

 ご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。
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